ショールームはショーを観せるところ-1641‐

 室内の気温が20℃を割ってくると、かなり肌寒く感じます。

 アトリエの気温と湿度を記録していますが、その分岐点が丁度今週くらい。

 僅かながら、冬の足音が聞こえてきました。

 グランフロント前の樹々も紅葉し始めています。

 こんなビルの谷間で、何と逞しいものかと感じます。

 火曜日はショールームを回っていました。

 クライアントと10:00amにキタで待ち合わせて、3:00pmまでに3ヵ所を回る予定です。

 グランフロント前の水盤に座っているクマ?もマフラー姿。

 11月16日(土)には、ヨドバシカメラ北側にあるリンクス梅田もオープン。

 ディスプレイもクリスマスを意識したものが増えてきました。

 グランフロントの次は阪急オフィスタワーへ。

 到着は12:15pmで、すでに予定から45分遅れ。

 そのまま心斎橋まで移動し、こちらに着いたのが2:00pm頃。

 先に電話で連絡すると「大丈夫ですよ」と言ってくれました。

 こちらで案内して貰った担当者とも、10年位の付き合いになると思います。

 彼女は「会社に入って20年になりました」と笑っていました。

 結局4:15pmくらいまでここに居ました。

 ショールーム回りは楽しいもので、6時間くらいあっという間に過ぎてしまいます。

 楽しいと書きましたが、仕事が好きではない人と話をするのは苦痛なので、大体どこのメーカーでもお願いする人は決めているのです。

 その中のひとりに、先日まで産休に入っていた女性が居ました。

 今年の夏だったか、久し振りにショールームで見かけたので「いつ戻られたの」と声を掛けたのです。

 その後はいつも通りお願いしていますが、夏頃だったかに話しの流れで「じゃあDVDを送るよ」となりました。

 テレビで取り上げて貰った当社の作品を3枚のDVDにまとめているものをプレゼントしたのです。

 「特にの返事は不要です」と添えておきましたが、火曜日に案内して貰っている時「メールは書き終わっているので送りますね」と。

 メールには以下のようなことが綴られていました。

 産休明けで仕事と育児の両立に試行錯誤していること。

 なかなかテレビを見る時間も無く、久しぶりにゆっくりDVDを観たこと。

 ショールームの者はなかなか現場に立ち会う事がないので、完成した家をクライアントと共有できることをとても羨ましく思っていること。

 また、クライアントへの細やかな気配りや、期待を超える提案に感動の連続だったとも。

 人が住まう家というのは楽しいですね。ワクワクします。と結ばれていました。

 以前から、若いのにとてもバランスがよい人だと思っていました。

 押しつけがましくなく、クライアントがどんなことを求めているかを説明すると、敏感に感じ取って案内してくれます。

 また、クライアントとのやりとりを見ていて、私の言い回し等、実はメモをして勉強していたともありました。

 お互いプロなので、もし勉強になることがあったならこれ程嬉しいことはありません。

 勿論のこと、その位のイメージをもって、仕事をしているつもりと言えば、言葉が過ぎるでしょうか。

 前回よりもっと分かりやすく、もっと楽しくと考えていると、少しずつですが結果が出ます。

 すると仕事はより楽しくなります。

 ショールームはショーを観せるところですし、そもそも仕事は誰かを楽しませるショーなのだと思うのです。

 人に褒めて貰う機会は滅多にないので、とても幸せな気分になりました。

 ということは、彼女の方が一枚上手?

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

地獄からの復活-1640‐

 朝夕こそ冷えますが、日中は20℃近い日もあります。

 小春日和と言うよりは、小夏日和と言った方が近いかもしれません。

 大阪をブーツに例えるなら、かかとに位置するのが金剛山地。

 山の色にも暖色が混じり、気温とは裏腹に暖かな景色へと変化して行きます。

 ミカン畑には、濃い橙色の実があふれんばかりに。

 多くの果実は、熟れると暖色に変わるのも面白いところです。

 動物たちへ「美味しいよ!見つけて!」というメッセージだと考えれば納得できるのです。

 知人が面白かったと書いていた「マツダ  心を燃やす逆転の経営」を読みました。

 日経ビジネス編集部の山中浩之と元会長の金井誠太の対談形式になっています。

 近年、マツダのデザインが随分良くなったなと思っていました。

 長男が2年程前に「あの赤の車が格好いい」と言った事をよく覚えています。

 1980年代から90年代にかけて、低価格車メーカーのイメージを払拭するため、マツダの名前をあえて販売系列会社から外します。

 トップメーカーへの対抗措置でしたが、これが裏目にでます。

 販売は低迷し、それを補うための値引き販売。ユーザーが他メーカーに乗り換えたいと思っても、下取りが安くてままならず再びマツダで買い替えざるを得ない。

 これを「マツダ地獄」と言ったそうです。

 折角なら本物を見たいと思い、ショールームへ行ってみました。

 先週のことですが、定休日ではないのに休みになっていました。

 残念ながら外から眺めることに。

 マツダ3という車種のようですが、フロント部分も精悍だし、確かに色もいい。何故が「欧米っぽい」と表現したくなります。

 今更ながらですが、マツダは内燃エンジンでハイブリッド並の燃費を実現していると知りました。

 ガソリン自動車を発明したのはカール・ベンツですが、その基本構造は以下の通りです。

 ガソリンと空気を混ぜたものを圧縮し、スパークプラグによって着火、その燃焼圧力でピストンを押し下げて駆動力に変えます。

 圧縮比が高いと燃費とトルクが向上するのですが、高すぎると燃焼不良がおこるというのが常識でした。

 圧縮比率を従来の10から世界最高水準の14まで上げ、ハイブリッド並の燃費を実現したのが、マツダのエンジンなのです。

 その開発責任者、人見光夫は「教科書通りの非常識」と表現したそうです。成熟したかに見える業界にもこのようなことが起こり得るのです。

 よくある表現として、デザインは良いが機能がおろそか。機能は高いが、見た目がいまいち。

 もし、全責任を持つリーダーの下で計画が進んでいたなら、そのようなことは起り難いと思います。

 「モノ造り革新」を推進、成功させた金井元会長は、当時どん底だった社内には「どうせ」という負け犬根性が蔓延していたと言います。

 そこで鼓舞するのです。

 弱者でも誇りは高くあれ

 少し手を加えさせて貰えるなら「弱者こそ誇り高くあれ」だと思います。

 今年度の売り上げ予想が3兆7千億円の弱者もありませんが、最終的にはトップの志がチームの運命を決めるのだと思います。

 何も「地獄からの復活」でなくても良いのですが、人はそこまで弱いものだと、分かっておかなければなりません。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

小善は大悪に似たり‐1639‐

 前回は、二上山からの写真を何枚かUPしました。

 大阪平野を見下ろすと、目につく建物が色々あります。

 市内なら、やはり現在高さ日本一のあべのハルカス。

 左端は弁天町の大阪ベイタワー。元、オーク200です。

 南を見れば、富田林にあるPLの塔でしょう。

 遙か先にあるのがりんくうゲートタワービル。

 PLの塔はパーフェクトリバティー教団の平和記念塔ですが、ポツンと建っているのでよく目立ちます。

 先日近くを通ると、大規模な改修中のようでした。

 淡路島にある巨大観音像が荒れ放題という記事がでていました。

 維持するということは愛情に等しく、相応の覚悟がいるものだと肝に銘じておかなければなりません。

 そのPLの塔から西に行2km程行った所にあるのが狭山池。

 2009年の11月に訪れました。

 PLの塔と狭山池博物館の間に、小さく二上山が見えています。丁度見返している感じのアングルです。

 大阪に暮らして半世紀ですから、自分の居場所を見失うことはなさそうです。

 マガモの写真が残っていました。

 この時期、ため池には沢山の渡り鳥がやってきます。

 先日の朝、近所をジョギングをしていた時のこと。

 数羽のハトが、何かをついばんでいました。

 ハトは平和の象徴と言われるくらいですから、何となく穏やかな気分になります。

 ちょっと近づいてみると、更に数羽のハトが飛んできました。

 そうこうしているうちに、大群のハトが舞い降りてきて、取り囲まれてしまいました。

 鳥の祖先は恐竜とも言いますし、ハトとは言えちょっと怖いくらいだったのです。

 どうやら、朝ここでエサやりをしている人がいるようです。

 IBMの社是には、以下のような話が載っているそうです。

 北国の湖の畔に心優しい老人が住んでいました。湖には毎年雁の群れが飛んできて冬を過ごします。優しい老人はいつとはなしに餌を与えるようになりました。

 来る年も来る年も老人は餌を与え続け、雁の群れも越冬の糧とするようになりました。

 ある年、雁の群れが老人に餌を貰おうと水辺で待っているのですが、老人はいつまでたっても現れません。すでに亡くなっていたのです。

 その年に寒波が襲来し、湖が凍結してしまいました。老人が現れるのをひたすら待ち、自分達で餌を捕ることを忘れた雁たちはやがて皆餓死してしまったのです。

 社是には「IBMではこのような社員の育て方をしません」と書かれているそうです。

 京セラの名誉会長の稲盛和夫さんから教えて貰った話ですが、ここから「小善は大悪に似たり」という考えに行きついたそうです。

 著書等にはここまででしか書いてありませんが、実際の講話では「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」といつも言われていました。

 大善は非情に似たり

 そうでなければ、誰もがガンジーでマザー・テレサなので、心から納得できます。

 この都会で、ハトにエサをやらずともそう餓死することはないはずです。

 「あげる」という行為には、生への敬意が含まれていないといつも感じるのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

そこに山があるからさ‐1638‐

 そろそろ年賀状の準備をと思い、写真を見返しました。

 しかし家族4人の写真が全く無し。

 娘が6年生で、旅行にはあまり行けずの1年でした。

 ということで、金剛山地北端にある二上山(にじょうざん)へ。

 奈良盆地から大阪平野に注ぎ込む大和川のすぐ南にある、「ふたこぶらくだ」のような山と言えば分かって貰えるでしょうか。

 高い方が雄岳、低い方が雌岳。雄岳でも517mという高さです。

 すぐ南に日本最古の官道、竹内街道が通っており、橿原へ抜けるメインストリート脇に位置します。

 秋晴れの下、雌岳山頂から東を見ると、奈良盆地から大峰山系を望む素晴らしい景色。

 登り30分、下り20分という記載を見て気楽に訪れたのですが、想像より大変でした。

 大阪側の麓にある太子町からアプローチします。

 結構な標高まで車で登ることができるのです。

 二上山登山口に車を停め、登り始めました。

 高松塚古墳の石棺も、ここで切り出されたものです。

 縄文時代、サヌカイトは矢じり等として使われましたが、それらも採れる重要な石の産地だったのです。

 岩屋の石窟寺院は8世紀に創られたものです。大陸からの影響が色濃く表れています。

 1つ前の写真で横たわっているのは、樹齢600年岩屋杉とありました。

 先に進むと、だんだん勾配が急になってきました。

 子供達2人は急斜面をスイスイと小走りで登っていきます。

 仕事が……などと言っておらず、もっと鍛えなければと痛感したのです。

 盛りとは言えませんが、まだアザミが咲いていました。

 「花ならアザミ」は志水辰夫の小説。この花をみるといつも思い出します。

 真っ赤な花弁をつけているのはツバキでしょうか。

 目で救われるのです。

 丁度30分で雌岳の山頂に到着。

 大人にとっては大汗ハイキングとなりました。

 しかし景色は最高です。

 東には大和三山を望みます。

 一番左は耳成山でしょう。

 少し下った万葉広場からは、西の大阪平野が一望できます。

 右から六甲山地、左からは淡路島が大阪湾へせりだしているのがよく分かるのです。

 遠くは明石海峡大橋まで見えていました。

 気候も丁度よく、家族写真を撮り終え、山頂での束の間の時間を楽しんだのです。

 午後には娘の塾があり、少しルートを変えて下り始めました。

 鹿谷寺(ろくたんじ)跡を目指したのですが、ちょっとしたロッククライミングくらいの険しさです。

 10分くらいで到着。

 こちらも8世紀に創られたものと言われていますが、十三重の石塔は風化が進み、逆に凄みを感じます。

 塔全体が岩の中から削り出されたものと聞けば、もう恐れいってしまうのです。

 日本最古の貨幣である和同開珎が発見されたのもこの周辺とのこと。

 昨秋、近つ飛鳥博物館へ行ったのですが、この石塔のレプリカだったとようやく分かりました。

 日本最古の石窟寺院とある割りには、保護の仕方がやや乱暴な気もします。

 石窟内をのぞいてみました。

 何とか仏像の姿を確認することができました。

 1300年前の手跡が残っていることと、石が風雨だけでここまで削り取られることの両方に驚嘆します。

 勿論のこと信仰対象だったのですが、娯楽の少ない時代、ここでの景色、体感は最高のアトラクションだったと想像します。

 官道1号線沿いでアクセス抜群。大和国最大のテーマパークだった、といったところでしょうか。

 私はどちらかと言えば平地派です。

 街歩きは何時間でも、何日でも全く苦になりません。

 それでも気分爽快だったので、子供に「山登りもいいな」と言うと、長男が「そうやなあ。でも、なんで登るかは分からへん」と。

 「そこに山があるからさ」

 と言うと笑っていましたが。

 人は困難を望む生き物です。

 そうでなければ、結婚も、子育ても、仕事も、勉強も説明がつかないないことが多すぎます。

 「山=困難」としてみます。

 使い古されたフレーズですが、人間と人生の本質をついているからこそ、愛されているのだと思うのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

沖縄へ届け!我が社の税金‐1637‐

 1週間前、首里城が炎上する衝撃的な映像が飛び込んできました。

 いまだ原因は特定されていないようです。

 「家族で47都道府県制覇」というテーマで、日本全国を旅してきましたが、私が唯一行ったことがなかったのが沖縄でした。

 車や船の旅が好きで、なかなか縁が無かったのですが、2017年の2月に初めて訪れました。

 折角の機会なので、レンタカーは黄色のビートル。

 青い海、青い空、からっとした空気と、沖縄好きの人達の気持ちがようやく少し分かりました。

 ゆったりとした時間の流れ、そして食べ物も、沖縄の魅力。

 到着してすぐに食べた、ソーキそばと沖縄そば。

 あっさりしているのに、驚く程美味しかったのです。

 三線ライブのある店では海の幸。

 海ブドウ。

 名前は忘れてしまいましたが、魚のから揚げも素晴らしかったです。

 2日間の行程でしたが、首里城は初日に訪れました。

 小高い丘の上にあります。

 いくつかの門をくぐって正殿へ。

 旅先での写真は、できるだけ美しく撮るように心掛けていますが、このカットには少し焦りが……

 普通なら真正面に入るのですが、少し右にずれています。

 また、前後の写真が晴れている通り「もう少し待てば晴れ間がのぞくかも」と思いながらシャッターを切ったことを覚えています。

 今考えると悔いが残るのです。

 国も県も再建へ向かうと言っていますが、4、5年で元通りということはないでしょう。

 人生の時間は限られています。人だけでなく、物とも一期一会なのだと改めて痛感しました。

 琉球王国は俗称で、正式には琉球國(りゅうきゅうこく、ルーチュークク)だそうです。

 その琉球國の中心であった首里城ですが、今回の火災で、石垣に大きなダメージが残ったという報道もありました。

 首里城南西にある、金城町石畳道。

 戦禍を逃れ、500年前から残るものだそうですが、、石の古び方はカンボジアのアンコール・ワット遺跡あたりを思わせるものがあります。

 建築においても、明らかに本土とは違うものがあります。

 琉球國は、わずか140年前の1887年(明治12年)まで、日本とは別国家だった訳です。

 近年の諸外国における独立運動を見ていると、多様性という意味においては成功例のひとつと言えるかもしれません。

 首里城再建に向けて、自分が出来ることは何だろうと考えます。

 直接的には寄付や沖縄へ行くことでしょう。間接的には懸命に働いて納税することでしょうか。

 税収の半分を占める取得税の4割を占めるのが法人税です。

 「届け!わが社の税金」なのです。

 盛和塾塾長であり、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんに「しっかり利益を出して、納税するということは、素晴らしい社会貢献だ」と教えて貰いました。

 「税金が高すぎる」とか、「どうせろくな使われ方をしない」とかいう言葉は良く聞きますが、こんな当たり前のことをはっきりと教えてくれたのは稲盛さんだけでした。

 世界を代表する、また日本を代表するIT企業が、合法であるにせよ法人税を全く納めていないと聞くと、違和感を感じます。

 「税金を納めたくない=利益を出したくない」

 こんな単純な式の説明が、まさかトップエリートに必要なはずはありませんが、結局のところ成功は王道にしかないのだと思います。

 勿論のこと、ルーズで済まされるようなことでもありませんし。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

深き秋、良心が発露する‐1636‐

 今日は文化の日の振り替え休日。

 11月に入り、秋の深まりを感じます。

 こんな日には、THE POLICEの「Every Breath You Take (見つめていたい)」を聴きながら車を走らせていると、最高に気分が良いのです。

 言わずと知れた大ヒット曲ですが、1983年のリリースでした。

 私は中学一年生で、洋楽をよく知る、ちょっとませた友達が沢山いました。

 そのうちの一人がそのレコードを学校に持ってきましたが、何とも大人びて見えたものです。

 文化の香りを感じつつも、そこは秋の池原ダムへ。

 紅葉にはまだ早いですが、ススキは穂をつけていました。

 春とともに最も気持ちのよい季節になりました。

 今日は数は釣れるものの、サイズアップに苦労しました。

 今年は大雨の影響で水位が高く、枝が水面に覆いかぶさっていてなかなか思うように責められないのです。

 しかしそのオーバーハングの下を、スキッピング一発で食わせました。

 かなり細いラインだったので、ゆっくり湖の中央まで引っ張り出し、慎重にやり取り。

 50cmちょっと。

 コンディションのよい魚でした。

 魚はすぐに湖へ返すので、ただ釣っただけで大阪に戻ってきます。

 しかし、それで十分満足なのです。

 仁徳天皇陵が今年世界遺産に登録されました。

 仁徳天皇は313年から399年の長きにわたって在位し、聖帝と言われます。

 大和の国から初めて難波高津宮に都を移しましたが、民家のかまどから煙が立ち登らないのを見て、貧困を感じとります。

 そして3年間、徴税を禁じるのです。

 高き屋に登りて見れば煙立つ

 民のかまどは にぎはひにけり

 「新古今集」で詠まれた通り、民の暮らしは豊かになったのですが、さらに3年徴税の中止を延期しました。

 宮殿は雨が漏り、衣服は破れるまで使ったとされます。

 「まつりごとの基本は民。民が富まねば天子である私も富んだことにはならぬ」

 寝屋川の氾濫を抑えるために茨田(まんだ)の堤も築きました。これらが聖帝と言われる所以です。

 ここまでの広い視野と、他者の幸せを願っているかと言えば否です。

 しかし、自分の家族だけが良ければよいとも思っていません。

 それが社会性=良心なのだと教えて貰いました。

 秋深き隣は何をする人ぞ

 俳聖・芭蕉、最後の俳席での句だそうです。

 秋は収穫期でもあり人恋しい季節でもあります。良心が発露しやすい時期なのかもしれません。

 家に帰る道すがら、その時間の有り難さや、この豊かな日本、また大阪に暮らす幸せを感じます。

 大阪の繁栄の礎を築いた仁徳天皇ですが、皆感謝の気持ちで御陵の築造に飛んできたことでしょう。

 幸せになりたければ、やはり誰かを幸せにするしかないのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

100物語で物街大好き‐1635‐

 今日10月31日がハロウィン。

 第4木曜日などでなく、日にちで決まっているようです。

 悪魔を追い払うため、あちこちにカボチャが飾られていますが、日本でもかなり定着してきた感じ。

 日々が楽しくなるなら、大いに結構なことだと思います。

 私が住む大阪市平野区の西隣は東住吉区。

 大阪市は明治22年に東区、西区、南区、北区の4区体制でスタートしました。

 中央区を別にすれば、昭和49年に東住吉区から分かれた平野区は最も新しい区のひとつ。

 大阪都構想は4区案が軸のようで、100年以上かけて元に戻るというのも、何とも複雑な気分です。

 東住吉区の北端に「杭全」という交差点があります。

 「くまた」と読むのですが、5差路の大きな交差点で、自転車用エレベーターもあります。

 関西ローカルの名物番組「探偵ナイトスクープ」でこの交差点の信号が、いかに大きいかを取り上げていました。

 現在は普通の大きさになっていましたが、おそらく20年くらい前にヤンキースのセイキがレポートしていたと思います。

 「松本人志、局長に就任」というニュースを見て、その映像を思い出しました。

 それくらいしか観たことが無いからですが、あれだけ働き、さらに既存の名物番組に出演とは、口が裂けても忙しいだなんて言えないのです。

 東住吉区のwebサイトに「東住吉区100物語」というページがありました。

 区民に愛着を持ってもらうため、様々な「ものがたり」を思いのある人達が編み上げた、とあります。

 これが興味深く、まず「模擬原子爆弾投下跡地之碑」に目が行きました。

 原子爆弾はその威力があまりにも大きく、爆撃機の退避訓練を実戦で行ったということです。

 同じ大きさの爆弾を作り49発を日本に投下。死者400名、負傷者1200名の被害があったことが、50年後の国家機密公開で分かりました。

 そのうちの1発が、東住吉区の田辺に投下されていたという、ぞっとする話なのです。

 「ボォーン」という音が聞こえた方向をみると、大きな木立が見えます。

 行ってみると「法楽寺」というお寺でした。

 住宅街に突如現れる広い境内に、立派な三重塔があります。

 その脇にあるこの鐘が打たれたのでしょう。

 憩いの場という趣きで、参拝者で賑わっていました。

 同区には「針中野」という駅があります。

 これは平安時代に設立された中野鍼灸院(なかのしんきゅういん)から来てきます。

 一子相伝で43代続いており、41代が近鉄南大阪線の開通に尽力したお礼として駅名を「針中野」としたそう。

 南海平野線が開通した際には、中野駅から鍼院まで7ケ所の道標が建てられ、今も残っています。

 これらも「中野のはり」というページで紹介されていますが、何ともプライベートな駅だったのです。

 吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え

 村田英雄が歌う「王将」で知られる、将棋の名人坂田三吉も昭和18年からの最晩年に東住吉区に転居してきたともありました。

 「東住吉区100物語」のような試みは、どの市町村のサイトにもありますが、ここまで作り込まれているのは、やはり愛情の賜物だと思います。

 隣街ですが随分と好きになりました。

 そう考えると、私が知らない街へ行きたいのは「知らない街⇒知っている街」としたいからかもしれません。

 「将棋の駒に 賭けた命」の気持ち、私なりに分かる気がします。物は何も強要してきませんし、手を掛ければ掛ける程よくなるのですから。

 こんなことを書くと寂しい人間だとお思いでしょうが、物街大好きで、結構楽しくやっているのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

毛馬水門から知る事実‐1634‐

 今日は秋晴れで、気持ちの良い一日でした。

 近くに所用があったので、毛馬水門辺りを初めて歩いてみました。

 向かって右の上流側を望むと、琵琶湖から豊かな水が供給されていることがよく分かります。

 四大文明が全て大河の畔で発展したように、飲み水としてだけでなく大河は重要な流通路でもありました。

 堤防の上に「蕪村生誕地」の石碑がありました。

 春風や 堤長うして 家遠し

 芭蕉らと共に江戸時代を代表する俳人である与謝蕪村は毛馬村の出身でした。

 春の海ひねもすのたりのたりかな

 教科書にも出てくる句ですが、大阪らしいユーモアが含まれている気もしてきます。

 その句碑が見下ろす先にあるのが「淀川大堰」です。

 水道水、工業用水の確保が目的で、少し上流にある柴島浄水場から各家庭に上水が届けられているのです。

 日本最大級の潮止、取水堰なのです。

 「平野区史」からの抜粋なので、大和川にフォーカスされた資料ですが、一番上の淀川が毛馬あたりでまっすぐに付け替えられたことが良く分かります。

 かつて淀川は、下流部で大川・中津川・神崎川に分派し、度々大きな水害を起こしていました。

 1886年(明治29年)に、大規模な淀川改修工事が始まります。

 そして1910年(明治43年)に、大川に流す水量調整等を目的とする「毛馬洗堰」が完成します。

 ほぼ同じ位置にあるのが、現在の毛馬閘門(こうもん)と毛馬排水機場。

 左(上流側)にあるのが毛馬閘門です。

 淀川改修工事の際、淀川と旧淀川(大川)との高低差が1mできました。

 その高さを調整することが閘門の大きな役割です。

 四大文明の例を引くまでもなく、水運の重要度は現在の比ではなかったはずです。

 毛馬閘門から南の大阪城側をのぞいてみます。

 現在は砂利の採取船が通るのみですが、1962年(昭和37年)までは貨物輸送船が通っていたそうです。

 ここは小さなパナマ運河だったのです。

 これは今春の写真ですが、水のエレベーターで1m降りた船は、大川を下り桜の名所となった造幣局の前までやってきます。

 中央右手に見えるOBPのビル群手前で、寝屋川、第二寝屋川と繋がります。

 更に大阪の奥深くまで荷を運んでいたのです。

 毛馬洗堰のモノクロ写真を上げましたが、右端の3門は現在の毛馬排水機場の南に残っています。

 更にその南には、「毛馬第一閘門(旧毛馬閘門)」も。

 こちらは上流側のゲート。

 ここに水を貯め。

 下流側の大川へと船を送り出していました。

 右の煉瓦壁に、高い位置と低い位置に「係船環(けいせんかん)」があるのが見てとれるでしょうか。

 1974年(昭和49年)まで現役だったそうです。

 これらは2008年(平成20年)に洗堰と共に重要文化財に指定されました。淀川の治水は明治、大正、昭和にかけての一大事業だったのです。

 信玄堤もそうですが、水を治めたものが世を治めました。

 氾濫を繰りかえす旧淀川、旧大和川を味方につけた、もっと言えばそれらの影響を絶対受けない位置に大坂城を築いたから秀吉は天下人となり得ました。

 しかし淀川と大川に1mの水位差があるということから、淀川が天井川に近いものであることが分かります。

 大和川も秀吉が始めた付け替え工事が江戸時代に完成したものですから、川底を深く掘り下げたものではありません。

 10月中旬の台風19号の爪痕が残ったままの関東で、先週末は21号の影響から、再び千葉で河川が氾濫し人命が奪われました。

 税が必要なら、消費税を上げて貰っても構いません。

 乱暴に言えば、治水においては、昭和、大正、明治、江戸の遺構を使っているとも言えるのです。

 大型台風の度に多くの死者がでるという現実は変えようのない事実です。天下人や三の丸、上町に住む人だけが安全な都市計画では何の意味もありません。

 民間に瑕疵保険、耐震性能、省エネ性能を求めるのと、せめて同じ厳しさで、国も大阪も本気で治水に取り組まねばならない時代に入りました。

 無用に不安をあおるつもりはありませんが、淀川は大川より1m上に流れているのです。

 繰り返しになりますが、お守りのつもりで人数分のライフジャケットを家に置いて欲しいと思うのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

変わるOSAKA、変わらない大阪スタイル‐1633‐

 先日、ミナミへ出たついでに少し歩いてきました。

 天王寺が一番近い繁華街ですが、ミナミも電車で30分圏内です。

 キタも同じようなものですが、ミナミに対してはどこかで「我が街」と思っているところがあります。

 千日前商店街を北へ向かって歩くと、東西に流れる道頓堀川にぶつかります。

 訪日観光客数が、ついに東京を抜いてトップになったという記事を目にしました。

 確かに10年前では考えられない程、外国人が歩いています。

 考えてみれば、大阪ほど安上がりで楽しめる街はそうないかもしれません。

 いくら観光客相手とはいえ、たこ焼きが千円することはないでしょう。

 火災の後、特例で以前の街並みを再現した法善寺横丁も、苔むした水不動尊も、海外の人からみるとエキゾチックな風景だと思います。

 千日前商店街を北に向かって歩いていると、凄い行列がありました。

 ざっと見た感じで100人レベル。

 お好み焼きの「美津の(みづの)」でした。

 2010年の11月に妻の友人が来阪した際に訪れました。

 「確かに美味しかったもんな」と思い出していたのです。

 名物の山芋焼き。

 いくら人気店と言っても、お好み焼きなので1万円することはないでしょう。

 渦巻きお好み焼き、焼きそばといずれも絶品でしたが、この様子では当分無理かもしれません。

 そのまま「美津の」を通り過ぎ、道頓堀商店街まで出てきました。

 ここはいつも通りの賑わいです。

 少し目線を上に上げると、地味な遊園地より余程カラフルで刺激的。

 このSNS時代。大阪の価値はさらに上がったのかもしれません。

 もう至る所がインスタ映えですから。

 ビリケンさんのようにも見えますが、ここに居て問題があるのか、ないのか……

 「くいだおれ」という店は無くなったが「くいだおれ太郎」は健在という、この商魂たくましい街が大阪なのです。

 2010年11月に、道頓堀を歩いた時の写真がありました。

 「ずぼらや」の看板が写っていますが、9年でここまで変わりました。大阪はOSAKAとなったのです。

 写っている子供達がまもなく高校生ですから、おかしくはないかもしれませんが。

 大阪が人気観光都市になった理由として「人が温かい」「コミュニケーション好き(おせっかい)」というものがあります。

 勿論他の都市と比べればそれも大きいでしょう。

 旅行者にとって、「泊まる」と「食べる」は必須です。

 「泊まる」の質を上げようと思えば、高級ホテルに泊まれば良いのですが、「食べる」は少し工夫すれば大したお金を使わなくても、かなり満足できます。

 特に大阪においては。

 そう考えれば「食い倒れの街」に、観光客がこれまで少なかったことのほうが問題なのかもしれません。

 大阪が人気観光都市になったのは、「掛かった費用<満足度」この数式が成り立つからに他なりません。

 そう考えると、仕事のスタイルは大阪スタイルで良いのだと思えてきます。

 進歩、成長は必須です。しかし原理原則が変わることはありません。

 「安くて美味い」

 これの価値を超えることは誰にもできないと、我が街が示してくれたのですから。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

多士済々、週5机寝社長‐1632‐

 日曜日は、夜7時前には家に帰って準備万端です。

 勿論ラグビーワールドカップを観るためです。

 しかし、残念ながらの日本代表の挑戦はここで終わりました。

 南アフリカは非常に強く、日本は田村のキックによる3点のみ。

 しかし、ボディコンタクトのあるスポーツで、日本がここまで勝ち上がってきたことは、素晴らしいの一言につきます。

 「このチームが大好き。負けたことよりもW杯が終わった悔しさがある」というコメントもありました。

 最高レベルにある仲間と、世界の舞台で戦う姿を見せて貰ったことに感謝しかありません。

 次は自分が頑張る番です。

 先週の金曜日、石切にある「ホテルセイリュウ」へ行ってきました。

 石切は東大阪市の東端。

 生駒山の麓にありますが、登りに入った近鉄奈良線が目の前を通ります。

 いつ建ったのかは確認できませんでしたが、2007年に亡くなった黒川紀章設計とのことでした。

 代表作は、中銀カプセルタワービル、ミッドタウンにある新国立美術館。ラグビー日本代表がサモアを撃破した豊田スタジアムも彼の作品です。

 クアラルンプール国際空港などもそうで、世界レベルで活躍した建築家なのです。

 何と言っても、大阪平野を見下ろすロケーションが素晴らしいホテルでした。

 年末で解散が決まっている「盛和塾」ですが、塾生は基本的には各支部に属しています。

 私は縁あって「盛和塾<東大阪>」に所属させて貰いました。

 本体が解散なので勿論支部も解散しますが、形を変えて存続する支部も有ります。

 今後どうするかも含めての、合宿勉強会に参加させて貰いました。

 京セラ、KDDIの創業者である、稲盛和夫塾長の謦咳に触れたく集まった同志でもありますし、12年間所属したので愛着はあります。

 先輩塾生の「解散は『自立せよ』という塾長最後の教えである」という言葉もあり、今後は自分で勉強していくべきかなと考えていました。

 自分の会社であり、自分の人生です。いつまでも誰かが教えてくれるという甘えは捨てなければならないと思っています。

 東大阪塾は規模的にかなり小さいのですが、土地柄もあり、実に多士済々のメンバーが集まっています。

 創業者、2代目、3代目、4代目、メーカーに士業にサービス業。

 中でも、休み以外は殆ど机の上で寝て、風呂だけ家に入りに帰るという塾生も。

 「それは効率悪いよ」という意見もありましたが、その会社はその人が経営者になって、売り上げが4倍になりました。

 同じ能力なら、テンションを維持できれば、沢山働いた方が結果は上です。

 仕事はマラソンなので、体調を崩してはなんにもなりませんが。

 稲盛塾長の教えに「誰にも負けない努力をせよ」があり、私もそうは人に負けないくらい働いてきたつもりでしたが、週5をデスクの上で寝ているとは……

 もう絶句し、何か一回りして皆で大笑いしていました。

 仕事の効率化、余暇の充実が叫ばれ、実際、日本人の労働時間はそう長いほうではなくなっています。

 ただ生き残りたければ、勝ちたければ、誰にも負けないくらい働くしかありません。

 スポーツでトップになろうと思えば、体格なり、運動神経なり、ある程度の素養が必要です。

 しかし、週5机寝さんの結果を見て、改めて仕事に才能は関係ないと思いました。

 決して才能がないという意味ではありませんので。

 「これぞ日本男児」と言えば語弊があるかもしれませんが、色々な国へ行ってみて、粘り強さはやはり日本男児のストロングポイントだと思うのです。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

ゲツモクに綴るブログ。人、建築、自然・・・・・・