カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

過去と現代の交差点‐1869‐

なかなか子供とスケジュールが合わないのですが、休日の夕食くらいは一緒にとりたいものです。

外食なら「お寿司行きたい~」となるのですが、またまた微妙な状況。

それなら手巻き寿司でとなり、堺の大起水産までネタを仕入れに行ってきました。

中央綜合卸売市場とつながっているのは、遊んでいたスペースを大起水産が借りているのでしょうか。

大起水産と言えば、関西に多くの回転寿司店を出店している会社です。

店内は、白浜のとれとれ市場を小さくしたような雰囲気。

朝一番からマグロの解体ショーも始まりました。

雰囲気としては、昨年の6月に買い出しに行った泉佐野漁港青空市場のほうが好みですが、近いことは魅力です。

兄妹とも好きそうなネタを仕入れ、市場の裏側へでました。

Googleマップ で道程を確認していると、北側の細い道が竹内街道と分かりました。

少し歩いてみたいと思ったのも、ここに来た理由です。


裏に出ると、この敷地が池の上に建っているのがよく分かります。

おそらくあたりは湿地帯で、これだけ大きな土地が残っていたのだと思います。

臭いというか、懐かしいというか、ドブの臭いも。

周辺にも説明の看板があちこちにでていました。

少し歩くと大泉緑地の南にでてきました。

子供が小さい頃はよく来ていたので、雰囲気がある道だなと思っていたのです。

Googleマップは、こういった旧道も表示されているのが嬉しいところ。

思わず大阪港まで辿ってしまいました。

丁度公園の南西角あたりで大阪中央環状線(通称:中環)と交差し、旧市街地へと入っていきます。

大起水産の看板左が竹内街道です。

ロマンティックに言えば、過去と現代の交差点です。その言葉に負けないくらい良い交差点でした。

先の看板にあった我堂金岡線を越えると、昔からの集落らしい雰囲気に変わります。

旧道は、先の見えないこのうねりが良いのです。

竹内街道は、シルクロードの終着点である難波と飛鳥の都を結ぶ日本最古の官道です。

時代が時代なら、ここは銀座4丁目のようなもの。趣きのある建物も残っていました。

もう少し行くと、金岡神社が見えてきました。

神社の本殿は南向きがほとんどですが、こちらの神社は西を向いています。

四天王寺も西向きだったと思いますが、大阪港からの参拝客に配慮したのかもしれません。これはあくまで私の想像ですが。

大阪、堺を移動していると、晴れ着を着た新成人を沢山見かけました。

こちらの境内では、娘さんを熱心に撮るお父さんカメラマン。友達同士で盛り上がるのもよいですが、何だかとても良い構図でした。

娘の成人式まではまだ6年あるので、あまり考えないようにします。

今日の仕事はここまでにして、家に帰って妻の手伝いをします。

誰もほめてくれないので「何と立派な大人」と自分で褒めておきたいと思います。

■■■ 『ESSEonline』にコラム連載開始■■■
12月6日「キッチン・パントリー」
1月4日「土間収納」

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設しました ■■

■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■1月27日 『Best of Houzz 2021』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

完璧ではないから‐1868‐

今年初めの日記は、1月3日の初詣でを書きました。

その前は、年末から1月2日まで木曽福島へ行っていました。義妹家の山荘を訪れるのも3年振りです。

年末年始は厳しい寒さで、木曽福島でも-16℃まで下がりました。

道もピカピカアイスバーンです。

中山道沿いの盆地地形ということもあり、普段は雪が少ない地域ですが、今年はしっかり積もっていました。

さらに気温が低いので、平地でも樹氷となっています。

キリッと寒い雪原に咲く雪の花。

スキー部の合宿で過ごした北海道中部を思い出します。

今回はスノーボード可の、やぶはら高原スキー場へやってきました。

弟の子供3人と合せて5人は、弾けるように出掛けていきましたが、私は年末の寝不足で……

車の中で午前中は寝ていたので、ほぼ子供達とは滑れず。

ようやく夕方に、ひとりで山頂まで登りました。

ひときわ輝くのはどこの山なんだろうと思いながら、一気に滑りおりてきたら足はガクガク。

無理は禁物と、早めに引き上げたのです。

山荘なので食事は自分達で用意します。

初日は義妹がカレーを、2日目は私達が近所のイオンへ惣菜を買い出しに。

大阪から持参したものと合せて、なかなか楽しそうな食卓になりました。

スキー部の先輩の山荘、白馬の山小屋は私の2つ目作品ですが、旧山小屋へ寄せて貰った時も自炊でした。

皆で食べるのがなによりのご馳走ですが、本当に楽しかった思い出しかありません。

デザートも手作りのフルーチェ。とてもいいことです。

その後はこんな感じ。

さらに女の子チームもこんな感じ。

山荘の魅力は、やはり一切の気兼ねが不要なことでしょう。

山頂に神社があると聞きました。

前日、山を眺めていた所から、さらに雪山を登ります。

木の鳥居の後ろには御岳神社の石碑がみえています。

その名の通り、背後に見えるのは霊峰・御岳山でした。

少し高度が違うだけで、全く違う山に見えるものです。

家族の初詣では北野天満宮ですが、私は先にこちらでお参りしました。

今回は滑っているところも含めて、「ゲツモク日記チャンネル」の第2弾として動画を上げるつもりでした。

動画も撮ったのですが、編集が時間切れになってしまいました。機会を改めてまたUPしてみたいと思います。

北海道の雪原を思い出すと書きましたが、この風景を見ていると「池中玄太80キロ」を思い出しました。

タンチョウヅルではありませんが、載せておきます。ハクセキレイでしょうか。

西田敏行演じる報道カメラマンが、杉田かおるらが演じる連れ子の3姉妹を育てる物語ですが、80年代は切ないドラマが沢山ありました。

「鳥の詩」そして「もしもピアノが弾けたなら」と、主題歌・挿入歌も秀逸でした。

♪私の心が空ならば 必ず真白な鳥がまう♪

シンガーソングライター全盛の時代ですが、俳優が歌う魅力もあります。それは完璧ではないから、人の心が入り込む余地があるのだと思っています。

劇作家、寺山修司はこう言っています。

物語は半分作って、後の半分は観客が補完して一つの世界を作っていく。余白が無いといけない。それが演劇の可能性だ。

私の目指す建築像はまさにこの言葉に集約されていると思っています。

良い仕事ができるよう、アトリエも今日からフル稼働です。

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赤の緑の季節‐1859‐

「あの森のOhana」の現場も、内装工事が本格的に始まりました。

エントランスの扉が取りつき、かなり雰囲気がでてきました。

2階スタジオもいい感じです。

緑地帯の植込みが真っ赤に紅葉していました。ドウダンツツジでしょうか。

周辺環境にかなり恵まれているのです。
梅田阪急のコンコースも年末の装いです。

エントランス上も。

ショーウィンドウのディスプレイも。

年末に向けて活気がでてきました。

月曜日に公開された『ESSEonline』のコラムですが、Yahoo!ニュースに上がっていると編集の方がURLを送ってくれました。

SmartNewsにもこんな感じでUPされたそうです。少しでも沢山の人に読んで貰えると嬉しいのですが。

現在、第2弾を書いていますが、今回は玄関周りの収納についてです。

こういった場所はなかなか写真がなく……

ということで、無理をお願いして「The Longing House」へ写真を撮りに行ってきました。

玄関、廊下と並行に、シューズクローク、クローゼットがあります。

引戸を開けるとこんな感じ。

とても使い勝手は良いのですが、こういった空間を写真で抑えるのは結構難しいもの。

昼過ぎに伺いましたが、あっという間に3時間が過ぎました。

撮影後にお茶を煎れて下さり、近況報告をして帰ってきました。

玄関先には、すでにクリスマスの飾りつけも。

クリスマスが年末にあるのは、日がどんどん短くなり、落ち込みがちな気持ちを盛り上げるためだとも言われています。

元気が出る「赤」と、それを引き立てる補色の「緑」が町にあふれるのも同じ理由かもしれません。

赤の緑の季節、それが12月です。

■■■ 12月6日『ESSEonline』にコラム連載を開始
第1弾は「キッチン・パントリー」■■■

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ゲツアサ初心忘るべからず日記‐1850‐

間もなく、アトリエmのWebサイトがリニューアルオープンです。

この後、一旦全ての更新ができなくなるので、今日は朝一番のUPです。

昨日は所用があり、谷町六丁目界隈へ。

からほり商店街あたりには、おしゃれな店が沢山あります。

街歩きをしている人もちらほら見かけ、多すぎず、少なすぎずで丁度いい感じ。

大阪城を北の頂点とした半島状に広がる上町台地。

西端あたりに位置するので、坂が多いのです。

谷町六丁目駅のすぐ近くは、観音坂とありました。

北へ歩くと長堀通りですが、ここから大阪城へ向かって、更に一段高くなっています。

楠木正成公お手植えとも言われるこの大樹は「えのきさん」。

榎木大明神として祭られています。

谷町筋を東に渡ったあたりにも、更に色々な店ができていました。

傾いて見えるのは、多分気のせいでしょう。

そこかしこに坂があり、景色の変化が楽しいのです。

大阪ガスの実験集合住宅NEXT21がありました。

存在は知っていたのですが、どこにあるのかは分かっていませんでした。

谷六と玉造の丁度中間くらいの清水谷となっていました。


1993年の完成ですが全く古びておらず、かなりの存在感です。

結局、玉造まで一駅分歩きました。

ここまで来たなら、真田丸があった三光神社に寄りたくなります。

真田丸は出城ですから、勿論小高いもの。

で、ここも坂。

その頂きにある拝殿です。

池波正太郎の「真田太平記」は最も心に残っている小説のひとつです。

真田家が暮らした長野の上田城跡から、幸村最期の地、天王寺の安居神社まで、その足跡をたどってまわりました。


日本一の兵と言われた真田幸村は、歴史上もっとも徳川家康を追い詰めた武将と言えます。

猿飛佐助をはじめとする真田十勇士を従え、徳川家と対決する講談が江戸後期に人気を博しました。

それはある種、時の権力者へのカウンターカルチャーだったとも言われています。

25歳でアトリエmを設立し、5年間全力で働きましたが、矢折れ、槍尽きた私は、1年休んで海外にでることにしました。

その時に読んだ本の中で、最も心に残っているのが 「真田太平記」でした。

六文銭は三途の川の渡し賃。

死をも恐れぬ旗印です。

皆に「独立は早すぎる」言われた中、徒手空拳で立上げたのがアトリエmです。

そもそもが、学歴も大したことがない、コネがある訳でもない。だけどやる気だけは誰にも負けないというところから始めたのです。

それが25年経つと、いっぱしの仕事をしてきたように気持ちになっていました。

是非の初心忘るべからず 
時々の初心忘るべからず 
老後の初心忘るべからず 
命に終わりがあり、能には果てあるべからず 

能の大成者、世阿弥も「花鏡」の中でこう戒めました。

芸術に、仕事に終わりはありません。

Webサイトも新しくなりますし、ゲツアサ初心忘るべからず日記として書きとどめておこうと思います。

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■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
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美味しいもの月、おいでやす‐1848‐

今日から11月です。

賭け事には縁がありませんが、1の3並びはやはり縁起良い感じ。

敷地を見に出たついでに「 天五中崎通商店街」 を歩いてきました。

地下鉄谷町線の中崎町駅から東へ伸びる商店街で、「おいでやす通り」の看板も揚がっています。

「おいでやす」は京都言葉で「ようこそいらっしゃました」という感じでしょう。

中崎町駅は、梅田から都島通りを北西に1km弱。

OSビルや阪神百貨店も見えています。

駅の北西エリアと同様に、おしゃれな店舗が商店街周辺にはポツポツとありました。

かなり便利の良さそうな所です。

おいでやす通り初体験ですが、入口付近に行列のあるお店がありました。

おいもアイスが売りのようです。

昭和な店が多く、昭和45年生まれには気楽な感じ。

やはり豆腐は水の中で売って欲しいもの。

昼間ですが、立ち飲みは勿論満員。

東端までやってくると、天神橋筋にぶつかります。

道路を挟んで、天神橋筋商店街が見えてきました。

少し南に行けばJR天満駅。

下町のメッカのような地域なのです。

写真を撮っていたら、店主のおじさんがでてきて「天神橋筋、一本越えるだけで人出が全く違うんや」と。

「そうですか。結構賑わっているように見えますが」と私。

「まあ、20年前と比べるとシャターも減ったわな」と教えてくれたのです。

日本一長い天神橋筋商店街も、念の為のぞいてみます。

おじさんの言った通りでした。

何とかおいでやす通りに導きたいところでしょう。

商店街から少し入った路地に、貼ってあったポスターです。

あの大声のつっこみが聞こえてきそう。


「おいでやす通り」だけに「おいでやす小田」のポスターとは。

かと思っていたら、消防の啓蒙活動のものでした。

近くの店のテント屋根にこうありました。


それほどに うまきかと 人の問ひたらば

何と答へむ この酒のあぢ

調べてみると、明治から昭和初期に活躍した若山牧水という詩人の作品でした。

酒と旅を愛したとあり、私も熱燗を一杯やりたくなります。

日本酒はあまり飲めませんが。

「霜月(しもつき)」は「食物月(をしものつき)」が省略されたという説もあるそうです。

秋刀魚、栗、鮭、酒。

美味しいもの月、おいでやすなのです。

■■ 10月12日発売の オフィスデザイン&多目的スペースデザインにトレジャーキッズたかどの保育園掲載 ■■

【News】

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密から生まれる、熱‐1838‐

久し振りの道を通ったら、広い空き地に変わっていました。

建物が無くなると、元は何があったか思い出せなくなるものです。

これだけの敷地ですから、かなり大きな建物だったと思うのですが……

人の記憶ほど曖昧なものはありません。

ネコジャラシが秋の日を受けて、金色に輝いています。

金色に輝くと言えば麦の代名詞ですが、確かこのネコジャラシも稗などの仲間だったはず。

負けず劣らず美しいのです。

乗り継ぎができる駅は沢山ありますが、街が面白いのはやはり鶴橋。

私は好んで使います。

JR、近鉄、地下鉄と3つの路線が交わるので人通りも多く、活気があるのが好きな理由。

また、戦後から残る周辺の商店街は、唯一無二の雰囲気です。

阿倍野、天王寺の再開発が進む中、最後の砦といってよいでしょう。

12月に除いた時は閑散としてましたが、今月末、緊急事態宣言が解除されるという報道もありました。

鶴橋商店街だけでなく、「もうそろそろ人出が戻ってくれなければ……」というのが、偽らざる本音なのです。

梅田の地下街を「ラビリンス」と紹介していた記事を見掛けましたが、ラビリンス度では 鶴橋商店街が1枚上手だと思います。

商店街をのぞいたのは久しぶりですが、私の心配は不要でした。



十分に人出は戻っているようです。

まだ解除前なので戻りすぎなのかもしれません。

私も人のことは言えないのですが。

今から138億年前。

超高温、超高密度に圧縮された素粒子が突如爆発しました。

その爆発によって、「無」だった宇宙が「有」に変わり、現在も膨張を続けています。

これが私の理解する「ビッグバンセオリー」です。

「無」とは何?

まさに禅問答で、考え出すと夜も眠れなくなります。

それは置いておくとしても、大きな変化には「熱」が必須で、それは「密」と深く関係しているようです。

中高の同窓会 の世話役をしているので、先日有志でリモート会議を開きました。

2020年末に予定していた中高の同窓会は、昨年夏に2021年末に延期しました。

今月、更に2022年末へと延期を決定しました。

その案内をすると、何人かの同窓生からレスポンスがあったのですが、「さすがにそろそろ納まってくれないと……」いうメールがありました。

約2年、「密」は徹底的に排除されてきました。

それは必要なことだったはずですが、永遠にという訳には行きません。

今年度の後半戦は、そろそろ「熱」で行きたいと思うのです。



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幸せの「月と寅と金だらい」‐1837‐

先週日曜日は「おいでよhouse」のオープンハウスでした。

今週月曜日の敬老の日は「コンクリート打放し H型プランの平屋」のオープンハウスでした。

今回は、6組15名の参加がありました。

密にはならない程度に、活気があってとても楽しかったです。

ご主人も案内してくれたのですが「皆さん褒めてくれるのでとても楽しかった」と。

知りたいことと、伝えたいことは一致していないことが良くあります。

むしろその確率の方が高いかもしれません。

私が話すより、住んでいる方の話しの方が価値があるのは間違いないのです。

ホール横にあるクロークなども、質問が多かった場所だと思います。

同じく、水廻りも皆さん興味がある場所。

つい主要な空間の案内に力が入るのですが、こういった空間をしっかり見て貰えるのもオープンハウスのよいところだと思います。

奥さんが、この日も花を活けてくれました。

この花器、ちょっと特徴的です。

仕事先で、上司が「誰かこれいらない?」と皆に声を掛けたそうです。

誰の手も上がらなかったので、それならと頂いた金だらいなのです。

床とはもてなす心を伝える場所で、名器を飾る場所ではないという、利休の心がまさに体現されています。

ステンレスの床板と黒皮鉄板の背景にとても映えていました。

更に、追加の内部の動画撮影までお願いしていました。

概ね天気が良かったのですが、アトリエに帰って観てみると、空は比較的雲が多く外観はもうひとつ。

無理を言って、今日の昼から外部だけ再撮影させて貰いました。

今日は秋分の日。

1年で最も平均的に光が当たる日という言い方もできます。

雲一つない快晴。

庭木のヤマボウシが鮮やかな実をつけていました。

もう思い残すことはありません。

実は午前中に 「おいでよhouse」 の外観も再撮影させて貰っていました。

日曜日であれ、祝日であれ、快晴の空を見ると、いてもたってもいられなくなります。

それで、ご家族にはご迷惑ばかりお掛けしているのですが。

撮影の相談メールを送った際、この写真が届きました。

東向きのハイサイドから月が見えることを発見しましたと。

「夫婦で寅年なので、新築したら信貴山の福寅をお迎えする!」と決めておられたそうです。

「月と寅。カッコいいです(笑)」で結ばれていました。

ただ働くしか能の無い人間ですが、 月と寅と金だらいが私を幸せにしてくれるのです。

「おいでよhouse」 のほうも、また欲がでてきて内部動画のみ再撮影を……

本当にしつこい人間で済みません。

被害にあっているクライアントの皆さん、どうかお許し下さいませ。

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近鉄で行く、奈良公園‐1832‐

昨日の朝、天気予報をみると朝と夕方が晴れマーク。

それならと現場を回って、動画を撮ってきました。

写真はずっと撮って来ましたが、やはり動画も晴れていると画が美しいのです。

動画を撮影する機材を持って出たので、そのまま奈良公園まで行くことに。

近鉄奈良線の景色は、動画なら画になるだろうなと前から思っていたのです。

石切で乗り換え。

平城宮跡あたりで、一気に視界が広がるあたりも見どころです。

奈良公園は外国人が多かったでしょうか。

奈良といえば鹿ですが、角が危ないので切っているのでしょう。

それでもオスはオス。


鹿せんべえ屋さんの前で、本気で縄張り争いを始めました。

ガツガツとツノの根元が当たる音が聞こえてきます。

怖いくらいの迫力。

1匹が道路まで押しやって、バスは急ブレーキでした。

トボトボと去っていく哀愁が……

彼らは普通に道路を渡っていくので、奈良公園周辺ではご注意を。

建築現場や旅先で、一眼レフとビデオカメラと三脚を持っている人がいたらそれが私です。

分かったことと言えば、ビデオとカメラは同時に撮れないということ。当たり前ですが。

未だ手探り運転が続きます。

■■■ 軒が深いから「おいでよhouse」 ■■■
9月12日(日) 11:00~15:00 オープンハウス開催

■■■「コンクリート打放し H型プランの平屋」 ■■■
9月20日(祝・月) 11:00~15:00 オープンハウス開催

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必ず駿馬をつれてくる‐1830‐

8月初めから本格的にスタートした、アトリエmのwebサイトリニューアル計画。

web製作会社ドアズのある三宮詣でが続きます。

中学・高校と高槻市駅まで通っていた私は阪急っ子です。

駅名こそ「梅田」から「大阪梅田」に変わりましたが、JRでなく、阪神でなく、できれば阪急でいきたいのです。

電車自体の乗り心地も良いですが、緑のシートは他を圧倒する座り心地です。

しかし何と言っても景色でしょう。

南を見れば、遠くには六甲アイランドとポートアイランド。

岸壁沿いに建つ、巨大な赤白のキリンが見えています。

北を見れば、王子公園や六甲山の緑豊かな風景。

子供が小さい頃はよくパンダを見に来たものです。

新しくなった阪急の三宮駅。

こちらの駅名も「神戸三宮」に変わりましたが、びっくりするくらいの高層ビルにも生まれ変わりました。

それでも北側の商店街は、学生時代の印象のまま。

この雑多な景色が、私にとっての三宮です。

ドアズのある東へ向かって歩き始めると、妻が「あっ、忘れた!」と。

妻がwebを担当しているので2人で訪れるのですが、車内に日傘を忘れたのです。

急いで駅に戻り、その旨を駅員さんに伝えました。

すると大きな運行表を持ってきて「その電車なら、今はここですね」と。


ダイヤグラムと言われる、あれです。

鉄道おたくという訳ではありませんが、何ともプロ感がでていてワクワクします。

テキパキと処理をしてくれ、出てくるかなと思いながら「帰りにまた寄ります」と言って、打合せに向かいました。

3時間後、駅に戻ると「出てきてないですね」と。

何ともったいないことを……と思っていたら、翌日は娘がiPhoneのイアホンを電車に忘れてきたと。

備品のイヤホンでなくAirPodsです。


全くウチの女性陣は、と思っていたら翌日問い合わせると「出てきました」とのこと。

無くさなければ良いのですが、無くして出てきた時の有り難さといったら……

日本に生まれたことを感謝するのです。

前漢の時代、北方の砦(塞)に住む翁が飼っていた馬が逃げてしまいました。すると塞翁は「これは幸となるだろう」と言います。

数カ月後、この馬は立派な駿馬をつれて戻ってきました。塞翁は「これは禍になるだろう」と言います。

息子がこの駿馬に乗っていた時、落馬して足を骨折してしまいます。塞翁は「幸となるだろう」と言います。

1年後に戦争が始まりますが、この怪我のため徴兵を免れたのです。

人間万事塞翁が馬。幸せも禍も間違いなく起こります。

禍があった時は未来を信じで希望を持つ。幸せな時は、調子に乗り過ぎず、禍を最小とするよう努力する。

人生の原理原則です。

これまで、この日記では拘って「コロナ下」と書いてきました。

今日はあえて「コロナ禍」と書きます。必ず駿馬をつれて来てくれるはずですから。


■■■ 軒が深いから「おいでよhouse」 ■■■
9月12日(日) 11:00~15:00 オープンハウス開催

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名残と痕跡‐1827‐

朝のジョギングコースには、沢山の地蔵尊が祀られています。

堺に次ぐ規模の環濠都市だった平野郷の名残です。

本来なら地蔵盆の時期ですが、中止の貼り紙がありました。

平野郷の中にある昔ながらの商店街。

なんかいモールです。

「なんかい」は「南海」。

ここに1980年に廃線となった南海平野線の終着駅があったのです。

今は藤棚となった始発駅、「平野停留所」から出発進行です。

すぐにすれ違いエリアが見えてきました。

踏切の名残も。

信号機は付け替えられられたのか、当時のままなのか。

雰囲気は十分堪能できます。

住宅街を縫うように線路は続きます。

100m程で現在の道に突き当たりました。

南海平野線平野駅跡地プロムナードとして現在は利用されているのです。

国道25号線と近畿道が交わる少し手前。

廃線となった阪和貨物線跡があります。

ここを通った時、妻が「これ何に使えるんやろ」と言っていました。

線路という形状だけに、再利用が最も難しい形状と言えるかもしれません。

確かに、南海平野線もプロムナードとして利用している部分はよいものの、その先はどうなっているんだろうと考えました。

右の緑の線が平野駅跡地プロムナードで、その先はほぼ阪神高速松原線に沿って走っていたようです。

チンチン電車時代から、車時代へと切り替えが上手くいった成功例かもしれません。

あたりを見回すと、天王寺まで繋がるルートは阪神高速しかないのかなと思っていましたが、想像通りで、若干悦に入っていました。

波が引いた後に残る様子を「波残(なみのこり)」といい、それが略され「なごり(余波)」となったそうです。

「自然は飛躍せず」と植物学者のリンネは言いましたが、街も飛躍はしません。

どこかに名残が残っているものです。

駅をでてすぐのすれ違いエリアには、線路をコントロールする何かしらの施設があたはずです。

そこを示すように、サルスベリが濃桃色の花を咲かせていました。

墓石もある人が生きた名残、痕跡と言えます。

2年続けて墓参りにも帰れていません。

不要不急のものにどれだけ価値があったのか、よくよく考える機会でもあります。

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■■■ 【ゲンバ日記チャンネル】はじめました ■■■

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【News】

■■■1月27日 『Best of Houzz 2021』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞■■■  

■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀(著)

◆メディア掲載情報

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記