お前が二十歳になったら‐2183‐

公園の樹々もすっかり葉を落とし、1月はもの寂しい時期でもあります。

ですが、成人式があるのもこの時期です。

月曜日の成人式に合わせて、長男が東京から帰省していました。

靴が無いということで、妻が大丸梅田へ同行し新調。

ベルトを忘れたというので、こちらは私の物でしのいで貰いました。

3月いっぱいで現在の国際寮を出なければならず、すでにマンションの契約を済ませていました。

その初期費用がウン十万円掛かるとのことで、そちらも支援が必要と。

私は全くお金を使っていないのですが、年始から出費が続きます。

区主催の成人式に参加し、その後母校での成人式に移動。

中学高校と卓球部に所属していた時の仲間たち。

その中でも、6年間一緒に通学した友人と。

彼が受検を突破するストロングとなったのが英語ですが、その添削をしてくれた先生とも。

お金はそれなりに掛かりましたが、これだけ周りに恵まれていたなら、親としては本当に嬉しい限りです。

式の後は、夜通しボーリングだったようですが、隣のレーンの人達が「成人式ですか?」と祝福してくれたそうです。

長男が言うには「東京では、これは絶対ないと思う」と。

大阪はやはり過ごしやすいそうです。

3泊の滞在をフルに楽しんでいました。

長男が小さい頃、河島英五の「野風増」をカラオケで歌った時、こんな気持ちになるのかなと思っていました。

♪お前が二十歳になったら 酒場で二人で飲みたいものだ

なのですが、長男はお酒があまり強くなく、ビール1杯がちょうど良いらしいのです。

飲んでいなくても、そういった場は十分楽しいとも。

それなら無理をして飲む必要もないので、食事をするときも勧めません。

飲まなければ、お酒で失敗することも無いので、飲まないに越したことはありませんし。

先の「野風増」に出てくる父親は、「お前の門出を祝う」と言い、「男は夢をもて」と言います。

感慨深いものがあるのかなと思っていましたが、そういった余裕もなく、計画を前に進めるため、日に夜を継いで働く毎日です。

加えて、自分に夢を持てと叱咤激励しています。

15年程前のイメージとはかなり違っていますが、そんな現実も悪くないかなと思います。

長男があと2年、長女があと6年で社会人になると考えれば、子育ても最終盤に入ってきました。

数年前にある後輩が「守谷さんも、すっかり社長然としているんでしょうね」と言っていましたが、いえいえどうして。

経営から、一兵卒の仕事まで、何でもというか、全てやっています。

そんな親を見てどう思うか分かりませんが、それが私なりの人生です。

大きな夢をもって、世の中の役に立ち、世の中に求められる仕事人になって欲しいと思います。

そして彼なりの人生を謳歌してくれればと願います。

成人おめでとう。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

年始から大当りだ‐2182‐

昨年の9月に、阪神高速松原線の瓜破交差点上の橋梁架け替え工事のことを書きました。

工事の開始は、2022年の6月でした。

完成予定は今年の3月末と告知されていましたが、昨年の12月7日に開通しました。

工事が始まった時は「3年も掛かるのか」と思っていました、終わってしまえば既成事実。何も無かったかのように通常運転です。

ただ、橋梁部はまだピカピカしています。

近所過ぎて、私にはあまり問題ありませんでしたが、大阪南部の方は3カ月の前倒しがとても助かると思います。

年始からの車移動は、なぜかジャガー。

愛車のディスカバリーが、扉のロックの調子が悪く、ディーラーへ修理に出しているのです。

ディーラーが、ジャガーとランドローバーを扱っている関係で、この車が代車になりました。

普段乗っている4駆と違って、流石に加速は気持ちよいものがあります。

なのですが、年明け早々にバックドアを開ける際、少し擦ってしまいました。

現在、娘がリハビリ中で松葉杖生活につき、妻が送り迎えをしています。

その際に、今度は妻が右後輪前を擦ってしまいました。

私は若い時から4駆一筋。

ハイラックスサーフを2台乗り継いで20年。

ディスカバリーを2台乗り継いで15年。

車高の高い車しか乗らないので、深く座るシートに少しソワソワしてしまいます。

妻は時々私の車を運転するだけなので尚更です。

ということで、こういった結果になってしまいました。

「修理が終わった」とディーラーから連絡があり、引き取りに向かいました。

大国町辺りを通っていると、かなり渋滞しています。

それを見て、十日戎が始まっていることに気付きました。

バタバタしているうちに、今年も10日が過ぎました。

代車のジャガーを返し。

ランドローバーのディスカバリーを引き取ってきました。

擦ったことを伝え、連休明けに見積りを送って貰うことになりました。

どんなトラブルがおこっても、心の中で「ラッキー」と叫びなさいと、始道塾の恩田塾長に教えてもらいました。

そんなことは出来ないのですが、それでもそうするよう努力するべきだと。

結構な額を覚悟していたドアの修理は思ったより安くあがりました。

ジャガーは擦っただけで済んだので、塗装のやり替えで済みます。

へこんでしまえば、板金修理になってしまいますし、もっと言えば、命に関わるような事故でなかったことを、心から喜ぶべきかもしれません。

年始から大当りと考えたら、極めて縁起のよいことかもしれません。

と、思うようにしています。

終わった過去を見ていても何も変わらないので、悩んでいる暇があったらすぐ行動に置き換えます。

心から安い見積りが上がってくることを祈りながら、この1年、スーパーアクティブに行きたいと思います。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

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それでもやっぱり紙が好き‐2181‐

「年賀状を終わりにようと思います」というメッセージが入った年賀状が、今年も結構ありました。

反対に、アメリカから届いたエアメールもありました。

年賀状終いは、やはり85円への値上げの影響も大きそうです。

家族用、会社用を合わせると3万円を超えたので、それなりの額です。

エアメールにも、勿論返信したのですがこちらは140円。

逆に安く感じました。

我が家の年賀状は、表が子供達だけの写真。

裏が家族全員の写真という構成にして20年。

ということは長男が20歳になる年です。

年賀状終いに逆行するように、結構気合を入れて作っています。

昨年唯一の家族旅行は、お盆休みの南紀白浜行きですが、ほぼこのためだけに行きました。

印刷が赤転びしている点だけが少し残念ですが、概ね納得しています。

会社用の年賀状は、 「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」の共用廊下からのカットにしました。

– 患者さんでなくても立ち寄ってほしい。曲面状の本棚があるクリニック –

というメッセージを伝えるには、この2カットが良いかなと思い選んだのです。

「本棚裏のカウンターで、受験勉強をしてくれたら嬉しい」というドクターは、日本広しと言えどもそうは居ないと思います。

本だけ読みにきて頂くのも大歓迎というコンセプトですが、その本も全て、江口院長の何かしら縁のある方からの寄贈で賄われています。

私も出来る限り寄贈したのですが、被ってしまった本がありました。

沢木耕太郎の「深夜特急」です。

真っ先に思い浮かんだのがこの本ですが、どちらかと言えば、私はクリニック側の人間なので、私の分を引き取ってきました。

しかし、同じ思いを持った人が居たことを嬉しく思ったのです。

これは昨年の年賀状ですが、皆の顔が若干こわばっています。

長男が東京の大学へ行ったので、家族写真を撮るタイミングはかなり限られてきます。

なのに、何のイメージも作れておらず、夏の帰省時に、急遽近所の公園で撮ったのです。

三脚を立て、タイマーで撮影していると、公園に居た人たちが「なんだ、この家族?」みたいな雰囲気になり、良い写真が撮れませんでした。

4人揃っての写真が撮れるのは、あと何回くらいかなと考えます。

それなら、毎年2カットくらいは良い表情の写真を撮れるよう、準備しようとなったのです。

もうひとつの候補だった、春先の仙台旅行は私だけキャンセル

南紀白浜行きもかなり怪しかったのですが、何とか参加できました。

本と年賀状。減少の一途をたどっているのはどうしようもありません。

それでも私は紙媒体が好きなのです。

太っても、少々毛が薄くなっても、ありのままの姿を伝えるつもりです。

誰も見たくないかもしれませんが。

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■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

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スカッと空高く‐2180‐

今年は元旦から晴れ空が続きました。

すべきことが色々あり、年末年始はずっと大阪に居ました。

それでも、少しは正月気分を味わいたいので、1月3日の初売りを初体験してきました。

普段、何もできていないので、妻の服と靴を買って差し上げたのです。

朝一番は大丸梅田店もそれ程混んでいませんでした。

しかし昼が近づくにつれて、ちょっと怖いくらいの勢いで、どんどん人が上階に上がっていきます。

初めて見たこともあり、なかなか迫力のある光景でした。

ついでに、人でごった返す阪神百貨店の食品売り場も歩いてみました。

混雑は長時間居ると疲れますが、少しなら華やかな気分になって良いものです。

そのまま、玉造稲荷神社へ初詣に。

込み具合も程ほどで丁度良い感じ。

1月中のアトリエ移転を目指していますが、新しい氏神となるこちらにご挨拶に来たのです。

大阪以西の人たちにとっては、ここがお伊勢参りの玄関口だったとあります。

大阪城内の三の丸に位置しただけあり、豊臣家ゆかりの物が沢山あります。

秀吉と関係の深い、千利休は神社の南に屋敷を構えました。

清水谷などの地名が残るように、玉造清水と呼ばれる良質の水が得られたからだそうです。

利休ゆかりの井戸が、境内に復活しています。

こちらも豊臣家とのつながりを表す、立派な石の鳥居。

1603年に秀吉の子、秀頼が神社再興時に奉納したものです。

阪神淡路大震災の時に一部損傷し、このような形で保存されていました。

帰り道、難波宮跡をのぞいてみると、イベントがあるようでその準備をしています。

その先で、凧揚げをしている人がいました。

正月風情だなと思い、♪凧々揚がれ、と見ていると、揚がりそうで、揚がりきらない感じ。

まるで自分をみているようで(笑)

天王寺、平野に続く第3ステージは、大阪城のすぐ南の上町で、勝負の年になります。

場所が変わっても、自分の中身が変わる訳ではありませんが、心機一転という気持ちです。

今年は、スカッと空高く舞い上がりたいと思います。

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■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

懺悔と青春‐2179‐

新年明けましておめでとうございます。

元旦に、アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode1を公開しました。

よければご覧ください。

2025年の1回目は、昨年末の話からです。

12月30日、阪急うめだ本店のショーウィンドウも、すっかり迎春仕様になっていました。

百貨店の屋上広場から、北西のJR大阪駅側を望みます。

間もなく2024年も終わりだなと、やや感傷にふけるのです。

昨年はオリンピックイヤーだったので、中学・高校の同窓会の開催年でした。

柄でもないのですが、世話役の代表を引き受けています。

2004年アテネオリンピックの年に第1回目を開催。

以降、4年毎の12月30日に開催を続けてきました。

今回、先生方は3名が参加下さいました。

学生時代は、迷惑しか掛けていないと言っても過言ではないのですが、英語担当のA先生には、格別のご迷惑をお掛けしてしまいました。

本当にお世話になり、全く頭が上がりません。

開会のご挨拶をお願いしました。

70歳を超えたとのことですが、とてもお元気で、はつらつとされています。

皆に楽しんでもらうため、2分くらいの近況報告を全員にお願いしています。

なぜずっと私も写っているかと言うと、司会進行をさせてもらっているからです。

この3時間は気合十分、仕事くらいのテンションで臨みます。

初参加の同級生あり。

毎回安定の盛り上げ役ありと、多彩なメンバーが揃っています。

大学教授、海外の大学教授、医師、税理士、会計士、映画監督、CM監督、社長、副社長、SE、エンジニア、研究者、東京、愛知、ニューヨーク、十勝から……

もし子供が将来に迷っていたら、この会に参加するのが一番良いのではと思うくらいです。

と書いてみて、本当に実現したらとても有益な気がしてきました。

体育の先生は当時26歳だったそうです。

熱血指導でここでは書けないネタも満載ですが、そういった先生の話が一番盛り上がるのです。

「若かったので、皆さんにはご迷惑をお掛けしました!」は大爆笑でした。

3名とも、はじめて6年持ち上がったということで「君たちはとても印象に残っている」と。

化学のT先生は、やや体調を崩していたにも関わらず、新型コロナで中止した会を除いて、5回全ての参加です。

こちらの先生には高校生の時「守谷、勉強嫌いやったら高校は義務教育と違うから辞めてもかまわないんやで」と。

本当に、ご迷惑をお掛けしてばかりで……

会の終了後、皆で写真撮影。

最高に楽しい会でした。

その後、阪急東通商店街の串かつ屋さんで2次会。

こちらも31名の参加があったのです。

2004年、第1回目のすぐ後、当時学年主任だったY先生がお亡くなりになりました。

Y先生には「守谷はすぐカッとなりやすいから」と、短気な性格をたしなめてもらいました。

お葬式に寄せてもらったのですが、奥さまが、会から戻ったあと「楽しかった、楽しかったと、何度も言っていました」とお聞きしました。

20年前。

お2人とも本当に若い。

そういう私達も勿論若い。

2016年リオオリンピックの年に参加くださった、国語のS先生が2020年にお亡くなりになりました。

また、第1回目に参加下さった数学のY先生も、2021年にお亡くなりになりました。

冒頭の挨拶で言ったのですが、実際にお会いできることが、当たり前ではないという事を痛切に感じます。

S先生は中1、中2の担任でしたが、2016年のとき「あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と。

本当に、懺悔、懺悔、懺悔しかないのです。

これまでぼんやり書いてきましたが、殴り合いの喧嘩、慰謝料、修学旅行中の別室隔離、学校でお好み焼き、かつ勉強は全くしない。

高槻中学・高校は進学校ですから、先生側からすれば絶対に要らない生徒です。

しかし、大学に入ってからは本気で建築を学び、仕事人としては毎日を全力で生き、誰よりも働いてきたつもりです。

多少はまともになったと思ってもらいたいのと、少しでも恩返しができるならと引き受けたのが、「同窓会実行委員会 世話役代表」でした。

会場捜し、名簿の作成、往復葉書の送付、メール配信、アンケート用紙の作成、そして会が終わった後の情報の整理、母校への報告と、開催年の8月頃から準備を始めます。

やるべきことが結構あるので、全て会社として引き受けているイメージでした。

しかし人手が足りていない今回は、かなり時間の確保が難しかったのが正直なところです。

また、そんな滅茶苦茶な生徒だったので、私以外が代表をすれば参加する生徒も居るのではとも、ずっと思っていました。

そんな理由で、20年勤めてきた世話役の代表を今回で退任させてもらうことにしたのです。

先のT先生にこんなことを言ってもらったことがありました。

「僕は今の生徒に、こんなことを言っているんや。

この学校に来れる子は、頑張れば絶対何とでもなる。

それは守谷を見てそう思う」と。

もとが真面目な人より、ヤンキーが厚生した方が偉く見えてしまう的なところもありますが、私にとってこれほど嬉しい言葉はありませんでした。

20年前と言えば34歳です。

自分で見ても若いと思います。

はっきり言えば、この会は私にとって、懺悔と青春だったと思います。

私は働きもしますが、前にも出ます。そこを陰から支えてくれたI君には感謝しかありません。

次回の第7回は、2028年ロサンゼルスオリンピックの年です。

世話役を退任した次回、参加したいと思うのかなとか思ったりもします。

まだ4年あるので、それはまたその時に考えてみたいと思います。

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■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載