ひと粒だけ涙を浮かべながら‐2325‐

前々回、『ミラタップ』のカタログに作品が掲載されていることを書きました。

そのカタログを実際に請求すると、リーフレットが挟まれていました。

「SUVACO」は建築関係の専門家紹介サービスですが、2024年にミラタップに事業が譲渡されました。

事例登録約7000件とありますが、その中の3つの事例に選んで貰ったのが……

「阿倍野の長屋」の写真でした。

横長にトリミングされていますが(笑)

ただ、3/7000はなかなかの倍率です。

2015年の竣工なので11年が経ちました。それでも、テレビ、住宅雑誌と本当に色々なところに露出してくれる孝行息子のような作品なのです。

ところが、ミラタップ主催のコンペでは一度も賞を取ったことがありません。
このあたりが、当社の強みであり、弱みであると思っています。

賞レースの選者が選ぶ作品ではない。
しかし、一般の人には訴求力がある。

そう考えるのが妥当かなと思っているのですが、手前味噌でしょうか。

ジョギングのコースで意外に楽しいのが繁華街ルート。

道頓堀は早朝でも活気があるので、お気に入りのコースのひとつです。

金龍ラーメンは24時間営業。

流石に朝方から食べている人はあまりいませんが。

道頓堀店は、隣地にはみだしていた尻尾を撤去すべきという判決がでたことでも話題になりました。

実際に切り取ったのが2024年で、その時に涙が追加されています。

生きていれば色々なことが起こりますが、何でもネタにしてしまうのが大阪商人です。

新世界勢は個性強め。

商売である以上、目だってなんぼです。

目だちながら、お上品な人もいますが。

江戸時代の初期に、道頓堀を開削した安井道頓・安井道卜(どうぼく)を称える碑が堺筋沿いにありました。

豊臣秀吉から命を受け、私費で湿地帯に運河を通したことが、ミナミ繁栄の礎となります。

建築設計の仕事も商売ですが、ただ目立てばよいとも考えていません。

安くないデザイン料、設計料を払って、自分達の夢を実現したいという人達は、もっと慎重に建築家を選ぶと思うからです。

意識の高い人が、多額の広告料を払い、繰り返し露出してくる宣伝に左右されるとも思えないので、真面目に物づくりを続け、その過程、結果を知ってもらうしかありません。
多額の広告料も払えませんし。

それで、自分達以外のメディアが取り上げてくれるのは、とても嬉しいことなのです。

安井道頓のことを調べていると、現在では「平野」の由来ともなった、坂上田村麻呂の子、広野の末裔、成安家出身と考えられているようです。

民間で自治をしていた、平野七名家の出身だったのです。

龍の立体オブジェとは言いませんが、アトリエmの表札は未だに養生テープにペンで書いたもの。

しかし6月中にはようやくシャッター付け替えも終わり、ファサードの完成形を披露できそうです。

平野から移転して間もなく1年3ヵ月。

本当に色々なことが起こりますが、安井道頓が同郷の先輩と知り、ますます張り切って働くのみです。
金龍のように、ひと粒だけ涙を浮かべながら……

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

競り⇒販売、これは本物の産直「深日漁港」‐2324‐

日曜日は少し遠出して大阪府南端の岬町へ。

国道26号線を南下し、岬中学校前で右折しました。
海に出ると一気に視界が開けます。

海の先に見えているのは関空です。

反対の和歌山側を見ると、多奈川第二発電所跡の先には、淡路島の洲本あたりが見えています。

中学生の頃、このあたりにはよく釣りに来ていました。

当時、関空は無く、多奈川第二発電所はもうもうと煙を上げていた時代です。

冬の間は、その温排水に集まるカレイを狙っていたのです。
中学生ながら、なかなかのサイズを釣り上げたことを覚えています。

万葉集にある一首の歌碑が立っています。

奈良時代から、風光明媚な所だったことがうかがい知れます。

そのまま海沿いの道を南下し、深日漁港にやってきました。

更に南にある深日港と違って、純然たる漁港という感じ。

こういった小振りな港は大好きです。

深日漁協の建物前に徐々に人が集まってきました。

漁に出た日は15時から魚市が開かれるのです。

15時丁度に、「競り」が始まりました。

競り人のいる台に、魚を見て買い付け人が値札を置いていきます。

競り落とされた魚が、漁協の正面にある店にどんどん運ばれてきます。

すぐに〆られ、その場で販売が始まるのです。

来る前に電話してみたのですが、「16時までには終わっていることが多いので、早めがいいと思いますよ」と。

この日は豊漁だったのか、15時半になってもせりが終わる気配は全くありませんでした。

しかも、タイやアコウ等、なかなかの大物も続々とやってきます。

大型のアコウは7500円でした。

2人でそれは贅沢なので、カレイを3枚で1500円。

マダコを1匹1500円で購入。

タコもその場で〆てくれました。


競り落とした魚をその場で販売。これこそが本物の産直です。
臨場感抜群で、かなり面白い空間でした。

若い頃は夏になると毎週海に行っていたので、タコもしょっちゅう捌いていました。

しかし、かなり久し振りで結構時間が掛かってしまいました。

右はさっと茹でたもの。左は生のタコ刺しです。

カレイは一番大きいものより、25cmくらいの2匹の方が火の通りがよかったです。

からっと美味しく揚がりました。

彩りのために、全く関係ありませんがオクラ。

大満足の深日漁港での3千円でした。

はじめに紹介した歌碑の横には、「吹飯浦」という案内板もありました。

先の歌も含めて、もう一首記されています。

順徳天皇

吹飯浦(ふけいうら)が転じて深日(ふけ)となったのでしょう。
鎌倉時代まで、鶴がいたことにも驚きます。

私の知る巨大な多奈川第二発電所は2020年に廃止され、もう跡形もありません。

そして大阪湾の中ほどには、大きな関空島が浮いています。

美しい景色を見ると誰もがセンチメンタルな気持ちになるのでしょうか。
万葉集の歌の現代語訳を見つけました。

時の風が吹く――吹飯の浜に出て神に命の無事を祈るのは、妻のためにこそ。

「妹」は「妻」を指すよう。古典とは何と難しいというか、奥深いというか……

ただ「深日漁港」の産直は本物でした。絶賛してお勧めします。

かなりコンパクトな空間だったので、繁盛しすぎないか心配しながら。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

ミラタップのカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」掲載‐2323‐

今日は朝から雨。

目が覚めると、車が濡れた路面を走る音で「今日は雨だな」と分かります。

長堀通の通行量が結構あるからとも言えますが、耳で判断できることはかなり多いものです。

設計の参考にと思い、毎日「室温、湿度、天気」をメモしています。

室温25℃が、エアコンが必要になってくるボーダーラインでしょうか。

どんな時も、五感は大事にしたいと思っています。

春先は、各メーカーの新しいカタログが届く時期です。

建材メーカー「ミラタップ」の新しいカタログが届きました。

「Materials」というカタログです。

「Case Study」というページの「Case|10」

「ドッグランのあるタイル床の家」の洗面と浴室の写真が43ページに掲載されました。

タイトルの通り、ドッグランとタイルがテーマの家です。

屋根付き駐車場の後ろに、小さなドッグラン。

そこに面したLDKも寝室も、そして水回りも全てタイル床です。

Webでも紙媒体でも見ることができるので、よければご覧ください。

もう1冊、水回り等を中心とした「Best Selection」というカタログもあります。

こちらは「シガラキ」という手洗器のページです。

何度か紹介していますが、こちらの写真は当社が設計した「あちこちでお茶できる家」の写真が使われています。

2012年の完成なので、その頃から使われているはずです。

家のあちこちでお茶できるというコンセプトの住宅ですが、広い玄関土間でもお茶できます。

家に帰ってすぐ手洗いできるよう、正面に配置しているのです。

前社名の「サンワカンパニー」時代ですが、2021年に以下のようなメールが届きました。

この時、新しいカタログを作っていく会議に参加しました。

そういう意味では、カタログ自体にもかなり思い入れがあるのです。

その時にも「あちこちでお茶できる家」の話になったのですが、現在の商品紹介写真はCGが多く、当時とはかなり状況が変わったとのことでした。

それでも、十数年に渡って採用されているのですから、誇らしい限りです。

先の「Case Study」には、「設計:株式会社一級建築士事務所アトリエm」とキャプションが入っていました。

「シガラキ」のほうはどうなっているのかなと確かめると……

かなり小さ目ですが「space design atelier-m」とありました。

ちょっと見つけるのは大変かもしれません。

そういえば、7月のNHKのテレビ番組で、1枚だけですが写真が使われることになっています。
また正確に決定すれば、ここでお知らせしたいと思います。

どんな形であれ、作り上げた風景が誰かの目に止まることはとても嬉しいことです。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

ゆっくりあるけ しっかりあるけ 山頭火‐2322‐

アトリエから歩いて10分くらいにある難波宮跡公園。

中央大通の両側に広がりますが、北側には「なノにわ」という商業施設があります。

飛鳥時代から奈良時代にかけて都が置かれ、その宮殿の跡地を公園として保存しているのです。

通りがかると、芝刈りロボットがお仕事中。

側溝ギリギリを攻めています。

少しの間見ていたのですが、意思をもっているかのように、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

芝の無い通路部分を横切ったりもするのです。

ロボットなので、この暑さにも一切文句も言わず、この広大な公園をたった1人(1機)で芝を刈るのですから、尊敬しかありません。

暑くはありますが、植え込みの花は満開。

黄色い花は、マーガレットかデイジーか。

キクのような葉をしているのがマーガレットとあったので、デイジーでしょうか。

足もとでは、紫の小さな花が咲いています。

自然の力がみなぎる季節です。

アトリエで活ける花は、空堀商店街で買ってきます。

花屋さんは谷町筋より東側の空堀ど~り商店街にあります。

店の名前は「山頭花」。

自由律俳句でしられる俳人、種田山頭火からとったのでしょう。
金額も非常にリーズナブルで、とても助かるのです。

1882(明治15)年に生まれ、1940(昭和15)年に松山で無くなった山頭火は、その作風とは異なり、厳しい人生を歩んでいます。

母と弟を自死で亡くし、実家が経営する酒造会社は倒産、離婚し酒に溺れ、自殺未遂……

その中でも、旅をして俳句を描き続けた流浪の人生でした。

AIが経済を支えるように、労働をより多くをロボットが負う時代は進むでしょう。

怒りも、喋りも、貪りもせず、ゆっくり、しっかり働くロボット。
山頭火の詠んだ世界とは全く逆の世界です。

人にとって快適で、清潔な世の中になっても、心の機微を詠む俳句などの淡い文化はこれからも残っていくのでしょうか。

ゆっくり歩いて、しっかり見届けたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

AIで探す、あの松本ドライブイン‐2321‐

昨日、「seven dreamers Shibakouen Tokyo」【Works 】<Public>をUPしました。

seven dreamersもこの店舗も、2019年に無くなってしまいましたが、当社としては持てる力を出し切って、コンセプトを体現できたと思っています。

よければご覧ください。

ゴールデンウイークの長野行きでは、上高地、安曇野について書きましたが、もうひとつ裏テーマがありました。

最終日の5月6日は松本へ。

松本駅の南に車を止め、蔵造りの建築が多く残る「中町通り」まで歩きました。

女鳥羽川を、松本城のある北側に渡ります。

こちらは「なわて通り」。

こちらは昭和レトロの土産物屋さんが建ち並びます。

女鳥羽川を挟んで2つの商店街があるのです。

昼食をとろうと蕎麦屋を探しますが、14時を回っていたので閉まっているところが殆ど。

意外にも、老舗店らしい「こばやし」が開いていました。

四柱(よはしら)神社の境内からアプローチできるというびっくりするようなロケーションです。

しかし、蕎麦も天ぷらも絶品。明治末期創業は伊達ではありませんでした。

特にさつまいもの天ぷらは、厚みが通常の3倍くらいあるにもかかわらず、ほくほくと甘く、素晴らしかったです。

その後、国宝・松本城へ。

前回、2015年8月に訪れた際は曇りでしたが、この日は青空。

黒を基調とした美しい天守閣は、水面と背後の白馬の山々を従えた絶景レベルでした。

大学の授業があると先に帰った長女には申し訳ないのですが、美しい稜線に囲まれ、これ程水が美しい街はそう無いでしょう。

その後、長男を松本駅前まで送りました。

アルピコバスターミナルから、新宿行きのバスで帰って行ったのです。

松本観光の前に訪れたのは、南北に走る国道19号線と国道158号線が交差する「渚1丁目」。

妻も学生時代からスキーにはまっていました。

シュプール号なる電車もありましたが、安いのは夜行バスでのツアー。
その際に、必ず最後に休憩したのが、あの「松本ドライブイン」です。

この旅行に来る前、かなりのWebサイトを調べたのですが、結局特定できませんでした。

そのことを旅先で長男に伝えると、チャットGPTで調べてくれました。その回答は、19号線と国道158号線が交差するあたりではというもの。

しかし来て見ると、妻は「こんな感じじゃなかった気がする」と。

聞き込み調査をするも、意外に皆さん知らないのです。

長男が、今度はジェミニでリサーチを始めると「見つけたかも」と。

松本市島之内8012-1まで行ってみました。

19号線を4kmほど北上し、左折すれば白馬へ向かう147号線、右折すれば上田盆地へ抜ける254号線。
平瀬口という交差点でした。

現在はジェミニ君の言う通り、日本梱包運輸倉庫株式会社(ニッコン)の松本営業所が建っています。

横を通り過ぎると、敷地に降りる通路が見えました。

多くのバスはここからドライブインに入ったのだと、後で分かりました。

右折して、東に向かう254号に乗るとすぐに高架下に降りる道路があります。

降りてみると、のどかな景色が広がっていました。

60歳代くらいの男性が居られたので、話を聞いてみると、やはりここが松本ドライブイン跡でした。

「高速が安曇野(当時は豊科)まで伸びた段階で、いっぺんにすたれていったよ」と。

松本ドライブインの思い出話をしたあと「地元の方にとって、ドライブインがあったことは良かったことでしたか?迷惑なことでしたか?」と聞いてみました。

「ん~どっちでもないかな。ただ初めてのアルバイトはここだったよ」と。

それを聞いて、何だかほっとしたのです。

元ドライブインの裏側まで歩いてみました。

妻はしきりに「山菜蕎麦が美味しかった」と繰り返すので、長男は「珍しくお母さんがそれだけ言うんやから、相当やったんだろうね」と。

私が「いや、普通のドライブインの蕎麦やったと思うよ。ただ、大阪では食べない、醤油の濃い信州蕎麦は、違った美味しさがあったのは事実かな」と答えておきました。

長野自動車道が安曇野インターまで伸びたのが1988(昭和63)年。私が高校3年生の時です。

大学になってからは自分の車でスキーに行ったので、私にとってもそれまでの思い出です。

沢山のツアーバスがエンジンを掛けたまま待機し、もの凄い排気ガスの臭いの記憶しかありませんが、不思議と嫌な思い出ではありません。

むしろ、そんな臭いとともに当時の記憶が蘇ってきます。
1970年代生まれまでのスキー好きには、共感してもらえるのかなと思います。

長男が言うには「チャットGPTでは無理だったのに、ジェミニはさすがにGoogleだけあって、地図系には強いね」と。

もしWebサイト調べで「アルピコ 松本ドライブイン」で検索していたら、Wikipedia内にあるヒントをみつけられたのですが、AIの威力を思い知ることになりました。

昭和の思い出とAI。

一見相容れないものですが、これが現実でした。
あまり使ってはいませんが、使い方次第であることは間違いないようです。

山菜蕎麦は550円くらいだったかなという話になりましたが、特定できる方や、写真を持っている方が居れば、是非見せて貰えると嬉しいです。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

池原詣では哲学の道‐2320‐

先週末は、奈良県下北山村の池原ダムへ行っていました。

およそ1年振りの池原詣でです。

ゴールデンウイーク最終盤につき、トボトスロープも大盛況。

スロープは勿論のこと、場外にまで車があふれています。

世田谷ナンバーの車が止まっていました。

バスフィッシングの聖地に、全国から釣り人が集まってくるのです。

1枚目の写真が、閑散とした桟橋なのは皆が出船した後だからでした。

ボートは屋外に駐艇しているので、雨、風、雪と過酷な条件にさらされています。

1年振りだったので、何度セルを回してもエンジンが掛からず……

赤と黄のパーツ、ディレイが壊れていたそうで、湖上で修理して貰いました。
本当にありがたい限りです。

気持ちよいエンジン音に満足しながら、遅ればせながら出船です。

湖上には多くのボートが浮いていますが、これもゴールデンウイークならではの風景。

たまにしか来れない人も居ると思うので、邪魔にならないよう、慎重にポイントをセレクトしました。

しかし、ここに通って30年。それなりの引き出しは持っているつもりです。

およそ1年振りの池原フィッシュは、慎重にネットで取り込みました。

43cm、1kg弱の美しい魚でした。

その後、40cm足らずを数匹。

初日はこれで終了です。

2日間で最大は45cmでした。

できれば記録級、最低でも50cmアップを狙いますが、40cm中盤でも満足です。

この景色があれば。

湖上に浮いているだけで、体と心がフレッシュになっていく感じがするのです。

2日目は早めに上り、帰路につきました。

片道2時間ちょっとの道程のうち、半分は山中を抜ける169号線です。

途中、美しい山村を抜け。

奈良盆地を横断し。

大阪に戻ります。

この何百回と通った道は、私にとっての哲学の道です。

軽くハンドルを握り、流れる景色を眺める贅沢な時間。

仕事のこと、家族のこと、今後のこと、そして次回釣行のプランと、思いつくままに物思いにふけるのです。

久し振りに池原に行き、やっぱり釣りが好きなのだと実感しましたが、行き帰りの5時間が一番好きなのかもしれません。

せわしない現代社会、スマホやパソコンを物理的に触れない時間を、積極的に確保しにいく必要があるのかもしれません。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

安曇野水鏡‐2319‐

今年のゴールデンウィークは、雨の上高地からスタート。

5月4日の夕方、上諏訪温泉のホテルに到着したところまで書きました。

翌5月5日は朝から快晴です。

客室の窓を開けると、諏訪湖越しの穂高岳を望む眺望で、朝からテンションが上がります。

長女は、休みたくない授業があるというので、早朝の特急あずさで先に帰京することに。

せめて上諏訪駅まで送り届けてきました。

連泊だったので、遅めに出発して信濃路をのんびり北上します。

地元ラジオでDJが「安曇野水鏡」という言葉を使っていました。

稲が成長する前の水田に、安曇野の風景が写り込んでいる様を指すよう。
なるほど、この時期しか見られない景色です。

冠雪した北アルプスが水田に写りこみ、倍の奥行きを感じさせるのです。

今回は、久し振りに「るるぶ」を購入しました。

前から2番目に取り上げられていた「大王わさび農場」へ向かうと、2km弱の渋滞です。

麦畑の中に咲くのはポピーでしょうか。

これもゴールデンウィークと、景色を眺めながらのんびりと1時間15分程車列に並んで入場しました。

「大王わさび農場」は広大な敷地にわさびが栽培されています。

こどもの日らしく鯉のぼりも。

扇状地に湧き出る豊かな伏流水がわさび栽培に適しており、日本一の規模を誇ります。

大量の澄んだ水が必要なのは、わさび自身から出る毒を絶えず洗い流すためでした。

殺菌効果は自身にも影響を与えるとは、禅問答のような植物です。

農場の名前は、安曇野を治めていた魏石鬼八面大王という怪力無双の首領からとったものと説明書きがありました。

桓武天皇の頃、全国統一を目指す中央政権は、東北侵略の足掛かりとして坂上田村麻呂を派遣し、怪力無双の八面大王と戦うことになります。

最後は兵器で劣る八面大王が力尽きるのですが、あまりに強かったため、再び生き返らぬようにと遺体をバラバラにして埋められました。

農場の一角には胴体が埋められたと言われ、大王神社として祀られています。その故事にちなんでつけられたのです。

前日は雨だったので、川の水は濁っていますが、農場内の伏流水はどこも澄んでいます。

日本一、わさび栽培に適していることが視覚で納得できました。

1時間半並ぶ程の人出で、場内もかなり賑わっています。

1軒のレストランに長男が並び、もう1軒のレストランに妻が並んでいたのですが、妻の並んでいたレストランで何とか昼食にありつくことができました。

本わさびと信州太郎ぽーく、2250円です。

山盛りのわさびをたっぷり付けて頂きます。

わさびソフト2種は、650円と550円。

わさびとソフトクリームがこれほど合うとは、というお味でした。

非常に満足してホテルに帰りましたが、贅沢ついでにオプションメニューを追加しました。

妻には金目鯛の煮付け。

長男には信州プレミアム牛のしゃぶしゃぶ。
たまにしか会えないので、ちょっと奮発してみました。

家庭を持つようになると、旅行に行く機会さえなくなるでしょう。
それがいつになるのかは分かりませんが……

長男は大学4回生、長女は大学1回生です。

それぞれに大きな分岐点に立っています。
親として、仕事人の先輩として、アドバイスできることが色々あるかなと思っていたのですが、結局皆無でした。

それぞれの人生に、親の意思が入る余地などありませんし、その必要がないこともよく分かったのです。

安曇野水鏡。

冠雪のある北アルプスを写す西側も素晴らしかったですが、東側の長野市側を写す緑一色も捨てがたい美しさでした。

京セラ創業者、稲盛和夫さんに盛和塾で教えてもらった言葉です。

子育ては人生の復習だと思っていましたが、それほど簡単に片づけられるものではないようです。

悩みは若者の特権です。悩み、考え、何かしらの答えを出して欲しいと思います。

水面に映る安曇野の風景のように、美しい人生を思い描いて欲しいと願うのです。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

Japan alps 上高地‐2318‐

今日は早朝に大阪を出発。

400km程走って、長野県松本市までやってきました。

アルピコ交通上高地線の新村駅です。

駅前に車を止め、上高地の玄関口にあたる新島々(しんしましま)駅でバスに乗り換えます。

何とも気になる駅名ですが。

マイカー規制があるので、登山バスを予約していました。

1時間程かけて上高地に到着。

しかし残念ながら天気は曇り。

長女は帰省していたので、一緒に行動していたのですが、長男は東京からで、現地で合流しました。

まずは家族写真をということで兄妹の撮影。
昭和の芸人というコンセプトです。

雄大な景色ですが、雲、雲、雲。

前日から大雨でしたが、水は意外にも澄んでいました。

明神池まではバスターミナルから1時間程。

これぞ上高地という景色です。

しかし、帰路は雨が降り出し、4人ともずぶ濡れ。

帰りのバスで暖をとり、ようやく一息ついたのです。

雨の上高地から、先ほど諏訪湖沿いの宿に到着しました。

明治政府が雇った英国人技師が、1877年(明治10)に槍ヶ岳に登った記録を雑誌で紹介しました。

その際に「Japan alps」という表現を使ったことが、今日の「日本アルプス」の語源となったそうです。

子供たちに「Japan alps」を堪能してもらい、絶景の家族写真を撮るつもりでしたが、残念ながらまたの機会に持ち越しです。

今回の旅は2泊3日。

続きは、木曜日にお伝えしたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

原尞「私が殺した少女」読了‐2317‐

昨日は昭和の日だったので、すでにゴールデンウイークに突入しています。

打合せの花瓶にはヤマブキ。
ヤマブキ色の通り鮮やかな黄色で、社内も春の装いです。

先週末からゴールデンウィークだという話もあり、昭和世代からすると隔世の感は否めませんが、いずれにしても長期休暇は嬉しいものです。

その先週末、長女の東京での住まいがようやく決まり、妻が引越しの手伝いに行っていました。

私は大阪に残っていたので、少し料理でもしようと空堀商店街へ。

「あそこは安い」と聞いていたスーパーへ行くと、閉店間際のよう。

鮮魚コーナーでセールが始まり、若干殺気立っています。

物価高の世の中、普段からこの競争の中で買い物をしているのだなと、僅かながら妻の苦労を知りました。

今回の住まい探しは、長男が一緒に不動産会社に行ってくれたり、引越しも手伝ってくれたりと、本当に助かりました。

住まいが決まるまで、妹を泊めてくれたことが一番で、兄妹が東京にいるありがたさを、身に染みて感じていました。

新しい住まいは、築年数はそれなりですが、リノベーション後なので気に入っているそう。

バブル期の建物らしく、対面、独立キッチンです。

一通りそろえるのには、それなりの金額が掛かりますが、健康のことも考えて、できるだけ自炊して欲しいと思います。

兄妹とも、中学生に入るまではかなりの本好きでした。

そうなって欲しいと思い、面白そうな本を揃え、欲しいと言えば何でも買い与えていました。
それが、スマホを手にしてからは……どこの家庭でもある話なので書くのは止めておきます。

東京から戻った妻が言うには、長男は最近は結構本を読んでいるとのこと。
本を貸してくれる友人が居るらしいのです。

本に関しての主張は一貫していて「面白い本を読む」に限ると思っています。

先日読了した、原尞(はら りょう)の「私が殺した少女」はなかなか良かったです。

日経新聞の「私の履歴書」で、早川書房の社長が原尞に触れていました。
それなら凄い作家なのだろうと思い読んでみたのですが、読んだ後、直木賞受賞作だと知りました。

作者の経歴が特異でした。

フリージャズ・ピアニストでしたが、レイモンド・チャンドラーに傾倒して、小説家に転身。
生涯作品は10作に満たず、寡作の作家ですが、全て10万部以上の売上。

1946年生まれで、2023年に76歳で福岡で逝去されたようです。

「私が殺した少女」1989年(平成元年)発表の長編ハードボイルド小説で2作目。
私立探偵の沢崎が、裕福な家庭で起こった誘拐殺人事件に関わり、その真相を解き明かしていくというストーリーです。

修飾語を何度も重ね、繊細に描写する文体は、英語文学の翻訳書の趣きもありますが、チャンドラーの影響でしょう。

それでも読みづらくないのは、作者の力量だと思います。

面白い本を見つける方法は、「教えてもらう」か「探す」しかありません。
「教えてもらう」を超えて「貸してもらう」とはなかなかのものです。

5月4日からは数年振りの家族旅行の予定です。
5月病という言葉も聞こえてきますが5月健康で行きたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

未来に漕ぎ出す‐2316‐

本町橋のすぐ西にある大阪産業創造館は、合併で無くなった東区役所があった場所でした。

外壁にボートのモニュメントがある建物と言えばすぐに伝わると思います。

2000年完成の大阪産業創造館は東畑建築事務所の設計です。

「産創館」と呼ばれることが殆んどでしょうか。

本町通沿いのハナミズキも満開です。

こちらは紅。

正面には白。

ハナミズキ越しに見上げてみます。

東畑建築事務所のWebサイトを見ると「未来に漕ぎ出す大阪の企業家をイメージした」とあります。

こういった直喩は陳腐な表現になりがちですが、このアートモニュメントがしっくりきているのは、波の表現が繊細で美しいからだと思います。

外壁の板金仕事が、組織事務所のそれとは思えないほど大胆。

この日は、ドローンに関するセミナーに参加してきました。
2年前に2等の国家資格を取得しましたが、法律の変化が目まぐるしい分野です。

どんどん情報を更新していかないと、時代に置いていかれそうです。

セミナーの後、日本建築家協会近畿支部の総会がありました。

大先輩の話を聞かせて貰い、一生勉強だなと背筋がピンと伸びました。

4月頭に研修生としてやってきたD君は、3日でアルバイトに昇格してもらいました。

やる気と実力があれば、年齢は関係ありません。
早い時期に正社員になって貰おうと思っています。

親族が、タケノコ掘りに行ってきたそうで、水に漬けた状態でアトリエまで持ってきてくれました。

オリーブオイルで炒めただけで、最高のつまみになりました。
タケノコにおいては、新鮮を上回るものは何もありません。

こちらは、妻が地元の知人に頂いた「大阪焼酎」。

炭酸とレモンで割ろうとすると、「レモンは入れずに飲んでみて」と妻。

確かに、焼酎というよりは日本酒よりの味わいでした。
後味はまるでラムネのように甘かったのです。

子供の頃はしょっちゅう飲んでいた瓶入りのラムネですが、あのビー玉で栓をしてある瓶に誘われて買ってしまうのですが、内容量は極めて少なかった気がします。

むしろそれが健康の為には良かったのかもしれませんが。

旬を活かす。
常に勉強を続ける。

食と職の話ですが、「未来に漕ぎ出す」ための共通項だと思います。

そもそも、食と職は音だけでなく、本質はほぼ同じなのかもしれません。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

大阪の建築家がゲツモクに綴るブログ、動画。人、建築、街、自然・・・・・・ぜひご覧ください