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原尞「私が殺した少女」読了‐2317‐

昨日は昭和の日だったので、すでにゴールデンウイークに突入しています。

打合せの花瓶にはヤマブキ。
ヤマブキ色の通り鮮やかな黄色で、社内も春の装いです。

先週末からゴールデンウィークだという話もあり、昭和世代からすると隔世の感は否めませんが、いずれにしても長期休暇は嬉しいものです。

その先週末、長女の東京での住まいがようやく決まり、妻が引越しの手伝いに行っていました。

私は大阪に残っていたので、少し料理でもしようと空堀商店街へ。

「あそこは安い」と聞いていたスーパーへ行くと、閉店間際のよう。

鮮魚コーナーでセールが始まり、若干殺気立っています。

物価高の世の中、普段からこの競争の中で買い物をしているのだなと、僅かながら妻の苦労を知りました。

今回の住まい探しは、長男が一緒に不動産会社に行ってくれたり、引越しも手伝ってくれたりと、本当に助かりました。

住まいが決まるまで、妹を泊めてくれたことが一番で、兄妹が東京にいるありがたさを、身に染みて感じていました。

新しい住まいは、築年数はそれなりですが、リノベーション後なので気に入っているそう。

バブル期の建物らしく、対面、独立キッチンです。

一通りそろえるのには、それなりの金額が掛かりますが、健康のことも考えて、できるだけ自炊して欲しいと思います。

兄妹とも、中学生に入るまではかなりの本好きでした。

そうなって欲しいと思い、面白そうな本を揃え、欲しいと言えば何でも買い与えていました。
それが、スマホを手にしてからは……どこの家庭でもある話なので書くのは止めておきます。

東京から戻った妻が言うには、長男は最近は結構本を読んでいるとのこと。
本を貸してくれる友人が居るらしいのです。

本に関しての主張は一貫していて「面白い本を読む」に限ると思っています。

先日読了した、原尞(はら りょう)の「私が殺した少女」はなかなか良かったです。

日経新聞の「私の履歴書」で、早川書房の社長が原尞に触れていました。
それなら凄い作家なのだろうと思い読んでみたのですが、読んだ後、直木賞受賞作だと知りました。

作者の経歴が特異でした。

フリージャズ・ピアニストでしたが、レイモンド・チャンドラーに傾倒して、小説家に転身。
生涯作品は10作に満たず、寡作の作家ですが、全て10万部以上の売上。

1946年生まれで、2023年に76歳で福岡で逝去されたようです。

「私が殺した少女」1989年(平成元年)発表の長編ハードボイルド小説で2作目。
私立探偵の沢崎が、裕福な家庭で起こった誘拐殺人事件に関わり、その真相を解き明かしていくというストーリーです。

修飾語を何度も重ね、繊細に描写する文体は、英語文学の翻訳書の趣きもありますが、チャンドラーの影響でしょう。

それでも読みづらくないのは、作者の力量だと思います。

面白い本を見つける方法は、「教えてもらう」か「探す」しかありません。
「教えてもらう」を超えて「貸してもらう」とはなかなかのものです。

5月4日からは数年振りの家族旅行の予定です。
5月病という言葉も聞こえてきますが5月健康で行きたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

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未来に漕ぎ出す‐2316‐

本町橋のすぐ西にある大阪産業創造館は、合併で無くなった東区役所があった場所でした。

外壁にボートのモニュメントがある建物と言えばすぐに伝わると思います。

2000年完成の大阪産業創造館は東畑建築事務所の設計です。

「産創館」と呼ばれることが殆んどでしょうか。

本町通沿いのハナミズキも満開です。

こちらは紅。

正面には白。

ハナミズキ越しに見上げてみます。

東畑建築事務所のWebサイトを見ると「未来に漕ぎ出す大阪の企業家をイメージした」とあります。

こういった直喩は陳腐な表現になりがちですが、このアートモニュメントがしっくりきているのは、波の表現が繊細で美しいからだと思います。

外壁の板金仕事が、組織事務所のそれとは思えないほど大胆。

この日は、ドローンに関するセミナーに参加してきました。
2年前に2等の国家資格を取得しましたが、法律の変化が目まぐるしい分野です。

どんどん情報を更新していかないと、時代に置いていかれそうです。

セミナーの後、日本建築家協会近畿支部の総会がありました。

大先輩の話を聞かせて貰い、一生勉強だなと背筋がピンと伸びました。

4月頭に研修生としてやってきたD君は、3日でアルバイトに昇格してもらいました。

やる気と実力があれば、年齢は関係ありません。
早い時期に正社員になって貰おうと思っています。

親族が、タケノコ掘りに行ってきたそうで、水に漬けた状態でアトリエまで持ってきてくれました。

オリーブオイルで炒めただけで、最高のつまみになりました。
タケノコにおいては、新鮮を上回るものは何もありません。

こちらは、妻が地元の知人に頂いた「大阪焼酎」。

炭酸とレモンで割ろうとすると、「レモンは入れずに飲んでみて」と妻。

確かに、焼酎というよりは日本酒よりの味わいでした。
後味はまるでラムネのように甘かったのです。

子供の頃はしょっちゅう飲んでいた瓶入りのラムネですが、あのビー玉で栓をしてある瓶に誘われて買ってしまうのですが、内容量は極めて少なかった気がします。

むしろそれが健康の為には良かったのかもしれませんが。

旬を活かす。
常に勉強を続ける。

食と職の話ですが、「未来に漕ぎ出す」ための共通項だと思います。

そもそも、食と職は音だけでなく、本質はほぼ同じなのかもしれません。

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ほめちぎる伊勢‐2315‐

昨日は、始発の近鉄特急、賢島行きに乗りました。

三重県の盆地帯を抜ける際の風景は、何とも穏か。

アーバンライナーの2階席、北側からの風景でした。

伊勢神宮の外宮近くにある宇治山田駅に到着したのが8時前。

駅前でレンタカーの手続きを済ませ、計画地へ向かいました。

計画地は海のすぐ近くにあります。

最高のロケーションですが、青空の写真とはいきませんでした。

ただ、晴れ間の日差しは強烈で、海沿いの緑は力強さを感じます。

クライアント企業の担当者の方に案内して頂き、敷地をくまなく歩いて回りました。

十分把握してから関連行政へ事前相談に向ったのです。

まずは三重県の伊勢庁舎。

建築関連法規は、県が判断権限を持っている分野と、市が権限を持っている分野があります。

国定公園法などは国が判断権限を持っており、関係省庁は多岐に渡ります。

県で都市計画法の打ち合わせをした後は伊勢市役所に移動しました。

こちらでもみっちり打ち合わせ。終わった時は3時を回っていました。

上下水道関係の調査をするためにすぐ移動し、調査が終わったとろで、閉庁時間となりました。

伊勢庁舎の食堂に、伊勢うどんがあったのでさっと昼食にしました。

特徴は、甘辛、太麺、柔らかい。

これが唯一、「伊勢」を体感した場面でしたが、500円は有難い限りです。

宇治山田駅に戻ってくると、すでにライトアップが始まっています。

この駅舎は有形登録文化財に指定されており、NHKの『ブラタモリ』でもフォーカスされていました。

昭和6年の完成で、設計者は久野節(くの みさお)。
高島屋大阪店も彼の作品です。

一日駆けずり回って働き、帰路につく駅舎が美しいと、心が温かくなるのです。

帰りは、伊勢志摩ライナーでした。

車両が格好良いと気分も上がります。
ただ、4時起きだったので、座った瞬間に寝落ちでした。

実は2022年に、同じく伊勢市でかなり大きなプロジェクトの相談がありました。

敷地面積も過去最大なら、建物の面積、棟数も過去最大。

難易度の高い計画でしたが、各所へ事前相談に奔走した結果、「何とか要望通りに建てられそう」というところまでこぎつけました。

しかし、計画自体が先方の事情で頓挫してしまいます。

残念ではありましたが、その時の経験が、昨日もかなり活きたと思います。

移動中「ほめちぎる教習所 伊勢」という看板が見えました。

思わず笑ってしまいましたが、伊勢市役所の人も、三重県庁の人も、もしかすると私をほめちぎってくれるかもしれません。

それが叶わないなら、私がほめちぎってさしあげます。

クライアント企業の皆さんに、完成したあとにほめちぎってもらえることをイメージしながら、今はやるべきことをひとつ地道に進めていきたいと思います。

ほめちぎる伊勢

とってもいい響きなので、このプロジェクトのテーマにしていきたいと思います。

次回の伊勢行きを今から楽しみにしています。

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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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上町界隈の名店⑥「大阪の味 割烹とんぼ」‐2312‐

実施設計の最終段階にはいったプロジェクトが「どんな日でも遊べる家」です。

クライアントから、CG公開のOKを貰ったのでUPしてみます。

なぜどんな日でも遊べるかを、良ければご覧ください。

昨日の昼食は、近所にある「割烹 とんぼ」へ行っていました。

創業180年の老舗割烹に行ったのは、日曜日の昼食くらいは贅沢しようと決めたので……というのは冗談で、町内会の総会があったからです。

集会場が少し遠く、町内にある「割烹 とんぼ」で昼食を取りながらが恒例だそうです。

こちらに越してきてすぐに買った「あまから手帖」の2025年1月号。

表紙がこの店の料理だったので、とても楽しみにしていました。

豆ごはんセット2420円、かき天丼1760円、うなぎ丼2750円のメニュー札が掛かっていました。

嫌が上でも期待は高まります。

2階の堀ごたつ形式の和室で、18名での会食でした。

ほたるイカからスタート。

お造り。

煮物と続きます。

そして鯛の煮付け。

煮物はどれも甘めで、箸が進みます。

男性陣は飲んでいる人が大半でしたが、戻ってから仕事があるので、ここはグッと我慢です。

両隣りは面識がありましたが、ほぼ皆さん初対面です。

長くこの地に住んでいる方が大半で、上品な方ばかり。

私達でも「若い」部類に入るということで、とても暖かく迎えてもらいました。

店前のメニューにかき天丼がありましたが、かきの天ぷらは味が凝縮した感じで、大変美味しゅうございました。

「包丁一本晒にまいて」で始まる「月の法善寺横丁」のモデルはこの店の先代だという話や、作家・藤本義一がこの店を贔屓にしていたとか、江夏豊など阪神の選手もよく来ていたとか、面白い話を沢山聞かせてもらいました。

女将さんに「何が一番お勧めですか?」と聞くと、「タコの桜煮です」と。

あまから手帖の表紙になるくらいなので、それはそのはずです。

タコの煮ものがあったのは分かっていたのですが、おしゃべりに夢中で、写真を撮り忘れてしまいました。

痛恨の極みですが、来年も参加する理由ができました。

クライアントから新築しするための土地探しから相談を受けることもありますが、「ご近所さんは選べないので、できれば頑張ってコンタクトを取ってみてください」と伝えます。

しかし、自分が購入した時は、言ったことを全く実行していませんでした。

雰囲気を見ただけで、絶対に良い人ばかりに違いないと確信していました。

自分が住む街を好きな人が多ければ多いほど、街の雰囲気はよくなります。それを実感できた町内会の総会でした。

本の中では4ページに渡って、由緒が紹介されています。

現在の大将は5代目で、息子さんである6代目に引き継ぐのもそれ程先ではなさそうです。

大阪の味を繋ぐ「割烹 とんぼ」。

私の手絡では全くありませんが、そんな店が町内にあることを誇らしく思います。

帰り道も、街の説明をしてくださるご近所さん。

私の直感が正しかったことを確信できた日になりました。

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心の庭にまく水は、感謝か称賛か承認か‐2310‐

4月に入り、街ゆく人たちの動きも軽やかに見えます。

最近、アトリエ内には緑が増殖中。

子育てが終了した妻の癒しだそうです。

毎日霧吹きで水をやり、日当たりの良い場所に動かし、甲斐甲斐しく世話をしています。

アトリエで多くの時間を過ごすので、緑はもちろん大歓迎です。

打合せの花瓶に活けてあった桜の枝は、あっという間に満開になりました、

月初からの入社試験を軽くクリアした彼は24歳です。

大学の建築学科を卒業して2年。様々な経験を積み、当社の門を叩いてくれました。

1996年の創業以来仕事も増え、2020年頃まではスタッフも育っていたと思います。

しかし新型コロナあたりを境に入社希望者が減り始め、年々それは顕著になっていきました。

同業者に聞いてみると、多くは同じようですが、仕事とスタッフ育成の、どちらも上手くやり遂げている会社もあります。

2025年の2月に上町に移転し、第3期アトリエmをスタートしましたが、チームの拡充は最優先課題です。

緑は道ゆく人からはどう見えるのでしょうか。

仕事も、見るとするとでは全く違うものになります。

単に甘やかすことはNGですが、やはり「育てる」という心構えが大事なのだと感じています。

京セラ創業者の稲盛和夫さんに盛和塾で教えて貰った、哲学者、ジェームス・アレンの言葉です。

心の庭に種を蒔き、毎日雑草を抜き、手入れをしなければ美しい花が咲くことはないのです。

また、子供に愛情を注がない親はいません。

考えてみれば、同じことを社内でも実践するだけです。

ということは、妻に学ぶべき?

心の庭にまく水は、感謝か称賛か承認か……

同じ轍を踏まぬよう、成熟したチームとなるよう、何とか前進したいと思います。

何より、この会社を選んでくれたことに報いなければなりません。


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上町界隈の名店⑤「鮨 東野」‐2309‐

アトリエのある上町は、地下鉄の谷町6丁目と玉造の中間くらいに位置します。

「隠れた」と書くと怒られそうですが、周辺には、パン屋、ケーキ屋、ラーメン店などが結構あります。

それらを紹介するのが「上町界隈の名店」シリーズ。

第5弾は「鮨 東野」。

アトリエから歩いて2分くらい。もう目と鼻の先です。

最終発表で合格が決まってすぐ、娘に「何を食べたい?」と聞くと、間髪なく「お寿司!」。

こちらのお店は「鮨」ですが。

20時からカウンター席が取れ、お祝いに行ってきました。

カウンターと半個室が1部屋の店内はまだ新しく、移転してきて2年だそう。

醤油の場合は刷毛で塗ってくれるスタイル。

娘の大好物、シマアジです。

貝好きの私は赤貝。

炙った金目鯛は濃厚な味わい。

生姜が乗ったサヨリも非常に良かったです。

関西ではやはり鯛。

芽ネギが同じレベルで美味しかったのには驚きました。

天ぷらは、鱚とアスパラ。

固すぎないホクホクタイプで、大変おいしゅうございました。

スダチとブリカマは鉄板。

画的にはあまり映えていませんが、一番好きだったのはアナゴ。

甘さ、醤油加減、食感とも素晴らしかったです。

シャリが人肌くらいの温かさで、そこも新鮮でした。

一番驚いたのはお代。あまり飲まなかったとは言え、3人で2万円くらい。

閉店の22時まで、十分に堪能させて貰いました。

1人暮らしを始めたら、なかなか寿司にも行けないだろうと奮発しましたが、父親にも優しい店でした。

子育てが終了した妻は、友人とどんどん食事に出掛けだし、新しい店を開拓中。

そのおこぼれに私が預かるという構図です。

まあ、家族が幸せであればそれで良いのですが。

子供たちが帰省した時、4人で寿司が恒例化したとしたら……

やはりチチハタラクの構図はまだまだ続きます。

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もう一度行きたい!美しく、美味しい街ミラノ‐2294‐

昨日は、朝からクライアントと打合せでした。

上町のアトリエ前もかなり激しく雪が降り出しました。

車での来社だったので、雪が積もらないかハラハラします。

夕方には晴れ空に変り、杞憂に終わってくれました。

国民の義務、投票にも行ってきました。

あまりにも慌ただしく、腹に落ちないことが色々ありますが、それでも投票となると難しいものです。

ただ、選挙という戦略だけは止めて欲しいと思うのです。

そんな政治とは無縁の世界、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開幕しました。

再三登場するミラノのドゥオーモ。

本当に美しい、ゴシック建築の傑作でした。

内部空間も圧巻ですが、白の繊細な外観が素晴らしく上品なのです。

ミラノは2012年の8月に家族で旅しました。

妻の親友がミラノっ子と結婚し、暮らしているのです。

自宅にも泊めて貰いました。

子供も同じような年代で、この頃は毎年のように交流していました。

ご主人は料理が抜群に上手で、パスタは完全にお店の味。

イタリア人なら誰でも上手という訳ではないのだと思いますが、さすがイタリアと感じたのです。

ミラノは食だけではありません。

ミラノスカラ座広場にあるレオナルドダヴィンチ像です。

そのダビンチの「最後の晩餐」を観れる、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会も勿論訪れました。

娘は4歳でほとんど覚えていないそう。

それだけが残念ですが、このくらいの年代で無いと、なかなかまとまった休みが取れないのも事実です。

ご主人に、市場へも連れていってもらいました。

何を見てもいちいち美味しそう。

ドゥオーモのすぐ横にあるのがガッレリア。

テレビのミラノ紹介で「幸せの雄牛」というモザイクが紹介されていました。

雄牛の急所にある窪みにかかとをのせ、3回時計回りに回ると幸せになれるそうです。

知らなかったなと思いながら写真を見返してみると、ありました。

しっかり回っている所を娘が見ていました。

私の記憶などあてにならないものです。

ミラノの市街地はアスファルトではなく石畳です。

ミラノっ子は車で街に戻ってくると、ガタガタとした振動で「ああ、ミラノに帰ってきた」と思うのだそうです。

この話が大好きで、これまでも何度かここで書きました。

街を愛するということは、こんなことだと思っているのです。

ミラノは本当に美しく、美味しい街というイメージしかありません。

同じ街に2度行くよりは、少しでも多くの街を訪れたいと思っていますが、数少ない例外がミラノなのです。

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「ずれ」にまつわるエトセトラ‐2293‐

一時と比べると、少し寒さが緩みました。

これも立春効果でしょうか。

難波宮跡公園にサザンカが咲いていました。

2023年の初めまで住んでいた、古家の庭にあったことを思い出します。

寒さが緩む少し前。

首がこって、こって仕方なく、ちょっと頭痛までしてきたので、整骨院に行ってきました。

問診の後「姿勢を見てみますね」と写真を撮って見せてくれました。

首の傾き3度、肩のずれ31%と、結構ずれている感じ。

「首と腰が大分張ってますねえ」とのことで、針治療もしてもらいました。

恐々でしたが痛みもほぼなく、ちょっと様子を見てみようと思います。

あくまで対処療法なので、根本の姿勢を直していくしかないのですが。

「意識のずれ」とか、「感覚のずれ」等、「ずれ」という言葉に、ポジティブなイメージはありません。

しかし建築においては別です。

コンクリートのCUBEを、1階と2階でずらしたのが「下町のコンクリートCUBE」です。

2階部分をずらすことで、縁側的な空間をつくりました。

南西方向へ斜めにずれているところがポイントです。

張り出した部分が、近隣からの視線もコントロールしています。

それが大きな開口部があってもプライバシーを守る役割を果たしているのです。

「高台の家」では、ずれてできた2階の空間を重要視しました。

解放的な郊外型の住宅において、プライバシーを守れるアウトドアリビングを作り出しています。

近隣と最も段差のある南東方向は、視線を気にする必要がありませんでした。

その方向には空港があり、それも含めて景色を楽しめるよう開口を設けています。

家族でいつでもBBQを楽しめる空間になりました。

屋外との緩衝帯の役割も果たし、室内空間の質を高めているのです。

反対側の張り出し部には庇を加え、駐車場としています。

「没頭できる家」は、縦方向にずらしました。

音楽室を半地下にすることによって、まず防音効果を高めています。

LDKとの繋がり方も、面白さが増しています。

秘密基地のような空間となっているのです。

縦方向のずれによって、更に魅力的な空間が生まれました。

2階バルコニーより低く、1階からは寄り付けない空間です。

この部分をキャンプ場としたのです。

地下は、地上階の1.5倍のコストが掛かると言われます。

しかし、その他の部分を極限までシンプルにすることで、かなり金額的には抑え込みました。

最後は、ずれをデザインに活かした「ダイヤモンドカットの家」です。

敷地周辺は、物作りの街で工場が立んでいます。

トラックの通行なども多く、できるだけ道路から離れたいところです。

しかし離れれば離れる程、南側からの日当たりが悪くなるので、2階部分は北側にずらしました。

そのことによって、1階部分の日当たりを確保できているのです。

明るいLDKには、カウンターも設けています。

子供さんが勉強を大好きになってくれたと聞き、本当に嬉しい限りです。

2階は北側に90cmずらしたのですが、起点となった部分と斜めに結ぶことで、魅力的な造形になることが分かってきました。

ちょこっとずれから生まれた形です。

「ずれ」が魅力的な空間を生むことが分かって頂けたでしょうか。

ただ、自分の体のずれと、世間とのずれはNGなので、そちらの方はずれがないことを目指したいと思います。

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アトリエ+住居緑化計画と、上町界隈の名店④「揚げたて天ぷら から天」‐2292‐

長堀橋から北に堺筋を4ブロック行くと、東側に堺筋倶楽部があります。

結婚式を挙げたところなので思い入れもありますが、現在はカフェとしてかなり繁盛しています。

結婚式は今もできるのでしょうか。

その堺筋倶楽部の2軒隣にあるのが大阪総合園芸センターです。

かっちりした名前ですが、中に入るとまさに質実剛健といった感じ。

所狭しと、花、切り枝、鉢植え等が並んでいました。

しかも基本的に値札の半額なのです。

2階だったか、胡蝶蘭が並ぶ景色は圧巻でした。

4階建てですが、屋上にはオリーブ等のやや大きな鉢植えもありました。

ミカンも発見。

もう都会の中のオアシスです。

今年初の桜も愛でてきました。

未だに車を持ってこれていないので、緑化自転車で持ち帰ります。

アトリエ、住居部とも少しずつ緑が増殖中なのです。

緑を購入する前に、上町界隈の名店で昼食を取りました。

空堀商店街の丁度真ん中あたりにある「揚げたて天ぷら から天」。

11時の開店ですが、少し前に着くとすでに8人程が並んでいました。

カウンター9席プラス、奥にテーブルが1つなので13席といったところでしょうか。

1巡目で席に着けましたが、11時半頃には満席になりました。

私は「空堀天ぷら飯」、妻が「明太子天ぷら飯」でどちらも1150円。この価格で割烹の天ぷらフルコース一歩手前といった感じ。

大将が目の前で揚げてくれる特等席で、揚がった天ぷらを、カウンター越しに直接おいてくれます。

まさに揚げたて、サクサク、アチチ、ホクホク……

特に、かしわ、ナス、キスが美味しかったです。

妻のみの明太子も素晴らしかった。

常連さんが「カマンベールチーズ」を追加で頼んでいる方が多かったので、次の楽しみに取っておきました。

最後はかき揚げ丼、玉子揚げ丼で締めるのが王道のようでした。

初めてだったので、ご飯の配分が分かっていませんでしたが、100%満足です。

色々あって(本当に色々ありまして……)なかなか出掛けられないので、夫婦会議で「週末の昼食くらいは、ちょっと美味しいものを」という方針になりました。

昼食は500円という時代が懐かしいですが、1000円くらいで十分幸せにしてくれるお店があるのは本当に嬉しい限り。

需要があるかは分かりませんが、ちょっとグルメレポートと、アトリエ+住居の緑化は時々上げていきたいと思います。

あっという間に2月に入りました。

いつも勝負ですが、2月は短いので出だしからフル回転でいきます。

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坂倉準三の系譜、大阪にあり‐2291‐

先週末、梅田から中之島まで歩いてみました。

大阪高等裁判所前の水晶橋を渡ると市役所の東端あたりに出ます。

中央公会堂までやってきました。

1月25日(日)まで開催の「坂倉建築研究所大阪事務所と太田隆信展」が目的でした。

2階の会場へは、南側にある地下からアプローチします。

ル・コルビュジエに師事した日本人のひとり、坂倉準三が1940年に設立したのが坂倉準三建築研究所です。

1948年には、大阪支所も設立されます。

彼が亡くなり、坂倉建築研究所大阪事務所となりますが、大阪の地で坂倉準三の思想は西澤文隆、そして太田隆信へと引き継がれていきます。

太田さんは昨年逝去されました。

その太田さんが携わった計画を中心とした展覧会でした。

「写真撮影は駄目ですよね?」とお聞きすると「引いた写真なら大丈夫ですよ」とのこと。

作品のパネル、手描きの図面、スケッチに加えて、太田さんのインタビュー映像も流れていました。

その中で、ご自身のことを「坂倉準三の薫陶を受けた最後の残党」と仰っていました。

1966年、大阪府青少年野外活動センターで、日本建築学会賞の作品賞を受賞されています。

こちらの構造体についても詳細に語っておられ、興味あってWeb上で探してみました。

保存運動が話題になった記憶がありますが、現存していないようで、あまり情報が残っていませんでした。

反対に、1975年竣工の大阪府立青少年海洋センターは、岬町の淡輪港内に現存しているようで、是非見てみたいと思いました。

大阪市中央公会堂の保存・再生も2002年の坂倉建築研究所大阪事務所の仕事でした。

早稲田の建築学科を出て、太田さんは坂倉建築研究所に入社します。

「大学を出たら大阪に戻ってくるつもりだった」と言っておられたので、関西に愛着を持っておられるのだと思います。

外に出ると日没寸前でした。

中之島は川に囲まれているので、朝夕は特に水面が美しいのです。

梅田方向を見ると、キタの玄関にあたるフェニックスタワー、その右に大阪梅田ツインタワーズ・ノースが見えています。

大阪にはキタやミナミがありますが、中心はどこかと問われればやはり中之島になるのでしょう。

さあ帰ろうかと歩き出すと、新婚カップルが撮影をしていました。

その先に見える、ダブルツリーbyヒルトンは真っ赤に染まっています。

何だか幸せな気持になりました。

坂倉準三の言葉です。

穏やかな表情で語る太田さんに、そのことばを重ねて聞いていました。

時々「設計士」と呼ばれることがあるのですが、その時は「すみません、建築家でお願いします」と伝えます。

呼び方を決めるのは相手の人で自由ですが、自分で主張していないとそうはなれない気がするからです。

技術者ではなく、やはり建築家として生きたい。改めてそう感じました。

ル・コルビュジエ、坂倉準三、太田隆信。

偉大な建築家の足元にも及びませんが、主張し続けるしかないのが私の人生なのです。

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