タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

年明け早々は、人を大切に‐1972‐

今日は成人の日で、晴れ着姿の新成人をちらほらと見かけました。

妻が通う美容院でも、着物の着付けが混み合うので、一番早い人は深夜2時からだそうです。

天気に恵まれ、女性は特に喜んでいたでしょう。

1月6日(金)の午前中、長居公園内を自転車で西へ急いでいました。

ヤンマースタジアム長居の横を抜け。

セレッソ大阪の本拠地、ヨドコウ桜スタジアムも通り過ぎ。

大阪急性期・総合医療センターまでやってきました。

年が明けてから、右の奥歯あたりがかなり痛んでいました。

徐々にその範囲が広がり、ろくに物を噛めない程痛み出したのです。

右のアゴ下あたりを触ると、かなり腫れているのが分かりました。


2016年の5月に、唾液腺の中にできた「唾石」を取って貰う手術をしました。

唾石とはカルシウムが結晶化したもので、軽石のようなものです。

この時は傷跡が残らないよう口の中からの手術を選択し、そこから取れるものだけを除去しました。

残っている唾石が原因かなと思い、急いでかかりつけの先生に紹介状を書いて貰ったのです。

やはり、残っている唾石の部分が炎症を起こしているとのことでした。

ひとまず抗生物質と鎮痛剤を処方してもらい、後日CTを撮ることに。

今日あたりから薬の効果がでてきて、ようやく何とか物を噛めるようになった次第です。

病院へ急ぐ道中、立派な家を見つけました。

門松がとても美しく、歯が痛いのに止まって写真を撮ってしまいました。

今日は現場を回っていたのですが、そこに可愛いしめ飾りも。

もう少しの間、松の内気分を楽しんでおきたいものです。

診察を受けた日は、物を噛むのが辛そうな姿を見かねて、妻が七草粥を作ってくれました。

これが何とも美味しかったのです。

美味しいだけでなく、その滋味が心に沁みわたるようでした。あまりに美味しく、写真を撮るのも忘れて完食してしまった程です。

7年前の5月に手術をしたと書きましたが、診察を受けたのは今年と同じ1月6日でした。

1月7日は「人日」と呼ばれる年最初の節句で「人を大切にする」という意味を持つそうです。

伝統とかしきたりという言葉だけでも煙たがられそうな世の中ですが、全てを見越したように当てはまると、もう信じない訳にはいきません。

来年から、1月7日の七草粥は是非恒例としたいと思います。

世のお父さん、お母さんへ。

「人を大切にする」の人には、是非ご自身も入れて下さい。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

◆メディア掲載情報

「知の巨人」磯崎に捧ぐ‐1971‐

昨年末の12月31日、「ポストモダン建築の旗手、磯崎新逝去」という記事が新聞の一面に掲載されました。91歳でした。

ル・コルビジュエを源流とする、モダニズム建築を日本で牽引してきたのは前川國男、丹下健三でした。

モダニズムは伝統的な建築から、機能主義的な建築を良しとする運動でしたが、ポストモダンはその批判から生まれた運動です。

装飾性や折衷性など、より芸術的な部分も求められたのです。

はじめてこの日記で、磯崎建築を取り上げたのは、2006年1月の「奈義町現代美術館」だと思います。

作家の作品ありきで設計された美術館で、妻である宮脇愛子の作品も展示されています。

そしてこの筒の中には、荒川修作+マドリン・ギンズの作品が。

全てを地面として、龍安寺の石庭が表現されているのです。

日本一危険な公園とも言われる、あの「養老天命反転地」の作者2人でもあります。

中を歩くと、ちょっと酔ったような感覚になるのです。

2005年に長男が生まれ、奥津温泉へ初めての温泉旅行に出掛けました。

その近くにあったのがこの美術館でした。

磯崎新に多くの影響を受けたことは、これまでに何度か書きました。

初期の名作、「北九州市立美術館」を訪れたのは、2014年8月の九州旅行の際。

生憎の雨でした。

磯崎は建築は、単なる建物ではなく、思想、歴史、文化などの上に成り立っていると考えていました。

一方、その造形は単純明快。記憶に残ります。

その魅力にとても惹きつけられたのです。

2008年には娘も生まれました。

47都道府県を巡りながら、作品を訪れることは私の楽しみでもありました。

また、『空間へ』や『建築の解体』など、革新的な著書を残したことでも知られています。

『建築における「日本的なもの」』の論説も痛烈でした。

二条城は1603年、徳川家康によって築城された平城ですが、本丸にあった5層の天守閣は、1750年の落雷で焼失しています

現在も残る二の丸御殿は、神社仏閣の佇まいを色濃く残しています。

『建築における「日本的なもの」』で磯崎はこう語っています。

ブルーノ・タウトという建築家が、伊勢神宮、桂離宮を天皇的で「ほんもの」とし、日光東照宮を将軍的で「いかもの」と表現した。

磯崎はこれらを、ハイアート、キッチュと区別しています。

妻面には大きな菊の御紋が施されていますが、これは天皇家に敬意を示したものと考えられます。

一段下がった別棟の鬼瓦には葵の御紋が見えます。

葵の御紋は徳川家の家紋。菊の御紋より上にあるのです。

天皇的な「ほんもの」を 二の丸御殿 とするなら、南にある唐門は将軍的な「いかもの」と言ってよいでしょう。

「いかもの」の象徴として取り上げられたのが日光東照宮です。こちらは2015年の1月に訪れました。

先程の唐門にも、金色の菊の御紋が見えていますが、2013年にはこの下に葵の御紋が隠されていたことが分かりました。

「天皇的なもの」を「ハイアート」、「将軍的なもの」を「キッチュ」と言い切った、磯崎の洞察は見事だとしか言いようがありません。

このあたりが「知の巨人」と呼ばれる所以なのです。

最後に磯崎建築を紹介したのは、2019年にプリツカー賞を受賞した際でした。

この時は「なら100年会館」を紹介しました。

この時点で87歳。

遅すぎた感もありましたが、本人がプリツカー賞創設に深く関わっていたと今回知りました。

それなら、何となく納得できる気がしたのです。

若い頃に見た「北九州市立美術館」の白黒写真は強烈なインパクトを私に与えました。

雨の中、何とか靄が晴れるまで待って撮ったのがこの一枚です。

「下町のコンクリートCUBE」は、この建築から着想したのです。

これは今年の年賀状の裏面です。

出さないでおこうかなと思いましたが、作品を巡り始めた時は0歳だった長男が現在は17歳です。

あれから17年が経ったのです。

直接会うことは叶いませんでしたが、知性的で品のある語り口は常に憧れでもありました。

永遠の片思いとなった師に、心から哀悼の意を捧げたいと思うのです。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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北野天満宮で思う、承認と許容‐1970‐

新年あけましておめでとうございます。

これまで、子どもが受験の年は1月3日に北野天満宮へ参っていました。

しかし今年は長男にとって勝負の年。元旦の5時頃、大阪から京都へ向かいました。

道路も駐車場も殆ど混んでおらず、6時過ぎには到着。

参道の屋台もまだまばらな感じです。

合格祈願の祈祷受付は7時半からだったので、1番席でご祈祷を受けることができました。

早く行ったから合格する訳でもありませんし、御祈祷を受けたから合格する訳でもありません。

それでも、東京、千葉などからの参列差者もおられました。最後に親ができることは神頼みくらいです。

長男は慣れない正座で、足に全く感覚が無いと言っていました。

北野天満宮で初日の出も拝むことができました。

絵馬に願いを込め。

縁起の良さそうなところに奉納。

後は本人が頑張るだけです。

https://www.instagram.com/reel/Cm6G0b1NvBe/?utm_source=ig_web_copy_link


帰る頃には参道も賑わっています。

https://www.instagram.com/reel/Cm6Ha1NNKoY/?utm_source=ig_web_copy_link

もう一度境内をのぞくと、長い列ができていす。

やはり活気あってこそ北野天満宮です。

撫で牛も撫で、この日のミッションはこれで完了。

元旦に車で京都に来たのは初めてで、もっと混んでいると想像していました。

東寺あたりも車の流れはスムーズです。

念のため、akippaで駐車場を取っておいたのですが、8時頃までなら境内の駐車場に入れそうな感じでした。

午後になるとそうもいかないのだと思いますが。

大阪に戻った足で実家に行き、両親、弟家族と食事会でした。

お節料理とズワイガニ。

姪っ子はカニが大好きで、物凄い量を食べていました。

あれだけ喜んでくれたら、作り甲斐もあるというものです。

昼間から食べて飲んで。

子どもは腹ごなしに秘密の特訓場で卓球を。

従弟同士仲がよいのは何よりです。

そのまま夜まで居て、夕食はステーキでした。


赤ワインと一緒に楽しませてもらいました。

今年は兎年。

何とも可愛い感じの絵馬ですが、雄々しく脱兎のように駆け抜けたいと思います。

初詣での間、2023年のテーマを考えていました。「承認と許容」としました。

読んで字の如くですが、認め、受け入れることから全てをスタートしたいと思っています。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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2022年 暮れは元気にご挨拶‐1969‐

今年も残すところ2日。

この「ゲツモク日記」も今年最後になりました。

最近は忘年会もめっきり少なくなりましたが、イタリアより来客がありました。

2016年の11月まで働いてくれた元スタッフのマルコです。

2014年の5月に入社試験を実施しましたが、真面目な働きぶりですぐに採用しました。

就労ビザの取得などは大変でしたが、余りあるくらい貢献してくれたのです。

イタリアではトップレベルの国立大学を卒業しており、アーキテクトの免許も持っていました。そのレベルと他の新人を比べるのは酷かもしれませんが。

今回は日本にバカンスに来ており、食事でもしようとなったのです。

アトリエ近くの焼き鳥屋さんへ。

2019年以来の再会で、2人で乾杯です。

日本語が殆ど衰えていないことにも驚きます。

彼は好き嫌いが殆どなく、日本食も大好きです。

ホタルイカの沖漬けも頼んでみましたが「美味しい!」と。

イタリアに戻って6年目の今年、ついに独立したとのこと。2人でお祝いしたのです。

互いの報告をしたり、建築談義をしていると、あっという間に3時間が経っていました。

言ってみれば同志です。今度は私たちがマルコの働くラヴェンナへ行けるとよいのですが……

そんなこんなで、私の1年も振り返ってみたいと思います。

1月 完璧ではないから‐1868‐ 

今年の年始は、木曽福島の山荘で過ごしました。

義妹家の別荘ですが、従弟同士とても楽しそう。

ブレーキの掛かった世の中はもう少しのはず。

2月 北北西に進路を取れ‐1876‐

2月に小型船舶1級へのランクアップ試験を受けました。

受験勉強はぱっとしませんでしたが、資格試験は得意です。

1級建築士の資格と同じく、独学で一発合格しておきました。

3月 第二の故郷、天王寺でブラモリタニ‐1886‐

アトリエmは1996年に天王寺にある4畳のワンルームマンションで創業しました。

あべのハルカスができ、街の雰囲気はかなり変わりましたが、変わっていないエリアもあります。

ブラタモリよろしく、ブラモリタニしてきたのです。

4月 『住まいの設計』の撮影は、セッションも爆笑も動画もあり‐1895‐

「おいでよ House」で『住まいの設計』の撮影があったのが4月。

ご夫妻のインタビュー、長男君がお気に入りの場所の撮影、そして奥さんと次男君のピアノとヴァイオリンの演奏。

家族総出で頑張ってもらいました。

5月 今なら分かるこの味‐1902‐

結局家族で出掛けたのは、ゴールデンウィークの池原ダム行きだけ。

しかも受験生の長男を除いた3人で。

来年はどこか旅行へ行けるとよいのですが……

6月 躍動の50代‐1915‐

「若い建築士の方たちに、先輩として何か役に立つ講演を」ということで、大阪府建築士会で講演をしました。

売上も含めて、洗いざらい話してきたのです。

『住まいの設計チャンネル』に「おいでよ HOUSE」登場‐1911‐

『住まいの設計』に掲載された 「おいでよ House」 ですが、『ESSE-online』と『住まいの設計チャンネル』でも公開されました。

7月 海に感謝する海の日‐1922‐

夏の日本海行きは、必須の行事でした。

子ども達を連れて出かけていた頃が懐かしくさえあります。

孫ができたらまた頑張ります。

8月 泉南アナゴパワー‐1928‐

長年働いてくれたスタッフが6月末で退職し、するべきことがいくらでもあります。

今後も人出不足は進む一方でしょう。

一番平和な日曜日の使い方は、半日で妻と食材を買い物に行くこと。

気分転換になる上に、食卓も賑わいます。

https://www.instagram.com/p/Cg_w0qjsnby/

朝市や直売所によく出かけるようになりました。

稲盛塾長‐1935‐

盛和塾にて経営を教えて下さった稲盛和夫塾長が亡くなったのが8月24日でした。

塾長講和を聞きながら、スケッチする時間が好きでした。


心から感謝するとともに、ご冥福をお祈りします。

9月 人生初、発掘調査決定!‐1938‐

工事がスタートした音楽室のある「没頭できる家」。


何と、人生初の発掘調査となりました。

現場から土器出土‐1939‐

そして、実際に古墳時代の土器が出土したのです。

10月 方違神社には方角がない?‐1948‐

何度か聞いたことがあった堺市にある「方違神社」。

摂津、河内、和泉の三国の境に位置するので、方角の無い聖地であると考えられたそうです。

品格と活気のある、雰囲気のある神社でした。

11月 世界最大の祭典開幕。50億人のモチベーション‐1959‐

まだワールドカップ、カタール大会の熱気は完全に冷め切っていない感じもあります。

世界を驚かせたのが、日本代表の初戦でした。

あのドイツを、後半での逆転劇でやっつけてしまうとは……

また4年、私も頑張ります。

12月 伊勢神宮、外宮前にて‐1961‐

あちらこちらと、様々な相談を頂けるのは嬉しい限りです。

12月に入ってすぐ、伊勢へ敷地を見に行ってきました。

帰り際に、外宮を参ってきました。

楽しみな計画です。

桟あり窓にサンタがやってくる‐1963‐

「かやしまフォトスタジオOhana」は2009年に完成しました。

12年に渡り、地域の方々に愛して貰ったのですが、道路収容のため立ち退きとなりました。

そして新たに、「森のOhana」が完成したのが、今年の1月でした。

正面の窓は、全て桟ありのデザインとしています。

親しみやすい建物になったのではと思っています。

恩師である稲盛塾長のことは今回も触れましたが、安倍元首相、アントニオ猪木も鬼籍に入りました。

命ある限り、何とか世の中に貢献できるよう、懸命に働くことを固く誓った1年でもありました。

今年1年、「ゲツモク日記」、「ゲンバ日記」、また『建築家・守谷昌紀TV』にお付き合い頂きありがとうございました。

2023年も、素晴らしい1年となることを確信しております。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
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急いで帰りたい場所がある‐1968‐

JR大阪駅を13時に出る新快速の姫路行きに乗車します。

何とか座れるくらいの乗客数。

昼下がりの緩い空気が眠気を誘いますが、仕事、仕事と言い聞かせます。

予習に励まなくてはならないので。

東播あたりまで来ると、広い平野にポツポツと山が混在する風景に変わります。

時々目を車窓に向けると、大阪平野とは全く違う景色が目を楽しませてくれるのです。

14時3分に姫路に到着。

普通に乗り換えて、14時14分に網干に到着しました。

現場まではタクシーで10分弱です。

大阪駅から1時間半で到着しました。

2階建ての立派な現場事務所が出来上がっています。

基礎工事に入る前に、まずは土留め工事からスタートしています。

定例会議は14時半開始でした。

なかなかに大きな現場なので、早く「ゲンバ日記」をスタートしなければと、多少焦っているのですが。

17時頃までみっちり打合せでした。

その後、工務店の担当者が姫路駅の南口まで送ってくれました。

周辺にタクシーが沢山走っている訳ではないので、とても助かります。

お礼を言って、改札へ向かうと「西明石から芦屋まで、現在不通で~す」と駅員の声。

更に「山陽電鉄で振替輸送中で~す」と。

駅の北口に回れば、山陽電鉄の姫路駅があります。

関西はJRと並行して私鉄が走っているので、こんな時はとても助かります。

https://www.instagram.com/reel/Cmn8_HIJ0EP/?utm_source=ig_web_copy_link

丁度帰宅のラッシュ時で、皆あわただしく大阪梅田行きの特急に乗りこんで行きます。

クリスマスソングの中で一番好きなものはクリス・レアの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」。

この歌も、家路へと急ぐ情景を歌った曲でした。

当たり前ですが、急いで帰りたい場所があるから急ぐのです。それはとても幸せなことなんだなと思えました。

山陽電鉄なら大阪梅田まで1時間40分程掛かるので、1本後の特急に乗りこみました。

大阪まで帰ってきたのは20時過ぎでした。

最近旅行にも行けていないので、ちょっとした旅行のトラブル気分を楽しんできました。

寒い日が続いていますが、庭のモミジがまだ葉をつけていました。

一昨日はクリスマスイブ。

長男は受験真っただ中で帰宅は23時頃。娘は短期留学中で年末まで居らず。

18数年振りに夫婦2人だけのクリスマスでした。

ローストビーフとチキンとバケット。私の大好きなメニュー?長男が大好きなメニュー?

まあどちらのでも良いのですが。

クリスマスカラーの赤はキリストの血、緑は永遠の命、白は純潔を表すそうです。

この時期、赤と緑を目にすると心ときめくのは皆同じでしょう。

世界が平和でありますように。

急いで帰りたい場所があり、ささやかなクリスマスパーティを催せることに心から感謝します。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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12月6日「キッチン・パントリー」

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「いつも言うように、一番大切なのは家族」メッシ‐1967‐

ワールドカップのカタール大会は、アルゼンチンの優勝で幕を閉じました。

延長、PK戦までもつれ込んだので、日曜深夜というよりは月曜の早朝でした。

前半にメッシが決めれば、後半終盤にエムバペが決めて追いつくというスリリングな展開。

全く目の離せない展開でした。

延長でも、共に1点ずつ決めましたが、最後はPK戦でアルゼンチンに軍配が上がりました。

ワールドカップ以外は全てを手にいれていたと言って良いメッシですが、代表戦では思うような結果を出しきれず、非難を浴びることもありました。

ワールドカップトロフィーを受け取ってすぐ、キスをしたのです。

大会中の新聞各紙には、元サッカー選手の評論が多く掲載されていました。話の展開がスムーズで、かつ表現が多彩。

こちらも楽しませて貰いましたが、元日本代表の宮本恒靖さんはこう結んでいました。

「神の子から神になった」

MVP、最優秀ゴールキーパー、得点王の3ショットです。

この時点で23歳のエムバペは、7得点のメッシを上回る8得点での受賞。

通算得点で言えば、35歳のメッシが13得点ですが、すでにあと1点と迫っています。

ワールドクラスの怪物が、どのような次元にいるかを、まざまざと見せつけました。

その怪物には失礼かもしれませんが、愛嬌のあるルックスがなんとも可愛いのです。


最優秀若手選手も交えた4ショットです。

何かとお騒がせなゴールキーパーとの距離感が、色々なことを物語っている感じもします。

チームの中心へと歩くメッシは、飛び切りの笑顔でした。

そしてトロフィーリフト。

試合後ではこのシーンがハイライトだったでしょう。

私はここまでで切り上げ、寝室に向かいました。

「いつも言うように、一番大切なのは家族」

メッシのコメントの中で、繰り返しでてきたフレーズで、ずっと頭に残っています。

桁違いの成功をおさめてきた選手だからこそ、最高の称賛を受けることもあれば、辛辣な批判を埋けることもあるでしょう。

結果に関わらず、常に応援してくれるのは家族だけ、ということなのだと思います。

大切にしたから成功したのか、成功の過程で大切にするようになったのか、それとも、ずっと大切にしてきたのか……

決して、家族を大切にしていないつもりはありませんが、仕事より家族を優先したことは無い気がします。

それが、プロとしての誠意だと思っていました。

それでなおさらメッシの言葉を考えてしまうのです。

18日(日)の夜、ふるさと納税の返礼品の河豚が届きました。

私はちょっと我慢をして、子ども達に沢山食べさせました。

ひとまず私は、このくらいのことから始めてみたいと思います。

今は、眠たくも、楽しい1ヵ月をありがとうございました、という気持ちです。

世界最高の舞台での真剣勝負。その場に日本が登場するときはいつかやってくるのか……

夢をみながら、まずは4年後を楽しみにしています。

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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4月11日「リビング学習」
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2月1日「アウトドアリビング」
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寒い冬には薪ストーブ‐1966‐

日曜日は、10時の開店を狙って大丸梅田へ。

直結の駐車場があるのはやはり便利です。

子ども達へのクリスマスプレゼントを買ったり、プレセールが始まっていたので仕事着も補充。

バタバタと2時間程で梅田を出ました。

清滝街道を抜けて奈良盆地へ入ります。

「3つの庭を持つガレージハウス」までやってきました。

LDKに薪ストーブがあるのですが、もう一度撮影させて欲しいとお願いしていたのです。

以前も一度、火が入っているところを撮りましたが、「火をとるのはかなり難しいな」というのが実感でした。

それで、再撮影をお願いしていました。

https://www.instagram.com/reel/CmWKpdAvBBE/?utm_source=ig_web_copy_link

まずは端材に火つけます。

マッチも専用でかなり格好いいのです。

https://www.instagram.com/reel/CmWMmS2J7uC/?utm_source=ig_web_copy_link

そして薪をくべます。

乾燥した広葉樹が最適だそう。

https://www.instagram.com/reel/CmWM-tDAqei/?utm_source=ig_web_copy_link

更に薪をくべます。

これで1ヵ月半くらいとのことでした。

https://www.instagram.com/reel/CmWNX4TMW7g/?utm_source=ig_web_copy_link

空気を多めに取り込むと、一気に炎が大きくなります。

その後、火は段々と落ちついてきました。

https://www.instagram.com/reel/CmWNqFBp2pK/?utm_source=ig_web_copy_link

ポカポカと何とも気持ちがよい。

輻射熱で体が温まると、寒い外にでてもずっと温かいそうです。

「これを経験したらエアコンには戻れません」と。

床暖房も同じことを言われるクライアトが多いのですが、そちらも合わせれば、かなり沢山の輻射熱住宅を設計してきました。

私の家にはどちらもないので、クライアントに教えて貰ったことをいつも伝えているのです。

しかし、ゆらゆらと小さな炎を見ていると全く飽きないものです。

1時間程滞在させてもらい、お礼を言って大阪に向かったのです。

近畿道を走っていると、ラジオから「金剛山が初冠雪しました」という声が聞こえてきました。

かなり遠くですが、確かに少し白くなっているのが見えています。

今日の大阪もは最高気温6℃。本当に寒い一日でした。

冬は日射を遮らないよう庇をデザインしているのと、断熱性能もかなり向上させたので、薪ストーブを付けずとも、15℃以下に下がることはないと言ってもらいました。

喜んで貰えたなら、寒いアトリエで夜中まで頑張った全てが報われます。

真夏は40℃に迫る日もあり、更に本当に気温差の大きい気候になってきました。

「家」が負う責任は増すばかりだと実感する次第です。

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クライアント⇒サポーター‐1965‐

先月のことですが、11月17日『homify』の特集記事 に 「下町のコンクリートCUBE」が掲載されました。

「内も外も美しい家10選」の2軒目に紹介されていたのです。

内部は2階の和室のカットが取り上げられています。

この写真が出来上がって来た時には、正直、CMのオファーがあるかなと思っていました。

しかし16年経った今も、残念ながらまだ来ていません。

11月28日 にも、同じく 『homify』の特集記事 に 「回遊できる家」が取り上げられていました。

こちらは「冬の準備はOK?かわいくて快適なベビールームをつくる9つの方法」という記事。

何だか微妙な内容ではありますが、こちらは1軒目。やはり嬉しいものです。

この写真を撮らせてくれたご夫妻と、4番目のお子さんに感謝、感謝です。

彼はもう小学生になっているはず。

現場が進行中の音楽室のある「没頭できる家」ですが、ご両親が近所に住んでおられます。

先日、動画の撮影をしていると、ご自身が育てた野菜を持ってきて下さったのです。

大根、カボチャ、ピーマン。

その前は、万願寺唐辛子、パプリカ、ブロッコリーも頂いてしまいました。

「趣味程度ですが」と仰いましたがさにあらず。立派なものばかりです。

カボチャは早速ポタージュスープにして頂きました。

更に遡ると、地鎮祭の時にはアサヒの生ジョッキ缶を頂いていました。

かなり話題になっていましたが私は初体験。

こまやかな泡も最高ですが、その気持ちが美味しさを何倍にもしてくれるのです。

実はここ数日、誰もが知る大企業のCMを製作する会社から、ある相談を貰っていました。

監督のイメージする画が撮れそうな、格好の良い住宅を探しているとのこと。

Webサイトを見てのオファーでしたが、相談の上、いくつかの作品を紹介したのです。

担当者の方が直接現地まで行き、私のクライアントと会ってこられました。

「さすがに、守谷さんが紹介して下さった方は、本当にいい人ばかりでした!」と。

「そうでしょう!」とは言いませんでしたが、私の一番の自慢はクライアントなのです。

最終的にどうなるかや、発表できるのかさえもまだ分かりませんが、兎に角楽しみです。

仕事をさせて頂き、建った後の取材などにも応じて頂き、アトリエmの宣伝までして下さる。

こういった方々を「クライアント=依頼者」という呼び方で良いのかなと真剣に考えます。

サッカーの言葉を借りれば「サポーター」という呼び方の方が合っているかもしれません。

アトリエmや私が世に出ることを、常に一番喜んで下さるのですから。

16年前に夢見たCMでの登場。叶うと良いのですが……

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

◆メディア掲載情報

何とか4人の年賀状を‐1964‐

日曜日は、雨予報から曇りへと、転々と天気予報が変わりました。

昼頃は何とか雲が切れそうだと分かり、その時刻を狙って奈良までやってきました。

登美ヶ丘にある、松伯(しょうはく)美術館です。

向かいには近鉄グループ中興の祖と言われる、佐伯勇の旧邸が建っています。

いずれも、巨匠・村野藤吾の設計です。

もう12月中旬ですが、年賀状用の家族写真が撮れておらず……

慌ててやってきたのです。

松伯美術館の外壁は、村野らしいレンガの使い方ですが、エントランスがなぜか宇宙的。

ちょっと奇抜すぎる感じがします。

空間構成はコンパクトにまとめられています。

ポストカード置きがかなり勿体ないですが、中庭を中心として、立体的に展示室が配置されたプランでした。

中庭は広すぎず、明るすぎず。

そこに面して、ミュージアムショップがあります。

天井は全面ガラスですが、建物に囲まれているので、直射日光が抑え込まれていました。

夏も見てみたいところですが、名人芸と言って良いと思います。

中庭にも出られ、池の中には金魚も泳いでいます。

できればゆっくり見てみたい建物でした。

子ども達もスケジュールが詰まっており、急いで家族写真を撮って美術館を後にしたのです。

今度は急いでレストラン探し。

幹線道路沿いにイタリアンを見つけました。

チェーン店のようですが、駐車場が広いのが有り難いところです。

娘は窯焼きのピザ、長男はパスタランチを食べて、それぞれを駅に送ったのが13時半頃。

帰りの車で、子供と車で出掛けたのはいつ以来だろうと妻と話していました。

長男が大学受験なので仕方ないのですが、関東の大学へ行ったら、4人揃った年賀状は最後になるかもしれません。

何とかしつこく撮ってきたのですが。

今年のボツカットです。

顔に枝の影がかかっていることを、私が分かっていませんでした。

裏面の兄妹カットは、いつも2人でポーズを考えてくれます。

ちょっと長男が怖いということでこちらもボツ。

それでも仲が良いのは何よりです。

子どもが生まれて18年。兄妹となって15年。本当に一瞬のことのようです。

楽しみにしてくれている人がいるかは分かりませんが、何とか4人の年賀状をお届けできそうです。

■■5月13日『住まいの設計6月号』に「おいでよ House」掲載

■6月16日 『ESSE-online』に「おいでよ House」掲載

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10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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桟あり窓にサンタがやってくる‐1963‐

今日は一日外回りで、午後からは北浜へ行っていました。

打合せの時間には早く着いたので、少し周辺を歩きます。

栴檀木橋 (せんだんのきばし)越しの中央公会堂です。

設計は岡田信一郎で1918年の完成。近代建築の傑作と言われます。

少し東へ行くと、安藤忠雄設計の子ども本の森が見えてきました。

こちらは2020年の開館です。

東に面する堺筋を南に下ると、北浜の中心街にでてきます。

東に見えてくるのは、ザ ・ロイヤルパーク・キャンバス。

2019年の開業です。

更に南にある北浜タワーは、200m超えの54階建て。

2009年の完成でした。

その向かいを見ると、高麗橋野村ビルディング。

大阪ガスビルの設計でも知られる安井武雄の作品で、1927年の完成です。

北に戻ると、1階に洋菓子の「五感」が入る新井ビル。

1922年の完成で、国登録の有形文化財に指定されています。

この新旧入り乱れた街並みが北浜の特徴でしょうか。

「五感」の窓には、サンタのディスプレイがなされていました。

寒い時期になると特にですが、窓から漏れる光は、何か温かい暮らしを想像させるものです。

アンデルセンが描いた「マッチ売りの少女」の中では、幸せな家庭の象徴として描かれました。

それらを思い、マッチを擦り続ける少女……何と悲しいストーリーなのか。この歳になると、もう読めないかもしれません。

近代建築と現代建築の明確な境界はありませんが、最も変化が大きい部分は窓だと思います。

私も現代建築の世界に身を置く者として、大きな、桟のない開口を目指しました。

2009年完成の「Kayashima Photo Studio Ohana」は、その考えをダイレクトに表現しました。

その 「Ohana」 ですが、道路収容のために取り壊さざるを得なくなりました。

何とか近所に新敷地もみつかり、今年の始めに「あの森のOhana」というコンセプトで生まれ変わったのです。

どこか懐かしい。何かワクワクする写真スタジオ。

このキーワードが出来上がった時に、「窓には桟」と決まりました。

出来上がって行く過程も【ゲンバ日記チャンネル】で公開しているので、よければご覧ください。

サンタは窓を割って入る訳ではありませんが、桟の入った窓は、何とか人が入れそうな感じがします。

一方、現代建築における窓は、そのイメージを超えているかもしれません。

ヒューマンスケールと言っても良いと思いますが、この差が印象としては大きな差になっている気がします。

それが良いことか、そうではないのか分かりません。

しかしこの時期は、桟あり窓に軍配が上がる気がします。


■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■■1月6日『Best of Houzz 2022』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載
■1月8日『homify』の特集記事に「光庭の家」掲載
■1月7日『homify』の特集記事に「白馬の山小屋」掲載

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