カテゴリー別アーカイブ: 06 スポーツ

小さな歓声、小さな成功体験‐1457‐

 月曜日、ジャンプの高梨沙羅選手は3位に入りました。

 前回の4位と銅メダルの差は、明るい涙が物語っていました。まだ21歳。次回は頂点に立つ姿を見たいものです。

 彼女のワールドカップ53勝は最多勝タイ。もうひとりはオーストリアの28歳、アルペンスキーのマルセル・ヒルシャー選手です。

 自分が試合に出なくなり、全くアンテナを張っていませんでしたが、ワールドカップで6年連続総合優勝をなし遂げています。

 「総合」とあるのは、アルペンスキーは主に4つの種目があり、種目別優勝もあるからです。

 コース内の旗門をくぐりタイムを競うのは同じですが、最も旗門がすくなく、最もスピードがでるのが「滑降」です。

 ピョンチャンのコースでは最高速度が120km/h。

 そこから「スーパー大回転」「大回転」「回転」と旗門数が多くなり、ターンはより細かくなって行きます。

 「回転」では、ターン技術や俊敏性が求められるので、「滑降」とは必要とされる筋力も変わっくるのです。

 「滑降」と「スーパー大回転」を『高速系』、「大回転」と「回転」を『技術系』と区分けします。

 マルセル・ヒルシャーは主に『技術系』の2種目にエントリーする選手。

 2016-2017シーズンまでの総合6連覇の間、「回転」「大回転」ともに4度の種目別優勝。まさに絶対王者です。

 しかしその彼も、オリンピックでは2014年ソチ大会で、回転の銀メダルのみでした。

 5つ目の種目として、「滑降」と「回転」という両極端な種目の合計タイムで競う、「複合」という種目があります。

 火曜日に、この種目で男子アルペンスキーは開幕しました。

 まず前半は滑降。

 ヒルシャー選手と、『高速系』のスペシャリストとの差は僅か1.32秒。安定した滑りで7位につけました。

 そして後半は得意の「回転」。

 前半の急斜面は、少しセーブしている感もありましたが、中盤から後半の滑りは圧巻。

 早く美しい。

 6人を残してトップに立ったのです。

 2位のフランス人選手に0.2秒差に迫られましたが、そのまま逃げ切って、悲願の金メダルを手にしたのです。

 絶対王者でも、簡単に勝たせてくれないのがオリンピックなのです。

 極上のドキュメンタリー映画を観せて貰ったような気分でした。

 まさか、世界最高の選手と張り合うつもりはありませんが、「回転」は私が最も得意としていた種目でした。

 大学3回生の3月。岩岳で開催される、日本一大きな草大会に出場しました。

 スタート順はほぼ最後尾の394番。1本目、荒れに荒れたコースを攻めて、300人抜きの100位に入りました。ゴールエリアで僅かに歓声があがったのです。

 回転は、1本目が早かった順からスタートし、2本合計で競います。2本目はコース状況も良いので、100人抜きのつもりで攻めました。

 が、気負いすぎて片足通過反則でタイムなし。この日で大学のスキー生活は終わったのです。

 この日の1本目が、私にとって人生最高のランでした。

 体格に恵まれなくても、環境に恵まれなくても、仕事だけは頑張った分だけ応えてくれます。

 しかし、何かしらの小さな成功体験があったからこそ、頑張れるのかもしれません。

 1993年の3月。

 春のスキー場で聞いた小さな歓声は、私の人生に少しの勇気を与えてくれました。

 トップ選手であれ、アマチュアであれ、スポーツは人生の縮図だと思うのです。

這ってでも、光へ向かって‐1456‐

 建国記念日の朝は、大阪でも雪積がありました。

 青空と雪のコントラストは本当に美しいもの。

 自分の住む街だから、なお更なのかもしれません。

 普段はパッとしない公園も(失礼)、まるでキャンパスのようです。

 子供達は早速雪遊びです。

 大阪で積雪があったのは7、8年振りでしょうか。

 隣の塀の上には雪だんごが残っていました。

 小さいお子さんがいるのです。

 私のジョギングコースには結構お寺があります。

 瓦屋根と雪の景色もなかなか相性が良いもの。

 あるお寺の前に、今日はこの言葉が張り出されていました。

 諦めるな 光に向かって

 這って 行きなさい

 昨年のノーベル平和賞で、広島で被爆したサーロー節子さんが、被爆者として初めて演説したときの一文でした。

 壊された建物の瓦礫の中で、誰かが励ましてくれた時の言葉だそうです。非常に暗示的でもあります。

 先週末にピョンチャン(平昌)オリンピックが開幕しました。

 政治ゲームが透けて見えるのだけは勘弁してもらいたいですが、アルペンスキーは、日本、他国を問わず気になります。

 最も気になるのはジャンプの高梨沙羅選手。

 前回のソチオリンピック時は、絶対王者としてのぞみながら、苦汁をなめました。

 男女を通じてワールドカップ最多勝のレベルにある選手ですが、オリンピック前のワールドカップでは、メダル圏を行き来する状況のようです。

 4年に1度という時間軸が、選手の人生を翻弄するのがオリンピックですが、何とか文字通り雪辱を晴らして貰いたいものです。

 予定通りなら、今晩が試合開催のよう。応援したいと思います。

 這ってでも、光へ向かって頑張れ!

ともよ‐1455‐

 福井県が大雪となっているようです。

 スキージャム勝山だったり、今庄365だったり、福井には結構スキー場があります。

 雪が降らなければ話にならないし、降りすぎては国道が麻痺。連休の書きいれ時を前に、気をもむところでしょう。

 前に一度、友人論を書いたことがあります。

・友達は、別に帰る場所がある。

・家族ではないので責任は負わない。

・双方向の関係である。

 この時は、私にとって初めての友人のことを書きました。

 月曜日、スキーのことを書きながら、ある友人のことを考えていました。

 2、3歳の頃からスキーをしていたので、自分よりスキーが上手だと思う子供と会ったことがありませんでした。

 70年代の大阪の下町。スキーをしたことがない子供が大多数で、当たり前と言えば当たり前です。

 雪国へ行けばいくらでもいるのですが、そこは別ものと勝手に区分けしていました。子供のことなのでひとまずご容赦下さい。

 小学6年生の時、ある公立中学の修学旅行に同行させて貰うことになりました。

 当時、大阪の公立中学は、スキー修学旅行が多かったのです。

 父が「どうせスキーをするのなら、しっかりした人から教えて貰った方がいい」と思ったのだと思います。

 道具を買っていたスキーショップの専務に相談すると、ある中学校の体育の先生に話が行ったようです。

 全く縁のない中学の修学旅行に参加するという、不思議なことになりました。

 アルペンスキーをしている人でも、先生は結構多いのです。

 それで、SAJ(全日本スキー連盟)の検定試験(バッジテスト)の指導員も多くおられ、修学旅行自体がそのバッジテストの練習を含んでいました。

 それに参加してみたらという話になったのでしょう。私と弟、近所の友人兄弟の4人での参加でしたが、言ってみればスキー武者修行です。

 引率する先生のお子さんも数名参加していて、その中に5年生の男の子がいました。

 ちょっと勝気で長身の彼は、そのバッジテストで確か2級に合格しました。

 私は3級を取得したのですが、その違いはショートターンのあるなしだったと思います。

 自分ではショートターンも出来ると思っていたのですが、2級以上を受けさせて貰えず、明らかな差がでました。

 年下の長身君の方が上手いと認識せざるをえなかったのです。

 大学に入り、2回生からアルペンスキーをはじめたのですが、その5月だったかに、この長身君と再会しました。

 彼もある大学のスキー部に入部していたのです。

 小学生以来でしたが、顔を見ればお互いすぐに思い出しました。同じような年代なので、国体予選でも一緒になります。

 彼が大学3回、私が4回の時、彼は大阪予選を勝ち抜き、国体へ行きました。この時も完敗だったのです。

 時々顔を会わすと「先輩、先輩」と本当に人なつっこい、可愛げのある男だったのです。

 大学をでて、彼は警察官になりました。

 私が精神的にまいっている頃、誰に聞いたのか、事務所を訪ねてきました。

 彼も仕事をはじめ、肉体的にも、精神的にも大変なようでしたが、昔話をし、私を励まして帰って行ったのです。それが最後の機会になったのです。

 15年程前、彼が急逝したという連絡がありました。死因はよく分からず、突然死と聞きました。

 私は3年弱の鬱からようやく抜け出し、さあ第2期アトリエmのスタートだと燃えていた時期です。会う機会が多かった訳ではありませんが、同志のような後輩でした。

 今度は、先輩として私が彼の話を聞いてあげなければならなかったのに……

 「双方向」というのは一方的でないということです。

 与え与えられ、それが互いに好ましく、持続するということは、簡単なことではありません。

 人は2度死ぬといいます。
 
 体が滅びる時と、人の記憶から消える時です。

 向かいに住んでいた彼も、長身の彼も、いまこの世にはいませんが、私の心の中では生き続けています。

 もし自分が反対の立場なら、誰かの心の中で生き続けるのだろうか……

 そんなことを考えるのは、精一杯生きて、命絶えてからにしようと思います。

 昨年、ようやく彼のお墓の場所を人づてに聞きました。

 ともよ、今年は墓参りに行くから。

ちびっこ暴走族‐1454‐

 歴史的寒波到来で、2018年は寒い冬になっています。

 ポジティブに考えるなら、関西のスキー場でも雪質が良いということ。

 ということで奥神鍋スキー場へ行って来ました。約20年振りでしょうか。

 大阪から2時間程で到着。

 高速が伸び、随分近くなりました。

 昨年まではスノーボード一辺倒だった長男ですが、今年はどちらかと言えばスキー寄り。

 スキーならキャリア45年です。

 この機会にできる限りのことを教えておきたいところ。

 雪予報だったのが、昼過ぎまでずっと青空。

 気温は低いままなので雪は適度に硬く、最高のコンディションでした。

 娘はスピードをだす楽しみを知り、こちらは気が気ではありません。

 緩斜面は常にクラウチング姿勢です。

 この日は、ゲレンデにあるジャンプ台を見つけ、兄妹で遊びはじめました。

 私が「ターンっていうのは……」と話そうとすると、ビューンと滑っていってしまうのです。

 娘は特に気に入ったらしく、 朝の8時半から、夕方の4時半まで、昼以外はずっと滑っていました。

 親は寒すぎて、途中休憩しています。

 2人で延々とジャンプ。

 滑空感はスキーの醍醐味のひとつです。

 飛距離は妻に一日の長ありです。

 奥神鍋スキー場は、大阪府スキー選手権の会場でした。

 長らく出場していませんが、現在もここが会場なのでしょうか。

 大学から始めたアルペンスキーですが、30歳くらいまでは国体出場を目標に、毎週のように信州まで出掛けていました。

 大阪から出場するには、ジャイアントスラロームの国体予選で1位か2位、悪くても3位には入らなければなりません。

 私のベストリザルトは4位だったと思います。結局、国体へは行けずでした。

 「大阪でアルペンスキー」というかなり限られた世界ですが、どんなカテゴリーでも、1番になるのはなかなか難しいものです。

 小さな自慢ですが、1度だけ草大会で優勝したことがあります。

 たった1つだけの金メダルなので家の冷蔵庫の上に置いてあるのです。

 見ると、2004年、氷ノ山国際スキー場となっていました。33歳の時です。

 旗門で制限されたコースを滑り、タイムを競うアルペンスキーでは、試合前に一度下見ができます。

 インスペクションと言いますが、ゆっくり横滑りをしながら、どんなコース取りをするかのイメージを作ります。

 当時、一緒に試合に出ていたスキー仲間が、「このセット、守谷君向きやな」と言いました。

 コースは終盤に急斜面があり、1箇所深いターンがあるものの、かなり直線的なセットでした。

 深いターンは、私が苦手としている左谷足ターン。

 しかし、急斜面の入口にあるため、ポジティブに考えればそこからでも十分挽回できるとも言えます。

 反対に、緩斜面は一度失速すると挽回が難しいのです。

 小さい頃から、急斜面をぶっ飛ばすのが大好きだったので、急斜面は得意中の得意。

 1番になれるというイメージはなかったと思いますが、結果は彼の言葉通りになりました。

 彼の一言がなければ、たった1回も無かったかもしれません。

 誰かが認めてくれたことで、落ち着いて自分の試合イメージを作ることができ、実践できたのだと思います。

 野球でも、スキーでも結局1番にはなれませんでした。

 しかし、多くの失敗経験と、小さな成功体験を与えてくれました。

 考えに考え、時間も使い、トレーニングもし、しかし、誰かに称賛される訳でもない。それでも続けたのは、そのスポーツが好きだったからです。

 また、スポーツを通して得た友人は同じ根を持っており、互いのリスペクトもあり、より深い付き合いができたと思います。

 私に関していえば、初めの3作品は全てアルペンスキーの関係からで、スキーをしていなければ25歳で独立することは無かったかもしれません。

 子供達には、何でも良いので、一生の友となるスポーツを持って欲しいと思うのです。

 もしスキーが好きなら、せめてパラレルターンくらいまでは出来るようにしてあげたいと思うのが親心。

 私が声を掛けようとしても、子供達はビュンビュン飛ばして行ってしまいます。

 子供の頃、「ちびっこ暴走族」こそが最高の褒め言葉だと思っていました。

 考えてみれば、それこそがスキーの醍醐味だったのです。

趣味を仕事にする‐1438‐

 芸術家・岡本太郎は「私は趣味などという卑劣なものをもたない」と言いました。

 さすがは岡本太郎、といったところです。

 私の趣味は釣り。

 岡本太郎の域には達していないことになりますが、1年のうちの10日間、湖上に浮いている時間はやはり幸せです。

 妻に「休めそうなので釣りに行こうかと思う」と言うと、「この寒いのに?」と。

 確かに、明け方は氷点下。山頂部には冠雪も見えていました。

 しかし、好きや趣味に寒さは関係ないのです。

 奈良県下北山村にある池原ダムに魅せられて20年強。

 1988年、村が中心となりブラックバスを観光資源として放流しました。

 美しい大自然と共に、村が釣り客を歓迎してくれるのも、ここに通う理由です。

 放流されたのがフロリダバスという種で、 日本でも最大級の魚が釣れることでも知られます。

 そのひとつの基準が60cmオーバー。通称、ロクマルです。

 水面まで上がってきた時、久し振りに「超えたか?」と思いました。

 が、測ってみると57cm、2kg。

 残念ながら60(ロクマル)には届きませんでした。

 春、夏、秋に比べ、数が釣れない冬は基本大物狙い。

 若干濁りがあったこの日は、特大を狙って20cm以上ある巨大スプーン(ルアーの種類)でスタートしました。

 水温は低いものの、新鮮な水が流れ込んでくるエリアにいる、体力のある個体を狙いました。ここまで読みが当たるとまさに爽快。

 湖で食事をしていた時、スプーンを水中に落としてしまい、それに魚が食いついてきたのがその名の由来です。

 ルアーフィッシィングの始まりともいわれ、その後スポーツフィッシングとして、欧米で社会に浸透していきました。

 バスフィッシングにはプロの試合があり、それらに参加するのがバスプロです。

 サッカーにJ1、J2があるように、バスプロの世界にもクラスがあり、最上位のカテゴリーをTOP50と呼びます。

 昨年まで、このカテゴリーで活躍していた北山睦プロと、昼食が一緒になり、その世界での話を聞かせてもらいました。

 ちなみに、2015年に長男へルアーをプレゼントしてくれた山岡計文プロは下北山村の出身で、今年は年間3位の活躍。まさにトッププロとなりました。

 北山プロはTOP50の権利を持ちながら、諸事情で一旦撤退したそうですが、その話がとても面白かったのです。

 トップカテゴリーに参加するのにはいくらの費用がかかる、1位の賞金は数百万円で、6位は微々たるもの。

 また「この時期ならどの場所で、どんな深さを、どんなルアーで、どのようなコースを通すかで釣果は変わってくる。釣れる人と釣れない人の差があるとすればそれくらい」と。

 帰り際も、更に釣りの話を聞かせてくれました。

 トッププロだけあって、極めて論理的。聞いているだけで釣りが上手くなる気がします。

 この閑散期にやってきた甲斐がありました。

 年末年始もここで過ごすそうで、本当に釣りが好きなのだと分かります。

 サッカー少年がJリーガーになるように、好きが仕事になるのは理想的です。しかし、その道が楽であるはずがありません。

 スポーツとはそもそもが遊びや娯楽なので、行為自体に楽しみがあります。娯楽を仕事にする訳なので、もちろん競争は激しいものになります。

 また、それ自体に生産性がある訳ではないので、この大量消費社会、高度情報化社会であるからこそ、職業たりえるのです。

 「職業に貴賎なし」が大原則なので、軽んじるつもりは全くありませんが、はっきり言えば無くなったからと言って、生死に直接の影響はありません。

 若者が車を持たないなど、バスフィッシングも2000年あたりをピークに、どちらかといえば衰退傾向です。

 北山プロにしても、山岡プロにしても、そのあたりを分かっているので、裾野のファンを大切にするのです。

 大相撲の問題をみると、全く反対の印象を受けます。

 私の年代で、相撲ファンを見つけるのは相当に困難です。あまりにも低い道徳観と、世間とのギャップをみると、怒りに近いものを感じます。

 国鉄や郵便の民営化よろしく、国技という冠を外して欲しいとさえ思うのです。

 この類の話しを長男にしたとき、「建築家がいなくなっても、誰も死なないじゃない」といわれました。

 全くその通りです。だからこそ、違いを求める人達に選んで貰えるよう、仕事に打ち込むしかないのです。

 私の釣り自慢から少し話がそれました。

 元監督の野村克也は、タニマチの存在が一時、阪神の選手を駄目にしていたと言っていました。

 タニマチは相撲用語。甘やかす、は全ての巨悪の根源なのです。

 相撲協会は、勇気をもって極めて厳しい判断をしてもらいたいと思います。

 でなければ、未来はないというところまで来ていると思うのです。

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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楽は楽にならない‐1418‐

 昨日から10月にはいりました。

 暑い暑いといっていたら、朝夕は寒いくらいに。今年も残すところ3ヵ月となりました。

 今日は生憎の雨ですが、昨日は秋晴れの1日に。長女の運動会でした。

 中学になった長男は平日開催で、私が観れるのはこの1回だけ。

 もっと言えば、親として見に行く運動会はあと2回だけということでしょうか。

 2人とも足は速いので、これまで運動会は随分楽しませてもらいました。

 しかし、今年は障害物競走。

 さらに半分は男の子で、ネットくぐりにやや手間取ってしまいました。

 やはり運動会は徒競走に限ります。(我が家的には)

 また、代表委員?をしており、司会進行のアナウンスを担当しました。

 経緯は知らないのですが、何かしらの役割を引き受けたことは偉いなと思っています。

 プラスアルファの充実感があったと思うのです。

 「究極の幸せとは、愛されること、褒められること、人の役に立つこと、人に必要とされること」

 社員の7割に知的障害を持つ人たちを雇用する、日本理化学工業の大山会長が紹介している言葉です。

 面倒や、労苦をさけて、いきなり誰かに必要とされることはありません。

 あまりネガティブな言葉を文字にするのは嫌なのですが、「楽に生きたいは、楽に生きられない」は簡単に証明できます。

楽に生きたい
 ↓
責任を負いたくない、面倒は避ける
 ↓
信用は落ちる、能力は向上しない
 ↓
楽に、楽しく生きていけない

 やはり聖書にある「狭き門をくぐる」ことが、幸せな人生を送るたったひとつの方法なのだと思っています。

 「会社でも常に面倒な方を選ぼうといっている」とある人に話したら、「そんな面倒な生き方辞めたら」と言われました。勿論強要するつもりはありません。

 一度しかない人生です。楽しく、幸せなものにしたいというゴールは誰もが同じはず。いま取る行動がそこに繋がっていれば、全く問題ありません。

 最近つくづく思います。人生って本当に単純にできているんだなあと。

前言撤回大いに結構‐1415‐

 今日は朝から打合せにでていました。

 台風前は涼しくなったと思っていましたが、晴れるとまだまだ夏の日差しです。

 それでも草間に彼岸花をみつけました。

 気が付けば彼岸の入り迎えていました。

 現場での木材加工は、即席作業台での仕事になります。

作業台の脚に、丸を3つ組み合わせた加工がしてありましたが、思わず笑ってしまいました。
 

 ただ丸を3つ重ねるだけで、同じイメージが浮かぶことに、ディズニーの凄みを感じます。夢もロマンもない表現ですが。

 しかし、日々を楽しくするのが遊び心です。

 昨日、安室奈美恵が来年での引退を発表しました。

 40歳にして25年のキャリアということは15歳でのデビューになります。

 間違いなく時代を築いたアーティストで、他の○○ラーとは一線を画すべきでしょう。

 また、先週末には女子ゴルフの宮里藍も引退試合を終えました。

 女子メジャー最終戦で、途中まで優勝を狙える位置にいるという報道もありました。

 引退する人のパフォーマンスとは考えられないレベルです。彼女に至ってはまだ32歳。

 引退発表の会見で「100%復帰はない」と発言したそうです。

 本当の意味での引退の理由が、本人以外に分かるはずもありませんが、「休む」では駄目なのだろうかと思うのです。

 全ては努力の賜物だと思いますが、どれだけ歌、ゴルフに打ち込んだとしても、頂点まで登り詰める人はやはり才能もあるはずです。

 松任谷由実は「才能とは母乳のようなもので、出さなければ毒になる」と言っていました。

 それが、必ずしもプロである必要はないのかもしれませんが、その眩しいばかりの才能をはたしてどこで放出するのか。

 いらぬ心配ばかりしてしまうのです。

 作家・開高健がフランスにはこんな言葉があると紹介していました。

 25歳までの女は自分だけを殺す。

 35歳までの女は自分と相手を殺す。

 35歳以後の女は相手だけを殺す。

 35歳から上の女性を敵に回したくて書いているのではありません。もう少し決断を先にすれば違う景色が見えてくると思うのです。

 「スポーツ」の語源は「deportare」。ラテン語で「portare」とは運ぶという意味から仕事を指します。「de」は否定で「仕事をではない」。つまり「遊び」という意味です。

 また、音楽は文字通り音を楽しむです。

 仕事だからこそ、「楽しむ」と決めることが大切なのだと思います。

 プロレスなら60歳での復帰もありです。前言撤回大いに結構と応援したいと思うのです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】

「R Grey」9月からの入居募集開始■
大阪市平野区平野西5-6-24

モデルルームオープン中

「さかたファミリー歯科クリニック」7月26日 OPEN■
枚方市津田西町1-24-8

【News】

■3月25日『大改造!!劇的ビフォーアフター』朝日放送(ABC)「住之江の元長屋」再放映■
■10月29日『住人十色』毎日放送(MBS)「松虫の長屋」放映■

『建築家カタログ2016』8月29日発売に「遠里小野の家」掲載

『homify』7月21日「白馬の山小屋」掲載
『homify』6月4日「松虫の長屋」掲載
『homify』5月10日「長田の家」掲載
『homify(タイ)』4月25日「加美の家」掲載
『homify(中国)』4月9日「住之江の元長屋」掲載

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子供は小さな大人じゃない‐1385‐ 

 いよいよ近畿地方も梅雨入りしました。

 田植えが始まったなと思っていたら、あっという間の梅雨入り。

 いっとき、娘が小学校で飼っているカエルを連れて帰ってきました。

 彼らも喜びの声を上げているでしょう。

 春から長男が中学校に通っていますが、クラブに属することが必須だそうです。

 「テニスなんかいいんじゃないの」と勧めてみましたが、卓球部に入ることになったようです。

 それもあって娘も卓球を習いたいと言い出し、スクールに通う事になりました。

 いとこも交えて、時々実家の仕事場にある、お手製卓球台で練習をしているのです。

 作業台の上に父が板を敷いたもので、少し小ぶりですが練習にはなるはずです。

 さらに、壁打ちキットまで作って貰っていました。

 月曜までドイツで開催されていた卓球の世界選手権ですが、日本選手のメダルラッシュに沸きました。

 そのテレビ中継を、子供達は歓声をあげながら観戦していたのです。

 日本のエース水谷を下し、トーナメントを勝ち上がった張本智和選手はまだ13歳。史上最年少のベスト8だそうです。

 また、あの羽生善治三冠をも下し、連勝を続ける藤井聡太四段は14歳。

 こんなウルトラ中学生を同時期にみることなど滅多にないでしょう。誰もが無限の可能性を感じ、応援したくなるものです。

 一方「子役大成せず」とならないよう、メディアも含め、まわりが気を付けてあげなければとも感じます。

 友人の医師が、小児科がある理由について「子供は小さな大人じゃないからね」と言っていました。

 それを痛感するのが子育てです。

 自分がこれまでの人生で感じたこと、心が動いた話を、私なりに子供に伝えてきました。

 それによって、子供がどんどん成長するんじゃないかと楽しみにしていたのですが、伝わっていると感じるのは全体の20%くらいでしょうか。

 先日、あるクライアントが子育てのことで、少し意見を聞かせてもらいたいと足を運んでくれました。

 「守谷さんならうまく伝えているんじゃないかと思って」と言って貰ったのは光栄ですが、実は2割バッターで……

 正直、子供のセンサーと大人のセンサーの違いがこれ程大きいとは思ってもいませんでした。

 しかし、ある種納得もします。

 聞きかじった立派なことを1、2回話したとしても、そんなものは馬耳東風。

 どうしても言いたいから、繰り返し話していること以外は心に残らないのでしょう。

 子供は小さな大人じゃないんだなとつくづく思うのです。

「どうせ」はやめた‐1364‐

 先週の金曜日、中高の先輩に声をかけてもらい、京都へ行っていました。

 20歳ほど上の先輩が、2件目に連れていってくれたのが「カルシウムハウス」

 京都で35年続くニューハーフのショーパブです。私も名前くらいは聞いたことがありました。

 こちらのオーナー、梶子ママはかなりメディアに露出しているそうで、高槻中高の先輩でした。

 何期上かは彼女(彼?)の商売柄を考えて控えておきます。

 お土産にもらった、「なにわのおばちゃん&おネエの牛すじカレー」。

 右が梶子ママです。

 見た目は美しいですが、声は完全に酒やけしたダミ声。もちろんそれも商品のはずですが。

 その翌日、ご一緒したその先輩から、「ビフォーアフターに 貴兄が出てますね」とメールをいただきました。

 土曜日の午後2時から、「住之江の元長屋」の再放送があったようです。地上波放送は今回で3回目だったと思います。

 テレビ局側から再放送に関して連絡はないので、全く知りませんでした。

 放送後「 明かりも大切ですが、私は 風が抜ける設計を評価しますね。 通風性の重要さを思い付かない方が多いし、解決策が 見事です」とメールをもらいました。

 ニューハーフのオーナーママあり、建築好きの税理士ありと、改めて母校の奥行きを知ったのです。

 この春から、長男が中学校へ行きます。

 部活は必須だそうで、候補にしている卓球を一度やってみようとなりました。

 妻がカミ卓球場というところを見つけてきました。

 加美は平野区なので、車で5分くらい。

 また、2006年の作品「加美の家」も近いので土地勘はあります。

 住宅っぽい門扉の先にあるのは元作業場のよう。

 それらを改修し練習場となっていました。

 中には卓球台が4台ありました。3人で2時間借りて3000円。

 子供達は、実家にある小さいテーブルで練習を重ねているそうで、思った以上でした。

 長男は左打ちなので、結構いけるかもしれません。

 娘も負けず嫌い感をだして頑張っていました。

 壁には、福原愛、石川佳純、伊藤美誠とオリンピック選手の色紙や写真が飾ってありました。

 こちらのコーチは、先日結婚した福原愛ちゃんの練習相手をしていたそうです。

 ここで練習していたのかは分かりませんが、トップ選手ながら、卓球をとりまく環境も楽ではないのだろうと想像します。

 ベスト4まで進み、盛り上がりを見せていたワールド・ベースボール・クラッシク。予想以上の活躍を見せ、注目を集めたのが巨人の小林捕手です。

 彼の談話が載っていました。

 「『どうせ』って言うのはやめました。僕は下手くそなんで必死にやるだけ。がむしゃらに。それだけです」

 巨人のレギュラーである小林捕手にしても、超エリート集団にはいると「どうせ」と言いたくなるのです。

 ということは、どんな分野の、どんなレベルであれ、同じことが起っていると想像できます。

 入社試験を1日で辞退。

 それは個々の生き方なので自由です。

 イエール大学の建築学科卒なら別ですが、エリート街道という言葉がある通り、私達に舗装道路など残っているはずがありません。

 でこぼこで水たまりだらけの泥んこ道を行くしかないのです。

 大した努力もしてきていない非エリートの私達が口にしてよいのは「どうせ」ではありません。

 「せっかくなら」以外ありえないのです。

すきすき大スキー‐1354‐

 すきすき大スキー

 わたしはスキーがすきだ

 だから今年もお父さんに行きたいとたのんだ

 だけどお父さんは

 今年はお兄ちゃんのべんきょうがあるからむりや

 わたしはがっかりした

 娘が書いた4連からなる詩のでだしです。

 先生から褒められたとノートをみせれくれました。

 それほどスキーが好きだとは私が分かっておらず……

 久し振りに行ってきました。

 昨年の正月、御岳山のふもとにある開田高原へ行って以来です。

 高鷲スノーパークはトリコロールカラーのゴンドラがトレードマーク。

 良い天気に恵まれました。

 向かいには昨年は滑っていた、霊峰・御嶽山が見えます。

 中級コースまでなら、家族4人で滑れるようになりました。

 娘がこけたのは、2回くらいか。

 だいぶ安定感がでてきました。

 長男は2014年の3月からずっとスノーボードでしたが、この日は久し振りにスキーをしたいと。

 急斜面を滑っているとき、パラレルターンのきっかけをつかんだようです。

 急斜面ではハの字に開くボーゲンでは滑りにくく、スキー板を平行にしてターンするきっかけを掴みやすいのです。

 「それっ!」みたいな感じで伝えました。

 スキーは私が教えられる数少ないものなので、何とかここまで滑れるようにしてやりたいと思っていました。

 この日が「楽しい」の分水嶺になれば良いのですが。

 「白馬の山小屋」のクライアントの長男さん(ややこしい表現ですが)は私の6つ先輩です。

 クライアントが亡くなられてからは、白馬まで頻繁に足を運び、山小屋を守って下さっています。

 関西で競技スキーをしていて、この方を知らない人は居ないのですが、今年はお子さん2人が大阪府代表の国体選手に選ばれました。

 長男さんは国立大学へ通い、中学3年生の娘さんも希望の高校に合格したようです。

 親子3人での国体行きを目指してしたのですが、お父さんは100分の3秒だったか届かずだったそうです。

 2005年に、四天王寺にあった「欧風カレー工房 チロル」のファサード改修計画を手伝いました。

 店主は、若い頃から一緒にスキーをしてきた仲間でした。

 その後、そのお店は飛騨高山へ移転したのですが、メディア等でも取り上げられる人気店です。

 飛騨高山の自然に惚れて、越していきましたが、もうひとつの理由がスキーです。冬の間は店を閉め、競技スキーに打ち込むのです。

 昨年だったか、全国クラスの大会で、優勝していたと思います。

 高校野球の指導者に、「どんな選手が伸びますか」と聞くと、多くは「野球が好きな子」と答えるそうです。

 30歳近くまで、私も本気でスキーに取り組んできたつもりですが、この2人を見ていると、その「好き」には及ばないなとはっきり分かります。

 特に、6つ上の先輩の長男さんは、関西の国立大に通っています。まさに文武両道。

 お子さん2人がこの結果を出す程、お父さんの好きが凄いのだと想像するのです。

 娘がもし、本気でスキーをしたいと言ったら、はたして応えてやれるだろうか……

 自然の中でのスポーツは本当にいいものです。

 すきすき大スキー。

 なかなかいい題です。