ゆっくりあるけ しっかりあるけ 山頭火‐2322‐

アトリエから歩いて10分くらいにある難波宮跡公園。

中央大通の両側に広がりますが、北側には「なノにわ」という商業施設があります。

飛鳥時代から奈良時代にかけて都が置かれ、その宮殿の跡地を公園として保存しているのです。

通りがかると、芝刈りロボットがお仕事中。

側溝ギリギリを攻めています。

少しの間見ていたのですが、意思をもっているかのように、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

芝の無い通路部分を横切ったりもするのです。

ロボットなので、この暑さにも一切文句も言わず、この広大な公園をたった1人(1機)で芝を刈るのですから、尊敬しかありません。

暑くはありますが、植え込みの花は満開。

黄色い花は、マーガレットかデイジーか。

キクのような葉をしているのがマーガレットとあったので、デイジーでしょうか。

足もとでは、紫の小さな花が咲いています。

自然の力がみなぎる季節です。

アトリエで活ける花は、空堀商店街で買ってきます。

花屋さんは谷町筋より東側の空堀ど~り商店街にあります。

店の名前は「山頭花」。

自由律俳句でしられる俳人、種田山頭火からとったのでしょう。
金額も非常にリーズナブルで、とても助かるのです。

1882(明治15)年に生まれ、1940(昭和15)年に松山で無くなった山頭火は、その作風とは異なり、厳しい人生を歩んでいます。

母と弟を自死で亡くし、実家が経営する酒造会社は倒産、離婚し酒に溺れ、自殺未遂……

その中でも、旅をして俳句を描き続けた流浪の人生でした。

AIが経済を支えるように、労働をより多くをロボットが負う時代は進むでしょう。

怒りも、喋りも、貪りもせず、ゆっくり、しっかり働くロボット。
山頭火の詠んだ世界とは全く逆の世界です。

人にとって快適で、清潔な世の中になっても、心の機微を詠む俳句などの淡い文化はこれからも残っていくのでしょうか。

ゆっくり歩いて、しっかり見届けたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

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AIで探す、あの松本ドライブイン‐2321‐

昨日、「seven dreamers Shibakouen Tokyo」【Works 】<Public>をUPしました。

seven dreamersもこの店舗も、2019年に無くなってしまいましたが、当社としては持てる力を出し切って、コンセプトを体現できたと思っています。

よければご覧ください。

ゴールデンウイークの長野行きでは、上高地、安曇野について書きましたが、もうひとつ裏テーマがありました。

最終日の5月6日は松本へ。

松本駅の南に車を止め、蔵造りの建築が多く残る「中町通り」まで歩きました。

女鳥羽川を、松本城のある北側に渡ります。

こちらは「なわて通り」。

こちらは昭和レトロの土産物屋さんが建ち並びます。

女鳥羽川を挟んで2つの商店街があるのです。

昼食をとろうと蕎麦屋を探しますが、14時を回っていたので閉まっているところが殆ど。

意外にも、老舗店らしい「こばやし」が開いていました。

四柱(よはしら)神社の境内からアプローチできるというびっくりするようなロケーションです。

しかし、蕎麦も天ぷらも絶品。明治末期創業は伊達ではありませんでした。

特にさつまいもの天ぷらは、厚みが通常の3倍くらいあるにもかかわらず、ほくほくと甘く、素晴らしかったです。

その後、国宝・松本城へ。

前回、2015年8月に訪れた際は曇りでしたが、この日は青空。

黒を基調とした美しい天守閣は、水面と背後の白馬の山々を従えた絶景レベルでした。

大学の授業があると先に帰った長女には申し訳ないのですが、美しい稜線に囲まれ、これ程水が美しい街はそう無いでしょう。

その後、長男を松本駅前まで送りました。

アルピコバスターミナルから、新宿行きのバスで帰って行ったのです。

松本観光の前に訪れたのは、南北に走る国道19号線と国道158号線が交差する「渚1丁目」。

妻も学生時代からスキーにはまっていました。

シュプール号なる電車もありましたが、安いのは夜行バスでのツアー。
その際に、必ず最後に休憩したのが、あの「松本ドライブイン」です。

この旅行に来る前、かなりのWebサイトを調べたのですが、結局特定できませんでした。

そのことを旅先で長男に伝えると、チャットGPTで調べてくれました。その回答は、19号線と国道158号線が交差するあたりではというもの。

しかし来て見ると、妻は「こんな感じじゃなかった気がする」と。

聞き込み調査をするも、意外に皆さん知らないのです。

長男が、今度はジェミニでリサーチを始めると「見つけたかも」と。

松本市島之内8012-1まで行ってみました。

19号線を4kmほど北上し、左折すれば白馬へ向かう147号線、右折すれば上田盆地へ抜ける254号線。
平瀬口という交差点でした。

現在はジェミニ君の言う通り、日本梱包運輸倉庫株式会社(ニッコン)の松本営業所が建っています。

横を通り過ぎると、敷地に降りる通路が見えました。

多くのバスはここからドライブインに入ったのだと、後で分かりました。

右折して、東に向かう254号に乗るとすぐに高架下に降りる道路があります。

降りてみると、のどかな景色が広がっていました。

60歳代くらいの男性が居られたので、話を聞いてみると、やはりここが松本ドライブイン跡でした。

「高速が安曇野(当時は豊科)まで伸びた段階で、いっぺんにすたれていったよ」と。

松本ドライブインの思い出話をしたあと「地元の方にとって、ドライブインがあったことは良かったことでしたか?迷惑なことでしたか?」と聞いてみました。

「ん~どっちでもないかな。ただ初めてのアルバイトはここだったよ」と。

それを聞いて、何だかほっとしたのです。

元ドライブインの裏側まで歩いてみました。

妻はしきりに「山菜蕎麦が美味しかった」と繰り返すので、長男は「珍しくお母さんがそれだけ言うんやから、相当やったんだろうね」と。

私が「いや、普通のドライブインの蕎麦やったと思うよ。ただ、大阪では食べない、醤油の濃い信州蕎麦は、違った美味しさがあったのは事実かな」と答えておきました。

長野自動車道が安曇野インターまで伸びたのが1988(昭和63)年。私が高校3年生の時です。

大学になってからは自分の車でスキーに行ったので、私にとってもそれまでの思い出です。

沢山のツアーバスがエンジンを掛けたまま待機し、もの凄い排気ガスの臭いの記憶しかありませんが、不思議と嫌な思い出ではありません。

むしろ、そんな臭いとともに当時の記憶が蘇ってきます。
1970年代生まれまでのスキー好きには、共感してもらえるのかなと思います。

長男が言うには「チャットGPTでは無理だったのに、ジェミニはさすがにGoogleだけあって、地図系には強いね」と。

もしWebサイト調べで「アルピコ 松本ドライブイン」で検索していたら、Wikipediae内にあるヒントをみつけられたのですが、AIの威力を思い知ることになりました。

昭和の思い出とAI。

一見相容れないものですが、これが現実でした。
あまり使ってはいませんが、使い方次第であることは間違いないようです。

山菜蕎麦は550円くらいだったかなという話になりましたが、特定できる方や、写真を持っている方が居れば、是非見せて貰えると嬉しいです。

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池原詣では哲学の道‐2320‐

先週末は、奈良県下北山村の池原ダムへ行っていました。

およそ1年振りの池原詣でです。

ゴールデンウイーク最終盤につき、トボトスロープも大盛況。

スロープは勿論のこと、場外にまで車があふれています。

世田谷ナンバーの車が止まっていました。

バスフィッシングの聖地に、全国から釣り人が集まってくるのです。

1枚目の写真が、閑散とした桟橋なのは皆が出船した後だからでした。

ボートは屋外に駐艇しているので、雨、風、雪と過酷な条件にさらされています。

1年振りだったので、何度セルを回してもエンジンが掛からず……

赤と黄のパーツ、ディレイが壊れていたそうで、湖上で修理して貰いました。
本当にありがたい限りです。

気持ちよいエンジン音に満足しながら、遅ればせながら出船です。

湖上には多くのボートが浮いていますが、これもゴールデンウイークならではの風景。

たまにしか来れない人も居ると思うので、邪魔にならないよう、慎重にポイントをセレクトしました。

しかし、ここに通って30年。それなりの引き出しは持っているつもりです。

およそ1年振りの池原フィッシュは、慎重にネットで取り込みました。

43cm、1kg弱の美しい魚でした。

その後、40cm足らずを数匹。

初日はこれで終了です。

2日間で最大は45cmでした。

できれば記録級、最低でも50cmアップを狙いますが、40cm中盤でも満足です。

この景色があれば。

湖上に浮いているだけで、体と心がフレッシュになっていく感じがするのです。

2日目は早めに上り、帰路につきました。

片道2時間ちょっとの道程のうち、半分は山中を抜ける169号線です。

途中、美しい山村を抜け。

奈良盆地を横断し。

大阪に戻ります。

この何百回と通った道は、私にとっての哲学の道です。

軽くハンドルを握り、流れる景色を眺める贅沢な時間。

仕事のこと、家族のこと、今後のこと、そして次回釣行のプランと、思いつくままに物思いにふけるのです。

久し振りに池原に行き、やっぱり釣りが好きなのだと実感しましたが、行き帰りの5時間が一番好きなのかもしれません。

せわしない現代社会、スマホやパソコンを物理的に触れない時間を、積極的に確保しにいく必要があるのかもしれません。

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安曇野水鏡‐2319‐

今年のゴールデンウィークは、雨の上高地からスタート。

5月4日の夕方、上諏訪温泉のホテルに到着したところまで書きました。

翌5月5日は朝から快晴です。

客室の窓を開けると、諏訪湖越しの穂高岳を望む眺望で、朝からテンションが上がります。

長女は、休みたくない授業があるというので、早朝の特急あずさで先に帰京することに。

せめて上諏訪駅まで送り届けてきました。

連泊だったので、遅めに出発して信濃路をのんびり北上します。

地元ラジオでDJが「安曇野水鏡」という言葉を使っていました。

稲が成長する前の水田に、安曇野の風景が写り込んでいる様を指すよう。
なるほど、この時期しか見られない景色です。

冠雪した北アルプスが水田に写りこみ、倍の奥行きを感じさせるのです。

今回は、久し振りに「るるぶ」を購入しました。

前から2番目に取り上げられていた「大王わさび農場」へ向かうと、2km弱の渋滞です。

麦畑の中に咲くのはポピーでしょうか。

これもゴールデンウィークと、景色を眺めながらのんびりと1時間15分程車列に並んで入場しました。

「大王わさび農場」は広大な敷地にわさびが栽培されています。

こどもの日らしく鯉のぼりも。

扇状地に湧き出る豊かな伏流水がわさび栽培に適しており、日本一の規模を誇ります。

大量の澄んだ水が必要なのは、わさび自身から出る毒を絶えず洗い流すためでした。

殺菌効果は自身にも影響を与えるとは、禅問答のような植物です。

農場の名前は、安曇野を治めていた魏石鬼八面大王という怪力無双の首領からとったものと説明書きがありました。

桓武天皇の頃、全国統一を目指す中央政権は、東北侵略の足掛かりとして坂上田村麻呂を派遣し、怪力無双の八面大王と戦うことになります。

最後は兵器で劣る八面大王が力尽きるのですが、あまりに強かったため、再び生き返らぬようにと遺体をバラバラにして埋められました。

農場の一角には胴体が埋められたと言われ、大王神社として祀られています。その故事にちなんでつけられたのです。

前日は雨だったので、川の水は濁っていますが、農場内の伏流水はどこも澄んでいます。

日本一、わさび栽培に適していることが視覚で納得できました。

1時間半並ぶ程の人出で、場内もかなり賑わっています。

1軒のレストランに長男が並び、もう1軒のレストランに妻が並んでいたのですが、妻の並んでいたレストランで何とか昼食にありつくことができました。

本わさびと信州太郎ぽーく、2250円です。

山盛りのわさびをたっぷり付けて頂きます。

わさびソフト2種は、650円と550円。

わさびとソフトクリームがこれほど合うとは、というお味でした。

非常に満足してホテルに帰りましたが、贅沢ついでにオプションメニューを追加しました。

妻には金目鯛の煮付け。

長男には信州プレミアム牛のしゃぶしゃぶ。
たまにしか会えないので、ちょっと奮発してみました。

家庭を持つようになると、旅行に行く機会さえなくなるでしょう。
それがいつになるのかは分かりませんが……

長男は大学4回生、長女は大学1回生です。

それぞれに大きな分岐点に立っています。
親として、仕事人の先輩として、アドバイスできることが色々あるかなと思っていたのですが、結局皆無でした。

それぞれの人生に、親の意思が入る余地などありませんし、その必要がないこともよく分かったのです。

安曇野水鏡。

冠雪のある北アルプスを写す西側も素晴らしかったですが、東側の長野市側を写す緑一色も捨てがたい美しさでした。

京セラ創業者、稲盛和夫さんに盛和塾で教えてもらった言葉です。

子育ては人生の復習だと思っていましたが、それほど簡単に片づけられるものではないようです。

悩みは若者の特権です。悩み、考え、何かしらの答えを出して欲しいと思います。

水面に映る安曇野の風景のように、美しい人生を思い描いて欲しいと願うのです。

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Japan alps 上高地‐2318‐

今日は早朝に大阪を出発。

400km程走って、長野県松本市までやってきました。

アルピコ交通上高地線の新村駅です。

駅前に車を止め、上高地の玄関口にあたる新島々(しんしましま)駅でバスに乗り換えます。

何とも気になる駅名ですが。

マイカー規制があるので、登山バスを予約していました。

1時間程かけて上高地に到着。

しかし残念ながら天気は曇り。

長女は帰省していたので、一緒に行動していたのですが、長男は東京からで、現地で合流しました。

まずは家族写真をということで兄妹の撮影。
昭和の芸人というコンセプトです。

雄大な景色ですが、雲、雲、雲。

前日から大雨でしたが、水は意外にも澄んでいました。

明神池まではバスターミナルから1時間程。

これぞ上高地という景色です。

しかし、帰路は雨が降り出し、4人ともずぶ濡れ。

帰りのバスで暖をとり、ようやく一息ついたのです。

雨の上高地から、先ほど諏訪湖沿いの宿に到着しました。

明治政府が雇った英国人技師が、1877年(明治10)に槍ヶ岳に登った記録を雑誌で紹介しました。

その際に「Japan alps」という表現を使ったことが、今日の「日本アルプス」の語源となったそうです。

子供たちに「Japan alps」を堪能してもらい、絶景の家族写真を撮るつもりでしたが、残念ながらまたの機会に持ち越しです。

今回の旅は2泊3日。

続きは、木曜日にお伝えしたいと思います。

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