タグ別アーカイブ: アトリエm

復興しないという選択肢はない‐2281‐

前回は、神戸で開催されている「大ゴッホ展」のことを書きました。

やっと会えた『夜のカフェテラス』の余韻に浸りながら、港神戸へ立ち寄ってみました。

その途中ですが、海側へ歩くとすぐに「史蹟旧海軍操練所跡」があります。

坂本竜馬も学んだと言われる神戸海軍操練所は、勝海舟が提唱して1864年に完成しています。

海外留学を経験していた勝海舟は、港と海軍の重要性をひしひしと感じていたのでしょう。

そこから50mも歩くと現在の神戸港。

海と山が近いのが、何と言っても神戸の魅力です。

海沿いを西に少し歩くと、メリケンパークの文字が見えてきました。

入り口にあるのが、建築家・フランク・O・ゲーリーによるオブジェ、フィッシュダンス。1987年の完成です。

フランク・O・ゲーリーはプリツカー賞も受賞している世界的建築家ですが、つい前日の12月5日に96歳で亡くなりました。

日本では確かこのフィッシュダンスしか作品を残していませんが、この錆問題が何度も論争になっています。

安全性の問題もあり、撤去される可能性もありそうですが、そこだけ解決できるなら、残して欲しい気はします。

バブル期はネガティブにしか語られませんが、その時代と活力をはらんでいる感じがするのです。

神戸港震災メモリアルパークは初めてやってきました。

メリケン波止場の僅かなエリアですが、当時のままの姿が残されています。

中学生の頃は、よく神戸港に釣りに来ていました。

通称「和田坊」まで渡船で渡してもらい、一晩中チヌを釣っていたのです。

大阪湾は夏は水が汚いですが、この時期はかなり澄んでくるのを思い出していました。

来年の1月17日で、あれから30年です。

「大ゴッホ展」も、阪神・淡路大震災から30年、東日本大震災から15年の節目に、日本を応援するために開催されています。

昨年の能登地震もそうですが、15年に1度くらいはこの規模の地震が起こるのが日本なのです。

その後の阪神・淡路、東日本、熊本、能登など、何度地震に襲われても、復興するしかありません。

ワールドシリーズMVPの山本由伸投手の言葉を借りるなら「復興しないという選択肢はない」となるでしょう。

災害に限らず、どんな困難が起こったとしても同じですが。

神戸港から元町に戻る途中に南京町があります。

神戸らしい風景で、点心も良いなと思いながらもやりすごします。

元町駅の北にある「堂源」という蕎麦屋さんまで戻ってきました。

田舎十割蕎麦と梅せいろを頼みました。

蕎麦屋さんで女性の店主は珍しいですが、とても繊細な蕎麦で大変美味しゅうございました。

物は壊れると自分では元に戻れませんが、人は食べて、寝れば、大概の怪我は治ります。

そう言えば、甲南大学のスキー部の先輩の先輩が、かなりの蕎麦通だったそうです。

その先輩がお気に入りの店が元町にあり、何度か行ったことがあります。

蕎麦の美味しさを教えてくれたのも神戸でした。

あの地震から30年ということは、私の仕事人生も30年目が間もなく終わろうとしています。

久し振りに神戸に来たのだから神戸牛でも……というレベルにはなっていません。

それでも、気軽に美味しい蕎麦を食べれるくらいにはなったので、それで良しとしておきます。

成長しないという選択肢はないので、気軽に神戸牛が食べられるようになるまで頑張ります。

そう言えば今日はクリスマスでした。皆さんも良いクリスマスを!

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

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やっと会えた、ゴッホ‐2280‐

昨日は冬の雨が降る中、神戸の元町まで行ってきました。

中央に見える10階建て程のビルの手前に、オレンジのタイルを貼った、5階建ての小さなビルが見えるでしょうか。

1年の休業後、第2期アトリエmを始動した2002年の春に、オファーを貰い、リノベーションしたビルなのです。

神戸の元町は、思い出の地でもあります。

旧居留地エリアにある、神戸市立博物館まで10分程で到着。

「大ゴッホ展」にやってきました。

会期が2月1日までで、年明けは混むだろうなと思っていました。

前日、Webサイトを見ると、朝一番の9時30分に空きがあり、急いで予約しました。

今回の目玉は何と言っても『夜のカフェテラス』ですが、革新的な試みとして、5作品が撮影OK。

その中に、なんと『夜のカフェテラス』が含まれているという。

会場は、第1会場と第2会場に分かれており、第2会場に入ると、まずは『夜のカフェテラス』に直行しました。

フィンセント・ファン・ゴッホは、シャガールやクリムトと共に大好きな画家のひとりです。

『ひまわり』も『星月夜』も好きですが、『夜のカフェテラス』が一番好きな作品でした。

その他、撮影可能なのは1887年製作『自画像』。

1887年製作『草地』。

1887年製作『レストランの室内』。

1887年製作『石膏像のある静物』の、全5作品です。

しかし『夜のカフェテラス』は、構図の大胆さ、色合い、ストーリーとも群を抜いていました。

1888年製作で、80.7×65.3cmの大きさです。

1853年生まれのゴッホは37年の生涯で1作品しか売れなかったと言われています。

前半生もなかなか上手くいかず、画家を志したのは1880年、27歳の頃。

1888年、35歳の時にパリを離れ、南仏プロヴァンス地方の街、アルルへ向かいます。

その時期でも初期にあたるこの作品は、近代ヨーロッパ絵画の中で、初めて本格的に夜を描いた作品と言われ、ゴッホはこの場にイーゼルを据えて描きました。

深い青の夜空に浮かぶ多くの星は、チューブから絵具を直接キャンパスに押し付けたため、盛り上がっています。

その荒々しい技法とは反対に、描かれた1888年9月16日頃の星の位置は正確に再現されているのです。

カフェの明りは、青の補色である黄色やオレンジで描かれ互いに引き立てあいます。

更に、好んで描いた糸杉にも通じる、緑で描かれた樹のタッチも印象に残るのです。

白い衣服をまとった店員の後ろには、十字架にも見える窓の桟が描かれ、キリストを象徴しているのではないか。

店内に座る12人の客を12使徒とみたて、ダビンチもモチーフとした「最後の晩餐」を暗示しているという専門家もいます。

また夜のカフェテラスは、ゴッホが愛読していたモーパッサンの小説『ベラミ』に描かれた、貴族階級の出会いの場として描かれているのではないか、という説もあると、テレビ番組で紹介されていました。

20代前半だと思いますが、どこか展覧会で買ったポストカードです。

実家に居る時は机の横に貼っていました。

太陽に焼け、少し色あせていますし、角も曲がっています。なぜかこの小さなポストカードが大好きでした。

オランダへ行って、本物を観たいと思っていた作品に、神戸で会えるとは……

1888年の2月、故郷のオランダにも似た、アルルの風景に出合い、ゴッホの才能は一気に開花しました。

1888年9月『夜のカフェテラス』、1889年1月『ひまわり(15本のひまわり)』1889年6月『糸杉』、1889年6月『星空夜』、1890年7月『カラスのいる麦畑』……と、短い期間に、色彩豊かな傑作を生み出し続けました。

しかし、1890年7月27日拳銃で自殺をはかり、7月29日にその生涯を終えました。

ゴッホの唯一と言って良い理解者だった弟・テオは画商でもありました。

兄の死後すぐに回顧展を開くと、ようやく作品が売れ始めます。

しかし、それを見届けるように、テオも1891年1月に33歳で衰弱死するのです。

せめて後2年、3年でも生きていたならと、誰もが思う人生でした。

しかし、一市民にここまで書かせる(勝手に書いているのですが)作家は滅多にいるものではありません。

この展覧会は、阪神・淡路大震災から30年、東日本大震災から15年の節目に催され、福島、東京へと巡回していきます。

第2期として、2027年には『アルルの跳ね橋』がやってきて、再び神戸、福島、東京を巡るようです。

極上のアートには、人を勇気づけ、心を洗う力があると信じます。

人は逞しい。

無念の中、生涯をその絵に託した兄弟のためにも、そうありたいと思います。

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「既にあるもの」に光を当てるのが、感謝‐2279‐

空堀商店街は谷町6丁目駅の東西に延びています。

名前の由来は、秀吉が築城した大阪城にあった空堀からきているのは良く知られたことです。

この段差も、おそらく空堀跡です。

谷町筋の東側ですが、結構な高低差なのです。

そこを降りてみると、古い民家を使って営業している惣菜屋さんがありました。

メニューには、コロッケ100円、仙台牛メンチカツ750円など、魅力的な文字が躍っています。

歯のメンテナンスへ行った帰りに見つけたのですが、急いで妻に報告しました。

あわよくば買ってきて貰おうと、です。

先週末、一緒に買い出しに行ったのですが、店頭に揚げ出し豆腐が売っていました。

それを見ると妻が「お豆腐から作ってみようかな」と言い出しました。

おつまみが増えるのは、ただただ嬉しいことなので「それはいいんじゃない」と、絹ごし豆腐と木綿豆腐を買って帰りました。

木綿豆腐は、売り物と遜色ない出来栄えです。

絹ごし豆腐は、若干崩れているところがあるものの、中がトロッとしていて抜群に美味しいのです。

正直、ここまで上手くできると思っていなかったので、あっという間に平らげてしまいました。

これは御堂筋沿いにある古ビルです。

梅田新道を南に下ってすぐのところにあるのですが、妻が若い頃に通っていたクッキングスクールが入っていました。

現在は営業していないようですが、サインがそのまま残っているので、通る度に「懐かしい」と言っています。

ジェンダーフリーが浸透する中、「料理は妻がするもの」と言ったら、普通の市民としては認めて貰えなさそうです。

一方、多くの女性、妻、母が料理をしているのも事実です。妻もそういったことを考え、ここに通っていたのだと思います。

日々の食事は誰が作るのか。

その問いに答えなど勿論ないのですが。

ただ、作って貰っている身としては、美味しかった時は、どう美味しかったかをしっかり伝えることは心掛けてきました。

それに加えて、最近感謝することにしました。

「今ごろかい!」というツッコミが聞こえてきそうですが、今ごろなのです。

理由は、尊敬する恩田塾長の以下の言葉を読んだからです。

成長、進歩するのに反省は必須だと思いますが、「既にあるもの」にフォーカスするのが感謝なのか……

感謝を伝えるのは難しいことだと思っていました。しかし、それが何かの殻を打ち破れずにいる理由なのかもしれません。

良いと思ったことはすぐに行動。

そうして来たつもりですが、出来ていないことが本当に沢山あるものです。

2026年は、50代後半に入りますが「ありがとう」をテーマにしたいと思っています。

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選ばれし赤、特にアゲていく1週間‐2278‐

阪急百貨店横のコンコースが、クリスマス仕様になっていました。

多くの人が立ち止まって写真を撮っています。

すっかり、この時期の風物詩として定着しました。

Warmest WHiTE Christmas

最も暖かいホワイトクリスマス。

いろんな意味にとれそうです。

そのまま阪神百貨店の食品売り場へ寄ると、いつにもまして賑わっています。

ぐるっと回ってみると、

の文字が踊っていました。

寒いこの時期、暖色の赤は特に目を引きます。

バナナの黄色が更に引き立てています。

果物店ならイチゴ。

鮮魚店ならカニ。

赤なまこも。

野菜に限らず、赤を制するものが顧客獲得競争を制すると言っても良さそうです。

買い物を済ませ、そのまま大丸のセールへ向かいました。

出てくるとすっかり夕方になっています。

大丸南側の歩道で、路上ライブをしているコーラスグループがいました。

これは先週の写真ですが、この空間は、積極的にこういったイベントを受け入れているようです。

道路沿いには鉢植えのレモンが等間隔に置かれています。

「みどりの回廊作り」という運動の一環でした。

レモンの香りと夕方の景色が、何だかセンチメンタルな気分にさせ、たそがれてしまったのです。

顧客獲得競争と書きましたが、広い意味で言えば、全ての仕事において同じことが起こります。

さて、自分の強みとは?自分の弱点とは?

ちょっと大きなお題を考えながら家路についたのです。

クリスマスはキリストの誕生祭ですが、最も日が短くなる時期に、落ち込みがちな気分を盛り上げるという意味もあると言われます。

そう考えれば、その分岐点である冬至まで後1週間。

今風に言えば、今こそ「アゲていこう」という時期です。

白いケーキに赤いイチゴ。

完熟トマトにモッツァレラチーズ。

ステーキにレモン醤油を添えて。

文字を見るだけでアガります。全て私の好みですが。

反省する習慣は持っているつもりですが、そこから、前向きな行動へと舵を切らなければ、ただヘコんで終わりです。

この1週間は、特にアゲていきたいと思います。

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大阪を愛し、大阪に愛された男‐2277‐

寝屋川と第二寝屋川に囲まれた三角形の先端にあるのが大阪ビジネスパークです。

このあたりまでやって来ると、急に高層ビルが増えてきます。

そのひとつが読売テレビ。

第二寝屋川を渡る橋は、人専用のものがいくつかあり、大阪城新橋もそのひとつ。

大阪城港のすぐ西に位置します。

大阪城ホールのすぐ近くと言ったほうが分かりやすいでしょうか。

このあたりは戦時中は軍事施設が多くあったので、現在は野球場や野外広場として使われています。

先週日曜日ですが、何やらサンタクロースが沢山集まっていました。

サンタパレードというイベントでした。

よく見ると、「たかじんメモリアル」の文字と「OSAKAあかるクラブ」が見えますが、サングラスと鼻とタバコがいかしています。

「OSAKAあかるクラブ」の初代キャプテンがやしきたかじんで、メッセージが掲載されていました。

サンタパレードは、サンタの恰好をしてウォーキングやランをするチャリティーイベントで、世界中で開催されているともあります。

以下のようなコメントもありました。

会場のどこかで、寄付ができるコーナーがあったのかもしれません。

来年のこの時期、注意しておこうと思います。

現地にいる時は、これらのことを知らず、会場である太陽の広場をでました。

するとすぐに「10円パン」と書いた屋台がでています。

「今どき10円?」と思って近寄ってみると「10円玉の形をしたパン」でした。

たかじんなら、あのだみ声で「10円ちゃうんかい!」と、大声で突っ込んでいたはず。

そう言えば『たかじんのそこまで言って委員会』も『たかじんnoばぁ〜』も読売テレビの製作でした。

しゃべりも一流でしたが、私は歌も大好きで、CDを持っています。

11月22日の毎日新聞に、大阪環状線の発車メロディーが掲載されていました。

福島駅『夢想花』、天王寺駅『あの鐘を鳴らすのはあなた』、桃谷駅『酒と泪と男と女と』、森ノ宮駅『さくらんぼ』、天満駅『花火』と錚々たる名曲ばかりですが、やはり大阪駅は『やっぱ好きやねん』です。

「大阪を愛し、大阪に愛された、故・やしきたかじんさんの代表曲」とありました。

ここまで言われたら、芸能人冥利につきるでしょう。

たかじんが亡くなって、もう10年以上が経ちました。

健康で、明るい、ハンサム芸人も良いですが、大阪らしい、クセのある、夜の街が似合う、ずけずけモノを言う芸人も出てきて欲しい。

そんな芸人がやっぱ好きやねん!

あ、たかじんは芸人ちゃうか。やっぱり芸人や。

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今宵は月が美しい一粒万倍日、上町界隈の名店②‐2276‐

アトリエから歩いて5分の所にある、この細長い建物は、『居酒屋 ながほり』

居酒屋ではじめてミシュランの星を獲得した名店です。

創業41年、その名前の通り長堀橋近くにあった店舗が、2008年に上町に移転してきたようです。

昼間は何度も通っていましたが、夜ははじめて。

「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」の江口さんがお気に入りのお店で、予約を取ってくれたのです。

まずはビールで乾杯。

料理は全て江口さんにお任せですが、わたりがにのジュレ添えからスタート。

刺身の盛り合わせは、拘りに拘ったわさびが売り。

冷たすぎない魚が、素晴らしかった。

岡山出身の江口さんもシャコが大好きとのこと。父方の祖父が岡山で、大量のシャコでもてなしてくれたことを思い出します。

普段は飲まない日本酒も一緒に頂きます。

大将は日本酒応援団を自称しています。

気品高く、すっきり飲みやすいお味でした。

洋ナシに白和え。

唯一私がオーダーしたアコウ。

イカ納豆は、見た目は下町、味は上町というギャップが素晴らしいお皿でした。

納豆の糸がまったく引かないように工夫しているようです。

普段は終盤ワインにいくのですが、最後まで極上の日本酒を頂きました。

つのる話ばかりでしたが、やはりクリニックの患者さんが、オペレーションできる上限まで来られているということが、私にとっても一番嬉しい話でした。

スタッフの方は本当に大変だと思いますが、絶対そうなると私は確信していました。

クリニック設立の理念から、そのスケールが全く違うと感じていたからです。

私も実際に内視鏡検査を受けてみて、インタビューを撮らせて貰う約束をしてきたのです。

前回は5月末に西天満で会食したのですが、「年に2回くらいは」と言って頂きました。

「喜んでご一緒します」と伝えましたが、江口さんを喜ばせる店の引き出しは皆無に等しいので、誘って頂くことをお願いしました。

昨年の9月17日(火)、一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)に、「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」は開業しました。

「一粒の種が万倍にもなる」という縁起の良い日ですが、この日は偶然一粒万倍日。

ほぼ満月の夜でした。

丁度11月末で掲載が終わってしまったのですが。

日本建築家協会HPのTOPページ8軒に選ばれたことを、クリニックのお知らせのページで告知して頂きました。

その文章を読むと、相談を貰ってから開業までの時間が一気に蘇ります。クライアントであり、僭越ながら同志だったと思えてくるのです。

求められ、期待に応え、できれば期待を上回る仕事がしたい。そんなプロフェッショナルを目指したいと思います。

ただ楽しい、元気を貰う会食の時間でしたが、お値段は普通の居酒屋の倍くらいでしょうか。

大将の威勢、店の雰囲気、何よりお味が間違いないので、ちょっと特別な日には絶賛お勧めしておきます。

以下、江口さんのコメントも掲載しておきます。

本当に、やる気を出させてくれる人なのです。

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この世に生を受けたこと。それこそが、最大のチャンスではないか‐2275‐

天神橋は、中之島の東端をまたぐ3連のアーチ橋です。

橋を渡り、北に向かって歩いていくと大阪天満宮に突き当ります。

11月末に通りかかった際は、工事用のシートで覆われていました。

来年8月まで、1年かけての屋根の葺き替え工事が行われるようです。

こちらは6月に訪れた際、掲示板にあったことば。

あなたのような才能があれば……ということばが出そうになりますが(書いてしまっていますが)、人生は自分の身ひとつで、最大のチャンスを活かすしかないのです。

私の最大のチャンスは、ものづくりの機会に他なりません。

Webサイトに2作品をUPしました。

1つは住宅。

もうひとつはクリニックです。

住宅は「ドッグランのあるタイル床の家」です。

ご主人が言う「ちょっと変わった家族」は、タイ人の奥さんと2匹のチワワ兄妹が暮らします。

ドッグランを備えているのはそのためです。

ホテルライクな恰好よい空間を目指しました。

吹き抜けを介して、寝室からLDKの様子をうかがい知ることができます。

バンコクでの暮らしが長いご夫妻は、全ての空間でタイル床を望んでいました。

金額的には高めになりますが、やはりタイルの質感は他には代えがたいものがあります。

とくにバスルームは生活感を排することを考えました。

毎日の散歩のあと、ドッグランの足洗い場で綺麗にしてもらうのです。

この家の計画を「最後の夢」と位置付けていたクライアントからの期待は、大変に大きいものでした。

クリニックは「ささき整形外科クリニック リハビリ棟」です。

向って右にある「ささき整形外科 デイケアセンター」が完成したのは2023年の8月でした。

新型コロナの流行が拡大し始めた2020年の4月に相談があり、世の中の情勢を見極めながらの計画でした。

そして、デイケアセンター竣工の1カ月後に、リハビリ棟増築の相談を受けたのです。

増築は法的なハードルが高く、かなり苦労しましたが今年の8月に完成しました。

2つの施設の間に建つリハビリ棟は、中立的な意味合いを込めて真っ白なキューブとしました。

その上で、開口から入ってくる光を制限し、外壁に光をできるだけ当てないよう、4枚の庇を外周に巡らせています。

1、2階にはベッドが10台程入るリハビリ室があります。

法の要求で必要となった、2mの既存クリニックとの離隔距離は、逆手にとって中庭として活かしました。

3階にはスタッフがリラックスできるよう、カフェのような空間を設けています。

広いカウンターがあり、仮眠スペースにはリクライニングチェアも備えました。

屋上は雨除けも備えているので、どんな天候でも、体を動かしたり、西播磨の穏やかな風景を楽しめるのです。

全てバリアフリー化するため、エレベーターが4つのフロアを繋いでいるのです。

工程において、院長からの要望は「通常のお盆休み以外診療を止めない」でした。

診療を続けながら増築棟を完成させ、僅かに立入禁止区域を設けて、2棟を接続。

5日間のお盆休みで、既存受付の動線を改善する工事と、新たな診察室を2部屋つくるという神業的な工程だったのです。

学生時代が、F1ブーム真っ只中の私達世代は、いまだにT-SQUAREの『TRUTH』が流れてくると、ついアクセルを踏み込んでしまうという人も多いでしょう。

3度のワールドチャンピオンに輝いたセナは、1994年5月1日、サンマリノグランプリでコンクリートウォールに激突し帰らぬ人となります。34歳でした。

史上最高のドライバーは、全盛期のままその生涯を終え、伝説となったのです。

私のような普通の人は、時に自信を失い、時に立ち止まってしまいます。

しかし、大きな期待をかけ、計画を託してくれるクライアントがいる以上、嘆いていても、卑下しても、何の意味もありません。

勇気をもって前進するしかないのです。

ものづくりの一番よいところは、結果が実際に見れるところです。自信を失った時、前に進めなくなった時は、作品を見返します。

これが私の年表です。

普通の人間が、精一杯生きてきた証しなのです。

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疲れてしまった時、水面を‐2274‐

今日から12月に入りました。

誰もが同じだと思いますが、12月に入ると、急にするべきことが増えるのは何故でしょうか。

大阪城公園のイチョウは今が見頃。

濃い黄色が眩しいほどです。

公園の北西角に「大手前」という交差点があります。

正門である大手門の前なので大手前。

交差点の歩道橋から南を見ると、丁度真ん中あたりにあるのが、大手前高等学校です。

府立高校の雄といってよいでしょう。

歩道橋から反対の北を見ると、私立の追手門学院大手前中高等学校があります。

幕末までは追手門とも呼ばれていたことが関係しているようです。

西外堀が目の前に広がる景色は、このあたりの見所のひとつ。

どちらの学校も、誰もが羨むロケーションなのです。

約20年前、初期相談に来られたクライアントが、高校時代の経験を語ってくれました。

「疲れてしまった時、水面をずっと眺めていました。見ていていると落ち着いてくるんです」と。

そして、水面が見える土地を探してこられ、住宅を建てました。

それが「池を望む家」です。

リビングが、北側の池に向かって大きく張り出しています。

3方が天井までガラスになっており、視野は180度以上。

そこからの景色は素晴らしいものでした。

勉強家のご主人から、池を望みながら勉強できる机が欲しい、という要望も貰っていました。

1階廊下の突き当り、対岸の桜も愛でることができる勉強机をデザインしたのです。

水面を愛でる暮らしの素晴らしさを、教えて貰いました。

水は命の源です。
そして植物は、命を持続する酸素の源と言ってよいでしょう。

掘と色付いた樹々を眺めていると、私も心が落ち着いていくことが分かります。

建築家・出江寛は「建築とは哲学すること」と言いました。

約30年、クライアントと一緒に、私なりに哲学してきました。少しずつでも成長してきたと思いたいのです。

年末にかけて、更に色々な計画が動き出しました。

日々、その真価を問われますが、落ち着くべき時は、水面を見に行くのです。

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いつも心の中にある…一生夢中‐2273‐

今週の月曜日は、ちょっと遅めの出発で下北山村行き。

「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の撮影ですが、南阪和道を走るのも久しぶり。

一時は通勤路のように走っていた169号線沿いの景色も、極彩色の景色が目に楽しい季節です。

「モタオ君」に捕まらなければ、山道は昼に限ります(笑)

下北山村は流石に常緑樹が多い。

しかしススキが秋を感じさせてくれます。

この日の撮影は、無理を言ってのお願いで昼からスタートでした。

テキパキと構図を決めて撮影して回ります。

一段落したタイミングで、久し振りにボートを見にトボトスロープへ。

時間がないので、見るだけですが、ちょっとテンションが上がってしまいました。

池原ダムはかなり減水しており、マイボートの昇降は現在ストップしています。

桟橋まで降りてきました。

今年は春先に一度来ただけで、年間釣行数は子供が小さい時を除けば最少だと思います。

「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の撮影は良い感じに進んだので、またゲンバ日記にUPしようと思います。

ご主人の釣り道具がかなり格好良いのです。

整理整頓されており、見ているだけでワクワクしてきます。

ルービックキューブも。

玄関に掛かっていた額です。

釣り竿とは何か?先端に釣り針、もう一方にバカ者をぶら下げている竿。
-フランスの諺-

正真正銘のバカ者として、血がうずきました。

年内、遅くとも年始には、今年度4日目の釣行を心に誓ったのです。


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■■8月1日(金)患者さんでなくても立ち寄ってほしい「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」JIA(日本建築家協会)のトップページに掲載されました■■

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楽しみだなあ、2人だけの電車旅!‐2272‐

今日は勤労感謝の日の振り替え休日。

3連休の最終日です。

3日とも好天にめぐまれ、絶好の行楽日和になりました。
大阪城公園のイチョウも金色に輝いています。

私はと言えば、今から奈良県の「下北山村の古民家〈リノベーション〉」の写真撮影に向かいます。

ということで、今回は朝にUPしていているのです。

休日の朝は、いつもより遠出します。

昨日は、桜の通り抜けで知られる造幣局あたりまで足を伸ばしました。

明治政府お雇技師、イギリス人のトーマス・J・ウォートルスの設計で、1871年(明治3年)に貨幣の製造を開始しています。

向かいにある泉布観も、同じくトーマス・J・ウォートルスの設計で、造幣局の応接所として建てられました。

「貨幣の館」を意味するそうです。

グラバーによって政府に紹介されたトーマス・J・ウォートルスは日本で初めて本格的な西洋建築を設計したといわれており、日本の近代建築の水先案内人のような存在なのです。

造幣局と泉布観の完成は、同じ1871年なのにそれぞれ明治3年、明治4年となっていました。

1871年は、明治3年と明治4年に分かれるようで、このあたりはまた調べてみたいところです。

2つの建築を隔てる国道1号線を東に行けばすぐ東に新桜宮橋と桜宮橋があります。

右側の桜宮橋は、京都大学建築学科を創設した武田五一の設計で、1930年(昭和5年)年の完成。

左の新桜宮橋は安藤忠雄の設計で、2006年に完成しています。

新桜宮橋から北を望むと、大川が大きく蛇行していることで、ダイナミックな景色が楽しめます。

桜宮界隈は、建築に関わる者にとっては巨匠だらけの場所でした。

桜宮方面に向かうため、天満橋を渡っている時、向かいから親子連れが歩いてきました。

上品そうなお父さんは背が高く、30代半ば頃でしょうか。

5歳くらいの賢そうな男の子は、ピタパを手にして、使うタイミングを待ちわびている感じです。

すれ違いう時「楽しみだなあ、2人だけの電車旅!」というお父さんの声が聞こえました。

何だか胸がキュンとなって、思わず後ろ姿を撮ってしまいました。ゴメンナサイ。

天満橋駅から京阪で京都へ向かったのでしょうか。

もし京都なら、JRに乗り換えて京都水族館でしょうか。それとも蹴上の京都市動物園でしょうか。

追いかけて行って撮った訳ではありませんが、天満橋駅から緩やかに上る線路を、京都に向って走る景色がとても好きなのです。

近所の学校では、運動会だったようです。

これだけ遅い時期になっているとは、時代だなあと感じます。

多くの人は、人生の中で最も充実していた時間は?と聞かれると、一番大変だった時を答えるそうです。

子育て期も間違いなくその1つです。

上品そうな親子の、2人だけの京都への(分かりませんが)電車旅はどんな1日になったのでしょうか。

前日遅くまで仕事をし、電車の中で爆睡しながら、毎週のように子供を連れて出掛けていた頃を思い出していました。

全く知らない親子に、なぜか感情移入してしまったのです。

それもこれも、ノスタルジックな気持ちにさせる秋が悪いのです。

皆さんも、ノスタルジックな3連休最終日を満喫ください。


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