小善は大悪に似たり‐1639‐

 前回は、二上山からの写真を何枚かUPしました。

 大阪平野を見下ろすと、目につく建物が色々あります。

 市内なら、やはり現在高さ日本一のあべのハルカス。

 左端は弁天町の大阪ベイタワー。元、オーク200です。

 南を見れば、富田林にあるPLの塔でしょう。

 遙か先にあるのがりんくうゲートタワービル。

 PLの塔はパーフェクトリバティー教団の平和記念塔ですが、ポツンと建っているのでよく目立ちます。

 先日近くを通ると、大規模な改修中のようでした。

 淡路島にある巨大観音像が荒れ放題という記事がでていました。

 維持するということは愛情に等しく、相応の覚悟がいるものだと肝に銘じておかなければなりません。

 そのPLの塔から西に行2km程行った所にあるのが狭山池。

 2009年の11月に訪れました。

 PLの塔と狭山池博物館の間に、小さく二上山が見えています。丁度見返している感じのアングルです。

 大阪に暮らして半世紀ですから、自分の居場所を見失うことはなさそうです。

 マガモの写真が残っていました。

 この時期、ため池には沢山の渡り鳥がやってきます。

 先日の朝、近所をジョギングをしていた時のこと。

 数羽のハトが、何かをついばんでいました。

 ハトは平和の象徴と言われるくらいですから、何となく穏やかな気分になります。

 ちょっと近づいてみると、更に数羽のハトが飛んできました。

 そうこうしているうちに、大群のハトが舞い降りてきて、取り囲まれてしまいました。

 鳥の祖先は恐竜とも言いますし、ハトとは言えちょっと怖いくらいだったのです。

 どうやら、朝ここでエサやりをしている人がいるようです。

 IBMの社是には、以下のような話が載っているそうです。

 北国の湖の畔に心優しい老人が住んでいました。湖には毎年雁の群れが飛んできて冬を過ごします。優しい老人はいつとはなしに餌を与えるようになりました。

 来る年も来る年も老人は餌を与え続け、雁の群れも越冬の糧とするようになりました。

 ある年、雁の群れが老人に餌を貰おうと水辺で待っているのですが、老人はいつまでたっても現れません。すでに亡くなっていたのです。

 その年に寒波が襲来し、湖が凍結してしまいました。老人が現れるのをひたすら待ち、自分達で餌を捕ることを忘れた雁たちはやがて皆餓死してしまったのです。

 社是には「IBMではこのような社員の育て方をしません」と書かれているそうです。

 京セラの名誉会長の稲盛和夫さんから教えて貰った話ですが、ここから「小善は大悪に似たり」という考えに行きついたそうです。

 著書等にはここまででしか書いてありませんが、実際の講話では「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」といつも言われていました。

 大善は非情に似たり

 そうでなければ、誰もがガンジーでマザー・テレサなので、心から納得できます。

 この都会で、ハトにエサをやらずともそう餓死することはないはずです。

 「あげる」という行為には、生への敬意が含まれていないといつも感じるのです。

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『homify』5月7日「碧の家」掲載
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『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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そこに山があるからさ‐1638‐

 そろそろ年賀状の準備をと思い、写真を見返しました。

 しかし家族4人の写真が全く無し。

 娘が6年生で、旅行にはあまり行けずの1年でした。

 ということで、金剛山地北端にある二上山(にじょうざん)へ。

 奈良盆地から大阪平野に注ぎ込む大和川のすぐ南にある、「ふたこぶらくだ」のような山と言えば分かって貰えるでしょうか。

 高い方が雄岳、低い方が雌岳。雄岳でも517mという高さです。

 すぐ南に日本最古の官道、竹内街道が通っており、橿原へ抜けるメインストリート脇に位置します。

 秋晴れの下、雌岳山頂から東を見ると、奈良盆地から大峰山系を望む素晴らしい景色。

 登り30分、下り20分という記載を見て気楽に訪れたのですが、想像より大変でした。

 大阪側の麓にある太子町からアプローチします。

 結構な標高まで車で登ることができるのです。

 二上山登山口に車を停め、登り始めました。

 高松塚古墳の石棺も、ここで切り出されたものです。

 縄文時代、サヌカイトは矢じり等として使われましたが、それらも採れる重要な石の産地だったのです。

 岩屋の石窟寺院は8世紀に創られたものです。大陸からの影響が色濃く表れています。

 1つ前の写真で横たわっているのは、樹齢600年岩屋杉とありました。

 先に進むと、だんだん勾配が急になってきました。

 子供達2人は急斜面をスイスイと小走りで登っていきます。

 仕事が……などと言っておらず、もっと鍛えなければと痛感したのです。

 盛りとは言えませんが、まだアザミが咲いていました。

 「花ならアザミ」は志水辰夫の小説。この花をみるといつも思い出します。

 真っ赤な花弁をつけているのはツバキでしょうか。

 目で救われるのです。

 丁度30分で雌岳の山頂に到着。

 大人にとっては大汗ハイキングとなりました。

 しかし景色は最高です。

 東には大和三山を望みます。

 一番左は耳成山でしょう。

 少し下った万葉広場からは、西の大阪平野が一望できます。

 右から六甲山地、左からは淡路島が大阪湾へせりだしているのがよく分かるのです。

 遠くは明石海峡大橋まで見えていました。

 気候も丁度よく、家族写真を撮り終え、山頂での束の間の時間を楽しんだのです。

 午後には娘の塾があり、少しルートを変えて下り始めました。

 鹿谷寺(ろくたんじ)跡を目指したのですが、ちょっとしたロッククライミングくらいの険しさです。

 10分くらいで到着。

 こちらも8世紀に創られたものと言われていますが、十三重の石塔は風化が進み、逆に凄みを感じます。

 塔全体が岩の中から削り出されたものと聞けば、もう恐れいってしまうのです。

 日本最古の貨幣である和同開珎が発見されたのもこの周辺とのこと。

 昨秋、近つ飛鳥博物館へ行ったのですが、この石塔のレプリカだったとようやく分かりました。

 日本最古の石窟寺院とある割りには、保護の仕方がやや乱暴な気もします。

 石窟内をのぞいてみました。

 何とか仏像の姿を確認することができました。

 1300年前の手跡が残っていることと、石が風雨だけでここまで削り取られることの両方に驚嘆します。

 勿論のこと信仰対象だったのですが、娯楽の少ない時代、ここでの景色、体感は最高のアトラクションだったと想像します。

 官道1号線沿いでアクセス抜群。大和国最大のテーマパークだった、といったところでしょうか。

 私はどちらかと言えば平地派です。

 街歩きは何時間でも、何日でも全く苦になりません。

 それでも気分爽快だったので、子供に「山登りもいいな」と言うと、長男が「そうやなあ。でも、なんで登るかは分からへん」と。

 「そこに山があるからさ」

 と言うと笑っていましたが。

 人は困難を望む生き物です。

 そうでなければ、結婚も、子育ても、仕事も、勉強も説明がつかないないことが多すぎます。

 「山=困難」としてみます。

 使い古されたフレーズですが、人間と人生の本質をついているからこそ、愛されているのだと思うのです。

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沖縄へ届け!我が社の税金‐1637‐

 1週間前、首里城が炎上する衝撃的な映像が飛び込んできました。

 いまだ原因は特定されていないようです。

 「家族で47都道府県制覇」というテーマで、日本全国を旅してきましたが、私が唯一行ったことがなかったのが沖縄でした。

 車や船の旅が好きで、なかなか縁が無かったのですが、2017年の2月に初めて訪れました。

 折角の機会なので、レンタカーは黄色のビートル。

 青い海、青い空、からっとした空気と、沖縄好きの人達の気持ちがようやく少し分かりました。

 ゆったりとした時間の流れ、そして食べ物も、沖縄の魅力。

 到着してすぐに食べた、ソーキそばと沖縄そば。

 あっさりしているのに、驚く程美味しかったのです。

 三線ライブのある店では海の幸。

 海ブドウ。

 名前は忘れてしまいましたが、魚のから揚げも素晴らしかったです。

 2日間の行程でしたが、首里城は初日に訪れました。

 小高い丘の上にあります。

 いくつかの門をくぐって正殿へ。

 旅先での写真は、できるだけ美しく撮るように心掛けていますが、このカットには少し焦りが……

 普通なら真正面に入るのですが、少し右にずれています。

 また、前後の写真が晴れている通り「もう少し待てば晴れ間がのぞくかも」と思いながらシャッターを切ったことを覚えています。

 今考えると悔いが残るのです。

 国も県も再建へ向かうと言っていますが、4、5年で元通りということはないでしょう。

 人生の時間は限られています。人だけでなく、物とも一期一会なのだと改めて痛感しました。

 琉球王国は俗称で、正式には琉球國(りゅうきゅうこく、ルーチュークク)だそうです。

 その琉球國の中心であった首里城ですが、今回の火災で、石垣に大きなダメージが残ったという報道もありました。

 首里城南西にある、金城町石畳道。

 戦禍を逃れ、500年前から残るものだそうですが、、石の古び方はカンボジアのアンコール・ワット遺跡あたりを思わせるものがあります。

 建築においても、明らかに本土とは違うものがあります。

 琉球國は、わずか140年前の1887年(明治12年)まで、日本とは別国家だった訳です。

 近年の諸外国における独立運動を見ていると、多様性という意味においては成功例のひとつと言えるかもしれません。

 首里城再建に向けて、自分が出来ることは何だろうと考えます。

 直接的には寄付や沖縄へ行くことでしょう。間接的には懸命に働いて納税することでしょうか。

 税収の半分を占める取得税の4割を占めるのが法人税です。

 「届け!わが社の税金」なのです。

 盛和塾塾長であり、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんに「しっかり利益を出して、納税するということは、素晴らしい社会貢献だ」と教えて貰いました。

 「税金が高すぎる」とか、「どうせろくな使われ方をしない」とかいう言葉は良く聞きますが、こんな当たり前のことをはっきりと教えてくれたのは稲盛さんだけでした。

 世界を代表する、また日本を代表するIT企業が、合法であるにせよ法人税を全く納めていないと聞くと、違和感を感じます。

 「税金を納めたくない=利益を出したくない」

 こんな単純な式の説明が、まさかトップエリートに必要なはずはありませんが、結局のところ成功は王道にしかないのだと思います。

 勿論のこと、ルーズで済まされるようなことでもありませんし。

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深き秋、良心が発露する‐1636‐

 今日は文化の日の振り替え休日。

 11月に入り、秋の深まりを感じます。

 こんな日には、THE POLICEの「Every Breath You Take (見つめていたい)」を聴きながら車を走らせていると、最高に気分が良いのです。

 言わずと知れた大ヒット曲ですが、1983年のリリースでした。

 私は中学一年生で、洋楽をよく知る、ちょっとませた友達が沢山いました。

 そのうちの一人がそのレコードを学校に持ってきましたが、何とも大人びて見えたものです。

 文化の香りを感じつつも、そこは秋の池原ダムへ。

 紅葉にはまだ早いですが、ススキは穂をつけていました。

 春とともに最も気持ちのよい季節になりました。

 今日は数は釣れるものの、サイズアップに苦労しました。

 今年は大雨の影響で水位が高く、枝が水面に覆いかぶさっていてなかなか思うように責められないのです。

 しかしそのオーバーハングの下を、スキッピング一発で食わせました。

 かなり細いラインだったので、ゆっくり湖の中央まで引っ張り出し、慎重にやり取り。

 50cmちょっと。

 コンディションのよい魚でした。

 魚はすぐに湖へ返すので、ただ釣っただけで大阪に戻ってきます。

 しかし、それで十分満足なのです。

 仁徳天皇陵が今年世界遺産に登録されました。

 仁徳天皇は313年から399年の長きにわたって在位し、聖帝と言われます。

 大和の国から初めて難波高津宮に都を移しましたが、民家のかまどから煙が立ち登らないのを見て、貧困を感じとります。

 そして3年間、徴税を禁じるのです。

 高き屋に登りて見れば煙立つ

 民のかまどは にぎはひにけり

 「新古今集」で詠まれた通り、民の暮らしは豊かになったのですが、さらに3年徴税の中止を延期しました。

 宮殿は雨が漏り、衣服は破れるまで使ったとされます。

 「まつりごとの基本は民。民が富まねば天子である私も富んだことにはならぬ」

 寝屋川の氾濫を抑えるために茨田(まんだ)の堤も築きました。これらが聖帝と言われる所以です。

 ここまでの広い視野と、他者の幸せを願っているかと言えば否です。

 しかし、自分の家族だけが良ければよいとも思っていません。

 それが社会性=良心なのだと教えて貰いました。

 秋深き隣は何をする人ぞ

 俳聖・芭蕉、最後の俳席での句だそうです。

 秋は収穫期でもあり人恋しい季節でもあります。良心が発露しやすい時期なのかもしれません。

 家に帰る道すがら、その時間の有り難さや、この豊かな日本、また大阪に暮らす幸せを感じます。

 大阪の繁栄の礎を築いた仁徳天皇ですが、皆感謝の気持ちで御陵の築造に飛んできたことでしょう。

 幸せになりたければ、やはり誰かを幸せにするしかないのです。

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100物語で物街大好き‐1635‐

 今日10月31日がハロウィン。

 第4木曜日などでなく、日にちで決まっているようです。

 悪魔を追い払うため、あちこちにカボチャが飾られていますが、日本でもかなり定着してきた感じ。

 日々が楽しくなるなら、大いに結構なことだと思います。

 私が住む大阪市平野区の西隣は東住吉区。

 大阪市は明治22年に東区、西区、南区、北区の4区体制でスタートしました。

 中央区を別にすれば、昭和49年に東住吉区から分かれた平野区は最も新しい区のひとつ。

 大阪都構想は4区案が軸のようで、100年以上かけて元に戻るというのも、何とも複雑な気分です。

 東住吉区の北端に「杭全」という交差点があります。

 「くまた」と読むのですが、5差路の大きな交差点で、自転車用エレベーターもあります。

 関西ローカルの名物番組「探偵ナイトスクープ」でこの交差点の信号が、いかに大きいかを取り上げていました。

 現在は普通の大きさになっていましたが、おそらく20年くらい前にヤンキースのセイキがレポートしていたと思います。

 「松本人志、局長に就任」というニュースを見て、その映像を思い出しました。

 それくらいしか観たことが無いからですが、あれだけ働き、さらに既存の名物番組に出演とは、口が裂けても忙しいだなんて言えないのです。

 東住吉区のwebサイトに「東住吉区100物語」というページがありました。

 区民に愛着を持ってもらうため、様々な「ものがたり」を思いのある人達が編み上げた、とあります。

 これが興味深く、まず「模擬原子爆弾投下跡地之碑」に目が行きました。

 原子爆弾はその威力があまりにも大きく、爆撃機の退避訓練を実戦で行ったということです。

 同じ大きさの爆弾を作り49発を日本に投下。死者400名、負傷者1200名の被害があったことが、50年後の国家機密公開で分かりました。

 そのうちの1発が、東住吉区の田辺に投下されていたという、ぞっとする話なのです。

 「ボォーン」という音が聞こえた方向をみると、大きな木立が見えます。

 行ってみると「法楽寺」というお寺でした。

 住宅街に突如現れる広い境内に、立派な三重塔があります。

 その脇にあるこの鐘が打たれたのでしょう。

 憩いの場という趣きで、参拝者で賑わっていました。

 同区には「針中野」という駅があります。

 これは平安時代に設立された中野鍼灸院(なかのしんきゅういん)から来てきます。

 一子相伝で43代続いており、41代が近鉄南大阪線の開通に尽力したお礼として駅名を「針中野」としたそう。

 南海平野線が開通した際には、中野駅から鍼院まで7ケ所の道標が建てられ、今も残っています。

 これらも「中野のはり」というページで紹介されていますが、何ともプライベートな駅だったのです。

 吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え

 村田英雄が歌う「王将」で知られる、将棋の名人坂田三吉も昭和18年からの最晩年に東住吉区に転居してきたともありました。

 「東住吉区100物語」のような試みは、どの市町村のサイトにもありますが、ここまで作り込まれているのは、やはり愛情の賜物だと思います。

 隣街ですが随分と好きになりました。

 そう考えると、私が知らない街へ行きたいのは「知らない街⇒知っている街」としたいからかもしれません。

 「将棋の駒に 賭けた命」の気持ち、私なりに分かる気がします。物は何も強要してきませんし、手を掛ければ掛ける程よくなるのですから。

 こんなことを書くと寂しい人間だとお思いでしょうが、物街大好きで、結構楽しくやっているのです。

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毛馬水門から知る事実‐1634‐

 今日は秋晴れで、気持ちの良い一日でした。

 近くに所用があったので、毛馬水門辺りを初めて歩いてみました。

 向かって右の上流側を望むと、琵琶湖から豊かな水が供給されていることがよく分かります。

 四大文明が全て大河の畔で発展したように、飲み水としてだけでなく大河は重要な流通路でもありました。

 堤防の上に「蕪村生誕地」の石碑がありました。

 春風や 堤長うして 家遠し

 芭蕉らと共に江戸時代を代表する俳人である与謝蕪村は毛馬村の出身でした。

 春の海ひねもすのたりのたりかな

 教科書にも出てくる句ですが、大阪らしいユーモアが含まれている気もしてきます。

 その句碑が見下ろす先にあるのが「淀川大堰」です。

 水道水、工業用水の確保が目的で、少し上流にある柴島浄水場から各家庭に上水が届けられているのです。

 日本最大級の潮止、取水堰なのです。

 「平野区史」からの抜粋なので、大和川にフォーカスされた資料ですが、一番上の淀川が毛馬あたりでまっすぐに付け替えられたことが良く分かります。

 かつて淀川は、下流部で大川・中津川・神崎川に分派し、度々大きな水害を起こしていました。

 1886年(明治29年)に、大規模な淀川改修工事が始まります。

 そして1910年(明治43年)に、大川に流す水量調整等を目的とする「毛馬洗堰」が完成します。

 ほぼ同じ位置にあるのが、現在の毛馬閘門(こうもん)と毛馬排水機場。

 左(上流側)にあるのが毛馬閘門です。

 淀川改修工事の際、淀川と旧淀川(大川)との高低差が1mできました。

 その高さを調整することが閘門の大きな役割です。

 四大文明の例を引くまでもなく、水運の重要度は現在の比ではなかったはずです。

 毛馬閘門から南の大阪城側をのぞいてみます。

 現在は砂利の採取船が通るのみですが、1962年(昭和37年)までは貨物輸送船が通っていたそうです。

 ここは小さなパナマ運河だったのです。

 これは今春の写真ですが、水のエレベーターで1m降りた船は、大川を下り桜の名所となった造幣局の前までやってきます。

 中央右手に見えるOBPのビル群手前で、寝屋川、第二寝屋川と繋がります。

 更に大阪の奥深くまで荷を運んでいたのです。

 毛馬洗堰のモノクロ写真を上げましたが、右端の3門は現在の毛馬排水機場の南に残っています。

 更にその南には、「毛馬第一閘門(旧毛馬閘門)」も。

 こちらは上流側のゲート。

 ここに水を貯め。

 下流側の大川へと船を送り出していました。

 右の煉瓦壁に、高い位置と低い位置に「係船環(けいせんかん)」があるのが見てとれるでしょうか。

 1974年(昭和49年)まで現役だったそうです。

 これらは2008年(平成20年)に洗堰と共に重要文化財に指定されました。淀川の治水は明治、大正、昭和にかけての一大事業だったのです。

 信玄堤もそうですが、水を治めたものが世を治めました。

 氾濫を繰りかえす旧淀川、旧大和川を味方につけた、もっと言えばそれらの影響を絶対受けない位置に大坂城を築いたから秀吉は天下人となり得ました。

 しかし淀川と大川に1mの水位差があるということから、淀川が天井川に近いものであることが分かります。

 大和川も秀吉が始めた付け替え工事が江戸時代に完成したものですから、川底を深く掘り下げたものではありません。

 10月中旬の台風19号の爪痕が残ったままの関東で、先週末は21号の影響から、再び千葉で河川が氾濫し人命が奪われました。

 税が必要なら、消費税を上げて貰っても構いません。

 乱暴に言えば、治水においては、昭和、大正、明治、江戸の遺構を使っているとも言えるのです。

 大型台風の度に多くの死者がでるという現実は変えようのない事実です。天下人や三の丸、上町に住む人だけが安全な都市計画では何の意味もありません。

 民間に瑕疵保険、耐震性能、省エネ性能を求めるのと、せめて同じ厳しさで、国も大阪も本気で治水に取り組まねばならない時代に入りました。

 無用に不安をあおるつもりはありませんが、淀川は大川より1m上に流れているのです。

 繰り返しになりますが、お守りのつもりで人数分のライフジャケットを家に置いて欲しいと思うのです。

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変わるOSAKA、変わらない大阪スタイル‐1633‐

 先日、ミナミへ出たついでに少し歩いてきました。

 天王寺が一番近い繁華街ですが、ミナミも電車で30分圏内です。

 キタも同じようなものですが、ミナミに対してはどこかで「我が街」と思っているところがあります。

 千日前商店街を北へ向かって歩くと、東西に流れる道頓堀川にぶつかります。

 訪日観光客数が、ついに東京を抜いてトップになったという記事を目にしました。

 確かに10年前では考えられない程、外国人が歩いています。

 考えてみれば、大阪ほど安上がりで楽しめる街はそうないかもしれません。

 いくら観光客相手とはいえ、たこ焼きが千円することはないでしょう。

 火災の後、特例で以前の街並みを再現した法善寺横丁も、苔むした水不動尊も、海外の人からみるとエキゾチックな風景だと思います。

 千日前商店街を北に向かって歩いていると、凄い行列がありました。

 ざっと見た感じで100人レベル。

 お好み焼きの「美津の(みづの)」でした。

 2010年の11月に妻の友人が来阪した際に訪れました。

 「確かに美味しかったもんな」と思い出していたのです。

 名物の山芋焼き。

 いくら人気店と言っても、お好み焼きなので1万円することはないでしょう。

 渦巻きお好み焼き、焼きそばといずれも絶品でしたが、この様子では当分無理かもしれません。

 そのまま「美津の」を通り過ぎ、道頓堀商店街まで出てきました。

 ここはいつも通りの賑わいです。

 少し目線を上に上げると、地味な遊園地より余程カラフルで刺激的。

 このSNS時代。大阪の価値はさらに上がったのかもしれません。

 もう至る所がインスタ映えですから。

 ビリケンさんのようにも見えますが、ここに居て問題があるのか、ないのか……

 「くいだおれ」という店は無くなったが「くいだおれ太郎」は健在という、この商魂たくましい街が大阪なのです。

 2010年11月に、道頓堀を歩いた時の写真がありました。

 「ずぼらや」の看板が写っていますが、9年でここまで変わりました。大阪はOSAKAとなったのです。

 写っている子供達がまもなく高校生ですから、おかしくはないかもしれませんが。

 大阪が人気観光都市になった理由として「人が温かい」「コミュニケーション好き(おせっかい)」というものがあります。

 勿論他の都市と比べればそれも大きいでしょう。

 旅行者にとって、「泊まる」と「食べる」は必須です。

 「泊まる」の質を上げようと思えば、高級ホテルに泊まれば良いのですが、「食べる」は少し工夫すれば大したお金を使わなくても、かなり満足できます。

 特に大阪においては。

 そう考えれば「食い倒れの街」に、観光客がこれまで少なかったことのほうが問題なのかもしれません。

 大阪が人気観光都市になったのは、「掛かった費用<満足度」この数式が成り立つからに他なりません。

 そう考えると、仕事のスタイルは大阪スタイルで良いのだと思えてきます。

 進歩、成長は必須です。しかし原理原則が変わることはありません。

 「安くて美味い」

 これの価値を超えることは誰にもできないと、我が街が示してくれたのですから。

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

多士済々、週5机寝社長‐1632‐

 日曜日は、夜7時前には家に帰って準備万端です。

 勿論ラグビーワールドカップを観るためです。

 しかし、残念ながらの日本代表の挑戦はここで終わりました。

 南アフリカは非常に強く、日本は田村のキックによる3点のみ。

 しかし、ボディコンタクトのあるスポーツで、日本がここまで勝ち上がってきたことは、素晴らしいの一言につきます。

 「このチームが大好き。負けたことよりもW杯が終わった悔しさがある」というコメントもありました。

 最高レベルにある仲間と、世界の舞台で戦う姿を見せて貰ったことに感謝しかありません。

 次は自分が頑張る番です。

 先週の金曜日、石切にある「ホテルセイリュウ」へ行ってきました。

 石切は東大阪市の東端。

 生駒山の麓にありますが、登りに入った近鉄奈良線が目の前を通ります。

 いつ建ったのかは確認できませんでしたが、2007年に亡くなった黒川紀章設計とのことでした。

 代表作は、中銀カプセルタワービル、ミッドタウンにある新国立美術館。ラグビー日本代表がサモアを撃破した豊田スタジアムも彼の作品です。

 クアラルンプール国際空港などもそうで、世界レベルで活躍した建築家なのです。

 何と言っても、大阪平野を見下ろすロケーションが素晴らしいホテルでした。

 年末で解散が決まっている「盛和塾」ですが、塾生は基本的には各支部に属しています。

 私は縁あって「盛和塾<東大阪>」に所属させて貰いました。

 本体が解散なので勿論支部も解散しますが、形を変えて存続する支部も有ります。

 今後どうするかも含めての、合宿勉強会に参加させて貰いました。

 京セラ、KDDIの創業者である、稲盛和夫塾長の謦咳に触れたく集まった同志でもありますし、12年間所属したので愛着はあります。

 先輩塾生の「解散は『自立せよ』という塾長最後の教えである」という言葉もあり、今後は自分で勉強していくべきかなと考えていました。

 自分の会社であり、自分の人生です。いつまでも誰かが教えてくれるという甘えは捨てなければならないと思っています。

 東大阪塾は規模的にかなり小さいのですが、土地柄もあり、実に多士済々のメンバーが集まっています。

 創業者、2代目、3代目、4代目、メーカーに士業にサービス業。

 中でも、休み以外は殆ど机の上で寝て、風呂だけ家に入りに帰るという塾生も。

 「それは効率悪いよ」という意見もありましたが、その会社はその人が経営者になって、売り上げが4倍になりました。

 同じ能力なら、テンションを維持できれば、沢山働いた方が結果は上です。

 仕事はマラソンなので、体調を崩してはなんにもなりませんが。

 稲盛塾長の教えに「誰にも負けない努力をせよ」があり、私もそうは人に負けないくらい働いてきたつもりでしたが、週5をデスクの上で寝ているとは……

 もう絶句し、何か一回りして皆で大笑いしていました。

 仕事の効率化、余暇の充実が叫ばれ、実際、日本人の労働時間はそう長いほうではなくなっています。

 ただ生き残りたければ、勝ちたければ、誰にも負けないくらい働くしかありません。

 スポーツでトップになろうと思えば、体格なり、運動神経なり、ある程度の素養が必要です。

 しかし、週5机寝さんの結果を見て、改めて仕事に才能は関係ないと思いました。

 決して才能がないという意味ではありませんので。

 「これぞ日本男児」と言えば語弊があるかもしれませんが、色々な国へ行ってみて、粘り強さはやはり日本男児のストロングポイントだと思うのです。

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香港・マカオの旅④ <さよなら香港、人と街と建物編>‐1631‐

 月、木、金とUPした「香港・マカオの旅」ですが、今回で最終回です。

 4日目、10月14日(月)は朝早くにホテルを出ました。

 前日のデモ時は地下鉄が運休したので、動かない可能性もあると思っていました。

 チェックアウトを済ませモンコック駅に向かうと、交差点にはパンクし、落書きされたバスが放置されたまま。

 警察がやってきたところでした。

 バリケード跡などは残っていますが、地下鉄は動いているよう。

 しかし、火はいけません。

 モンコックから一駅南のヤウマティまで移動。シャトルバスでカオルーン駅へ向かいます。

 そこからエアポート・エキスプレスで30分程。

 スムーズに空港までやって来れました。

 脱出は大げさですが、まずは空港にたどり着きほっと一息です。

 香港国際空港は世界屈指のハブ空港で、そのスケールは凄いものがあります。

 全番号のゲートがある訳ではないにせよ、500番台には驚きます。

 設計は、サー・ノーマン・フォスター。

 どうりで格好良い訳です。

 チェックインまで済ませれば更に一息。

 ちょっとゆっくり朝食です。

 「点心」の文字がある店にしました。

 メニューでロブスターとエビが入っていることまでは分かりましたがそこまで。

 兎に角熱く、かつとても美味しかったです。

 こちらも「お勧め料理」の中にあったもの。

 貝は分かりましたがその他は分からずですが、素晴らしく美味しかったのです。

 四川料理と北京料理は食べましたが、上海料理、広東料理なども機会があれば是非食べてみたいものです。

 100%満足し、機上の人となりました。

 香港は、神戸とニューヨークとホーチミンを足して3で割ったような街でした。

 マーケットの種類は香港が一番だったでしょうか。

 庶民の料理も色々食べましたが、麺よりワンタンかお粥です(笑)

 現代建築は、目を見張るものがあります。

 カオルーン南東部にあるザハ・ハディド設計の香港理工大学は、完全に映画の世界レベルです。

 エントランスで圧倒されてしまいます。

 アンビルドの女王にビルドさせる訳ですから、どれだけ香港が裕福かが分かります。

 建築というよりは、巨大な高級車といった感じ。

 旧警察本部や監獄をリノベーションした「大館」は香港島の中環(セントラル)エリアにあります。

 設計はヘルツォーク&ド・ムーロン。

 こちらの外壁は、元のレンガのサイズに合わせてデザインされているそうです。

 展示は現代美術なので、それらを邪魔する訳にはいきません。

 見せ場はほぼ階段しかないのですが、その階段が凄い。

 「階段を狙え」は日本の巨匠、村野藤吾の言葉だったと思いますが、機能あるものをアートのレベルに高めています。

 ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品は初めてだったのですが、流石に世界でトップを走る実力は伊達ではありません。

 2度も3度も美味しいのが香港です。
 

 100万ドルの夜景は、定番ですがビクトリア・ピークから。

 高い建物が苦手なのが一番の理由です。

 I・M・ペイ設計の「中國銀行ビル」には何度も触れました。

 実はライティングも秀逸でした。

 強調された光のラインが付いたり消えたりする単純なものですが、それが余計にインパクトを与えています。

 香港に居る間、この高層ビルが気になって気になって仕方がありませんでした。

 こちらは香港名物、竹の足場です。

 工事をしている所は一度も見れませんでしたが、本当にこれで工事をするのでしょう。

 狭い土地の中で少しでも大きくと、古いビルは何とか張り出そうと必死の形相です。

 新しい建築が張り出していないところをみると、法的にはアウトなのでしょう。

 しかしこの張り出しが、まるでアーケードのような役割をしており、雨の日はとても有効。街を歩く人に優しいのです。

 乗り物はトラムが一番気に入りました。

 2階建てチンチン電車ですが、のんびりと風を感じながら乗っていると、つい居眠りしてしまう程。

 デモは激化する一方なのは聞いていましたが、今すぐの天安門事件のような状態になることはないと判断し、渡航しました。

 しかし、実際に警察がデモ隊を本気で追う姿をみると正直ドキドキしました。

 余程の事があってもゴム弾しか使わないようで、私も行くことに決めたのですが、それは現地とて同じ。

 警察が舐められている感は否めませんでした。

 旅の友はCANONの5DMARKⅡですが、一緒に随分色々なところへ行きました。

 それなりに重いですが、いざというときは武器にするくらいの覚悟はいつもしています。

 2016年と比べると一気に老眼が進み、マップの小さな文字が読めずでかなり慌てました。

 建築マップに付いていた、ルーペ付きしおりを持ってきて本当に助かったのです。

 いまさらハズキルーペを買うのもやや気恥ずかしいので、空港にあったルーペ眼鏡?を購入しました。

 新しく旅の友になって貰います。

 私が体感したことのない国が、まだまだいくらでもあります。

 旅の直後はいつもですが、出掛ける気力と英語を勉強する気力が満々なのです。

 来年、子供の受験が終わったら皆で海外へ出ようかという話になりました。

 今回のサブテーマは「僕らの深夜特急」です。

 沢木耕太郎のこの小説に触発され、海を渡った人はどのくらい居るのでしょうか。久し振りに第1巻を読み返してみました。

 あとがきの対談で、海外へ出る適齢期は26歳と結ばれていました。

 私が海外へ初めて出たのは24歳なので少しずれがありますが分かる気がします。

 子供にも、自分が稼いだお金で、1ドルを惜しんで旅して欲しいと思うのです。

 ただ、もし娘が行きたいと言ったら、行って来ればと言えるのか……

 まだそれは先なので考えないでおきます。

 これにて香港・マカオの旅はおしまい。旅日記はつい長くなってしまい失礼しました。

 次回はウィーンかアムステルダムかニューヨーク再訪か。またここでお付き合い下さい。

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香港・マカオの旅③ <美食の都と動乱編>‐1631‐

 3日目の10月13日(日)は、朝からチョンキンマンションへ。

 「深夜特急」で、沢木耕太郎が一番はじめに泊まったゲストハウスのあった建物です。

 外からみる分には、さほど怪しさはありませんが、ここでの珍道中から「深夜特急」は発車したとも言える場所で立ち寄ってみました。

 クライアントにバックパックの旅の達人の様な方が居て、「両替はやっぱりチョンキンマンションが一番レートがいいですよ」と。

 実は前日も朝一番に来たのですが、両替屋が2軒しか開いてなく、空港と差ほどレートが変わらなかったのです。

 この日は9時頃に行ったので、数軒開いていました。

 全ての店を見て回りましたが、昨日両替した店が一番レートが良く、1ユーロが8.62香港ドル。

 時間帯によって、レートを変えているようです。商売なので当り前と言えば当たり前。

 他国のお札は何かおもちゃのお金みたいに感じるのは私だけでしょうか。

 フィンランドへ行った時のユーロがそれなりに残っており、ちょっと多めに替えておきました。

 香港島北岸の銅鑼湾(コーズウェイベイ)へ。

 近代的な街並みにショッピングセンターが建ち並びます。

 目的地はここ、南北樓(ナンペイロウ)。

 開店一番乗りの11時半に行き、写真も撮らせてもらいました。

 ブルース・リーの主演映画「死亡遊戯」の舞台になった場所と知り、ここにしたのです。

 なかなか趣きのある内装で、格子天井に施された彫刻は、中国らしい意匠でかつ繊細。

 女主人は、「ここをブルース・リーが降りてきた」と教えてくれました。

 長らく観ていないので、一度レンタルしに行かなければなりません。

 映画の舞台というのもありましたが、四川料理の老舗で、エビチリが絶品とガイドブックにあり、それならと奮発してみました。

 麻婆豆腐は、胡椒がかなり効いた大人味で、反対に青椒肉絲(チンジャオロース)は甘めに仕上がっており、どちらも抜群に美味しかったです。

 ただ、エビチリは「魚介類の食べ方を一番分かっているのは日本人」という概念を完全に覆されるほど、確かに絶品でした。

 大振りのエビを、白い皿の中央に乗せて、フォークとスプーンでじっくり味わって食べたい程、と書いて伝わるでしょうか。

 1匹のエビが、完全にメインディッシュになるボリュームとクオリティなのです。

 もう脱帽でした。

 お値段はひとりで1万円くらいでした。

 食後、スターフェリーでのんびりと九龍(カオルーン)へ戻ります。

 ホテルのあるモンコックあたりには、沢山のマーケットがあります。

 遠方から訪れていたので、この日は近場回り。

 日曜日だからか、南方系らしき人達が所狭しとシートを広げ、声高におしゃべりをしています。

 これが何かのイベントなのか、それとも都心部ピクニックみたいなものか、結局よく分かりませんでした。

 一旦ホテルに帰り、少し昼寝をして街へ出ると、物々しい雰囲気になっています。

 香港政府が進める「逃亡犯条例」に反対するデモが激化の一途をたどっている状況です。

 さらにこの週は「覆面禁止条例」が制定された後、はじめの週末ということで、何かは起るだろうとは覚悟していました。

 モンコックが大阪で言えば梅田とするなら、海沿いの繁華街がサムサアチョイは難波のような位置関係です。

 それらを繋ぐのがネイザンロードなので、御堂筋のようなもの。

 そこに黒い衣服に黒いマスクをしたデモ隊がバリケードを築くのです。

 一番の理由は、イギリス統治時代を含めて、自由を奪われたくないという政府に対する反抗の意思です。

 しかし、地下鉄の券売機や改札や、中国よりの企業なども襲撃され、デモとうレベルから暴動という段階に入っています。

 SNSなどで呼びかけ、黒装束の彼らは街の至る所に散在しており、警察が追いかけてくればクモの子を散らすように逃げ、また別の黒装束がうやってくるという、いたちごっこ状態なのです。

 不幸にも実弾で亡くなった方も居ますが、基本はゴム弾と催涙ガスで、まったく恐れる素振りもありません。

 警察も至る所に待機していますが、逃げる方が有利なのはいつの時代も同じです。

 主張は分かりますが、皆暮らしと仕事があるので、バスや地下鉄を止められるととても困るのです。

 そんな中、多少気が引けますが、最後の夜は北京ダックを頂くことに。

 「鹿鳴春」は先程難波と表現したチムサーチョイにある北京料理店。

 北京ダックに関しては、香港で一番おいしいという評判だそう。

 前日ガイドブックで仕入れた情報ですが。

 丸焼きの皮だけを食べる店が多いのですが、こちらは身も厚めに切り分けてくれます。

 これを薄餅に甘辛味噌をつけ、野菜を巻き一緒に食べます。

 香港一という評判ですから、私の説明など一切不要。

 勿論のこと、これまで食べた北京ダックの中で断トツの美味しさでした。

 しかしこの量をまさか一人で食べきれる訳もなく、泣く泣く残して帰ってきました。

 こちらは1万円弱だったと思います。

 中国茶もさっぱりと香りがよく、想像以上に美味しかったです。

 茶柱も立っているし、明日も良い日になるはずだと店をでました。

 夜の9時頃、チムサーチョイからモンコックにも戻ります。

 まだバリケードも残ったまま。

 このエリア衝突も激しかったようで、その痕跡が残っています。

 やはり地下鉄の駅は閉鎖されているようで、少し北まで歩き、動いているバス路線があったので飛び乗りました。

 かなり混雑していますが、一駅分でもホテルに近付ければ御の字です。

 私は日本に生まれたので、彼らのフラストレーションの本質を知ることはできません。

 表現の自由が制限されるということがどういうことかも、言葉で分かっているレベルだと思います。

 1997年の中国返還から、「一国二制度」が限界に来ているのは、間違いありません。

 これまで自由の風を謳歌してきた香港の人達が不満を持つのは当然でしょう。

 これは極論です。

 「逃亡犯条例」は犯罪人引き渡し協定を締結していない国・地域の要請に基づいて、容疑者引き渡しを可能とするものです。

 犯罪を犯さなければ、何の問題もない訳です。ただ、これらを契機に、中国本土の取締となることの危惧は分かるのですが。

 新聞の社説でも、自由を勝ち取ろうとする香港の若者を見習うべきでは?といったものもありました。

 当たり前ですが、暴力、破壊から何も生まれないのは世の理です。群衆心理と言う言葉がある通り、そこのところは良く考えるべきだと思います。

 ルポライターの竹中労はこう言いました。

 人は、無力だから群れるの ではない。群れるから無力なのだ。

 町のおばちゃんが、デモ隊を大声で怒鳴りながら、バリケードに使われていた竹を放り投げていました。

 主義主張は理解できます。しかし、人に迷惑を掛けるのはやっぱりNGなのです。

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