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「ナヌッバ」と「ナムバ」‐2352‐

御堂筋と千日前通の交差点が「難波」。

北を見ると、右手に大丸心斎橋店、左手に大阪Wが見えています。

真東を見るとなんばヒップス。

壁面には「namba HIPS」の看板も見えています。

完成は2007年で高松伸の設計。

千日前通を渡り、南に下った西側にはホテルロイヤルクラシック大阪。

2020年の完成で、設計は隈研吾。

この地にあった、村野藤吾設計の大阪新歌舞伎座のデザインを踏襲しています。

そして御堂筋は、南大阪からの玄関口、南海なんば駅であり大阪高島屋でもある南海ビルディングに突き当たり、西へクランクして南下していきます。

大阪の目抜き通りだけあって、建築も多種彩々です。

周辺にある、大阪メトロ「なんば」駅のローマ字表記は「Namba」です。

私達が小学校の時に習った時は「Nanba」が正解だったはず。

こちらは、天神橋筋と大川が交差する「天神橋」。

大阪メトロと運営母体が近しい大阪シティバスの停留所は「Tenjimbashi」表記。

「n」と「m」が混在しています。

しかし、道路標識は「Tenjinbashi」と「n」表記。

こうなってくると???という感じです。

日本語の発音をアルファベットで表現するのがローマ字ですが、私達が小学校の時に習った「訓令式(くんれいしき)」と「ヘボン式」という表記方法があります。

「訓令式」は規則に乗っ取ったもので、「ヘボン式」は英語の発音に近い表記方法。
アメリカ人宣教師、ヘボンさんが考案しました。

パスポートを「ヘボン式」で表記するのは、このためです。


「ヘボン式」では、「p」「b」「m」のようにしっかり唇を閉じる音(両唇音)の前の「ん」は「m」で表現します。

英語を習った時「n」の発音は「エンヌッ」といった感じで、唇は離したままでした。

確かに「馬場町」を唇を離したまま発音するのは難しい。

日本語では同じ「ん」で、違いを気にしていませんが、英語的な観点からみると、両唇音の前の「ん」は「m」で表現する方が、音としては正確なのでしょう。

それで「本通」は「hondori」、「馬場町」は「Bambacho」といった表現が混在することになりました。

昨年末、国としても広く浸透している「ヘボン式」を基本とする方針を決定しましたが、先の「天神橋」のように、道路標識は、訓令式が残っていることも多いようです。

難波も、道路標識は「n」でした。

この話、電車で通学している時から気になっていました。

それが、少し前に偶然付けたテレビ番組、『チコちゃんに叱られる』で解説していて、ようやくすっきりしました。

中国における漢字の数は、よく使われるもので3千5百文字、歴史的には10億とも言われているようです。

しかし、日本人が使う漢字、ひらがな、カタカナの組み合わせは無限とも言えます。
日本語の表現の多彩さが、日本人の感性を維持するのに、大きく役立っていると思っています。

しかし、音の滑らかさに関しては、英語が群を抜いていると思います。

母語において英語のシェアは世界一ではないにもかかわらず、世界規模のヒットをする楽曲はほぼ英語です。

意味を深く知らなくても、好きな楽曲が沢山あるのは、その説明にもなると思います。

今回は「エンヌッ」と「エンム」の違いに執着して書いてみました。

インバウンドが日本の経済を支えるなら「ナヌッバ」「テンジヌッバシ」でなく「ナムバ」「テンジムバシ」のほうがちょっとだけいいかなと思います。

道頓堀橋の南にある、はり重の隣にある松竹座は解体が決まってしまいました。

道頓堀通と心斎橋筋の交差点。

東側にミャクミャク様が鎮座していました。

撮影をするインバウンド客も沢山居ます。

表記も「ヘボン式」が基本となりました。

大阪のため、日本のためにどんどんお越しください。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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なんばパークスに、懐かしの大阪球場を思う‐2061‐

大阪の2大繁華街はキタとミナミ。

市内南部の平野区に住むので、距離的に近いのはミナミです。

電車なら谷町線1本なので、キタへ出掛ける方が多いでしょうか。

健康診断で久しぶりにミナミに来ました。

高島屋とマルイの間が、歩行者天国になるのは11月23日。もう来週です。

村野藤吾の名作、大阪新歌舞伎が隈研吾の設計で生まれ変わったのは2017年。

御堂筋の向こうに、ホテルロイヤルクラシック大阪が見えています。

変わらないのは高島屋くらいです。

高島屋西の御堂筋を南に下ると、2018年開業のなんばスカイオが見えてきます。

健康診断後は何が食べたいか妻に聞くと象印食堂に行ってみたいと。

ヘルシーラボなる6階に到着すると、かなりの待ち客。飲食店はポツンと1店舗だけでしたが、かなり人気のよう。

早々に退散してきました。

そのまま、すぐ南のなんばパークスで店を探すことにしました。

南海ホークスのホームグラウンドだった、大阪球場の跡地に完成したのが2003年。2007年に2期工事も完成しています。

完成して20年経っていますが、なんばパークスに入ったのはまだ2回目くらいだと思います。

多くの飲食店があったので、少し待って韓国料理の昼食にありつけました。

健康診断の日は空腹MAX。3倍美味しく感じるものです。

お腹が落ち着くと、なんばパークス内から見る景色はなかなかのものでした。

店内から外を見ながらうろうろしていると、ヤマダデンキが見えてきました。

南端まで歩いて来たようです。

外に出てみると、かなり刺激的な空間です。

歩くとどんどん景色も変化して行くのです。

設計は、アメリカ人建築家のジョン・ジャーディ。

六本木ヒルズやキャナルシティ博多等も設計しています。

キャナルシティ博多は、2014年に福岡を巡った際に立ち寄りました。

見上げるとこの景色。

都会に居ながら、渓谷の底にいるような景色で、クレバス感というか、渓谷感というか滅多にない景色。彼の作品の中でも傑作と言ってよいと思います。

これほどの傑作が、こんな身近にあったとは……

実は1988年の10月、18歳の私は大阪球場のラストゲームをこの地に観に来ています。

特別南海ファンということは無かったのですが、当時主砲だった門田博光は不惑を迎えていました。

ずんぐりとした小柄な体でフルスイングを貫き、ホームラン44本を放ち、打点王との2冠王になった年です。

その門田も、今年の1月に74歳で鬼籍に入りました。

あまり足が向かなかったのは、野球少年だった頃の思い出と共に、どことなく、昔の方が良かったと思っていたかったのかもしれません。

そう言えば、強烈に傾斜のきつい大阪球場の内野スタンドから見上げた景色も、 渓谷感に近いものがありました。

そんなミナミも大きく様変わりしました。

やはりキタにはない魅力があるのは間違いありません。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

10月27日『houzz』の特集記事
「滋賀の家」掲載

10月11日『homify』の特集記事
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

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お役目頂戴いたします‐1570‐

 土曜日の朝は、長男を学校に送り出したあと急にヒョウが降りだしました。

 大阪は今年初めての雪(ヒョウ?)化粧。

 まさに春の嵐でした。

 日曜日はざっと降って、からっと上がり、気持ちの良い晴れ空になりました。

 小5の娘は、いよいよ日曜日も塾がはじまりました。

 塾が会社のそばなので昼に寄って貰い、たこ焼きお父さんランチです。パスタもつくりましたが、沢山食べて元気に行きました。

 頑張りたいと思うなら、応援してあげれる親でいたいものです。

 娘は先日の卓球大会を勝ち進んだので、誕生日寿司会をキャンセルすることになりました。

 昨日はその雪辱戦。スイスホテルが見下ろす難波高島屋へ。

 中2の長男とは仲がよいのか、悪いのか。

 屋上でふざける兄妹です。

 8階にある「縄寿司」。

 家族で行くのに丁度良く、重宝しています。

 子供達は好きがかなり偏っているので、初めはセットを頼みます。

 お父さん的には奮発しているつもり。

 長男は放っておくとマグロばかり。

 娘はアジとイクラばかり頼みます。

 しかし成長とともに、色々食べれるようになってきました。

 特に娘は白身の美味しさが分かってきて、 「私の」平目の薄造りをモリモリと。

 テーブルにきた瞬間に、1/3が無くなりました。

 こんな時くらいブレーキを掛けなくて良いよう、やはり懸命に働くだけなのです。

 家族でなので、パクパクっと食べてすぐに退散。多分いいお客さんのはず(笑)

 少しだけミナミを歩いて帰ってきました。

 クライアントのお子さんが、無事志望大学に合格したとお聞きしました。

 それが、2人続けての国公立の医学部。凄い!としか言いようがありません。

 何と親孝行なと思いますが「2人とも下宿なので、もう倒れそうです」と笑っておられました。

 私からすれば嬉しい悲鳴だと思いますが、もう3年もすれば我が家にもそんな時期がやってきます。長男が現役で合格してくれた場合ですが。

 人は本当に弱いものです。自分のことだけを考えているとなお弱い。

 しかし役目があったり、守るものがあったり、他者のために生きるから強くなれるのです。

 か弱い女性が、母という役割をもつと異次元の強さとなります。兄、キャプテン、受験生の親と、人は役割に育てられるのです。

 田辺さんが産休にはいり、小さい子供のいる女性がチームに入ってくれました。また、今日から入社試験の男子が1人きてくれています。

 父親業も、リーダー業も、建築家も、毎日全力でやるだけです。そして「関わった人はみんな幸せにしてみせるぞ」そんな気持ちです。

 春に浮かれているだけかもしれませんが、それでも構いません。

 無頼の三冠王、落合博光は常に有言実行でした。激弱君の男(笑)が成長したいなら、それしかないと思っているからです。

 お役目はいつも有難く頂戴するべきだと思っています。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

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【News】
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

山芋焼きを食べて練り歩く

 日曜日の夕方は、ミナミへ。妻の同僚だった友人家族が、来阪したのです。

 転勤が多く現在は岡山在住。久しぶりの大阪なので夕食は「お好み焼き」となったのです。

 お店もリサーチ済みで、道頓堀の「美津の(みづの)」へ。

 かなり人気店のようで、5:00pmに現地集合。少し待ちで席を確保出来ました。

 帰る頃には10人程の行列が出来ていました。

 支持されるには理由があります。

 小麦粉の全く入っていない山芋焼きは、フワフワとした食感で、長男もかぶりついていました。

 やや酸味のあるソースが美味しいので、お好み焼き、焼きそば、どれも流石の味。

 「三代続く」のうたい文句は伊達ではありませんでした。

 長男と1歳違いの子供さんは、とてもウマが合うようで、帰りは肩を組み、道頓堀を闊歩していたのです。

 彼に「宿泊先まで遊びにきてよ」と声を掛けてもらい、そのまま滞在先のホテルへ。

 夫妻が大阪にいたのは5年程で、そのうち妻が一緒に働いたのは1年です。

 それでも当時の話は尽きることがなく、滞在先のホテルを出たのは10時でした。

 ご主人は、一流企業の幹部候補です。興味があったので、何故モチベーションが保てるのか聞いてみました。

 「どれだけ深い悲しみを知っているか、かなと思うんです」

 意外でしたが、納得できます。悲しみ、苦労の種類はいろいろあります。それが無いほうが良いとも言えますがそんな人生はありません。

 自分の無力感を知った人が、仕事に対して、生きることに対しして謙虚になれるのだと思うのです。

 よく話し、よく笑い、よく飲んだ夜でした。