カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

大阪弁護士会館から、大阪の絶景‐2297‐

北浜の象徴と言えばやはり大阪証券取引所ビル。

周辺には証券会社が集まっていますが、光世証券のファサードは迫力十分です。

白浜のホテル川久も設計した永田祐三さんの仕事でした。

煉瓦の扱いは日本離れしたものがあります。

土佐堀通の北側は、エントランスから土佐堀川、中之島を望むという申し分のないロケーション。

川の見えるアトリエに、まだまだ未練が残っているようです。

証券取引所ビルの北、難波橋のライオン越しに見えているのは、大阪弁護士会館です。

安藤さん設計の、こども本の森の向かいにあります。

東西に長いので、中之島側から見るとかなり大きく見えます。

しかし、南北の奥行きはかなり薄いのです。

設計は日建設計の江副敏史さん。

構造体を外部側に持ってくるデザインは、大阪ビジネスパークにある大阪東京海上日動ビルディングと同じ形態です。

ただ、そのフレーム状の構造体を陶板で覆っているのが全く違う点です。

超高層ビルに焼き物を持ってくるところが、江副さん、日建設計の凄いところでしょうか。

前は何度も通ったことがあるのですが、初めて中に入りました。

法律に関する勉強会があったのです。

エントランスの煉瓦壁も圧倒的な迫力でした。

上層階の会議室に入ると、まるで空と空に挟まれている感じ。

高い所が苦手な私は、結構怖かったです(笑)

ただ、中央公会堂と阪神高速を見下ろす景色は、まさに大阪の絶景でした。

勉強会の後、懇親会があり参加しました。

なかなか会うことのできない同業の先輩方と話すことができました。

大手組織事務OBの方は、全く違うスケール感の仕事を経験しています。とても刺激的な内容でした。

ただ、そんな方が「名前は知っている」と言って下さったのは、本当に嬉しかったです。

人は弱いもので、何とか相手より優位に立とうとしてしまいます。

これは、年下の者に対して、まずは承認するという行動と全く反対です。

ひとつひとつの行動が、成長、引いては結果につながっていくのだと実感しました。

しかし、北浜、中之島、西天満と、流石にトップレベルの建物が集まっています。

学ぶべきことが、街中にあふれている感じなのです。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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マウスをすてよ、町へでよう‐2295‐

先月のことですが、遅めの新年会に参加させてもらいました。

谷町3丁目から本町通を西に歩きます。

谷町4丁目方向から本町通を西に歩くと、東横堀川との交差点が本町橋。

北東角にあるシティプラザ大阪は最上階のカーテンウォールがひと際目を惹きます。

2006年竣工で、日建設計の仕事でした。

そのすぐ西にあるのがβ本町橋です。

プロジェクションマッピングが思いのほか、美しかったのです。

大阪府建築士会の「住宅を設計する仲間達」という部会が、この場所を会場としてイベントを始めます。

「住まいのメソッド」というイベントですが、会場の下見も兼ねての新年会でした。

第1回目、2月27日(金)の講師は「β本町橋」の設計者、高橋勝さんです。

この計画の立ち上げから関わっておられるようで、何とかお話を聞いてみたいと思っています。

上町のアトリエに移転して丁度1年が経ちました。

年が明けると、新規の相談が増えるのは大変有難いことですが、アトリエの上階に住居スペースがあるので、仕事に集中していると3、4日全く外出していないということもしばしば。

流石にそれは駄目だと思っているので、最近はできる限り勉強会や懇親会に出席するようにしています。

一所懸命働くことは何より大事なことですが、インプット、アウトプットの機会もやはり重要です。

劇作家の寺山修司は、「書を捨てよ、町へ出よう」と言いました。

「マウスを捨て、町へ出よう」と自分に言い聞かせている毎日です。

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もう一度行きたい!美しく、美味しい街ミラノ‐2294‐

昨日は、朝からクライアントと打合せでした。

上町のアトリエ前もかなり激しく雪が降り出しました。

車での来社だったので、雪が積もらないかハラハラします。

夕方には晴れ空に変り、杞憂に終わってくれました。

国民の義務、投票にも行ってきました。

あまりにも慌ただしく、腹に落ちないことが色々ありますが、それでも投票となると難しいものです。

ただ、選挙という戦略だけは止めて欲しいと思うのです。

そんな政治とは無縁の世界、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開幕しました。

再三登場するミラノのドゥオーモ。

本当に美しい、ゴシック建築の傑作でした。

内部空間も圧巻ですが、白の繊細な外観が素晴らしく上品なのです。

ミラノは2012年の8月に家族で旅しました。

妻の親友がミラノっ子と結婚し、暮らしているのです。

自宅にも泊めて貰いました。

子供も同じような年代で、この頃は毎年のように交流していました。

ご主人は料理が抜群に上手で、パスタは完全にお店の味。

イタリア人なら誰でも上手という訳ではないのだと思いますが、さすがイタリアと感じたのです。

ミラノは食だけではありません。

ミラノスカラ座広場にあるレオナルドダヴィンチ像です。

そのダビンチの「最後の晩餐」を観れる、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会も勿論訪れました。

娘は4歳でほとんど覚えていないそう。

それだけが残念ですが、このくらいの年代で無いと、なかなかまとまった休みが取れないのも事実です。

ご主人に、市場へも連れていってもらいました。

何を見てもいちいち美味しそう。

ドゥオーモのすぐ横にあるのがガッレリア。

テレビのミラノ紹介で「幸せの雄牛」というモザイクが紹介されていました。

雄牛の急所にある窪みにかかとをのせ、3回時計回りに回ると幸せになれるそうです。

知らなかったなと思いながら写真を見返してみると、ありました。

しっかり回っている所を娘が見ていました。

私の記憶などあてにならないものです。

ミラノの市街地はアスファルトではなく石畳です。

ミラノっ子は車で街に戻ってくると、ガタガタとした振動で「ああ、ミラノに帰ってきた」と思うのだそうです。

この話が大好きで、これまでも何度かここで書きました。

街を愛するということは、こんなことだと思っているのです。

ミラノは本当に美しく、美味しい街というイメージしかありません。

同じ街に2度行くよりは、少しでも多くの街を訪れたいと思っていますが、数少ない例外がミラノなのです。

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■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

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「ずれ」にまつわるエトセトラ‐2293‐

一時と比べると、少し寒さが緩みました。

これも立春効果でしょうか。

難波宮跡公園にサザンカが咲いていました。

2023年の初めまで住んでいた、古家の庭にあったことを思い出します。

寒さが緩む少し前。

首がこって、こって仕方なく、ちょっと頭痛までしてきたので、整骨院に行ってきました。

問診の後「姿勢を見てみますね」と写真を撮って見せてくれました。

首の傾き3度、肩のずれ31%と、結構ずれている感じ。

「首と腰が大分張ってますねえ」とのことで、針治療もしてもらいました。

恐々でしたが痛みもほぼなく、ちょっと様子を見てみようと思います。

あくまで対処療法なので、根本の姿勢を直していくしかないのですが。

「意識のずれ」とか、「感覚のずれ」等、「ずれ」という言葉に、ポジティブなイメージはありません。

しかし建築においては別です。

コンクリートのCUBEを、1階と2階でずらしたのが「下町のコンクリートCUBE」です。

2階部分をずらすことで、縁側的な空間をつくりました。

南西方向へ斜めにずれているところがポイントです。

張り出した部分が、近隣からの視線もコントロールしています。

それが大きな開口部があってもプライバシーを守る役割を果たしているのです。

「高台の家」では、ずれてできた2階の空間を重要視しました。

解放的な郊外型の住宅において、プライバシーを守れるアウトドアリビングを作り出しています。

近隣と最も段差のある南東方向は、視線を気にする必要がありませんでした。

その方向には空港があり、それも含めて景色を楽しめるよう開口を設けています。

家族でいつでもBBQを楽しめる空間になりました。

屋外との緩衝帯の役割も果たし、室内空間の質を高めているのです。

反対側の張り出し部には庇を加え、駐車場としています。

「没頭できる家」は、縦方向にずらしました。

音楽室を半地下にすることによって、まず防音効果を高めています。

LDKとの繋がり方も、面白さが増しています。

秘密基地のような空間となっているのです。

縦方向のずれによって、更に魅力的な空間が生まれました。

2階バルコニーより低く、1階からは寄り付けない空間です。

この部分をキャンプ場としたのです。

地下は、地上階の1.5倍のコストが掛かると言われます。

しかし、その他の部分を極限までシンプルにすることで、かなり金額的には抑え込みました。

最後は、ずれをデザインに活かした「ダイヤモンドカットの家」です。

敷地周辺は、物作りの街で工場が立んでいます。

トラックの通行なども多く、できるだけ道路から離れたいところです。

しかし離れれば離れる程、南側からの日当たりが悪くなるので、2階部分は北側にずらしました。

そのことによって、1階部分の日当たりを確保できているのです。

明るいLDKには、カウンターも設けています。

子供さんが勉強を大好きになってくれたと聞き、本当に嬉しい限りです。

2階は北側に90cmずらしたのですが、起点となった部分と斜めに結ぶことで、魅力的な造形になることが分かってきました。

ちょこっとずれから生まれた形です。

「ずれ」が魅力的な空間を生むことが分かって頂けたでしょうか。

ただ、自分の体のずれと、世間とのずれはNGなので、そちらの方はずれがないことを目指したいと思います。

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坂倉準三の系譜、大阪にあり‐2291‐

先週末、梅田から中之島まで歩いてみました。

大阪高等裁判所前の水晶橋を渡ると市役所の東端あたりに出ます。

中央公会堂までやってきました。

1月25日(日)まで開催の「坂倉建築研究所大阪事務所と太田隆信展」が目的でした。

2階の会場へは、南側にある地下からアプローチします。

ル・コルビュジエに師事した日本人のひとり、坂倉準三が1940年に設立したのが坂倉準三建築研究所です。

1948年には、大阪支所も設立されます。

彼が亡くなり、坂倉建築研究所大阪事務所となりますが、大阪の地で坂倉準三の思想は西澤文隆、そして太田隆信へと引き継がれていきます。

太田さんは昨年逝去されました。

その太田さんが携わった計画を中心とした展覧会でした。

「写真撮影は駄目ですよね?」とお聞きすると「引いた写真なら大丈夫ですよ」とのこと。

作品のパネル、手描きの図面、スケッチに加えて、太田さんのインタビュー映像も流れていました。

その中で、ご自身のことを「坂倉準三の薫陶を受けた最後の残党」と仰っていました。

1966年、大阪府青少年野外活動センターで、日本建築学会賞の作品賞を受賞されています。

こちらの構造体についても詳細に語っておられ、興味あってWeb上で探してみました。

保存運動が話題になった記憶がありますが、現存していないようで、あまり情報が残っていませんでした。

反対に、1975年竣工の大阪府立青少年海洋センターは、岬町の淡輪港内に現存しているようで、是非見てみたいと思いました。

大阪市中央公会堂の保存・再生も2002年の坂倉建築研究所大阪事務所の仕事でした。

早稲田の建築学科を出て、太田さんは坂倉建築研究所に入社します。

「大学を出たら大阪に戻ってくるつもりだった」と言っておられたので、関西に愛着を持っておられるのだと思います。

外に出ると日没寸前でした。

中之島は川に囲まれているので、朝夕は特に水面が美しいのです。

梅田方向を見ると、キタの玄関にあたるフェニックスタワー、その右に大阪梅田ツインタワーズ・ノースが見えています。

大阪にはキタやミナミがありますが、中心はどこかと問われればやはり中之島になるのでしょう。

さあ帰ろうかと歩き出すと、新婚カップルが撮影をしていました。

その先に見える、ダブルツリーbyヒルトンは真っ赤に染まっています。

何だか幸せな気持になりました。

坂倉準三の言葉です。

穏やかな表情で語る太田さんに、そのことばを重ねて聞いていました。

時々「設計士」と呼ばれることがあるのですが、その時は「すみません、建築家でお願いします」と伝えます。

呼び方を決めるのは相手の人で自由ですが、自分で主張していないとそうはなれない気がするからです。

技術者ではなく、やはり建築家として生きたい。改めてそう感じました。

ル・コルビュジエ、坂倉準三、太田隆信。

偉大な建築家の足元にも及びませんが、主張し続けるしかないのが私の人生なのです。

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復興しないという選択肢はない‐2281‐

前回は、神戸で開催されている「大ゴッホ展」のことを書きました。

やっと会えた『夜のカフェテラス』の余韻に浸りながら、港神戸へ立ち寄ってみました。

その途中ですが、海側へ歩くとすぐに「史蹟旧海軍操練所跡」があります。

坂本竜馬も学んだと言われる神戸海軍操練所は、勝海舟が提唱して1864年に完成しています。

海外留学を経験していた勝海舟は、港と海軍の重要性をひしひしと感じていたのでしょう。

そこから50mも歩くと現在の神戸港。

海と山が近いのが、何と言っても神戸の魅力です。

海沿いを西に少し歩くと、メリケンパークの文字が見えてきました。

入り口にあるのが、建築家・フランク・O・ゲーリーによるオブジェ、フィッシュダンス。1987年の完成です。

フランク・O・ゲーリーはプリツカー賞も受賞している世界的建築家ですが、つい前日の12月5日に96歳で亡くなりました。

日本では確かこのフィッシュダンスしか作品を残していませんが、この錆問題が何度も論争になっています。

安全性の問題もあり、撤去される可能性もありそうですが、そこだけ解決できるなら、残して欲しい気はします。

バブル期はネガティブにしか語られませんが、その時代と活力をはらんでいる感じがするのです。

神戸港震災メモリアルパークは初めてやってきました。

メリケン波止場の僅かなエリアですが、当時のままの姿が残されています。

中学生の頃は、よく神戸港に釣りに来ていました。

通称「和田坊」まで渡船で渡してもらい、一晩中チヌを釣っていたのです。

大阪湾は夏は水が汚いですが、この時期はかなり澄んでくるのを思い出していました。

来年の1月17日で、あれから30年です。

「大ゴッホ展」も、阪神・淡路大震災から30年、東日本大震災から15年の節目に、日本を応援するために開催されています。

昨年の能登地震もそうですが、15年に1度くらいはこの規模の地震が起こるのが日本なのです。

その後の阪神・淡路、東日本、熊本、能登など、何度地震に襲われても、復興するしかありません。

ワールドシリーズMVPの山本由伸投手の言葉を借りるなら「復興しないという選択肢はない」となるでしょう。

災害に限らず、どんな困難が起こったとしても同じですが。

神戸港から元町に戻る途中に南京町があります。

神戸らしい風景で、点心も良いなと思いながらもやりすごします。

元町駅の北にある「堂源」という蕎麦屋さんまで戻ってきました。

田舎十割蕎麦と梅せいろを頼みました。

蕎麦屋さんで女性の店主は珍しいですが、とても繊細な蕎麦で大変美味しゅうございました。

物は壊れると自分では元に戻れませんが、人は食べて、寝れば、大概の怪我は治ります。

そう言えば、甲南大学のスキー部の先輩の先輩が、かなりの蕎麦通だったそうです。

その先輩がお気に入りの店が元町にあり、何度か行ったことがあります。

蕎麦の美味しさを教えてくれたのも神戸でした。

あの地震から30年ということは、私の仕事人生も30年目が間もなく終わろうとしています。

久し振りに神戸に来たのだから神戸牛でも……というレベルにはなっていません。

それでも、気軽に美味しい蕎麦を食べれるくらいにはなったので、それで良しとしておきます。

成長しないという選択肢はないので、気軽に神戸牛が食べられるようになるまで頑張ります。

そう言えば今日はクリスマスでした。皆さんも良いクリスマスを!

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今宵は月が美しい一粒万倍日、上町界隈の名店②「ながほり」‐2276‐

アトリエから歩いて5分の所にある、この細長い建物は、『居酒屋 ながほり』

居酒屋ではじめてミシュランの星を獲得した名店です。

創業41年、その名前の通り長堀橋近くにあった店舗が、2008年に上町に移転してきたようです。

昼間は何度も通っていましたが、夜ははじめて。

「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」の江口さんがお気に入りのお店で、予約を取ってくれたのです。

まずはビールで乾杯。

料理は全て江口さんにお任せですが、わたりがにのジュレ添えからスタート。

刺身の盛り合わせは、拘りに拘ったわさびが売り。

冷たすぎない魚が、素晴らしかった。

岡山出身の江口さんもシャコが大好きとのこと。父方の祖父が岡山で、大量のシャコでもてなしてくれたことを思い出します。

普段は飲まない日本酒も一緒に頂きます。

大将は日本酒応援団を自称しています。

気品高く、すっきり飲みやすいお味でした。

洋ナシに白和え。

唯一私がオーダーしたアコウ。

イカ納豆は、見た目は下町、味は上町というギャップが素晴らしいお皿でした。

納豆の糸がまったく引かないように工夫しているようです。

普段は終盤ワインにいくのですが、最後まで極上の日本酒を頂きました。

つのる話ばかりでしたが、やはりクリニックの患者さんが、オペレーションできる上限まで来られているということが、私にとっても一番嬉しい話でした。

スタッフの方は本当に大変だと思いますが、絶対そうなると私は確信していました。

クリニック設立の理念から、そのスケールが全く違うと感じていたからです。

私も実際に内視鏡検査を受けてみて、インタビューを撮らせて貰う約束をしてきたのです。

前回は5月末に西天満で会食したのですが、「年に2回くらいは」と言って頂きました。

「喜んでご一緒します」と伝えましたが、江口さんを喜ばせる店の引き出しは皆無に等しいので、誘って頂くことをお願いしました。

昨年の9月17日(火)、一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)に、「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」は開業しました。

「一粒の種が万倍にもなる」という縁起の良い日ですが、この日は偶然一粒万倍日。

ほぼ満月の夜でした。

丁度11月末で掲載が終わってしまったのですが。

日本建築家協会HPのTOPページ8軒に選ばれたことを、クリニックのお知らせのページで告知して頂きました。

その文章を読むと、相談を貰ってから開業までの時間が一気に蘇ります。クライアントであり、僭越ながら同志だったと思えてくるのです。

求められ、期待に応え、できれば期待を上回る仕事がしたい。そんなプロフェッショナルを目指したいと思います。

ただ楽しい、元気を貰う会食の時間でしたが、お値段は普通の居酒屋の倍くらいでしょうか。

大将の威勢、店の雰囲気、何よりお味が間違いないので、ちょっと特別な日には絶賛お勧めしておきます。

以下、江口さんのコメントも掲載しておきます。

本当に、やる気を出させてくれる人なのです。

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この世に生を受けたこと。それこそが、最大のチャンスではないか‐2275‐

天神橋は、中之島の東端をまたぐ3連のアーチ橋です。

橋を渡り、北に向かって歩いていくと大阪天満宮に突き当ります。

11月末に通りかかった際は、工事用のシートで覆われていました。

来年8月まで、1年かけての屋根の葺き替え工事が行われるようです。

こちらは6月に訪れた際、掲示板にあったことば。

あなたのような才能があれば……ということばが出そうになりますが(書いてしまっていますが)、人生は自分の身ひとつで、最大のチャンスを活かすしかないのです。

私の最大のチャンスは、ものづくりの機会に他なりません。

Webサイトに2作品をUPしました。

1つは住宅。

もうひとつはクリニックです。

住宅は「ドッグランのあるタイル床の家」です。

ご主人が言う「ちょっと変わった家族」は、タイ人の奥さんと2匹のチワワ兄妹が暮らします。

ドッグランを備えているのはそのためです。

ホテルライクな恰好よい空間を目指しました。

吹き抜けを介して、寝室からLDKの様子をうかがい知ることができます。

バンコクでの暮らしが長いご夫妻は、全ての空間でタイル床を望んでいました。

金額的には高めになりますが、やはりタイルの質感は他には代えがたいものがあります。

とくにバスルームは生活感を排することを考えました。

毎日の散歩のあと、ドッグランの足洗い場で綺麗にしてもらうのです。

この家の計画を「最後の夢」と位置付けていたクライアントからの期待は、大変に大きいものでした。

クリニックは「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」です。

向って右にある「ささき整形外科 デイケアセンター」が完成したのは2023年の8月でした。

新型コロナの流行が拡大し始めた2020年の4月に相談があり、世の中の情勢を見極めながらの計画でした。

そして、デイケアセンター竣工の1カ月後に、リハビリ棟増築の相談を受けたのです。

増築は法的なハードルが高く、かなり苦労しましたが今年の8月に完成しました。

2つの施設の間に建つリハビリ棟は、中立的な意味合いを込めて真っ白なキューブとしました。

その上で、開口から入ってくる光を制限し、外壁に光をできるだけ当てないよう、4枚の庇を外周に巡らせています。

1、2階にはベッドが10台程入るリハビリ室があります。

法の要求で必要となった、2mの既存クリニックとの離隔距離は、逆手にとって中庭として活かしました。

3階にはスタッフがリラックスできるよう、カフェのような空間を設けています。

広いカウンターがあり、仮眠スペースにはリクライニングチェアも備えました。

屋上は雨除けも備えているので、どんな天候でも、体を動かしたり、西播磨の穏やかな風景を楽しめるのです。

全てバリアフリー化するため、エレベーターが4つのフロアを繋いでいるのです。

工程において、院長からの要望は「通常のお盆休み以外診療を止めない」でした。

診療を続けながら増築棟を完成させ、僅かに立入禁止区域を設けて、2棟を接続。

5日間のお盆休みで、既存受付の動線を改善する工事と、新たな診察室を2部屋つくるという神業的な工程だったのです。

学生時代が、F1ブーム真っ只中の私達世代は、いまだにT-SQUAREの『TRUTH』が流れてくると、ついアクセルを踏み込んでしまうという人も多いでしょう。

3度のワールドチャンピオンに輝いたセナは、1994年5月1日、サンマリノグランプリでコンクリートウォールに激突し帰らぬ人となります。34歳でした。

史上最高のドライバーは、全盛期のままその生涯を終え、伝説となったのです。

私のような普通の人は、時に自信を失い、時に立ち止まってしまいます。

しかし、大きな期待をかけ、計画を託してくれるクライアントがいる以上、嘆いていても、卑下しても、何の意味もありません。

勇気をもって前進するしかないのです。

ものづくりの一番よいところは、結果が実際に見れるところです。自信を失った時、前に進めなくなった時は、作品を見返します。

これが私の年表です。

普通の人間が、精一杯生きてきた証しなのです。

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いつも心の中にある…一生夢中‐2273‐

今週の月曜日は、ちょっと遅めの出発で下北山村行き。

「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の撮影ですが、南阪和道を走るのも久しぶり。

一時は通勤路のように走っていた169号線沿いの景色も、極彩色の景色が目に楽しい季節です。

「モタオ君」に捕まらなければ、山道は昼に限ります(笑)

下北山村は流石に常緑樹が多い。

しかしススキが秋を感じさせてくれます。

この日の撮影は、無理を言ってのお願いで昼からスタートでした。

テキパキと構図を決めて撮影して回ります。

一段落したタイミングで、久し振りにボートを見にトボトスロープへ。

時間がないので、見るだけですが、ちょっとテンションが上がってしまいました。

池原ダムはかなり減水しており、マイボートの昇降は現在ストップしています。

桟橋まで降りてきました。

今年は春先に一度来ただけで、年間釣行数は子供が小さい時を除けば最少だと思います。

「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の撮影は良い感じに進んだので、またゲンバ日記にUPしようと思います。

ご主人の釣り道具がかなり格好良いのです。

整理整頓されており、見ているだけでワクワクしてきます。

ルービックキューブも。

玄関に掛かっていた額です。

釣り竿とは何か?先端に釣り針、もう一方にバカ者をぶら下げている竿。
-フランスの諺-

正真正銘のバカ者として、血がうずきました。

年内、遅くとも年始には、今年度4日目の釣行を心に誓ったのです。


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■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

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大阪シティバス 62号に乗って‐2270‐

先週土曜日の朝7時半、アトリエから一番近い上本町1丁目のバス停で待っていると、定刻から3分程遅れて到着。

自転車か電車が早いのですが、大阪シティバスに乗ってみました。

妻の友人が近くに住んでおり「この辺りはバスが便利よ」と聞いてきたのです。

大阪駅行きの62号系統で、健康診断に淀屋橋まで行ってきました。

上町筋を北上すると、難波宮跡、大阪城を右手に見る、なかなかの景色です。

土佐堀通に突き当り左折。丁度、京阪電車が通過します。

天満橋、天神橋、難波橋の大阪の三大橋を右手に眺めながら、15分程で淀屋橋に到着しました。

市役所周辺の街路樹も、見事に色付いていました。

健康診断が終わり、バス停まで行くと待ち時間が20分程あります。

それなら歩いて、62号系統から見える景色の復習かなと。

淀屋橋南詰にある「かき広」と大阪市役所。

以前、食事に行こうという話になったのですが、未だ実現していません。

一度は行ってみたいところです。

この辺りは、水都にふさわしい景色です。

土佐堀通を東へ歩きます。

北側の建物は土佐堀川の借景を取り入れた建物が多いのは必然でしょう。

ケーキ屋さんでしょうか.

すぐ東には中央公会堂。

難波橋を越えると、北浜レトロビルヂング。

こんな古民家も残っています。

箱軒が見えているので、昭和初期くらいの建築でしょう。箱軒は関東大震災のあと、防火対策として急速に広まったものです。

北浜レトロビルヂングの完成は明治45年(1912年)とありました。

堺筋を中心に、周辺には明治、大正、昭和の建物が本当に沢山残っており、建築が大切に使われているのが分かります。

先の古民家の東には、seiundoが入っている北浜1丁目平和ビル。

5階にあるオフィスですが、2016年に完成しました。

竣工写真は、何故か私が入っているという。

眼下に広がる土佐堀川とバラ園の景色は絶景と言ってよいものでした。

難波橋、天神橋をすぎ、大阪三大橋の最後は天満橋。

大阪城まで帰ってきました。

大阪府庁前で、20分程前に出たバスに追いつかれます。

ゆっくり歩いて45分の道程でした。

62号系統は、大川周辺の観光名所を巡る感じなので、路線周辺に住んでいる方にはお勧めです。

大阪シティバスの運賃は一律210円。それで観光バスに乗った感じの、お得感が最高でした。

『メトロに乗って』は浅田次郎の長編小説です。地下鉄がタイムマシンの役割を果たし、過去と行き来しながら、自分の父親、兄などの過去を知っていきます。

沢木耕太郎の『深夜特急』も路線バスを乗り継ぎ香港からロンドンを旅する話ですし、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』という人気番組があったとも聞きます。

公共交通は、誰もが共通体験を持っていますし、感情移入しやすいのでしょう。

高速道路を使わない日本一長い路線バスと言えば、奈良交通の「八木新宮線」で、169.9kmあります。

所用時間は6時間半。休憩が3回あるそうで、橿原市の大和八木駅から、十津川村を抜ける168号線で和歌山の新宮までの道のりです。

一度乗ってみたいと思っていますが、6時間半も乗っていると、本当にタイムスリップするのかも……

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
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