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懺悔と青春‐2179‐

新年明けましておめでとうございます。

元旦に、アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode1を公開しました。

よければご覧ください。

2025年の1回目は、昨年末の話からです。

12月30日、阪急うめだ本店のショーウィンドウも、すっかり迎春仕様になっていました。

百貨店の屋上広場から、北西のJR大阪駅側を望みます。

間もなく2024年も終わりだなと、やや感傷にふけるのです。

昨年はオリンピックイヤーだったので、中学・高校の同窓会の開催年でした。

柄でもないのですが、世話役の代表を引き受けています。

2004年アテネオリンピックの年に第1回目を開催。

以降、4年毎の12月30日に開催を続けてきました。

今回、先生方は3名が参加下さいました。

学生時代は、迷惑しか掛けていないと言っても過言ではないのですが、英語担当のA先生には、格別のご迷惑をお掛けしてしまいました。

本当にお世話になり、全く頭が上がりません。

開会のご挨拶をお願いしました。

70歳を超えたとのことですが、とてもお元気で、はつらつとされています。

皆に楽しんでもらうため、2分くらいの近況報告を全員にお願いしています。

なぜずっと私も写っているかと言うと、司会進行をさせてもらっているからです。

この3時間は気合十分、仕事くらいのテンションで臨みます。

初参加の同級生あり。

毎回安定の盛り上げ役ありと、多彩なメンバーが揃っています。

大学教授、海外の大学教授、医師、税理士、会計士、映画監督、CM監督、社長、副社長、SE、エンジニア、研究者、東京、愛知、ニューヨーク、十勝から……

もし子供が将来に迷っていたら、この会に参加するのが一番良いのではと思うくらいです。

と書いてみて、本当に実現したらとても有益な気がしてきました。

体育の先生は当時26歳だったそうです。

熱血指導でここでは書けないネタも満載ですが、そういった先生の話が一番盛り上がるのです。

「若かったので、皆さんにはご迷惑をお掛けしました!」は大爆笑でした。

3名とも、はじめて6年持ち上がったということで「君たちはとても印象に残っている」と。

化学のT先生は、やや体調を崩していたにも関わらず、新型コロナで中止した会を除いて、5回全ての参加です。

こちらの先生には高校生の時「守谷、勉強嫌いやったら高校は義務教育と違うから辞めてもかまわないんやで」と。

本当に、ご迷惑をお掛けしてばかりで……

会の終了後、皆で写真撮影。

最高に楽しい会でした。

その後、阪急東通商店街の串かつ屋さんで2次会。

こちらも31名の参加があったのです。

2004年、第1回目のすぐ後、当時学年主任だったY先生がお亡くなりになりました。

Y先生には「守谷はすぐカッとなりやすいから」と、短気な性格をたしなめてもらいました。

お葬式に寄せてもらったのですが、奥さまが、会から戻ったあと「楽しかった、楽しかったと、何度も言っていました」とお聞きしました。

20年前。

お2人とも本当に若い。

そういう私達も勿論若い。

2016年リオオリンピックの年に参加くださった、国語のS先生が2020年にお亡くなりになりました。

また、第1回目に参加下さった数学のY先生も、2021年にお亡くなりになりました。

冒頭の挨拶で言ったのですが、実際にお会いできることが、当たり前ではないという事を痛切に感じます。

S先生は中1、中2の担任でしたが、2016年のとき「あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と。

本当に、懺悔、懺悔、懺悔しかないのです。

これまでぼんやり書いてきましたが、殴り合いの喧嘩、慰謝料、修学旅行中の別室隔離、学校でお好み焼き、かつ勉強は全くしない。

高槻中学・高校は進学校ですから、先生側からすれば絶対に要らない生徒です。

しかし、大学に入ってからは本気で建築を学び、仕事人としては毎日を全力で生き、誰よりも働いてきたつもりです。

多少はまともになったと思ってもらいたいのと、少しでも恩返しができるならと引き受けたのが、「同窓会実行委員会 世話役代表」でした。

会場捜し、名簿の作成、往復葉書の送付、メール配信、アンケート用紙の作成、そして会が終わった後の情報の整理、母校への報告と、開催年の8月頃から準備を始めます。

やるべきことが結構あるので、全て会社として引き受けているイメージでした。

しかし人手が足りていない今回は、かなり時間の確保が難しかったのが正直なところです。

また、そんな滅茶苦茶な生徒だったので、私以外が代表をすれば参加する生徒も居るのではとも、ずっと思っていました。

そんな理由で、20年勤めてきた世話役の代表を今回で退任させてもらうことにしたのです。

先のT先生にこんなことを言ってもらったことがありました。

「僕は今の生徒に、こんなことを言っているんや。

この学校に来れる子は、頑張れば絶対何とでもなる。

それは守谷を見てそう思う」と。

もとが真面目な人より、ヤンキーが厚生した方が偉く見えてしまう的なところもありますが、私にとってこれほど嬉しい言葉はありませんでした。

20年前と言えば34歳です。

自分で見ても若いと思います。

はっきり言えば、この会は私にとって、懺悔と青春だったと思います。

私は働きもしますが、前にも出ます。そこを陰から支えてくれたI君には感謝しかありません。

次回の第7回は、2028年ロサンゼルスオリンピックの年です。

世話役を退任した次回、参加したいと思うのかなとか思ったりもします。

まだ4年あるので、それはまたその時に考えてみたいと思います。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

30年を経て変わったこと、変わらないこと‐2170‐

梅田界隈も、イルミネーションがクリスマス仕様でした。

「関西スキー部30年ぶり大大大同窓会!」が週末に催されました。

関西の大学でスキー部だった人たちが、60名程集まっていました。

中学高校の同窓会の幹事をしていますが、オリンピックイヤーの今年は開催年です。

12月30日が開催日なのですが、270人の生徒+先生に対して現在の参加の意思表示は28名。

母体がどのくらいなのか分かりませんが、凄い結束力だと思います。

あまり知らない方のところにも挨拶に行こうと思っていたのですが、ただただ楽しい時間。

2次会も合わせて、あっという間に4時間半が過ぎてしまいました。

近畿大学では体育会スキー部に入れなかった私を、甲南大学のスキー部に紹介してくれた中学高校の友人がいます。

2次会後は、タクシーで彼のお父様の別荘?へ。

10人程で移動し、3次会は朝方まで続いたのです。

翌朝、その友人に「ここ初めてやったっけ?」と言われましたが、完全に初めてです。

お爺様が所有していたこの家に、お父様が手をいれたとのこと。

大阪湾を見下ろすジャグジーもあります。

炉を切った和室の奥には、水屋も。

廊下がゆったりとした、本格的な数寄屋造りです。

母屋と東屋は、見事に色付いたモミジに抱かれているかのようでした。

朝のうちに帰る後輩と、ゆっくり街を見ながら駅まで歩きました。

近畿大学に通いながら、週3回ほど甲南大学での練習に参加するという日々だったので、六甲、芦屋あたりにはよく立ち寄りました。

30年前と比べれば、仕事人として少しは成長したと思います。

しかし、本当に成功するということがどういうことか、彼のご家族を見るひしひしと感じます。

ただ、本当に良いものを見せて貰いました。

上には上がありますが、その景色を見たことがあるのと、無いのでは全く違うと思います。

ル・コルビュジエのロンシャンの礼拝堂も見ました。

贅を尽くした数寄屋造りも見ました。

あとは仕事で表現するだけ。

今年の締めくくりの1ヵ月が始まりました。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

変わるホテル、変わる同窓会‐2114‐

2024年はオリンピックイヤーで、パリ大会が開催されます。

中学高校の同窓会をオリンピックイヤーの12月30日に開催すると決めたのが2004年。以来、世話役の代表を務めてきました。

前回、東京大会の年は新型コロナで中止としましたが、前々回と合わせて、会場は大阪マルビルの第一ホテルでした。

ご存知の通り大阪マルビルは昨年から解体が始まっており、新しい会場を探しています。

4年毎の開催なので、1回飛ぶと8年振りになります。その間で、大きく変わったのが物価とサービスです。

3時間7500円前後の会費で開催してきたのですが、ホテルなら1万2千円以下では難しそう。それで、レストランも含めて会場を探していました。

阪急梅田駅の東にあるNU茶屋町。

中央を抜けるとNU茶町+もあります。

2つの施設が一体となり、緑が多くとても良い感じです。

飲食店は概ね上層階にあり、テラス席がある店舗もありました。

金額的にはホテルより抑えられそうです。

阪急古書のまちを南に下って移動します。

こちらも大きく雰囲気が変わりました。

おしゃれではありますが、統一感がありすぎて私は昔の方が好きかなと思います。

次は阪急百貨店のレストラン街を見に行ってきました。

こちらも上層階に多くの店舗が集まっています。

最上階は屋上広場が隣接しており、非常に開放的な雰囲気。

昼時だったので、弁当を食べるビジネスマンや、ベビーカーを押した子供連れの若いお母さんたちが話に花を咲かせていました。

まさに都会のオアシスです。

テラス席があるなら、愛煙家の人にもよいかなと思っていたら、NU茶屋町も阪急百貨店も全館禁煙だそうです。ただ、喫煙室はあります。

なんと表現の難しいことかとも思いましたが。

何と言ってもロケーションが良いので、こちらが第一候補かなと思っています。

ホテルは金額も上がりましたが、年末年始に宴会を受け付けていないところが多く、その変化にも驚きました。

「ホテルってそれが商売なのでは」と思わず口に出てしまいました。メールでのやりとりなので、直接は言っていませんが。

2004年、第1回目の会場はモントレ大阪。会費は8000円でした。

20年前ですから、1.5倍の1万2千円は妥当な金額だと思います。しかし、少しでも多くの参加者を望むなら、抑えれる限りは抑えておきたいと思います。

物価が上がっても、何かしらの選択肢があるのが、日本の良いところでもあり、駄目なところかもしれません。

相当に迷惑を掛けた、母校への恩返しのつもりで始めた世話役の代表。足掛け20年、1回の中止は含みますが司会も合わせて、6回務めさせてもらいました。

自分なりにかなり力を入れてやってきたつもりですが、一番迷惑を掛けた恩師も鬼籍に入られました。そろそろ今年で退任させて貰おうと思っています。

世話役ともほぼ4年に1回しか会わないので、会の最後に皆と相談したいと思っています。

■■■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

10月27日『houzz』の特集記事
「滋賀の家」掲載

10月11日『homify』の特集記事
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

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開催か、延期か‐1931‐

2004年、アテネオリンピックの年から、中学・高校の同窓会の世話役をしています。

お盆期間に、その世話役会がありました。

会場へ向かうために梅田の地下街を歩いていると、沢山のヒマワリが飾られています。

「よく出来ているなぁ」と通り過ぎようとすると、水やりをしている人がいます。

聞くと本物だそう。

宣言の無いお盆。

第7波のピーク。

2つの基準が皆を悩ませました。

商業施設側も、本当に難しいところでしょう。

BIG MAN前を通ってみると、やや少な目な感じ。

そのまま紀伊国屋書店の西を抜けて、北向き地蔵のある地藏横丁へ。

こちらの通りは人出もまばらでした。

阪急梅田駅の西側をさらに北へ歩きます。

DDハウス までやってきました。

会場は感染対策がしっかりなされている、DDハウス横のがんこ梅田本店です。

5人の世話役と、1人の同級生が集まったのですが、議題は2020年の年末から延期している同窓会開催の可否です。

開催日時をオリンピックイヤーの12月30日と決めたのは、誰もが覚えやすいからです。

しかし、2020年の東京オリンピックは2021年に延期。状況は微妙で、2021年末も延期としました。

この年末の開催も視野に入れていましたが、最終的にはパリオリンピックの2024年末まで延期することにしました。

新型とはもう思えないコロナですが、感染者数は過去最多。

しかし、高齢者以外は重症化のリスクもそこまで高くないとも言われます。それでも3、4ヵ月毎に波がやってきます。

しっかり対策をし、少人数での会食はよいと思いますが、パブリックな会は、もう少し機運が高まってからにしようという結論になりました。

1次会終わりで、北新地まで歩いてきました。

21時頃でしたが、人出の少なさはこちらのほうが顕著。

北新地のはずれにある、大学時代の同級生の店に、久し振りにやってきました。

先客も4人あり、同級生のマスターも絶口調で、まずは一安心。

ひとしきり話した後、ラーメンでも食べて帰るかと新御堂筋まで出ました。

しかし営業している店は全く無し。ここまで夜の街が変わっていることを目の当たりにし、かなり衝撃を受けました。

がんこ梅田本店もほぼ貸し切り状態でした。

「マスクイケメン」とか「マスク美人」なることばも生まれています。

会計をしてくれたのは、女将さん的なマスク美人。(マスク無しでも美しいのだと思いますが)

「こんなにお客さんが少ないお盆は……」という言葉と、生え際に見える白いものに、疲弊と悲哀を感じたのです。

本当に延期で良かったのか……

感染症研究者でも政治家でもない私に答えはありません。

ただ、年末数カ月前に結論を出すなら「否」としか言えない消去法です。

2年半前は、蓼科へスキーに行きました。

コロナを気にせずに出掛けた、最後の家族旅行だったと思います。

今から2半後、どんな世の中になっているのでしょう。

マスクなしで話し、笑える世の中になると信じて、もう少し我慢します。

■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記
『 建築家・守谷昌紀TV』

人生は総懺悔‐1762‐

 今日は成人の日ですが、式典の延期や中止の報道もありました。

 新成人の方々は忸怩たる思いだと思いますが、まずは生きていればこそ。その忍耐は、必ず活かされる時がやってくると思います。

 彼らだけでなく、今は我慢の時です。

 年末のことですが、大坂七墓のひとつだった長柄墓地(現在は大阪市設北霊園)に立ち寄る機会がありました。

 昨年は梅田墓地の発掘調査の話も取り上げましたが、現代の大阪の真ん中に、これだけ大きな墓地があるのかと驚きました。

 それでも往時の2/5の規模だそうです。

 お盆あたりと年始くらいは毎年墓参りに帰っていたのですが、今年も難しいかもしれません。

 年末から画像だけ上げていた、12月28日発売の『suumoリフォーム(関西版)』

 内容には触れていませんでした。

 今回、作品掲載はないのですが、「満足度アップのために、デザイン力のある会社を選ぶコツ」という私のインタビュー記事が掲載されました。

 一昨年発売された『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』 では「回遊できる家」が掲載されました。

 その取材に来てくれたライターさんが「守谷さんの話しが、フラットで分かりやすかったから」と編集部に推してくれたようです。

 お代を頂いての取材は、やはり光栄なことです。

 ところが発売の少し前に、編集部から「suumoリフォーム情報誌シリーズを休刊します」という案内が届きました。

 よって今回が最終号なのです。

 私は紙媒体が大好きですが、web全盛の時代になり、さらに非接触が加速する中、時代の変化は誰にも止められません。

 これは他人事でなく、自分達も進歩、変化していかなければ、時代の藻屑と消えてしまうのです。

 紙媒体と言えば、年賀状も減る一方というニュースばかりです。

 アトリエmとしては、お世話になった方々に、「一所懸命に頑張っています」という報告のつもりで、出来る限り出すようにしています。

 今年の作品は結構迷いましたが、年末にUPしたばかりの「ときめく紺色の家」にしました。

 家族用は、夏の八ヶ岳行きにしました。

 高槻中学、高校の同窓会の幹事を引き受けているのですが、昨年末の開催予定が、この状況でひとまず1年延期しました。

 恩師や同級生からの年賀状にも、同窓会に関してのコメントをいくつも貰ったのです。

 「オリンピックもどうなるか分からないので、難しそうですね」

 「楽しみにしているので、是非開催してください」

 概ねのこのような意見でしたが、こんなコメントもありました。

 「考え方を変えて、デイキャンプ形式にしてみてはどうですか?」

 なるほど、そんな考え方もあるのかと思ったのです。

 秋までには方針を決めなければなりませんが、私なりに全力で判断しようと思います。

 幹事をしている関係から、『高槻の歩み つたえる・つながる・つくる』の編集部から、昨年の夏にお亡くなりになった、澤田先生への追悼メッセージを貰えませんかと連絡を貰ったのが10月のこと。

 こちらは年末に冊子が届きました。

 悪かった自慢をしたい訳ではなく、素直に澤田先生へ気持ちを綴ったつもりです。

 中学1、2年の担任だった澤田先生は国語の中でも古文が専門でした。

 源氏物語、方丈記、徒然草と、当時はろくに授業も聞かずで、成績も最低。

 何故あれ程魅力的な古典を、しっかり澤田先生から学んでおかなかったのか……

 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。 

 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

 『方丈記』 鴨長明

 川の流れはとどまることなく、元のままということはない。よどみに浮かぶ泡は、消えたり、生まれたりで長くとどまることもない。この世の人も住みかも同じようなものである。

 美しい都に軒を連ね、住まいで格を争う、身分の高い人も、低い人もがいるのはいつの世も変わらぬものだが、昔からある家は稀である。ある家は去年焼けて今年新築してある。大きな家はなくなり小さな家となっている。住む人も同じようなものだ。住む所が変わらない人も多くはいるが、ずっと昔から代々住んでいる人は2、30人のうち僅かににひとりかふたりだ。朝亡くなり、夕方に生まれる、水の泡と同じようなものなのだ。

 私なりに意訳してみました。答えは見ていないので、澤田先生に採点して貰おうと思います。

 中高の成績は270人中、大体が下から2番目でした。

 もう1人強者(表現がおかしい!)が居たのですが、中学で辞めてしまったので、もしかすると高校時は最下位だったのかもしれません。

 そんな私が幹事の代表をしているのは、総懺悔に他なりません。

 迷惑を掛けた先生、手を出してしまった同級生、通学中に喧嘩になった他校の……

 もうきりがありません。

 アトリエmを興してから少し経った時、何故か「人生は総懺悔」という言葉が頭に浮かびました。それから気持ちが楽になりました。

 お詫び、お詫び、お詫び。

 働く、働く、働く。

 もうこれしかありません。

 澤田先生とともに、ご迷惑をお掛けした先生、同級生には総懺悔し、精一杯働くことを年始にお誓い申し上げるのです。

■■■12月28日発売『suumoリフォーム(関西版)』にインタビュー記事掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■9月11日発売『リフォームデザイン2020』「回遊できる家」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

ちょっと相当ヤンチャな愛嬌‐1709‐

 平時なら青葉美しい季節ですが、今年は休まる時がありません。

 梅雨とは言え、これだけ雨マークが続く天気予報はなかなか……

 「令和2年7月豪雨と命名」という記事がありました。

 地域名が入っていない通り、九州から東海、東日本に至るまで、日本列島を覆う程の雨雲をみると、不気味にすら感じます。

 河川の氾濫によって、濁流に家や田畑をのまれた人達の気持ちを慮ると、やりきれない気持ちになるのです。

 近所の中学校は開校していたようですが、電車通学の我が家の兄妹は2日続けての休校でした。

 土曜も学校があった私達世代と比べると、ことしの登校日は半分くらいになってしまうかもしれません。

 縁あって、中学・高校の同窓会の世話役代表を引き受けています。

 開催日をオリンピックイヤーの12月30日と決め、2004年に第1回を開催しました。

 2016年の第4回が最多で64名の参加。

 同窓生270名のうち、100名くらいが参加してくれる会になればと思い、4年に一度だけ、母校と同窓生のために頑張っているつもりなのです。

 前々回から、会場は大阪マルビルの第一ホテル、開始時刻も17時に固定しました。

 そんな関係で、私が進行もさせて貰っているのですが、3時間程かけて参加者全員が、順に近況報告をするだけ。

 だけなのですが、とにかく楽しいのです。

 普段連絡を取り合っている訳でもないのに、完璧な間合いでつっこみが入り、盛り上がります。空間がとても温かいのです。

 今回案内を出すと、2割くらいの返信がありました。

 その中に、当時現代文を教えてくれた中條先生からのものがありました。

 この6月に『蒼穹』(そうきゅう)という俳句の句集を出版されたとのこと。1冊送って下さったのです。

 すでに重版されているとのこと。1句触れてみたものがあったのですが、俳句はあまりにも知識がなく、もう少し勉強してからにします。

 ご自身のブログにそのやりとりをUPして貰っています。

 宮本輝の『優駿』と志水辰雄の『散る花もあり』を教えて貰ったのが中條先生で、どちらもストーリーが刺激的なのですが、リズムの良さ、文章の美しさが印象に残っています。

 もっと正直に言えば、折角書くなら、このレベルまで行ってみたと、心のどこかで思っているのですが。

 私の印象としてこう書いて下さいました。

「モリヤ」という呼び名の響きとちょっと相当ヤンチャな愛嬌ですね。そのずっとあとになってビフォーアフターで匠(アゲイン)を伝え聞いて嬉しかったですね。

 当時のあだ名が「モリヤ」で、かなりソフトに書いて貰ったのですが「相当ヤンチャな愛嬌」という表現がすっかり気に入ってしまったのです。

 来年が定年とのことで、最後はこう結ばれていました。

 こんなに嬉しい教え子からのメールは本当に久しぶりです・・・楠葉の花屋さんと同期でその彼のことは「激務をぬって二、三度出席してくれたはずです。」と教えてくれました。

2021年の歳末には激務ではないと思いますが…万難を排して出席させていただきたいです。

 母校である高槻中学・高校をどう書くかは難しいのですが、近年共学となり、更に偏差値を上げていると聞きます。

 弁護士、医師、上級国家公務員と錚々たるメンバーに加えて、パチプロをしている同窓生がいるという話もあります。

 中條先生も参加表明をして下さり、そんなユニークなメンバーの前に立つ訳ですから、毎回何かしらの結果を出して、参加したいと思っています。

 2004年、「平野西の家」が初めてのテレビ放映。

 2008年、「境内の中にある家」が『スーパーニュース』で密着取材。

 2012年、「住之江の元長屋」ビフォーアフター』出演。

 2016年、阿倍野の長屋住人十色で放映。初めての著書出版報告。

 発売は2017年という裏技でしたが、オリンピックイヤーは特に結果にこだわるのです(笑)

 第5回は、1年伸びた5年分の成果、関西建築家大賞という結果を持って参加したいと思っています。

 同窓会の世話役は、楽しみであり、遣り甲斐であり、励みでもあるのです。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行
巻頭インタビューが掲載されました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
■2月13日 『Best of Houzz』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■9月30日発売『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』「回遊できる家」掲載
■7月21日BS朝日『大改造!!劇的ビフォーアフター』「住之江の元長屋」再放送
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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人気者が人気者である理由‐1339‐

 新年あけましておめでとうございます。

 今年の3が日は、よい天気が続きそうです。

 昨年末の12月30日、中学・高校の同窓会を開催しました。

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 会場は大阪マルビルの第一ホテル。

 母校は中高一貫教育だったので、6クラス270名のほぼ全員が、6年間を一緒に過ごしました。

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 今回が第4回目で、59名の同級生と、5名の先生が参加。

 64名の会になりました。

 弁護士、テレビ局のプロデューサー、映画監督、注目ベンチャーの経営者、大学教授、監査法人、参加者の2割が医師という、本当に多種多様な職業についています。

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 2004年の第1回から、私が世話役の代表をしており、その関係で会の進行も兼ねています。

 正式な同窓会を開催しようとなったとき、妙な男気をだしてしまったのが始まりでした。

 しかし、やる以上はグループ等に関係なく、皆が来やすい、皆が楽しい会にしたいと思っていました。

 まず日程まで分かりやすくするため、毎回、オリンピックイヤーの12月30日の開催と決めたのです。

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 教鞭をとる現役の先生は、ついに1人になってしまいました。

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 あの怖かった、体育の先生も60歳を越えてこの笑顔。

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 今回は、来年米寿を迎える、国語の先生が初めて参加してくれました。

 こちらの先生、私の中1、中2の担任の先生です。

 これまでも、招待状は出していたのですが、今回は体調が良ければ参加すると返事を頂いていました。

 そして世話役の同級生が車で迎えに上がり、来場してくれたのです。

 来られた際、「世話役をしています守谷です。覚えて頂いていますか」とご挨拶しました。

 すると、「覚えてるわよ~、あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と、満面の笑みで返して下さいました。

 この時ほど、喧嘩をして良かったと思ったことはありません。冗談ですが。

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 会の趣旨に添うよう、先生も含めて参加者全員に1~3分の近況報告をしてもらいます。

 毎回、3~4時間、ただこれをするだけの会なのですが、かなり盛り上がるのです。

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 全員がいつも舞台を注目している訳ではありませんが、先生をはじめ、要所要所を、当時の人気者達が盛り上げてくれます。

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 こちらの先生は、私が高1の時の担任です。

 ある理由で、修学旅行の途中から、個室監禁の罰を受けることになった私。

 帰りの電車で途中下車して、ある同級生の自宅に、一緒に謝りに行ってくれました。

 こういうことを、恩師と呼ぶ理由にして良いのか分かりませんが、本当に感謝しています。

 今回の近況報告で一番盛り上がったのは、こちらの先生による思い出話。かなりのレベルまで踏み込んだもので、大爆笑でした。

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 当時の人気者と書きましたが、私は人気者ではありませんでした。

 彼らは部活の主将だったり、腕っぷしに一目置かれていたりと、いつも人の輪の中心にいる同級生達です。

 彼に至っては、270名全員の卒業文集に目を通し、ネタを準備してきてくれました。大爆笑をかっさらって行きました。

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 しかしこの歳になり、その理由が、スポーツが出来るからとか、主将だからとかいうものではないことがよく分かります。

 サービス精神と行動力が溢れているのです。

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 それを昔の仲間は皆知っており、困ると彼らを頼ります。

 そして、必ず解決してくれるのです。

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 最後は胴上げされる先生まであらわれ、お開きになりました。

 谷沢永一の言葉を借りてみます。

 可愛気の次に人から好まれる素質、それは、律気、である。秀吉は可愛気、家康は律気、それを以て天下の人心を収攬した。律気なら努めて達し得るであろう。律気を磨きあげれば殆ど可愛気に近づくのである。

 学生時代、あいつらの周りには、いつも人が居て羨ましいなと、思っていました。

 そうでなかった理由は、可愛気も律義もなく、自分のほうばかり見ていたからだとよく分かります。そして、可愛気の最高品質を、結構見て来たので、私は律義を目指します。

 この会の後ほど、清々しい気持ちになることはありません。4次会まで行き、朝4時まで飲んでいました。

 この日はしゃべり続けて12時間。おつりが出るくらい楽しみました。

 次回は2020年東京オリンピックの年です。

 皆の前で、胸を張って近況報告ができるよう、まずは今年、そしてあと4年を頑張るのみです。

 今年も全力で行きますので、この日記ともども宜しくお願い致します。