はんなりと、京都ゑびす神社の財布塚‐2082‐

日曜日は阪急電車に乗って京都へ。

大阪梅田駅から。

京都河原町駅へ。

分かりやすくなりましたが、昔から乗る人間にとってはちょっと長い感は否めません。

京都線の高槻市駅を越えたあたりに、新しい公園ができていました。

安満遺跡公園と呼ぶようです。

高槻市出身の妻は、京大の農園があった場所だと言っていました。

河原町に着き、四条大橋から鞍馬山方向を見ると、山頂付近には雪も見えます。

鴨川の左岸を南に下り、京都五花街のひとつ宮川町までやって来ました。

宮川町歌舞練場のすぐ北に、京都ゑびす神社があります。

12年くらい使った財布がかなり傷んできたので、新しいものに買い替えました。

その間、凄くお金が貯まったということもありませんが、当時想像していた以上の結果は出たかなと思います。

縁起の良い財布だったなと思うと、そのまま捨てる気にはなれず……

「財布塚」なるものがあると知り、やってきたのです。

鳥居をくぐると、すぐ右にありました。

名刺塚の左にある財布塚はパナソニック創業者・松下幸之助さんの揮毫によるもの。

間違いなくご利益がありそうです。

一旦供えさせて貰いましたが、ここに置いておくのは駄目と告知があります。

社務所に持って行き、祈祷をお願いしました。

本殿の前にある二の鳥居には、福箕(ふくみ)が掛けられています。

よく見ると、お賽銭が。

上手くお賽銭が入ると願いが叶うそうで、勿論挑戦してきました。

これがなかなか難しい。

5回目くらいで、上の福箕に何とか入りましたが、下の熊手にも100円を納めてきました。

神聖な場所とは言え、こういった娯楽性も大切です。

新年の十日ゑびすの際は、もの凄い量の硬貨が飛び交うのだと思います。是非一度来てみたいものです。

帰りも花街を歩いて帰りました。

京都五花街で最も南にあるのが宮川町です。

静かな感じがとてもよく、まさに「はんなり」とした街並みでした。

花街を出ると、水をこぼしながら走る自転車が駆け抜けていきました。

そのおじさんが、信号で止まっていたのでのぞいてみると……

バケツの中は焼き豆腐で一杯でした。

どこかの高級料亭に、出来たてを届けるようです。すき焼き用でしょうか。

豆腐は鮮度が命とも言います。

京都の食文化を支える一端を垣間見た気がしました。

次に財布を持って参拝するのは12年後でしょうか。

えびす顔で訪れることができますように。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

■10月27日『houzz』の特集記事に
「滋賀の家」掲載

■10月11日『homify』の特集記事に
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

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ザ・カセットテープ・ミュージック‐2081‐

全国的に猛烈な寒波に襲われています。

大阪が-3度になることは滅多にありません。

道にまかれた水が凍っており、あやうく滑ってしまうところでした。

寒すぎて、出掛けるのが億劫な人に、勝手にお勧めする番組です。

毎週金曜日、23:30からサンテレビで放送されている『ザ・カセットテープ・ミュージック』です。

元はBSの番組のようで、Webサイトも見つけました。

80年代の歌謡曲を中心に、音楽ずきおじさんが、名曲を語りつくすというコンセプト。

4人態勢ですが、何といっても俳優・ミュージシャンのマキタスポーツ(芸人さんだと思っていました)と、スージー鈴木さんが熱く語るところがいい!。

特に、スージー鈴木さんのトークは「解説芸」と言って良いと思います。

また音楽を手で表現するところが素晴らしく、なお引き込まれるのです。

聞いたことがある名前だと思ったら、5年前に読んだ『サザンオールスターズ1978-1985』の著者でした。

読み応え十分でしたから、それは詳しいはずです。

この回は、ゴダイゴの『ビューティフル・ネーム』や斉藤由貴の『卒業』を取り上げていました。

『ビューティフル・ネーム』の編曲はミッキー吉野、 『卒業』 の編曲は武部聡志。

歌手や作曲家でなく、編曲家にスポットあて、その功績を熱く語った回でした。

タイトルは、アベンジャーズにかけてアレンジャーズ。

懐かしい名曲を聴き、なぜ名曲なのかの解説を聞くと、2度美味しいのです。

松本人志さんについては、書き方が難しいタイミングですが、『M-1』の審査や、『IPPONグランプリ』のチェアマンとしての立ち位置は、まさに解説芸の極みだと思います。

各番組を降板するという報道ですが、『IPPONグランプリ』ではバカリズムさん(バカとさんは変?)が、チェアマン代理につき、存続するというニュースが流れてきました。

それはそれで楽しみで、お手並み拝見といったところでしょうか。

現在は、音楽はデータの時代なので、物としては見えません。

しかし、80年代はカセットテープに好きな曲を録音して、マイベストを作ったものです。

更にそれをダビングして誰かあげたりして……

番組の中央にある赤のカセットレープレコーダーは、もしかするとアイワ製なのではないかと思っています。

いずれにしても、全く罪の無い番組ですので、良ければ観てみてください。

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冬の深夜の雨に、ブルーライト大阪‐2080‐

JR大阪駅は、大屋根に覆われているので雨の影響はほぼありません。

ここのところ、晴れ、雨と目まぐるしく天気が変わりましたが、土曜日は雨でした。

昨年終盤、琵琶湖の水不足がニュースとなっていましたが、少しは回復したでしょうか。

木曜日の夕方、天王寺に出た際は晴れ空でした。

「a」を形どった阿倍野歩道橋から東を見れば、ビルの間から夕焼けの生駒山が見えていました。

先々週の日曜日に、センター試験が終わりました。

甥っ子が高校3年なので、勝負の年です。

我が家では、長男が昨年合格したので、残すは高校1年生の娘だけ。あと2年、何とか頑張って欲しいと願うだけです。

歩道橋の西側に、子供達が小学校の頃通っていた塾があるので、懐かしく眺めていました。

この日は遅くまで仕事をして、さあ家に帰ろうとアトリエを出ると、霧雨が降っていました。

寒い季節、夜の雨は誰しも避けたいところです。

手袋が布製なら染みてきますし、革製だと傷んでしまいます。いつも判断に迷うのです。

そんなことを考えながら自転車をこぎ出すと、工事車両が何台も停まっていました。

阪神高速松原線がメンテナンス工事をしているようです。

そのブルーライトが、霧雨に反射し、まるでカクテル光線のよう。

何とも幻想的な雰囲気を醸し出していました。

とても美しかったのと、何となく春を感じ、ちょっと得をした気分で帰ってきました。

受験に成功するのが一番です。

しかし、失敗したからとて、命を奪われる訳でも、人生の敗北が決まる訳でもありません。

結果が出た後は、どんなことも面白がると決めるだけだと思います。樹木希林さんが教えてくれたように。

冬の深夜の雨にも違った良さがあることを、体感させてくれたブルーライト大阪でした。

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「ひのとり」で行く名古屋旅<後編>プレミアムシートで挽きたてコーヒーを‐2079‐

えべっさんも終わり、松の内も終了。

2024年の1月も、あっと言う間に後半戦に突入です。

近鉄特急「ひのとり」で行く名古屋旅はクリスマス前の12月23日。

ひつまぶしを食べた前編で終わっていました。

少し時間が空きましたが、後編は名古屋市役所前からスタートです。

熱田神宮から地下鉄で名古屋城まで戻りましたが、以前は「市役所前」という駅名だったと思います。

それは分かりやすくて良いのですが、有料エリアに入らないと、名古屋城があまり見えないのは残念。

ゲートの隙間から、まるで盗み撮りです。

東へ歩いて行くと、ネオ・バロック様式の名古屋市市政資料館が見えてきます。

以前は裁判所だった建物ですが、この前にある信号が凄いのです。

普通、押しボタン式信号は結構待たされるもの。

ですがこの信号、ボタンを押した瞬間に、赤に変わりました。

何かの間違いかなと思い、もう一度試しても同じ結果。

右折の早曲がりで知られ、「名古屋走り」という言葉もありますが、せっかちな名古屋人でも、この信号ならイライラする必要もありません。

かなり衝撃的でした。

このあたりは、武家屋敷が立ち並んでいたエリアでもあります。

「文化のみち二葉館」は、「女優第1号」と言われる、川上貞奴と「電力王」福澤桃介が暮らした和洋折衷住宅です。

福澤桃介は福澤諭吉に気に入られ、婿養子となった人。

川上貞奴は人気の芸妓でしたが、海外公演をきっかけに、日本初の女優となりました。

有名人同士のビッグカップルということになりますが、2人に相応しい、華やかな建物でした。

周辺には、古い建物が多く残っています。

こちらは自動織機で知られる、発明王・豊田佐吉の弟が住んだ豊田佐助邸。

1923年の完成ですから大正12年。

カトリック主税町教会の聖堂は1904年の完成なので明治37年。

このあたりは、戦争時の空襲が少なかったのでしょうか。

夕方になり、名古屋駅まで戻ってきました。

向かいに建つ、モード学園スパイラルタワーズは2008年の完成。

設計は日建設計ですが、いつ見ても圧巻です。

まだまだ紹介したい建物が多くありますが、またの機会に。

帰りの「ひのとり」がホームに入ってきました。

帰りは、プレミアムシートが予約できたのです。

レギュラーシートがプラス200円で、プレミアムシートが900円。

これだけゆったりしていたら、その価値は十分あると思います。

すぐ横にコーヒーサーバーがあり、挽きたてコーヒーが200円。

慣れた人は、マグボトルで購入している人もいました。

私的にはスタバよりこちらの方が好みです。

名古屋を16時に発ち、ゆっくり大阪まで帰ってきました。

子供が小さい時は、車一辺倒でした。

最近は夫婦2人で移動するなら、電車もいいなと思っています。

車は全てが自由ですが、電車には時間の自由はありません。しかし、空間の自由があります。

フェリーなどもそうですが、この魅力は大きいものです。

次に出掛けられるのは、2月の連休どちらかかな……などと夢想しています。

折角寒いので、久し振りに雪山もいいなと思ったり。そうなると車になりますが。

いずれにしても、「ひのとり」はとても気に入りました。

何より格好良いので、動画も上げておきます。

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自分との付き合いかた‐2078‐

昨日は、医師のクライアントと、みっちり打ち合わせでした。

普段は、工事請負契約を結んでから、ゲンバ日記を公開をするという流れにしています。

ただ、こちらのクリニックが秋の開院予定。

時間があまり無いので、プランが決まればゲンバ日記にどんどんUPしていこうと思っています。

その打ち合わせ終わりで、妻と買い物に出かけました。

阪神高速松原線の喜連瓜破出入口周辺は、解体が終わりました。

2025年の春までには、新しい橋梁が掛かるのですが、空が広いのは良いものです。

セブンパーク天美は、喜連瓜破出入口から、南に3kmほどの所にあります。

一時はかなり混んでいましたが、随分落ち付いてきました。

駐車場は屋上がお気に入りです。

東を望めば、大和川線の三宅西料金所越しに生駒山。

南西には二上山。

5階建てで、周辺に高い建物が無いので、景色がとても良いのです。

ただエスカレーターの速度はゲキ遅。

安全対策なのだと思いますが、ここだけはやや不満なのです。

一般家庭で、晩ごはんのメニューを決める権限は、誰にあるのでしょうか?

多くの場合は作る人だと思いますが、わが家では妻です。

私は嫌いな食べ物が全く無いため、妻がメニューを決める際、どうしても子供優先の献立になってしまいます。

ただ、昨日はあまり食べずに仕事をしていたので、打合せが終わると空腹が限界に達していました。

一緒に買い物に行けばメニューも決められるだろうと、同行したのです。

しかし、こういったショッピングモールは誘惑が多い。

美味しそうな匂いがあちこちから漂い、思わず買い食いしてしまいそうになります。

晩ごはんを美味しく食べるため、ニコニコおじさんを横目に、歯を食いしばって我慢しました。

魚介類や野菜の専門店があるのも、ここの魅力のひとつ。

ケンサキイカも美味しそう。

もうイチゴがでているのか、とか。

ブロッコリーはアヒージョに入れて欲しいな、とか。

黄色のパプリカはほんとに鮮やかだな、とか思いながら、40%引きのステーキ肉を発見して購入。

空腹すぎて写真を撮り忘れましたが。

意識がもうろうとする中、さあ晩ごはんと急いで家に帰りました。

先のクライアントに「お正月は?」と質問すると、長野へスキーに行っていましたと。

宿は少し離れた秘湯の温泉宿に泊まったそうです。

長期休暇が少ないので、まとまった休みがあると、そういった宿に泊まり、大好きな地酒を飲むそうです。

上手に自分へ褒美をあげているなあと感じました。

お年賀とのことで、阪神百貨店のVANIというお店のムースケーキを頂いてしまいました。

この1店舗しかないそうで、行列に並んで購入してくれたとのこと。

本当に有難いことですが、これが素晴らしく美味しかったです。

私のご褒美は、週5回の晩酌と、池原ダムでの釣りでしょうか。

晩酌は、はじめは刺身でビール。

そして、アヒージョで赤ワインを飲みながら、好きな本を読みます。

その後、ブラタモリが残っていればあればそれを観て、一日が幸せに終わります。

先の計画も決まり、新規プロジェクトも目白押しです。

しっかり働き、上手に自分と付き合うことが、多分、幸せな人生を送る要諦なのだと思うのです。

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日本の景色、日本の唄‐2077‐

先週木曜日は、初詣へ行った信貴山寺のことを書きました。

本堂からの景色も素晴らしかったのですが、折角なのでと600m上と表示のあった、信貴山城跡まで登りました。

急こう配の石段を30分程。

かなり息が切れました。

標高437mから奈良盆地を望みます。

信貴山は河内の大和を結ぶ要衝地で、何度か築城されているようです。

戦国時代には松永久秀が入城していますが、1577年に織田信長に攻められて落城。その後は廃城となりました。

この後、仕事を兼ねて奈良盆地を対角に横切り奈良公園あたりまで行ってきました。

写真で言えば左端あたりになりますが、手頃な大きさも奈良盆地の魅力のひとつです。

西名阪の天理ICで降りて北上します。

途中、歩道橋の残骸?がありました。

高度経済成長期、車からの安全を守るために多く作られた 歩道橋 ですが、維持費もかさみ、国も推進するバリアフリー化とは逆行するものです。

最近メディアを賑わしている芸能界のモラルもそうですが、常識とされるものが大きく変わっていく一例と言って良いでしょう。

ナビを見ていると、169号線の東に並行して走る県道を見つけました。

奈良盆地の西端を走る山麓線もそうですが、こういった立地の道路は景色が良いもの。

県道高畑山線も、想像通り大好きなタイプの道でした。

奈良公園の南、旧志賀直哉邸近くに車を止めて所要を済ませます。

その後、春日大社へも参ってきました。

下の禰宜(ねぎ)道を通って参詣。

禰宜は役職名ですから、言わば通勤路ということです。

私の通勤路とは趣が段違いです。

滅茶苦茶に男前なシカがいました。

参道の入口あたりは、まだシカものんびりムード。

しかし本殿手前からは、もの凄い人出。

こうでなければ、正月気分は盛り上がりませんが。

ご神木も、その歴史を十分に感じさせてくれました。

丁度昼時になったので、旧志賀直哉邸隣の「ギャラリー喫茶 高畑」でランチをしました。

子供達はカルボナーラ。

私たち夫婦はやみつきカレーのランチセットを頼みました。

どちらも美味しく、正月の観光地で1300円はかなり良心的。

観光地の食事で、がっかりするケースは良くありますが、こちらはお勧めです。

「人よりやや沢山歩く」が大事だと思います。

信貴山寺、春日大社と、寺社両方というかなり厚かましい初詣でしたが、これぞ日本という景色を堪能して帰ってきました。

昨日、八代亜紀さんがお亡くなりになったというニュースが報じられました。

デビューは1971年。

「舟唄」のヒットが1979年、「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞したのが1980年でした。


1970年生まれの私は、9歳、10歳の頃、リアルタイムで聴いていたのですが、テレビで演歌が普通に流れていた時代です。

私のiTunesにも、6000曲のうち10曲くらい演歌が入っています。

その中でも普段聴くプレイリストに入っているのは、八代亜紀さんの 「舟唄」 だけ。

昨年からファンになったチバユウスケさんもそうですが、ハスキーで歌の上手いシンガーが大好きなのです。

とても難しい曲ですが、カラオケで歌うことがあるくらい好きなのです。

子供達と車に乗っている時、何度か聴かせてみましたが、残念ながら賛同は得られませんでしたが。

歌と唄の違いは、ざっくり言えば、新旧の違いにあるようです。

ロックも、ポップも、ジャズも聴きますが、古都に似合う歌ではないでしょう。

できればそんな唄も残って欲しいと思います。

今晩は、「舟唄」を聴きながらしみじみ飲みたいと思います。

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「縁あってラーメン屋になりました」??⁈‐2076‐

昨日の日曜日。

東京から帰省中の長男を乗せて、阪神高速池田線を北上します。

中国道に乗り継ぎ、西宮北ICで降りました。

西宮市山口町にある、美與志堂(みよしどう)までやってきました。

今年の年賀状で一番衝撃を受けたコメントです。

「縁あって去年の6月にラーメン屋になりました」

??⁈

正確に言えば、年賀状に対して、インスタでの返信DMでしたが。

更に「いつも年賀状ありがとう。そして返さなくてごめんなさい」とも。

30年ほど全く音信が無く、はてな過ぎたので調査に行ってきたのです。

Webサイトによると、【あらくたさ】は「荒っぽい」「荒々しい」という意味だそう。

豚の旨みを凝縮した、荒々しくも濃厚な豚骨醤油ラーメンで知られる、10年続く名店のようです。

少しは話せるかなと思い、昼時をずらして14時に行ったのですが7人待ちの状態でした。

カウンター13席は、ラーメン好きの長男からすると「結構席数あるね」という感じのようです。

折角なので年甲斐もなくセットを頼んでみました。

長男は、濃厚豚骨醤油ラーメンとチャーシュー丼にから揚げで1200円。

私は醤油豚骨ラーメンのセットで、豚まんを選びました。1100円です。

細めのストレート麺がスープに良くからみます。

長男は一口食べて「うんまっ!」と。

高校時代から「麺’s」と称して、友人達とラーメンを食べ歩いていた彼が言うので間違いないはず。

ちなみに、この日はオールナイト・カラオケ明けの昼食で、夕食も友人と茨木にラーメンを食べに行くそう。筋金入りのラーメン好きなのです。

私も食べてみました。

見た目はかなりドロドロ濃厚スープですが、見た目よりずっと自然な美味しさでした。

サイドメニューのチャーシュー丼も、甘辛のタレにナムル?が添えられており、かなりいけます。

から揚げは、カリカリのおつまみ系。

豚まんは、辛みそ角煮のような餡が入っていて、とても大人なお味です。

普段、昼食はあまり食べないのですが、お腹一杯になる絶品ラーメン、プラス納得のサイドメニューでした。

チャーハンが売り切れだったのだけが、心残りですが……

15時過ぎに食べ終わった時も、まだまだ来客があったのですが、「昨年6月にラーメン屋になった」店長が少しだけ出てきてくれました。

今は無くなってしまった、大阪北予備校時代の旧友で、ソフトボール、パチンコ、勉強と(順番がおかしいですが)、本当に良くつるんでいた1人でした。

ソフトボールが一番前だったおかげで、秋に開催される(予備校なのに?)クラス対抗ソフトボール大会では優勝。

ピッチャーだった私は、胴上げまでしてもらいました。

右端でキャップを被っているのが、こちらの店長です。

バリバリの高校球児だったので3番で、打ちまくってくれました。

最高に楽しい予備校時代でした。

秋から猛勉強でスパートをかけた(ことにして)クラスメイトの中でも、国立大学に合格したのは彼だけだったと思います。

確か塾を経営していると言っていたはずだったので聞いてみると、コロナで大きく変わって……と言っていました。

しかし昨年、縁あってこの店舗の経営を引き継ぐことになったのです。

大体、30年も音信不通なので、少し嫌みを言っても良いはずですが、そうならないのが彼の愛嬌です。

最後に調理場で働く写真をUPしても良いか聞くと「いいで」というので撮ってみると、この写真でした。

こちらの方が、彼の人柄が良くでているかもしれません。

長男も「何か可愛げのある人やなあ」と言っていました。

有馬温泉の北に位置し、前に流れる川も有馬川です。

水路に流れる水も赤茶けていました。

六甲山、有馬温泉に行った帰りには少し足を延ばしてみて下さい。期待は裏切らないと思います。

そうそう、どこの業界もそうだと思いますが、兎に角人手不足のようで「この近所に知合い、居てない?」と聞かれました。

興味のある方は、愛嬌たっぷりの店長、玄さんまで是非ご連絡を。

定休日は金曜で、営業時間は11:00~16:00です。

あまり話せなかったので、いつか木曜日の夜に会食する約束だけして帰ってきました。「連絡先送るわ」と言っていましたが、届くまでは信用していませんが。

年末年始、私も出来る限り働きましたが、旧友が頑張っている姿を見ると、やはり元気がでてきます。

今日は成人式。

新成人と共に、日本にとって、世界にとって昇り龍のような1年となりますよう。

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建築家・守谷昌紀TV 光庭で木の葉が揺れる「伊東内科クリニック」

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信ずべき貴ぶべき、初詣‐2075‐

1月2日(火)の早朝。初詣に出かけました。

長男が帰省中です。

年末に体調を崩してしまい、残念ながら友人との予定は全てキャンセル。

ようやく熱も下がり、家族4人で出掛けることになりました。

娘のリクエストが景色の良い所で、探していると信貴山にある朝護孫子寺に行きつきました。

開運橋を渡っていると、朝日が昇ってきました。

眺めが良いだけに、本堂はかなり上に見えています。

朝護孫子寺は信貴山寺とも呼ばれ、一昨年の寅年は物凄い人出だったようです。

こちらは「世界一福寅」。

そう言えば一昨年、「おいでよハウス」のクライアントが、「信貴山の福寅をお迎えする」と言っておられました。

その時はこちらの存在を全く知らなかったのです。

朝護孫子寺(信貴山寺)のWebサイトにはこうありました。

今から1400余年の昔、聖徳太子がこの山で毘沙門天王をご感得され、大変にご利益をいただかれましたのが寅の年、寅の日、寅の刻であったといわれています。その故事から、信貴山の毘沙門さまに寅の縁日にお参りすると、聖徳太子にあやかって良いご利益を授かるとして昔から信仰を集めてきました。

それで、いたる所に寅が鎮座しているのです。

ポストまで虎柄。

本堂まで上がってきました。

娘の期待に十分応える景色で、ちょっと怖いくらいの高さ。

奈良盆地を雲海が覆い、神秘的な景色でした。

やはり古刹に絶景ありです。

三寅の福に与うることができるという「胎内くぐり」。

アトラクションと言っては失礼かもしれませんが、多くの人が参拝してくれるよう、努力していることも好感がもてます。

朝早かった分、屋台はまだ準備中で、そこは不満そうでしたが。

聖徳太子は、後に物部守屋に勝利したことから、自らが刻んだ毘沙門天を本尊とし、信貴山寺を創建しました。

「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」という意味が込められています。

長男が帰省したさいは、やはり将来の仕事の話になります。

就職活動は随分早くなっているようで、あと1年くらいで、大きな方針を決める必要があるようです。

信ずべき貴ぶべきものは……

人生の分岐点でもあるので、よくよく悩めば良いと思います。

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2024年は何が出来る?‐2074‐

新年明けましておめでとうございます。

元旦の大阪は好天に恵まれました。

寒さもそれほどでなく穏やかな一日となりました。

旧社格で言えば府社である杭全神社は、初詣で賑わっていました。

すぐ近くにある、和菓子屋さん「塩伊(しおい)」も元旦は休みでした。

年末は、お正月餅づくりが佳境で、朝早くから店の前はこんな風景になっていたのです。

慶応元年創業で150年続く老舗の風格が、この人形から滲み出しているようです。

もう少し南にもう一軒ある和菓子屋さんが福本商店です、

名物の「亀乃饅頭」で良く知られていますが、こちらは創業300年のようです。

こちらも休みなんだなと思い、張り紙を見てみると正午から営業するとあります。

こちらも年末は書き入れ時で、4歳くらいのお子さんも毎日お手伝いしていました。

本当に偉いなと毎日見ていたのです。

和菓子を食べる機会もなかなかありませんが、もち米を蒸す良い匂いがあたりに広がっていました。

今年の決意と働き方を書いて、新年1回目の日記にしようと思っていたら、16時過ぎに地震の速報が入りました。

石川県の能登では震度7の強い揺れ。大津波警報も発令されました。

建物が倒壊する際の土ぼこりが上がっている映像や、火災が起こっている映像がリアルタイムで流れてきます。

被災された方のことを思うと、元旦から何ともやりきれない気持ちになります。

ただ、日本に住む以上、勿論他人事ではありません。

昨年末、日本建築家協会(JIA)の九州支部の方から、「2016年の熊本地震の支援活動を記録誌にまとめ、アーカイブとして残していきたいと考えている」というメールが届きました。

2016年6月から7月にかけて罹災証明調査に参加頂いたJIA会員の方にメールしているともありました。

「新たに記事を書く時間はないのですが、当時日記に上げた2記事をまとめるので宜しければお手伝いさせて頂きます」と返信したのです。

この時は、建築の専門家でありながら、公には何の貢献も出来ていないという、積年の澱は少しだけ流すことが出来たと書きました。

熊本は水が澄んだ、本当に美しいところでした。

北陸は2012年のゴールデンウィークにめぐりました。

とても自然の美しい、日本でも最も好きな場所のひとつです。

先の記事で、要請があればすぐに駆けつけられるよう、日々の仕事を頑張るだけ、とも書いています。

現状で、何とか駆けつけることができるのか……

元気であれば、何度でもチャンスはやってきます。まずは命を大切にして欲しいと心から思うのです。

2024年は何が出来るか?

いきなり、大きなお題を貰った気がします。

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