タグ別アーカイブ: リノベーション

2025年 暮れは元気にご挨拶‐2282‐

土曜日に、ホテルライクなコートハウス「ドッグランのあるタイル床の家」の動画も公開しました。

また、移住して住む、築100年の「下北山村の古民家」をWebサイトにUPしました。

よければご覧ください。

今年最後のゲツモク日記は12月29日。

今年もあと3日ですが、私の2025年を振り返っておきたいと思います。

1月 懺悔と青春‐2179‐

今年の第1回目は、2024年末に開催した、中学・高校の同窓会からでした。

体調を崩していた化学のT先生は、新型コロナで中止した会を除いて、5回全ての会に参加してくださいました。

先生は私が高校生の時「守谷、勉強嫌いやったら高校は義務教育と違うから辞めてもかまわないんやで」とまで言われたのです。

しかし、仕事では頑張ったと認めて下さり、近年は「うちに来るくらいの学生は、頑張ったら何にでもなれる」と、私を例に紹介して下さっていると言って頂きました。

これ程嬉しい言葉はそうありません。

しかし、11月末に先生の奥様からお亡くなりになったという喪中の葉書が届いたのです。

命は有限とはいえ、70歳を少し過ぎただけで何とも残念でなりません。

2月 いよいよ新アトリエ始動‐2195‐

2月12日に上町にアトリエを移転しました。

しかし、まだ1階のみ完成しておらずで、クライアントには仮の状態で駐車してもらっています。

1月か2月には完全に出来上がった状態をお見せできると思います。

3月 大阪より下町な東京‐2203‐

娘が今年受験で、大学を見てまわりました。

東京、横浜を回ったのですが、長男とも待ち合わせて食事に行きました。

中野あたりに住んでいるのですが、東京の下町がこれ程下町だったことに驚いたのです。

4月 生涯一、又兵衛桜‐2206‐

いつかは、と思っていた又兵衛桜。

何度か訪れているのですが、散り際だったり、雨の後だったりでした。

完璧、といえる状態の又兵衛桜は、文句なしで生涯一の桜でした。

5月 必見、世界遺産・二条城での アンゼルム・キーファー展‐2213‐

ゴールデンウィーク中に、京都の二条城へ。

アンゼルム・キーファーの展覧会は、ロケーション、会場、天気、作品と、全てが揃っていました。

QRコードで作品の詳細が見れることも、より面白さがアップしたと思います。

6月 関西万博<後編>ガンダムで締め‐2225‐

なかなか足が向かなかった万博ですが、6月に行ってきました。

建築市の要素もあるので、職業柄悔しい気持ちもあります。

とは言え、行けば行ったで楽しく、学びのある場でした。

7月 全てはこの1枚のために、建築確認の検査済証‐2237‐

2020年から「ささき整形外科デイケアセンター」の計画が始まり、今年の8月に「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」が完成するまで5年半通った、兵庫県揖保郡の太子町。

8月の完成も嬉しかったのですが、増築の確認申請の検査済証が下りた7月末は、本当にほっとしました。

その苦労を、検査員の人と分かち合ったのです。

8月 鳥羽、神島で三島文学に触れる<前編>‐2244‐

最近、なぜか三島由紀夫が気になり始めました。

それで、代表作の純愛小説「潮騒」の舞台となった、三重県鳥羽市の神島を訪れてみました。

「昭和とともに生きた小説家」三島由紀夫

彼が描いた、古き良き昭和の日本が、いまだに残っていることに感激したのです。

9月 能登半島地震、復興まちづくり支援。一歩前へ‐2248‐

JIA(日本建築家協会)が専門家のボランティアを募集しており、能登半島地震の復興支援活動に参加しました。

海岸線が隆起し、遠く広く続く西側の海岸線。

反対に、東側は地面が下がり、高潮の際は港付近の建物は浸水の被害を受けています。

何より、火災と揺れで甚大な被害を受けた輪島港の景色は、壮絶なものがありました。

これからも大地震は起こるでしょう。プロとしてできることはしたいと思っています。

10月 大谷劇場第一幕完結、歴史街道高槻で言葉は洗って使うを知る‐2262‐

今年も規格外の活躍を見せた大谷翔平選手。

7回途中無失点、10奪三振、3ホーマー、うち1本は場外弾。

その場面をリアルタイムで観れたことに感謝します。

合わせて、私にとって遠くて近い街、高槻もレポートしています。

11月 院長の江口さんから届いた1年後の感想‐2269‐

昨年の9月に完成、開業した「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」

コンセプトが固まった時から、絶対繁盛クリニックになると確信していましたが、今月お会いした際には「ほぼ一杯一杯のところまで患者さんが来てくれています」と。

本当に嬉しいことですが、江口さんの1年後の感想に感激しました。

年2の会食を楽しみにして、一層仕事も励もうと思えるのです。

12月 やっと会えた、ゴッホ‐2280‐

実家に居る時は机の横に貼っていた「夜のカフェテラス」。ゴッホの中で最も好きな作品です。

それが神戸までやってきました。

色、タッチ、キャッチーさ。その分かりやすさが、ゴッホの一番の魅力だと思っています。

実は土曜の夜から、池原ダムに一旦寄りました。

現在池原ダムの水位が低く、ボートを降ろせないのですぐ南の七色ダムまで牽引してきました。

ボートトレーラーを接続すると、全長が10m以上。普段牽引しないので、これがなかなか緊張するのです。

半年に一度くらいは動かさないと不具合が起こるので、何とかやってきたのです。

ただこの寒さで、霜がびっしりです。

ただ、日が昇ると、気温程寒さはありませんでした。

基本厳しい時期ですが、そこはハイテク機器の力を借りて。

まずは、30年前から通っているポイントで何とか1本。

そしてこの時期の定番場所でもう1本。

飛び切り大きい訳ではないですが、十分納得です。

ただ、一番のショックは定宿だったバンガローに早起きパックの割引が無くなっていたことです。

ほぼ半額で泊まっていたので、これはなかなか堪えます。

物価高の世の中なので仕方ありませんが。

冒頭に書いたT先生ですが、昨年末の同窓会では歩くのも大変そうでしたが、参加して下さいました。

2004年の第1回目の同窓会参加のすぐ後、当時学年主任だったY先生がお亡くなりになりました。

Y先生にも「守谷はすぐカッとなりやすいから」と、短気な性格をたしなめてもらいました。

お葬式に参列すると、奥様から「同窓会が楽しかった」と繰り返していたとお聞きしました。

私の中1、中2の担任だった国語のS先生です。

2016年に最初で最後の参加となりました。

「世話役をしています守谷です。覚えて頂いていますか」とご挨拶すると、「覚えてるわよ~、あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と、満面の笑みで返して下さいました。

恩師などひとりも居ないと思っていましたが、この歳になって、本当に色々な人に関わって頂き、自分があることが分かりました。

遅すぎると思いますが。

当時は、本当にダメ生徒でしたが、もっと褒めてもらえるよう、少しでも世の中の役に立てるよう精一杯生きるしかありません。

この年末は、T先生のご冥福を心からお祈りしたいと思います。

長くなってしまいましたが、本年も「ゲツモク日記」「ゲンバ日記」『建築家・守谷昌紀TV』にお付き合い頂きありがとうございました。

2026年も、皆さんにとって素晴らしい1年となることを確信しています。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

安満遺跡公園の今は無き抜け道‐2263‐

前回は、大谷翔平選手の歴史的活躍と、保健組合のウォーキングイベントに参加したことを書きました。

高槻城跡周辺を歩いたのですが、すぐ近くの高槻中学・高校に通っていたにも関わらず、全く知らない所ばかりでした。

最後は、安満遺跡に向うために母校の前を通りました。

裏門に通じる細い道沿いの景色が全く変わっておらずで、かなり懐かしかったのです。

170号線を北に10分程歩くと見えてきました。

安満遺跡公園として整備されていますが、兎に角広い。

飲食店やキッチンカーも出店しており、昼食は困らなそうです。

てんしばにもありましたが、子供玩具のメーカー、ボーネルンドの施設がありました。

手前にある大きな庇の下で、多くの子供が遊んでいましたが、酷暑の時代なので、子連れ世代は重宝したと思います。

南は阪急京都線まで。

北はJR京都線までなので、2路線のあいだ全てがオープンになっています。

遮るものがないので、風が吹き抜け、とても気持ちがよいのです。

中央あたりには、レストラン、体験施設もありました。

安満ムラは、三島地方で初めて米作りを行った集落です。

東西1500m、南北600mにおよぶ規模で、現在の安満遺跡公園の倍ほどの大きさでしょうか。

弥生時代のほぼ全期間・約750年存続しました。

濠を巡らせた環濠集落の南側には用水路を備えた水田が広がり、東側と西側は墓地になっていました。

居住域・生産域・墓域という集落の3要素が。史跡として保存されているのは全国でここだけだそうです。

高槻城の際にも触れましたが、芥川の扇状地で水に恵まれていたこと、淀川の水運に恵まれているという点も繁栄が続いた理由でしょう。

出土した土塁と環濠を再現したものでしょうか。

白玉砂利で遊んでいる子供が、本当に沢山居ました。

子供の遊び場は、こういったものが一番適しているのではないかと思ったのです。

先に紹介した中央部にあるレストラン棟ですが、真南を向いて建っていますが、エントランスから真っすぐに小径がに伸びています。

公園のWebサイトには、「昭和初期に建造された、ハーフティンバー方式を採用したモダンな建物です。レストランファーマーズクラブや休憩室、展示室(京大農場ヒストリー)があります」と紹介されていました。

妻が高槻市の出身で、この場所は元は京都大学の付属農園だったそうです。

その移転に伴って、公園が計画されたことは、高槻市のWebサイトにも告知されていました。

レストラン棟は、当時の建物をリノベーションして利用されています。

1本南に171号線が走っていますが、混雑時には、北進するとレストラン棟にまっすぐぶつかる道を、義父が抜け道としてよく使っていたそうです。

道の両脇には街路樹が続き、海外のような景色だったと言っていました。

テンションが上がって、妹に動画を撮って送っていたのです。

建物内の休憩室から、元抜け道を見返してみました。

北海道大学のイチョウ並木のような景色を想像していたのです。

リノベーション、増築は、様々な法規制を受けるのでなかなか大変ですが、その分遣り甲斐もあります。

建物と共に人の記憶はあるのですから。

■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■

■■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

水と戦い、ともに暮らす‐2242‐

昨日、「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode5を公開しました。

2階アトリエの移転は完了していますが、本棚だったり、机だったりを取りつけながら完成を目指しています。

3階の仮設キッチンが、ようやく最終形のキッチンに入れ替わりました。

本当に色々ありましたが、ようやくゴールが見えてきました。

今日は山の日で休日でした。

ただ、エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」は、お盆休み中に既存棟の最終工事が残っています。

すぐに応対できるよう、私は大阪で待機しています。

ですが、ちょっと買い物へと、イオンモール大阪ドームシティへ行ってきました。

東側を流れるのは木津川です。

こういった景色も含めて、川沿いらしい雰囲気です。

木津川は、少し南で東から流れてくる道頓堀川と西に流れる尻無川と十字路のようになっているのです。

東側にあるのは道頓堀川水門ですが、かなりモダンなデザインです。

施工は竹中土木だと分かったのですが、設計が誰なのかは分かりませんでした。

大阪市のWebサイトに以下の説明がありました。

平成12年(2000年)完成。東横堀川水門(ひがしよこぼりがわすいもん)とあわせ、高潮防御機能、水質浄化機能、舟運活性化機能などの役割を果たしている。木津川の対岸にある京セラドーム大阪周辺の景観を配慮した設計となっており、近未来的な外観デザインが特徴的である。

高麗橋のすぐ南にある、東横堀川水門とを上げ下げすることで、潮位差を利用して、水を浄化させているそうです。

潮位差が大きい時は、船の航行ができないので、2重水門内で待機し、水位を合わせるともありました。

大雨対策や高潮防御の役割もあり、美しさと機能を備えた水門でした。

八百八橋の大阪ですから、水と戦い、ともに暮らしてきたことは間違いありません。

九州からは、水害のニュースが届いています。

気候変動によって、その猛威はレベルをあげていますが、何とかうまくやっていく方法はないものでしょうか。

あるクライアントの奥さんが佐賀の出身で、水害、台風に対しての備えは、全く違うレベルの意識があるそうです。

最近は、降る時は一気です。

何とか被害が最小となることをお祈りするしかありません。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

誰よりモノが好き‐2201‐

アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode4を、一昨日公開しました。

ちょこちょこ書いていますが、笑ってしまうくらい色々なことが起こり、まだ完成には至っていません。

それでもようやく外観があらわれました。よければご覧ください。

今日は春分の日。上町から西へ行くと谷町6丁目です。

「上」と「谷」が表す通り、周辺はかなりアップダウンがあります。

生活の基盤は、まだ完全に移せていないのですが、娘が越して来たらすぐに通学に使えるよう、電動自転車が要るねという話になっていました。

妻と娘で、からほり商店街のすぐ南にある「vianova 谷町店」ですでに購入済みとのこと。

引取りと支払いに行くようにと、司令がありました。

若い店長さんが、テキパキと準備をしてくれました。

子供を乗せられる自転車が何台か置いてあったので「このあたりは坂が多いので、電動自転車の需要は多いでしょう?」と聞くと、「はい、そうなんです」と。

「ただ、自転車の値段が上がって、なかなか大変です」とも。

確かに電動自転車は10万円くらいからなので、なかなかの金額です。

娘の自転車ですが、難波宮跡あたりから森ノ宮を回ってみました。

私が電動自転車に乗ることはあまり無いと思いますが、なるほど坂道はかなり快適です。

その後、再びからほり商店街に戻って、頼まれた買い物も済ませます。

このスーパー、野菜がかなり安い。

魚はこだわったものが多い感じでした。

ワクワクしてきます。

折角なので、新車の写真を撮っておきました。

私は基本的にモノが大好きです。

少しでも格好よく撮っておきたいので、難波宮跡まで行ったのです。

モノの中でも最も大きいと言える、建築をつくるのが私の仕事です。

より美しく、より快適なモノをつくりたいという気持ちだけで約30年働いてきました。

自分の家を建てる、またはリノベーションをするという事になり、改めて建築に対する期待はこれほど大きいものかと感じています。自分の心を通して。

現実は小説より奇なりと言いますが、この言葉も正しいと心底思います。

ただ、この状況を楽しんでいるだけでは駄目なので、来月の中旬までには必ず決着したいと思います。

誰よりもモノが好きな私のプライドにかけて、です。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
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■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

怒?、恕!‐2199‐

寒かったり、暖かかったり、晴れたり、雨が降ったり。

目まぐるしく天気が変わる時期です。

上町のアトリエ周辺は、タワーマンションも結構建っています。

長堀通りの北の住所は上町か玉造なのですが、清水谷の名称が残っている古いビルもあります。

明治時代には、清水谷のエリアがもっと広かったようです。

現在も清水谷町のままのエリアは結構小さいのですが、清水谷高校が結構な面積を占めているのです。

バス停の名前も高校の名前。

年始に玉造神社を参った際、利休井の説明に清水谷のことがでてきました。

この辺りは玉造清水と言われる名水が得られ、利休が茶の湯に愛用していたという記録が残っています。

そう聞くと、清水谷町が小さいのは勿体ない気もしてくるのです。

清水谷高校の塀に「愛と恕(じょ)」という横断幕がでていました。

はじめ見た時は「愛と怒(ど)」かと思い驚きましたが、 「恕(じょ)」 は全く反対の意味でした。

「相手を思いやって許す」という意味だそう。漢字とは奥深いものです。

実はこの一週間、正直怒りまくっていました。

アトリエは引越したのに、一向に大した写真が上がっていないことに大きく関係があります。

その顛末は、いつか洗いざらい書くつもりですが、その時は全て許せているのだろうか……と考えます。

もしかすると、そんな時だから「恕」と出会ったのかもしれません。

「恕」には「他人の立場や心情を察すること」という意味もあるようです。

許せても、立場や心情を察するのはちょっと無理かもしれません。

その私の心情を、今はお察しください。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
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■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

いよいよ新アトリエ始動‐2195‐

2月12日(水)に中央区の上町に引越したので、生活基盤も一から作り直しです。

ガソリンスタンドも気になっていた点で「中央区は高いんだろうな」と思っていました。

なのですが、平野より安いところを見つけました。

しかもセルフではなく、窓ふきサービス付き。

玉造側に行けば安いスタンドが結構あることも分かりました。

これでガソリンのことは解決です。

引越したと告知していますが、実際は4階の仮事務所でしのいでいる状態でした。

しかし、現場チームも遅れ取り戻すよう、遅くまで頑張ってくれています。

昨晩には1階の塗装も始まり、工事が多く残っていた、1階、3階部分もようやく終わりが見えてきたのです。

今日は引越し第2弾。

先ほど、ようやく旧アトリエの荷物を全て運び出しました。

掃除はしましたが、拭っても拭いきれない、22年間戦ってきた痕跡が残っています。

この空間でどれだけの時間を過ごしたのか考えると、やや感慨深いものがあるのです。

そして、段ボールは山積みですが、2階の新アトリエにほぼ全ての荷物を運びこみました。

先に帰った妻が、写真を送ってくれました。

いよいよ新アトリエ始動です。

初めて施主となり、何千万というお金を出した上での、不安、期待、憤り、喜びと、様々な感情を嫌と言うほど体験しました。

これは、これからの仕事に必ず活かせると思います。

引越しは、第3弾で終わる予定。全面始動まではあと数日です。

ひとりでこの日記を書きながら、建築の醍醐味は、やはりダイナミズムなんだなと実感しているところです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
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雪しぐれの夜に‐2194‐

アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode3を、昨日公開しました。

未だ仮事務所にて営業中です。

今朝も、谷町6丁目から歩いて出勤しました。

上本町1で、上町筋を横断しますが、近鉄の上本町店が南に見えています。

上本町6なので6丁目分離れている訳です。

見上げると、朝早くなのにヘリコプターが低い位置で爆音を響かせています。

そう言えば、大阪マラソンの立て看板があちこちにでていました。

近くを通るので通行規制もあるようです。

昨日ですが、昼からアトリエや家の備品を揃えるために、近鉄百貨店まで歩きました。

上町筋にも結構色々な店があります。

今回の引越しには、長男も東京から帰ってきてくれました。

なのですが、一部しか引越しできずで、手伝い甲斐のない帰阪になってしまったのです。

友人も一緒に手伝いに来てくれたので、昼食でもご馳走してあげてと少し小遣いを渡しておきました。

妻に聞くと、学生時代からお気に入りのラーメン店が近くにあるそうで、とても満足したとのこと。

せめてそれなら良かったです。

歩いて15分弱で到着。

上本町店はかなりコンパクトですが、さっと用事をすませるなら十分です。

テキパキと買い物を済ませて帰ってきました。

一日、溜まっている仕事を済ませると、遅い時間になってしまいました。外にでると小雨模様です。

平野まで帰ってくると、雪しぐれに変わっていました。

かなり湿気を含んでいたので、かなり雨よりの雪。これが顔に当たると、冷たくて痛い。

仮事務所につき、暖房の効いた快適な空間がどれだけ恵まれているか分かります。

とは言え、テントと比べれば至極快適とも言えます。

人って、本当に贅沢になっていくんだな、などと思う雪しぐれの夜でした。

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ガンガンの現場にて、移転開業‐2191‐

2月12日(水)の朝、お引越しライナーのトラックがアトリエの前にやってきました。

妻が色々な会社に見積りを取りましたが、この会社が一番協力的でした。

特にユニック代が安かったのがポイントです。

冷蔵庫は階段から運べると言った会社もありましたが、食器棚はユニックが必須だったのです。

スタッフも全体的に若く、とても良い感じ。

しかし、現場に引越しすることになるとは……

一日明けて13日(木)、今日の朝から新アトリエで始動です。

しかし、鍛冶屋チームの発電機が運び込まれているように、まだ正面の外壁が出来上がっていないのです。

不要な鉄骨をまず撤去。

バーナーで焼き切っていきます。

そして、新たな下地を構成していきます。

現場の中に無理やり引越した感じなので、どの職種もガンガン工事中です。

そんな中になぜ引越しできたかと言うと、2部屋だけを先に仕上げてもらいました。

3階奥の洋室は荷物でパンパンです。

そして、4階奥の寝室を仮アトリエとしました。

4畳くらいの部屋に最低限の荷物だけを運びこみました。

エアコンはまだなく、デロンギで急場をしのぎます。

先ほど、ようやく扉が付きました。

電話、fax、インターネットは何とか開通。

今どきは、これらが無いと仕事になりません。

旧アトリエはすでにこれらが撤去済みなので、どうしても移転する必要がありました。

笑ってしまうくらいドタバタですが、2年前に移転を決断し、ようやくここまでやってきました。

これほど近くで現場を見ることも滅多にないので、つぶさに伝えて行ければと思っています。

次回の【ゲンバ日記チャンネル】をお待ちください。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
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引越しゼンゼンヤ‐2190‐

引越し前々夜を迎えました。

そんな、アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode2を、昨日公開しました。

約2年、居候していた実家の1階に、車と荷物が満載です。

主には妻が準備をしてくれましたが、アウトドア関係は私が片付ける必要があります。

昨日、超特急で片づけましたが、青い斜めのテープが貼ってあります。

これらは、明後日の引越し第一便では持っていかないというマークなのです。

引越しはしますが、かなり限定されたものだけになりそうなのです。

今日も定例打合せに行っていましたが、まだ現場はこのような状態。

シートで分かりにくいですが、中から見ると一目瞭然。

まだ外壁ができていないのです。

階段も仮設。

自分の家でなければ顔が引きつっていますが、泣いても喚いても、工事が進む訳ではないので「これも日記のネタ」と思うようにしています。

冒頭の動画を撮影したのは2月6日(木)でした。

今年一番の寒波が、日本海側を中心に大雪を降らせた日です。

大阪でも最低気温が-4度と、スキー場なみの寒さでした。

妻にも撮影を手伝って貰ったので、そのまま遅い昼食を取ることに。

それなら、いつも行列ができている「中華そば うえまち」に行ってみようとなりました。

引越し先のすぐ近くなのです。

珍しく、行列も無し。

聞くと、「やはり今年一番の寒波の影響もあるのでしょうか」と店員さん。

私は「中華そば 塩」、妻は「中華そば 醤油」を頂きました。

私の塩は、あっさりした魚介系のスープが際立ち、しっかり出汁が効いていて、ストレート麺にピタリと合っています。

麺はラーメンと言うよりは、太めの素麺のような雰囲気もあります。

醤油は、これほど醤油の味をしっかり押し出しているラーメンを、私は食べたことがありませんでした。

画像からでも、澄んだスープの品格が伝わるかもしれません。

ラーメンは年に1回食べれば多いほうですが、そんな私でも「100名店」に選ばれているのは頷けます。

最強寒波の日に行った甲斐がありました。

今晩は、アトリエの引っ越し準備のラストスパートですが、大半は第二便になりそうです。

引越し前々夜は、引越しゼンゼンヤになってしまいました。

お後がよろしいようで。

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不完全っていいなあ‐2185‐

アトリエの最寄り駅は地下鉄平野。

出入口までは徒歩3、4分なので、地下鉄に乗るのにはかなり便利です。

この近さを経験していたので、移転先を探す際はかなり迷いました。

最終的には、地下鉄谷町6丁目の出入口まで徒歩6分で納得したのです。

谷6の駅は結構大きいので、8分くらいは見て貰った方が良いかもしれません。

地下鉄平野は、内環状線と南港通りの交点にあります。

その交差点が流町。

一筋西には平野区役所があります。

その間には、りそな銀行。

ダイコクドラッグ。

カラオケ、王将もあり、かなり便利な所でした。

それでも市内の中心部へ移転したく、今回決断をしたのです。

昨日は、イチローのアメリカ野球殿堂入りのニュースで持ち切りでした。

満票には1票届きませんでしたが、文句なしの殿堂入りでした。

満票はこれまで、元ヤンキースの守護神、マリアーノ・リベラたった1人だけ。

野手では、ザ・キャプテンこと、ヤンキースの象徴とも言えるデレク・ジーターが1票足らずとのことでした。

その点を考えるとかなりハードルが高いのかなと思っていましたが、394人中たった1人だけが投票しないとは……

この確率はほぼ100%といってよいでしょう。

その点に対するコメントが流石でした。

不完全であるっていうのはいいなあって

イチローの言葉は、ずっと追いかけてきました。

その中でも、今回の言葉は秀逸でした。

完璧ではないから、完璧を求め続ける

現在も完璧でなければ、移転したから完璧になる訳でもありません。

それでも、昨日よりは今日、今日よりは明日と、少しでも成長できるよう、前に進むしかありません。

イチローが「満足は求めることのなかにある」と言うように……

会見では、MLBに所属する日本人が少なすぎると、苦言も呈していました。

やるべきことをやり、言うべきことを言う。しかも言葉が強い。

夜、晩酌をしながら、こんなニュースを見れた時はとても寝つきが良いのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転します
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