カテゴリー別アーカイブ: 03 自然・季節

あって欲しい姿より、あるべき姿で‐2329‐

1年前に頂いた、胡蝶蘭が花をつけました。

全ての花を落とした後、茎の根元で剪定していました。

葉だけ姿に見慣れていたので意外でしたが、嬉しいものです。

胡蝶蘭が咲いたタイミングで、山形のさくらんぼが届きました。

最も人気がある「佐藤錦」。

まだお会いできていない宮城の社労士さんから、今年も頂いてしまいました。

昨年は「正光錦」という品種を頂きましたが、爽やかな味わいでとても美味しかったです。

「佐藤錦」は、人気品種ということもあり、甘みと酸味のバランスが抜群でした。
赤い宝石を、スタッフと一緒に早速頂いたのです。

果樹園も営んでおられるのですが、ご自身が栽培されたものか、購入頂いたものなのか……
いずれにしても、感謝以外ありません。

大変おいしゅうございました。

先の胡蝶蘭ですが、やってきた当初は鈴なりの花を付けていました。

その姿形が華やかさを演出してくれます。

しかし、現在の姿のほうが自然な感じで私は好きです。

胡蝶蘭は、育てるのが難しいのだと思っていました。

原産地は東南アジアのジャングルで、日の当らない中で、木の幹や岩に根を絡ませて生きています。

それ故、日当たりが悪くても大丈夫で、空気中の水分を吸って生きるタフな植物のようです。
それでオフィスや店舗への贈答品として重宝されたのです。

高価な花=繊細

という勝手なイメージだったことがよく分かりました。

元は蔦のような植物なので、針金の支柱で、世間がイメージする胡蝶蘭らしい形にしているのです。
その姿形に、贈答品としての価値があるのですが、今の姿を見ると押し付けられ感は否めません。

あって欲しい姿より、あるべき姿で生きるのが一番だと思ったのです。

ただ、これを人に置き換えてみると、とても難しいお題です。

自分のありたい姿と、あるべき姿。
例えば、子供のあって欲しい姿と、あるべき姿。

簡単に答えなど出てこない問いで、ちょっとの間悩んでしまいそうです。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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生まれた時から民主主義‐2328‐

週末の雨模様とはうってかわって、日中はよい天気でした。

公園のアベリアが小さな花をつけ始めています。

近隣には緑化をしている建物が多くあります。

庭木も同じく。

よそ様の庭先でアジサイが咲きはじめたので、梅雨入りは間もなくでしょう。

雨の日には、別の味わいがあるのがアジサイです。

街の風情は、住民の地域愛で作られる共同作品といえます。

水道水が安全に飲める国は、日本を含めて、世界で11ヵ国しかないそうです。

雨が豊かな水資源を供給してくれること、国土が狭いことが大きな要因だと思います。
また、河川へのゴミ投棄が少ないことや、下水道の発達もその理由のようですが、それでもその少なさに驚きます。

更に驚いたことがありました。

完全な民主主義は、世界で24カ国しかなく、割合で言えば8%以下。
一方、権威主義は59カ国で39.4%。

民主主義を掲げていますが、実際には機能していないカンボジアやミャンマーなどは実質上、権威主義に分類されての割合です。

権威主義国家より、民主主義国家のほうが、仕事に遣り甲斐がない、などということは絶対にないはずです。
ところが、日本の国力低下が叫ばれて久しいのです。

このままでは、権威主義に飲み込まれてしまう……
民主主義が少数派だということに、背筋が寒くなるのを覚えました。

少子高齢化社会、海外資本の流入と、日本に課題は山積しています。

しかし、世界中の人が街の美しさに感激する国でもあります。
それは、地域愛によってのみ実現できることです。

生れた時から、水道水を飲むことができ、選挙が機能し、自由に発言できました。それが、どれほど恵まれたことなのか、今頃になって痛切に感じます。

これらを守りたければ、民主主義が素晴らしいものだと証明しなければなりません。

そのヒントは美しい街にあると思っています。

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ゆっくりあるけ しっかりあるけ 山頭火‐2322‐

アトリエから歩いて10分くらいにある難波宮跡公園。

中央大通の両側に広がりますが、北側には「なノにわ」という商業施設があります。

飛鳥時代から奈良時代にかけて都が置かれ、その宮殿の跡地を公園として保存しているのです。

通りがかると、芝刈りロボットがお仕事中。

側溝ギリギリを攻めています。

少しの間見ていたのですが、意思をもっているかのように、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

芝の無い通路部分を横切ったりもするのです。

ロボットなので、この暑さにも一切文句も言わず、この広大な公園をたった1人(1機)で芝を刈るのですから、尊敬しかありません。

暑くはありますが、植え込みの花は満開。

黄色い花は、マーガレットかデイジーか。

キクのような葉をしているのがマーガレットとあったので、デイジーでしょうか。

足もとでは、紫の小さな花が咲いています。

自然の力がみなぎる季節です。

アトリエで活ける花は、空堀商店街で買ってきます。

花屋さんは谷町筋より東側の空堀ど~り商店街にあります。

店の名前は「山頭花」。

自由律俳句でしられる俳人、種田山頭火からとったのでしょう。
金額も非常にリーズナブルで、とても助かるのです。

1882(明治15)年に生まれ、1940(昭和15)年に松山で無くなった山頭火は、その作風とは異なり、厳しい人生を歩んでいます。

母と弟を自死で亡くし、実家が経営する酒造会社は倒産、離婚し酒に溺れ、自殺未遂……

その中でも、旅をして俳句を描き続けた流浪の人生でした。

AIが経済を支えるように、労働をより多くをロボットが負う時代は進むでしょう。

怒りも、喋りも、貪りもせず、ゆっくり、しっかり働くロボット。
山頭火の詠んだ世界とは全く逆の世界です。

人にとって快適で、清潔な世の中になっても、心の機微を詠む俳句などの淡い文化はこれからも残っていくのでしょうか。

ゆっくり歩いて、しっかり見届けたいと思います。

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池原詣では哲学の道‐2320‐

先週末は、奈良県下北山村の池原ダムへ行っていました。

およそ1年振りの池原詣でです。

ゴールデンウイーク最終盤につき、トボトスロープも大盛況。

スロープは勿論のこと、場外にまで車があふれています。

世田谷ナンバーの車が止まっていました。

バスフィッシングの聖地に、全国から釣り人が集まってくるのです。

1枚目の写真が、閑散とした桟橋なのは皆が出船した後だからでした。

ボートは屋外に駐艇しているので、雨、風、雪と過酷な条件にさらされています。

1年振りだったので、何度セルを回してもエンジンが掛からず……

赤と黄のパーツ、ディレイが壊れていたそうで、湖上で修理して貰いました。
本当にありがたい限りです。

気持ちよいエンジン音に満足しながら、遅ればせながら出船です。

湖上には多くのボートが浮いていますが、これもゴールデンウイークならではの風景。

たまにしか来れない人も居ると思うので、邪魔にならないよう、慎重にポイントをセレクトしました。

しかし、ここに通って30年。それなりの引き出しは持っているつもりです。

およそ1年振りの池原フィッシュは、慎重にネットで取り込みました。

43cm、1kg弱の美しい魚でした。

その後、40cm足らずを数匹。

初日はこれで終了です。

2日間で最大は45cmでした。

できれば記録級、最低でも50cmアップを狙いますが、40cm中盤でも満足です。

この景色があれば。

湖上に浮いているだけで、体と心がフレッシュになっていく感じがするのです。

2日目は早めに上り、帰路につきました。

片道2時間ちょっとの道程のうち、半分は山中を抜ける169号線です。

途中、美しい山村を抜け。

奈良盆地を横断し。

大阪に戻ります。

この何百回と通った道は、私にとっての哲学の道です。

軽くハンドルを握り、流れる景色を眺める贅沢な時間。

仕事のこと、家族のこと、今後のこと、そして次回釣行のプランと、思いつくままに物思いにふけるのです。

久し振りに池原に行き、やっぱり釣りが好きなのだと実感しましたが、行き帰りの5時間が一番好きなのかもしれません。

せわしない現代社会、スマホやパソコンを物理的に触れない時間を、積極的に確保しにいく必要があるのかもしれません。

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安曇野水鏡‐2319‐

今年のゴールデンウィークは、雨の上高地からスタート。

5月4日の夕方、上諏訪温泉のホテルに到着したところまで書きました。

翌5月5日は朝から快晴です。

客室の窓を開けると、諏訪湖越しの穂高岳を望む眺望で、朝からテンションが上がります。

長女は、休みたくない授業があるというので、早朝の特急あずさで先に帰京することに。

せめて上諏訪駅まで送り届けてきました。

連泊だったので、遅めに出発して信濃路をのんびり北上します。

地元ラジオでDJが「安曇野水鏡」という言葉を使っていました。

稲が成長する前の水田に、安曇野の風景が写り込んでいる様を指すよう。
なるほど、この時期しか見られない景色です。

冠雪した北アルプスが水田に写りこみ、倍の奥行きを感じさせるのです。

今回は、久し振りに「るるぶ」を購入しました。

前から2番目に取り上げられていた「大王わさび農場」へ向かうと、2km弱の渋滞です。

麦畑の中に咲くのはポピーでしょうか。

これもゴールデンウィークと、景色を眺めながらのんびりと1時間15分程車列に並んで入場しました。

「大王わさび農場」は広大な敷地にわさびが栽培されています。

こどもの日らしく鯉のぼりも。

扇状地に湧き出る豊かな伏流水がわさび栽培に適しており、日本一の規模を誇ります。

大量の澄んだ水が必要なのは、わさび自身から出る毒を絶えず洗い流すためでした。

殺菌効果は自身にも影響を与えるとは、禅問答のような植物です。

農場の名前は、安曇野を治めていた魏石鬼八面大王という怪力無双の首領からとったものと説明書きがありました。

桓武天皇の頃、全国統一を目指す中央政権は、東北侵略の足掛かりとして坂上田村麻呂を派遣し、怪力無双の八面大王と戦うことになります。

最後は兵器で劣る八面大王が力尽きるのですが、あまりに強かったため、再び生き返らぬようにと遺体をバラバラにして埋められました。

農場の一角には胴体が埋められたと言われ、大王神社として祀られています。その故事にちなんでつけられたのです。

前日は雨だったので、川の水は濁っていますが、農場内の伏流水はどこも澄んでいます。

日本一、わさび栽培に適していることが視覚で納得できました。

1時間半並ぶ程の人出で、場内もかなり賑わっています。

1軒のレストランに長男が並び、もう1軒のレストランに妻が並んでいたのですが、妻の並んでいたレストランで何とか昼食にありつくことができました。

本わさびと信州太郎ぽーく、2250円です。

山盛りのわさびをたっぷり付けて頂きます。

わさびソフト2種は、650円と550円。

わさびとソフトクリームがこれほど合うとは、というお味でした。

非常に満足してホテルに帰りましたが、贅沢ついでにオプションメニューを追加しました。

妻には金目鯛の煮付け。

長男には信州プレミアム牛のしゃぶしゃぶ。
たまにしか会えないので、ちょっと奮発してみました。

家庭を持つようになると、旅行に行く機会さえなくなるでしょう。
それがいつになるのかは分かりませんが……

長男は大学4回生、長女は大学1回生です。

それぞれに大きな分岐点に立っています。
親として、仕事人の先輩として、アドバイスできることが色々あるかなと思っていたのですが、結局皆無でした。

それぞれの人生に、親の意思が入る余地などありませんし、その必要がないこともよく分かったのです。

安曇野水鏡。

冠雪のある北アルプスを写す西側も素晴らしかったですが、東側の長野市側を写す緑一色も捨てがたい美しさでした。

京セラ創業者、稲盛和夫さんに盛和塾で教えてもらった言葉です。

子育ては人生の復習だと思っていましたが、それほど簡単に片づけられるものではないようです。

悩みは若者の特権です。悩み、考え、何かしらの答えを出して欲しいと思います。

水面に映る安曇野の風景のように、美しい人生を思い描いて欲しいと願うのです。

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Japan alps 上高地‐2318‐

今日は早朝に大阪を出発。

400km程走って、長野県松本市までやってきました。

アルピコ交通上高地線の新村駅です。

駅前に車を止め、上高地の玄関口にあたる新島々(しんしましま)駅でバスに乗り換えます。

何とも気になる駅名ですが。

マイカー規制があるので、登山バスを予約していました。

1時間程かけて上高地に到着。

しかし残念ながら天気は曇り。

長女は帰省していたので、一緒に行動していたのですが、長男は東京からで、現地で合流しました。

まずは家族写真をということで兄妹の撮影。
昭和の芸人というコンセプトです。

雄大な景色ですが、雲、雲、雲。

前日から大雨でしたが、水は意外にも澄んでいました。

明神池まではバスターミナルから1時間程。

これぞ上高地という景色です。

しかし、帰路は雨が降り出し、4人ともずぶ濡れ。

帰りのバスで暖をとり、ようやく一息ついたのです。

雨の上高地から、先ほど諏訪湖沿いの宿に到着しました。

明治政府が雇った英国人技師が、1877年(明治10)に槍ヶ岳に登った記録を雑誌で紹介しました。

その際に「Japan alps」という表現を使ったことが、今日の「日本アルプス」の語源となったそうです。

子供たちに「Japan alps」を堪能してもらい、絶景の家族写真を撮るつもりでしたが、残念ながらまたの機会に持ち越しです。

今回の旅は2泊3日。

続きは、木曜日にお伝えしたいと思います。

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サクラサク×2 突然の子育て終了‐2308‐

大阪城公園の桜は、3分~7分咲きといったところです。

最も個体差がある時期で、ほぼ満開の樹もありました。

我が家では満開のサクラが咲きました。

3月26日(木)の最終発表で、合格の吉報が届いたのです。

長女は夏にあった国公立の推薦試験で不合格になってから、東京の私学を第1希望に決めました。

志望校選びは、娘と妻で、得意不得意、問題の傾向、倍率、就職など、かなりリサーチしていました。

どんな受け方が最も合格しやすいかを調査する力は、妻にはえげつないものがあると思います。

最終的に、東京を2校、関西を2校受けたのですが、1回目の発表では、東京は1学部も通らず、関西のほうは全ての学部に合格していました。

第1希望のほうが偏差値は上ですが、関西は全て通っていたので「追加合格はあると思う」と娘にも家族にも伝えていました。

関西の私学は全て合格するが、東京の私学に全く届かないという微妙な実力になるほうが難しいと思っていたからです。

2月の合格の時に、タイトルを「ツバキサク」にしたのは、もう1回あるという願いを込めてでした。

合格が分かったのがこの時期なので、すでに入学金も授業料も振り込んでいます。

入学前のオリエンテーションにも参加し、気の合う友達ができたと喜んでいました。それで、合格が分かってから、どちらに行くか1日悩んでいました。

しかし東京へ行くことに決め、慌ただしく東京行きの準備を始めたのです。

これは昨夏撮った家族写真のうちの1枚。

長男は4月から4回生なので、東京暮らしも4年目に入ります。

もちろん下宿先も決まっていないので、一旦長男の下宿先に身を寄せることになりました。

下宿探しも長男が一緒に回ってくれることになり、親としては何ともありがたい限りです。

長男の中学受験では合格最低点と同点で合格。長女の時は、普段算数が50点しか取れなかったのに120点取って合格。

図形問題を消しゴムで測って答えを導き出すという、不正ギリギリの技術を駆使していました。

これらも、どの日程が子供に最も向いているかを、妻がかなり調査した上での結果だったと思います。

そして最後の受験は、例年3~4人しか追加がない、最終発表での合格でした。この確率はどんな数字になるのだろうと考えます。

「持っている」という言葉がありますが、大学受検において兄妹は「持っていた」と思います。「持っている」と思えるよう、仕向けてきた部分もあると思いますが。

関西の大学に通う時は、自宅からの通学となっていたので、まだまだ妻を頼る感じでした。

しかしこれからは1人暮らしになるので、我が家の子育ては、突然ここで終了となりました。

長女が妻に「子育て成功やね」と言っていました。

自分で言うな、という感じですが。

中学合格の時に続いて今回のタイトルも「サクラサク」としました。

2003年に2人で始めた暮らしは、2005年に3人になり、2008年には4人となりました。

そして2023年に3人となり、2026年に2人となります。

寂しくもありますが、それが自然の理です。本当に、良い春になりました。

色々なことがあると思いますし、不安もあるでしょう。

しかし、今は希望に満ち溢れているはず。自分の人生を全力で探して欲しいと思います。

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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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野球をする・観る環境と、肩・肘問題‐2304‐

森ノ宮駅は、地下鉄の2路線とJRが交差する、便利な駅です。

3分程西に歩くと、もりのみやキューズモールBASEがあります。

「BASE」と付いているのは、1997年まであった日生球場の跡地にできたからだと知りました。

中央の広場が、球場のような形をしている理由も納得できます。

名前の通り、日本生命野球部のグランドでしたが、昭和の個性派球団、近鉄バファローズの準フランチャイズ球場としても使用されました。

高校野球の予選も行われていたので、応援に来たこともあります。

大阪市民には身近な野球場だったのです。

間もなく春の高校野球も開幕しますが、昨日、日本にとってのワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は終戦を迎えました。

準々決勝で、ベネズエラに5対8で敗戦。

前回WBCでは、他国を圧倒した投手陣が力負けしたのが痛かったと思います。

日本打線も長打を打てる選手が増えましたが、スタメン全員がMLBで20本以上のホームランを打っている、ドミニカ共和国に比べると流石に厳しいものがあります。

そのドミニカ共和国も、今日アメリカに敗れてしまいましたが。

世界中の野球ファンの目が、大谷翔平選手や日本に集まるのを喜ぶ他国はありません。中南米の強国が本気でくれば、このくらいのことは起こるのだと思います。

WBCが本気の真剣勝負に入った大会になったと思います。

ただ、圧倒された訳ではなかったので、何とかあと2試合見たかったというのが本音ですが。

ネットフリックスと契約して観たのですが、このレベルの大会は、やはり無料で観れるようにするべきだと思います。

聞けば、ネットフリックスが本社を構えるアメリカでは、準決勝、決勝はFOXが無料配信するそう。

私が子供の頃は、野球中継を毎晩地上波で観ることができました。

写真の日付を見ると1985年の9月。私は中学3年の野球少年でした。

知らないものを人が好きになることはありません。

大谷翔平選手が子供の頃に観た、WBCに出場することを目標としたように、スポーツビジネスのもう一段階上にある話だと思います。

次回は是非解決してもらいたいところです。

森ノ宮は大阪城公園の南東角にあたりますが、最も日当たりの良い環境といえます。

ほぼ満開の桜が数本ありました。

多くの桜は、まだ固い蕾のまま。

環境によってこれだけ差がでるのです。

日本の高校球児は約13万人、韓国の高校球児は3200人ほどだそうです。

近年の韓国代表は低迷していると言いますが、この環境差で、世界の8強に入ったことのほうが驚きです。

何を置いても、競争と環境が人を育てるのは間違いありません。

昭和の大阪の下町に、立派な球場はありませんでした。

しかし、空き地で皆が野球をできた時代でもありました。

人の家の庭に入ったボールを、勝手に取りに入って随分怒られましたが。

WBCがサッカーのワールドカップを目指すのなら、世界中での裾野の拡大と、開催時期の変更でしょう。

現時点で世界最高の選手である、大谷選手がピッチャーとして出場できる時期に開催できなければ、言い訳無用の真剣勝負とは言えません。

2028年のロサンゼルスオリンピックで言われているように、7月にあるオールスター戦に絡めての開催がベストのはずです。

しかし野球というスポーツは本当に難しいスポーツです。

打者はスーパースターが積極的に出場しますが、投手は複雑な問題があります。

これだけスポーツ医学が進歩し、球数、強度を管理していても、超一流の投手が年に何人も肩や肘の手術に追い込まれるのですから、肩・肘は消耗していくと考えざるを得ません。

それらを考えても、やはり夏開催しか無さそうです。
WBCを主催するMLB機構には大英断を期待したいと思います。

今回の結果で日本代表は、まずロサンゼルスオリンピック出場権を確保する必要がでてきました。

侍JAPANを、肩肘張って応援したいと思います。

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大黒さまは、食と破壊の神だった‐2302‐

健康保険のイベントは、バスで連れていってくれるので時々参加しています。

人気イベントは、すぐに申し込まないと定員になってしまうくらい。

つい出不精になってしまうこの時期には有難い限りです。

昨日は、いちご狩り+ウォーキングのイベントでした。

神戸市北区にあるいちご農園「Bon Farm」。

ビニールハウスの中は、いちごの甘い香りで充満していました。

ひとつずつ、丁寧にハサミで摘み取ります。

5種類くらいの品種があり、それぞれ味がかなり違うのです。

一番気に入ったのは「おいCベリー」。

味が濃く、甘みと酸味もありますが、とても優しい味わいでした。

現在は高設栽培という、高い位置にプランターを設置しての栽培が主流だそうです。しかし、昔ながらの土耕栽培にこだわっていると。

そんな所に違いがあるのかもしれません。

バスで2、3分のところにある「道の駅神戸フルーツ・フラワーパーク大沢」まで移動してきました。

大沢は「おおぞう」と読みます。

広大な敷地で20分程ウォーキング。

途中に牛舎も見え、のどかを満喫してきました。

初めて訪れたと思うのですが、この施設は兎に角大きい、かつ豪華。

張りぼて感は全く無く、建物にお金が掛かっているのが分かります。

調べてみると1993年の開業で、2017年に運営母体が変り、リニューアルオープンしていました。いわゆるバブルの遺産と言ってよいでしょう。

それでも何とか現在まで維持しているのは立派だと思います。

この日は食べ放題ばかりですが、神戸ホテル フルーツ・フラワーでランチバイキングでした。

食べ放題は、がっついてしまい後悔するものですが、流石に50代半ばになると大丈夫でした。

夕方、集合場所の大国町に戻ってきました。

バスを降りると「木津の大国さん」という文字が見えます。

大国町は、学生時代に長くアルバイトをしていたので、そこそこ知っているつもりでしたが、大国町は「大国さんの町」だったのです。

境内には南を向く敷津松之宮と東を向く大国主(おおくにぬし)神社があります。

大国主神社の中には、大阪七福神のひとつ大黒天の像が祀られています。

大きく、かつ可愛げがあったのですが、残念ながら「撮影禁止」でした。

大黒天は五穀豊穣や食の神様として知られます。

しかしインドの神話では、破壊と再生を司る「シヴァ神」が、破壊神となった時の異名「マハーカーラ」が大黒天のルーツだそうです。

食の神様は、破壊の神様だったのです。

美味しいものを食べられるとに感謝し、その後のカロリーを破壊してくれたなら、もっと感謝します。などと書いたら、バチが当たるでしょう。

日本では、ほぼ飢えの無い暮らしですが、世界中どこでもという訳ではありません。

にも拘わらず戦争とは……

ヒンドゥー教の三大神のひとつである「シヴァ神」が、破壊と再生を司るのは、それらは一対であるという考えの下からだと思います。

しかし、誰かの都合による破壊が生むのは再生でなく憎悪だけです。

リーダーは力だけでなく、品格が必要だと思うのです。

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最後のホームルーム、の後‐2300‐

近鉄上本町駅から、快速急行で約20分。

土曜日は娘の卒業式に参列してきました。

曇り予報でしたが、時々晴れ間ものぞきました。

学校名、駅名は全て消していますが、駅前にある学校と言えばほぼ1校かもしれません。

縁あって、長男、長女が、合わせて9年間通うことになりました。

卒業生は300人前後でしょうか。

保護者の参列も多く、講堂はきっちり満員という感じ。
2時間程でしたが、品のある式典でした。

中でも、学校長の式辞が素晴らしかった。

4章くらいの展開がありましたが、慶應義塾大学の塾長を務めた小泉信三の「簡単に手に入るものは、簡単に失う」という言葉を取り上げていました。

体感としても納得できますし、フレーズとして聞いたこともありますが、出典も含めて卒業式にマッチした選択だと思います。

テレビで本人が歌っている場面を見たことがありますが、言葉として聞いた方が、迫力がありました。

「お前が消えて喜ぶ者に」というワードが入っているにも関わらず、この詞を引用することに、本気度を感じたのです。

校長でありながら、国語教師としても授業を受け持っているそうで、「言葉と格闘してきた」という言葉にも、大いに納得できます。

媚びず、攻めた、格式高い式辞でした。

2017年4月8日、長男が入学。

曇りではありましたが、満開の桜の下での入学式。

自分の学力と相談した上での受験でしたが、第一希望として合格。
その3年後、娘も同じような経緯で合格してくれました。

しかし娘が入学した2020年は、コロナ下の社会に突入しており、入学式は開催されず。

社会自体が困惑する中、子供たちは多くの負担が強いられたと思いますが、踏まれた麦が育つように、バイタリティが培われたのは間違いないと思います。

生徒たちが興味を持てるよう、イベント等も工夫されており、超一流校にはないホスピタリティもあり、親としてはとても感謝しています。

受験も終わり、概ね進路が決まった娘は、早速妻と大阪城公園の梅林へ散歩に行っていました。

今は解放感を満喫すればよいと思います。戻らないくらい箍(たが)を緩めるのはNGですが。

卒業式のあと、最後のホームルームにも立ち会ってきました。

言葉だけで映画のタイトルになりそうですが、全員がひとり30秒のスピーチをして6年間を締めくくります。

友達への感謝を語る子あり、笑いを取る子あり、涙であまり話せない子ありと千差万別。

しかしそれが終ると、「JKも終わりやわ~」とからから笑っている声が聞こえてきました。

9年前、子育てとは「2度目の人生」と書きました。
ほぼ2回目を終えたのですが、はたして成長できたのか……

最期以外、学校のように明確な区切りがないのが人生です。
どんな場面でも、からからと笑い飛ばせたらとも思います。

JK師匠に「勉強させてもらいます!」という感じなのです。

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