タグ別アーカイブ: 設計事務所

鳥羽、神島で三島文学に触れる<後編>‐2245‐

先週末、夏季休暇の最後に鳥羽の神島を訪れたことを書きました。その後編です。

ここは、かつて島で唯一、時間を知らせていたという時計台跡。

時計だけは新しいですが、昭和の風情が色濃く残る島でした。

神島は、ノーベル文学賞の候補にもなった、三島由紀夫の代表作「潮騒」の舞台となった島です。

前回は、神島港から30分程歩いた、神島灯台までを書きました。

港は島の北側にあり、時計回りに東へ歩くと神島灯台があります。

ここまでは延々と続く登りですが、ここからは下って上ってに変わります。

15分程歩き「監的哨(かんてきしょう)」までやってきました。

「監的哨」は、昭和4年に旧陸軍が建てた軍事施設です。

2階建ての陸屋根で、屋上にも上がれます。

対岸に見える愛知県の伊良湖から撃った大砲の試射弾の着弾点を確認するために建てられました。

「潮騒」は5回映画化されています。

「クライマックスシーンの舞台であり、嵐の日に主人公・新治と初江がお互いの愛を確かめ合うシーンに登場します」と案内板がありました。

この日は本当に天気がよく、汗だくになりながら更に時計回りに歩きながら、小説の舞台を巡ります。

白い石灰岩が浸食されたカルスト地形が見えているのは「ニワの浜」。

子供たちが石灰岩に隠れて西部劇ごっこをしたとあります。

その西にある「古里(ごり)の浜」。

中央には「八畳岩」と呼ばれる巨岩があります。

小説の中では、確か子供がこの岩の上に登っていたと思いますが、かなり危険そう。

三島がそれを見たのか、聞いたのか、想像なのか……そんなことを考えるのが楽しいのですが。

外周4kmを、ゆっくり2時間半くらいかけて回り、神島港へ戻ります。

岩を掘削したであろう細い道路は、風洞のように風が抜け、とても涼しかったのです。

南国の雰囲気でカラフルな建物が多かった印象です。

お釜がありましたが、現役のようにも見えました。

街並み、自然は素晴らしかったですが、暮らしの上では大変なことも多々あるのではと思います。

尾道が沖縄にあったらこんな感じになるのかもしれません。

港まで戻り、鳥羽へと戻りました。

11時20分の定期船でやってきて、15時40分の便で島を後にしました。

三島は、作品を発表する1年前、昭和28年に神島を2度訪れています。

父、祖父とも東大卒の官僚で、本人も東大法学部卒で財務省に勤めたエリート中のエリート。もっと言えば、 財務省に勤め ながら小説を発表し、20代ですでに小説家として円熟期に入っていきました。

三島文学で言えば「金閣寺」と「潮騒」を読みました。

特に「潮騒」は、とてもよかったという印象だけが残っていました。

中学か高校学時代に読んだはずなので、40年ぶりに再読しました。

冒頭に書いた通り、ノーベル文学賞の候補になった三島の筆は確かです。

表現を除けば、引き込まれるようにページをめくり、あっという間に読み終わりました。

中編小説と言ってよいヴォリュームでしたが、4時間掛からなかったと思います。

調べてみると、古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』に着想を得て書かれた作品とありました。

芥川龍之介もそうですが、元の枠組みがあったほうが、良い文章を書けるタイプの作家なのかもしれません。

本当に長い時間が掛かったアトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」ですが、ようやくアトリエの本棚が完成しました。

建築の専門書もそうですが、これまでに読んだ本に囲まれて、仕事をしたり、書き物をしたりするのが夢だったのです。

まだ一部しか搬入できていませんが、「潮騒」は一番左のオレンジの背表紙です。

昭和元年生まれの三島は、まさに昭和の作家です。

耽美派の代表的な作家とされるように、三島は美に最高の価値を置きました。

30代には、その美は自分の肉体へも向き、ボディビルをはじめます。

そして、自衛隊に体験入隊し、国粋主義へと傾いていくのです。

そして昭和45年11月、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に籠城し、自衛隊員にクーデターを促す演説をした後、割腹自殺しました。

「昭和とともに生きた小説家」三島由紀夫。

同じ本を読むよりは「また素晴らしい本に出合うかもしれない」という期待が上回り、再読しない主義でした。

しかしこの機会に「潮騒」を読んだ感想は「良いものは、やっぱり良い」でした。

今度は、倉庫の奥に置いてある本の山から「金閣寺」を救出してこなければなりません。

盛夏の神島で三島文学に触れた今年の夏。何か一歩踏み出そうと思えたのです。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

鳥羽、神島で三島文学に触れる<前編>‐2244‐

近鉄特急の賢島行きは、上本町の地上ホームから出発します。

朝の8時10分に出て、鳥羽には10時8分着。

改札を出るとすぐに海が見え、旅情を搔き立てるのです。

会社は1週間の夏季休暇と告知していましたが、現場監理、打合せ、初期相談と、ほぼ平常運転でした。

週末には夏休みらしいことをと考え、鳥羽の神島を訪れることにしたのです。

駅から歩いて10分弱の鳥羽マリンターミナルから市営の定期船に乗船。

途中、答志島にも寄りましたが、多くの海水浴客はここで下船。

40分で神島に到着しました。

折り返しの便で、島に帰省していた人が鳥羽へ帰るようです。

沢山の人が見送りに来ていました。

神島は、三島由紀夫が29歳の時に発表した小説、「潮騒」の舞台となった島です。

「潮騒」の中では「歌島」と置き換えられていますが、その他はほぼ実名で描かれています。

冒頭は、スケッチのような繊細な風景描写から始まっています。

島内は平地が極めて少なく、ほぼ路地ばかり。

その先は、すぐに階段に変わります。

少し階段を上がると一気に視界が開けるのです。

「潮騒」は、島の青年、新治と島に戻ってきた初江の純愛小説です。

こういった解説が、島のあちらこちらに設置されていました。

美しい花嫁が授かるように祈った八代神社に登ってみます。

急こう配の階段を15分程、汗だくになって登りました。

島の人はことあるごとに、ここに参拝にくるのです。

島は1週4km程で、2時間程で回れます。

次は、小説内では歌島灯台として描かれている神島灯台へ。

さらに20分程歩くと見えてきました。

神島灯台です。

渥美半島の先端、伊良湖岬が見えています。

日本の三難所の一つと言われる伊良湖水道。

その通行のため、明治通行のため、明治43年に完成したのがこの神島灯台です。

潮の流れが速いので、良い漁場でもあるのでしょう。

沢山の船が集まっていました。

「潮騒」は新治と初江の純愛小説と書きました。

それで「恋人の聖地」となっているようです。

ただ、訪れているのは、私達を含めてほぼおじさん、おばさんばかりでしたが。

この小説は、5回映画になっているようですが、クライマックスシーンが描かれた「監的哨」へ向かいます。

今回の神島行きの電車で、「潮騒」をおそらく40年振りに再読しました。

そのあたりも踏まえて、続きは次回の後半で書いてみたいと思います。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

家族写真 in 大阪城‐2243‐

今日は朝から、家族で大阪城の天守閣へ。

本丸の正門にあたる桜門まで行くと、天守閣が見えてきます。

長男が東京から帰省していたタイミングで、家族写真を撮りに行ってきました。

昨年は、初めて4人で行った旅行先、白浜で撮りました。

今年は娘が受験ということもあり、塾へ行く前に大阪城で撮ることにしました。

昨日を予定日にしていましたが、生憎の曇天。

長男には一日滞在を伸ばしてもらったので、晴れてくれて助かりました。

日中は観光客でごった返す天守閣前も、朝の7時台はガラガラ。

思ったところで撮影できました。

これだけの蝉時雨が響くのもあと少しでしょう。

撮影した後の画像チェックの図です。

4人で撮った後は、恒例にしている兄妹のカット。

子達が仲が良いのは嬉しい限りです。

初めに書いた、桜門を入ってすぐの所には、蛸石と呼ばれる巨石があります。

大阪城内でも最大で、面積は約36畳、重さは108トンと推定されています。

大阪城は極めて立派な城ですが、間近でみて驚くのは石垣です。

石垣と言う、巨大な基礎があってこその大阪城なのだと分かります。

長男は大学3年生、長女は高校3年生。まさに仕事人への基礎を築く年代です。

石垣は傾斜が急すぎれば倒壊しますし、緩すぎれば、敷地を無駄使いした上に、労力ばかり掛かります。

程よい角度が美しいのは、人生も同じ。

自分が登れる最大角度を目指して欲しいと思います。

段々勾配が緩くなる石垣など全く美しくありません。

長男は、仕事を決めるべき時期にはいりました。

自分が人生を掛けてみたい仕事のなかで、一番厳しいと思うものを選んでほしいと願っています。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

水と戦い、ともに暮らす‐2242‐

昨日、「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode5を公開しました。

2階アトリエの移転は完了していますが、本棚だったり、机だったりを取りつけながら完成を目指しています。

3階の仮設キッチンが、ようやく最終形のキッチンに入れ替わりました。

本当に色々ありましたが、ようやくゴールが見えてきました。

今日は山の日で休日でした。

ただ、エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」は、お盆休み中に既存棟の最終工事が残っています。

すぐに応対できるよう、私は大阪で待機しています。

ですが、ちょっと買い物へと、イオンモール大阪ドームシティへ行ってきました。

東側を流れるのは木津川です。

こういった景色も含めて、川沿いらしい雰囲気です。

木津川は、少し南で東から流れてくる道頓堀川と西に流れる尻無川と十字路のようになっているのです。

東側にあるのは道頓堀川水門ですが、かなりモダンなデザインです。

施工は竹中土木だと分かったのですが、設計が誰なのかは分かりませんでした。

大阪市のWebサイトに以下の説明がありました。

平成12年(2000年)完成。東横堀川水門(ひがしよこぼりがわすいもん)とあわせ、高潮防御機能、水質浄化機能、舟運活性化機能などの役割を果たしている。木津川の対岸にある京セラドーム大阪周辺の景観を配慮した設計となっており、近未来的な外観デザインが特徴的である。

高麗橋のすぐ南にある、東横堀川水門とを上げ下げすることで、潮位差を利用して、水を浄化させているそうです。

潮位差が大きい時は、船の航行ができないので、2重水門内で待機し、水位を合わせるともありました。

大雨対策や高潮防御の役割もあり、美しさと機能を備えた水門でした。

八百八橋の大阪ですから、水と戦い、ともに暮らしてきたことは間違いありません。

九州からは、水害のニュースが届いています。

気候変動によって、その猛威はレベルをあげていますが、何とかうまくやっていく方法はないものでしょうか。

あるクライアントの奥さんが佐賀の出身で、水害、台風に対しての備えは、全く違うレベルの意識があるそうです。

最近は、降る時は一気です。

何とか被害が最小となることをお祈りするしかありません。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

誕生35周年企画「私のディスカバリー ストーリー」 応募のストーリー‐2186‐

昨年の秋、ENGINEという雑誌から「誕生35周年企画「私のディスカバリー ストーリー」という企画があるという案内が届きました。

なぜメールアドレスを登録していたのか覚えていないのですが、ざっと内容を読むと「私の為にあるような企画」と勝手に思い、締め切りをメモしていました。

締め切り日になったので、バタバタと書きはじめると、写真1枚、文章は400文字とあります。

私のディスカバリー愛を綴るには少なすぎる……というのが正直な気持でした。

折角なので送ってみたのですが、先週金曜日に公開されていました。

【誕生35周年企画「私のディスカバリー ストーリー」 epilogue】

しかし、実際に取材となった3件には選ばれませんでした。

ちょっと残念なので、イメージしていた「私のディスカバリーストーリー」をUPしてみます。

はじめてディスカバリーがやってきたのは、2011年の5月。40歳の時でした。

20年に渡って、2台のハイラックスサーフを乗り継ぎました。

若いころ大好きだったハイラックスサーフの後は、この車しかないと思っていたのです。

1989年に誕生したディスカバリーは、この型で第3世代になります。

この世代のフロントまわりのフォルムを見ると、最高に心ときめきました。

ENGINEにもある通り、「比類なきオフロード性能」を早速フルに発揮してもらいます。

2011年1月の蓼科高原です。

2012年の9月。

ハイラックスサーフと同様、キャリアーを取付け、ボートを積んで日本海へ。

海を見ながら、現地で獲れたものを食べるのは最高なのです。

2015年6月の池原ダム。

後部がフルフラットになるので、子供がかなり大きくなるまで、2人で十分寝れました。

この広さは、角ばったボディと背の高さが必要です。

それを、美しさ、運転性能とともに成立させているのが、ディスカバリー最大の魅力だと思っています。

5年乗った緑のディスカバリーは、乗り換え時に「さらば、緑のディスカバリー‐1327‐」という記事をUPしました。

なので、軽めにしておきます。 

そして、紺色の第4世代がやってきたのが2016年12月。

2017年5月。すぐにボートを積まれ、奈良県の七色ダムへ。

2018年の1月、「家族で47都道府県制覇」のために、大雪の蔵王へ。

かなりマナーの悪い車とでくわし、あやうく大事故になりそうな場面もありました。

2018年にバスボートを購入し、今度は牽引に変わりました。

流れは忘れてしまいましたが、ナンバープレートを貰うため、南港の近畿運輸局まで行ったこともありました。

2019年の1月は木曽福島へ。

オフロードカーは、やはり自然が良く似合うのです。

その後すぐに出掛けた伊豆半島の旅では、路肩にタイヤをぶつけてしまい、JAFにタイヤ交換して貰ったこともありました。

2024年8月、南紀白浜です。

ついに長男が免許を取りました。

初心者マークが付き、長男に運転して貰うことがあるとは、全くは想像していなかったのです。

子供達も、6歳、3歳からの付き合いなので、もやは家族のようなものです。

ディスカバリー誕生から35年。

そのうちの14年だけですが、40代、50代には常にディスカバリーがありました。

海、湖、雪山、そして仕事でも、撮影機材などを沢山積んで移動します。

心からディスカバリーを愛し、これだけその性能を必要としているのです。

ただ、最新の第5世代があまり好みでなく、現時点では動かなくなるまで乗ろうと思っています。

車を乗り継ぐ時は、感謝の気持ちをここで綴るのですが、その風景が全く想像できないのです。

ディスカバリー乗りは、縮めて「ディスコ」と言ったりします。

私のディスコ愛、伝わったでしょうか。

物づくりが仕事だからか、物に対する愛情はただならぬものがあります。

車やボートは、真の意味での相棒だと思っているのです。


■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転します
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

不完全っていいなあ‐2185‐

アトリエの最寄り駅は地下鉄平野。

出入口までは徒歩3、4分なので、地下鉄に乗るのにはかなり便利です。

この近さを経験していたので、移転先を探す際はかなり迷いました。

最終的には、地下鉄谷町6丁目の出入口まで徒歩6分で納得したのです。

谷6の駅は結構大きいので、8分くらいは見て貰った方が良いかもしれません。

地下鉄平野は、内環状線と南港通りの交点にあります。

その交差点が流町。

一筋西には平野区役所があります。

その間には、りそな銀行。

ダイコクドラッグ。

カラオケ、王将もあり、かなり便利な所でした。

それでも市内の中心部へ移転したく、今回決断をしたのです。

昨日は、イチローのアメリカ野球殿堂入りのニュースで持ち切りでした。

満票には1票届きませんでしたが、文句なしの殿堂入りでした。

満票はこれまで、元ヤンキースの守護神、マリアーノ・リベラたった1人だけ。

野手では、ザ・キャプテンこと、ヤンキースの象徴とも言えるデレク・ジーターが1票足らずとのことでした。

その点を考えるとかなりハードルが高いのかなと思っていましたが、394人中たった1人だけが投票しないとは……

この確率はほぼ100%といってよいでしょう。

その点に対するコメントが流石でした。

不完全であるっていうのはいいなあって

イチローの言葉は、ずっと追いかけてきました。

その中でも、今回の言葉は秀逸でした。

完璧ではないから、完璧を求め続ける

現在も完璧でなければ、移転したから完璧になる訳でもありません。

それでも、昨日よりは今日、今日よりは明日と、少しでも成長できるよう、前に進むしかありません。

イチローが「満足は求めることのなかにある」と言うように……

会見では、MLBに所属する日本人が少なすぎると、苦言も呈していました。

やるべきことをやり、言うべきことを言う。しかも言葉が強い。

夜、晩酌をしながら、こんなニュースを見れた時はとても寝つきが良いのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転します
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

初期三作品の魂百まで‐2184‐

「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」【CG movie】をUPしました。

よければご覧ください。

年明けから、寒い日が続いていました。

快晴の放射冷却は、寒くはありますがシャキッとします。

しかし今日は、久しぶりに温かい1日でした。

朝見ると、近所にあった大きな建物がほぼ無くなっています。

昨年から工事をしていましたが、今日あたりは仕事もはかどったでしょう。

しかし大変な仕事であるのは間違いありません。

「上町のアトリエ」近くにも解体現場。

解体あれば新築ありで、すぐ裏に建つのはタワーマンションでしょうか。

1995年、25歳の時にはじめてオファーを貰った仕事はかなり大きな規模の住宅でした。

鉄筋コンクリート造と木造の昆構造を採用しています。

2件目の仕事は、「白馬の山小屋」リノベーション計画。

建築コスト的にも、設計料的にも、相当に厳しい条件でした。

しかし、挑戦させてもらえたから今があるのは間違いありません。

そして3件目の仕事は「Spoon cafe」

阪急門戸厄神駅前で長らく続く、比較的大きな店舗を全面リニューアルしました。

「白馬の山小屋」 ほどではないものの、こちらも厳しい条件でした。

炭火で焼くハンバーグ。

そしてアートワークと、様々な挑戦をしたつもりです。

かなり長い年月をこのままで使って貰いましたが、再びリニューアルしたようでこの空間は残っていません。

それでも、本当に良い経験をさせて貰ったと感謝しています。

創業して今年で29年目に入りますが、これら初期の3作品での経験はかなり生きています。

「H型プランの平屋」等、鉄筋コンクリート造の建物もかなり経験させて貰いました。

「Spoon cafe」 の経験は、テナントでのクリニック計画等に、大きく役立っています。

リノベーションは、『大改造!!劇的ビフォーアフター』で担当した「住之江の元長屋」をはじめ、『住人十色』で放映された「回遊できる家」など、多くの作品がメディアで取り上げられました。

それも、これも、「白馬の山小屋」の計画と比べれば、何とでもなると腹をくくれていたからだと思います。

そう考えると「三つ子の魂百まで」ではありませんが、初期3作品の濃密な経験が、その後の仕事人生に大きく役立っていると分かります。

「初期三作品の魂百まで」です。

日本では、人口は減少の一途をたどり、空き家は増える一方。

おのずとリノベーションが増えていくことになります。

1月17日で、阪神淡路大震災から30年が経ったとニュースで取り上げられていました。

30年をひと世代とすると、再びリノベーションが注目されるようになると考えれば、面白いめぐりあわせだと思うのです。

その意味でも、 「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」で、都市型住宅のひとつの答えを示さなければと思っています。

2月12日(水)から、新アトリエで業務を開始するとアナウンスしました。

もう待った無しなので、腹をくくってやるしかないのです。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

スカッと空高く‐2180‐

今年は元旦から晴れ空が続きました。

すべきことが色々あり、年末年始はずっと大阪に居ました。

それでも、少しは正月気分を味わいたいので、1月3日の初売りを初体験してきました。

普段、何もできていないので、妻の服と靴を買って差し上げたのです。

朝一番は大丸梅田店もそれ程混んでいませんでした。

しかし昼が近づくにつれて、ちょっと怖いくらいの勢いで、どんどん人が上階に上がっていきます。

初めて見たこともあり、なかなか迫力のある光景でした。

ついでに、人でごった返す阪神百貨店の食品売り場も歩いてみました。

混雑は長時間居ると疲れますが、少しなら華やかな気分になって良いものです。

そのまま、玉造稲荷神社へ初詣に。

込み具合も程ほどで丁度良い感じ。

1月中のアトリエ移転を目指していますが、新しい氏神となるこちらにご挨拶に来たのです。

大阪以西の人たちにとっては、ここがお伊勢参りの玄関口だったとあります。

大阪城内の三の丸に位置しただけあり、豊臣家ゆかりの物が沢山あります。

秀吉と関係の深い、千利休は神社の南に屋敷を構えました。

清水谷などの地名が残るように、玉造清水と呼ばれる良質の水が得られたからだそうです。

利休ゆかりの井戸が、境内に復活しています。

こちらも豊臣家とのつながりを表す、立派な石の鳥居。

1603年に秀吉の子、秀頼が神社再興時に奉納したものです。

阪神淡路大震災の時に一部損傷し、このような形で保存されていました。

帰り道、難波宮跡をのぞいてみると、イベントがあるようでその準備をしています。

その先で、凧揚げをしている人がいました。

正月風情だなと思い、♪凧々揚がれ、と見ていると、揚がりそうで、揚がりきらない感じ。

まるで自分をみているようで(笑)

天王寺、平野に続く第3ステージは、大阪城のすぐ南の上町で、勝負の年になります。

場所が変わっても、自分の中身が変わる訳ではありませんが、心機一転という気持ちです。

今年は、スカッと空高く舞い上がりたいと思います。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

懺悔と青春‐2179‐

新年明けましておめでとうございます。

元旦に、アトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode1を公開しました。

よければご覧ください。

2025年の1回目は、昨年末の話からです。

12月30日、阪急うめだ本店のショーウィンドウも、すっかり迎春仕様になっていました。

百貨店の屋上広場から、北西のJR大阪駅側を望みます。

間もなく2024年も終わりだなと、やや感傷にふけるのです。

昨年はオリンピックイヤーだったので、中学・高校の同窓会の開催年でした。

柄でもないのですが、世話役の代表を引き受けています。

2004年アテネオリンピックの年に第1回目を開催。

以降、4年毎の12月30日に開催を続けてきました。

今回、先生方は3名が参加下さいました。

学生時代は、迷惑しか掛けていないと言っても過言ではないのですが、英語担当のA先生には、格別のご迷惑をお掛けしてしまいました。

本当にお世話になり、全く頭が上がりません。

開会のご挨拶をお願いしました。

70歳を超えたとのことですが、とてもお元気で、はつらつとされています。

皆に楽しんでもらうため、2分くらいの近況報告を全員にお願いしています。

なぜずっと私も写っているかと言うと、司会進行をさせてもらっているからです。

この3時間は気合十分、仕事くらいのテンションで臨みます。

初参加の同級生あり。

毎回安定の盛り上げ役ありと、多彩なメンバーが揃っています。

大学教授、海外の大学教授、医師、税理士、会計士、映画監督、CM監督、社長、副社長、SE、エンジニア、研究者、東京、愛知、ニューヨーク、十勝から……

もし子供が将来に迷っていたら、この会に参加するのが一番良いのではと思うくらいです。

と書いてみて、本当に実現したらとても有益な気がしてきました。

体育の先生は当時26歳だったそうです。

熱血指導でここでは書けないネタも満載ですが、そういった先生の話が一番盛り上がるのです。

「若かったので、皆さんにはご迷惑をお掛けしました!」は大爆笑でした。

3名とも、はじめて6年持ち上がったということで「君たちはとても印象に残っている」と。

化学のT先生は、やや体調を崩していたにも関わらず、新型コロナで中止した会を除いて、5回全ての参加です。

こちらの先生には高校生の時「守谷、勉強嫌いやったら高校は義務教育と違うから辞めてもかまわないんやで」と。

本当に、ご迷惑をお掛けしてばかりで……

会の終了後、皆で写真撮影。

最高に楽しい会でした。

その後、阪急東通商店街の串かつ屋さんで2次会。

こちらも31名の参加があったのです。

2004年、第1回目のすぐ後、当時学年主任だったY先生がお亡くなりになりました。

Y先生には「守谷はすぐカッとなりやすいから」と、短気な性格をたしなめてもらいました。

お葬式に寄せてもらったのですが、奥さまが、会から戻ったあと「楽しかった、楽しかったと、何度も言っていました」とお聞きしました。

20年前。

お2人とも本当に若い。

そういう私達も勿論若い。

2016年リオオリンピックの年に参加くださった、国語のS先生が2020年にお亡くなりになりました。

また、第1回目に参加下さった数学のY先生も、2021年にお亡くなりになりました。

冒頭の挨拶で言ったのですが、実際にお会いできることが、当たり前ではないという事を痛切に感じます。

S先生は中1、中2の担任でしたが、2016年のとき「あんた喧嘩ばっかりして、悪かったものね~」と。

本当に、懺悔、懺悔、懺悔しかないのです。

これまでぼんやり書いてきましたが、殴り合いの喧嘩、慰謝料、修学旅行中の別室隔離、学校でお好み焼き、かつ勉強は全くしない。

高槻中学・高校は進学校ですから、先生側からすれば絶対に要らない生徒です。

しかし、大学に入ってからは本気で建築を学び、仕事人としては毎日を全力で生き、誰よりも働いてきたつもりです。

多少はまともになったと思ってもらいたいのと、少しでも恩返しができるならと引き受けたのが、「同窓会実行委員会 世話役代表」でした。

会場捜し、名簿の作成、往復葉書の送付、メール配信、アンケート用紙の作成、そして会が終わった後の情報の整理、母校への報告と、開催年の8月頃から準備を始めます。

やるべきことが結構あるので、全て会社として引き受けているイメージでした。

しかし人手が足りていない今回は、かなり時間の確保が難しかったのが正直なところです。

また、そんな滅茶苦茶な生徒だったので、私以外が代表をすれば参加する生徒も居るのではとも、ずっと思っていました。

そんな理由で、20年勤めてきた世話役の代表を今回で退任させてもらうことにしたのです。

先のT先生にこんなことを言ってもらったことがありました。

「僕は今の生徒に、こんなことを言っているんや。

この学校に来れる子は、頑張れば絶対何とでもなる。

それは守谷を見てそう思う」と。

もとが真面目な人より、ヤンキーが厚生した方が偉く見えてしまう的なところもありますが、私にとってこれほど嬉しい言葉はありませんでした。

20年前と言えば34歳です。

自分で見ても若いと思います。

はっきり言えば、この会は私にとって、懺悔と青春だったと思います。

私は働きもしますが、前にも出ます。そこを陰から支えてくれたI君には感謝しかありません。

次回の第7回は、2028年ロサンゼルスオリンピックの年です。

世話役を退任した次回、参加したいと思うのかなとか思ったりもします。

まだ4年あるので、それはまたその時に考えてみたいと思います。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

30年を経て変わったこと、変わらないこと‐2170‐

梅田界隈も、イルミネーションがクリスマス仕様でした。

「関西スキー部30年ぶり大大大同窓会!」が週末に催されました。

関西の大学でスキー部だった人たちが、60名程集まっていました。

中学高校の同窓会の幹事をしていますが、オリンピックイヤーの今年は開催年です。

12月30日が開催日なのですが、270人の生徒+先生に対して現在の参加の意思表示は28名。

母体がどのくらいなのか分かりませんが、凄い結束力だと思います。

あまり知らない方のところにも挨拶に行こうと思っていたのですが、ただただ楽しい時間。

2次会も合わせて、あっという間に4時間半が過ぎてしまいました。

近畿大学では体育会スキー部に入れなかった私を、甲南大学のスキー部に紹介してくれた中学高校の友人がいます。

2次会後は、タクシーで彼のお父様の別荘?へ。

10人程で移動し、3次会は朝方まで続いたのです。

翌朝、その友人に「ここ初めてやったっけ?」と言われましたが、完全に初めてです。

お爺様が所有していたこの家に、お父様が手をいれたとのこと。

大阪湾を見下ろすジャグジーもあります。

炉を切った和室の奥には、水屋も。

廊下がゆったりとした、本格的な数寄屋造りです。

母屋と東屋は、見事に色付いたモミジに抱かれているかのようでした。

朝のうちに帰る後輩と、ゆっくり街を見ながら駅まで歩きました。

近畿大学に通いながら、週3回ほど甲南大学での練習に参加するという日々だったので、六甲、芦屋あたりにはよく立ち寄りました。

30年前と比べれば、仕事人として少しは成長したと思います。

しかし、本当に成功するということがどういうことか、彼のご家族を見るひしひしと感じます。

ただ、本当に良いものを見せて貰いました。

上には上がありますが、その景色を見たことがあるのと、無いのでは全く違うと思います。

ル・コルビュジエのロンシャンの礼拝堂も見ました。

贅を尽くした数寄屋造りも見ました。

あとは仕事で表現するだけ。

今年の締めくくりの1ヵ月が始まりました。

■■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載