一級建築士事務所アトリエm 守谷 昌紀 のすべての投稿

大阪市平野区、設計事務所。建築家 守谷昌紀

足裏リスペクト‐2358‐

大阪城公園は、いつ行っても多くのランナーが集まっています。

ひとりで黙々と走っている人、仲間で集まって走っている人と様々です。

チームで練習している人達は概ね楽しそう。

マラソンのコースにもなっているので、ランナーが集まるのは当然ですが、やはり信号が無いのが一番のメリットです。

池井戸潤の『陸王』を読んだのは2019年でした。

以下はその時に要約したあらすじです。

小説も最高に面白かったのですが、私の要約では「足袋」について少ししか触れていません。

これをドラマで観ると、いやがうえでも「足袋」をベースにしたランニングシューズに目がいきます。
ビジュアルの影響はかくも大きいのだと感じました。

このランニングシューズにはランニング足袋、きねや無敵というモデルがあることも分かりました。

店頭で販売されているのかなと思い、ショップを回ってみました。

ただ、足袋タイプのものは全く見つけることができませんでした。

一般的なランニングシューズは1万円くらいからのよう。

きねや無敵は、Webサイトで見ると6600円なので比較的安価です。

足袋は、和装の際の靴下のような物なので、そう考えると結構な金額なのかもしれません。

和装自体がかなり減っているので、足袋をみる機会はかなり減りました。

と思っていたら、時間調整をしている様子のトラックのフロントガラス越しに……

足袋です。

足袋の需要は、間違いなく減る傾向にあると思いますが、建築現場では未だに必需品です。

特に、高所で働く鳶で足袋を履いていないことのほうが稀。

繊細な足裏感覚が必要な仕事には不可欠なのです。

きねや無敵のWebサイトにはこうありました。

薄底のソールで、人本来の走り方に戻し、少しでもランナー人生を延ばして欲しい、というのがメインコンセプトのようです。

それが叶えられるのか、叶えられないのかは、私には分かりませんが、「素足感覚に近づけることによって、地面の表情も楽しんでほしい」というメッセージにはとても共感できます。

ここでは地面となっていますが、建築においては床となります。

リノベーションの相談があった時、建物に入った時に一番情報をくれるのは足裏です。

床下に土間がなく、地面がむき出しの家の床は、踏み感がかなり柔らかく、少し歩いただけで分かります。

また、床の構成を決める際、「ユニットバスの床と、本格的なホテルのしっかりした床を想像頂けますか?」と聞くと、ほぼ誰もが、浮き床とモルタルが床下に詰まった湿式の床の違いを理解してくれます。

浴室は裸足で入るので、誰もが足裏でその硬さを感じ取っているのです。

坂村真民の「尊いのは足の裏である」という詞があります。

頭でなく、手でなく、一生汚い所と接し、黙々と努めを果たしてゆく足の裏こそが尊いというのです。

その足裏を保護し、最大限に能力を発揮させる足袋。
最も足の裏をリスペクトしている物こそが足袋かもしれません。

靴下では薄すぎる、靴では厚すぎる。

きねや無敵だけでなく、もっと足袋の技術が活用される道はないのかなと考えていました。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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アトリエmのゲンバ日記

『華氏451度』名著・戦慄・ネタバレ‐2357‐

消防士は英語で”fireman(ファイヤーマン)”か”firefighter(ファイヤーファイター)”。

しかし『華氏451度』の中でのファイヤーマンは……

『華氏451度』は1953年にレイ・ブラッドベリが発表したディストピア的未来を描いた小説です。

華氏451度は摂氏に換算すると約233度。
紙が自然に発火する温度です。

ディストピアはユートピアの対義語。
理想郷の反対なので自由のない暗黒社会等を指します。

小説や映画は、前向きなものを好んで選ぶので、手に取るにはハードルの高い本でした。
しかし、SFの傑作という論評もよく目にし、ずっと気になっていたのです。

思い切って手に取った表紙は重々しい。

前半はやや苦戦しましたが、後半は本当に凄かった、というのが感想です。

舞台は、書物が禁止された世界。

書物を焼き尽くす仕事「昇火士(ファイヤーマン)」として働くモンターグという男が主人公です。

まず「ファイヤーマン」を「昇火士」と訳しているところから度肝を抜かれました。
これは翻訳家の力量ですが。

焚書は、秦の始皇帝やナチス・ドイツが行った、卑劣な思想弾圧です。

それを実行し、異端者を探すことを仕事とする「昇火士」モンターグですが、書物を焼き尽くすうちに、違和感を感じ始めます。

となりに越してきた、クラリスという17歳の少女の「あなたは幸せ?」という質問によって、さらにそれは加速しました。

「昇火署」での上司であるベイティー署長は、モンターグの異変を感じ、何度も諭す場面があります。

その言葉は、シェイクスピアや聖書などの一節を次々と引用し、何とかモンターグを現実社会に留まらせようとするのです。

ただ、その博学さは、大変な読書家を想像させるところが、何とも言えず奥深い……

ベイティは、書物を隠し持っていたモンターグの自邸を焼き払うよう、本人に指示しました。
しかし、モンターグは「昇火器」を最終的にはベイティに向け、焼き殺してしまいます。

そして都市から逃亡することになるのです。

政府から追われる身となったモンターグは、元教授のフェイバーのもとへ逃げ込みました。
そこで「本に書かれた考えを自分の中に残すことが重要だ」と教えられました。

川を伝って都市から逃れたモンターグ。
森の中で同じく政府から逃れる知識人達と出会います。

彼らは本を暗記し、歩く本となってそれらを残していこうとしている集団でした。

戦争状態となった社会は、最終的には崩壊しました。

彼らが静かに都市へと向かうところで物語は終わります。

中盤、ベイティーがこの世界の成り立ちを語る場面がありました。

この世界は、弾圧によって始まった訳ではなく、「考えさせられるもの」を排除していった結果に生まれた世界だったのです。

名著は示唆に富んでいます。

しかしこの行は、そのレベルで読み流して良いものではない、うすら寒いものを感じました。

インターネットが登場した際の衝撃はかなりのものでした。
AIの登場はそれに優るとも劣りません。

輝かしい情報収集能カを持っていることにどんな価値があるのか……

レイ・ブラッドベリが危惧したこと、伝えたかったことを、私が僅かに感じれたとしても、世の中がそう変わることはありません。

ただ、感じ取れる機会が極めて少なくなっていることを、更に危惧させられました。
まぎれもない名著だと思います。

特に若い人にお勧めしたい一冊です。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

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大腸、すい臓異常なし。そのまま絶品焼肉へ‐2356‐

阪急園田にやってきたのは、ほぼ2年振り。

駅の北口を出て徒歩3分。

工事中には何度も通った「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」にやってきました。

2024年の9月17日の一粒万倍日に開業したので間もなく2周年です。

蔵書は院長の江口さんとご縁のある方からの寄贈です。

現在、大阪中之島美術館で展示されているフェルメール「真珠の耳飾りの少女」の作品集が増えていました。

今回は私自身が検査を受けるための来院です。

胃カメラ、大腸カメラの経験はありますが、超音波内視鏡は初めて。

前日の夜から当日の昼までに、規定の下剤も全て服用し、準備万端です。

喉の麻酔がちょっと苦かったですが、「前処置スペース」にあるリクライニングチェアの座り心地は非常によく、リラックスして待っていました。

内視鏡室に移動し、超音波内視鏡によるすい臓、胆道の検査、その後大腸カメラによる検査を行います。

検査自体は、それぞれ15分ずつの30分程。

鎮静剤が徐々に効いてくるので、気が付いた時には全て検査は終了していました。

検査自体の苦痛は全くありませんでした。

検査後、鎮静剤が醒めるまで1時間ほどリカバリーエリアで横になって過ごします。

妻も同じ検査を受けたので、その結果を説明してもらいました。

大腸の検査は10年前くらいに一度しました。

最近大腸がんのことをよく聞くので「大腸はとっても綺麗ですよ」と聞くと、まずは一安心。

すい臓がん、胆道がんは初期症状が殆どなく、発見が難しい病気です。

発見が難しい理由は、すい臓と胆道は胃の後ろにあり、検査する方法がかなり限られているのです。

超音波内視鏡は、内視鏡にエコー(超音波)がついており、胃のすぐ後ろにあるすい臓や胆道を胃から画像で診察することができるのです。

院長の江口さんは、これらの医療に長く携わってきた専門家。
夫婦とも問題無しとのことで、さらに安心しました。

ただ「保証期間は2~3年という感じでしょうか」と。

超音波内視鏡と大腸カメラを合わせて1万4千円くらいなので、やはり定期的に受けるべきだと感じました。

至って健康と分かり、そのまま会食へ。

今回は、クリニックのすぐ近くの「焼肉まる喜」さんを予約してくれていました。

まず、ナムル、キムチとセンマイを頼みます。

「花乃牛」とブランドの札がついています。

「大和牝牛」。

こちらは「鳥取いなば万葉牛」。

母の祖父の血統までついていました。

どれもが最高級の黒毛和牛の雌牛で、美味しい以外想像ができません。

ただ、一番驚いたのは焼き方の概念にまで踏み込んでいることです。

この遠赤外線無煙ロースターは、細いパイプに高温の熱湯が流れており、適温で肉を焼き上げていきます。

煙も出ず、焼いた際には起こり得る過剰な焦げは全くできません。

香ばしさを楽しむのではなく、本当の牛肉の旨味を極限まで引き出すことを今もずっと考えていると、店長は言っていました。

極上の焼き肉を頂いた締めは冷麺。

美味しいお肉のフルコースとワインまで飲んで4人で5万2千円程。

もう楽しすぎる夜でした。

ただ、前日の21時から絶食していたからか、かなり酔ってしまい……

店長も一緒に入って貰いましたが、私は完全に酔っぱらいの顔。
お恥ずかしい限りです。

計画時から、絶対に大繁盛クリニックになると信じていましたが、2年が経ちそれが現実となっています。

美味しい料理を食べながら、そんな話しが聞けるのは至福の時間。

その上、健康の後押しをして貰ったので気分的には最高です。

超音波内視鏡は非常に高価なもので、民間のクリニックで備えているところはそう多くないと思います。

オーバーホールではありませんが、一日食事を抜いて、体内の全てを出し切って、検査をして貰うのはとても気分が良いことだと分かりました。

今回の体験をもとに、また江口さんに話を聞き『 建築家・守谷昌紀TV』で配信したいと思います。
ここでお知らせするので、良ければご覧ください。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

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「覚える」がめでたい‐2355‐

昨日は警報も出る大雨でした。

今朝はすっきり晴れ、爽やかな風が頬に心地よい朝。

最高の一日のスタートです。

大阪城は、お掘越しに天守閣がしっかり見えるところは案外限られています。

ほぼ唯一と言ってよいのが東側。

水面、石垣、緑、青空が最高の背景です。

天守閣の写真を撮っていると、足下にニョキニョキと生える白い物体が……

キノコでした。

傘が開ききっていないもの。

そして全開のもの。

大人、少年、赤ん坊と各世代揃ったキノコ一家でした。

昨日の大雨で、一気に顔を出したようです。

その大雨の昨日。

アトリエ内から一歩も外に出ずの模型作りの一日でした。

春に入社したスタッフが全体をリードし、オープンデスクに参加中の学生が、家具類を制作していきます。

25歳、21歳と共に若いですが、予定通りに進んでいます。

オープンデスク生の彼女は2日目ですが、しっかり行動できているので、まずは一安心です。

2ヶ月程前だったか、アルバイト希望の大学生が面接にきました。
アルバイトの応募要項には、実務試験がある旨を記載しています。

設計事務所でのオープンデスク経験も無いというので「いきなりアルバイトで採用する確率は高くないと思うよ」と伝えると「募集と書いてあるけど、募集していないということですか」と問われました。

能力があればすぐに採用するが、能力がなければ採用しないという旨を伝えると、不服そうな感じで帰っていきました。

姿勢などを見ていると、アルバイト昇格はほぼ無いだろうなと感じていました。

実務試験をする意味が互いに無いと思いそう伝えたのですが、何とも難しい時代に入った気がします。

模型作りの上手い下手は、本人の適正とこれまでの経験がものを言いますが、未来において大切なのはその姿勢です。

皆が退社したあと、模型をチェックし、それを元にプランを再考。一日の仕上げの時間です。

色々なタイプがいてこそ社会ですが、会社という船は、せめて同じ方向を向いていないと船が全く動いていないということもあり得るのです。

「学び」と対になっているのは「教える」ではなく「謙虚」だと考えています。
これは誰かに聞いたのではなく、実務の現場で私が感じてきたこと。

AI革命で経験に敬意を払いにくい時代なのだと思いますが、先の面接のような場面が増えた気がします。

楽天イーグルス等の監督を務めた野村克也元監督はこう言っていました。

「覚えめでたい」とは、目上の人から信頼され、可愛がられるという意味です。
この場合の「覚え」は、信用、評判、寵愛を指します。

「覚える」がそのまま信用、評判、寵愛と変化していったと考えれば至極納得です。

「覚える」がめでたい。

日本語って使っているだけで頭が良くなりそうな言語だと思っているのです。

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大阪粉もんの王道「きじ」‐2354‐

土曜日は健康診断のために淀屋橋へ。

前日の20時頃にかけうどんを食べて、12時間の絶食です。

12時間のうち、半分以上が睡眠にもかかわらず、なぜこれほど辛いのか……

健診が終わった後、梅田まで歩きました。

梅田新道の交差点に「曽根崎と御堂筋」という看板にこうありました。

JRのガード下にある、新梅田食堂街までやってきました。

176号線に面する大阪屋は昔から庶民の味方。

朝食350円は、その面目躍如です。

新梅田食堂街は中学生の頃から利用していますが、実は「きじ」は一度も訪れたことがありませんでした。

評判は良く聞きますが、行列しか見たことが無く、「空いていたら」と思ううちに40数年が経ってしまいました。

しかし、この日は10時頃に梅田に居たので、少し並んででもと思い立ったのです。

11時45分開店とあったので、11時頃に行けば大丈夫だろうと思ってました。

買物をして、少し遅れて11時15分くらいに到着すると、前から25人目。

ぎりぎり2巡目で、入店できたのは12時35分頃。
1時間20分待ちでした。

待っている間に、豚玉980円と焼きそば(大)1200円をオーダー。

着席すると、すぐに出てきました。

豚玉は直径20cmくらい。

甘みプラス辛みの効いたソースは間違いのないお味です。

焼きそばは太麺のコシが強く、讃岐焼きそば(そんな物はない?)といった感じ。

こちらも抜群でした。

お好み焼きには大葉が入っているのが意外でした。

流石に老舗の名店です。

帰るころでも50人近くは並んでいたでしょうか。

「きじ」はお好み焼き店として今年で57年目。
その人気は筋金入りでした。

店舗内は昭和の雰囲気が充満しています。

フワっとした生地は柔らかすぎず、硬すぎず。
豚肉は香ばしく、ピリ辛ソースも絶品。

焼そばに至っては、讃岐焼きそばレベルの腰があり、ナンバーワンレベル。

間違いなく、大阪粉もんの王道を行く店でした。

従業員の方は、この人手不足とインバンド対応もあってか、ほぼ外国人の方。
応対も丁寧で、接客も含めて非常に満足したのです。

ただ、昭和50年代から新梅田食堂街に通っていた身としては、店長さんが焼いている時に来てみたかったというのはあります。

時代の移り変わりが、どれだけ早いかも痛感しました。

年1回の健康診断の日は、最も絶食が辛い日であり、最も昼食が美味しい日。

来年は何を食べようか、1年掛けて考えます。

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進化⇔退化、言葉という魔法‐2353‐

暑かった8月が終わり、新学期がスタートしました。

今日から月曜日までは雨マークが続きます。

天気図には、常に複数の台風があるような気さえしてきます。

近所にカトリック玉造教会があるからか、周辺にはミッションスクールが2つあります。

教会のすぐ南にあるのはプロテスタント系の大阪女学院。

何故かその前の歩道がとびきり広いのです。

この広い道を北に上がり、更に教会を行き過ぎると、細川越中守忠興(ただおき)の屋敷内にあったとされる越中井があります。

妻の細川ガラシャは信仰を守り、この屋敷で非業の死を遂げたことから、この地に教会が建てられました。

教会には細川ガラシャの像もあります。

教会のすぐ東には、カトリック系の城星学園小学校もあり、この広い歩道を、多くの学生が毎日行き来します。

夏休み明けの通学。

思い出すだけで気が重くなりそうですが、楽しそうにしている子供の方が多いようにも見えます。

と、思っていたら「そのパス、天才的!」という掛け声が聞こえてきました。

通学前に、朝から公園でサッカーをする子供達でした。
制服を見ると、地元の小学生のよう。

その元気さはノンリミットです。

「疲れた」とか「しんどい」とか言い出すのは幾つくらいなのでしょうか。

人は1歳前後から何となく言葉を使い始めますが、「ママ」「マンマ」の次が「ツカレタ」ということは無いはずです。

それが、小学生、中学生になると「だるい」とか「うざい」まで使い始めるのです。

「言葉は自分の脳が聞いているから、間違ってもネガティブな言葉は使ってはいけません。それは、天に向かって唾をはくようなものです」と、京セラ創業者の稲盛和夫さんは言っていました。

その稲盛さんや松下幸之助さんが、強く影響を受けたのが、思想家の中村天風さんです。
その著書『運命を拓く』にはこんな行があります。

笑ってしまうような方法ですが、効果は十分だと歴史が証明しているのです。

人は言葉という道具を手にし、生まれた後にも劇的に成長できるようになりました。

生物学的なDNAの進化に対して、生まれた後の進化を「文化的進化」と呼びますが、天風哲学においては、ネガティブな言葉によって、退化もすると言っているのです。

映画、ハリーポッターの最終回で、アルバス・ダンブルドアはこう言いました。

自分で自分に魔法をかけるなら、進化の魔法にしたいものです。

わかっちゃいるけど……

こんな都心部でも、夜には虫の音が聞こえてきました。

もう少し涼しくなったら、屋上で月見酒でもと、夜長を心待ちにしています。


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「ナヌッバ」と「ナムバ」‐2352‐

御堂筋と千日前通の交差点が「難波」。

北を見ると、右手に大丸心斎橋店、左手に大阪Wが見えています。

真東を見るとなんばヒップス。

壁面には「namba HIPS」の看板も見えています。

完成は2007年で高松伸の設計。

千日前通を渡り、南に下った西側にはホテルロイヤルクラシック大阪。

2020年の完成で、設計は隈研吾。

この地にあった、村野藤吾設計の大阪新歌舞伎座のデザインを踏襲しています。

そして御堂筋は、南大阪からの玄関口、南海なんば駅であり大阪高島屋でもある南海ビルディングに突き当たり、西へクランクして南下していきます。

大阪の目抜き通りだけあって、建築も多種彩々です。

周辺にある、大阪メトロ「なんば」駅のローマ字表記は「Namba」です。

私達が小学校の時に習った時は「Nanba」が正解だったはず。

こちらは、天神橋筋と大川が交差する「天神橋」。

大阪メトロと運営母体が近しい大阪シティバスの停留所は「Tenjimbashi」表記。

「n」と「m」が混在しています。

しかし、道路標識は「Tenjinbashi」と「n」表記。

こうなってくると???という感じです。

日本語の発音をアルファベットで表現するのがローマ字ですが、私達が小学校の時に習った「訓令式(くんれいしき)」と「ヘボン式」という表記方法があります。

「訓令式」は規則に乗っ取ったもので、「ヘボン式」は英語の発音に近い表記方法。
アメリカ人宣教師、ヘボンさんが考案しました。

パスポートを「ヘボン式」で表記するのは、このためです。


「ヘボン式」では、「p」「b」「m」のようにしっかり唇を閉じる音(両唇音)の前の「ん」は「m」で表現します。

英語を習った時「n」の発音は「エンヌッ」といった感じで、唇は離したままでした。

確かに「馬場町」を唇を離したまま発音するのは難しい。

日本語では同じ「ん」で、違いを気にしていませんが、英語的な観点からみると、両唇音の前の「ん」は「m」で表現する方が、音としては正確なのでしょう。

それで「本通」は「hondori」、「馬場町」は「Bambacho」といった表現が混在することになりました。

昨年末、国としても広く浸透している「ヘボン式」を基本とする方針を決定しましたが、先の「天神橋」のように、道路標識は、訓令式が残っていることも多いようです。

難波も、道路標識は「n」でした。

この話、電車で通学している時から気になっていました。

それが、少し前に偶然付けたテレビ番組、『チコちゃんに叱られる』で解説していて、ようやくすっきりしました。

中国における漢字の数は、よく使われるもので3千5百文字、歴史的には10億とも言われているようです。

しかし、日本人が使う漢字、ひらがな、カタカナの組み合わせは無限とも言えます。
日本語の表現の多彩さが、日本人の感性を維持するのに、大きく役立っていると思っています。

しかし、音の滑らかさに関しては、英語が群を抜いていると思います。

母語において英語のシェアは世界一ではないにもかかわらず、世界規模のヒットをする楽曲はほぼ英語です。

意味を深く知らなくても、好きな楽曲が沢山あるのは、その説明にもなると思います。

今回は「エンヌッ」と「エンム」の違いに執着して書いてみました。

インバウンドが日本の経済を支えるなら「ナヌッバ」「テンジヌッバシ」でなく「ナムバ」「テンジムバシ」のほうがちょっとだけいいかなと思います。

道頓堀橋の南にある、はり重の隣にある松竹座は解体が決まってしまいました。

道頓堀通と心斎橋筋の交差点。

東側にミャクミャク様が鎮座していました。

撮影をするインバウンド客も沢山居ます。

表記も「ヘボン式」が基本となりました。

大阪のため、日本のためにどんどんお越しください。

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女性は、なぜスイーツとデパ地下が好きなのか‐2351‐

患者さんにもスタッフにも優しい増築「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」の動画を【Works Video 】<Public>にUPしました。

「ささき整形外科デイケアセンター」の隣での計画での、なかなかハードルの高かった増築計画です。よければご覧ください。

前回まで、4回シリーズで台湾の旅を書きました。

久し振りに大阪の話です。

お盆を過ぎましたが、まだまだ暑い日が続きます。

とは言え、暦通りに日の出は徐々に遅くなってきました。

いつもは無い、「地蔵尊」の提灯が飾り付けられたテントが出ています。

小さな祠ですが、いつも清潔に保たれています。

地域の人が、大切にしていることが視覚で伝わってくるのです。

近所にケーキ屋さんがオープンしました。

近頃は、パティスリーと呼ぶそうで、店名は「パティスリー マジョルネ」。妻が見つけてきました。

前回、夕方にのぞいた時はすでに売り切れ。大人気のようです。

11時オープンで、10分くらい遅れて着くと、家族連れが1組待っています。店舗が狭いので3組制限をしているようです。

焼き菓子もありますが、やはりケーキです。

妻が誕生日だったので、美味しそうなショートケーキを2個買ってくるのがミッションでした。

ゼリー系が良いとのことで、桃のタルトか?

ゼリー⇒ジュレが正確のようです。

妻には、左端の「バニラのシブースト、白ワインのジュレ、クランボワーズのジュレ、桃のコンポート」。

私は右端の「サクサクのメレンゲにピスタチオクリームソースとフランボワーズのジャムサンド」にしました。

夕方には、普段は行かないデパ地下へ。

もう誕生日なので大盤振る舞いです。

「柔らかイカと野菜のマリネ マスタード風味」と「島豆腐の塩麹漬けとひじきのサラダ」を購入。

どちらも確実に美味しかったです。

スイーツはいうに及ばず。

妻は、普段の買い物では、1円でも安いスーパーを探して買い物をするのに、百貨店に行ったら「デバ地下寄っていく?」と大体言います。

食事量は極めて少ないのに、高級感のあるスイーツは大好き。

全員では無いとしても、そんな女性が多いのは間違いないようです。

何か理由があるのかなと思い、少し調べてみました。

甘いものが好きなのは「ホルモンバランス、味覚が敏感、筋肉量の違い……」。

デパ地下が好きなのは「高級感、非日常感、活気……」。

なるほど。何となく理解できます。

狩りをして、獲物を持ち帰ることが最大のミッションだった男性と比べて、身近な場所で木の実を採ったり、村の中の調和保つことが大切だった女性の方が、身近なところに幸福を求める傾向は強いかもしれません。

大風呂敷を広げましたが、生物学者でもない私が、答えを出すことは不可能です。

ただ、スモールサンプルではありますが「長いネーミング」が好きなことは分かりました。

日々の家事の労苦を、長いネーミングが癒してくれるなら、どれだけ長くても大歓迎。
その中に、幸せの物語りを見出すのかもしれません。

そういえば宮崎駿が「ヒットする映画のタイトルには『の』が入っている」と言っていました。

「『もののけ姫』は2つも『の』が入っているから、大ヒットする」とも。

デパ地下お惣菜には、それぞれ1つの『の』が。

妻のために買ったスイーツには、なんと4つの『の』が。

さすが宮崎駿です。エンターテイメントの本質だけでなく、女性の本質まで見抜いていたとは。

タイトルの答えは『の』が一杯だから、でした。

お後はよろしかったでしょうか……

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台湾の旅④ <感激、台北の朝粥・ねじれマンション、さよなら台湾編>‐2350‐

最終日となる4日目の朝も、早めに起きて台北中心部のホテルをでました。

まずはホテルからも近い雙連朝市へ。

基本は屋台ですが、魚も売っています。

スズキやボラのような魚も並んでいました。

路地の奥をのぞくと、「粥」の文字が見えています。

行ってみると、メニューに日本語もあります。
6席しかありませんが「ここで食べてもいい?」と聞くと大丈夫だと。

鶏肉+しらす+ピータンのお粥、85元を頼みました。

これが抜群に美味しい!

店員がボールの中でコトコトと潰しているのはピータンのよう。ピリッと味付けされたしらすとともにそのピータンがいい味を出しています。

食べていると、このお粥を取材した日本の番組の映像が流れていました。
有名店だったようです。

提灯にあった鴉片粥は「アヘン粥」の意味で、そのくらい癖になるのです。
第五家麵線の鴉片粥、看板に偽りなしのお味でした。

台北の東部まで移動し、ねじれマンションを再訪しました。

陶朱隠園(タオヂュインユェン)はベルギー人建築家、ヴィンセント・カレボーの設計で2018年の完成です。

工事は熊谷組が担当したようで、Webサイトに詳しい情報が載っていました。

このマンションのことは情報としては知っていましたが、実物を見たインパクトはその5倍くらいの衝撃でした。

その奇抜な外観とは裏腹に、車もエレベーターで上がれるという中央のガラスシャフト部に、住戸部分がずれながら貼りついているという、意外にもシンプルな形態です。

色々な角度から見てみましたが、その張り出しの大きさはかなりのもの。

それにもかかわらず、不安感を与えないのは、ずれていく距離感が絶妙なのと、連続していることによるものだと思います。

23,000本による緑化に加え、太陽光発電や雨水リサイクルといった環境への配慮も極めて高いレベルで達成しているという、驚くべき建築です。

下層階にわずかに人の痕跡を感じましたが、1戸80〜140億円という価格帯と、購入者への厳しい審査によって、殆ど売れていないという記事も見ました。

微妙な気持もありますが、新たなランドマークとして、この建物の価値を守っていく戦略でもあり、活気ある台湾の象徴でもある訳です。

その名前は、約2500年前、王に命を狙われる程の力を持った中国商人の隠れ家を意味するそう。
言い得て妙ですが、使われてこそ建築とも言えそうです。

すぐ近くには、台湾で一番高い台北101が見えます。

それがかすむくらいの存在感でした。

興奮冷めやらぬまま、MRTで台北の南部に位置する台湾大学へ。

台湾大学社会科学部は伊東豊雄の設計で、2013年の完成です。

キノコが連続するような有機的な柱と屋根の形態は、伊東ならではという感じ。

受付でパスポートを預け、PCで登録をすると入館カードのようなものを借りれます。

暑かった台北で、冷房の効いた快適な図書室で、ちょっと台湾を勉強。

台北で最後の食事は、中心部に戻り四平街番茄牛肉麺へ。

刀削麺をどうしても食べたかったのです。

看板には「日本のガイドブックにも……」という文字まで上がっています。

それでも、刀削麺は衝撃でした。

入り口前で、包丁で切った麺を大鍋に飛ばして入れる様は、見ていて全く飽きません。

レジ横で40元の小皿をセレクト。

入口脇の席を確保。

すぐに出てきました。

トマト牛肉刀削麺180元です。

パスタなら想像できますが、トマトの味つけってどんな感じなのだろうと思っていました。

台湾料理全般がそうでしたが、きつい味ではないのに、飽きずにしっかり食べれます。

トマトの酸味がゴロゴロとした牛肉の塊に非常にあっていて、太目の刀削麺は食べ応え十分。
小皿のナスの煮ものも、日本人が大好きな味つけで、大満足でした。

再びMRTで東へ移動して昆陽へ。

すぐ北には古い街並みが残っており、新旧入り混じった風景が美しい街でした。

少し東にある「台北ミュージックセンター」は、「高雄港クルーズターミナル」と同じくReiser+Umemotoと、台湾の宗邁建築師事務所による共同設計で、2020年の完成です。

貝のようなフォルムと、有機的な開口が唯一無二の外観を形成しています。

最後に訪れたのは、北部に位置する「台北パフォーミングアーツセンター」

レム・コールハース率いるOMAの設計で2022年の完成です。

波打ったガラスが内部からの景色を一変させていました。

もう台湾の現代建築には、圧倒されっぱなしで、台北郊外の台湾桃園国際空港へ向かったのでした。

桃園空港線の台北駅は槇文彦の設計で、2017年に開業しました。

槇文彦は2024年に逝去されましたが、王道を行く日本人建築家の仕事にほっとするのは、私が日本人だからでしょうか。

少し早めに空港へ行き、残った台湾ドルを日本円に両替しました。

高雄の空港は手数料が30元だったのがこちらでは100元。約500円です。

意外に現金が必要な台湾では、結論で言えば大阪で両替するのが最も効率が良かったです。

平日の台湾国内の銀行で両替すればそれが一番ですが、どうしても初めに現地通過が必要になるので、このあたりは参考にして貰えればと思います。

夕焼けとともに台湾とお別れ。

ただ、18時20分の出発予定が18時50分になり、関空に到着したのが22時30分でした。

出国のための移動は全て小走り。

入国審査、税関申告とも先着5名内で切り抜け、預けていた荷物も無いので、全てを23分でクリア。
特に税関申告は、デジタル庁の Visit Japan Web でQRコードを作成しておけば一瞬で通過できました。

ギリギリ23時の終電に間に合いました。

終電の急行かなと思っていたら、22時55分のラピートが出る寸前で、ホームで特急券を買って飛び乗ったのです。

天下茶屋、長堀橋で乗り換え、家に着いたのは23時55分。

何とかその日のうちに戻れました。

コロナ前の2019年の香港行き以来、7年振りに海外へ出ました。

私の写真など必要ないと思いますが、夜市をうろつく56歳を載せておきます。

50歳であれ、60歳であれ、知らない街に降り立った時のワクワクが、何より好きなのです。

しっかり働いて、次はどこへ行こうかと思いを馳せるのです。


■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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台湾の旅③ <台中から台北、フォトジェニック九份編>‐2349‐

8月8日(土)から8月11日(祝・火)の台湾の旅。

今回は3日目、8月10日(月)の台中から台北編です。

早めに目が覚めたので、予定より1本早いバスを待ちます。

前日は、台湾高速鉄道(THSR)の台中駅から路線バスで中心街に入りました。

1時間くらい掛かりましたが、調べて見ると、急行のようなバスがあることが分かりました。

前日の夕方、念のため下調べに行くと、専用のバス停があるようです。
この格好いい停留所から、「151延」が出発しているのを確認しておきました。

一番前に並んでいたので、乗車する際に「High Speed Raiの駅まで行けるか?」と運転手に聞くと「No!」と。

「んっ?」となりましたが、やむなくその便をやり過ごします。

どう考えても間違ってないよなと思い、次の「151延」という表示の次のバスに乗ると、20分くらいで台湾高速鉄道の台中駅に到着。

英語が通じなかったのか、答えないという意味なのか未だに「No!」の意味は分かりませんが。

無事、予約していた便に間に合ったので良しとします。

台湾は九州くらいの大きさで、ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが潜り込む所に位置します。

その運動によって盛り上がった山地が概ね東側にあり、西側が平地という構図になっています。

川の流れは緩やかな所が多く、ゆっくりと山肌を削られたような地形も多かったです。

台湾高速鉄道の台北駅に到着すると、観光地である九份へ向かうバス停を探します。

台北近くまで来ると台湾高速鉄道は地下にはいります。
Googleマップには100mと出ているのですが、地下にいる時はGPSが効きません。

それで「バスステーション」の案内板をたどっていくと、台北のバスターミナルに行きつきました。

受付で聞くと、「そのバス停はTHSRの台北駅のすぐ上にある」と言っているよう。
地上ルートで、殆ど同じ場所まで戻ってきました。

Googleマップを有効に使うには、すぐ地上に出るに限ります。

台北から東へ40km程行ったところにある九份まで、急行バスで1時間弱でした。

都心部から高速道路に乗ってアプローチするのですが、郊外の街並みも望むことができます。
首都である台北とは全く違った風景に変わっていきました。

九份はかつて金鉱山として栄えましたが、1971年に閉山すると街は廃れていきます。

しかし1980年代後半に映画の舞台となったことから、人気観光地となります。

斜面に貼りつくような街並み、美しい山と海を望む景色、石段のある風景は、極彩色の尾道といったところでしょうか。

レトロな建物が人気ですが、最も人が集まっていたのがここでした。

細い坂道や階段が山肌を縫うように広がっており、歩きごたえは十分です。

夜も更に美しいようですが、1時間程歩いて、フォトジェニック九份を堪能しました。

再びバスで台北に戻ります。

台北の中心街を通り過ぎ、西側に位置する西門までやってきました。

台湾エキスパートから、同性ラバーの聖地と聞いてきたのですが、それを感じることはできませんでした(笑)

「阿宗麺線」で昼食を取ります。

小が70元で大が85元。

出汁が効いた素麺のような感じです。

日本人が食べやすいお味でしたが、プラスチックレンゲは麺が跳ねまくり。
やはり麺は箸が一番です。

その後、台北101エリアを回ったのですが、天気がもうひとつだったので翌日再訪しました。
翌日は晴れたので、次回の写真をUPします。

ねじれマンションが本当に凄かったのです……

ホテルにチェックインし、夕食を取るために再度街へ出ます。

夕方からスコールのような激しい雨が降ってきたので、「人気店でも空いているかも」と、遠東そごうの台北復興館へ向かいました。

阪急うめだ本店にも支店のある鼎泰豐(ディンタイフォン)。

言わずと知れた小籠包の名店です。

元々あった本店は、テイクアウト専門になったようで、最後の夜くらいはとのぞいてみました。

閉店30分前でこの列でした。
聞くとすでに予約番号を持っている人だけでこの人数。

見立てが甘すぎたと思い、さっさと退散しました。

私には屋台で十分と寧夏夜市まで移動。

到着する頃には、雨も小降りになってきました。

お腹が減りすぎていたので、まずは豚肉丼?80元。

甘辛く炊き込まれた豚肉はとろけるようで、一瞬で完食。

もう1軒と思い今度は店に入りました。

妊婦の店員さんが「カキのオムレツがとても美味しいよ」と言っている感じだったので頼んでみました。

見た目はこんな感じで、全く愛想なし。

味は、悪くはないかなというレベル。

台湾ビールは、昔タイで飲んだシンハーやベトナムで飲んだ333と同じ系統の飲み口。軽くて飲みやすい。

何本でもいけます。店で飲めば100元くらい。スーパーなら30元くらいでしょうか。

ビール2本を含めて300元くらいでした。

そのまま屋台で買い食いして、ホテルに戻りました。

最後の夜なので、ちょっと良いものを食べようかと思ったのですが、それは叶いませんでした。

前日の夜に次の街のリサーチレベルなのでそれも仕方ありません。

知らない街の空気を吸い、地元の屋台で安い食事をするのが一番楽しいので、来られただけで満足です。

2004年にこの日記を書きはじめて、20年以上になりました。

「写真」にはこだわってきたつもりですが、SNS時代に入り、文章の重要度は下がり「写真」「動画」の一発勝負になった感は否めません。

これだけ長い文章を書いているということは、時代にはついていけていないと思っています。

でもいいのです。伝えたいことがあるうちは、何でも書いてみようと思うのです。

長かった4回シリーズですが、次回が最終回。よければもう1回お付き合いください。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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