カテゴリー別アーカイブ: 15 youtube

大阪シティバス 62号に乗って‐2270‐

先週土曜日の朝7時半、アトリエから一番近い上本町1丁目のバス停で待っていると、定刻から3分程遅れて到着。

自転車か電車が早いのですが、大阪シティバスに乗ってみました。

妻の友人が近くに住んでおり「この辺りはバスが便利よ」と聞いてきたのです。

大阪駅行きの62号系統で、健康診断に淀屋橋まで行ってきました。

上町筋を北上すると、難波宮跡、大阪城を右手に見る、なかなかの景色です。

土佐堀通に突き当り左折。丁度、京阪電車が通過します。

天満橋、天神橋、難波橋の大阪の三大橋を右手に眺めながら、15分程で淀屋橋に到着しました。

市役所周辺の街路樹も、見事に色付いていました。

健康診断が終わり、バス停まで行くと待ち時間が20分程あります。

それなら歩いて、62号系統から見える景色の復習かなと。

淀屋橋南詰にある「かき広」と大阪市役所。

以前、食事に行こうという話になったのですが、未だ実現していません。

一度は行ってみたいところです。

この辺りは、水都にふさわしい景色です。

土佐堀通を東へ歩きます。

北側の建物は土佐堀川の借景を取り入れた建物が多いのは必然でしょう。

ケーキ屋さんでしょうか.

すぐ東には中央公会堂。

難波橋を越えると、北浜レトロビルヂング。

こんな古民家も残っています。

箱軒が見えているので、昭和初期くらいの建築でしょう。箱軒は関東大震災のあと、防火対策として急速に広まったものです。

北浜レトロビルヂングの完成は明治45年(1912年)とありました。

堺筋を中心に、周辺には明治、大正、昭和の建物が本当に沢山残っており、建築が大切に使われているのが分かります。

先の古民家の東には、seiundoが入っている北浜1丁目平和ビル。

5階にあるオフィスですが、2016年に完成しました。

竣工写真は、何故か私が入っているという。

眼下に広がる土佐堀川とバラ園の景色は絶景と言ってよいものでした。

難波橋、天神橋をすぎ、大阪三大橋の最後は天満橋。

大阪城まで帰ってきました。

大阪府庁前で、20分程前に出たバスに追いつかれます。

ゆっくり歩いて45分の道程でした。

62号系統は、大川周辺の観光名所を巡る感じなので、路線周辺に住んでいる方にはお勧めです。

大阪シティバスの運賃は一律210円。それで観光バスに乗った感じの、お得感が最高でした。

『メトロに乗って』は浅田次郎の長編小説です。地下鉄がタイムマシンの役割を果たし、過去と行き来しながら、自分の父親、兄などの過去を知っていきます。

沢木耕太郎の『深夜特急』も路線バスを乗り継ぎ香港からロンドンを旅する話ですし、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』という人気番組があったとも聞きます。

公共交通は、誰もが共通体験を持っていますし、感情移入しやすいのでしょう。

高速道路を使わない日本一長い路線バスと言えば、奈良交通の「八木新宮線」で、169.9kmあります。

所用時間は6時間半。休憩が3回あるそうで、橿原市の大和八木駅から、十津川村を抜ける168号線で和歌山の新宮までの道のりです。

一度乗ってみたいと思っていますが、6時間半も乗っていると、本当にタイムスリップするのかも……

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

院長の江口さんから届いた1年後の感想‐2269‐

Webサイトで少し調べものをしたら、SNSにはすぐ関連する広告が入ってきます。

建材メーカーのミラタップで探し物をしたら、Facebookにはこういった広告が。

同じくインスタでも。

その後も、何回もこの写真がでてきて、何だか見たことのある写真だなあ、と思っていたら当社の作品、「高台の家」でした。

坂のある街に建つコンクリート打ち放しの家。

洗面は、2人同時に使いたいという要望で、やや詰め込み過ぎの感もありますが、多くはミラタップの製品です。

この写真が使われるのは理解もできるのですが、自分の知らないところでかなり露出しており笑ってしまいました。

「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」は昨年の9月17日、一粒万倍日に開業しました。

院長の江口さんが、「開院1年後の感想」を書いてくれたのです。

ここまで書いて貰い、本当に嬉しい限りです。

早速、作品ページにUPしたのです。

江口さんも出演してくれた2回の動画も、それぞれ上げておきます。

ぞれぞれ、再生回数は600回と400回ですが、それでも「見ました!」と来院してくれるなら、恥ずかしながら撮影をした甲斐があったというものです。

それもこれも、勇気ある江口さんの「ロマンチックな決断」のおかげです。

先述したミラタップですが、デザインアワードを開催しています。

今年も開催されたので、「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」で応募しようと思ったら、「2024年10月~2025年9月末までの期間に竣工」という条件があり、ギリギリ外れています。

応募期限は10月末までで、バタバタしているうちに逃してしまったようです。

柱や壁に、貼り紙をするために、マグボードという商品を貼っているのですが、これはミラタップ製品。

主にはキッチンで使われるものを、院内壁にデザインしてみました。

手洗ボールや水栓もミラタップ製品だったので残念です。

「高台の家」も以前デザーンアワードに応募し、「参加した場合は、当社のWebなどで使用されることがあります」のような注意書きがあったのでしょう。

それでも、連絡くらいないものかなと思ったりはしますが。

ただ、私の仕事は実作あってこそですし、人の目に触れてこそオファーがあるものです。

江口さんみたいな、エネルギッシュでロマンチックなドクターに、届いてくれたら嬉しいのですが。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

森の王者を適切に恐れ、撃退する対策を‐2267‐

今日は、北摂あたりを回っていました。

箕面周辺も、紅葉はまだちらほらという感じでした。

駅の南にある商店街の名称は「もみじストリート」。

箕面大滝がある箕面川から引かれた、人工のせせらぎもあります。

マンホールは、もみじと箕面大滝がデザインされています。

箕面はもみじと滝の街と言って良さそうです。

もみじは色づき始めでしたが、他所さんの庭木の柿は見事に実っていました。

熟しきったものは、鳥にでも食べられたのでしょうか。

濃い赤色の実を付けている庭木もあります。

弾けて、沢山の小さな実が見えています。ザクロでした。

まるで宝石のようです。

街中でこれだけ実が成っているのに、森のドングリは不作とのこと。

毎日のように街中に熊が出没したというニュースが聞こえてきます。

これだけの人数が、熊によって死傷しているとなるともう非常事態です。

北海道、東北で多発していますが、もちろん関西にも熊は生息しています。

2020年11月15日の昼前、奈良県下北山村の池原ダムで、クマに遭遇しました。

ダムを泳いで横断しているところでしたが、ボートとぶつかりそうになったので、大きくUターンしたのです。

エンジン音がうるさいのはそのためです。30年池原に通ってきましたが、熊とは2回遭遇しています。

泳ぐスピードも、岩肌を駆け上がっていくスピードも、想像以上に早く、こちらはボートの上という特殊な状況でありながら、かなり恐ろしかったのです。

2008年から2017年にかけて「家族で47都道府県制覇」を掲げて、日本全国を回りました。

旅先では、早朝にジョギングする習慣だったので、特に長野県以北の山間部に泊まる際は「熊は出ませんか?」と毎回聞いていました。

そういった点で、私は小心者ですし、安全に関しては慎重であればある程よいと思っています。

宿泊先の方で「熊が出ます」と言った方は、たったのひとりも居られませんでした。

そう聞いても、小心者の私は疑っていましたし、常に熊よけスプレーは携帯していました。

8mくらいの射程距離があるものが一般的ですが、ヘアスプレー程の大きさがあります。

さすがに日常的に携帯するには大きいので、10cmちょっとの熊よけスプレーを3本程持っています。

射程距離は約2mですが、普段使いの鞄やヒップバッグに付けています。

効果が無いという話もありますが、何かひとつでも対抗できる可能性を持っておきたいからです。

一連のニュースの中で「ホイッスルで撃退した」とある女性が話していたので、こちらも早速3つ程購入するつもりです。

熊は森の王者で、殺傷能力を持った純然たる獣です。生き残るために手段は選びません。

適切に恐れ、敬意をもって撃退する方策を練っておかなければならないと思います。

ここまで事態が深刻になった理由は色々ありそうですが「まあ、大丈夫でしょう」は封印すべき機会です。

まずは自分ができることをしておく必要があると思うのです。


■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

鳥羽、神島で三島文学に触れる<後編>‐2245‐

先週末、夏季休暇の最後に鳥羽の神島を訪れたことを書きました。その後編です。

ここは、かつて島で唯一、時間を知らせていたという時計台跡。

時計だけは新しいですが、昭和の風情が色濃く残る島でした。

神島は、ノーベル文学賞の候補にもなった、三島由紀夫の代表作「潮騒」の舞台となった島です。

前回は、神島港から30分程歩いた、神島灯台までを書きました。

港は島の北側にあり、時計回りに東へ歩くと神島灯台があります。

ここまでは延々と続く登りですが、ここからは下って上ってに変わります。

15分程歩き「監的哨(かんてきしょう)」までやってきました。

「監的哨」は、昭和4年に旧陸軍が建てた軍事施設です。

2階建ての陸屋根で、屋上にも上がれます。

対岸に見える愛知県の伊良湖から撃った大砲の試射弾の着弾点を確認するために建てられました。

「潮騒」は5回映画化されています。

「クライマックスシーンの舞台であり、嵐の日に主人公・新治と初江がお互いの愛を確かめ合うシーンに登場します」と案内板がありました。

この日は本当に天気がよく、汗だくになりながら更に時計回りに歩きながら、小説の舞台を巡ります。

白い石灰岩が浸食されたカルスト地形が見えているのは「ニワの浜」。

子供たちが石灰岩に隠れて西部劇ごっこをしたとあります。

その西にある「古里(ごり)の浜」。

中央には「八畳岩」と呼ばれる巨岩があります。

小説の中では、確か子供がこの岩の上に登っていたと思いますが、かなり危険そう。

三島がそれを見たのか、聞いたのか、想像なのか……そんなことを考えるのが楽しいのですが。

外周4kmを、ゆっくり2時間半くらいかけて回り、神島港へ戻ります。

岩を掘削したであろう細い道路は、風洞のように風が抜け、とても涼しかったのです。

南国の雰囲気でカラフルな建物が多かった印象です。

お釜がありましたが、現役のようにも見えました。

街並み、自然は素晴らしかったですが、暮らしの上では大変なことも多々あるのではと思います。

尾道が沖縄にあったらこんな感じになるのかもしれません。

港まで戻り、鳥羽へと戻りました。

11時20分の定期船でやってきて、15時40分の便で島を後にしました。

三島は、作品を発表する1年前、昭和28年に神島を2度訪れています。

父、祖父とも東大卒の官僚で、本人も東大法学部卒で財務省に勤めたエリート中のエリート。もっと言えば、 財務省に勤め ながら小説を発表し、20代ですでに小説家として円熟期に入っていきました。

三島文学で言えば「金閣寺」と「潮騒」を読みました。

特に「潮騒」は、とてもよかったという印象だけが残っていました。

中学か高校学時代に読んだはずなので、40年ぶりに再読しました。

冒頭に書いた通り、ノーベル文学賞の候補になった三島の筆は確かです。

表現を除けば、引き込まれるようにページをめくり、あっという間に読み終わりました。

中編小説と言ってよいヴォリュームでしたが、4時間掛からなかったと思います。

調べてみると、古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』に着想を得て書かれた作品とありました。

芥川龍之介もそうですが、元の枠組みがあったほうが、良い文章を書けるタイプの作家なのかもしれません。

本当に長い時間が掛かったアトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」ですが、ようやくアトリエの本棚が完成しました。

建築の専門書もそうですが、これまでに読んだ本に囲まれて、仕事をしたり、書き物をしたりするのが夢だったのです。

まだ一部しか搬入できていませんが、「潮騒」は一番左のオレンジの背表紙です。

昭和元年生まれの三島は、まさに昭和の作家です。

耽美派の代表的な作家とされるように、三島は美に最高の価値を置きました。

30代には、その美は自分の肉体へも向き、ボディビルをはじめます。

そして、自衛隊に体験入隊し、国粋主義へと傾いていくのです。

そして昭和45年11月、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に籠城し、自衛隊員にクーデターを促す演説をした後、割腹自殺しました。

「昭和とともに生きた小説家」三島由紀夫。

同じ本を読むよりは「また素晴らしい本に出合うかもしれない」という期待が上回り、再読しない主義でした。

しかしこの機会に「潮騒」を読んだ感想は「良いものは、やっぱり良い」でした。

今度は、倉庫の奥に置いてある本の山から「金閣寺」を救出してこなければなりません。

盛夏の神島で三島文学に触れた今年の夏。何か一歩踏み出そうと思えたのです。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

鳥羽、神島で三島文学に触れる<前編>‐2244‐

近鉄特急の賢島行きは、上本町の地上ホームから出発します。

朝の8時10分に出て、鳥羽には10時8分着。

改札を出るとすぐに海が見え、旅情を搔き立てるのです。

会社は1週間の夏季休暇と告知していましたが、現場監理、打合せ、初期相談と、ほぼ平常運転でした。

週末には夏休みらしいことをと考え、鳥羽の神島を訪れることにしたのです。

駅から歩いて10分弱の鳥羽マリンターミナルから市営の定期船に乗船。

途中、答志島にも寄りましたが、多くの海水浴客はここで下船。

40分で神島に到着しました。

折り返しの便で、島に帰省していた人が鳥羽へ帰るようです。

沢山の人が見送りに来ていました。

神島は、三島由紀夫が29歳の時に発表した小説、「潮騒」の舞台となった島です。

「潮騒」の中では「歌島」と置き換えられていますが、その他はほぼ実名で描かれています。

冒頭は、スケッチのような繊細な風景描写から始まっています。

島内は平地が極めて少なく、ほぼ路地ばかり。

その先は、すぐに階段に変わります。

少し階段を上がると一気に視界が開けるのです。

「潮騒」は、島の青年、新治と島に戻ってきた初江の純愛小説です。

こういった解説が、島のあちらこちらに設置されていました。

美しい花嫁が授かるように祈った八代神社に登ってみます。

急こう配の階段を15分程、汗だくになって登りました。

島の人はことあるごとに、ここに参拝にくるのです。

島は1週4km程で、2時間程で回れます。

次は、小説内では歌島灯台として描かれている神島灯台へ。

さらに20分程歩くと見えてきました。

神島灯台です。

渥美半島の先端、伊良湖岬が見えています。

日本の三難所の一つと言われる伊良湖水道。

その通行のため、明治通行のため、明治43年に完成したのがこの神島灯台です。

潮の流れが速いので、良い漁場でもあるのでしょう。

沢山の船が集まっていました。

「潮騒」は新治と初江の純愛小説と書きました。

それで「恋人の聖地」となっているようです。

ただ、訪れているのは、私達を含めてほぼおじさん、おばさんばかりでしたが。

この小説は、5回映画になっているようですが、クライマックスシーンが描かれた「監的哨」へ向かいます。

今回の神島行きの電車で、「潮騒」をおそらく40年振りに再読しました。

そのあたりも踏まえて、続きは次回の後半で書いてみたいと思います。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

水と戦い、ともに暮らす‐2242‐

昨日、「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode5を公開しました。

2階アトリエの移転は完了していますが、本棚だったり、机だったりを取りつけながら完成を目指しています。

3階の仮設キッチンが、ようやく最終形のキッチンに入れ替わりました。

本当に色々ありましたが、ようやくゴールが見えてきました。

今日は山の日で休日でした。

ただ、エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」は、お盆休み中に既存棟の最終工事が残っています。

すぐに応対できるよう、私は大阪で待機しています。

ですが、ちょっと買い物へと、イオンモール大阪ドームシティへ行ってきました。

東側を流れるのは木津川です。

こういった景色も含めて、川沿いらしい雰囲気です。

木津川は、少し南で東から流れてくる道頓堀川と西に流れる尻無川と十字路のようになっているのです。

東側にあるのは道頓堀川水門ですが、かなりモダンなデザインです。

施工は竹中土木だと分かったのですが、設計が誰なのかは分かりませんでした。

大阪市のWebサイトに以下の説明がありました。

平成12年(2000年)完成。東横堀川水門(ひがしよこぼりがわすいもん)とあわせ、高潮防御機能、水質浄化機能、舟運活性化機能などの役割を果たしている。木津川の対岸にある京セラドーム大阪周辺の景観を配慮した設計となっており、近未来的な外観デザインが特徴的である。

高麗橋のすぐ南にある、東横堀川水門とを上げ下げすることで、潮位差を利用して、水を浄化させているそうです。

潮位差が大きい時は、船の航行ができないので、2重水門内で待機し、水位を合わせるともありました。

大雨対策や高潮防御の役割もあり、美しさと機能を備えた水門でした。

八百八橋の大阪ですから、水と戦い、ともに暮らしてきたことは間違いありません。

九州からは、水害のニュースが届いています。

気候変動によって、その猛威はレベルをあげていますが、何とかうまくやっていく方法はないものでしょうか。

あるクライアントの奥さんが佐賀の出身で、水害、台風に対しての備えは、全く違うレベルの意識があるそうです。

最近は、降る時は一気です。

何とか被害が最小となることをお祈りするしかありません。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

残念、初天神祭り‐2239‐

上町に移転してきて初めての夏。

周辺をジョギングしていても、7月25日が近付いてくると、いやがうえにも、天神祭りを意識しない訳にはいきません。

天神橋北詰あたりは天神浜というようです。

周辺の企業も、何かしらの協力をしているのでしょう。

今まであまり縁の無かった天神祭りですが、少し歩けば花火が見れそうなので、仕事終わりに出掛けてみました。

夕日を受けたクリスタルタワーは金色に輝いています。

しかし、甘くなかった……

花火がよく見える場所は、すでに人が居るので、歩き続けるしかありません。

そのあたりは、警察や警備の人たちも徹底していました。

確かにそうしなければ、危険なくらいの人、人、人、です。

大川左岸は、意外に木が高くその間から、時々見える感じ。

木が途切れているところは、人も立ち止まってスマホをかざしています。私もそのひとりですが。

ちょっと早めに退散しましたが、それでも人出は増す一方といった感じでした。

初天神祭りは、花火に関しては惨敗といった感じでした。

それでも、花火の音だけ聞きながら、出店めぐりも意外に楽しいものです。

何より、「初」がまだまだあるのは嬉しいことです。

毎年チャンスがあるので、少しずつ開拓していきたいと思います。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

玉造稲荷神社で上方地車囃子、夕涼みは郷愁と共に‐2235‐

エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」【ゲンバ日記チャンネル】Episode3を、昨日公開しました。

なかなか苦心した増築計画ですが、よければご覧ください。

長堀通には、6月頃から生國魂神社や玉造稲荷神社の夏祭りの幟があちこちに立っていました。

玉造稲荷神社は7月15日と16日。

上町に越して来てから初めての夏です。
昨日、娘が帰宅したタイミングで家族で行ってきました。

まずは本殿を参拝。

誰も小銭を持っていないので、お賽銭は私の財布からですが。

娘は、とにかく何かを買いたいらしく、屋台を物色してまわります。

チョコレートでコーティングされたバナナが500円。

なかなかの見た目で、私は遠慮しておきました。

ただ見ていると、フライドポテト400円から、唐揚げも400円からとあります。この物価上昇のなか、なかなかリーズナブルな価格設定だと思います。

メインのお客さんは若い世代だから、頑張っているのでしょう。

それなら、ビッグエンタープライズも可能では?と思ってしまいました。

狭くもなく、広くもない境内ですが、若い世代でごった返していました。

ベビーカステラを食べ、最後はフルーツでしめるそうです。

200円は本当にサービス価格な感じがしました。

一番奥に、舞台が組まれていました。

20時半を過ぎた頃、祭囃子が聞こえてきました。

上方地車囃子保存会とあります。

そういえば、平野のアトリエ前を通るだんじりも、同じ祭り囃子でした。

保存会とあるだけに、動きもどこか気品がある感じがします。

20時頃に着いたのですが、都心部は夜でも本当に暑くなりました。

小学校の頃、ランニングシャツになれば夕方は快適に遊べた気がします。

夕涼み

郷愁と共に、過去の言葉になってしまったようです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

雪しぐれの夜に‐2194‐

アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode3を、昨日公開しました。

未だ仮事務所にて営業中です。

今朝も、谷町6丁目から歩いて出勤しました。

上本町1で、上町筋を横断しますが、近鉄の上本町店が南に見えています。

上本町6なので6丁目分離れている訳です。

見上げると、朝早くなのにヘリコプターが低い位置で爆音を響かせています。

そう言えば、大阪マラソンの立て看板があちこちにでていました。

近くを通るので通行規制もあるようです。

昨日ですが、昼からアトリエや家の備品を揃えるために、近鉄百貨店まで歩きました。

上町筋にも結構色々な店があります。

今回の引越しには、長男も東京から帰ってきてくれました。

なのですが、一部しか引越しできずで、手伝い甲斐のない帰阪になってしまったのです。

友人も一緒に手伝いに来てくれたので、昼食でもご馳走してあげてと少し小遣いを渡しておきました。

妻に聞くと、学生時代からお気に入りのラーメン店が近くにあるそうで、とても満足したとのこと。

せめてそれなら良かったです。

歩いて15分弱で到着。

上本町店はかなりコンパクトですが、さっと用事をすませるなら十分です。

テキパキと買い物を済ませて帰ってきました。

一日、溜まっている仕事を済ませると、遅い時間になってしまいました。外にでると小雨模様です。

平野まで帰ってくると、雪しぐれに変わっていました。

かなり湿気を含んでいたので、かなり雨よりの雪。これが顔に当たると、冷たくて痛い。

仮事務所につき、暖房の効いた快適な空間がどれだけ恵まれているか分かります。

とは言え、テントと比べれば至極快適とも言えます。

人って、本当に贅沢になっていくんだな、などと思う雪しぐれの夜でした。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

ガンガンの現場にて、移転開業‐2191‐

2月12日(水)の朝、お引越しライナーのトラックがアトリエの前にやってきました。

妻が色々な会社に見積りを取りましたが、この会社が一番協力的でした。

特にユニック代が安かったのがポイントです。

冷蔵庫は階段から運べると言った会社もありましたが、食器棚はユニックが必須だったのです。

スタッフも全体的に若く、とても良い感じ。

しかし、現場に引越しすることになるとは……

一日明けて13日(木)、今日の朝から新アトリエで始動です。

しかし、鍛冶屋チームの発電機が運び込まれているように、まだ正面の外壁が出来上がっていないのです。

不要な鉄骨をまず撤去。

バーナーで焼き切っていきます。

そして、新たな下地を構成していきます。

現場の中に無理やり引越した感じなので、どの職種もガンガン工事中です。

そんな中になぜ引越しできたかと言うと、2部屋だけを先に仕上げてもらいました。

3階奥の洋室は荷物でパンパンです。

そして、4階奥の寝室を仮アトリエとしました。

4畳くらいの部屋に最低限の荷物だけを運びこみました。

エアコンはまだなく、デロンギで急場をしのぎます。

先ほど、ようやく扉が付きました。

電話、fax、インターネットは何とか開通。

今どきは、これらが無いと仕事になりません。

旧アトリエはすでにこれらが撤去済みなので、どうしても移転する必要がありました。

笑ってしまうくらいドタバタですが、2年前に移転を決断し、ようやくここまでやってきました。

これほど近くで現場を見ることも滅多にないので、つぶさに伝えて行ければと思っています。

次回の【ゲンバ日記チャンネル】をお待ちください。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■