カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

巨大な立体ダンジョン「大阪ステーションシティ」‐2326‐

週末、大阪駅に出ると空がまるで秋のよう。

雲が高く、気温も程よい夕暮れ時です。

大阪駅の北側は、「グランフロント」や「グラングリーン」など話題にこと欠きませんが、南の玄関口は「サウスゲートビルディング」です。

ビル内に入ると、すぐ左にエレベーターがあります。

大阪駅周辺の施設は「大阪ステーションシティ」と呼ばれていますが、あまりにも複雑すぎて、正直あまりよく分かっていませんでした。

エレベーターの向かいあたりに、歴代を大阪駅を解説しているパネルを見つけました。

初代大阪駅は明治7(1874)年に開業。

大政奉還からわずか7年に、木造レンガ貼りの駅舎が完成しています。

当初は堂島が計画地でしたが、住民が街中に駅ができることを嫌って埋田(うめだ)と呼ばれていたこの地に駅ができることになりました。

明治34(1901)年に2代目大阪駅が完成します。

初代から東へ200m程移動し、現在の大阪駅とほぼ同じ場所になりました。

昭和15(1940)年に3代目が完成。

完成当時は吹き抜けを備えた中央の高い部分の左右に、将来ホテルとする鉄骨も完成していたとあります。

しかし、戦時中に軍の要請で鉄骨は供出され、ホテルは実現しませんでした。

4代目大阪駅は、通称「北ビル」が昭和54(1979)年に線路の北側に完成。
まず業務施設を移転します。

そして昭和58(1983)年に「アクティ大阪」が完成します。

国鉄の赤字経営を背景に、商業施設を併せ持つという方針のもと、地下4階・地上27階、幅120m×高さ120mの大壁面が完成しました。

ここには大丸梅田店とホテルグランヴィア大阪が出店しました。

私が13歳の頃で、梅田を通って通学していたので良く覚えています。

5代目大阪駅は平成23(2011)年に完成。

まず「アクティ大阪」を南側に増築して「サウスゲートビルディング」に改称。

北側の「うめ北」エリアを繋ぐ大屋根を掛け、その先に「ノースゲートビルディング」が完成します。

線路の上空にある連絡通路は、いくつもの広場を備え、立体的につながっている景色は、他ではなかなか見れないものです。

「ノースゲートビルディング」には、「ルクアとルクア イーレ」が出店。
「サウスゲートビルディング」の大丸梅田店の上階、10階から16階は今年の4月から「ルクア サウス」となりました。

15階建ての増築部、その屋上が解放されていることは全く知りませんでした。

高校の同級生と会食した店が「ルクア サウス」の16階にある豆腐料理屋さん。

女子率高めのおしゃれな店でした。

大阪のど真ん中での立て替え、移転、増築と、どの計画も困難を極めたと思います。

それがこの複雑で巨大な立体ダンジョンと言ってよい「大阪ステーションシティ」を生んだことがよく分かりました。

地下もダンジョン、駅もダンジョン。

ダンジョンこそが大阪の魅力でした。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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ミラタップのカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」掲載‐2323‐

今日は朝から雨。

目が覚めると、車が濡れた路面を走る音で「今日は雨だな」と分かります。

長堀通の通行量が結構あるからとも言えますが、耳で判断できることはかなり多いものです。

設計の参考にと思い、毎日「室温、湿度、天気」をメモしています。

室温25℃が、エアコンが必要になってくるボーダーラインでしょうか。

どんな時も、五感は大事にしたいと思っています。

春先は、各メーカーの新しいカタログが届く時期です。

建材メーカー「ミラタップ」の新しいカタログが届きました。

「Materials」というカタログです。

「Case Study」というページの「Case|10」

「ドッグランのあるタイル床の家」の洗面と浴室の写真が43ページに掲載されました。

タイトルの通り、ドッグランとタイルがテーマの家です。

屋根付き駐車場の後ろに、小さなドッグラン。

そこに面したLDKも寝室も、そして水回りも全てタイル床です。

Webでも紙媒体でも見ることができるので、よければご覧ください。

もう1冊、水回り等を中心とした「Best Selection」というカタログもあります。

こちらは「シガラキ」という手洗器のページです。

何度か紹介していますが、こちらの写真は当社が設計した「あちこちでお茶できる家」の写真が使われています。

2012年の完成なので、その頃から使われているはずです。

家のあちこちでお茶できるというコンセプトの住宅ですが、広い玄関土間でもお茶できます。

家に帰ってすぐ手洗いできるよう、正面に配置しているのです。

前社名の「サンワカンパニー」時代ですが、2021年に以下のようなメールが届きました。

この時、新しいカタログを作っていく会議に参加しました。

そういう意味では、カタログ自体にもかなり思い入れがあるのです。

その時にも「あちこちでお茶できる家」の話になったのですが、現在の商品紹介写真はCGが多く、当時とはかなり状況が変わったとのことでした。

それでも、十数年に渡って採用されているのですから、誇らしい限りです。

先の「Case Study」には、「設計:株式会社一級建築士事務所アトリエm」とキャプションが入っていました。

「シガラキ」のほうはどうなっているのかなと確かめると……

かなり小さ目ですが「space design atelier-m」とありました。

ちょっと見つけるのは大変かもしれません。

そういえば、7月のNHKのテレビ番組で、1枚だけですが写真が使われることになっています。
また正確に決定すれば、ここでお知らせしたいと思います。

どんな形であれ、作り上げた風景が誰かの目に止まることはとても嬉しいことです。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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未来に漕ぎ出す‐2316‐

本町橋のすぐ西にある大阪産業創造館は、合併で無くなった東区役所があった場所でした。

外壁にボートのモニュメントがある建物と言えばすぐに伝わると思います。

2000年完成の大阪産業創造館は東畑建築事務所の設計です。

「産創館」と呼ばれることが殆んどでしょうか。

本町通沿いのハナミズキも満開です。

こちらは紅。

正面には白。

ハナミズキ越しに見上げてみます。

東畑建築事務所のWebサイトを見ると「未来に漕ぎ出す大阪の企業家をイメージした」とあります。

こういった直喩は陳腐な表現になりがちですが、このアートモニュメントがしっくりきているのは、波の表現が繊細で美しいからだと思います。

外壁の板金仕事が、組織事務所のそれとは思えないほど大胆。

この日は、ドローンに関するセミナーに参加してきました。
2年前に2等の国家資格を取得しましたが、法律の変化が目まぐるしい分野です。

どんどん情報を更新していかないと、時代に置いていかれそうです。

セミナーの後、日本建築家協会近畿支部の総会がありました。

大先輩の話を聞かせて貰い、一生勉強だなと背筋がピンと伸びました。

4月頭に研修生としてやってきたD君は、3日でアルバイトに昇格してもらいました。

やる気と実力があれば、年齢は関係ありません。
早い時期に正社員になって貰おうと思っています。

親族が、タケノコ掘りに行ってきたそうで、水に漬けた状態でアトリエまで持ってきてくれました。

オリーブオイルで炒めただけで、最高のつまみになりました。
タケノコにおいては、新鮮を上回るものは何もありません。

こちらは、妻が地元の知人に頂いた「大阪焼酎」。

炭酸とレモンで割ろうとすると、「レモンは入れずに飲んでみて」と妻。

確かに、焼酎というよりは日本酒よりの味わいでした。
後味はまるでラムネのように甘かったのです。

子供の頃はしょっちゅう飲んでいた瓶入りのラムネですが、あのビー玉で栓をしてある瓶に誘われて買ってしまうのですが、内容量は極めて少なかった気がします。

むしろそれが健康の為には良かったのかもしれませんが。

旬を活かす。
常に勉強を続ける。

食と職の話ですが、「未来に漕ぎ出す」ための共通項だと思います。

そもそも、食と職は音だけでなく、本質はほぼ同じなのかもしれません。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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ほめちぎる伊勢‐2315‐

昨日は、始発の近鉄特急、賢島行きに乗りました。

三重県の盆地帯を抜ける際の風景は、何とも穏か。

アーバンライナーの2階席、北側からの風景でした。

伊勢神宮の外宮近くにある宇治山田駅に到着したのが8時前。

駅前でレンタカーの手続きを済ませ、計画地へ向かいました。

計画地は海のすぐ近くにあります。

最高のロケーションですが、青空の写真とはいきませんでした。

ただ、晴れ間の日差しは強烈で、海沿いの緑は力強さを感じます。

クライアント企業の担当者の方に案内して頂き、敷地をくまなく歩いて回りました。

十分把握してから関連行政へ事前相談に向ったのです。

まずは三重県の伊勢庁舎。

建築関連法規は、県が判断権限を持っている分野と、市が権限を持っている分野があります。

国定公園法などは国が判断権限を持っており、関係省庁は多岐に渡ります。

県で都市計画法の打ち合わせをした後は伊勢市役所に移動しました。

こちらでもみっちり打ち合わせ。終わった時は3時を回っていました。

上下水道関係の調査をするためにすぐ移動し、調査が終わったとろで、閉庁時間となりました。

伊勢庁舎の食堂に、伊勢うどんがあったのでさっと昼食にしました。

特徴は、甘辛、太麺、柔らかい。

これが唯一、「伊勢」を体感した場面でしたが、500円は有難い限りです。

宇治山田駅に戻ってくると、すでにライトアップが始まっています。

この駅舎は有形登録文化財に指定されており、NHKの『ブラタモリ』でもフォーカスされていました。

昭和6年の完成で、設計者は久野節(くの みさお)。
高島屋大阪店も彼の作品です。

一日駆けずり回って働き、帰路につく駅舎が美しいと、心が温かくなるのです。

帰りは、伊勢志摩ライナーでした。

車両が格好良いと気分も上がります。
ただ、4時起きだったので、座った瞬間に寝落ちでした。

実は2022年に、同じく伊勢市でかなり大きなプロジェクトの相談がありました。

敷地面積も過去最大なら、建物の面積、棟数も過去最大。

難易度の高い計画でしたが、各所へ事前相談に奔走した結果、「何とか要望通りに建てられそう」というところまでこぎつけました。

しかし、計画自体が先方の事情で頓挫してしまいます。

残念ではありましたが、その時の経験が、昨日もかなり活きたと思います。

移動中「ほめちぎる教習所 伊勢」という看板が見えました。

思わず笑ってしまいましたが、伊勢市役所の人も、三重県庁の人も、もしかすると私をほめちぎってくれるかもしれません。

それが叶わないなら、私がほめちぎってさしあげます。

クライアント企業の皆さんに、完成したあとにほめちぎってもらえることをイメージしながら、今はやるべきことをひとつ地道に進めていきたいと思います。

ほめちぎる伊勢

とってもいい響きなので、このプロジェクトのテーマにしていきたいと思います。

次回の伊勢行きを今から楽しみにしています。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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心の庭にまく水は、感謝か称賛か承認か‐2310‐

4月に入り、街ゆく人たちの動きも軽やかに見えます。

最近、アトリエ内には緑が増殖中。

子育てが終了した妻の癒しだそうです。

毎日霧吹きで水をやり、日当たりの良い場所に動かし、甲斐甲斐しく世話をしています。

アトリエで多くの時間を過ごすので、緑はもちろん大歓迎です。

打合せの花瓶に活けてあった桜の枝は、あっという間に満開になりました、

月初からの入社試験を軽くクリアした彼は24歳です。

大学の建築学科を卒業して2年。様々な経験を積み、当社の門を叩いてくれました。

1996年の創業以来仕事も増え、2020年頃まではスタッフも育っていたと思います。

しかし新型コロナあたりを境に入社希望者が減り始め、年々それは顕著になっていきました。

同業者に聞いてみると、多くは同じようですが、仕事とスタッフ育成の、どちらも上手くやり遂げている会社もあります。

2025年の2月に上町に移転し、第3期アトリエmをスタートしましたが、チームの拡充は最優先課題です。

緑は道ゆく人からはどう見えるのでしょうか。

仕事も、見るとするとでは全く違うものになります。

単に甘やかすことはNGですが、やはり「育てる」という心構えが大事なのだと感じています。

京セラ創業者の稲盛和夫さんに盛和塾で教えて貰った、哲学者、ジェームス・アレンの言葉です。

心の庭に種を蒔き、毎日雑草を抜き、手入れをしなければ美しい花が咲くことはないのです。

また、子供に愛情を注がない親はいません。

考えてみれば、同じことを社内でも実践するだけです。

ということは、妻に学ぶべき?

心の庭にまく水は、感謝か称賛か承認か……

同じ轍を踏まぬよう、成熟したチームとなるよう、何とか前進したいと思います。

何より、この会社を選んでくれたことに報いなければなりません。


■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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ありたい‐2307‐

春分を過ぎ、陽が長くなってきました。

天満橋から見る大川ほとりの樹々も、葉が元気を取り戻してきました。

谷町筋は天満橋で終わり、北側は天満橋筋に変わります。

最近気づいたのですが。

大川の北側を歩いていると、凛とした打ち放しのビルを見つけました。

すぐ南に川と緑がある、絶好のロケーションです。

見たことがあるなと思っていたら「TSビルディング」と表記がありました。

安藤忠雄の設計で1986年の完成です。

作家・堺屋太一のイニシャルをとってTSビル。

2019年にお亡くなりになっていますが、今も研究室のプレートがありました。

1階にはカフェが入っていますが、早朝の時間帯なのでCLOSED。

それで写真が撮りやすかったのは幸いでした。

アール状の軒が、写真で見るより美しかったのです。

最上階の6階は天井が高くなっています。

側面の屋外階段もダイナミックで、内部空間がとても気になります。

昨年の夏に、堺屋太一が織田信長と明智光秀を描いた「鬼と人と」を読みました。

経済企画庁長官まで勤めた、極めて多才な文化人ですが、この場所にアトリエがあったら筆も進むはずです。

本当にいい場所にあるなとジョギングしていたら、またまた見たことがある打ち放しの建物が。

2012年完成の上方落語協会会館。こちらも安藤忠雄の設計です。

この建物は、竣工寸前に日本建築家協会近畿支部だったかの見学会に参加しました。

現場監督が、安藤事務所と仕事をする苦労を繰り返し語っていたことを思い出します。

設計者と現場は利害が反対になることが多々あるので、どちらの言い分も分かります。

その中で、最大のパフォーマンスを出すことこそが仕事の神髄と言えるのですが。

しかし、流石安藤は良い場所に作品を残しています。

実は、1枚目の天満橋から撮った写真にTSビルディングの最上階が写っていました。

阪神百貨店の地下に人気のお惣菜店が集まるように、便利の良い場所には質の高い建築が増えるのが鉄則です。

都心部の風を感じ、自分のレベルを、組織のレベルを上げるために、中央区に越してきました。

1年が経ちましたが、果たして少しでも成長できたのか……

1949年(昭和24年)に日本初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の言葉です。

氏の言葉の「ありたい」という部分に謙虚さを感じます。

願うことが、全ての始まりにあるということも。


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青は「希望」の色‐2306‐

日曜日は、快晴かつ暖かい朝になりました。

散歩日和で中之島の東洋陶磁美術館へ。

すぐ西にある中央公会堂の存在感がありすぎて、あまり見ていなかったのが正直なところでした。

ただ、この増築部は凄いのひとことでした。

1982年に完成した部分も、2024年に完成したエントランス部分の増築も、日建設計の仕事でした。

元の館の西端を覆うようにガラスの箱が増築されています。

エントランス部は元外部です。

薄い屋根を、鉄筋コンクリートのR状の壁だけで支えています。

接している部分以外は全てガラス。

その解放感は別次元でした。

昨日まで特別展が開催されていましたが、見応え十分でした。

新石器時代・紀元前2600~2300年前、中国西北部の壺です。

4000年前の物がこの状態で保存されていることに、焼き物の凄みを感じます。

こちらは後漢時代・1~2世紀の焼き物です。

古代中国では、建物の焼き物がかなり多く作られたとありました。

豊作、富の象徴だったのでしょう。

北斉~髄時代・6世紀前半の色鮮やかな椀です。

西アジアのガラス椀を模したものだそうです。

確かにあまり見ないほどの色鮮やかさでした。

明時代・宣徳(1426年-1435年)景徳鎮窯の皿。

重要文化財とありました。

日本の物で言えば、黒樂も1つありました。

江戸時代・17世紀、樂道入(ドウニュウ)(1599-1650年)の黒樂です。

樂吉左衛門家の三代目・道入は「ノンコウ」とも呼ばれる名人。

彼の黒樂は、京都の樂美術館まで見にいきましたが、中之島でも見れるのは嬉しい限りです。

重要文化財数点と国宝も2点展示がありました。

南宋時代・12-13世紀の天目茶碗です。

かつては関白・豊臣秀次が所有していたとありました。

そこまで焼き物が分かる訳ではありませんが、流石にレベルが違うのは十分伝わってきます。

宋代の喫茶文化では、最高級の茶が白色とされたことから、黒い茶碗が歓迎されたと説明がありました。

この妖しい輝きが、時の権力者を魅了したのでしょう。

すこしフワッとした展示コーナーがあり、「鼻煙壺」が並んでいました。

「鼻煙」はたばこの葉を粉末状にして香料を加え、鼻から吸引する喫煙法です。

中国では18世紀に流行しました。

それらを保管する小さな壺が沢山展示されていたのですが、主に「青」と「緑」でした。

現代では「青」と言えば「ブルー」を思い浮かべますが、古代中国では植物の色も「青」と表現したため、ブルーとグリーンの両方を含んでいました。

「青信号」や「青野菜」はこの名残だそうです。

なるほどと、腑に落ちたのです。

ブルーはラブスラズリやトルコ石で、グリーンは翡翠や玉で表現されました。

ただ、やはり「青」は特別な色だと思います。

昭和初期の建築家、白井晟一はエッセイで「青」への思いを書き綴り、こう結んでいました。

やはり、希望の色でした。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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受話器をギュッと耳に押し当てる‐2303‐

昨日の3月11日で、東日本大震災から15年が経ちました。

31年前、1995年1月の阪神・淡路大震災の時は社会人1年生でした。
大阪に居たにも関わらず、何の役にも立てず、つくづく無力だと感じました。

2011年の東日本大震災の時は、独立して15年が経ち、会社が軌道に乗り始めた頃でした。
40歳の所長としては、会社を離れる勇気が全くありませんでした。

2つの地震の間にも、新潟県中越地震など多くの地震がありましたが、建築の専門家でありながら全く役に立てていないことに、後悔ばかりが募っていました。

積年の澱を洗い流すために初めて行動したのが、10年前。2016年の熊本地震の時でした。

復興支援活動のために現地を訪れたのですが、できることは限られています。

それでも、これ以上後悔を重ねるのは嫌だったのです。

その活動の主体となっていた日本建築家協会(JIA)九州支部の方から「当時の活動を記事としてまとめて貰えないでしょうか」と連絡がありました。

それが誌面として発行されたのが、昨年の5月。なぜか伝える機会を逸し、今日初めてお知らせした次第です。

昨日、気になっていたNHKスペシャル「それからの、風の電話」を見ました。

「風の電話」は、岩手県大槌町の高台にある、回線の繋がっていない電話ボックスです。ある男性が、亡くなってしまったいとこと話をしたいという思いで、震災前に設置したものです。

震災後、大切な人を亡くした人が周りにも多く居たので解放することにしたそうです。

15年の間に多くの人が訪れ、「風の電話」は世界中に広がります。現在では500台を超えたそうです。

震災で息子さんを亡くし、何度もここを訪れたという女性の言葉が心に残りました。

「聞こえないのを承知で、きつく耳にあてて声を探すことができる」 

電話機は、いわゆる昭和の黒電話でした。
同じく海外の電話も、やはりレトロなものでした。

小さなスマートフォンで、すぐに情報収集ができ、どんな場所とでも繋がれる現代です。

誰もがスマートフォンを持ち、電話ボックスは減少の一途をたどるでしょう。

その電話ボックスという時代遅れの空間と、19世紀後半に生まれた、電話機、受話器という物の形状が「風の電話」において、大きな役割を果たしていると感じたのです。

NHKの配信サービスで今週末まで見れるようなので、気になる方はご覧ください。

年始に、1995年の阪神・淡路大震災の遺構を初めて訪ねました。

2016年の7月、地震から3ヵ月経った熊本へは、空路で入りました。

被害の状況は想像以上でした。

2017年の年末、福島第一原子力発電所を沖を通るフェリーから見つめました。

2025年の8月、復興支援活動のため能登に入りました。

1年半が過ぎていましたが、能登半島地震の現状を目の当たりにしました。

限られた時間でしたが、できることは精一杯したつもりです。

2016年7月、被災から3ヵ月後の熊本の水田は、変わらず美しい水をたたえていました。

2017年の年末に訪れた仙台の風景は、本当に美しいものでした。

どの街に行っても極めて美しいのがこの日本です。

地震国ゆえ、これからも何度も大きな地震が起こるでしょう。

しかし、受け入れ、乗り越え、逞しく生きて行くのが、生かされているものの努めです。

受話器をギュッと耳に押し当てる。

物をつくる、空間をつくることを生業とする身として、これからも何ができるかを模索していきたいと思います。

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ミーハー、ヒーハー‐2301‐

心斎橋のすぐ北、御堂筋に面して建つのはホテル「W Osaka」。

黒のカーテンウォールに包まれたミニマルな外観は、周りを威圧しているようでもあります。

マリオット・インターナショナルが展開する高級ブランドが「W」ですが、2021年の開業でした。

周辺は高級ブランドのショップが建ち並ぶ大阪の中心地。

設計は日建設計ですが、デザイン監修に安藤忠雄が入っているのも売りでした。

裏手にあるエントランス前にはいつも高級車が並びます。

近くを通る時にはよく見に行くのですが、この日はフェラーリ、レンジローバー、LEXUSでした。

次に乗るなら、レンジローバーがいいなあ、などと思いながら通り過ぎました。

一方、我らが大阪上本町駅横に建つ「シェラトン都ホテル大阪」。

こちらも大阪が誇る巨匠・村野藤吾の設計で1985年の完成です。

「W Osaka」とは対照的に、白い外壁は有機的に仕上げられています。

スケールが大きい割に優しいのは、村野が得意とするところでしょう。

「シェラトン都ホテル大阪」の向かいを少し東に歩けば「明月館」があります。

数日前の喧騒と比べると、早朝は静かなものです。当たり前ですが。

月曜日に、2023年に続いて、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決起集会が開かれたと報道されていました。

場所的には、大阪上本町駅と鶴橋駅の中央あたりです。

焼肉なら、鶴橋に名店がいくつもありますが、大阪ドームで試合がある際は、「シェラトン都ホテル大阪」に宿泊しているのかもしれません。

それならこの店が選ばれているのも納得できます。勿論、味が確かなのでしょうが。

この熱気を考えれば、警備体制のことを考えても新たな店になる可能性は低いのかなと想像していました。

このタイミングで開催されるなら、ここかなと思っていましたが……

自転車なら5分くらいなので、妻が「大谷君がみれるなら、行けばよかった」と言っていました。確かに、実物を見るなら最初で最後の機会だったかも。

思っていた以上に、ミーハーな夫婦だったようです。

「ミーハー」と書いてみて、語源って何なのだろうと調べてみました。

諸説あるようですが、広辞苑には「世の中の流行にかぶれやすい人。また、そのような人。みいちゃんはあちゃん」とあります。

昭和の時代、「み」の付く名前(みよ等)、「は」の付く名前(はな等)が多く、「みいちゃん」「はあちゃん」は女性の大多数を指し、しかも軽蔑の意味もあります。

”me her”の略なのかなと思っていたら、時代感ゼロの使ってはいけないレベルの言葉でした。

ちなみに「ヒーハー」はブラックマヨネーズの小杉竜一の決めフレーズ。テンションが上がった時に使うので、こちらは全く問題なさそうです。

打者専任とされる大谷翔平選手は、練習試合2試合で5打数ノーヒットで、明日からWBCの本戦を迎えます。

やっぱり問題なかったとなるのか、あのイチローでさえ苦労したような状況に遭遇するのか。

「ヒーハー」な状況になればよいのですが。

いずれにしても楽しみしかないのです。

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初プレゼンの後‐2299‐

一昨日は、谷町4丁目駅から南東に5分程にある大阪府建築健康保会館へ。

『建築人賞』の審査会に参加してきました。

6階の会議場が会場です。

壁面に沿って、所定の位置にA1のパネルを展示します。

別にも5枚の画像資料を作成して、スクリーンに投影。

3分でプレゼンテーションします。

昼過ぎから、夕方までの長丁場でした。

「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」で応募していました。

他の参加者は、スーパーゼネコン設計施工の高級ホテルあり、大学キャンパスの新築あり、宗教施設ありと、その規模感に圧倒されます。

また住宅も、高級住宅あり、オフィス一体住宅ありと、流石のクオリティです。

規模的にはかなり少作とも言えますが、全力で作ったこのクリニックを精一杯アピールしてきました。

熱を持って伝えられるのは、江口さんとのストーリーしかありませんから。

実務優先は当然ですが、この歳になるまで公開プレゼンテーションを経験したことが無かったのは、反省すべき点です。

他社のプレゼンボードの作り方、説明の仕方など、学ぶことばかりで、刺激十分の半日でした。

その後の懇親会にも参加。

会場が、谷町4の交差点すぐ近くの大江ビルだったのも、参加したかった理由です。

以前も紹介したことがありますが「大阪まちなみ賞」を受賞している、弧を描くカーテンウォールが美しいビルなのです。

その16階に入っている、高級中華「湖陽樹」が会場だったこともありますが(笑)

2時間程の懇親会では、隣席に居た若いゼネコンの意匠設計者の話を聞かせてもらいました。

同業と言えば同業、全く違うと言えば全く違う。

どちらにせよ、なかなか聞くことができない話ばかりでした。

楽しみにしていた大阪の夜景は、意外にそれほど見えず、そこは残念でした。

会が終わると、谷4から谷6まで夜風にあたりながらゆっくり歩いて帰りました。

建築家は心を扱う仕事だと思っているので、クライアントやその建築を体験した人の評価が全てです。

それでも、誰もを納得させる評価が欲しいという気持があるのも事実です。

打ちのめされた感もあるのですが、そう感じられることがラッキーという考えに置き換えたいと思います。

反省は得意なほうだと思います。ただ、落ち込む時間は短い方が良いとも思います。

今、あるものに感謝し、また頑張るだけです。

「あるものに感謝」

それが今年のテーマでもあるのです。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
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■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催

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