タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

ばれてない!富田林寺内町‐2252‐

日曜日は、産直市場で野菜でも買おうかなと思い、富田林まで出かけました。

近くに、大阪で唯一「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている富田林寺内町(じないまち)があると知り、寄ってみました。

こちらの杉田家住宅は油屋を営んでいましたが、18世紀後半の建物とありました。

屋根の最上部には特徴的な「煙出し」が見られます。

特に街の中央を南北に走る城之門筋は、江戸時代から昭和初期までの建物が多く残っており、その規模は想像をはるかに超えていました。

本当にタイムスリップレベルなのです。

寺内町とは真宗の寺を中心に発展した町をいいます。

興正寺別院を中心に発展したのですが、後に幕府の直轄地となります。

石川の水運と東高野街道と千早街道が交差する陸運にも恵まれ発展していったのです

この交差点は約90cmずれているのですが「あてまげ」と言い、敵が進入した時に見通せないようにしています。

豊かであったと共に、自衛のため色々な工夫がされているのです。

「忍返し」も沢山見ましたが、木製なのが良い感じです。

完全に江戸時代にタイムスリップレベルです。

ところどころに、店舗もあります。

こちらのお店で、なぜか娘にシャインマスカットを買って帰ることになりました。

寺内町でも一番古いとされるのが「旧杉山家住宅」で、重要文化財に指定されています。

NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の撮影にも使われたそうです。

元は造り酒屋だったようです。

中央に見える大黒柱は「四方柾」といわれる、最高級品が使われていました。

立派な茶室も備えています。

この欄間は、大岡春卜という画家のデザインですが、何ともモダンなしつらえです。

一番驚いたのは天井裏でした。

一部がのぞけるようになっているのですが、藁すさ入りの土で塗られているのです。

いまで言う防火仕様ですが、江戸時代からこういった対策がなされていたのにはびっくりしました。

町の南端まで行くと、石川がはるか下に見下せます。

この町が高台に作られていることがよく分かりました。

昼食をと探していると、いい感じの蕎麦屋を見つけました。

「手打ちそば うら田」。

創業して2年目の若い主人が毎朝打った蕎麦をだしてくれます。

この日は栃木県産の蕎麦粉とのことでした。

ざるの大盛りで1600円

天ぷら盛り合わせが800円。

十割蕎麦はのど越し良く、てんぷらの衣は薄いのにサクサク。

特に汁が甘すぎず、非常に良かったです。

蕎麦湯を全て飲み干し、大満足でした。

インバウンドが居ると駄目という訳ではないのですが、この日見たのは欧米系の女性1人。

これだけ日本らしい風景が、まだ世界にはばれていないようです。

大阪近郊の方は、是非早めにお願いします。

■■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」がJIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■■

■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」の内覧会開催■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

心の旅‐2251‐

9月11日。

2001年にアメリカで同時多発テロが起こった日です。

24年が経ちますが、日付の印象とは強いものがあります。

アメリカと中東の小競り合いは今も続きますが、ただただ平穏を祈るだけです。

9月に入り、日の出前にジョギングへ出ることが多くなりました。

天満橋から見ると、真東にOBPの高層ビル群があり、日の出はやや遅くなります。

少しずれれば、朝日を拝めるのですが。

西の中之島方向を見れば、都心部ならではの反射日の出も見れるのです。

今週のはじめまで、オープンデスクに参加している学生がいました。

延べ2週間程ですが、竣工写真の撮影、リノベーションの現場調査、その図面起こしと、色々な仕事を経験してもらいました。

中でも一番時間が掛かるのは模型作成です。

本来は参考にしてもらう模型が沢山ありますが、まだ引越しが完全に終わっておらず、現アトリエには数個しかありません。

数少ない模型の中には「千葉の家」がありました。

その「千葉の家」のクライアントから、今年も梨を頂きました。

「白井の梨」を農園から直送してくれるのです。

学生にも少しお裾分けしたのですが「びっくりするくらい美味しかったです」と。

彼女は大学2回生で、大学院にも行く予定とのことで、就職のイメージはまだ湧かないかもしれません。

大学に入り、卒業し、就職し、クビになり、創業し、休業し、移転しと、本当に色々なことがありました。

2001年は、長らく悩まされた鬱で休業していた年ですが、海外に出るつもりにはしていました。

テロによって出発を延期しましたが、最終的には東南アジアを巡る旅に出たのです。

体調のこともあり、出発は億劫でしたが、旅にでて本当に良かったと思っています。

今日はカンボジアで見た、アンコール・ワットの日の出を思い出していました。

どんな街にも等しく日は昇ります。

それは、どんな問題もいつかは解決する、という受け取り方もできます。

反対に、規則正しく、変わらず過ぎていく時間を思うと、焦る気持ちが募ることもあります。

あるクライアントが、体調を崩していると聞き、とても心配しています。

無用なアドバイスは余計な負担になるかもしれませんが、私にとっての旅は、体調が好転していく大きなきっかけになりました。

その人にとっての、心の旅が見つかればと祈っているのです。

■■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」がJIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■■

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チョッコレート‐2241‐

先月の中頃ですが、久し振りに高槻へ行ってきました。

高槻中学・高校へ通っていた時は阪急でしたが、この日はJRの高槻駅へ。

妻の実家が高台にあり、家族3人で泊めて貰いました。

理由は、土間工事のために自宅に居れなかったからです。

昼食は冷やしうどんを出して貰いました。

小麦から拘った麺とのこと。

普段、ほとんど麺は食べないので、滅茶苦茶に美味しかったです。

義父は家庭菜園もしているのですが、今年は暑すぎてブドウの成長も遅いそうです。

高槻は、大阪と京都の中央あたりに位置し、多くの人口を抱える衛星都市です。

その立地の良さから、企業や工場も沢山あります。

国道171号線から見えるのは歯ブラシや歯磨き粉のサンスター本社。

その隣には、板チョコ。

171号線とは反対側の、JR京都線から見た景色です。

明治なるほどファクトリー大阪の南面はこの外壁というかオブジェというか、なかなかのインパクトです。

「♪チョッコレート、 チョッコレート、 チョコレートは明治♪」 

あのCMは耳に残って離れません。流石は明治製菓です。(何が?)

かなりの大きさで、全体が見えるのはこのくらいの角度になります。

この夏、チョコレートも溶ける暑さですが、こちらは全く問題ありませんでした。

一泊させて貰い、翌日は朝から仕事があったので、早朝のバスで自宅に戻りました。

大阪と比べると、2、3℃は涼しいですが、それでもエアコン無しで寝るのは無理だそうです。

この時期、店頭に板チョコを並べるだけでも大変だと思います。

材料の高騰もありますが、物流に掛かるコストも大きいでしょう。

チョコレートの原料、カカオ豆はアステカ帝国を滅ぼした、スペインの征服者、コルテスによってスペインに広められました。

古代メキシコでは、カカオ豆からつくるチョコレート飲料が珍重されました。また、カカオ豆が貨幣となるほど価値のあるものだったのです。

時代が時代なら、王か貴族くらいしか食べられなかったのがチョコレート。

庶民が数百円で食べられると知ったら、アステカ帝国の国王はどんな顔をするでしょうか。

暑くはなりましたが、良い時代でもあるのです。

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■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

何となく、導かれて長堀通‐2240‐

今日は心斎橋と長堀橋の間で打合せがあったので、まずは長堀橋駅で下りました。

クリスタ長堀の東端にあたります。

長堀通りと堺筋の交差点に駅はあります。

堺筋を3ブロック北に上がると堺筋倶楽部が見えてきます。

2003年の秋に、ここで結婚式を挙げました。

10時頃通ると、行列ができています。

「パンとエスプレッソと」という看板が見えました。

当時は、銀行だった建物がイタリアンレストランにコンバージョンされていました。

結婚式場として借りることもできたのですが、今はどうなのでしょうか。

1時間程の打合せを終え、帰りは心斎橋駅に向かいました。

どの街でもそうですが、変わらぬところと、変わるところあり、です。

商店街の中も少し歩いてみます。

ラーメンは900円から。

チェーン店の焼き肉定食も、1188円から。

そんなものだろうなと思いながらも、昼食で1000円かという気持ちも。

商店街を少し外れると、街歩き好きの鼻が効いてくるのです。

「ONEプレートサービスランチ ¥700」

プレートのスケッチ付きの看板です。

テープ貼りの下には「おかわりOK」の文字がうっすらと。

現在、それを望むのは酷というものでしょう。

先週の日曜日、名古屋の大須商店街へ行ったことを書きました。

心斎橋筋商店街も大きいですが、その規模に圧倒されました。

「そりゃ、名古屋にもお好み焼き屋さんはあるよな」と思いながら、二度見しました。

お好み焼き 330円

これは安い!

日本の店はどこで食べてもほぼ美味しいのです。

なら、安い店が一番です。

今日の昼食は、昼過ぎに結局会社に帰って、妻の作った弁当でした。

食べないので、高いも安いもないのですが、見るのは自由ですから。

堺筋倶楽部で結婚式を挙げたと書きました。

建築家として、どんなところで式を挙げるのかと、身の丈にあった、という2点で選んだと思います。

当日は、少し雨が降っていました。

「もう22年になるのか」という気持ちと「まだ22年か」という気持ちの両方があります。

ただ、何となく導かれて、アトリエを移転してきたような気もするのです。

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残念、初天神祭り‐2239‐

上町に移転してきて初めての夏。

周辺をジョギングしていても、7月25日が近付いてくると、いやがうえにも、天神祭りを意識しない訳にはいきません。

天神橋北詰あたりは天神浜というようです。

周辺の企業も、何かしらの協力をしているのでしょう。

今まであまり縁の無かった天神祭りですが、少し歩けば花火が見れそうなので、仕事終わりに出掛けてみました。

夕日を受けたクリスタルタワーは金色に輝いています。

しかし、甘くなかった……

花火がよく見える場所は、すでに人が居るので、歩き続けるしかありません。

そのあたりは、警察や警備の人たちも徹底していました。

確かにそうしなければ、危険なくらいの人、人、人、です。

大川左岸は、意外に木が高くその間から、時々見える感じ。

木が途切れているところは、人も立ち止まってスマホをかざしています。私もそのひとりですが。

ちょっと早めに退散しましたが、それでも人出は増す一方といった感じでした。

初天神祭りは、花火に関しては惨敗といった感じでした。

それでも、花火の音だけ聞きながら、出店めぐりも意外に楽しいものです。

何より、「初」がまだまだあるのは嬉しいことです。

毎年チャンスがあるので、少しずつ開拓していきたいと思います。

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清州城から大須商店街、老舗の味噌煮込みうどんを食す‐2238‐

昨日も暑い一日でしたが、上本町駅発、8時3分の近鉄特急に乗車します。

ひのとりで一路名古屋へ。

そのままJR東海道本線の岐阜行きに乗り換えました。

清洲までやってきました。

那古屋城で生まれた信長は、織田家内の争いにも勝ち、清洲城を天下取りへの足掛かりにします。

清洲城の正確な位置は分かっていないようで、更に信長が清洲に居たころは天守閣は無かったとされています。

なのでこの清洲城は完全に復元ですが、それでもテンションが上がります。

先日、堺屋太一の「鬼と人と」を読み終えたばかりだからです。

武田氏討伐から、本能寺の変までの約3ヵ月が描かれています。

天下統一へとひた走る革命児、織田信長と、格式と伝統を重んじる明智光秀が、同じ場面を交互に独白するというスタイルが貫かれています。

全く同じ現実を見ているにも関わらず、2人の心が離れていく様子が、繊細に描かれているのです。

詳細な調査があっての小説でしょうが、作者の想像であるのは間違いありません。

それでも、大いに納得できる展開でした。

信長の武将としての優秀さや特異さは、色々な本で読みましたが、堺屋太一らしく、経済面での手腕に何度もフォーカスしていました。

金銭で武士を雇う事をいち早く始めたことと、やはり楽市楽座です。

占領地で楽市楽座を布告し、免税、税の公平化、街道通行料の無料化など、国を潤すために、商人を非常に大切にしたのです。

清洲城近くにある清洲公園には、信長とその妻、濃姫の銅像がありました。

この信長がなかなかに格好がよく、炎天下の中、わざわざ写真を撮りに行ってきました。

隣国、美濃国の大名だった斎藤道三の娘が濃姫ですが、義理の姉、お市の方と共に大変美しい女性として描かれることが殆んどです。

このあたりは、司馬遼太郎の「国盗り物語」が滅茶苦茶に面白いので、熱烈推薦しておきます。

名古屋への戻りは、新清洲駅から名鉄にしました。

名鉄の車両を見ると、名古屋、岐阜にきた感じがするのです。

金山で地下鉄に乗り換え、大須商店街へ。

今回の名古屋行きは「大須商店街がおもしろいらしい」と妻が言いだしたことに始まります。

実際に行ってみると、東西南北に何筋も商店街があり、規模が大きく、かなかなの活気です。

屋根が架かっているのと、店から冷気が流れ出しているからか、結構涼しいのです。

食べ歩きできるような店が多いのも人気の秘密でしょうか。

旅先の楽しみは、勿論昼食です。

あまり探さずに入ったのですが、かなり美味しかったです。

妻は親子入味噌煮込みうどん(鶏肉と卵入り)、私はきしめんの味噌鍋にしてみました。

噌煮込みうどんは専用の麺を生から煮るのが、味噌鍋との違いとのこと。 よってコシがかなり残っています。

圧倒的に親子入味噌煮込みうどんに軍配です。

郷に入っては郷に従え、でした。

あとで調べてみると、将棋の藤井名人が勝負飯に食べたという、老舗の名店でした。

あちこちに「頑張れ、武蔵川部屋」と書いた幟が立っていたのですが、店のすぐ横に土俵がありました。

そう言えば、朝、ひのとりに乗った瞬間から、4人で向かい合わせに座り、ビールで乾杯していた家族がいました。

千秋楽を楽しみにしていたのでしょう。朝8時から、隣ではガンガンビールを飲みながら盛り上がっています。

静かに読書という訳には行きませんでしたが、それも旅の味わいです。

帰りはプレミアムシートが取れたので、いたって快適。

妻は2時間ずっと寝ていましたが。

私はかなりの旅好きですが、近い遠いに関わらず、移動すること自体が大好きです。

昨年の冬からこの夏にかけては、 「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」 に時間を取られたので、あまり出掛けられませんでした。

もう少しだけ工事は残っていますが、ようやく終わりが見えてきました。

今日は7月28日。55歳の誕生日です。

よって、ゴーゴーな1年にしたいと思います。

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施政者に望む、細やかな幸せ‐2236‐

関東甲信越・北陸・東北南部も、先週金曜日にようやく梅雨明け宣言がでました。

大阪は6月中に梅雨明けし、夏本番を迎えていましたが、最近の積乱雲は怖いくらいの大きさまで成長します。

入道雲と言うよりは、竜の巣といったほうが良いくらいでしょうか。

もちろん「天空の城ラピュタ」に登場する「竜の巣」に見立ててです。

昨日は選挙でしたが、投票となると億劫になってしまうのが正直なところです。

政党、候補者、政策などは、新聞の別冊版をさっと目を通しただけ。それで判断するのは、正直気が重い。

それなら普段から、目を配っておけばよいのですが、そこまで時間を割いてまでとは思えず……

ただ、投票会場が 大阪府立中央聴覚支援学校だったので、それは楽しみにしていました。

大阪市立聾学校の表札もありますが、それは過去の名称のようです。

すぐ近所にありますが、広い学校だなと思っていました。

都心部の学校だけに、風景もそれらしいものです。

タワーマンションに囲まれる風景も独特。

少し調べてみると、こちらの校舎の設計は梓設計のようです。

1990年頃の竣工なら、ポストモダン様式のデザインも納得できます。

「手話とともに未来へ」

校舎に横断幕が掛かっていました。

手話ができなければ、 聴覚に障害がある人とコミュニケーションを取ることは困難です。

秋篠宮家の佳子さまが、手話で会話している姿をよく見ますが、本当に立派だなと思っていました。

しかし考えてみれば、英語を勉強するのと同じように、授業として手話があってもよい気がします。

本当に目を配るべきところは、こんなところのような気がします。

昨日は、仕事半日、雑用半日を済ませると、キッチンから枝豆を湯がく、良い匂いが漂ってきました。

旬の枝豆は、値段もリーズナブルな上に、味も最高です。

ヘレカツとで晩酌をすれば、それより幸せなことなどありません。

大阪選挙区には19人が立候補し4人の議員が誕生しました。

変化は大歓迎、まずは御手並み拝見です。

しかし、国民が彼らに望むことは、大それた無理難題ではありません。

真面目に働けば、家族と共にささやかな幸せが得られる。その程度だと思うのです。

なので、俺が俺がというスタンドプレーだけは勘弁してもらいたいと思います。

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玉造稲荷神社で上方地車囃子、夕涼みは郷愁と共に‐2235‐

エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode3を、昨日公開しました。

なかなか苦心した増築計画ですが、よければご覧ください。

長堀通には、6月頃から生國魂神社や玉造稲荷神社の夏祭りの幟があちこちに立っていました。

玉造稲荷神社は7月15日と16日。

上町に越して来てから初めての夏です。
昨日、娘が帰宅したタイミングで家族で行ってきました。

まずは本殿を参拝。

誰も小銭を持っていないので、お賽銭は私の財布からですが。

娘は、とにかく何かを買いたいらしく、屋台を物色してまわります。

チョコレートでコーティングされたバナナが500円。

なかなかの見た目で、私は遠慮しておきました。

ただ見ていると、フライドポテト400円から、唐揚げも400円からとあります。この物価上昇のなか、なかなかリーズナブルな価格設定だと思います。

メインのお客さんは若い世代だから、頑張っているのでしょう。

それなら、ビッグエンタープライズも可能では?と思ってしまいました。

狭くもなく、広くもない境内ですが、若い世代でごった返していました。

ベビーカステラを食べ、最後はフルーツでしめるそうです。

200円は本当にサービス価格な感じがしました。

一番奥に、舞台が組まれていました。

20時半を過ぎた頃、祭囃子が聞こえてきました。

上方地車囃子保存会とあります。

そういえば、平野のアトリエ前を通るだんじりも、同じ祭り囃子でした。

保存会とあるだけに、動きもどこか気品がある感じがします。

20時頃に着いたのですが、都心部は夜でも本当に暑くなりました。

小学校の頃、ランニングシャツになれば夕方は快適に遊べた気がします。

夕涼み

郷愁と共に、過去の言葉になってしまったようです。

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ブルーインパルス狂騒曲‐2234‐

昨日の日曜日は、14時半に上町のアトリエから徒歩6分の難波宮跡公園へ。

ご近所さんも続々と自転車で駆けつけています。

週末から、Web上でもブルーインパルスの記事がかなり上がっていましたが、上町界隈もご多分にもれずです。

普段のジョギングコースでもありますが、ここは大化の改新の部隊にもなった難波宮があった場所です。

それで、何もないだだっ広い野原なのです。

ブルーインパルスが万博会場へ向うルートになっているので、観覧ポイントにもなっていました。

関西万博開幕の 4月13日(日)の際は、関空を飛び立ったものの、天候が悪化してやむなく帰還。

小雨の中、周辺からため息がもれていました。

しかし、そのお陰で大阪城とブルーインパルスが見えるはずの場所はリサーチ済みです。

前回のこともあってか、今回は13日(土)と14日(日)の2回チャンスがありました。

土曜日は予定があったので来れなかったのですが、前日も難波宮跡公園で見ておられたベテランさんが、「通天閣がある、あっちの方向から飛んでくるから」と話しているのが聞こえてきました。

それで、2つのマンションの間から飛んでくるのだなと準備していました。

すると、高いほうのタワーマンションの影から、轟音とともに、いきなり視界に飛び込んできたのです。

慌てて録画ボタンを押したので、ぼけた場面もありましたが、よく撮れたほうかなと自我自賛です。

タワーマンション横のビルの屋上にも人の姿が見えています。

完全にお祭り騒ぎでした。

大阪城で西へ旋回し、一旦見えなくなりましたが、太陽の塔、枚方パークを回ったあと、再び大阪城の上を通過して南西にある万博会場へ。

2度目も真下から見ることができましたが、通過と共に歓声と拍手が起こっていました。

周辺では「iPhoneが熱くなりすぎて、肝心な時に録画できひんわ~」と言っているおじさんが居ました。

ちょっと可愛そうでしたが、そのお陰でギリギリまで影の下にiPhoneをキープしておいたのです。

防衛省・自衛隊は 「大阪の空を見上げよう」のハッシュタグをつけての投稿を呼びかけました。

空を見上げるって、とってもいい気分です。

ブルーインパルスは初体験でしたが、いい日曜日の午後になりました。

青い衝撃は突然に。

ブルーインパルス狂騒曲でした。

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自転車の天敵とできる人‐2233‐

上町に越してきたら、すぐに自転車を修理したいと思っていました。

近所に専門店があるなと思っていたのです。

2013年に買ったカゴ付き自転車はかなり気に入っていますが、ディスクブレーキを直してくれるところがなかなかなく……

散々探し回った結果、意外にもイオンサイクル喜連瓜破店だけが引き受けてくれたのです。

ただ、チェーンのがたつきは「ギアから全部交換になるので、ウチではできないんです」と言われていました。

少し時間に余裕ができたので「パークサイドバイシクルズ」へ相談にいくと、店主が「ああいいですよ~、3万までは掛からないと思います」と。

即答でした。

心の中で「この人できる!」と。

1週間ほどすると部品が入ってきたので、再度預けにいきました。

ギアもブレーキもピカピカになって帰ってきたのです。

そうなると、自転車で出掛けたくなります。

上町周辺は坂が多いですが、私の愛車は5段変速なので1速にすれば、前の坂も何とか立ちこぎしなくても大丈夫です。

近所にある、大阪女学院正面の坂はかなりの勾配。

このくらいになってくると、自転車は下りて押さないと厳しくなります。

しかし、この坂を毎日登っていれば、生徒さんはかなり鍛えられそう。

天満橋の八軒家浜に出るあたりの坂はこの勾配です。

妻と娘は電動自転車に乗っているのですが、ちょっと遠出するなら私も欲しいなと思っていました。

実際、このあたりの電動自転車率は、かなり高いものがあります。

先の大阪女学院ですが、西の通りはこのくらいの坂なので、自転車でも何とか登れます。

よくよくルートをリサーチすれば、何とかなることが分かってきました。

それで先日、グランフロントまで行ってみたのです。

坂はなんとかなりましたが、梅田のど真ん中を横切るのは、人の多さでなかなか大変でした。

帰りは、北側に大回りして、中崎町あたりを通ってみましたが、その問題は解決できそうです。

自転車置場も、150円くらい出せば結構あるのですが、グランフロントには2時間無料の駐輪場もありました。

北館は170台分ありますが、2割くらいは空いていたでしょうか。

うめ北広場には530台分があるようですが、こちらは思ったより小さいなという印象でした。

パリ、ローマ、シアトルなど、自転車にやさしい街は沢山あります。

日本でも、自転車レーンが急速に増えていますが、これはどんどん進めばよいなと思います。

本気のサイクリストは別にして、自転車の天敵は急な坂です。

Googleマップでルート検索をすると、高低差まで見れるのは本当に助かりますし、見ていて楽しい。

先の 「パークサイドバイシクルズ」 ですが、こちらも坂の横にありました。

店主に「パークサイドのパークは、大阪城公園のことですか」と聞くと、「引っ越ししてくる前の店が、同座公園の横だったんです」とのこと。

それを聞いて納得できました。

車にしても自転車にしても、こういったメンテナンスをしてくれる店があってこそ安心して乗れるというものです。

今までお願いしてきた自動車工場が遠くなったので、車のほうもリサーチ中です。

ちょっと期待している店があって、楽しみもあり、やや不安もあり。

多分できる人だと思っているのですが。

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