タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

第二の故郷、天王寺でブラモリタニ‐1886‐

月曜日は、「大阪が大大阪になりえた理由」をレポートしました。

日曜日に大阪歴史博物館で勉強してきたのですが、谷町四丁目の設計事務所で私の仕事人生はスタートしました。

そして就職の3年後、天王寺でアトリエmを創業します。

久し振りに天王寺で買い物でもとやってきたのです。

JR天王寺駅の北側、緑の看板右に見えるマンションを意識して貰えると、地理が分かりやすいかもしれません。

初めてのアトリエは、この裏あたりにある4畳のワンルームマンションでした。

本当に懐かしいのですが、周辺は戦前からの街並みが残る、なかなかにディープな場所でもあるのです。

空撮が分かりやすいでしょうか。

天王寺・あべのエリアは東西のあびこ筋と、南北に走る谷町筋、あべの筋の交点となる「近鉄前」が中心です。

JR天王寺駅は、その北東角にあります。

4つのエリアは「あべの」の「a」をかたどった歩道橋で繋がれています。

北西エリアは、てんしば、天王寺動物園、そして通天閣と続きます。

南東エリアには近鉄百貨店が入る、シーザー・ペリ設計のあべのハルカス。

そして南西エリアにはキューズモールがあります。

このあたりは、最後の色街といわれる飛田新地もある山王エリアまで、細い路地が迷路のように入りくみ、繋がっていました。


これは2009年5月の写真です。

こうなる前にもっと写真を撮っておくべきだったと悔いが残ります。

蛍光灯なのに味わいのある居酒屋「明治亭」。

牛だったか、羊だったかの脳みそのソテーを安価で食べさせたグリル「マルヨシ」。

餃子の「珉珉」脇から入り、こんなところにあるの?というくらい路地の奥にあったのですが、とにかく安くて美味しかった。

そのグリル「マルヨシ」の耐火煉瓦が、大阪歴史博物館の展示の中にありました。

現在は、あべのキューズモールの中で出店しているそうですが、いまだに足が向かず……

思い出のままでもいいのかなと思っています。

2枚目の写真あたり、JR天王寺駅の北エリアまで歩いてきました。

天下一品横から、阪和商店街とあるアーケード内に入ってみます。

はじめに書いた、ディープ大阪エリアです。

こんな景色も最近めっきり少なくなりました。

閉まっている店もありますが、営業している店もそこそこあります。

立ち飲み屋が、これほど似合う街もなかなかないはず。

公衆便所の看板は、間違いなく昭和20年代の風情。

扉巾は45cmでした。

妻が「使うのはちょっと」と言っていましたが、これは見て楽しむものなのです。


この居酒屋「新力」は全皿350円。

若い頃、本当によく行きました。

コロナ下の社会では考えられないくらい、隣席と密着して飲んでいたのですが。

アーケードを抜けると、新しい店もできていました。


このあたりを裏天王寺と言うのでしょうか。

この店の向かいにあった「別人倶楽部」はパティオのある、なかなかに洒落たイタリアンでした。

残念ながら閉店し、駐輪場に変わっています。

生レタスがのった、ミラノ風の生地が薄いパリパリピザを知ったのもこの店でした。

普段使いの「新力」。よそ行きの「別人倶楽部」があれば、20代の私には十分だったのです。

老舗料亭の後ろに建つのが、2枚目で紹介したマンションです。

そのすぐ近くに私がアトリエにしていた(住んでいた)マンションがあります。

ハルカスがすぐそばに見えるのですから、25年という時間は、あっと言うまであり、膨大だとも感じます。

ちょっと裏路地をのぞいたとき。

「ダメモトで勝負してみる?」

これは、昭和世代だけの楽しみなのかもしれません。

折角食べるならと、口コミをみて精度を上げるのもよいですが、失敗もネタ的にはありです。

影の部分があってこそ、明るい部分はよりくっきりと、映えてくるのですから。

第二の故郷、天王寺でブラモリタニ。楽しんで貰えたでしょうか。

我ながら、「やっぱり街歩きが好きなんだな」と、つくづく思うのです。

■■■ 『ESSE-online』にコラム連載開始■■■

2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設しました ■■

■1月6日『Best of Houzz 2022』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞■

■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

◆メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

大阪通史と、大大阪になりえた理由‐1885‐

昨日は久し振りの休日で、大阪歴史博物館へ行ってきました。

NHK大阪放送会館と一体となったこの建物。

あべのハルカスなどもデザインしたシーザー・ペリが設計に参加しています。

ペリは2019年の7月に亡くなりましたが、日本にも多くの作品を残しました。

この建物にも何度か訪れましたが、背が高いうえに水平、垂直、曲線が入り乱れ、撮影がとても難しいのです。

意外にこんなアングルの方が形状が良くわかるのかもしれません。

最上部まで連続するガラス部の先端は、こうなっていました。

館内も訪れた気でいましたが、実際の展示を見たのは初めてでした。

建物の軸線が、まっすぐに大阪城を向いていることは、ここから眺めないと分かりませんでしたから。

実は1年前、地元でこの貼り紙をみかけ、すぐに一度訪れました。

まさか1年前から告知しているとは思わず、『2022年』を見落としていたのです。

よって今回はリベンジ再訪です。

ですが、喜連村史展のみ撮影禁止とのこと。成果としてはこの写真くらいになってしまいました。

しかしこの博物館、期待を遙かに上回る充実度でした。

いきなり横長の大開口に圧倒されます。

https://youtube.com/watch?v=TLKukynNWpU%3Frel%3D0

外観写真で、太陽があるあたり。

10階の開口部ですが、眺望も演出も素晴らしかったのです。

10階から6階へと下りながら観覧していきますが、冒頭の3分くらいの映像を見るだけでも600円の価値があります。

紀元前3000年の大阪平野。

7世紀に、奈良から大阪に都が移ってきました。

その場所は、大阪歴史博物館のすぐ隣です。

戦国時代を終わらせたのは秀吉でしたが、大坂の陣で徳川の世へと移り変わります。

江戸時代、天下の台所として、商人の町大阪はひとつの頂点を極めます。

しかし明治維新のあと、近代国家を目指す混乱期にはインフラ整備の遅れもあり、大阪の経済は落ち込んでいきました。

そこから脱出し、日本最大、世界でも第6位の人口を誇る、「大大阪時代」を迎えるのです。

その理由は後ほど。

第二次世界大戦で焼け野原に。

そして復興。
高度経済成長期の沸点として、1970年の大阪万博を迎えました。

映像だけでなく、展示物も素晴らしかった。

ここなら4時間くらいは軽く楽しめそうです。

「大大阪時代」を迎えるに至った理由についての映像もありました。

紡績業の成功も大きかったのですが、アジア最大規模と言われた「大阪砲兵工廠」と「造幣局」ができたことが大きな要因になったそうです。

重工業から化学産業に至るまで、多くの分野で産業が発展したからです。

江戸幕府が大阪に銅座をおいたこと、住友家の銅精練所が中央区島之内にあったことも、「造幣局」が大阪にできた理由のようでした。

商人の町、民の力もあったのですが、こういった背景があったことも分かりました。

少し寂しい気もしますが、民と官は敵対すべきものではないことに納得したのです。

おまけですが、1階にあるレストランはお勧め。

デミグラスハンバーグ&海老フライが1000円。この立地を考えればなかなかリーズナブルです。


谷町四丁目駅のすぐ近くにある中学校。

門扉越しに紅白の梅が見えました。
時間があれば、大阪城の梅林を見にいこうと思っていました。

昨日は時間切れで諦めましたが、とても得をした気分になりました。

なかなか出歩きにくい時代です。

しかし、直接目にしないと分からない事や、思いがけない発見こそが、街歩きの醍醐味です。良い休日になりました。

実はまだまだ書きたいことがあるので、次回ももう少し大阪について書いてみようと思います。


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寅+寅+寅で、何かいいことありそう‐1884‐

3月に入り、日中の気温は随分と高くなってきました。

日の出が早くなってきたので、朝が起きやすいのも嬉しいところです。

 扶桑社の『ESSE-online』 でコラムを書き始めて3ヵ月になりますが、TOPページには「今日の人気記事」というランキングがでています。

昨日ちらと見に行くと、4位に 「キッチン・パントリー」 の記事が入っていました。

「キッチン・パントリー」は初回だったので、勝手が分からずに結構苦労しました。

扶桑社の住宅誌『Sumaiの設計』の時からお世話になる編集の方に、励まされながら書いたというのが実情です。少しは役に立てたのかなと喜んでいました。

私は『ESSE-online』内の『Sumaiの設計』のWeb版とも言える『日刊Sumai』の著者として書いています。

『日刊Sumai』でも、1ヵ月のランキングが送られてくるのですが、1月で2番目に読まれたのが 「土間収納」 の記事だったとメールがありました。


「どうしてこうも比べたがる?」とマッキーは歌いますが、「比べたがり、比べられたがる」のも現実なのです。

「土間収納」の記事で、2例目に取り上げたのが「おいでよ House」です。

非常に協力的なご家族で、撮影の際もお子さんがピアノの演奏をしてくれました。

この写真も追加で撮らせて貰ったのですが、そんな写真がコラムでは価値がでてくるのです。

先日は、誕生日会の写真を送って頂きました。

こういった風景を見ると、仕事のやりがいをひしひしと感じます。

ハイサイドの前にあるのは、ご夫妻とも寅年なので信貴山の福寅。

福寅は向かいの壁に影をおとし。

そしてテレビに写り込んで、寅+寅+寅。

3寅に寅年なので×365日で、ご利益はおよそ1000倍。

何かいいことありそうです。

桜が活けられた写真もありました。

今日は桃の節句です。

世の中が停滞している感じもありますが、桜が開花するころ、そのムードを吹き飛ばしてくれるそうな予感もするのです。

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チャンネル登録者数、祝100人!‐1881‐

昨日も車で打合せに出ていました。

花を育てる畑でしょうか。光の強さも増してきました。

日の出が早くなると、目覚めも快適。自然にジョギングにでる回数も増えていきます。
なんだか縁起の良さそうな雲をみつけました。

事故をよく見る日はあるものです。

昨日は3件も。

中国道の吹田~宝塚の工事閉鎖が影響しているのかもしれません。当事者は本当に大変です。舌打ちしなくて良いように、早めの出発を心掛けたいものです。

昨夏に開設したYouTubeチャンネル、『建築家・守谷昌紀TV』ですが、ようやくチャンネル登録者数が100人を越えました。

100人を越えると任意URLを設定できるので、ひとつの目標にしていたのです。

新URLはhttps://www.youtube.com/c/moritanitvです。

「しっかりUPし続けていれば、100人くらいはすぐ」と解説しているサイトが多かったので、「そんなものかな」と思いスタートしました。

ずぶの素人が始める訳です。実際はそんなにたやすいはずもなく……

Ohanaの石井さんには、開設10日後から参加をお願いしました。

なかなか登録者数が増えないなか、牽引してくれたのが「8.8坪の家」の動画だと思います。

1ヵ月で再生回数が3000回を越えました。

「8.8坪の家」 はピンタレストでもかなり人気で、私にとっては孝行息子のような存在です。



「H型プランの平屋」も1200回を超え、この2本が登録者数をジワジワと増やしてくれたような気がします。

日本一レベルなら1千万人ですから、足下にも及びませんがこれは100と言う数字ではありません。100人という数の人が実際に行動してくれたのですから。

ちょっと無理を言って登録をお願いしたクライアント。快くその場で登録してくれた現場の職人さん等。心から感謝しています。


通信教育の老舗、Z会に入会していたことがあります。その代名詞ともいえるのが「継続は力なり」というフレーズ。

出自は謎とされてきたようですが、そのことに触れた新聞記事を見つけました。

2018年11月18日の西日本新聞によると、大分県出身で 童謡「夕焼け小焼け」の作詞者としても知られる童話作家、久留島武彦(1874~1960年) によるというものでした。

1911年のアメリカ旅行で知った「考えは力なり」という言葉をもとに、「継続は力なり」を考え、座右の銘として使い始めたそうです。

Z会は御多分に漏れず1年を待たずに退会。NHKラジオの基礎英語も続かずでした。

続けるには仕事とするのが一番です。簡単に辞めたりすれば信用して貰えませんから。

私の仕事は建築設計ですが、ゲツモク日記も、 建築家・守谷昌紀TVも仕事だと思っています。 YouTubeチャンネルも力となるまで継続したいと思います。

次の目標は1000人。1年くらいで達成できればなと思っているのです。

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チャレンジ&アジャスト‐1879‐

先程、 『ESSE-online』 のコラム第4弾、「屋根裏部屋」が公開されました。

Yahoo!ニュースにもUPされています。

これまで設計してきた、屋根裏部屋を5件とりあげています。

まずは「阿倍野の長屋」。

次は「碧の家」。

そして「神戸の高台の家」。

ここまでは3件はリノベーションです。


「千葉の家」。

そして「おいでよ House」は新築です。

「おいでよ House」のこの写真は、奥さんに追加で撮影してもらいました。本当に有り難いかぎりです。

よく書けたかな?と思っているので、よければ一度読んでみて下さい。

日曜日は遠方の方との初期相談で、リモートで打合せでした。距離がある場合は特に助かります。

画像や資料は画面共有できるので、内容によってはリモートの方が合っている場合もあると思います。ただ画面は1つなので、基本的に見て貰えるものも1つになります。

リアルの面談なら、テーブルの上にいくつか資料を広げることもできますが、このあたりが力量を問われるところでしょうか。

何をどんな順番に見て貰うかで、密度が全く違ってきます。どんな話の展開になるかを、想像しておく必要もありますし、流れによって、いくつかのバリエーションを準備しておくことも大事です。

仕事は準備と想像力なのだなと最近つくづく思います。

北京オリンピックも中盤を過ぎました。環境に左右されやすいウィンタースポーツはその対応力が結果を大きく左右します。

それが空中でのこととなれば、素人にはもはや想像がつきません。小林陵侑選手に続き、平野歩夢選手も史上初への挑戦と見事な対応力で金メダルを獲得。

多くの国民が「さあ頑張るぞ」と思ったに違いありません。

コロナ下の社会になり、仕事のスタイルもどんどん変化していきます。「これまでこうだったから」は通用しないのです。


変化を柔軟に受け入れ、進歩していかなければならないと感じます。

寒い寒いと言っていたら、近所の梅はもう満開でした。

ある日、ウグイス色をしたメジロ(ウグイスではなく)が梅の花をついばんでいました。

今日はバレンタインデー。妻と娘から貰う(予定の)チョコレートをついばんで、ちょっとワインをいただく予定です。

チャレンジ&アジャスト

私も本気で金メダルをめざします。

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あの森の「Ohana」ご来店お待ちしています‐1878‐

昨日は快晴の予報で、「あの森のOhana」に行っていました。

現場だったのが、ついに新店舗へ。

営業もスタートしたのですが、【ゲンバ日記チャンネル】の撮影をお願いしていたのです。

前Ohanaから移植してきたのが手前のオリーブ。3年前の台風で根元から折れてしまたったのです。

後ろにあるのは新しいオリーブです。

幹の太さが全く違いますが、これが12年の月日なのです。

前Ohanaにあった庭木は全てこちらに移植しました。

https://youtube.com/watch?v=AeEXFEmrfWY%3Frel%3D0

そのあたりは、【ゲンバ日記チャンネル】EPISODE7-あの森へ-で紹介しています。

最後になっていたのが、この移植のオリーブでした。

これがなかなかに大変で……

その過程と思い入れを、1回分の動画で紹介したかったのです。

ようやくレセプションは営業可能な状態になりました。

トイレの色彩感は踏襲していますが、可愛らしさはUPしたでしょうか。

引越し休みもなかったので、店舗は本当に大変だなと思います。

新しい2階スタジオは斜めの壁も取り入れ、更に進化しているはず。

そして変わらぬキャラクターも。


なんといっても一番の商品は石井さんですが。
夜景の写真を送ってくれました。

プロの写真を、日記で使わせて貰うのは何とも贅沢なことです。

今週末から、撮影の予約が入っているとのことでした。

今回の移転を機に、さらに沢山の人が訪れてくれればいいなと思います。

ご予約はこちらまで。

かやしまフォトスタジオOhana

ご来店お待ちしています!

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頑張れニッポン!‐1877‐

土曜日は敷地調査へ向かうために、車で家をでました。

阪神高速の松原線に乗るとすぐ目に入ってくるのがあべのハルカス。

そして通天閣。

ディープな南大阪に住んでいる証しです。

あまりにも天気が良いので窓を開けてみると、びっくりするくらい寒い!

日中で4℃とはかなりの寒さです。

何か雰囲気が変わったなと思っていたら、阪神高速は11月末にリニューアル工事を終えたばかりでした。

表示はかなり見やすいですが、車線が減っているところもあり、多少あたふたしました。

道を知っていてこれなので、はじめて阪神高速に乗る人は大変だろうなと思います。

運転しながらこの標識群を理解するのは、相当に難易度が高いはずですから。

北摂へ向かう時は、環状線から池田線に乗り替えます。

空港を過ぎたあたりの景色が気に入っていますが、「路外パーキングサービス」があることは十分認知されているのでしょうか。

池田線では、豊中南出入口付近の「ロイヤルホームセンター豊中」がそれにあたります。

2時間以内なら、ここに立ち寄っても通常料金で済むのです。

シオノギ製薬の医薬研究センターを過ぎ、名神とのJCTを越えるとすぐに見えてきます。

Webサイトで見ると3月末までの社会実験とありました。

都心部の高速道路はサービスエリアがあまりないので、出来れば続けて欲しいところです。

池田線を走っている時は、どこかで飛行機を期待しています。

帰りはグッドタイミング。

JALの鶴丸マークが見てとれました。

日曜日の夜、北京オリンピックでも見てみようかとテレビをつけると丁度スキージャンプの決勝。しかも小林陵侑選手の2本目直前でした。

20分くらいの観戦で、金メダルの瞬間を見せて貰うことができました。

個人に限れば長野オリンピックの船木選手以来の金メダル。ノーマルヒルにおいては札幌五輪以来50年振りの文字が踊ります。

JAL ではありませんが「日の丸飛行隊」の面目躍如です。

先のシオノギ製薬は、薬の町、大阪の道修町が本社。

コロナのワクチンでは海外の製薬メーカーに遅れをとりましたが、是非一矢報いて欲しいところです。「物づくりの国、日本」の面目躍如となるはずです。

微妙な時期に、微妙な国での開催ではありますが、やはり人類の頂点を見せて貰えるオリンピックは特別な機会です。

この日記を書いていて、ふと「麗しのサブリナ」でのヘップバーンのセリフを思い出しました。

人生とは何か。
どう生きるべきかを知りました。
傍観者ではだめだと。
……もう、人生から逃げはしません

ある若者にこの言葉を送ったことがあります。

読み返すと、我ながら偉そうなことを書いているなと思います。しかし本心です。

学びは必ず年長者から有る訳ではありません。若者から学ぶことも多々ありますし、時には我が子から学ぶこともあります。

その気持ちを忘れなければ、いつまでも成長できるはずですし、そう信じます。

頑張れニッポン!

ニッポンには勿論私も家族もある若者も含まれます。

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北北西に進路を取れ‐1876‐

今日は節分。ということは明日は立春です。

すっかり春めいて……きてはいませんが、文字だけでも春を感じてこうと思います。

一昨日、 『ESSE-online』 でコラムの第3弾が公開されました。

今回は「アウトドアリビング」について書きました。

これまでと同じく、内容に関してはピンポイントですが、外部の写真が多いので画は楽しいと思います。


Yahoo!ニュースにUPされるのも嬉しいことです。編集の方は、結構なPVがあると教えてくれるのですが、もうひとつ実感がなく……

アトリエmのコラムのページにもリンクを貼ってみました。

これで記事は3本になりました。このまま書き続けていけば、一冊の本にできるのではという夢も持っているのです。

前回、大阪砲兵工廠跡を訪ねたと書きました。

所用のついでに立ち寄ったのですが、その目的地が後ろに見えています。

土佐堀通の南に建つこのビル。「日本海洋レジャー安全・振興協会」が入居しています。

2級小型船舶操縦士は学生時代に取りましたが、5年に一度の更新が必要です。

いつか更新のタイミングで、1級にランクアップしよう思っていました。

試験の申し込みと、教材を買いに行ってきたのです。

2級を持っていると実技試験は免除。学科試験も「上級科目」の14問だけです。

「上級科目」 は2つのカテゴリーに分かれます。

「上級運行Ⅰ」の8問のうち4問以上、「上級運行Ⅱ」の6問のうち3問以上の正解が必要です。かつ 14問中、10問以上正解すれば合格。

「上級運行Ⅰ」は海図を使った問題が3問でるので、ここがキーになるようです。

独学で受けようと思うので、練習用の海図も購入してきました。

恥ずかしい報告にならないよう、合間を見て勉強してみます。

先程の建物、立地が素晴らしく目の前に大阪城の天守閣が見えます。

働く人にとっては日常ですが、私にとってはまさに絶景でした。

大阪は八百八橋の街ですから、船の街とも言えます。

2級小型船舶操縦士は河川や海岸から5海里まで。1海里は約1.8kmなので約9km。1級は限定なしです。

80海里以遠へ行くには、6級海技士(機関)などの同船が必要ですが、免許として限定解除は魅力的です。

「上級運行Ⅰ」の海図の問題ですが、これが結構面白いのです。

三角定規を平行移動させて方位を測ったり、コンパスで距離をとったりします。今でこそCADで図面を描きますが、言ってみれば私の本職です。

これは落ちる訳にはいきません。


「北北西に進路を取れ」はアルフレッド・ヒッチコックの名作です。

ケーリー・グラント主役の傑作ミステリーが、なぜ 「北北西に進路を取れ」 という題だったかは覚えていません。

ただ今年の恵方は北北西。ゴロも縁起も良いのでタイトルにしてみました。

私にとって、あなたにとっての北北西はどこですか?

分からなくても、根拠はなくとも、今年も黙って丸かぶりしたいと思います。

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大阪砲兵工廠にも光と風を‐1875‐

1月はあっという間に行ってしまい、今日が最終日です。

地下鉄の天満橋駅から、土佐堀通を東へ5分ほど歩きます。

大川に流れ込む寝屋川を渡ると、南に向かってまた橋が伸びています。

この橋が「京橋」だと今日はじめて知りました。

Googleマップにも「江戸時代の街道の起点だった橋」とあります。

このあたりに所用があったのですが、それを済ませて京橋を南に渡ってみます。

橋の中央から東を見ると、OBPのクリスタルタワーが真正面に。

大阪城の手前に見えるのは、大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)の旧化学分析場です。

「筋鉄門跡」が見えてきました。

大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)の石柱も。

徳川幕府が筋状の鉄筋で補強した門を設けたそう。いかに重要な場所だったかが分かります。

入ってすぐに見えるのは警備員詰所だったそうです。

完全に朽ちています。

南に廻り正面までやってきました。

1919年の完成ですが、周辺は完全に封鎖されていました。

建物からは木が生えています。

傷んではいますが、立派な建物です。

ちなみに、大阪城の天守閣のすぐ南にある「旧陸軍第四師団司令部庁舎」は「MIRAIZA OSAKA-JO(ミライザ大阪城)」として昨年再オープンしています。

すこし東へ行きすぎると、中央に水が溜まった鉄の塊がありました。


ネット上にも色々な書込みがありましたが、どうやら砲兵工廠の溶けた鉄がそのままここに残されているようです。

江戸時代、街道の起点だったこの場所に、なぜこのままの状態で放置しているのか……

また、新兵器の開発や化学実験をした場所ですから、不気味さは一層です。

戦後この周辺は、「アパッチ族」と呼ばれる、不良集団が跋扈しました。

大阪砲兵工廠後地に、警備をかいくぐって侵入。鉄くずを集めてそれを売り、糊口をしのいでいたのです。

その姿を開高健は「日本三文オペラ」で、小松左京は「日本アパッチ族」で描きました。先程の朽ちた詰所には、彼らを取り締まる警備員が居たのでしょうか……

しかしその面影を残す建物が、現存しているとは全く知りませんでした。

あるテレビ番組では「光と風の振付師」。「光のマイスター」と呼ばれたこともあります。

この負の遺産を、明るく風通しの良い建物にできないものかと真剣に思うのです。


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12月6日「キッチン・パントリー」
1月4日「土間収納」

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設しました ■■

■1月6日『Best of Houzz 2022』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞■

■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載

◆メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

建築家・守谷昌紀TV「あの森のOhana」Episode7-あの森へ-

■■■ 『ESSEonline』にコラム連載開始■■■
12月6日「キッチン・パントリー」
1月4日「土間収納」

■■ 8月17日『建築家・守谷昌紀TV』を開設しました ■■

■1月6日『Best of Houzz 2022』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞■

■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載

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