
消防士は英語で”fireman(ファイヤーマン)”か”firefighter(ファイヤーファイター)”。
しかし『華氏451度』の中でのファイヤーマンは……

『華氏451度』は1953年にレイ・ブラッドベリが発表したディストピア的未来を描いた小説です。
華氏451度は摂氏に換算すると約233度。
紙が自然に発火する温度です。
ディストピアはユートピアの対義語。
理想郷の反対なので自由のない暗黒社会等を指します。
小説や映画は、前向きなものを好んで選ぶので、手に取るにはハードルの高い本でした。
しかし、SFの傑作という論評もよく目にし、ずっと気になっていたのです。
思い切って手に取った表紙は重々しい。
前半はやや苦戦しましたが、後半は本当に凄かった、というのが感想です。
舞台は、書物が禁止された世界。

書物を焼き尽くす仕事「昇火士(ファイヤーマン)」として働くモンターグという男が主人公です。
まず「ファイヤーマン」を「昇火士」と訳しているところから度肝を抜かれました。
これは翻訳家の力量ですが。
焚書は、秦の始皇帝やナチス・ドイツが行った、卑劣な思想弾圧です。
それを実行し、異端者を探すことを仕事とする「昇火士」モンターグですが、書物を焼き尽くすうちに、違和感を感じ始めます。
となりに越してきた、クラリスという17歳の少女の「あなたは幸せ?」という質問によって、さらにそれは加速しました。
「昇火署」での上司であるベイティー署長は、モンターグの異変を感じ、何度も諭す場面があります。
その言葉は、シェイクスピアや聖書などの一節を次々と引用し、何とかモンターグを現実社会に留まらせようとするのです。
ただ、その博学さは、大変な読書家を想像させるところが、何とも言えず奥深い……
ベイティは、書物を隠し持っていたモンターグの自邸を焼き払うよう、本人に指示しました。
しかし、モンターグは「昇火器」を最終的にはベイティに向け、焼き殺してしまいます。
そして都市から逃亡することになるのです。
政府から追われる身となったモンターグは、元教授のフェイバーのもとへ逃げ込みました。
そこで「本に書かれた考えを自分の中に残すことが重要だ」と教えられました。
川を伝って都市から逃れたモンターグ。
森の中で同じく政府から逃れる知識人達と出会います。
彼らは本を暗記し、歩く本となってそれらを残していこうとしている集団でした。
戦争状態となった社会は、最終的には崩壊しました。
彼らが静かに都市へと向かうところで物語は終わります。
中盤、ベイティーがこの世界の成り立ちを語る場面がありました。
国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能カを持っていることか、と感じるような事実を詰めこむんだ。そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる。動かなくても動いているような感覚が得られる。それでみんなしあわせになれる。
この世界は、弾圧によって始まった訳ではなく、「考えさせられるもの」を排除していった結果に生まれた世界だったのです。
名著は示唆に富んでいます。
しかしこの行は、そのレベルで読み流して良いものではない、うすら寒いものを感じました。
インターネットが登場した際の衝撃はかなりのものでした。
AIの登場はそれに優るとも劣りません。
輝かしい情報収集能カを持っていることにどんな価値があるのか……
レイ・ブラッドベリが危惧したこと、伝えたかったことを、私が僅かに感じれたとしても、世の中がそう変わることはありません。
ただ、感じ取れる機会が極めて少なくなっていることを、更に危惧させられました。
まぎれもない名著だと思います。
特に若い人にお勧めしたい一冊です。
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