サクラサク×2 突然の子育て終了‐2308‐

大阪城公園の桜は、3分~7分咲きといったところです。

最も個体差がある時期で、ほぼ満開の樹もありました。

我が家では満開のサクラが咲きました。

3月26日(木)の最終発表で、合格の吉報が届いたのです。

長女は夏にあった国公立の推薦試験で不合格になってから、東京の私学を第1希望に決めました。

志望校選びは、娘と妻で、得意不得意、問題の傾向、倍率、就職など、かなりリサーチしていました。

どんな受け方が最も合格しやすいかを調査する力は、妻にはえげつないものがあると思います。

最終的に、東京を2校、関西を2校受けたのですが、1回目の発表では、東京は1学部も通らず、関西のほうは全ての学部に合格していました。

第1希望のほうが偏差値は上ですが、関西は全て通っていたので「追加合格はあると思う」と娘にも家族にも伝えていました。

関西の私学は全て合格するが、東京の私学に全く届かないという微妙な実力になるほうが難しいと思っていたからです。

2月の合格の時に、タイトルを「ツバキサク」にしたのは、もう1回あるという願いを込めてでした。

合格が分かったのがこの時期なので、すでに入学金も授業料も振り込んでいます。

入学前のオリエンテーションにも参加し、気の合う友達ができたと喜んでいました。それで、合格が分かってから、どちらに行くか1日悩んでいました。

しかし東京へ行くことに決め、慌ただしく東京行きの準備を始めたのです。

これは昨夏撮った家族写真のうちの1枚。

長男は4月から4回生なので、東京暮らしも4年目に入ります。

もちろん下宿先も決まっていないので、一旦長男の下宿先に身を寄せることになりました。

下宿探しも長男が一緒に回ってくれることになり、親としては何ともありがたい限りです。

長男の中学受験では合格最低点と同点で合格。長女の時は、普段算数が50点しか取れなかったのに120点取って合格。

図形問題を消しゴムで測って答えを導き出すという、不正ギリギリの技術を駆使していました。

これらも、どの日程が子供に最も向いているかを、妻がかなり調査した上での結果だったと思います。

そして最後の受験は、例年3~4人しか追加がない、最終発表での合格でした。この確率はどんな数字になるのだろうと考えます。

「持っている」という言葉がありますが、大学受検において兄妹は「持っていた」と思います。「持っている」と思えるよう、仕向けてきた部分もあると思いますが。

関西の大学に通う時は、自宅からの通学となっていたので、まだまだ妻を頼る感じでした。

しかしこれからは1人暮らしになるので、我が家の子育ては、突然ここで終了となりました。

長女が妻に「子育て成功やね」と言っていました。

自分で言うな、という感じですが。

中学合格の時に続いて今回のタイトルも「サクラサク」としました。

2003年に2人で始めた暮らしは、2005年に3人になり、2008年には4人となりました。

そして2023年に3人となり、2026年に2人となります。

寂しくもありますが、それが自然の理です。本当に、良い春になりました。

色々なことがあると思いますし、不安もあるでしょう。

しかし、今は希望に満ち溢れているはず。自分の人生を全力で探して欲しいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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ありたい‐2307‐

春分を過ぎ、陽が長くなってきました。

天満橋から見る大川ほとりの樹々も、葉が元気を取り戻してきました。

谷町筋は天満橋で終わり、北側は天満橋筋に変わります。

最近気づいたのですが。

大川の北側を歩いていると、凛とした打ち放しのビルを見つけました。

すぐ南に川と緑がある、絶好のロケーションです。

見たことがあるなと思っていたら「TSビルディング」と表記がありました。

安藤忠雄の設計で1986年の完成です。

作家・堺屋太一のイニシャルをとってTSビル。

2019年にお亡くなりになっていますが、今も研究室のプレートがありました。

1階にはカフェが入っていますが、早朝の時間帯なのでCLOSED。

それで写真が撮りやすかったのは幸いでした。

アール状の軒が、写真で見るより美しかったのです。

最上階の6階は天井が高くなっています。

側面の屋外階段もダイナミックで、内部空間がとても気になります。

昨年の夏に、堺屋太一が織田信長と明智光秀を描いた「鬼と人と」を読みました。

経済企画庁長官まで勤めた、極めて多才な文化人ですが、この場所にアトリエがあったら筆も進むはずです。

本当にいい場所にあるなとジョギングしていたら、またまた見たことがある打ち放しの建物が。

2012年完成の上方落語協会会館。こちらも安藤忠雄の設計です。

この建物は、竣工寸前に日本建築家協会近畿支部だったかの見学会に参加しました。

現場監督が、安藤事務所と仕事をする苦労を繰り返し語っていたことを思い出します。

設計者と現場は利害が反対になることが多々あるので、どちらの言い分も分かります。

その中で、最大のパフォーマンスを出すことこそが仕事の神髄と言えるのですが。

しかし、流石安藤は良い場所に作品を残しています。

実は、1枚目の天満橋から撮った写真にTSビルディングの最上階が写っていました。

阪神百貨店の地下に人気のお惣菜店が集まるように、便利の良い場所には質の高い建築が増えるのが鉄則です。

都心部の風を感じ、自分のレベルを、組織のレベルを上げるために、中央区に越してきました。

1年が経ちましたが、果たして少しでも成長できたのか……

1949年(昭和24年)に日本初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の言葉です。

氏の言葉の「ありたい」という部分に謙虚さを感じます。

願うことが、全ての始まりにあるということも。


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青は「希望」の色‐2306‐

日曜日は、快晴かつ暖かい朝になりました。

散歩日和で中之島の東洋陶磁美術館へ。

すぐ西にある中央公会堂の存在感がありすぎて、あまり見ていなかったのが正直なところでした。

ただ、この増築部は凄いのひとことでした。

1982年に完成した部分も、2024年に完成したエントランス部分の増築も、日建設計の仕事でした。

元の館の西端を覆うようにガラスの箱が増築されています。

エントランス部は元外部です。

薄い屋根を、鉄筋コンクリートのR状の壁だけで支えています。

接している部分以外は全てガラス。

その解放感は別次元でした。

昨日まで特別展が開催されていましたが、見応え十分でした。

新石器時代・紀元前2600~2300年前、中国西北部の壺です。

4000年前の物がこの状態で保存されていることに、焼き物の凄みを感じます。

こちらは後漢時代・1~2世紀の焼き物です。

古代中国では、建物の焼き物がかなり多く作られたとありました。

豊作、富の象徴だったのでしょう。

北斉~髄時代・6世紀前半の色鮮やかな椀です。

西アジアのガラス椀を模したものだそうです。

確かにあまり見ないほどの色鮮やかさでした。

明時代・宣徳(1426年-1435年)景徳鎮窯の皿。

重要文化財とありました。

日本の物で言えば、黒樂も1つありました。

江戸時代・17世紀、樂道入(ドウニュウ)(1599-1650年)の黒樂です。

樂吉左衛門家の三代目・道入は「ノンコウ」とも呼ばれる名人。

彼の黒樂は、京都の樂美術館まで見にいきましたが、中之島でも見れるのは嬉しい限りです。

重要文化財数点と国宝も2点展示がありました。

南宋時代・12-13世紀の天目茶碗です。

かつては関白・豊臣秀次が所有していたとありました。

そこまで焼き物が分かる訳ではありませんが、流石にレベルが違うのは十分伝わってきます。

宋代の喫茶文化では、最高級の茶が白色とされたことから、黒い茶碗が歓迎されたと説明がありました。

この妖しい輝きが、時の権力者を魅了したのでしょう。

すこしフワッとした展示コーナーがあり、「鼻煙壺」が並んでいました。

「鼻煙」はたばこの葉を粉末状にして香料を加え、鼻から吸引する喫煙法です。

中国では18世紀に流行しました。

それらを保管する小さな壺が沢山展示されていたのですが、主に「青」と「緑」でした。

現代では「青」と言えば「ブルー」を思い浮かべますが、古代中国では植物の色も「青」と表現したため、ブルーとグリーンの両方を含んでいました。

「青信号」や「青野菜」はこの名残だそうです。

なるほどと、腑に落ちたのです。

ブルーはラブスラズリやトルコ石で、グリーンは翡翠や玉で表現されました。

ただ、やはり「青」は特別な色だと思います。

昭和初期の建築家、白井晟一はエッセイで「青」への思いを書き綴り、こう結んでいました。

やはり、希望の色でした。

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漂えど沈まず、祝チャンネル登録1000人‐2305‐

昨晩の雨で、寒さがまた一段階緩みました。

ユキヤナギが小さな花をつけ始めるともう春の雰囲気です。

八重桜でしょうか。

せわしなくつついているのはヒヨドリ。

花や蜜が大好物です。

NHKの『おかあさんといっしょ』でよく流れていた「赤い鳥小鳥」。

作詞は、短い言葉で多くの名作を残した北原白秋でした。

ヒヨドリが赤いのは、ほっぺただけですが。

YouTubeチャンネルの登録者数が1000人になりました。

2021年の8月に開設し、100人に到達したのが2022年の2月。

その時は「1年くらいで1000人になれば……」と呑気なことを書いていますが、実際には4年掛かったことになります。

新型コロナの閉塞感を打破するため、何か始めなければと思い、見よう見まねで始めたのが「建築家・守谷昌紀TV」です。

2週間ほど前に、移住して住む、築100年の「下北山村の古民家」『 建築家・守谷昌紀TV』にUPしました。

YouTubeは再生回数で語られます。

【ルームツアー】【ゲンバ日記チャンネル】と違って、純粋な動画ではありませんが、13日間で192回の再生がありました。

これは、これまで配信した180本の中で、13日間では2番目の記録です。

しかし、5日目あたりで再生回数の伸びが止まっています。

こういう状態になると、急に回数が増えることはほぼありません。

1カ月前、洗濯物だけは思い切り干したい、ウンテイのある2世帯住宅「四丁目の家」をUPしました。

2週間ほど掛けてじわじわと750回を超え、現在は976回まで伸びました。

2012年に東京で完成した14年前の作品ですが、何が受け入れられるのかは全く分からないものです。

特徴は何と言っても「ウンテイ」。

一般的な天井高さの子供部屋からスタートします。

そのままリビングを横切ります。

窓を越えて、バルコニーまで出れるのです。

運動好きのご主人が、少しでも家の中で運動できればという要望から考えました。

ただ、検索エンジン的には「洗濯ものだけは思いきり干したい」というワードが良かったのかもしれません。

検索ワードありきになると、それも違う気がしますが、ネットの海の中で見つけて貰おうと思えば、全く無視する訳にもいきません。
難しいところです。

本職のユーチューバーとは比ぶべくもありませんが、1000人の人が登録チャンネルの片隅にでも置いてくれたことには、感謝しかありません。

開高健が愛したことばですが、16世紀から存在する、パリ市の紋章にある標語だそうです。

本質を見抜く目を備え、常に行動する、最も好きな作家のひとりです。

当事者は「時代は大きく変わった」と言いますが、果たして氏はどんな眼差しを現代に向けているのか……

沈んではいけないのは、どんな時代でも同じ。

まだまだ漂い続けたいと思います。

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野球をする・観る環境と、肩・肘問題‐2304‐

森ノ宮駅は、地下鉄の2路線とJRが交差する、便利な駅です。

3分程西に歩くと、もりのみやキューズモールBASEがあります。

「BASE」と付いているのは、1997年まであった日生球場の跡地にできたからだと知りました。

中央の広場が、球場のような形をしている理由も納得できます。

名前の通り、日本生命野球部のグランドでしたが、昭和の個性派球団、近鉄バファローズの準フランチャイズ球場としても使用されました。

高校野球の予選も行われていたので、応援に来たこともあります。

大阪市民には身近な野球場だったのです。

間もなく春の高校野球も開幕しますが、昨日、日本にとってのワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は終戦を迎えました。

準々決勝で、ベネズエラに5対8で敗戦。

前回WBCでは、他国を圧倒した投手陣が力負けしたのが痛かったと思います。

日本打線も長打を打てる選手が増えましたが、スタメン全員がMLBで20本以上のホームランを打っている、ドミニカ共和国に比べると流石に厳しいものがあります。

そのドミニカ共和国も、今日アメリカに敗れてしまいましたが。

世界中の野球ファンの目が、大谷翔平選手や日本に集まるのを喜ぶ他国はありません。中南米の強国が本気でくれば、このくらいのことは起こるのだと思います。

WBCが本気の真剣勝負に入った大会になったと思います。

ただ、圧倒された訳ではなかったので、何とかあと2試合見たかったというのが本音ですが。

ネットフリックスと契約して観たのですが、このレベルの大会は、やはり無料で観れるようにするべきだと思います。

聞けば、ネットフリックスが本社を構えるアメリカでは、準決勝、決勝はFOXが無料配信するそう。

私が子供の頃は、野球中継を毎晩地上波で観ることができました。

写真の日付を見ると1985年の9月。私は中学3年の野球少年でした。

知らないものを人が好きになることはありません。

大谷翔平選手が子供の頃に観た、WBCに出場することを目標としたように、スポーツビジネスのもう一段階上にある話だと思います。

次回は是非解決してもらいたいところです。

森ノ宮は大阪城公園の南東角にあたりますが、最も日当たりの良い環境といえます。

ほぼ満開の桜が数本ありました。

多くの桜は、まだ固い蕾のまま。

環境によってこれだけ差がでるのです。

日本の高校球児は約13万人、韓国の高校球児は3200人ほどだそうです。

近年の韓国代表は低迷していると言いますが、この環境差で、世界の8強に入ったことのほうが驚きです。

何を置いても、競争と環境が人を育てるのは間違いありません。

昭和の大阪の下町に、立派な球場はありませんでした。

しかし、空き地で皆が野球をできた時代でもありました。

人の家の庭に入ったボールを、勝手に取りに入って随分怒られましたが。

WBCがサッカーのワールドカップを目指すのなら、世界中での裾野の拡大と、開催時期の変更でしょう。

現時点で世界最高の選手である、大谷選手がピッチャーとして出場できる時期に開催できなければ、言い訳無用の真剣勝負とは言えません。

2028年のロサンゼルスオリンピックで言われているように、7月にあるオールスター戦に絡めての開催がベストのはずです。

しかし野球というスポーツは本当に難しいスポーツです。

打者はスーパースターが積極的に出場しますが、投手は複雑な問題があります。

これだけスポーツ医学が進歩し、球数、強度を管理していても、超一流の投手が年に何人も肩や肘の手術に追い込まれるのですから、肩・肘は消耗していくと考えざるを得ません。

それらを考えても、やはり夏開催しか無さそうです。
WBCを主催するMLB機構には大英断を期待したいと思います。

今回の結果で日本代表は、まずロサンゼルスオリンピック出場権を確保する必要がでてきました。

侍JAPANを、肩肘張って応援したいと思います。

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受話器をギュッと耳に押し当てる‐2303‐

昨日の3月11日で、東日本大震災から15年が経ちました。

31年前、1995年1月の阪神・淡路大震災の時は社会人1年生でした。
大阪に居たにも関わらず、何の役にも立てず、つくづく無力だと感じました。

2011年の東日本大震災の時は、独立して15年が経ち、会社が軌道に乗り始めた頃でした。
40歳の所長としては、会社を離れる勇気が全くありませんでした。

2つの地震の間にも、新潟県中越地震など多くの地震がありましたが、建築の専門家でありながら全く役に立てていないことに、後悔ばかりが募っていました。

積年の澱を洗い流すために初めて行動したのが、10年前。2016年の熊本地震の時でした。

復興支援活動のために現地を訪れたのですが、できることは限られています。

それでも、これ以上後悔を重ねるのは嫌だったのです。

その活動の主体となっていた日本建築家協会(JIA)九州支部の方から「当時の活動を記事としてまとめて貰えないでしょうか」と連絡がありました。

それが誌面として発行されたのが、昨年の5月。なぜか伝える機会を逸し、今日初めてお知らせした次第です。

昨日、気になっていたNHKスペシャル「それからの、風の電話」を見ました。

「風の電話」は、岩手県大槌町の高台にある、回線の繋がっていない電話ボックスです。ある男性が、亡くなってしまったいとこと話をしたいという思いで、震災前に設置したものです。

震災後、大切な人を亡くした人が周りにも多く居たので解放することにしたそうです。

15年の間に多くの人が訪れ、「風の電話」は世界中に広がります。現在では500台を超えたそうです。

震災で息子さんを亡くし、何度もここを訪れたという女性の言葉が心に残りました。

「聞こえないのを承知で、きつく耳にあてて声を探すことができる」 

電話機は、いわゆる昭和の黒電話でした。
同じく海外の電話も、やはりレトロなものでした。

小さなスマートフォンで、すぐに情報収集ができ、どんな場所とでも繋がれる現代です。

誰もがスマートフォンを持ち、電話ボックスは減少の一途をたどるでしょう。

その電話ボックスという時代遅れの空間と、19世紀後半に生まれた、電話機、受話器という物の形状が「風の電話」において、大きな役割を果たしていると感じたのです。

NHKの配信サービスで今週末まで見れるようなので、気になる方はご覧ください。

年始に、1995年の阪神・淡路大震災の遺構を初めて訪ねました。

2016年の7月、地震から3ヵ月経った熊本へは、空路で入りました。

被害の状況は想像以上でした。

2017年の年末、福島第一原子力発電所を沖を通るフェリーから見つめました。

2025年の8月、復興支援活動のため能登に入りました。

1年半が過ぎていましたが、能登半島地震の現状を目の当たりにしました。

限られた時間でしたが、できることは精一杯したつもりです。

2016年7月、被災から3ヵ月後の熊本の水田は、変わらず美しい水をたたえていました。

2017年の年末に訪れた仙台の風景は、本当に美しいものでした。

どの街に行っても極めて美しいのがこの日本です。

地震国ゆえ、これからも何度も大きな地震が起こるでしょう。

しかし、受け入れ、乗り越え、逞しく生きて行くのが、生かされているものの努めです。

受話器をギュッと耳に押し当てる。

物をつくる、空間をつくることを生業とする身として、これからも何ができるかを模索していきたいと思います。

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大黒さまは、食と破壊の神だった‐2302‐

健康保険のイベントは、バスで連れていってくれるので時々参加しています。

人気イベントは、すぐに申し込まないと定員になってしまうくらい。

つい出不精になってしまうこの時期には有難い限りです。

昨日は、いちご狩り+ウォーキングのイベントでした。

神戸市北区にあるいちご農園「Bon Farm」。

ビニールハウスの中は、いちごの甘い香りで充満していました。

ひとつずつ、丁寧にハサミで摘み取ります。

5種類くらいの品種があり、それぞれ味がかなり違うのです。

一番気に入ったのは「おいCベリー」。

味が濃く、甘みと酸味もありますが、とても優しい味わいでした。

現在は高設栽培という、高い位置にプランターを設置しての栽培が主流だそうです。しかし、昔ながらの土耕栽培にこだわっていると。

そんな所に違いがあるのかもしれません。

バスで2、3分のところにある「道の駅神戸フルーツ・フラワーパーク大沢」まで移動してきました。

大沢は「おおぞう」と読みます。

広大な敷地で20分程ウォーキング。

途中に牛舎も見え、のどかを満喫してきました。

初めて訪れたと思うのですが、この施設は兎に角大きい、かつ豪華。

張りぼて感は全く無く、建物にお金が掛かっているのが分かります。

調べてみると1993年の開業で、2017年に運営母体が変り、リニューアルオープンしていました。いわゆるバブルの遺産と言ってよいでしょう。

それでも何とか現在まで維持しているのは立派だと思います。

この日は食べ放題ばかりですが、神戸ホテル フルーツ・フラワーでランチバイキングでした。

食べ放題は、がっついてしまい後悔するものですが、流石に50代半ばになると大丈夫でした。

夕方、集合場所の大国町に戻ってきました。

バスを降りると「木津の大国さん」という文字が見えます。

大国町は、学生時代に長くアルバイトをしていたので、そこそこ知っているつもりでしたが、大国町は「大国さんの町」だったのです。

境内には南を向く敷津松之宮と東を向く大国主(おおくにぬし)神社があります。

大国主神社の中には、大阪七福神のひとつ大黒天の像が祀られています。

大きく、かつ可愛げがあったのですが、残念ながら「撮影禁止」でした。

大黒天は五穀豊穣や食の神様として知られます。

しかしインドの神話では、破壊と再生を司る「シヴァ神」が、破壊神となった時の異名「マハーカーラ」が大黒天のルーツだそうです。

食の神様は、破壊の神様だったのです。

美味しいものを食べられるとに感謝し、その後のカロリーを破壊してくれたなら、もっと感謝します。などと書いたら、バチが当たるでしょう。

日本では、ほぼ飢えの無い暮らしですが、世界中どこでもという訳ではありません。

にも拘わらず戦争とは……

ヒンドゥー教の三大神のひとつである「シヴァ神」が、破壊と再生を司るのは、それらは一対であるという考えの下からだと思います。

しかし、誰かの都合による破壊が生むのは再生でなく憎悪だけです。

リーダーは力だけでなく、品格が必要だと思うのです。

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ミーハー、ヒーハー‐2301‐

心斎橋のすぐ北、御堂筋に面して建つのはホテル「W Osaka」。

黒のカーテンウォールに包まれたミニマルな外観は、周りを威圧しているようでもあります。

マリオット・インターナショナルが展開する高級ブランドが「W」ですが、2021年の開業でした。

周辺は高級ブランドのショップが建ち並ぶ大阪の中心地。

設計は日建設計ですが、デザイン監修に安藤忠雄が入っているのも売りでした。

裏手にあるエントランス前にはいつも高級車が並びます。

近くを通る時にはよく見に行くのですが、この日はフェラーリ、レンジローバー、LEXUSでした。

次に乗るなら、レンジローバーがいいなあ、などと思いながら通り過ぎました。

一方、我らが大阪上本町駅横に建つ「シェラトン都ホテル大阪」。

こちらも大阪が誇る巨匠・村野藤吾の設計で1985年の完成です。

「W Osaka」とは対照的に、白い外壁は有機的に仕上げられています。

スケールが大きい割に優しいのは、村野が得意とするところでしょう。

「シェラトン都ホテル大阪」の向かいを少し東に歩けば「明月館」があります。

数日前の喧騒と比べると、早朝は静かなものです。当たり前ですが。

月曜日に、2023年に続いて、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決起集会が開かれたと報道されていました。

場所的には、大阪上本町駅と鶴橋駅の中央あたりです。

焼肉なら、鶴橋に名店がいくつもありますが、大阪ドームで試合がある際は、「シェラトン都ホテル大阪」に宿泊しているのかもしれません。

それならこの店が選ばれているのも納得できます。勿論、味が確かなのでしょうが。

この熱気を考えれば、警備体制のことを考えても新たな店になる可能性は低いのかなと想像していました。

このタイミングで開催されるなら、ここかなと思っていましたが……

自転車なら5分くらいなので、妻が「大谷君がみれるなら、行けばよかった」と言っていました。確かに、実物を見るなら最初で最後の機会だったかも。

思っていた以上に、ミーハーな夫婦だったようです。

「ミーハー」と書いてみて、語源って何なのだろうと調べてみました。

諸説あるようですが、広辞苑には「世の中の流行にかぶれやすい人。また、そのような人。みいちゃんはあちゃん」とあります。

昭和の時代、「み」の付く名前(みよ等)、「は」の付く名前(はな等)が多く、「みいちゃん」「はあちゃん」は女性の大多数を指し、しかも軽蔑の意味もあります。

”me her”の略なのかなと思っていたら、時代感ゼロの使ってはいけないレベルの言葉でした。

ちなみに「ヒーハー」はブラックマヨネーズの小杉竜一の決めフレーズ。テンションが上がった時に使うので、こちらは全く問題なさそうです。

打者専任とされる大谷翔平選手は、練習試合2試合で5打数ノーヒットで、明日からWBCの本戦を迎えます。

やっぱり問題なかったとなるのか、あのイチローでさえ苦労したような状況に遭遇するのか。

「ヒーハー」な状況になればよいのですが。

いずれにしても楽しみしかないのです。

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最後のホームルーム、の後‐2300‐

近鉄上本町駅から、快速急行で約20分。

土曜日は娘の卒業式に参列してきました。

曇り予報でしたが、時々晴れ間ものぞきました。

学校名、駅名は全て消していますが、駅前にある学校と言えばほぼ1校かもしれません。

縁あって、長男、長女が、合わせて9年間通うことになりました。

卒業生は300人前後でしょうか。

保護者の参列も多く、講堂はきっちり満員という感じ。
2時間程でしたが、品のある式典でした。

中でも、学校長の式辞が素晴らしかった。

4章くらいの展開がありましたが、慶應義塾大学の塾長を務めた小泉信三の「簡単に手に入るものは、簡単に失う」という言葉を取り上げていました。

体感としても納得できますし、フレーズとして聞いたこともありますが、出典も含めて卒業式にマッチした選択だと思います。

テレビで本人が歌っている場面を見たことがありますが、言葉として聞いた方が、迫力がありました。

「お前が消えて喜ぶ者に」というワードが入っているにも関わらず、この詞を引用することに、本気度を感じたのです。

校長でありながら、国語教師としても授業を受け持っているそうで、「言葉と格闘してきた」という言葉にも、大いに納得できます。

媚びず、攻めた、格式高い式辞でした。

2017年4月8日、長男が入学。

曇りではありましたが、満開の桜の下での入学式。

自分の学力と相談した上での受験でしたが、第一希望として合格。
その3年後、娘も同じような経緯で合格してくれました。

しかし娘が入学した2020年は、コロナ下の社会に突入しており、入学式は開催されず。

社会自体が困惑する中、子供たちは多くの負担が強いられたと思いますが、踏まれた麦が育つように、バイタリティが培われたのは間違いないと思います。

生徒たちが興味を持てるよう、イベント等も工夫されており、超一流校にはないホスピタリティもあり、親としてはとても感謝しています。

受験も終わり、概ね進路が決まった娘は、早速妻と大阪城公園の梅林へ散歩に行っていました。

今は解放感を満喫すればよいと思います。戻らないくらい箍(たが)を緩めるのはNGですが。

卒業式のあと、最後のホームルームにも立ち会ってきました。

言葉だけで映画のタイトルになりそうですが、全員がひとり30秒のスピーチをして6年間を締めくくります。

友達への感謝を語る子あり、笑いを取る子あり、涙であまり話せない子ありと千差万別。

しかしそれが終ると、「JKも終わりやわ~」とからから笑っている声が聞こえてきました。

9年前、子育てとは「2度目の人生」と書きました。
ほぼ2回目を終えたのですが、はたして成長できたのか……

最期以外、学校のように明確な区切りがないのが人生です。
どんな場面でも、からからと笑い飛ばせたらとも思います。

JK師匠に「勉強させてもらいます!」という感じなのです。

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