タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

上町台地の稜線を歩く‐1978‐

土曜日は、近鉄上本町駅すぐ南の病院で、人間ドックでした。

結果は後ほど送られてくるのですが、片側の視力が1.0を切ってしまったのが、一番のショックだったのです……

それはさて置き、検査終わりで少し周辺を歩いてみました。

駅の北側に出ると、シェラトン都ホテル大阪が見えてきます。

設計は近鉄グループではお馴染みの、巨匠・村野藤吾です。

ただ村野色をしっかり感じさせるのは、エントランスまわりの曲面壁くらいでしょうか。

ややおとなしいデザインと言えます。

千日前通の南側、手前には近鉄百貨店上本町店が見えています。

上本町6丁目の交差点は、上町台地の稜線付近にあたります。

千日前通を東へ下れば鶴橋。

西に下れば難波。

フリーフォールのあったナンバヒップスが中央あたりに見えています。

南のあべのハルカスもかなり下がっているのが分かります。

時代が時代なら、見晴らしがよかっただろうなと思いながら歩いていると「熊野街道」の石碑を見つけました。

谷町9丁目と上本町6丁目の中央あたりで北を見ています。

白いビルのすぐ東側が、熊野街道だったことがわかりました。

うろうろしながら写真を撮っていると「阿倍野の長屋」のクライアントとばったり出くわしたのには驚きましたが。

北へ向かって、熊野街道を歩いてみることに。

こういった曲がった道は、新しい道にはない景色です。

ところどころに石碑が建っています。

提灯屋さんがあったり。

古い町屋が残っていたりと、旧街道だった面影が残っているものです。

「桃谷湯」と見えます。

現在は駐車場になっており、奥の壁にはタイルが残っているのが見えました。

それほど古そうには見えませんが、廃業したようです。

このあたりから大阪城へ向かっては、更に標高が上がります。

https://www.instagram.com/reel/CoCiqCDPaFy/?utm_source=ig_web_copy_link

かなり急な坂が出て来ました。

ここを左に曲がると、空堀ど~り商店街。

https://www.instagram.com/reel/CoCjFqfPNo0/?utm_source=ig_web_copy_link

ここで大きくクランクしているのです。

そうせざるを得なかった理由が何かあるはずです。

そのまま北上すると、東側がかなり低くなっているのが分かります。

https://www.instagram.com/reel/CoCjUrxOZKO/?utm_source=ig_web_copy_link

このあたり、桃谷だったり清水谷だったりと、谷の名が残っている通り、上町台地に河内潟が切れ込んでいる場所が沢山ありました。

先程のクランクも、そのあたりが理由なのかなと考えていました。

そして谷町6丁目に到着。

西を見るとこちらも大阪湾に向かって下っていくのがわかります。

高低差は、地図では一番分かり難いですが、実際に歩くと本当によく分かるものです。

途中、旧家の玄関に手書きで「上汐町」という表示がでていました。

「うえしおまち」と読むのですが、歩いている時は「ここまで海がきれこんできていた名残では?」と勝手に確信していたのです。

しかし帰って調べてみると、大阪市のWebサイトに説明がありました。

上汐(うえしお) … 菅原道真が左遷される途中、潮待天神(潮待寺)において引潮を待ったという故事に由来する。冠称の「上」は南船場に所在した「塩町」との混同を避けるために冠したことによる。

残念ながら、私の推理は外れでした。

そんなことを調べていると、もう少し北へ行けば暗越奈良街道(くらがりごえならかいどう)との交差点があったことも分かりました。

上町台地をあるくシリーズで、また勝手な推理でレポートしてみたいと思います。


■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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共通テストのコルビュジエを解いてみる‐1974‐

先週火曜日に【ゲンバ日記チャンネル】をUPしました。

https://youtube.com/watch?v=7DLD8Wj9ryo%3Frel%3D0

半地下の音楽室のある「没頭できる家」のEpisode1です。

なかなか編集ができずで、まだ昨年分。

基礎完成までですが、よければご覧ください。

先週土曜日から、大学入学共通テストが始まりました。

外はシトシト冬の雨。梅の蕾も雨濡れて寒そう。

初日は社会、国語、外国語でした。長男は文系私学の志望なのでこの日だけの受験です。

帰ってくると、国語の第1問にル・コルビュジエがでてきたと教えてくれました。

【文章Ⅰ】は、病床に伏す正岡子規が、障子を当時は高価だったガラスに変えたことで、窓の役割が大きく変わったという話から始まりました。

続いて、ル・コルビュジエは窓と壁をどう構成するかを、いかに重要視していたかという話へ展開していきます。

【文章Ⅱ】では水平連続窓が特徴のサヴォア邸の写真も登場します。

壁のもつ意味は、風景の観照の空間的構造化であるとしました。

そして、建築は「沈思黙考の場であり、瞑想の場でもある」という結論へと導かれていきます。

国語は200点満点ですが、第1問は12問あり配点は50点。

折角のお題なので、久し振りに解いてみました。(⇒は間違った問題です)

①1 ②3 ③2 ④4 ⑤3 ⑥2⇒3 ⑦2 ⑧5 ⑨3 ⑩2⇒4 ⑪2 ⑫4⇒3

3問間違いの35点でした。

丁度70%なので、まあまあといったところでしょうか。

結局、近畿大学しか通っていないのですが、国語と世界史は結構自信がありました。

写真画像でなく、ペーパーに書き込みながら解けば⑩、⑫もとれたかも……は当然負け惜しみですが。

昨年末、娘たっての希望でホームステイに行っていました。

見送りには行けなかったので、お迎えだけ関空に。

場所はオーストラリアで8日間。

現地のホストファミリーにお世話になったのです。

最近でこそ、少し円が盛り返していますが、一番弱かった時。

それはそれでそれは堪えましたが、タイミングはそれ以上に大切です。

最高に楽しかったようで、好きな英語を伸ばしてくれればと思います。

長男は社会では世界史を選択しています。

試験前日、参考書をみながら問題を出してくれというので少し手伝いました。今でも結構覚えているものです。

受験勉強としては実を結びませんでしたが、特に国語の試験は大好きでした。

サトウハチロー、山本周五郎、宮本輝、星新一……一流作家の文章は読んでいて楽しかったものです。また、世界史は世の中の流れを解釈するのに、今でも役立っている気がします。

気がしているだけかもしれませんが、そう思えるだけでも幸せなものです。

点数も大事ですが、折角若い命を燃やすのですから、興味のある科目を勉強して貰いたいというのが私の希望です。

ここからはいよいよ2次試験が始まります。

「没頭できる家」の現場へ行く途中、早咲きの桜でしょうか。

すでに花が開きはじめていました。

2月、3月に良い知らせを聞ければよいのですが。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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お野菜、お大根、お芋さんと、三国一の幸せ者‐1973‐

昨日、近くを通ったので駒川商店をのぞいてみました。

シャッター商店街が増えるなか、ここは本当にいつも活気があります。

それで時々のぞきたくなるのです。

妻がいつも行く近所の青果市場は、昨日まで正月休みでした。

ここは本当に安いので助かっています。

これ程ではないにしても、近所のスーパーの正月休みが長くなっているのに驚きました。

確実に働き方、社会常識が変化していくのを身をもって感じるのです。

そんな事情もあって、先週末は道の駅「しらとりの郷・羽曳野」へ。

昼前に行くと、駐車待ちの車列ができていました。

中も広く、かなり賑わっています。

生花が沢山あるのも特徴でしょうか。

地元の野菜が多く並んでいました。

生産者が直接搬入して陳列することもできるそうです。

何せ「お野菜」が安いと妻の機嫌がよいのですから、来た甲斐があるというもの。

「野菜」なんて呼び捨てにできないのです。

お大根、お茄子、にお葱。

お豆さんと、お芋さんに至っては更に「さん」付けです。

少し前ですが、ラジオから『土を喰らう十二ヵ月』という映画が公開されていると聞こえてきました。

作家・水上勉の『土を喰う日々 ―わが精進十二ヵ月―』を原案に、沢田研二主演で、映画化された作品のようです。

水上勉は幼少期に口減らしのため、禅寺へ奉公に出されました。

そこで「ご馳走とは、旬の素材を探し、馳せ走ってもてなすことだ」という精神と、精進料理を学びます。

「土を喰う」が意味するのは「旬の物を食べる」ということです。

旬の野菜は値段も安いのですから、全ての物価が上がっているこの時期にこれ程適した言葉はありません。

私は全く好き嫌いがないのが自慢ですが、これは本当に幸せなことだと思います。

先日、長男に「全く無いのは、かなりのレアケースなんじゃない」と言われました。

ちなみに長男は頑張れば何でも食べれますが、魚があまり好きではありません。

子どもには小さい時から「好き嫌いせずに」と言ってきました。

しかし長男との会話をきっかけに、嫌いなものがない私に、彼らの気持ちを理解するのは不可能だったのだなと、改めて気付いたのです。

それでも思います。

食品と名の付く物で、この世に美味しくないものなど何一つ無いと。

三国一の幸せ者とは私のことなのです。

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年明け早々は、人を大切に‐1972‐

今日は成人の日で、晴れ着姿の新成人をちらほらと見かけました。

妻が通う美容院でも、着物の着付けが混み合うので、一番早い人は深夜2時からだそうです。

天気に恵まれ、女性は特に喜んでいたでしょう。

1月6日(金)の午前中、長居公園内を自転車で西へ急いでいました。

ヤンマースタジアム長居の横を抜け。

セレッソ大阪の本拠地、ヨドコウ桜スタジアムも通り過ぎ。

大阪急性期・総合医療センターまでやってきました。

年が明けてから、右の奥歯あたりがかなり痛んでいました。

徐々にその範囲が広がり、ろくに物を噛めない程痛み出したのです。

右のアゴ下あたりを触ると、かなり腫れているのが分かりました。


2016年の5月に、唾液腺の中にできた「唾石」を取って貰う手術をしました。

唾石とはカルシウムが結晶化したもので、軽石のようなものです。

この時は傷跡が残らないよう口の中からの手術を選択し、そこから取れるものだけを除去しました。

残っている唾石が原因かなと思い、急いでかかりつけの先生に紹介状を書いて貰ったのです。

やはり、残っている唾石の部分が炎症を起こしているとのことでした。

ひとまず抗生物質と鎮痛剤を処方してもらい、後日CTを撮ることに。

今日あたりから薬の効果がでてきて、ようやく何とか物を噛めるようになった次第です。

病院へ急ぐ道中、立派な家を見つけました。

門松がとても美しく、歯が痛いのに止まって写真を撮ってしまいました。

今日は現場を回っていたのですが、そこに可愛いしめ飾りも。

もう少しの間、松の内気分を楽しんでおきたいものです。

診察を受けた日は、物を噛むのが辛そうな姿を見かねて、妻が七草粥を作ってくれました。

これが何とも美味しかったのです。

美味しいだけでなく、その滋味が心に沁みわたるようでした。あまりに美味しく、写真を撮るのも忘れて完食してしまった程です。

7年前の5月に手術をしたと書きましたが、診察を受けたのは今年と同じ1月6日でした。

1月7日は「人日」と呼ばれる年最初の節句で「人を大切にする」という意味を持つそうです。

伝統とかしきたりという言葉だけでも煙たがられそうな世の中ですが、全てを見越したように当てはまると、もう信じない訳にはいきません。

来年から、1月7日の七草粥は是非恒例としたいと思います。

世のお父さん、お母さんへ。

「人を大切にする」の人には、是非ご自身も入れて下さい。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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「知の巨人」磯崎に捧ぐ‐1971‐

昨年末の12月31日、「ポストモダン建築の旗手、磯崎新逝去」という記事が新聞の一面に掲載されました。91歳でした。

ル・コルビジュエを源流とする、モダニズム建築を日本で牽引してきたのは前川國男、丹下健三でした。

モダニズムは伝統的な建築から、機能主義的な建築を良しとする運動でしたが、ポストモダンはその批判から生まれた運動です。

装飾性や折衷性など、より芸術的な部分も求められたのです。

はじめてこの日記で、磯崎建築を取り上げたのは、2006年1月の「奈義町現代美術館」だと思います。

作家の作品ありきで設計された美術館で、妻である宮脇愛子の作品も展示されています。

そしてこの筒の中には、荒川修作+マドリン・ギンズの作品が。

全てを地面として、龍安寺の石庭が表現されているのです。

日本一危険な公園とも言われる、あの「養老天命反転地」の作者2人でもあります。

中を歩くと、ちょっと酔ったような感覚になるのです。

2005年に長男が生まれ、奥津温泉へ初めての温泉旅行に出掛けました。

その近くにあったのがこの美術館でした。

磯崎新に多くの影響を受けたことは、これまでに何度か書きました。

初期の名作、「北九州市立美術館」を訪れたのは、2014年8月の九州旅行の際。

生憎の雨でした。

磯崎は建築は、単なる建物ではなく、思想、歴史、文化などの上に成り立っていると考えていました。

一方、その造形は単純明快。記憶に残ります。

その魅力にとても惹きつけられたのです。

2008年には娘も生まれました。

47都道府県を巡りながら、作品を訪れることは私の楽しみでもありました。

また、『空間へ』や『建築の解体』など、革新的な著書を残したことでも知られています。

『建築における「日本的なもの」』の論説も痛烈でした。

二条城は1603年、徳川家康によって築城された平城ですが、本丸にあった5層の天守閣は、1750年の落雷で焼失しています

現在も残る二の丸御殿は、神社仏閣の佇まいを色濃く残しています。

『建築における「日本的なもの」』で磯崎はこう語っています。

ブルーノ・タウトという建築家が、伊勢神宮、桂離宮を天皇的で「ほんもの」とし、日光東照宮を将軍的で「いかもの」と表現した。

磯崎はこれらを、ハイアート、キッチュと区別しています。

妻面には大きな菊の御紋が施されていますが、これは天皇家に敬意を示したものと考えられます。

一段下がった別棟の鬼瓦には葵の御紋が見えます。

葵の御紋は徳川家の家紋。菊の御紋より上にあるのです。

天皇的な「ほんもの」を 二の丸御殿 とするなら、南にある唐門は将軍的な「いかもの」と言ってよいでしょう。

「いかもの」の象徴として取り上げられたのが日光東照宮です。こちらは2015年の1月に訪れました。

先程の唐門にも、金色の菊の御紋が見えていますが、2013年にはこの下に葵の御紋が隠されていたことが分かりました。

「天皇的なもの」を「ハイアート」、「将軍的なもの」を「キッチュ」と言い切った、磯崎の洞察は見事だとしか言いようがありません。

このあたりが「知の巨人」と呼ばれる所以なのです。

最後に磯崎建築を紹介したのは、2019年にプリツカー賞を受賞した際でした。

この時は「なら100年会館」を紹介しました。

この時点で87歳。

遅すぎた感もありましたが、本人がプリツカー賞創設に深く関わっていたと今回知りました。

それなら、何となく納得できる気がしたのです。

若い頃に見た「北九州市立美術館」の白黒写真は強烈なインパクトを私に与えました。

雨の中、何とか靄が晴れるまで待って撮ったのがこの一枚です。

「下町のコンクリートCUBE」は、この建築から着想したのです。

これは今年の年賀状の裏面です。

出さないでおこうかなと思いましたが、作品を巡り始めた時は0歳だった長男が現在は17歳です。

あれから17年が経ったのです。

直接会うことは叶いませんでしたが、知性的で品のある語り口は常に憧れでもありました。

永遠の片思いとなった師に、心から哀悼の意を捧げたいと思うのです。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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北野天満宮で思う、承認と許容‐1970‐

新年あけましておめでとうございます。

これまで、子どもが受験の年は1月3日に北野天満宮へ参っていました。

しかし今年は長男にとって勝負の年。元旦の5時頃、大阪から京都へ向かいました。

道路も駐車場も殆ど混んでおらず、6時過ぎには到着。

参道の屋台もまだまばらな感じです。

合格祈願の祈祷受付は7時半からだったので、1番席でご祈祷を受けることができました。

早く行ったから合格する訳でもありませんし、御祈祷を受けたから合格する訳でもありません。

それでも、東京、千葉などからの参列差者もおられました。最後に親ができることは神頼みくらいです。

長男は慣れない正座で、足に全く感覚が無いと言っていました。

北野天満宮で初日の出も拝むことができました。

絵馬に願いを込め。

縁起の良さそうなところに奉納。

後は本人が頑張るだけです。

https://www.instagram.com/reel/Cm6G0b1NvBe/?utm_source=ig_web_copy_link


帰る頃には参道も賑わっています。

https://www.instagram.com/reel/Cm6Ha1NNKoY/?utm_source=ig_web_copy_link

もう一度境内をのぞくと、長い列ができていす。

やはり活気あってこそ北野天満宮です。

撫で牛も撫で、この日のミッションはこれで完了。

元旦に車で京都に来たのは初めてで、もっと混んでいると想像していました。

東寺あたりも車の流れはスムーズです。

念のため、akippaで駐車場を取っておいたのですが、8時頃までなら境内の駐車場に入れそうな感じでした。

午後になるとそうもいかないのだと思いますが。

大阪に戻った足で実家に行き、両親、弟家族と食事会でした。

お節料理とズワイガニ。

姪っ子はカニが大好きで、物凄い量を食べていました。

あれだけ喜んでくれたら、作り甲斐もあるというものです。

昼間から食べて飲んで。

子どもは腹ごなしに秘密の特訓場で卓球を。

従弟同士仲がよいのは何よりです。

そのまま夜まで居て、夕食はステーキでした。


赤ワインと一緒に楽しませてもらいました。

今年は兎年。

何とも可愛い感じの絵馬ですが、雄々しく脱兎のように駆け抜けたいと思います。

初詣での間、2023年のテーマを考えていました。「承認と許容」としました。

読んで字の如くですが、認め、受け入れることから全てをスタートしたいと思っています。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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2022年 暮れは元気にご挨拶‐1969‐

今年も残すところ2日。

この「ゲツモク日記」も今年最後になりました。

最近は忘年会もめっきり少なくなりましたが、イタリアより来客がありました。

2016年の11月まで働いてくれた元スタッフのマルコです。

2014年の5月に入社試験を実施しましたが、真面目な働きぶりですぐに採用しました。

就労ビザの取得などは大変でしたが、余りあるくらい貢献してくれたのです。

イタリアではトップレベルの国立大学を卒業しており、アーキテクトの免許も持っていました。そのレベルと他の新人を比べるのは酷かもしれませんが。

今回は日本にバカンスに来ており、食事でもしようとなったのです。

アトリエ近くの焼き鳥屋さんへ。

2019年以来の再会で、2人で乾杯です。

日本語が殆ど衰えていないことにも驚きます。

彼は好き嫌いが殆どなく、日本食も大好きです。

ホタルイカの沖漬けも頼んでみましたが「美味しい!」と。

イタリアに戻って6年目の今年、ついに独立したとのこと。2人でお祝いしたのです。

互いの報告をしたり、建築談義をしていると、あっという間に3時間が経っていました。

言ってみれば同志です。今度は私たちがマルコの働くラヴェンナへ行けるとよいのですが……

そんなこんなで、私の1年も振り返ってみたいと思います。

1月 完璧ではないから‐1868‐ 

今年の年始は、木曽福島の山荘で過ごしました。

義妹家の別荘ですが、従弟同士とても楽しそう。

ブレーキの掛かった世の中はもう少しのはず。

2月 北北西に進路を取れ‐1876‐

2月に小型船舶1級へのランクアップ試験を受けました。

受験勉強はぱっとしませんでしたが、資格試験は得意です。

1級建築士の資格と同じく、独学で一発合格しておきました。

3月 第二の故郷、天王寺でブラモリタニ‐1886‐

アトリエmは1996年に天王寺にある4畳のワンルームマンションで創業しました。

あべのハルカスができ、街の雰囲気はかなり変わりましたが、変わっていないエリアもあります。

ブラタモリよろしく、ブラモリタニしてきたのです。

4月 『住まいの設計』の撮影は、セッションも爆笑も動画もあり‐1895‐

「おいでよ House」『住まいの設計』の撮影があったのが4月。

ご夫妻のインタビュー、長男君がお気に入りの場所の撮影、そして奥さんと次男君のピアノとヴァイオリンの演奏。

家族総出で頑張ってもらいました。

5月 今なら分かるこの味‐1902‐

結局家族で出掛けたのは、ゴールデンウィークの池原ダム行きだけ。

しかも受験生の長男を除いた3人で。

来年はどこか旅行へ行けるとよいのですが……

6月 躍動の50代‐1915‐

「若い建築士の方たちに、先輩として何か役に立つ講演を」ということで、大阪府建築士会で講演をしました。

売上も含めて、洗いざらい話してきたのです。

『住まいの設計チャンネル』に「おいでよ HOUSE」登場‐1911‐

『住まいの設計』に掲載された 「おいでよ House」 ですが、『ESSE-online』『住まいの設計チャンネル』でも公開されました。

7月 海に感謝する海の日‐1922‐

夏の日本海行きは、必須の行事でした。

子ども達を連れて出かけていた頃が懐かしくさえあります。

孫ができたらまた頑張ります。

8月 泉南アナゴパワー‐1928‐

長年働いてくれたスタッフが6月末で退職し、するべきことがいくらでもあります。

今後も人出不足は進む一方でしょう。

一番平和な日曜日の使い方は、半日で妻と食材を買い物に行くこと。

気分転換になる上に、食卓も賑わいます。

https://www.instagram.com/p/Cg_w0qjsnby/

朝市や直売所によく出かけるようになりました。

稲盛塾長‐1935‐

盛和塾にて経営を教えて下さった稲盛和夫塾長が亡くなったのが8月24日でした。

塾長講和を聞きながら、スケッチする時間が好きでした。


心から感謝するとともに、ご冥福をお祈りします。

9月 人生初、発掘調査決定!‐1938‐

工事がスタートした音楽室のある「没頭できる家」


何と、人生初の発掘調査となりました。

現場から土器出土‐1939‐

そして、実際に古墳時代の土器が出土したのです。

10月 方違神社には方角がない?‐1948‐

何度か聞いたことがあった堺市にある「方違神社」

摂津、河内、和泉の三国の境に位置するので、方角の無い聖地であると考えられたそうです。

品格と活気のある、雰囲気のある神社でした。

11月 世界最大の祭典開幕。50億人のモチベーション‐1959‐

まだワールドカップ、カタール大会の熱気は完全に冷め切っていない感じもあります。

世界を驚かせたのが、日本代表の初戦でした。

あのドイツを、後半での逆転劇でやっつけてしまうとは……

また4年、私も頑張ります。

12月 伊勢神宮、外宮前にて‐1961‐

あちらこちらと、様々な相談を頂けるのは嬉しい限りです。

12月に入ってすぐ、伊勢へ敷地を見に行ってきました。

帰り際に、外宮を参ってきました。

楽しみな計画です。

桟あり窓にサンタがやってくる‐1963‐

「かやしまフォトスタジオOhana」は2009年に完成しました。

12年に渡り、地域の方々に愛して貰ったのですが、道路収容のため立ち退きとなりました。

そして新たに、「森のOhana」が完成したのが、今年の1月でした。

正面の窓は、全て桟ありのデザインとしています。

親しみやすい建物になったのではと思っています。

恩師である稲盛塾長のことは今回も触れましたが、安倍元首相アントニオ猪木も鬼籍に入りました。

命ある限り、何とか世の中に貢献できるよう、懸命に働くことを固く誓った1年でもありました。

今年1年、「ゲツモク日記」「ゲンバ日記」、また『建築家・守谷昌紀TV』にお付き合い頂きありがとうございました。

2023年も、素晴らしい1年となることを確信しております。

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2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

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急いで帰りたい場所がある‐1968‐

JR大阪駅を13時に出る新快速の姫路行きに乗車します。

何とか座れるくらいの乗客数。

昼下がりの緩い空気が眠気を誘いますが、仕事、仕事と言い聞かせます。

予習に励まなくてはならないので。

東播あたりまで来ると、広い平野にポツポツと山が混在する風景に変わります。

時々目を車窓に向けると、大阪平野とは全く違う景色が目を楽しませてくれるのです。

14時3分に姫路に到着。

普通に乗り換えて、14時14分に網干に到着しました。

現場まではタクシーで10分弱です。

大阪駅から1時間半で到着しました。

2階建ての立派な現場事務所が出来上がっています。

基礎工事に入る前に、まずは土留め工事からスタートしています。

定例会議は14時半開始でした。

なかなかに大きな現場なので、早く「ゲンバ日記」をスタートしなければと、多少焦っているのですが。

17時頃までみっちり打合せでした。

その後、工務店の担当者が姫路駅の南口まで送ってくれました。

周辺にタクシーが沢山走っている訳ではないので、とても助かります。

お礼を言って、改札へ向かうと「西明石から芦屋まで、現在不通で~す」と駅員の声。

更に「山陽電鉄で振替輸送中で~す」と。

駅の北口に回れば、山陽電鉄の姫路駅があります。

関西はJRと並行して私鉄が走っているので、こんな時はとても助かります。

https://www.instagram.com/reel/Cmn8_HIJ0EP/?utm_source=ig_web_copy_link

丁度帰宅のラッシュ時で、皆あわただしく大阪梅田行きの特急に乗りこんで行きます。

クリスマスソングの中で一番好きなものはクリス・レアの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」。

この歌も、家路へと急ぐ情景を歌った曲でした。

当たり前ですが、急いで帰りたい場所があるから急ぐのです。それはとても幸せなことなんだなと思えました。

山陽電鉄なら大阪梅田まで1時間40分程掛かるので、1本後の特急に乗りこみました。

大阪まで帰ってきたのは20時過ぎでした。

最近旅行にも行けていないので、ちょっとした旅行のトラブル気分を楽しんできました。

寒い日が続いていますが、庭のモミジがまだ葉をつけていました。

一昨日はクリスマスイブ。

長男は受験真っただ中で帰宅は23時頃。娘は短期留学中で年末まで居らず。

18数年振りに夫婦2人だけのクリスマスでした。

ローストビーフとチキンとバケット。私の大好きなメニュー?長男が大好きなメニュー?

まあどちらのでも良いのですが。

クリスマスカラーの赤はキリストの血、緑は永遠の命、白は純潔を表すそうです。

この時期、赤と緑を目にすると心ときめくのは皆同じでしょう。

世界が平和でありますように。

急いで帰りたい場所があり、ささやかなクリスマスパーティを催せることに心から感謝します。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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「いつも言うように、一番大切なのは家族」メッシ‐1967‐

ワールドカップのカタール大会は、アルゼンチンの優勝で幕を閉じました。

延長、PK戦までもつれ込んだので、日曜深夜というよりは月曜の早朝でした。

前半にメッシが決めれば、後半終盤にエムバペが決めて追いつくというスリリングな展開。

全く目の離せない展開でした。

延長でも、共に1点ずつ決めましたが、最後はPK戦でアルゼンチンに軍配が上がりました。

ワールドカップ以外は全てを手にいれていたと言って良いメッシですが、代表戦では思うような結果を出しきれず、非難を浴びることもありました。

ワールドカップトロフィーを受け取ってすぐ、キスをしたのです。

大会中の新聞各紙には、元サッカー選手の評論が多く掲載されていました。話の展開がスムーズで、かつ表現が多彩。

こちらも楽しませて貰いましたが、元日本代表の宮本恒靖さんはこう結んでいました。

「神の子から神になった」

MVP、最優秀ゴールキーパー、得点王の3ショットです。

この時点で23歳のエムバペは、7得点のメッシを上回る8得点での受賞。

通算得点で言えば、35歳のメッシが13得点ですが、すでにあと1点と迫っています。

ワールドクラスの怪物が、どのような次元にいるかを、まざまざと見せつけました。

その怪物には失礼かもしれませんが、愛嬌のあるルックスがなんとも可愛いのです。


最優秀若手選手も交えた4ショットです。

何かとお騒がせなゴールキーパーとの距離感が、色々なことを物語っている感じもします。

チームの中心へと歩くメッシは、飛び切りの笑顔でした。

そしてトロフィーリフト。

試合後ではこのシーンがハイライトだったでしょう。

私はここまでで切り上げ、寝室に向かいました。

「いつも言うように、一番大切なのは家族」

メッシのコメントの中で、繰り返しでてきたフレーズで、ずっと頭に残っています。

桁違いの成功をおさめてきた選手だからこそ、最高の称賛を受けることもあれば、辛辣な批判を埋けることもあるでしょう。

結果に関わらず、常に応援してくれるのは家族だけ、ということなのだと思います。

大切にしたから成功したのか、成功の過程で大切にするようになったのか、それとも、ずっと大切にしてきたのか……

決して、家族を大切にしていないつもりはありませんが、仕事より家族を優先したことは無い気がします。

それが、プロとしての誠意だと思っていました。

それでなおさらメッシの言葉を考えてしまうのです。

18日(日)の夜、ふるさと納税の返礼品の河豚が届きました。

私はちょっと我慢をして、子ども達に沢山食べさせました。

ひとまず私は、このくらいのことから始めてみたいと思います。

今は、眠たくも、楽しい1ヵ月をありがとうございました、という気持ちです。

世界最高の舞台での真剣勝負。その場に日本が登場するときはいつかやってくるのか……

夢をみながら、まずは4年後を楽しみにしています。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」
12月6日「キッチン・パントリー」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■6月11日『homify』の特集記事に「R Grey」掲載

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寒い冬には薪ストーブ‐1966‐

日曜日は、10時の開店を狙って大丸梅田へ。

直結の駐車場があるのはやはり便利です。

子ども達へのクリスマスプレゼントを買ったり、プレセールが始まっていたので仕事着も補充。

バタバタと2時間程で梅田を出ました。

清滝街道を抜けて奈良盆地へ入ります。

「3つの庭を持つガレージハウス」までやってきました。

LDKに薪ストーブがあるのですが、もう一度撮影させて欲しいとお願いしていたのです。

以前も一度、火が入っているところを撮りましたが、「火をとるのはかなり難しいな」というのが実感でした。

それで、再撮影をお願いしていました。

https://www.instagram.com/reel/CmWKpdAvBBE/?utm_source=ig_web_copy_link

まずは端材に火つけます。

マッチも専用でかなり格好いいのです。

https://www.instagram.com/reel/CmWMmS2J7uC/?utm_source=ig_web_copy_link

そして薪をくべます。

乾燥した広葉樹が最適だそう。

https://www.instagram.com/reel/CmWM-tDAqei/?utm_source=ig_web_copy_link

更に薪をくべます。

これで1ヵ月半くらいとのことでした。

https://www.instagram.com/reel/CmWNX4TMW7g/?utm_source=ig_web_copy_link

空気を多めに取り込むと、一気に炎が大きくなります。

その後、火は段々と落ちついてきました。

https://www.instagram.com/reel/CmWNqFBp2pK/?utm_source=ig_web_copy_link

ポカポカと何とも気持ちがよい。

輻射熱で体が温まると、寒い外にでてもずっと温かいそうです。

「これを経験したらエアコンには戻れません」と。

床暖房も同じことを言われるクライアトが多いのですが、そちらも合わせれば、かなり沢山の輻射熱住宅を設計してきました。

私の家にはどちらもないので、クライアントに教えて貰ったことをいつも伝えているのです。

しかし、ゆらゆらと小さな炎を見ていると全く飽きないものです。

1時間程滞在させてもらい、お礼を言って大阪に向かったのです。

近畿道を走っていると、ラジオから「金剛山が初冠雪しました」という声が聞こえてきました。

かなり遠くですが、確かに少し白くなっているのが見えています。

今日の大阪もは最高気温6℃。本当に寒い一日でした。

冬は日射を遮らないよう庇をデザインしているのと、断熱性能もかなり向上させたので、薪ストーブを付けずとも、15℃以下に下がることはないと言ってもらいました。

喜んで貰えたなら、寒いアトリエで夜中まで頑張った全てが報われます。

真夏は40℃に迫る日もあり、更に本当に気温差の大きい気候になってきました。

「家」が負う責任は増すばかりだと実感する次第です。

■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

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