僕が僕であるために‐1608‐

 今日から、長男がアメリカへ向かいます。

 中学校からの研修に参加するのですが、行先はシアトル。2週間程の予定です。

 帽子が必要だそうで、イチロー引退もあったマリナーズのキャップを買い与えました。ベタではありますが。

 映画好きの友達とは「飛行機で何本観れるかな」と盛り上がっているそう。

 できれば留学して欲しいと思っているので、海外へ目が向いているのは嬉しいことです。

 先日の定期考査で、私がびっくりするような成績を出してくれたので「何かプレゼントを買ってあげるよ」と言うと「フィギアがいい」と。

 フィギア専門店なるところへ初潜入してきました。

 中古のプレミアショップのようで、こちら1万7千円。

 自分なら躊躇する金額ですが、折角の機会なので購入しました。

 家に帰るとすぐに左肩を脱臼してしまい、いきなり要入院の状態となっていますが。

 娘も負けじと模試でかなりの成績をだしてくれたので、長男の壮行会、私の誕生日と合わせての外食です。

 谷町九丁目のイタリアンへ行ってきました。

 このあたりは上町台地の西端にあたり、難波へ向かってかなり勾配がついています。

 天王寺七坂のひとつ、真言坂のすぐ西にある「Piattini Micio (ピアッティーニ ミーチョ)」

 名前のいわれは聞き忘れてしまいましたが、妻がネットで探してきました。

 結果として素晴らしいお店でした。

 テーブル4、5席とカウンターだけのお店ですが、ガス窯があります。

 娘はかなり舌が繊細で、大人味を食べさせるタイミングを見計らっていました。

 割と頑固なので、一度外すとなかなか出掛けたがらないのです。

 結果として最高のタイミングだったと思います。

 前菜から外れゼロ。

 イワシ、サーモンのマリネは抜群でしたし、ナポリの青のり入り揚げパンは、兄妹ともかなり気に入っていました。

 窯焼きのピザは、生地が厚すぎず、薄すぎず。パリパリしすぎず、もっちりし過ぎずで絶妙。

 こちらのチーズが4種入ったピザは最後にもう1枚頼みました。

 皆、あっという間に平らげてしまいます。

 辛いのが苦手な娘には、シンプルなトマトソースで応対してくれました。

 少し貰いましたが、これがまた美味しい!

 シンプルなものほど味の差がでるのは鉄則です。

 妻はピスタチオソースのパスタを頼んでいました。

 いろどりもよく。

 長男はメインのステーキをガツガツ食べていました。

 鹿肉もとても美味しかったのです。

 なかなか子供達のスケジュールが読みにくくなり、今夏の家族旅行は無し。

 長女の受験が終われば、祝勝旅行と行きたいところです。

 結果は別にしても、2人が目標を持ち、自分で努力を始めたことが、兎に角嬉しいというか、感謝さえします。

 誰に似たのかと頭を悩ませるのですが……

 娘からの誕生日プレゼントはこれ。とても上手に仕上がっています。

 実は、昨年もこんな感じで手造りのボールを作ってくれたのですが、大事にしすぎて、現在はどこにあるのか分からずで……

 大切に仕舞い込み過ぎて分からなくパターンです。

 今回は大量祈願のお守りとして、ボートにつけておくので間違いなしです。

 父方の今は亡き祖母が、晩年「まさきちゃんは、感情が深い気がする」時々言っていました。

 良い悪いは別にして、自分でも感情の振り幅は大きいほうだと思います。

 これが他人にとってはしんどい事なんだろうということも、歳とともに分かってきました。

 ビールの宣伝みたいですが、時代はドライ&クールなのです。

 全くトレンドと合っていないのですが、それを全く苦としないのが、クライアントと子供達です。

 情熱も、愛情も、どこまでも大きく、深い方が良い。それは誰にも当てはまらないことがようやく分かりました。

 ナニワ生れのナニワ育ちで、49歳になりました。

 僕が僕であるために。

 尾崎豊のように、ひと時強烈に輝き、流れ星のようにさって行く程の才能は、残念ながら持ちあわせていません。

 なら、自分の持っているものをひたすらに磨くしかありません。

 祖母はそれが分かっていたのだと思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

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【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

自然はなぜ美しいのか‐1607‐

 ようやく梅雨があけました。

 色は光の産物ですが、光と影のコントラストがその原型です。

 夏の花は貴重です。

 庭木の代表格はサルスベリでしょう。

 青空に濃桃の花が極めて美しいのです。

 南面の日差し対策に、蔓系の植物を植えているところも増えました。

 近年、暑さは増す一方なので、対策があるに越したことはありません。

 22日、月曜日のうえだクリニックです。

 梅雨明け当日の外観です。

 全く違う景色に変えてくれるのが夏なのです。

 昨夏訪れた、京都・岡崎にあるロームシアター京都(京都会館)。

 設計者の前川國男は、弟子に「自然がなぜ美しいか分かるかね」と尋ねました。

 答えられずにいると「それは、自らに責任をもっているからだよ」と説いたそうです。

 どれだけ風が吹こうと、雨が降ろうと、文句をいう草木はありません。

 反対の言い方をすれば、自らに責任を持たない姿が美しくない事になります。

 ここのところ、吉本興行の話題が紙面を賑わしています。

 美しい、美しくないで判断するなら、前川の物差しを当てるのが一番簡単です。

 人は嘘をつくことが、物理的には可能です。しかし、嘘は誰もが見抜くことができるという事実もあります。

 それが法的に証明できるかということを抜きにすればですが。

 どちらが悪い、悪くないの判断を私が出来る訳ではありません。

 しかし、世の中の風を敏感に感じとることが生命線であるタレントと、一般企業の経営者を同じ土俵で勝負させるのは、ちょっと酷かもしれません。

 会社に嘘をついたところで、タレントは大きく読み違いをしました。しかし、第一線で活躍しているということは、世間に嘘が通用しないということは勿論知っているはずです。

 概ね、人は美しいものが好きだということは、まぎれもない事実だと思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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うつりこんで横浜‐1606‐

 謦咳に触れるという言葉があります。

 立派な人なら、咳ばらいでも聞く価値があるという意味です。

 7月18日(木)は、稲盛塾長最後の講和を聴くために横浜に居ました。

 今年いっぱいでの解散が決まっている「盛和塾」

 京セラを創業、一代で一兆円越えの企業へと成長させた稲盛和夫さんに学びたい人たちが集う場所です。

 2007年に入塾させて貰い、ほぼ毎年参加してきた世界大会ですが、人数が増え2008年からパシフィコ横浜が会場となりました。

 インターコンチネンタルホテルの左にあるのが、会場となる国立大ホール。

 ホールはいつも熱気が溢れていました。

 今年は、約4800名の塾生が世界各国から集まりました。

 私の席は、端ではありますが前から12列目。直接塾長が見える距離で講話が楽しみです。

 毎年の恒例行事でもあるので、横浜の建物も見て回りました。

 当時は日本一高かったランドマークタワーです。

 横浜球場の後ろに見えるのは横浜市庁舎。

 1959年の完成で村野藤吾の設計です。

 階段を大切にした村野らしいディティールです。

 飴色になった木の手摺が妖艶でさえあります。

 しかし新市庁舎が建設中で、来年の6月には移転の予定。

 始まりがあれば、必ず終わりがあるのです。

 87歳となった稲盛塾長は体調がすぐれずで、残念ながら欠席となりました。

 講話は代読となりましたが、その中で「経営について、私の考えは語りつくしたという気持ちが強い」とありました。

 もう十分に教えて貰ったので、これからは自分の足で立ち、歩いていかなければなりません。

 私が最も印象に残ったのは次のような行です。

 世界中を塾生の皆さんと一緒に旅をし、酒を酌み交わしたことが思い出として残っています。

 皆さんのおかげで、素晴らしい人生を送ることができました。
 
 それは塾生の皆さんが私に与えてくれたのです。

 人はここまで謙虚になれるのかと思います。

 塾長の言葉に全く嘘がないことは、直接薫陶を受けた人なら誰もが分かるのです。

 反対に言えば、ここまで謙虚でなければ、ここまで心を高めることはできないのだとも思います。

 寂しくもありますが、新たな闘志をもって、横浜から帰ってきたのです。

 翌7月19日の日経新聞にも、記事がでていました。

 記事は「盛和塾が幕を閉じても、一人でも多くの人を幸せにするという経営者の使命に変わりはない」と結ばれていました。

 このアングル、どこかで見たことが……

 探してみると、一番左下に居ました。

 自分の記事ではないので、喜ぶつもりはありませんが記念にはなりました。

 稲盛さんは言います。

 舗装された歩きやすい道は、エリートが歩いて行く。そうではない者が、前に行きたければ、ぬかるんだ道を行くしかない。

 泥んこになっても、靴が脱げてしまったらそれを何とか引っこ抜いてでも、行くしかない。

 何度も聴かせて頂いたので、骨の髄までしみ込んでいます。

 何があろうと、ネバーギブアップの精神で前に進んで行く覚悟です。

 最後におまけです。

 日曜日に、友達から「再放送みてるよ」とメッセージがありました。

 『大改造!!劇的ビフォーアフター』の私の担当回が、BSで再放送されていたようです。

 プライベートサイトの情報ですが、全300回以上ある中で、2番目に多く再放送されているようです。

 やっぱり「本当は大賞だったんじゃないか」と思っているのですが、それでは謙虚さが足りないか。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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墨田区でジャポニスムを感じる‐1605‐

 今日は9:30amに両国駅に到着しました。

 大阪から大きな段ボール箱をもって、キッズデザイン賞の審査会場までやってきたのです。

 会場は、墨田川を都心側に渡ってすぐの所にあります。

 育成中だった芝も立派に育ってくれました。

 移動中に動いてしまった家具や人間を修正します。

 2階にある「あおぞらえほんしつ」と「もりのひみつきち」には、本物の材を貼り付けました。

 おなじく「こもれびひろば」にも。

 建築は本物を持ち込む訳にはいかないので、模型を任意で提出できます。

 物創りが好きでこの仕事を始めたので、模型の質、スピードともに自信はあります。

 しかし、私が模型を作っていたのでは仕事が滞ってしまうので、スタッフまたはオープンデスク生などに作って貰います。

 現在は人手不足で産休中の田辺さんに、育児の合間をぬって手伝いに来て貰いました。

 躯体は概ね組み上げてくれたので、最後の仕上げを私がしました。本格的に模型を触ったのは15年振りくらいでしょうか。

 出発の前夜、深夜まで作っていましたが、これは仕事というよりは趣味寄りだなと思っていたのです。

 審査会場は入らせて貰えずで、スタッフの人が内部に搬入してくれました。

 両国駅だけにこんなものが飾られていました。

 目の前が両国国技館ですが、その隣には……菊竹です。

 江戸東京博物館は菊竹清釧の設計で、1993年の完成。彼らしい思い切った提案です。
 
 しかし、完成した当時から賛否両論でした。

 今回が初訪問ですが、九州国立博物館を思わせる大きさと奔放さです。

 いわゆる名建築は「意外と小さいな」と感じることが殆どですが、菊竹は例外です。

 北九州博物館も、吉野ケ里遺跡のゲートも、小倉の競輪場も「大きい」のです。

 だから名建築ではないと言う訳ではありませんが、江戸東京博物館は一目瞭然の建物でした。

 これだけの1枚スラブが持ち上げられている建物を私は見たことがありません。

 最上階は巨大な一室空間。

 もうプランも何もなく、単純明快。その思い切りが菊竹らしいのです。

 江戸の街並みを再現した模型が人気でした。

 双眼鏡が置いてあり、それでみると江戸時代をのぞき見しているような気分になります。

 こちらの籠は、雅という言葉がしっくりくる籠。

 江戸から近代東京まで網羅しているこの館はなかなか見応えがありました。

 江戸東京博物館から、少し東に行くと「すみだ北斎美術館」があります。

 北斎がこの地に暮らしたからですが、2016年の完成です。

 設計者は、SANAAとしてプリツカー賞も受賞している妹島和世。

 外壁に切り込んだ開口部がいくつもあり、色々な方向からアプローチできます。

 開かれた館を目指しているのですが、コンセプト通りに多くの人でにぎわっていました。

 思い切った形に反して、光はとても柔らかい。

 1階ホールは出入りが自由で、外国人観光客ものんびり過ごしていました。

 特にこのスリットが印象的でした。

 4階の常設展だけのぞいてきました。

 展示室が撮影可なのは、空間を観に行っている私としては嬉しいところです。

 先の江戸東京博物館にも、北斎の家を再現していましたが、リアリティはこちらの比ではありませんでした。

本当に人かと思う程の仕上がりで、正直、ちょっと気持ち悪かったのです。

 北斎と言えば富岳百景です。

 その分かりやすくダイナミックな浮世絵は、印象派の巨匠たちの心をとらえました。

 いわゆるジャポニスムです。

 モネ、ゴッホ、ゴーギャンが学んだと聞けば日本人として誇らしくもあります。

 2つの館は設計者が違うので比較になりませんが、四半世紀経ち、日本の建築はこうまで変化しました。

 妹島の洗練された美しさは、妖艶であり清潔です。プリツカー賞受賞は伊達ではありません。

 しかし、菊竹のダイナミズムも忘れてはいけないものかもしれません。

 展望室からはエキスパンドメタル越しのスカイツリーが見えました。

 確か、SANNAがニューヨークで手掛けた出世作も、アルミエキスパンドメタルで覆われていたはずです。

 建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞は今年の磯崎新の受賞もあり、この10年で4人の日本人が受賞しています。

 現代におけるジャポニスムと言ってもよいかもしれません。

 同じ仕事をするものとして、とても誇らしいですが、私は妹島ではありません。

 もしプリツカー賞を取りたいなら、全く規模の違うアワードですが、それでも一歩ずつ歩を進めていくしかありません。

 久し振りに気合十分で作成した模型ですが、本物を貼り付けた、小さな仕掛けを審査員の人が気付いてくれれば……

 発表は8月23日。吉報が届くとよいのですが。

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キッズデザイン賞、いざ勝負‐1604‐

 先月も年に一度のBBQに伺ったばかりの「Ohana」

 2011年にキッズデザイン賞を受賞しました。

 webサイトにはこうあります。

  キッズデザイン賞は、子どもや子どもの産み育てに配慮したすべての製品・空間・サービス・活動・研究を対象とする顕彰制度です。

 賞は大きくに3つに分かれており「子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン」という部門があります。

 子どもの創造性や感性に寄与する製品、建築・空間、サービス、活動、研究など。

 子どもの創造性・感性の育成、多様な知識の習得や運動能力の向上に役立つもの。

 また、そこに新たな発想、工夫、手法があるもの。

 これを見たとき、厚かましいですが「Ohana」のためにあるような賞じゃないかと思ったのです。

 私も何度か家族写真を撮ってもらいました。

 2階スタジオは大きなFIXの横に、小さな地窓がきってあります。

 エントラスには小さな丸窓。

 カメラマンの石井さんと、子供達がのぞきたくなる窓を考えたのですが、「Ohana」のコンセプトがここに発露していると言えるのです。

 審査員のコメントにはこうありました。

 写真スタジオと子ども視点という新たなフィールドに挑戦している試みに賛同した。自然光がふんだんに入る設計は写真を撮る際に威力を発揮してくれるだろう。撮影の際の子どもの緊張を和らげ自然な姿を撮ることができそうである。

 この年の「ソーシャルキッズプロダクツ部門」の最優秀賞は「みどりの丘歯科医院 & こどもの部屋 ぶどうの木」でした。

 山口県にある、託児ルーム併設の歯科医院ですが、審査員評も「歯科医院 と託児空間を一体化させた意欲ある試み」となっています。

 実は設計者である、サンカクスケールの村上さんとは少し面識があります。

 2016年の熊本地震の際に、専門家として初めて支援活動に参加しました。

 私が担当した嘉島町は震度6強レベルの地域で、被害は甚大でした。

 しかし、断層から外れると被害はほぼないという家もあり、はやり現地へ行かないと分からないこともあると実感したのです。

 7月初めの暑い時期でしたが、その美しい景色が心に焼き付いています。

 日本各地のJIA(日本建築家協会)支部から、ボランティアで参加している建築家は、やはり意識の高い方ばかりでした。

 熊本から新幹線で帰ろうとすると「福岡まで送りますと」と言ってくれたのが村上さんでした。

 まだ復旧したばかりの九州自動車道を北上。3、4時間は掛かったでしょうか。

 しかし話題は尽きることなく、あっと言う間でした。

 博多はお祭りなのか、大きな山車がライトアップされていたのです。

 この日記を書こうとして、彼が金賞をとっていたことを知りました。

 負けられないぞという気持ちを込めて、今回応募した作品は「トレジャーキッズたかどの保育園」です。

 連休返上で、模型も鋭意作成中。

 芝生も育成中(笑)

 いざ勝負ということで、今回は会場まで乗込んできます。

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同志は近所のおばちゃんだった‐1603‐

 私の住む平野は、大阪では堺の次に大きな環濠都市だったと言われています。

 平野郷の夏祭りの目玉はだんじり。

 各町会のだんじりが一斉に集まる九町合同曳行はなかなかの迫力です。

 先週はその試験引きをしていました。

 いよいよ夏本番が近付いてきました。

 梅雨時でエアコンの匂いが少し気になったので、クリーニングを頼みました。

 いつも頼んでいるハートクリーングの予約がとれずで、初めてハウスクリーニングサービスという会社に頼んでみました。

 テレビ出演多数、お掃除講習の講師としても活躍とありましたが、とても丁寧な人で本人が来てくれました。

 ひとりでされているそうで、大手に勤めてから独立。この道30年とのことです。

 「そんなに汚れていませんでしたね」と、テキパキと1時間程で仕事は終わりました。

 会社の中、家の中に入って貰う仕事は、仕事の精度、金額も大切ですが、やはり人柄が重要です。

 とても謙虚な人で、自宅もお願いすることにしました。誠に勝手ながら、お勧めしておきます。

 火曜日だったか、家に帰ると娘が「凄いことがおこってん!」と飛びだしてきました。

 レンタルDVDショップのくじ引きかなにかで、A賞だか、B賞だかを長男が引き当てたと。

 スパイダーマンのフィギアでした。

 この日も、スパイダーマンの新作を観に行く予習でDVDを借りていたくらいなので、2人でかなり盛り上がっていました。

 ちなみに娘はC賞だか、D賞だかでマーベル映画のポスター。

 それも喜んでいましたが。

 ヒーロー物の映画が面白くなければ商売あがったりですが、それでもマーベルの映画群は凄いものがあります。

 単体でもヒット、皆が集まればさらに大ヒット。

 これら多くの原作を手掛け、また製作の指揮をとったのがスタン・リーです。

 マーベル隆盛の礎を築いたのが彼ですが、映画の中にチョイ役で登場します。

 全て子供に教えて貰ったのですが、昨年亡くなったので、残念ながらもう観ることは出来ません。

 近頃のアイドルグループがそうであるように(昔もありましたが)、やはりチーム、仲間の力、魅力が噛みあうと掛け算となる良い例だと思います。

 会社は地下鉄の駅から3分くらいで、前に銭湯、コインランドリー等もあり、正直、タバコのポイ捨てがひどいのです。

 朝一番に来た人が、できるだけ広い範囲を拾いますが、周辺20m内に10本近く落ちていることもあります。

 清潔は気持ち良いし、良いことをしているんだと言い聞かせても、毎日同じ場所に、同じ銘柄の吸い殻があると「何ともなあ」と思うこともあります。

 6時頃会社に来た時、近所のおばちゃんが吸い殻拾いをしているのを見かけました。

 吸い殻が多く残っているのはマンション前が多く、「あそこは誰が拾ってるんだろう」と思っていたのです。

 そういったマンションに限って、管理はいい加減で、滅多に清掃員など来ないもの。その謎がようやく解けました。

 その姿を見てシンパシーを感じましたし、それだけで、ゴミ拾いの時の気分が全く違ったものになります。

 「ひとりではない」

 この意味がどれだけ大きいかを実感したのですが、同士は近所のおばちゃんでした。

 うっかりしていて、七夕が過ぎていることに気が付きました。

 受験を控える娘は、生垣の笹に短冊を。内容は書きませんが。

 2人でふざけていることもありますが、兄妹とも少し「やる気スイッチ」が入った感じがします。

 できれば、良い環境で成長して行ってくれたなら……

 そして、良い仲間が多く出来れば……

 ここは少し自戒の念も込めてですが。

 仲間、チーム、同志がいれば、粘り強さ、喜び、そして成功の度合いも、全く違ったものになってくると思うのです。

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取材大好き‐1602‐

 先週の土曜日は「回遊できる家」の取材でした。

 住宅誌のリフォーム特集ですが、9月末の発売予定です。告知OKとなれば、またここでお知らせします。

 もう少し晴れてくれれば良いのですが、梅雨時につき贅沢は言えません。

 出版社は概ね東京にあるので、ライターの方は朝5時に家を出たそうです。

 わざわざの大阪に来て貰ったので、取材は絶対成功させなければなりません。

 朝10時から取材開始です。

 前回の訪問は毎日放送『住人十色』の撮影の時で、昨年の2月でした。

 子供さんも慣れたもので、取材中は子供部屋(子供エリア?)で遊んで待っています。

 3番目の長女さんは年中さんで、お父さんにピッタリ。

 長男君が小4、次男君が小2、三男君が間もなく3歳です。

 2016年12月の撮影の時は、ラグの上でずっと寝ていた三男君。

 4人兄弟の末っ子君は、何と言っても逞しい。

 まさか自分が2歳だなんて思っていないのです。

 2階も皆で案内してくれました。

 ガラス瓦から光が落ちるこの風景は、何度見ても良いものです。

 一番奥にあるお父さんの書斎には小さな机が2つ。

 こちらのご夫妻はいつも子供が一番なのです。

 キッチン後ろの収納は、とても可愛いと「また」撮ってもらいました。

 奥さんはちょっと恥ずかしがっていましたが、私が入れ知恵しました。

 奥さんには申し訳ないのですが、工夫すれば自分にもできる、そんな写真を読者は見たいのです。

 このアングルも必須です。

 カメラマンの男性は関西の方で、兎に角子供に優しい。

 こんなサービス精神で、撮れる画は確実に変わってくるものです。

 面白い構成なので、勉強している写真も撮ってみましょうかとなりました。

 色々な人に撮って貰いましたが、カメラマンの一番の仕事はやはりアングルを探すことだと良く分かります。

 建築は設計、建築会社、そしてクライアントとの共同作業で出来上がります。

 こちらの奥さんはいつも謙遜されるのですが、とてもセンスが良いのです。

 フローリングに合わせて選んだこの飾り棚。

 実はは衣類入れで、上から長男、次男、長女、三男となっています。

 新たに加わっていたこのプランター置きも、よく合っています。

 ティッシュボックスも木で揃え、撮影時はティッシュ自体を箱の中に押し込んでくれていました。

 非常に細やかな気遣いができる方です。

 しかし大らかな人で、ちょっとくらいの落書きで雷を落としたりはしません。

 落書きしたその日は、小さな雷鳴くらいはあったかもしれませんが(笑)

 この洗面の右の水栓は、子供さんが使いやすいように手前、横に付けました。

 これも奥さんの要望から位置を決めたものです。

 「子供たちといつまでも仲良く」というメインテーマがぶれたことは一度もありませんでした。

 そして、その通りの光景が広がっています。

 時には喧嘩することもあるでしょうが、思いは必ず実現します。

 また、それを現実のものとするのが私の仕事です。

 今回は面白いプラン特集ということで「回遊できる家」を見つけて貰いました。

 よって、メインの写真はみんなで走り回っている写真でしょうか。

 昨年の1月中旬にも『住まいの設計』の取材を受けて貰っているので、メディアに載るのは3度目です。

 ご家族は「上の2人は取材が大好きですし、守谷さんが居なかったらこの家はできていませんから」とまで言ってくれます。

 創り手冥利につきるのですが、私と会うまでに十数社の建築会社にプラン、見積りを出して貰ったと、この日初めて聞きました。

 そう聞くとその情熱が全てだとも思うのです。

 ただ、私と会ってみようと思ったきっかけは「誕生日が一緒だったから」と聞いた時はずっこけましたが、理由など何でも構いません。

 誰かを幸せにすることができれば、また必ず誰かが求めてくれるはずですから。

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雨のち曇り、そして青天井‐1601‐

 前回は、芦屋の「谷崎潤一郎記念館」と谷崎が暮らした「富田砕花旧宅」を訪れたところまで書きました。

 更に谷崎の足跡をたどるべく、阪神電車の魚崎駅まで移動してきました。

 住吉川の左岸を走る六甲ライナーに沿って、北に5分程歩いたところにあるのが「倚松庵(いしょうあん)」、別名『細雪』の家です。

 明治、大正、昭和を生きた文豪、谷崎潤一郎の代表作『細雪』の舞台となった旧宅です。

 六甲ライナーの工事のため、150m南の敷地から移築されたのが1990年(平成2年)のことです。

 阪神間では13件もの家に住んだ谷崎ですが、昭和11年から18年と、最も長く住んだのがこの家です。

 3人目の妻、松子は前夫との間に恵美子という娘が居ました。

 また、次女だった松子には三女、四女がおり、この倚松庵で一緒に暮らすことになります。


大阪船場の旧家、蒔岡家には美しい四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子がいました。

 幸子は、貞一郎を婿養子に迎えて芦屋に分家しているが、堅苦しい本家を嫌って雪子と妙子は、芦屋に居つきます。

 なかなか縁談が決まらない雪子、自由奔放に生きる四女の妙子らの、優雅な日常を、船場言葉で描いたのが『細雪』です。

 谷崎自身が貞一郎のモデルで、家族の日常をほぼそのまま描いた物語なのです。

 名作は一通り読んでいるつもりでしたが、未読だったようです。

 早速購入したのですが、読み始めから谷崎の世界に引き込まれていきます。

 文章が美しく、読みやすい。

 例えるなら、口当たりのやわらかい上質のワインのよう。芳醇といった言葉が、自然に浮かんでくるのです。

 この歳になって、大谷崎の筆力に感激したのです。

 エントランスを入るとすぐにあるのが応接室。最も登場場面が多い部屋でしょうか。

 谷崎は洋風好みだったようで、マントルピースがあり、ステンドグラスも見えます。

 隣合に食堂も机と椅子。

 一脚だけが当時のままとありました。

 反対に浴室は五右衛門風呂。

 祖父の家には五右衛門風呂が残っていたので、かろうじて現役経験者なのです。

 台所には面白いものがありました。

 これも当時の物で、冷蔵庫だそう。上の部屋に氷を入れる原始的なものです。

 管理の女性は65歳くらいでしょうか。

 「昭和40年くらいまでは、氷屋さんが毎日配達してくれたものですよ」と言っていました。

 私が生まれる少し前まで、そんな暮らしがあったのでしょうか。

 2階南東角の部屋は、三女雪子の部屋。

 一番奥にあるのは、奔放な人生を歩む四女妙子の部屋です。

 これは1階最奥にある和室の地窓。

 作品中でも、陽と陰を描き分けています。

 先に寄った「谷崎潤一郎記念館」では、生前の松子夫人のビデオが流れていました。

 かなりの年齢だったと思いますが、そのきりっとした話しぶりに品格と知性がにじみだしているようでした。

 エントランス脇の床に掛かる文字は、彼女の直筆とのことでした。

 自らの名にある松を、とても好きだったそうです。

 それで門の脇にはおの大きな松の木が植えられたのでしょう。

 奈良の志賀直哉旧居も素晴らしいなと思いましたが、私の中では双璧です。

 最終的には70歳の時、1956年(昭和31年)に京都の家を売却し、関西での生活を終えます。

 37歳、1923年(大正12年)の関東大震災でやむを得ず関西にやってきた谷崎は、当初関西を嫌っていたとも言います。

 しかし、食べ物の美味しさ、山と海を臨む阪神間を気に入り、作家として最も充実した時期を過ごすことになりました。

 『細雪』に至っては、場所と共に家まで作品にとって重要な役割をはたしています。

 建築と街に関わるものとしては嬉しくありますが、ピリッとした気持ちにもなります。

 ノーベル賞候補に何度もあがった文豪の半生を、2回に渡って勝手に分析しましたが、スケールが全く違うというのが実感です。

 巨匠、文豪はいつも興味の対象です。

 どんな世界でも青天井であるのは同じです。大雨のち曇りの、とてもモチベーションが上がった一日だったのです。

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噂の文豪の、危ない関係‐1600‐

 昨日は「災害級の大雨」という記事をみて、遠出はやめることにしました。

 九州南部では、残念ながらその通りとなってしまい……

 熊本は2016年の震災のあと、建物の危険度判定活動に参加しました。「水の国」を実感したのですが、今回の大雨もそろそろ終息に向かってくれれば良いのですが。

 阪神電車に乗って、芦屋までやってきました。

 阪急電車と共に、芦屋川の上に駅があります。

 南東へ歩いて10分程のところに「谷崎潤一郎記念館」はあります。

 絵でも観に行こうかなと探していると、あまりにもセンセーショナルなキャッチコピーに目を奪われたのです。

 1886年(明治19年)、東京の日本橋に生まれた谷崎潤一郎は、東京帝国大学に在学中の24歳のときに「刺青(しせい)」を発表。

 あまりに過激な描写で、なかなか注目されなかった作品でしたが、当時の流行作家・永井荷風に激賞され、一気にスターダムの階段を上って行きます。

 1923年(大正12)、37歳のとき箱根で関東大震災にあい、そのまま関西へ移住。

 その風土を気に入り、その後の21年の間に阪神間で13回も引越しを繰り返しました。

 京都にも別荘を持ち、この館の庭もそれをイメージしたものだとありました。

 『スキャンダル~噂の文豪~』のポップに全く恥じず、その私生活は凄いの一言でした。

 3度の結婚、人妻、妻の妹、息子の嫁と、女性への欲望を隠そうとしませんでした。むしろ、それらが執筆の原動力だったという切り口です。

 大谷崎とまで言われた、何度もノーベル賞候補になった文豪に失礼ですが、それよりもその私生活に興味深々でした。

 谷崎により興味が湧き、実際に暮らした家が近くにあると分かり、更に10分程東へ歩きました。

 ひとつ大阪よりの打出駅との間に、富田砕花旧居はあります。

 現在は芦屋市が管理しているとのこと。

 静かな住宅街に突然小振りな瓦屋根の家が見えてきました。

 詩人・富田砕花は岩手県の出身ですが、縁あって1984年に亡くなるまでこの家で暮らしたそうです。

 自然派の作家らしく、庭もあまり手を加えていません。

 母屋は戦争で焼失し、建てなおしたものとのことでした。

 それでも、昭和の雰囲気が色濃く残っています。

 もとは社会の先生だった方が、色々と教えてくれました。

 門の右にあった棟を角屋と呼んでいるそうですが、1階は砕花の資料展示室となっています。

 この角屋だけが戦火を免れたそうです。

 谷崎は、1934年(昭和9年)から1936年(昭和11年)までこの地に暮らし、この2階で「潤一郎訳源氏物語」を執筆したそうです。

 私が建築設計をしていると言うと、普段はみれないんだけどと、2階も案内してくれました。

 天井に引戸があります。

 それをスライド。

 のぞかせて貰いました。

 「窓がここしかないので、あの下で執筆していたのでしょう」と。

 好意に感謝し、ここを後にしたのです。

 谷崎の初めの妻、千代は従順な女性でした。しかし妹せい子は対照的に、奔放で小悪魔的な性格。せい子にのめりこんで行きます。

 谷崎の親友で詩人の佐藤春夫は千代に同情を寄せ、それが愛情へと変わって行きます。

 谷崎はそんな佐藤に、千代を譲るといいます。しかし結局せい子とは破局。佐藤との約束は反故にされ、絶交します。

 これが世に言う「小田原事件」ですが、形ばかりの夫婦に戻った谷崎は、自分たち仮面夫婦を題材とした「蓼食う虫」を執筆します。

 作品の完成後、千代は佐藤春夫と結ばれるという結末を迎えますが、「妻譲渡事件」と世間を騒がせたのでした。

 佐藤春夫の代表作「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」は千代への思いから生まれたものだと知りました。

 谷崎の「陰影礼賛」は建築の世界でも名著として知られています。

 軒の深い日本家屋の奥深くで、金襖や金屏風がほのかに光るさまに、谷崎は日本の美を見出だしたのです。

 陰があってこその光。人の人生も、光だけでは立体的に捉えることは難しい気がします。

 それでも昭和の文豪たちは、全くレベルの違う危ない関係だったのです。

 この日はここまでと思っていたのですが、「細雪」の舞台も訪れることにしました。

 続きは次回に。

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