カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

ありのままの笑顔が大好きです‐1742‐

 私が住む大阪市平野区ですが、由来は諸説あります。

 征夷大将軍だった坂上田村麻呂の次男、坂上広野(ひろの)が治めたことがから「ひらの」となったという説。

 野を平らにしたから「ひらの」という説。

 いずれにしても、大阪市平野区も存続することになりました。

 こちらはお隣の東住吉区にある山坂神社。

 平野区は東住吉区から1974年(昭和49年)に分区して生まれました。

 ウィキペディアによると、投票では1票差で「大和川区」を上回ったとありました。

 平野区は東住吉区でもあり、大和川区か阿倍野区になった可能性があったのです。

 山坂神社の前には「七五三詣り」の看板が出ていました。

 境内を少しのぞいてきました。

 これはお百度参りに使われるものなのでしょう。

 一番下の文字は「回」?。

 朱の鳥居はお稲荷さん。

 「力石」は力自慢が競うためのものでした。

 神社はエンターテイメント空間でもあったのです。

 我が家の七五三は6年前が最後。

 勿論、Ohanaで石井さんに撮って貰いました。

 主役は娘なので、いい笑顔で撮れるよう長男も全面協力です。

 とっても懐かしい。

 もう笑い過ぎくらい笑っていました。

 折角なので兄も。

 着物。

 ドレス。

 兄妹。

 本当はこんな顔が一番多かったのですが、そこはプロの仕事を見せてくれました。

 遠い昔、7歳まで元気に生きてくれたことを祝ったのが七五三の始まりです。

 Ohanaは、このくらいの子供達が楽しめるよう設計した、私にとっても渾身の作品です。

 実は敷地が道路に収容されることになり、次のOhanaを現在計画中なのです。

 大きなコンセプトは変わらずとも、やはり進歩がなければ携わらせて貰う意味がありません。

 そこは石井さんとそれこそ膝を突き合わせて計画を練っているのです。

 2014年の七五三の記事に、「年に一度は家族で写真が撮れたらいいな」と書いていました。

 私は出来ていませんが、多くの人達にそう思って貰える新しいお店を創り上げたいと思うのです。

 Ohanaのトップページには、「ありのままの笑顔が大好きです」というメッセージがあります。

 その笑顔を引き出すのが石井さんの人柄とプロのスキルですが、何とかそれを応援できる空間にしたいのです。

■■■9月11日発売『リフォームデザイン2020』に「回遊できる家」掲載
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
■10月23日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に巻頭インタビュー掲載
■2月13日 『Best of Houzz』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

◆メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

梅田墓地と高井田横穴群‐1737‐

 大阪梅田は電車時代が来るまで、のどかな田園風景が広がっていたようです。

 諸説あるとは言え、沼地を埋め立てて田んぼにしたので「埋田(うめだ)」というのですから、かなり辺鄙なところだったでしょう。

 しかし現在の大阪の顔。

 1874年(明治7年)に初代大阪駅ができて全てが変わり始めたのです。

 近年においては、阪急グループが牽引してきた部分も大きいと思います。

 阪急系列の建物は、概ね竹中工務店の設計施工ですが、HEP FIVEも同じで1998年の完成です。

 真っ赤な観覧車が一体となり、ランドマークとなっています。

 昨年秋には、ヨドバシカメラ北側にリンクスウメダが開業。

 西隣のグランフロントは2013年の開業です。

 以前、建築関係のショールームは本町が主でしたが、ここに多くのメーカーが移転してきました。

 グランフロントのタワーAは38階建てですが、ここにも住宅機器メーカーのショールームが入っています。

 コロナ下の世の中になり、打合せも控えていたのですが久し振りにやってきました。

 このショールームは眺めが良く、楽しみにしていたことがありました。

 今年の8月、大坂七墓のひとつ「梅田墓地」発掘調査の発表がありました。

1,500体を超える埋葬人骨が見つかったことなどが、大阪市のwebサイトに詳しく載っています。

 写真をいくつか拝借してみます。

 「うめきた」2期区域の南東端がそのエリアで、タワーAから良く見えるのです。

 明治時代の地図と重ねると、梅田墓地の北東角に掛かっているのが良く分かります。

 大阪市のサイトにはよりアップの写真もあります。

 小さな穴が無数にあり、多くの人骨が埋葬されていました。

 江戸時代の終わりから明治20年代まで営まれたこの墓地に、埋葬されているのは大坂城下町周辺に居住してい庶民だとありました。

 平均が30代と若く、さらに病変が認められる個体が多いことから流行病で亡くなったのではと考えられているようです。

 大阪市は調査は公開しないと発表していました。

 しかし梅田で江戸を感じることなど滅多にないと思い、何とかこの目で見ておきたいと思っていたのです。

 ショールームでいつもアテンドをお願いする女性に、到着早々に「梅田墓地は?」と訊ねました。

 すると「私も興味津々で見ていたのですが、数日前にあの建物が建ってしまいました」と。

 落胆する私に「でも、調査が始まったらすぐにシートを掛けてしまったんですよ」とも。

 すでに建物が建っているので、もう一生見ることは叶いません。

 「大阪市は一体何をするんだ!」と、二人でちょっと真面目に憤っていたのです。

こちらは、先日訪れた柏原市の高井田横穴群です。

 大和川が大阪平野に流れ込んできてすぐの丘陵地中腹。

 小高い丘には無数の横穴古墳が残っているのですが、現在は公園として整備されているのです。

 柵はあるものの、実際にのぞけるところが殆ど。

 こちらは公開横穴とありました。

 壁画が残っているのですが、ガラス越しに見ることができるのです。しかもライトアップまで。

 6世紀~7世紀に描かれたもので、同じような服装をした人物が複数描かれています。

 1300年前の飛鳥時代と言えば、聖徳太子が生きた頃。

 ここに埋葬されて人が描かれていると考えられており、これらはいわば遺影。

 心ときめくと言うと不遜かもしれませんが、その時代の生をひしひしと感じるのです。

 すこし見辛いので、解説の写真も載せておきます。

 右上には船に乗った人物が槍のようなものを掲げ、左右の小さな人物は、イカリとオールを手にしています。

 相応の身分に居た人達なのでしょう。

 未来は現在の”影”でしかないが、過去は現在を知る宝庫でもある。私は人の過去にふれてみたくなる。

 はるかに刺激的で魅惑的である”過去”という事件。

 -山本隆司- エディター

 ターザン山本こと山本隆司さんは、週刊プロレスの伝説的編集長です。

 私が読者だった頃、彼のロマンティックな言葉を見るのが大好きでした。

 もし大阪都になったなら、各区長さんには過去だけは大切にして欲しいと思います。

 あの孔子もそう言っているのですから、これはもう絶対です。

 でなければ、柏原市に引っ越します。

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生命が宿り動き出す‐1732‐

 日曜日の朝は空が高く、秋らしい青空が広がりました。


 
 朝ジョギングにでると、風がひんやりとして本当に気持ちが良い。

 どこかへ遠出したくなるのです。

 近所の校庭をのぞくとテントが張られていました。

 運動会の準備でしょう。

 今年は父兄も入れないところが多いのだと思います。

 早朝の公園で、逆上がりの練習をする親子を見掛けました。

 我が家の子供達は運動は得意なほうで、あまり教えを請われたことはありませんが、何だか懐かしく、温かい気持ちになるのです。

 家に帰ってシャワーを浴び「さあ、今日も働くぞ」と気合をいれ、清々しい気分でアトリエへ向かいました。

 一日目一杯仕事をし、お楽しみの夕食は娘のリクエストでモダン焼きを作りました。

 「お腹パンパン」とのことで、沢山焼き過ぎましたが、日曜日くらいは良しとしましょう。

 9時までには全てを終え、チャンネルは4chに。

 テレビドラマは生涯5本目くらいですが、流石に「半沢直樹」は面白かった。

 視聴率の30%越えも、前シリーズから7年振りとのことで、話題をさらっていました。これは前作もレンタルしなければなりません。

 池井戸潤さんの小説は外れなしで、何を読んでも最高のエンターテイメントです。

 タイミングが良すぎますが、新刊『半沢直樹5』が発刊されたそうで、これも買わずには居れ無さそう。

 今日のwebニュースに、作者本人のインタビューが掲載されていました。

 小説は、登場人物のたった一言で話がガラッと変わってくるもの。書き進めるうちに物語に生命が宿り、化学変化がどんどん起きていく。その勢いを大事にして書くことが、すごく重要だと思っています。

 一番驚いたのは、ベストセラーを連発する氏が「600枚ぐらい先のことが予測できるかというとそれは無理」とあったことでした。

 「仮にその通り進んだとしたらそれは駄目な作品」ともあったのです。

 先日、初めてテレビで「Official髭男dism」を観ました。

 髭男(ひげだん)という言葉くらいは聞いたことがありましたが、観終えたあと『Pretender』『 I LOVE…』『宿命』の3曲を購入しました。

 すっかり好きになってしまったのです。

 音楽は極めて好みに影響されるものですが、インタビューのシーンで、ヴォーカルの藤原聡さんはこんなことを言っていたと思います。

 僕たちはどちらかと言えば、楽曲目線なんです

 私も創り手なので、池井戸潤さんと藤原聡さんの言葉はビシビシと伝わってきます。

 「やりたいことをやる」を否定はしませんが、自分の気持ちや気分より「作品がどうあるべきか」を大切にしていることが良く分かります。

 髭男の3曲も、映画やドラマの主題歌だそうで、お題があったということです。

 その中で、ヒット曲を連発でき人は「やるべきことをやる」人なのだと良く分かるのです。

 最後に。

 『Pretender』は映画『コンフィデンスマンJP -ロマンス編-』の主題歌と知りました。

 出演者が2人も自ら命を絶ち、世の中は落ち着きを無くしています。

 心からご冥福をお祈りしたいと思います。

 丁度、藤原さんと同じような歳の頃、私も何度も「死んでしまえば楽になれるのだろうか」と考えました。

 その心病んだ3年間を何とかやり過ごし、楽な時は少しもありませんでしたが、今、生きることこそが素晴らしいと実感します。

 命は自分の意思で掴んだものではありません。自分でコントロールするものではないし、してはなりません。

 人は生きるために生きるのです。

■■■9月11日発売『リフォームデザイン2020』に「回遊できる家」掲載

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大阪都天王寺区コリアタウン‐1726‐

 伊勢湾台風を上回る勢力とあった台風10号。

 九州西岸をかすめるように通過しました。

 九州では7月豪雨があったばかりで、何ともやりきれない気持ちだったと思います。

 大阪は風こそ強めでしたが、地鎮祭を執り行うことができました。

 しかしこれからが台風シーズン。明日は我が身と思い、備えておかなければなりません。

 地鎮祭には車で行ったのですが、阪神高速に乗るとすぐにあべのハルカスが見えてきます。

 大阪府と大阪市の二重行政を無くそうという「大阪都構想」。

 前回の住民投票では否決されましたが、再度民意が問われることになりそうです。

 実現すれば、当社のある平野区は、阿倍野区、生野区、東住吉区を合せて、天王寺区となります。

 新・天王寺区の紹介としては、日本一高い商業ビルのハルカスと、鉄道の南の玄関口となっていました。

 お向かいのような位置にある通天閣は浪速区で、新・中央区となります。

 1兆円の無駄遣いをなくせるとか、効果は0円とか、論調は様々です。

 仕事に関して言えば、建築確認申請の裏判を貰うのが、大阪市役所から天王寺区役所へ変わるくらいでしょうか。

 大きく無駄使いが減るなら実現して欲しいですし、大阪市という名称に愛着があると言えばあります。投票なら、もう少し勉強しなければなりません。

 新・天王寺区の紹介にもうひとつ取り上げられていたのが「コリアタウン」。

 それなら知らない訳にはいかないと、寄ってきました。

 近くのお好み焼きや焼肉の名店は訪れたことがありますが、コリアタウン自体は初めてだと思います。

 この時期にも関わらず、なかなかの活気です。

 疎開道路から東へのびる350m程の通りですが、東端には「百済門」がありました。

 世界中の大都市にチャイナタウンはありますが、コリアタウンも結構あるのでしょうか。

 韓国へは行ったことがないのですが、ミニ海外旅行のようでワクワクしてきます。

 食材といえばやはりキムチ。

 流石に種類も豊富です。

 この狭いエリアに肉屋さんも5軒はありました。

 韓国風焼き鳥なのか、これを頬張りながら歩いている人も。

 古い店のほうが雰囲気はありますが、どちらかと言えば若者をターゲットにしている店が多い感じです。

 トッポギや先程のヤンニョムチキンの文字も見えます。

 長男が中学校へ行き始めた頃、K-POP好きの友達とよくコリアタウンへ行っていました。

 アイドルグッズ店等もあり、このごった煮感が人気の秘密なのかもしれません。

 通りを行く人の年代も様々でした。

 このポテトチップを串に刺したような食べ物。歩きながら食べている若者を結構見ました。

 興味津々ですが、この時期なので挑戦するのはやめておきます。

 大阪都天王寺区のコリアタウンと言われると、かなり戸惑うかもしれません。

 勿論「都」が実現した際の話です。

 コロナ下の社会となり、当分海外は難しそうです。子供達が好きな番組「世界の果てまでイッテQ!」でも国内企画に変更されていました。

 流石にリモート旅行は寂しいので、国内で外国を感じられる場所を回るのも悪くないかもしれません。

 度々例に上がるペストやスペイン風邪のように、今回の新型感染症も、いつか克服されるでしょう。

 それが1年なのか2年なのか。5年海外へ出られないのはちょっと辛いところです。

 リモートで感じられないのは、触覚、味覚、嗅覚です。

 景色を見て、喧噪を聞き、風を感じ、屋台から漂う匂いが鼻腔をくすぐり、つい口にしてしまう。

 旅は五感で味わい尽くすものです。気兼ねなく屋台で食べられる時が来たら何処へ行こうかと考えます。

 台湾、オランダ、オーストリア、メキシコ、ブラジル……

 韓国も候補に加えてみます。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に
巻頭インタビューが掲載されました

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【News】
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2月13日 『Best of Houzz』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』で「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■「トレジャーキッズたかどの保育園」が
地域情報サイトに掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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地方創生。頑張れ、敦賀駅前商店街‐1725‐

 先週の日曜日、久し振りに日本海を訪れました。

 その帰り、敦賀の市街地にも寄ってきました。

 まずは目抜き通りをのぞきます。

 それぞれの街に特色があり、旅情をかきたてるものですが、最近で言えば、函館、仙台、金沢、長崎、那覇あたりが印象に残っています。

 敦賀半島は数え切れないほど訪れていますが、敦賀駅前は初めてだと思います。

 2023年春の北陸新幹線開通を目指し、工事は急ピッチで進んでいるよう。

 「シンボルロード」という駅前通りには、「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」のモニュメントが多く設置されていました。

 古くは、東京とパリを結ぶ「欧亜国際連絡列車」が敦賀港駅を経由して走っていたことから、市のイメージである「科学都市」「港」「駅」と将来像を重ね合わせて設置された、とありました。

 心意気やよし、です。

 ただ残念ながら駅前商店街はシャッターばかり。

 旅行者としてはかなり寂しいのです。

 地の魚を買おうと、僅かに開いていた魚屋さんに入りました。

 乾物や缶詰等はあるのですが鮮魚はなし。

 仕方が無いので遠くに見えるスーパーへ行くと、地の魚やイカが多くありました。

 人は正直なもので、商店街とは比べものにならない活気だったのです。

 各店舗前には駐車場が整備され、広い庇もあり、夏でも冬でも歩きやすいはず。

 なんとも勿体ない話です。

 港も近いので、ぐるっと回ってみました。

 1905年完成の赤レンガ倉庫も風情はありますが、函館、横浜、舞鶴の赤レンガ倉庫と比べると寂しい感じは否めず……

 「わびさび」という美意識に照らし合わせれば、魅力があるとも言えますが、再び足を運んで貰うには少し弱いかもしれません。

 前回、第5の故郷と書いたくらいなので、水が美しく、魚の美味しい敦賀という土地が大好きです。

 観光客でごった返して欲しい訳ではありませんが、あれほど立派な商店街に人が居ないのは気になります。

 コロナ下の時期だけなら良いのですが。

 コンビニを日本に定着させたセブン&アイHDの名誉顧問、鈴木敏文さんの記事が新聞に連載されていました。

 コンビニにはほぼ使いませんが、創業の理念を読んで現在の隆盛を納得しました。

 昭和38年、イトーヨーカ堂に転職した鈴木さんは、スーパー出店説明会の度に、地元商店街から猛反発を受けます。

 昭和40年代中頃、アメリカ西海岸へ視察に行ったとき、移動休憩で「7」と「ELEVEN」を組み合わせた、見慣れない小型店に入りました。

 スーパーを小型にしたような店舗で、これがコンビニエンスストアとの出会いでした。

 アメリカでは大型ショッピングセンター、スーパー、小型店、個人商店などが共存していました。

 しかし、ダイエーの中内さん、西友の堤さん、自社のオーナー(イトーヨーカ堂)は、小売りの時代は終わったという考えでした。

 大型店だけで全てをまかなうことはできない。アメリカもヨーロッパもそうでしょうと、鈴木さんはオーナーを説得します。

 何より商店街が衰弱している。小型店には小型店として生きる道があると考えたのです。

 その業態だけでなく、全て過去を否定した先に生まれたものだともありました。

 「おにぎりは売るものじゃない」と反発を受け、「銀行なんて簡単にできるものではない」とメインバンクの頭取に説得され、競合他社が共同で小ロットで配送する「牛乳の共同配送」は物流改革の象徴とさえ呼ばれるものでした。

 ダイエーには何でもあるが、欲しいものはない。

 辛辣な言葉ですが、ダイエーが消滅した理由をこれ以上分かりやすく伝える言葉はありません。

 鈴木さんはこう語っています。

 僕がセブンーイレブンで当初から常に求めてきた基本は品質であって、合理性の追求は二の次、三の次だった。

 この記事を読んで、もう少しコンビニを使ってみようかなと思いました。ただ、ちょっと高いのは間違いありませんが。

 最後はこう結ばれていました。

 人はより良いもの、高質のものを求め続ける。(中略)世の中が変化することは多くのチャンスが生まれてくる。(中略)これからもどんどんやりがいのある社会がくるから、どんな商売も深堀すればやりがいのある仕事ができる。

 コンビニの輸入を決め、アメリカの運営会社との契約を成立させ、送られてきた27冊の経営マニュアルを読んだときにはあぜんとしたそうです。

 そこにノウハウと呼べるものはなく、あったのはレジの打ち方、人の採用の仕方などの説明ばかり。殆どが参考にならなかったのです。

 そこから、日本のコンビニ文化を50年で創り上げたカリスマは現在87歳。

 敦賀駅前商店街のリーダーにこの記事は絶対読んで欲しいと思いました。

 旅先でお金を使ってあげたいと思っても、欲しい物がないので使えない。

 退陣を表明した安部内閣の掲げた目標のひとつに「地方創生」がありました。

 こんな単純な問題を解決することからしか実現はないと思うのです。

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逢坂へ逢いに行く‐1722‐

 週末、天王寺へ行く用事がありました。

 谷町筋から少し東に入った、悲田院にあるマンション。

 1996年にアトリエmを設立した際、初めに借りたワンルームマンションです。

 ハルカスの北側に位置します。

 1999年まで、このマンションをアトリエとしていたのですが、5畳弱のワンルームでとにかく狭かった。

 結局ここで寝泊りして働くことになるのですが、いったい何処で寝ていたのか……

 懐かしいなと思い、エントランスまでのぞいてきました。

 天王寺界隈も、谷町筋を一本入れば静かな街です。

 当時からあった立ち飲み屋さん。

 この日も昼から満員のよう。時期的にどうかと思いますが、そこは天王寺ですので。

 すぐそばにある、老舗料亭はマンションの谷間に沈んでいるかのよう。

 何だか寂しい気もするのです。

 25号線を西に歩くと道は下りだします。

 上町台地の西端にあたり、通天閣を見下ろすここは「逢坂(おうさか)」。

 大津の逢阪の関になぞらえたとも、聖徳太子と物部守屋の二人が信じる方法を比べ合わせた「合法四会」に近いことにより合坂と名付けられたとも言われているとありました。

 最も南にある、天王寺七坂のひとつです。

 逢阪に面して建つ安居神社は、日本一の兵と呼ばれた真田幸村終焉の地でもあります。

 家康をあと一歩のところまで追い詰めましたが、愛馬・月影とともにこの地で果てました。

 最も精神的に辛かった時期に読んだ、池波正太郎の「真田太平記」はどうにも忘れられない作品なのです。

 安居神社も、上町台地に西端に位置し北側は崖と言ってよい高低差です。

 階段を下りきったところにあるのが天神坂。

 安居神社が、菅原道真公を祭ることからこう呼ばれています。

 この坂を上らず、反対に西に下ると、バイクや人形で知られる松屋町筋に出ます。

 天王寺七坂の殆どは、上町台地の頂部を走る谷町筋と、西に下り切った位置にある松屋町筋を結ぶ東西の坂なのです。

 一本北にあるのは清水坂。

 上りきると、清水寺の門がありました。

 京都に似た名前のお寺がありますが。

 清水寺舞台があるところまでそっくりなのです。

 境内の中にある「玉出の滝」は大阪市内唯一の滝だそう。

 パワースポットという言葉を簡単に使いたくはありませんが、なにやら良い空気感なのは間違いありません。

 あたりには井戸も多く、上町台地に降った雨がここから噴出してくるのでしょうか。

 暑い日だったので、しばらく水音を聞いていました。

 北隣には大阪星光学園、さらに北には大江神社。

 その脇にある愛染坂を上ると縁結び、商売繁盛の神様で知られる愛染さんです。

 正確には、勝鬘院(しょうまんいん)で、聖徳太子の建立とありました。

 境内にある多宝塔は、1597年に秀吉によって再建された市内最古の木造建築です。

 正直、一番驚いたのはこの一等地に建つ大阪星光学園の大きさです。

 流石に、市内トップ私学の名は伊達ではありませんでした。

 アトリエmにとって、天王寺は創業の地と言えるのですが、当時は生きるのに精一杯で、ろくに周辺を歩いたこともありませんでした。

 天王寺の路地を歩いていると、25、6歳の頃の記憶が一気に蘇ってきます。

 能力もないので、移動のつなぎはいつも走っていました。

 暑い暑いと言っていても、朝夕はすでに秋の気配です。

 夏季休暇も終わり、現場も一気に4計画程進みだします。企画の提案、実施設計もまだまだ続きます。

 四半世紀前は頑張りたくても、知識も技術もありませんでした。

 今は自分の頑張り次第で、多くのことは解決しますし、質も上がります。

 25年前と考えると夢のようだと言っても間違いないのです。

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水風土があう‐1721‐

 月曜日から続く、同級生のセカンドハウス訪問です。

 前日、最も早く寝てしまったので、朝は私が一番です。

 野辺山高原の朝は涼しく、小鳥のさえずりの中をジョギングにでました。

 走っていると、急に森が開けます。

 開拓記念碑とあるので、もとは森林だったようですが、大部分は畑となっていました。

 レタスのようです。まさに高原野菜。

 トラクターが作業をしていたので近づくと、農薬をまいているようでした。

 使用しないのが理想ですが、売り物である以上仕方ないのかもしれません。
 
 できる限り少なくして欲しいものですが、高原は非常に虫が少なく、そんなメリットがあるのかもしれません。

 標高1400mは涼しいのですが、太陽に近い感覚もあります。

 存分に太陽光を浴びたレタスは、瑞々しく、シャキッとしてみえるのです。

 沢山ある畑では、時間差で育てられているようでした。

 常に食卓に並ぶので当たり前と言えば当たり前ですが。

 昨日の新聞にも、長雨の影響でレタスが高騰し900円台という記事もありました。

 安いに越したことはありませんが、手間暇かけて育てられ、日本全国に届けられる訳なので、そんな時もあるでしょう。

 1万円と言われれば手がでませんが、普段の4倍感謝しながら食べるべきかもしれません。

 牛乳も地元のもの。

 パッケージを見るだけで美味しそうです。

 今回は立派なキッチンがあるので、料理モードは常にオン。

 地元の柔らかそうなサニーレタスがあったので、スペシャルサンドウィッチ2種盛りです。

 車での旅なら、必ずマイ調理キットを持って行きます。

 旅先での朝食は重要です。忙しない日々の暮らしと、一番違うのはここかもしれません。

 近くにある八ヶ岳音楽堂は、建築家・吉村順三の傑作と聞き、立ち寄ってきました。

 残念ながらリハーサル中で入ることができず。次回の楽しみにとっておきます。

 昼過ぎ、滞在のお礼をして帰路につきました。

 私の人生は、建築、野外、旅の三本立てだと書きました。旅の魅力は、見る、食べる、感じるです。

 高価なものでなくても、その土地や風土が育んだ味は心に残るもの。

 バンコクのパッタイ(焼きそば)、ホーチミンのフォー、ミラノのジェラート、パリのフランスパン、香港のエビチリと、風景や匂いと共に蘇ってくる味が沢山あるのです。

 今回食べたレタスは、実は同級生のお姉さんが生産したものでした。

 スキーに訪れていた縁で、レタス農家に嫁いだそうです。彼がこの地にセカンドハウスを構えるに至ったことにも影響を与えているはずです。

 「水があう」という表現がありますが、これは食も含まれているでしょう。

 風土という言葉もあるので、「風と土があう」まで満足すれば、そこは理想郷かもしれません。

 土地探しをしているクライアントに、「響くかどうかが一番大切」と伝えてきました。

 「響く」を分解して行くと、水、風、土という要素がかなり大きいのではと考え始めています。

 旅に出て感じる。だから旅は止められないのです。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に
巻頭インタビューが掲載されました

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【News】
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2月13日 『Best of Houzz』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』で「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■9月30日発売『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』に「回遊できる家」掲載
■「トレジャーキッズたかどの保育園」が
地域情報サイトに掲載

■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

◆メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

僕は独りじゃなかった‐1713‐

 大阪で暮らして半世紀。

 それでも知らない街がまだまだあります。

 敷地調査に向かう途中、「今里」の交差点を通りました。

 あの五叉路の大きな交差点です。

 交差点の景色も広い!

 ちょっと爽快なくらいです。

 私は千日前通りを東から入ったのですが、その手前で見つけました。

  「そばの住吉 中華そば」

 看板が、その味を担保してくれているかのよう。

 控えめに「高井田ラーメン」と言う文字も見えました。

 このあたり出身の方が、凄く美味しいと言っていた老舗ラーメン店なのだと思います。

 特にラーメン好きでない、いえ正確に言えば、美味しいに決まっているので、辞められなくなっては大変と、あえて食べないようにしている私でも、入ってみたくなる店構えでした。

 更に西へと進むと、とてつもなく大きい煙突?

 地下鉄の換気口でしょうか。

 「今里ロータリー」という呼び方は、昔はチンチン電車の終着駅があって、ロータリーになっていた名残なんですよ、と地元の方が教えてくれました。

 今里は、もっとじっくり訪れてみたい、ディープ大阪な街だったのです。

 世の中には色々なwebサイトがありますが、建築家を集めたサイトも結構あります。

 そのうちのひとつが『homify』。

 ドイツ発で、世界規模のサイトです。

 立ち上がってすぐの頃、ドイツから「登録して貰えませんか?」と電話がありました。

 こちらのサイトでは、常に上位に表示して貰っていますが、更に上に表示もあります。

 こちらは「Ad」と小さくマークが入っているので、広告です。

 それがあまり分からなくしているのは、ビジネスとしては理解できます。

 ただ、私はこの類の広告料は払ったことがありません。

 それでも、上位に表示されるのは「レビュー」と言われる、感想が沢山入っているからのはずです。

 アメリカ発の、『houzz』というサイトもあります。

 こちらは「大阪の建築家」というカテゴリーで20番目くらいでしょうか?

 『houzz』は住宅専門のサイトで、12名のクライアントがレビューをつけてくれたおかげで、何とかこの位置に居れるのです。

 少し前までは、5番目より下に下がったことは無かったのですが、同じような話で「ad」というマークが入っている会社が上位に入ります。

 そのマークがあるものは別扱いなので、2度、3度と掲載されるよう。

 広告料を払っていない会社としては3番目くらいでしょうか。上にあるのは、より「レビュー」が多い会社です。

 当社のwebサイトは、本当に頑張ってくれるので、建築家関係のサイトが立ち上がるとき、先方からオファーが無かったことは無いと思います。

 登録数が少ないときには、客寄せパンダが必要なので直接アプローチがくる。登録数が増えれば、有料広告を打ちませんかとアプローチがある。

 先方の話も分からなくはないのですが「では、初めに協力して差し上げた恩は、無かったことになってる」という気持ちも間違いなくあるのです。

 それはそれで癪なので、『うえだクリニック』の院長に「できればレビューをお願いできないでしょうか?」とメールしました。

 そのレビューが、本当に心から嬉しいものでした。

アトリエm、守谷さんを知ったのは、クリニックを新築し移転するため、インターネットでクリニックの建築経験がある建築家を検索しているときでした。 今まで、自宅の建築、クリニック開院時のテナント内装工事と大規模改装の計3回建築に携わり、その都度、違う設計士の方とご一緒させていただきましたが、次回もお願いしたいと思うことがなく、今回のクリニック建築の依頼先に悩んでいました。 そんな時、インターネットで検索していて目が留まったのが、アトリエmさんのHPにある「ゲツモク日記」でした。長年にわたり、月曜と木曜の週に二回、日記を書き続けるのは簡単にできることではありません。内容も機知に富み、守谷さんの人柄もにじみ出ています。これを見て、この方に会って話を聞いてみたいと思い、連絡して事務所を訪れました。 最初の訪問時に、なぜアトリエmに目が留まったかを聞かれ、「ゲツモク日記の継続力と内容から見えてくる人柄」と答え、「作品ではないんですね…」とガクッとされたことが昨日のように思い出されます。(もちろん、作品も魅力的だったのでオファーしました!) その後の定例のミーティングで、施主(私)の生い立ちから現状、仕事、家庭、趣味嗜好など、一見建築とは関係ないようなことまでお話しし、私や私のクリニックに対する思いを十二分に問診?されました。(これが設計の細かなところに反映されてきます) アトリエmや現場での打ち合わせは数十回、200時間は優に超えたと思いますが、あっという間でした。 設計の段階では、こちらの希望を第一に、できることできないことを教えていただき、そして、様々なプランやアイデアを提案していただきました。また、建築はコストとの戦いですが、設備等の価格の調整提案も様々なアドバイスをいただきながら一緒に考えていただけます。 設計から施工期間まで、次々と生じる問題点にも適切に対応していただき、消費税増税が決まっていたため、かなりタイトなスケジュールの中、クリニックの建物はもちろん、MRIやCT等の医療機器に関する特殊な設計・施工管理も、きっちりとしていただけました。 おかげさまで、令和1年9月、綱渡りのようなタイトなタイムスケジュールの中、無事にクリニックをリニューアルオープンでき、患者さんやスタッフからも好評をいただいています。 もうすぐ、移転してから1年になります。今振り返っても、忙しかったですが、楽しく有意義な時間でした。 10年後ぐらいに自宅のリノベーション又は建て替えを考えているので、その際には、是非、守谷さんにお願いしたいと思っております。

 友人ができても、こちらの熱量が上がれば上がるほど、最終的に友人は去って行きました。

 少しでも良くなって欲しい、少しでも成長したいという純粋な気持ちだったと思っていますが、そんなことを友達には求めていなかったのだと思います。

 リラックスして、楽しい話をできるほうが良いのだということも分かります。

 多分私は、しんどい人間なのです。

 そんな私が、どれだけ熱を込めても、トップギアに入れて話しをしても、全て受け止めてくれるのはクライアントだけでした。

 若い頃、彼女を除いては、生涯孤独なんだろうと思っていました。

 しかし「仕事」という島には、私の話を本気で聞いてくれる、もっと言えば、お代を払ってでも聞いてくれる方が居てくれたのです。

 クライアントとの関係が無かったなら、私の人生はどうなっていたんだろうと思います。

 よって、クライアントはクライアントであり恩人です。いつも、命以外の全てを捧げる覚悟をしています。

 今回は、機知に富んだ内容とは程遠い内容でした。

 それでも、本当に思っていること以外書きたくありません。暑い夏が始まるので、時には直球ど真ん中も投げてみたくなったのです。

 今日は海の日。

 こんなことを書きながらも、湖にやってきました。この話はまた来週に。

■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に
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■7月21日BS朝日『大改造!!劇的ビフォーアフター』で「住之江の元長屋」再放送
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■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました

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清滝街道をゆく‐1712‐

 昨日は久し振りに晴れの日曜日になりました。

 奄美地方の梅雨明け宣言もでて、長かった今年の梅雨も間もなく終わりでしょうか。

 初めての敷地を見るために車で出掛けたのですが、朝9時半で気温32℃。

 暑い一日になりました。なかなかホットな燃費も下に見えていますが。

 近畿道、第二京阪と乗り継ぎ、国道163号線を東に走ります。

 ボーリング場があったり、カラオケ喫茶の看板を見掛けたりと、昔ながらの街道沿いの風景です。

 生駒山地を越える街道はいくつかありますが、清滝街道が最北とのこと。

 よって、道は比較的なだらか。現代とは全く違うレベルで重宝されたはずです。

 分かり難いのですが、左の擁壁上に見えるのが旧街道だと思います。これは日本の大動脈だった東海道でも良く見る景色。

 旧街道の横を掘り下げて、現在の街道として整備してあるのです。

 最後はトンネルを抜けて生駒盆地に。

 少し走ると田園風景へと変わりました。

 面白い地名ですが、カタカナの意味するところは何なのでしょう。

 古い日本家屋を横目に見ながら更に東へ。

 清流とは言えないまでも、せせらぎをみるだけで目に涼やかです。

 感覚的にですが、ホタルがでるのかでないのか、丁度境目あたりでしょうか。

 生駒盆地の東端にさしかかりました。

 先程見えていた「この先狭い」という道路標識の通りになってきます。

 「もしやこれは険道か」と訝りましたが、何とか学研都市へと抜けることが出来ました。

 この峠を越えると京都府。

 小一時間掛けた小旅行の後、現地に到着したのです。

 司馬遼太郎さんが最晩年まで執筆していた紀行文が「街道をゆく」です。

 海外編もいくつかありますが、文豪が最後まで描きたかったものが、日本の街道だということが少しだけ分かる気がします。

 立ち止まってみる景色は言ってみれば静止画。しかし街道をゆきながらみる連続した景色はMOVIE。

 歴史や風土を語りかけてくるかのようです。

 「家族で47都道府県制覇」を達成した後に掲げた旅のテーマは「家族で世界遺産制覇」。

 しかし、高校に、中学になろうかという兄妹は全く乗ってこず。

 それなら「ひとり街道をゆく」でもいいかなと思っていたのです。

 最後は、甘いもの情報です。

 打合せ終わりで、学研都市の中心部にある「ル・パティシエヤマダ」に寄りました。

 一度お土産に頂いたのですが、本当に美味しかった。

 フワッとした生地感が写真でも伝わってきます。

 人の目は何と繊細なのでしょう(笑)

 「甘すぎない」という常套句が霞んでしまうくらい、甘すぎず、美味しいのです。

 普段、どれだけ働いても褒めてくれない娘も、歓喜の声を上げて感謝してくれました。

 千円のロールケーキがこれ程安いと思えることはあまりないのです。

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大雨撤収と指宿のウィークリーマンション‐1710‐

 豪雨にコロナと、なかなか遠出もままなりません。

 雨は続きますが、7月も中旬に入りヒマワリが咲き始めました。

 こちらは畑の番人。

 こんな時こそユーモアを、というメッセージなのだと思います。

 雨の思い出話しをひとつだけ。

 2011年の8月は鹿児島へ。

 この頃は「家族で47都道府県制覇」をかかげて、長期休暇はほぼ旅にでていました。

 フェリーでの船旅は、行き帰りがゆっくりできるので皆お気に入り。

 夜に南港をでて、翌朝志布志に到着します。

 この時は、まず西側の薩摩半島先端を目指しました。

 途中、枕崎で「かつおラーメン」を食べることにしました。

 あまり期待していなかったこともあってか、驚く程美味しかったのです。

 この旅の時は2泊をキャンプにしていました。

 キャンプの一番の難点は寒さ。そこは夏なら何とかなるだろうと思ってのことでした。

 夕食を準備し。

 夕暮れの浜辺で海風に吹かれ、最高に気持ちよかったのです。

 しかし、子供達がぐっすりと寝静まった深夜から、猛烈な雨風になりました。

 テントに当たる雨音が怖い程で、ずぶ濡れになりながらテントを張り直したのです。

 雨がようやく一段落したと思ったら、深夜3時頃に若者が花火を始める始末。

 彼らが帰るとまた雨が降り出し、早朝にテントを撤収したのです。

 翌日も指宿のキャンプ場を予約していましたが、この日も雨予報。2日連続は厳しいと判断し、指宿駅前の観光案内所に駆け込みました。

 お盆真っただ中で営業さえ怪しいかなと思っていたのですが、「部屋は小さいですが、ウィークリーマンションなら1室空いています」と。

 聞くと1日でも借りられると。

 それならデイリーマンションとすればいいのにと思いましたが、まさに渡りに船でした。

 生まれて初めてウィークリーマンションに泊まりましたが、かなり安かったと思います。

 基本的に子供はどこでも楽しいものですし。

 翌日の砂風呂より。

 日本最南端の駅より。

 殿様湯より。

 この雨での思い出すのは大雨撤収とウィークリーマンションです。

 記憶は、複数の要素が重なるほうが、より脳に定着すると言います。それで楽しかったことより、苦労したことの方が心に残るのでしょう。

 全ての記憶はDNAに残っていると聞いたことがあります。
 
 山道で運転を誤り、車ごとを転落していくという瞬間。記憶が走馬燈のように蘇ってくるということは、実際にあることのようです。

 もし記憶の出し入れが自在にできれば、私もマサチューセッツ工科大学へ行けたのにと思いますが、神様も人が悪いものです。

 いや、皆ができたなら、差が付くところが無くなるので、やっぱり神様は正しいのか。

 『YAWARA!』『MASTERキートン』などで知られる、漫画家・浦沢直樹はこう言っていました。

 プロとは締切があること

 締切に追われる人気作家ならではの、ある意味深い言葉です。

 追い込まれた深夜2時、頭の奥深くに埋もれていた引出しが……

 と格好付け過ぎですが、そんなことが何度もありました。人は弱いもので、追い込まれなければ閃かないようです。

 こんな感じで今週もフルスロットルで行きます。

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