カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

青春ヒッチハイク‐2088‐

この時期は大学受験真っ只中です。

昨年の春から東京の大学に行っている長男ですが、受験で大学は休み。

帰省するとは聞いていましたが、ヒッチハイクで大阪まで帰ってくるとは聞いていませんでした。

心配するだろからと、妻と妹のストーリーズは見れないようにしていたそうです。

私は見れたのですが、流石に子供のインスタを見に行くことはなく……

金曜日の夜、「ヒッチハイクでもうすぐ吹田に着く」と連絡があってから、のぞきにいったのですが、思わず笑ってしまいました。

一緒に寮でくらす親友と、2人で計画したそうですが、東京にはヒッチハイクの聖地があるそう。

それがマクドナルド 用賀インター店。

なるほど、東名高速に乗る前に腹ごしらえするには絶好のロケーションです。

ドライブスルーもあり、合流前に一旦停止したタイミングで声を掛けると、ほとんどの人が話は聞いてくれるそう。

最終的に、4台を乗り継いで1日と少し掛けて帰ってきたのですが、3組のヒッチハイカーのブログをリサーチし、9時間くらいで帰ってくるつもりだったようです。


一番驚いたのは、最も長く声掛けをしたのが2時間だということ。

ただそこは、かなり車が止まりにくい条件でした。

多くは10分~30分くらいの声掛けで乗せてくれたらしく、ヒッチハイクが良いか悪いかは別にして、日本もまだまだ捨てたものではないなと思ったのです。

1台目は私と同年代の女性でした。

木曜の夕方5時頃に声掛けを初めて20分くらいで乗せてもらい、第1目的地の海老名に到着。

もとは海老名サービスエリアの1つ手前までという話だったのが、満車状態で入れず、第1希望の海老名までやってこれました。

お金は全く払っていないのですが、別れ際に用意してきたお土産だけ渡したそう。

なのですが、急に雨が降ってきたので、傘まで貰ったと言っていました。

ヒッチハイクと聞くと、長距離トラックをイメージしますが、今は企業的に完全NGだそうです。

それで、同じ大学生が一番良いのですが、海老名でもすぐに大学4回、2回の若者が同乗をOKしてくれました。

2人は名古屋の大学近くで下宿しており、東京から帰る途中。


車内では、4人でかなり盛り上がったそうです。

うち2人が、かなりのサウナーらしく、サウナの聖地「しきじ」にわざわざ寄ってくれたのです。

裕福な大学生らしく、サウナ代を奢ってもらったと言っていました。

何とも厚かましいと思いますが、本当に良い人に出会った訳です。

木曜日の夕方出発なので、この時点で深夜になっています。

ですが、更に浜名湖サービスエリアも案内して貰い、最終的に4回生の先輩宅に4人で泊まることに。

お金は無くても、楽しむことはできるということです。

ここは一番見習わなくてはなりません。

深夜まで皆でドラマを見て、昼過ぎには名古屋名物「岐阜タンメン」へ。

その後、東名の名古屋インター付近まで送って貰い、インター入口の少し手前の信号で声掛けを始めます。

しかし、なかなか車は止まってくれないそう。

それはそうだと思います。

色々考え、2匹目のドジョウではありませんが、2kmほど離れたドライブスルーのあるマクドナルドまで歩くことに決めました。

その途中、ガソリンスタンドがあったので、だめもとで3人程声を掛けてみると、刈谷まで送ってくれる人が現れました。

南米系のかなりのイケメンですが、日本語はペラペラとのこと。

ここが最難関で2時間掛かったそうです。

長男はまだ車の免許を持っていないので、高速に乗る車が、どんなところに止まりやすいかがまだイメージできていませんでした。

近くにめぼしいポイントが少なければ、まずはガソリンスタンドだと思いますが、これも良い経験になったと思います。

当初のリサーチから、最終乗り継ぎ地点と考えていた、刈谷ハイウェイオアシスに少し東に戻る感じで到着。

ここは一般道からも入れるようで、完璧なセレクトだと思います。

1人は食事が終わった人、1人は出発の為にライトを点灯した瞬間の車と、2人で手分けして探したそうです。

元々人当たりは柔らかいのと、はっきり言って厚かましいので、9時間は無理でしたが4台目の車が見つかりました。

元々この地域の人のようですが、大津くらいまでならいいよとのこと。何の用事がある訳でもないのに、です。

40歳前後の優しい人で、更にお願いして最終的には吹田駅まで送って貰ったのです。

このあたりで、家族のラインに連絡がありました。

しかし、この日も結局家には帰ってきませんでした。

親友と、この体験を語り合いたいので、カラオケに行くという連絡が入りました。

妻はヤキモキしていましたが、気持ちは良く分かります。

このヒッチハイク旅行で使ったお金は1500円。

それを考えると、カラオケも結構高いので、梅田のマクドナルドで朝まで話していたそうです。

猿岩石のユーラシア大陸ヒッチハイクの旅はリアルタイムですから、私たちはヒッチハイク世代と言ってもよいと思います。

しかし車を持っていたので、ヒッチハイクはしたことがありません。一度、沖の磯で困っている人を、ボートに乗せてあげたことはありますが。

寝れないかもしれず、いつ帰ってこれるかも分からない旅は、学生時代しか無理です。とても良い経験だと思いますし、私が聞いていても楽しかったです。

一番いいなと思ったのは、丸2日ろくに寝ていないのに、朝まで話したかったということ。

今はほとんど友達はいませんが、学生時代は、よく夜通し語り明かしたものです。

青春とは、悩み語り合う時間があることを言います。

3年などあっという間です。思う存分、悩み、語り、楽しみ、苦労して欲しいと思うのです。

■■■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』に「回遊できる家」掲載

■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

■10月27日『houzz』の特集記事に
「滋賀の家」掲載

■10月11日『homify』の特集記事に
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

◆メディア掲載情報

「ブラタモリ」終了で、ブラモリタニ天満編‐2087‐

昨日、NHKの人気番組「ブラタモリ」のレギュラー放送が3月末で終わることが発表されました。

特番などには含みを持たせた感じですが、それでも残念です。

タモリさんも78歳。

仕方ないと思いますが、何を楽しみにこれから生きていけばよいのか……

基本、街歩きが大好きなので、真似をしてあちこちブラブラしています。

事務所の移転先を探していたこの1年は、特に大阪市内によく出かけました。

残念なので、ブラモリタニ天満編です。

JR天満駅は扇町とも近く、関テレの本社ビルがホームから見えます。

大阪駅からひと駅ですが下町感は満載です。

ホームの北側に、K-1で一気に知名度が上がった正道会館の道場が見えています。

今は亡き、アンディ・フグは本当に格好良かった。

改札を出ると、何と言えば良いのか密度がかなり高い。

駅を中心に広がる商店街が、ディープ大阪の雰囲気を醸し出しています。

まずはブラブラしてみます。

午前中ですが、結構出来上がっている人が沢山いる感じ。

なるほど、居酒屋の店内にも結構人が入っています。

何と言っても安い。

「おやじが喜ぶ」のコピーを見て入ってみたくなりました。

今回の物件調査も、現地まで足を運びました。

しかし残念ながら、「無し」の感じでした。

この距離感ではありませんが、妻ともかなり沢山の街を見て歩きました。

それで、ついに物件が決まりそうです。

決まった予算の中で、ようやく納得できる物件に巡り合いました。

終盤になって、一旦とん挫したのですが、また話が復活してきたのです。

ようやく、大きな一歩を踏み出せそうですが、そんな日にブラタモリ終焉の発表でした。

物件と言いましたが、色々見て回って、最終的に私にとって一番大切な要素は「街」でした。それは「ブラタモリ」が好きなはずです。

移転の詳細が決まれば、またここでお知らせしたいと思います。

■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』に「回遊できる家」掲載

■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

■10月27日『houzz』の特集記事に
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■10月11日『homify』の特集記事に
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梅田ダンジョン②<1.2km東西横断脱出編>‐2085‐

日本最大級の迷宮と言われる梅田ダンジョン。

東の端にあたるのは「ホワイティうめだ」の「泉の広場」です。

このマップは、薄い黄色が地下街を示しています。

上が南なのが若干分かりにくいのですが、地図が見切れる左端の、L字の部分が現在地です。

マップの右、西に向って歩いてみることにしました。

「泉の広場」の名前だけは残りましたが、水はどこにもありません。

以前は、特有の雰囲気を醸し出していたこのエリア。懐かしいものです。

北向きにのびるモールは「NOMOKA」。

西に延びる「イーストモール扇町」も合わせて、「ホワイティうめだ」大半が飲食店です。

200m程行くと「阪急三番街」に繋がる「ノースモール」が北に分岐します。

少し西に進むと阪急百貨店のコンコースに繋がる大階段もあります。

南には梅田ダンジョン①で紹介した、大阪駅前ビルに繋がる地下鉄東梅田駅や、「センターサウスモール」へも分岐しており、このあたりも複雑です。

公共の通路でスロープを設ける場合は1/12勾配以下が良いとされています。

このスロープが1/12勾配で、スロープを設計するときの参考例によく使っています。

一度スケールを持って測りに行ったことがあるのです。

ここから梅田ダンジョン内で、歩行難易度最難関エリアに入って行きます。

現在、大規模なリニューアル工事中。

それもあって死角も多く、ここを涼しい顔で横切れれば「梅田ダンジョン通」と言って大丈夫。

北には地下鉄梅田駅と駅に入らずとも北に抜けれる「ekimo」、南には阪神百貨店と阪神電車の大阪梅田駅があります。

東には地下鉄東梅田駅、西にはJR大阪駅と地下鉄西梅田駅。

地上で「阪神前」の交差点で信号で交通整理がされていますが、その地下では、もの凄い数の行先が違う歩行者が交錯するのです。

「阪神前」地下を過ぎれば道幅も広がり、随分歩きやすくなります。

以前は各都道府県の名産品をおばちゃんが販売していたのがここ。あの景色も懐かしい。

100m程行くと、北はJR大阪駅、南はディアモール大阪に繋がる交差点に。

さらに西に行くと、地下鉄西梅田駅。

すぐ先には「ヒルトンプラザWEST」そして「ハービスENT」。

ビルボードライブ大阪も越えると、オオサカガーデンシティまでやってきました。

ここまでくると、同じ梅田ダンジョンでも人通りは激減。

若干気温が下がったのは、外部と繋がっているからのようです。

ついに西端までやってきました。

2枚目の写真はここで撮ったものでした。

1マスが200mなので左端から右端まで約1.2km。梅田ダンジョンを東西横断し脱出成功です。

何故か思い立った梅田ダンジョン探索。

梅田を通るたびに少しずつ写真を撮りためました。

次回、最終回は北端の水の流れる街までを紹介したいと思います。

■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』に「回遊できる家」掲載

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本が木なら、読書は心の森林浴‐2084‐

昨年の春から、アトリエの移転先を探し始めました。

日曜日は谷町六丁目へ。このエリアは2回目です。

長堀通沿いにある地下鉄の出口をでると、東へ上っているのが分かります。

少し東へ歩くと上町筋にでます。

このあたりが、上町台地の尾根にあたります。

北を見ると、左手に大阪歴史博物館が。

反対に南を見ると、緩やかに下った先には、近鉄の上本町駅周辺のマンションが見えています。

尾根を越えると今度は東に下りだし、玉造に至るのです。

大阪市内の物件をそれなりに見に行きましたが、今回はかなり条件がフィットしています。

ご縁があれば良いのですが……

谷町六丁目駅に戻る途中も、あちこちに段差のある道があります。

そこを下ってみると長屋が残っているエリアがありました。

古いお寺も残っています。

段差と、真っすぐでない道が旧道の雰囲気を醸し出しているのです。

煙突を見つけました。

銭湯です。

しかし、1年と少し前に閉店してしまったようです。

看板も雰囲気十分。

Webサイトで探してみると、かなりいい感じだったので本当に残念です。

駅のすぐそばには、隆祥館書店という本屋さんがありました。

「読書は心の森林浴」という張り紙がありました。

読書とは、人間が築いてきた 「本」という素晴らしい木々の生い茂った世界に入っていくこと、とあります。

本屋さんのポップをSNSとするなら、この張り紙はブログです。

私も画像や短文のSNSよりは、しっかり書けるブログの方が好きです。

隆祥館書店の店主の方は、シンクロナイズドスイミングの日本代表選手でおられたよう。折角なら寄ってくれば良かった……

もしこの近くに越すことになれば、いつでも行けるので、楽しみにとっておきます。

さて、アトリエの移転計画はどうなることか。

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梅田ダンジョン①<大阪駅前ビル編>‐2083‐

1月29日発売の『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』に「回遊できる家」掲載されました。

実務書といった雰囲気ですが、『SUVACO』の編集部からオファーがありました。

普段お世話になっていることもあり、協力させて貰ったのです。良ければ手に取ってみて下さい。

インバウンドの増加も伴い、時々話題に上がる梅田ダンジョン。

「梅田の地下街が迷路のようだ」ということですが、確かに複雑です。

阪急百貨店前のコンコース南端にある階段を降りると、「ホワイティうめだ」に出ます。

ホワイティうめだは、南北にも東西にも長い地下街ですが、南で大阪駅前第4ビル、西で阪神百貨店、阪急百貨店とつながります。

梅田ダンジョンの中で最南端にあたるのが、この大阪駅前第1・2・3・4ビルの地下街です。

コンコース南端の階段を降り、まっすぐ進むのではなく、一本東の東梅田駅のある通路を通るのがお勧めです。

突き当りにある階段が、大阪駅前第4ビルの地下1階と繋がっています。

すぐ脇にある階段を降りると、石垣がある通路が見えてきます。

大阪城に使われた、小豆島の残石で作られたものと説明書きがあります。

この地下街は2層で繋がっており、更にビルの間ではディアモール大阪が交錯しています。

梅田ダンジョンの中でも最難関と言って良いと思います。

石垣は地下2階と覚えておきましょう。

4ビルの地下2階を南に進みます。

地下2階は、飲食店が多いフロアです。

各ビルの間は、地下の渡廊下のような形状で繋がれています。

ちょうどこのあたりだったと思いますが、「梅田壱番湯」という小さな銭湯がありました。

調べてみると、懐かしんでいる人も多く、1990年代の前半に廃業したようです。

私が予備校の時に行ったことは覚えているので1989年には確実にありました。

もう一度くらい行っておけば良かったと、やや悔いが残ります。

3ビルの地下2階は、特に飲食街が多い感じがします。

人気店も多く、ハンバーグの「ぶどう亭」、うどんの「うどん棒」は常に行列。

3ビルから2ビル間には、ディアモール大阪と交錯している景色が見れます。

地下2階で行き来できるのですが、地下1階からは見下ろせるようになっています。

西に繋がる2ビルは、地下にも関わらず、吹き抜けを備えています。

かなり贅沢な空間になっているのです。

3ビルの地下1階に戻ってきました。

シャッターに張り紙がしてあるのが「めん次郎」です。

元は4ビルの地下1階にあったのですが、ここに移転したのを知ったのは2019年でした。

一緒に働いていたお母様が(お母様とは知らなかったのですが)体調をくずされ、現在休業中とありました。

お客さんからの寄せ書きも貼られていたので、私も少しコメントしてきました。

こちらのうどんは本当に美味しいので、お母様の回復と、営業再会を心からお祈りします。

地上に上がると、正面に見えるのが、最北の4ビル、南に3ビルです。

ちょうどこの下に「梅田壱番湯」があったことになります。

振り返って西を見ると、1ビルの向かいにある大阪マルビルの解体が始まっていました。

1976年の完成なので、1970年頃の大阪を象徴する高層ビルだけに、正直寂しいものです。

同窓会でも、会場としてずっと使ってきましたが、これだけユニークな高層ビルはどこにもないと思うからです。返す返すも残念。

1970年から1981年にせかせかと建った大阪駅前ビルと、地下街の美味しい飲食店。これぞ大阪だとおもいます。

梅田ダンジョン最難関エリアにどうぞ遊びに来て下さい。

■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

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はんなりと、京都ゑびす神社の財布塚‐2082‐

日曜日は阪急電車に乗って京都へ。

大阪梅田駅から。

京都河原町駅へ。

分かりやすくなりましたが、昔から乗る人間にとってはちょっと長い感は否めません。

京都線の高槻市駅を越えたあたりに、新しい公園ができていました。

安満遺跡公園と呼ぶようです。

高槻市出身の妻は、京大の農園があった場所だと言っていました。

河原町に着き、四条大橋から鞍馬山方向を見ると、山頂付近には雪も見えます。

鴨川の左岸を南に下り、京都五花街のひとつ宮川町までやって来ました。

宮川町歌舞練場のすぐ北に、京都ゑびす神社があります。

12年くらい使った財布がかなり傷んできたので、新しいものに買い替えました。

その間、凄くお金が貯まったということもありませんが、当時想像していた以上の結果は出たかなと思います。

縁起の良い財布だったなと思うと、そのまま捨てる気にはなれず……

「財布塚」なるものがあると知り、やってきたのです。

鳥居をくぐると、すぐ右にありました。

名刺塚の左にある財布塚はパナソニック創業者・松下幸之助さんの揮毫によるもの。

間違いなくご利益がありそうです。

一旦供えさせて貰いましたが、ここに置いておくのは駄目と告知があります。

社務所に持って行き、祈祷をお願いしました。

本殿の前にある二の鳥居には、福箕(ふくみ)が掛けられています。

よく見ると、お賽銭が。

上手くお賽銭が入ると願いが叶うそうで、勿論挑戦してきました。

これがなかなか難しい。

5回目くらいで、上の福箕に何とか入りましたが、下の熊手にも100円を納めてきました。

神聖な場所とは言え、こういった娯楽性も大切です。

新年の十日ゑびすの際は、もの凄い量の硬貨が飛び交うのだと思います。是非一度来てみたいものです。

帰りも花街を歩いて帰りました。

京都五花街で最も南にあるのが宮川町です。

静かな感じがとてもよく、まさに「はんなり」とした街並みでした。

花街を出ると、水をこぼしながら走る自転車が駆け抜けていきました。

そのおじさんが、信号で止まっていたのでのぞいてみると……

バケツの中は焼き豆腐で一杯でした。

どこかの高級料亭に、出来たてを届けるようです。すき焼き用でしょうか。

豆腐は鮮度が命とも言います。

京都の食文化を支える一端を垣間見た気がしました。

次に財布を持って参拝するのは12年後でしょうか。

えびす顔で訪れることができますように。

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「ひのとり」で行く名古屋旅<後編>プレミアムシートで挽きたてコーヒーを‐2079‐

えべっさんも終わり、松の内も終了。

2024年の1月も、あっと言う間に後半戦に突入です。

近鉄特急「ひのとり」で行く名古屋旅はクリスマス前の12月23日。

ひつまぶしを食べた前編で終わっていました。

少し時間が空きましたが、後編は名古屋市役所前からスタートです。

熱田神宮から地下鉄で名古屋城まで戻りましたが、以前は「市役所前」という駅名だったと思います。

それは分かりやすくて良いのですが、有料エリアに入らないと、名古屋城があまり見えないのは残念。

ゲートの隙間から、まるで盗み撮りです。

東へ歩いて行くと、ネオ・バロック様式の名古屋市市政資料館が見えてきます。

以前は裁判所だった建物ですが、この前にある信号が凄いのです。

普通、押しボタン式信号は結構待たされるもの。

ですがこの信号、ボタンを押した瞬間に、赤に変わりました。

何かの間違いかなと思い、もう一度試しても同じ結果。

右折の早曲がりで知られ、「名古屋走り」という言葉もありますが、せっかちな名古屋人でも、この信号ならイライラする必要もありません。

かなり衝撃的でした。

このあたりは、武家屋敷が立ち並んでいたエリアでもあります。

「文化のみち二葉館」は、「女優第1号」と言われる、川上貞奴と「電力王」福澤桃介が暮らした和洋折衷住宅です。

福澤桃介は福澤諭吉に気に入られ、婿養子となった人。

川上貞奴は人気の芸妓でしたが、海外公演をきっかけに、日本初の女優となりました。

有名人同士のビッグカップルということになりますが、2人に相応しい、華やかな建物でした。

周辺には、古い建物が多く残っています。

こちらは自動織機で知られる、発明王・豊田佐吉の弟が住んだ豊田佐助邸。

1923年の完成ですから大正12年。

カトリック主税町教会の聖堂は1904年の完成なので明治37年。

このあたりは、戦争時の空襲が少なかったのでしょうか。

夕方になり、名古屋駅まで戻ってきました。

向かいに建つ、モード学園スパイラルタワーズは2008年の完成。

設計は日建設計ですが、いつ見ても圧巻です。

まだまだ紹介したい建物が多くありますが、またの機会に。

帰りの「ひのとり」がホームに入ってきました。

帰りは、プレミアムシートが予約できたのです。

レギュラーシートがプラス200円で、プレミアムシートが900円。

これだけゆったりしていたら、その価値は十分あると思います。

すぐ横にコーヒーサーバーがあり、挽きたてコーヒーが200円。

慣れた人は、マグボトルで購入している人もいました。

私的にはスタバよりこちらの方が好みです。

名古屋を16時に発ち、ゆっくり大阪まで帰ってきました。

子供が小さい時は、車一辺倒でした。

最近は夫婦2人で移動するなら、電車もいいなと思っています。

車は全てが自由ですが、電車には時間の自由はありません。しかし、空間の自由があります。

フェリーなどもそうですが、この魅力は大きいものです。

次に出掛けられるのは、2月の連休どちらかかな……などと夢想しています。

折角寒いので、久し振りに雪山もいいなと思ったり。そうなると車になりますが。

いずれにしても、「ひのとり」はとても気に入りました。

何より格好良いので、動画も上げておきます。

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日本の景色、日本の唄‐2077‐

先週木曜日は、初詣へ行った信貴山寺のことを書きました。

本堂からの景色も素晴らしかったのですが、折角なのでと600m上と表示のあった、信貴山城跡まで登りました。

急こう配の石段を30分程。

かなり息が切れました。

標高437mから奈良盆地を望みます。

信貴山は河内の大和を結ぶ要衝地で、何度か築城されているようです。

戦国時代には松永久秀が入城していますが、1577年に織田信長に攻められて落城。その後は廃城となりました。

この後、仕事を兼ねて奈良盆地を対角に横切り奈良公園あたりまで行ってきました。

写真で言えば左端あたりになりますが、手頃な大きさも奈良盆地の魅力のひとつです。

西名阪の天理ICで降りて北上します。

途中、歩道橋の残骸?がありました。

高度経済成長期、車からの安全を守るために多く作られた 歩道橋 ですが、維持費もかさみ、国も推進するバリアフリー化とは逆行するものです。

最近メディアを賑わしている芸能界のモラルもそうですが、常識とされるものが大きく変わっていく一例と言って良いでしょう。

ナビを見ていると、169号線の東に並行して走る県道を見つけました。

奈良盆地の西端を走る山麓線もそうですが、こういった立地の道路は景色が良いもの。

県道高畑山線も、想像通り大好きなタイプの道でした。

奈良公園の南、旧志賀直哉邸近くに車を止めて所要を済ませます。

その後、春日大社へも参ってきました。

下の禰宜(ねぎ)道を通って参詣。

禰宜は役職名ですから、言わば通勤路ということです。

私の通勤路とは趣が段違いです。

滅茶苦茶に男前なシカがいました。

参道の入口あたりは、まだシカものんびりムード。

しかし本殿手前からは、もの凄い人出。

こうでなければ、正月気分は盛り上がりませんが。

ご神木も、その歴史を十分に感じさせてくれました。

丁度昼時になったので、旧志賀直哉邸隣の「ギャラリー喫茶 高畑」でランチをしました。

子供達はカルボナーラ。

私たち夫婦はやみつきカレーのランチセットを頼みました。

どちらも美味しく、正月の観光地で1300円はかなり良心的。

観光地の食事で、がっかりするケースは良くありますが、こちらはお勧めです。

「人よりやや沢山歩く」が大事だと思います。

信貴山寺、春日大社と、寺社両方というかなり厚かましい初詣でしたが、これぞ日本という景色を堪能して帰ってきました。

昨日、八代亜紀さんがお亡くなりになったというニュースが報じられました。

デビューは1971年。

「舟唄」のヒットが1979年、「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞したのが1980年でした。


1970年生まれの私は、9歳、10歳の頃、リアルタイムで聴いていたのですが、テレビで演歌が普通に流れていた時代です。

私のiTunesにも、6000曲のうち10曲くらい演歌が入っています。

その中でも普段聴くプレイリストに入っているのは、八代亜紀さんの 「舟唄」 だけ。

昨年からファンになったチバユウスケさんもそうですが、ハスキーで歌の上手いシンガーが大好きなのです。

とても難しい曲ですが、カラオケで歌うことがあるくらい好きなのです。

子供達と車に乗っている時、何度か聴かせてみましたが、残念ながら賛同は得られませんでしたが。

歌と唄の違いは、ざっくり言えば、新旧の違いにあるようです。

ロックも、ポップも、ジャズも聴きますが、古都に似合う歌ではないでしょう。

できればそんな唄も残って欲しいと思います。

今晩は、「舟唄」を聴きながらしみじみ飲みたいと思います。

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信ずべき貴ぶべき、初詣‐2075‐

1月2日(火)の早朝。初詣に出かけました。

長男が帰省中です。

年末に体調を崩してしまい、残念ながら友人との予定は全てキャンセル。

ようやく熱も下がり、家族4人で出掛けることになりました。

娘のリクエストが景色の良い所で、探していると信貴山にある朝護孫子寺に行きつきました。

開運橋を渡っていると、朝日が昇ってきました。

眺めが良いだけに、本堂はかなり上に見えています。

朝護孫子寺は信貴山寺とも呼ばれ、一昨年の寅年は物凄い人出だったようです。

こちらは「世界一福寅」。

そう言えば一昨年、「おいでよハウス」のクライアントが、「信貴山の福寅をお迎えする」と言っておられました。

その時はこちらの存在を全く知らなかったのです。

朝護孫子寺(信貴山寺)のWebサイトにはこうありました。

今から1400余年の昔、聖徳太子がこの山で毘沙門天王をご感得され、大変にご利益をいただかれましたのが寅の年、寅の日、寅の刻であったといわれています。その故事から、信貴山の毘沙門さまに寅の縁日にお参りすると、聖徳太子にあやかって良いご利益を授かるとして昔から信仰を集めてきました。

それで、いたる所に寅が鎮座しているのです。

ポストまで虎柄。

本堂まで上がってきました。

娘の期待に十分応える景色で、ちょっと怖いくらいの高さ。

奈良盆地を雲海が覆い、神秘的な景色でした。

やはり古刹に絶景ありです。

三寅の福に与うることができるという「胎内くぐり」。

アトラクションと言っては失礼かもしれませんが、多くの人が参拝してくれるよう、努力していることも好感がもてます。

朝早かった分、屋台はまだ準備中で、そこは不満そうでしたが。

聖徳太子は、後に物部守屋に勝利したことから、自らが刻んだ毘沙門天を本尊とし、信貴山寺を創建しました。

「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」という意味が込められています。

長男が帰省したさいは、やはり将来の仕事の話になります。

就職活動は随分早くなっているようで、あと1年くらいで、大きな方針を決める必要があるようです。

信ずべき貴ぶべきものは……

人生の分岐点でもあるので、よくよく悩めば良いと思います。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

■10月27日『houzz』の特集記事に
「滋賀の家」掲載

■10月11日『homify』の特集記事に
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

◆メディア掲載情報

2023年 暮れは元気にご挨拶‐2073‐

本日から、1月4日までの冬季休暇に入りました。

昨日まで打合せがびっしり入っていたので、先程年賀状を書き終え、投函してきました。

「今年も目一杯働いた」という充実感に少し浸りながら、2023年を振り返ってみたいと思います。

1月 飛び石に見る、クライアントの本気 IN「あの森のOHANA」‐1977‐

2022年の1月に、オープンした「あの森のOhana」。

クライアントの本気を、1年点検で確認してきました。

2月 姫路の黄そば‐1983‐

8月1日にオープンした「ささき整形外科デイケアセンター」。

定例打合せに何度も現地へ足を運びました。

その際の、ささやかな楽しみだったのが、姫路のえきそばでした。

えきそばだけでなく、「姫路の黄そば」は現地のソウルフードでもあったのです。

3月 祝・合格 盆と正月が一緒にやってきた‐1987‐

18歳の誕生日を迎えた長男が、無事第一志望の大学に合格してくれました。

誕生日に合格が分かり、我が家は盆と正月がやってきた以上の歓びに沸き返っていました。

そう言えば、すでに帰省して、高校時代の友人と我が家で忘年会を開いているはず。

東京での4年間を、実りのあるものにして欲しいと思います。

4月 真実はそこにあった?‐1998‐

 『かんさい情報ネットten.』に出演しました。

浅越ゴエさんの「お役に立ちます」というコーナーでしたが、テレビの現場は本当にマンパワーで持っていることが良く分かります。

5月 『住まいの設計』と「建築家」の関係‐2010‐

これまでに7軒の住宅を掲載して貰った『住まいの設計』が、63年の歴史に幕を下ろしました。

元編集長・鈴木さんのfacebookで知りましたが、本当に残念です。

「地元建築家がガイドする名建築」で、ナビゲーターに選んで貰ったことは本当に光栄でした。

休刊となってしまいましたが、私は紙の力を信じています。

6月 イメージのど真ん中を射抜けるよう‐2021‐

半地下の音楽室のある「没頭できる家」。

完成は3月だったので、3ヵ月点検がありました。

音楽室に加えて、キャンプ場もあるこのお家。

竣工写真も上がっているので、はやくWebサイトを完成させなければ……

7月 テレビの中は歳をとらない‐2023‐

『大改造!!劇的ビフォーアフター』に出演したのは11年前ですが、時々BS等で放送されているようです。

それを観た人が連絡をくれ、知ることが多いのです。

工事関係者の人たちにも、作品集と共にテレビ番組のDVDを渡すことが多いですが、その映像を観て「若いですね~」と言われました。

もちろんテレビの中の私は歳をとりません。

8月 8月24日(木)朝5時、あの事件を目撃す‐2038‐

メジャーリーグにおいて、ウィンターシーズンの話題を全てさらったと言ってよい、大谷翔平選手のドジャース入団でした。

結果的に2度目の満票でのMVPも獲得するのですが、投手としての最終試合となった試合は衝撃的でした。

しかし、その後の試合でホームランを打つのです。

野球少年だった私も含め、全ての野球ファンに元気を与えてくれます。

来年、打者に専念した大谷劇場もまた楽しみです。

9月 ドローンの国家資格を取得して、3ヵ月内のバージョンアップを目指す‐2043‐

「3ヵ月内のバージョンアップがなければ、経営者として失格」とは、始道塾塾長の恩田さんの言葉です。

ドローンの国家資格を取得すべく動き出したのが9月でした。

釣り仲間の知人に紹介してもらったNCN DRONEの皆さんには本当にお世話になりました。

10月 還暦から3年勝負!のち、葛城の古民家で、十割そばと絶品天ぷら‐2056‐

1年前、偶然橿原市の信号で止まった所にあった「蕎麦屋 玉竹流」。

入ってみると、とても美味しかったのです。

南阪奈道路の葛城IC近くに移転オープンした「十割そば 玉竹」は、料理、空間ともグレードアップしていました。

絶賛してお勧めいたします。

11月 変わる天王寺、西成。ただ、オールのっぺり反対派‐2057‐

仕事柄もあって、街歩きは大好きです。

創業の地ということもあり、愛着もひとしおな天王寺エリア。

西成も合わせて歩いてきましたが、良くなったところ、悪くなったところと、愛憎半ばといったところです。

ランドマークだった建物には是非敬意を払って改修してもらいたいものです。

12月 これは本物のロックだ!‐2071‐

ネットニュースをきっかけに初めて聴いてみた「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェルガンエレファント)」。

ダルビッシュ有選手の言葉を借りるなら、控えめに言って最高でした。

「没頭できる家」の音楽室で、高校の時以来でドラムを叩かせてもらいましたが、この歳になって、ロックに心震えることは想像していませんでした。

12月23日の夜に、私のホームレイクである池原ダムすぐ横の国道で、土砂崩れが起こりました。

1人の方の身元がまだ確認されていない状況で、ご家族の気持ちを考えると、本当に心苦しい年末になりました。

これが私だった可能性も十分にあり、尚更です。

2023年は、コロナ後1年目と言って良いと思います。

沢山のオファーを頂き、多くの新規プロジェクトが進行中で、大きく時代が動き出したことを実感します。

いつ、どこで、何が起こるのか分からないのが人生です。

元気に働けていることに心から感謝して、身を粉なにして働く覚悟ですし、私にできることはそれだけです。

今年も残すところ3日となりました。

本年も、「ゲツモク日記」、「ゲンバ日記」、また『建築家・守谷昌紀TV』にお付き合い頂きありがとうございました。

2024年も、皆さんにとってより素晴らしい1年となることを確信しております。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

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