カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

悔しいのは本当に悔しい‐1277‐

休日、どこにも行けなかった時は銭湯に限ります。

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家の近くで、良く行っていたのが「湯の町温泉」。

勿論「温泉」ではありません。

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大阪で一番雰囲気があるのは、生野区にある「源ヶ橋温泉」。

勿論私の独断です。

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勿論こちらも「温泉」ではありません。

一般的には、何歳から娘を男風呂に入れないべきか。

小学生になってからは辞めようかとなり、めっきり行く回数が減ってしまいました。

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先日「湯の町温泉」の前を通ると、解体用シートに覆われていました。

銭湯のシンボル、煙突が寂し気です。

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ついに煙突もなくなり、名残を残すのは看板だけ。需要不足なのか、経営者の高齢化なのか。

最近行っていなかったことに悔いが残ります。しかし全て後の祭り。

5月中旬のことですが、日本建築家協会(以下JIA)近畿支部の関西建築家新人賞が発表されました。

私も応募していたのですが選外。

受賞者は30代中頃の建築家2人で、共に住宅の設計は2件目だそうです。この賞は45歳までなので、私にとっては最後の機会でした。

まずはクリアしたいと思っていた賞なので、とても悔しいのが正直なところです。

今回は19作品の応募があったそうですが、現場審査の6作品にも入りませんでした。どの作品で応募したかは、控えておきます。

写真家には、応募したいという旨は伝えていました。目的が変われば、写真の撮り方も変わるからです。

落選したと伝えるとこんなメールを貰いました。

 賞はオマケ程度に考えた方がよいと思いますよ。

(たぶん、守谷さんもその程度と考えていると思いますが)

 守谷さんの仕事にクライアントが満足して、守谷さんも満足出来れば、それで十分でしょう。

 僕が撮影にうかがった守谷さんの物件はどれもお施主さんが満足して幸せそうなのが印象に残ってます。

慰めもあると思いますが、普段お世辞など言わない人なので、有り難い言葉だと受け取っています。

また、先日『住まいの設計』に掲載された、「松虫の長屋」の奥さんからメールを貰いました。

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 昨日、扶桑社さんから『住まいの設計』を送って頂きました。

 パソコンで1度目は通してはいましたが、実際雑誌に掲載されているのを見ると他人の住居の様に感じました。こうして掲載していただくとアトリエmさんとの打ち合わせの日々を思い出し、本当に楽しい時間だったなと心から思います。

 1度の人生で100パーセント満足できる家に住めるなんて私達家族はどれだけ幸せものなのか。

 子供達が自立して家を建てる時も守谷さん田辺さんマルコさんのいるアトリエmさんでお願いします。 私は口を出せないのが辛いです(たぶん出します!)が、今から楽しみです!

 次男の○○のこんな真剣な顔を見たことがありませんでした。ずいぶん長い時間見ていました。どの様に感じているのでしょうね。

長男君が33歳で家を建てたなら、その時私は70歳。まだまだ現役のつもりです。

本当にそんな時がくればいいなと思いますし、80歳、90歳になっても現役でいたいと思っているのです。

しかし、いくら働きたいと言っても、需要がなければ仕事を続けることは出来ません。また、健康であることも必要条件です。

最も求められる建築家、クライアントの幸せを必ず実現出来る建築家を目指し、研鑽して来たつもりなので、賞が前にある訳ではありません。

また、関西建築家大賞、JIA新人賞、JIA建築家大賞とまだまだ大きな賞があります。

いずれも年齢無制限。必ず取って、世界遺産を目指します。

しかし、悔しいのは本当に悔しいのです。

枯れて石庭、燃えて金閣‐1275‐

 昨日の午前中、北摂のクライアントの自宅へ伺いました。

 計画のスタートから1年以上掛かってしまいましたが、ようやく工事請負契約が成立。

 私は、監理者として判を押しただけですが「一仕事終えた」という気分になるものです。その足で京都へ。

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 新緑萌える京都。昨日は30℃を超えました。

 季節が良いだけに、混雑を予想していましたが、龍安寺はそれ程でもなく。

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 アプローチにある鏡容池(きょようち)はハスの花もちらほら。

 いやが上にも気分は盛り上がります。

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 大切なのはファーストコンタクト。

 なんとも言えない感嘆の声を上げますが、訪れたのは20年振り位でしょうか。

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 この日は、姪っ子も一緒に連れて行きました。

 子供達は、こういった所をあまり喜びませんが、関西は日帰り圏内に沢山の世界遺産があります。

 先日、ル・コルビュジエの国立西洋美術館が世界遺産に登録されたというニュースがありました。

 コルビュジエの作品群の一つとして登録されたのですが、東京では初だそうです。

 京都、奈良、熊野、姫路城、法隆寺と、多くの世界遺産がある関西に、海外からの観光客が集中するのは、当然なのかもしれません。

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 禅寺の庭園、枯山水は 「枯れ」の通り、水を白砂や白石で表現されます。

 中でも石庭は、石と砂のみで表現されたもの。この石庭は1500年頃に出来たと言われます。

 絵画でも、古典主義から写実主義、そして抽象画へと変化していったように、突き詰めれば突き詰める程、単純化されて行くのです。

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 25m×10mの石庭は、2方を檜皮で葺かれた土塀で囲まれています。

 この土塀には菜種油が混ぜられ、時と共に変化を見せます。

 利休は、庭木は塀によって幹を隠すのが良いと言いました。太い幹をみせず、軽やかな葉、花だけをこの土塀によって切り取りとるのです。

 背景、間合いにある、「余白の美」こそが、日本独特の美意識なのです。

 衣笠山の麓を2km程北西に上がれば鹿苑寺(金閣)。

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 長男によると、テストでは金閣寺は×で、金閣が○とのこと。一般的には金閣寺ですが。

 晴れの日の金閣は圧巻でした。

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 夕方に来たのは初めてですが、西日を受け、燃えるように輝いています。

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 東から見れば、床の照り返しを受けた軒が、まさに燃えているよう。

 三島由紀夫の「金閣寺」は、その美しさにとりつかれた学僧が、放火するという小説です。

 その気持ち、少し分かる気もします。

 黄金には、人を変える何かがあるのでしょう。

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 世界遺産だからと言っても、子供は喜びません。実は、先に太秦の映画村へ寄ってから来ました。

 映画村も思いのほか面白かったので、また回を改めて書こうと思います。

 枯れて石庭、燃えて金閣。これらは対極にある美です。

 金箔貼の天守閣を持つ安土城を築いた織田信長。金の茶室を作った豊臣秀吉。

 足利義満と同じように、権力者は金を目指します。

 一方、市井の人の代弁者として、禅寺や利休の存在はあったのかもしれません。

 ただ、誰にでも出来そうなものは難しく、腕の差が出るのは、いつも同じ構造です。

 石庭をみると、常に気が引き締まるのです。

 最後に、5月21日発売の『住まいの設計07・08月号』に「松虫の長屋」が掲載されました。

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 リノベーションの掲載は4ページですが、詳細な工事金額も載っています。

 小さくですが、私の顔写真も掲載されました。勿論、主役はクライアントです。

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 webサイトの写真も、子供さん2人は頑張ってくれましたが、この撮影の日もアクセル全開でした。

 良ければ是非手にとってみて下さい。

ようこそ阿倍野の長屋へ<光庭シリーズ第三弾>‐1273‐

 昨日は「阿倍野の長屋」の見学会でした。

 4月23日に行った、大阪市住まい情報センターでのセミナー。『建築家とつくる住まい入門』と連続講座になっていました。

 セミナー参加者から24名の申込がありましたが、当日は16名の参加。3班に分けて案内することになりました。

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 まずは、建物外で全体像を説明。
 
 そして、私が説明しながら建物内を廻ります。

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 延べ面積が36坪ですから、それ程小さい訳ではありませんが、思った以上にいっぱいな感じ。

 同時にこの人数を案内したのは初めてかもしれません。

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 案内が終わったら、住宅情報センターからのアンケートを記入して貰います。

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 その間、ご家族はこんな感じ。

 新たな、光庭の使い方を教えて貰いました。

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 キッチン前には、長男君からのメッセージが。

 この心遣いが訪れる人の気持ちを和らげますし、私達もどれだけ救われたことか。

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 最終班の見学が終わったのが16:15。ここからは番外編です。

 このイベントのポスターを見て、どうしても見せて欲しいという女性が1人時間外で参加。加えて、家族も呼んでいました。

 弟君はご主人と仕事場へ出掛けており、子供達3人でサッカーを始めました。

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 うちの子供にも「松虫の長屋」は評判が良いのです。

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 その理由は、楽しそうだから。

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 メインイベントはやはりここ。長男君と、長男が一緒に登りました。

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 続いて娘も登頂成功で、私も肩の荷がおりました。

 長男のスケジュールが私よりタイトになって行く中、何度こんな機会があるのか分からないからです。

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 参加者の皆さん、一様に感心してくれましたが、やはり月見台に出た時は、感嘆の声を上げていました。

 この街中でこの解放感、といった感じでしょうか。

 今週末発売の、『住まいの設計』にも掲載されます。

 良ければ手に取ってみて下さい。

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 「住之江の元長屋」の見学会に参加してくれたのがきっかけで、仕事をすることになったのが「阿倍野の長屋」です。

 リノベーションにおいての「光庭シリーズ」。今回は第三弾で旗竿型光庭。進化形だと考えています。

 先月のセミナーでも取り上げたのですが、今度は「光庭シリーズ」の系譜をまとめてみたいと思います。

生きてこそ‐1264‐

 神戸市役所、三宮駅を貫くのがフラワーロード。

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 ネーミングの理由は聞いてみたい気もしますが、文字通り神戸の目貫通りです。

 新緑がまぶしい季節になりました。

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 南東にある、貿易センター駅で降りると、目の前にあるのが神戸サンボーホール。

 1995年の震災の際、神戸市役所は、ワンフロアが完全に崩壊するなどの被害を受けました。

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 震災直後、仮の庁舎となったのがこの神戸サンボーホールでした。

 現在は民間でも受付可能ですが、当時は市役所でのみ建築確認が可能でした。

 市役所の人がいたら申し訳ありませんが、神戸市に限らず、建築確認申請を受け持つ部署は、一様に愛想がわるかったものです。

 こちらの知識がおぼつかなかった事もありますが、若い頃はいじめられた記憶しかありません。

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 しかし、震災後は全く違う雰囲気でした。

 官民とも「どんどん建物を供給しなければならない」という雰囲気が充満し、初めて役所と一体感を感じて仕事をしていました。

 熱に満ちたサンボーホール2階の景色を、今でも覚えています。初めて、仕事で人の役に立ったと実感できた時だったかもしれません。

 2軒目の設計事務所に勤め、ハウスメーカーの孫請け仕事をしていた、25歳の頃のことです。

 当時は建物を見る余裕もありませんでしたが、ピロティーによって持ち上げられたプランは、コルビュジエ、前川國男の影響が感じられます。

 1969年、日建設計の仕事ですが、震度7に無傷で耐えた強者だったのです。

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 海岸通りを西に向かうと旧居留地街。

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 更に西へ行くと、巨匠フランク・O・ゲーリー設計のフィッシュダンスがあります。

 右にある建物も彼の設計です。

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 外膜はチェーンリンクメッシュで製作されています。

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 先日、新国立競技場のコンペで話題になった、ザハ・ハディドが亡くなったというニュースがありました。

 そのデザインが奇抜過ぎるが故、という話ばかり出てきますが、フランク・O・ゲーリーこそ、自由な形態の先駆者と言って良いでしょう。

 ゲーリー、ザハ、とも3Dコンピューター技術の発達によって、その表現を手に入れて行ったのです。

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 南西には神戸ポートタワー。

 こちらも日建設計のデザインで、1963年の完成とありました。

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 50年前に、この形態を実現していたことを考えると、日本の技術、美意識をもっと誇って良いかもしれません。

 当初は銀色のイメージだったという記述もあり、シルバーバージョンも是非見てみたいもの。

 細く、軽く、本当に美しい建築です。

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 阪神高速京橋出口あたりに、崩壊した橋脚が保存されていました。

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 同じく橋を支える部材はせん断破壊されていました。

 6千人もの命を奪った自然の力が形として残っているのです。

 「一番大切なものは命」だと、子供には繰り返し、繰り返し伝えています。この優先順位は誰にとっても変わることはありません。

 人生の夏を謳歌していただろうザハが亡くなったと聞き、より思います。生きてこそだと。

  ただ生き ただ死す

  ただの二文字に

  一切が輝き

  ただの二文字に

  万有が光る

  坂村真民

 命の始まりも、命の終わりも、自分で決めることは出来ません。

 ただというひたむきが、輝き、光るのです。

さよならだけが人生さ‐1263‐

 関西の桜もほぼ終わり。

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 先週木曜日は雨風が強く、一気に散ってしまった感があります。

 唐の詩人、于武陵の五言絶句を、井伏鱒二はこう訳しました。

 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生さ

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 その日、 同業の友人と、梅田で飲んでいました。時々声を掛けてくれる有り難い仲間です。

 店は、概ね東通り商店街のミュンヘン。

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 時々行くビアホールは楽しみでしたが、さよならすることにしました。

 私は、酒癖が悪いほうではありません。概ね楽しい酒だと思っています。自称ですが。

 しかし、上手く合わせるというのは極めて苦手です。納得できないことに「うん」と言う事はありません。

 人はそれぞれとも言えますが、それを理解した上で、進歩なり、発展の方向を向き、何らかの合意を探さなければ、酒を酌み交わす理由はないと思っています。

 若い頃は、我慢して(つもりで)、その席に留まっていましたが、ある時気づきました。帰れば良いのだと。

 お代だけ置いておけば、我慢してまで、私に居て欲しい人など居るはずもありません。40歳になるまで、それが分からなかったのです。

 その日も、どうも空気が違うなと思い、中座しようと思ったのです「まあ、そう言わんと」に、甘えたのが悪かった。

 一度帰るという意思表示をしたら、必ず帰らなければなりません。そこから、空気が変わることは無いのです。

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 SEIUNDOのオープニングレセプションの3日前、セブン・ドリーマーズの社長、阪根がNew Officeにやってきました。

 商談で来阪中でしたが、その日は、パナソニックと大和ハウスと共同出資した「セブン・ドリーマーズ・ランドロイド社」設立の報道があったばかり。

 昨秋発表した、自動洗濯物折り畳み機を製作する会社です。

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 土佐堀川をのぞむイタリアンで遅くまで飲んでいました。

 彼も間違いなく結果を出し続けている友人の一人です。勿論、誰よりも努力をしているからこその結果です。

 ソチオリンピックの銀メダリスト・葛西紀明は「僕は誰より負けず嫌いだから、良いと思ったことはすぐ取り入れる。相手が若いとか、そんなことは関係ありません」と。

 40歳を過ぎ、レジェンドと呼ばれ、10代、20代のトップアスリートと互角に戦える秘訣がここあるのです。

 折角働くなら最高の仕事をしたい。クライアントもそれを求めているのですから。

 私達に残された時間は、間違いなく有限です。上手くやっている時間は正直ないのです。

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 人生には、得るものも、失うものもあって当たり前。

 不愉快な思いをさせたなら、そこは詫びなけらばなりません。

 しかし、 さよならだけが人生なのです。

航海への約束‐1261‐

 4月2日(土)はSEIUNDOのオープニングレセプションでした。

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 アクアライナーを貸し切ってのお花見クルーズとミニ内覧会ですが、出港は大阪城前。

 大川沿いの桜はまさに満開でした。

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 当社のスタッフもこれに便乗。

 マルコの彼女とは1年以上会っておらず、その怠慢も反省します。

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 周りの支えがあってこそ、現在がある訳ですから。

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 水面に近い窓からの景色は、見慣れた大阪とは全く違うもの。

 池のほとりにある家を設計させて貰ったことがありますが、水面というものは、全く飽きないのです。

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 土佐堀川を通過する際、New Officeの入る「北浜一丁目平和ビル」を水上から見上げるという趣向。

 粋な、お花見クルーズでした。

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 その後はミニ内覧会。

 設計のコンセプトを説明する時間も貰いました。

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 しかし、一番の目的は、社員さんのご家族に、この空間を体感して頂くこと。

 お父さんの職場で、子供さんと遊ぶ姿は、なんとも微笑ましいものでした。

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 内覧会後、社内の懇親会にも参加させて貰いました。

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 更に、私達に花束まで。

 申し訳ない程ですが、普段、私を支えてくれるスタッフに感謝します。

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 北浜の夕暮れ。この日のイベントが全て終了しました。

 現在も、素晴らしい業績を残すSEIUNDOですが、5年先、10年先の景色を描き、この空間を設計したつもりです。

 本田宗一郎は「機械は人の上に立ってはいけない」と言います。勿論、建築も同じ。

 建築は、誰かを幸せにする為だけにあるもの。活かし、育てて貰えたらと思うのです。

 会社を船に例えるなら、日々の仕事は航海です。航海には凪の日もあれば、嵐の日もあります。

 船長の役割は、どんなことが起こっても、クルーの命を守り、その航海を成功させることです。

 社長の田畑さんとは、この後3軒ほど周りました。

 共に肝に銘じ、祝杯をあげたのです。

朝焼けの中で‐1259‐

 日曜日の日の出は5:52am。

 5:00amに、カメラマンとSEIUNDO のnew offceで待ち合わせていました。竣工写真の撮影だったのです。

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 中央がクリスタルタワー。

 OBPのビル群から朝日が昇ってきました。

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 セブンドリーマーズの3店舗に続き、カメラマンは、ナカサ&パートナーズの安田さん。

 今回も東京からの来阪です。

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 土曜日の日中は東京での撮影で、飛行機、レンタカーと乗り継ぎ、8:00pmに現場到着。

 そのまま深夜0:00amまで夜景の撮影をしました。

 大阪は折からの観光ブーム。ホテルが取れずネットカフェで2時間仮眠をしただけでの早朝出勤でした。

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 建築写真は、明るい外部と、暗い内部を一緒に撮る為、光の入り方が大きく影響を与えます。

 薄暮や、明け方しか撮れない写真があるのです。

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 太陽が昇りだすと、朝日独特の黄色い光が、室内に入り始めます。

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 そうなると撮影は一旦待機。

太陽が昇り切る8:00am頃まで待たなければなりません。

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 これだけ片付いた状態で撮影が出来るのは、このタイミングだけ。

 よって失敗は許されません。

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 私達も、全ての撮影に立ち会いましたが、本当に大変な仕事です。

 しかし、それ故プロの仕事。

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 8:00amには、SEIUNDOの社員さんにも入って貰い、人物ありカットの撮影がスタート。

 立ち位置にもこまやかな指示が出ます。

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 10:00amまで5時間撮影しました。2日間に渡り、14時間中9時間一緒に仕事をしました。

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 3月27日(日)はSEIUNDOの引っ越しの日。それを10:00amまで待って貰い、ぎりぎりの撮影でした。

 撮影が終わると同時に、引っ越しが開始されました。

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 私も家に帰ると、そのまま泥のように眠りました。そして、夜はささやかな焼肉パーティー。

 大変だけが充実を生むというこの真理。またささやかな幸せがあれば満たされるというのもまた事実。

 このハードスケジュールにも関わらず、日曜日6:00pmに安田さんから仮画像が送られてきました。

 素晴らしい内容で全カット購入。納品が楽しみです。

 自分が一番頑張っていると思いたいのもまた真理。しかし、頑張っている人は、本当に沢山居るものです。

曲がったことが大嫌い‐1258‐

 昨日、フジテレビの『みんなのニュース』で「灘の高台の家」が紹介されました。

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 今回も、放送後の報告ですが、こちらの住宅は、神戸の高台にある一戸建て。

 築24年の中古物件をフルリノベーションしました。

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 ディレクターから、「高断熱」「お得感のあるリノベーション」の情報が欲しいと連絡がありました。

 そしてピックアップしたのがこの住宅。

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 こちらのクライアントは、共に30代前半。

 22日(火)の夕方「工事費用も出るのですが、写真をテレビに出しても大丈夫ですか」と問うと、その日の内に快くOKの返事を貰いました。

 残念ながら関東ローカル枠での放送で、関西圏では見ることが出来ません。

 しかし、丁度一ヵ月前に2月23日に「松虫の長屋」を紹介して貰ったので、2ケ月連続です。

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 また、3月22日発売の『関西ウォーカー別冊付録<大阪ライフウォーカー>』に「住之江の元長屋」が紹介されました。
 
 大阪の暮らしを再発見!とある通り、大阪をアピールする別冊です。その中の「仕事・住まい」のページで取り上げて貰いました。 

 こちらは、写真1枚のみですが、2013年、大阪住まいのリフォーム・リノベーションコンクールで戸建て部門、最優秀賞を貰った縁で、大阪府庁の方から連絡を貰いました。

 テレビや雑誌というメディアも、結局判断するのは人なのです。

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 初めて作品をテレビで紹介して貰ったのは、2004年の「平野西の家」です。

 また、初めてテレビに出演させて貰ったのは2008年。フジテレビの夕方の帯番組、安藤優子がメインキャスターを務める「スーパーニュース」内の特集でした。

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 「境内の中の家」を建てる過程を200日に渡って、密着取材して貰ったのです。

 そのディレクターが、現在「みんなのニュース」のディレククターをしており、その縁でのオファーなのです。

 作品を発表し、メディアに取り上げて貰うのは、1つの目標ですが、それには大きな理由があります。
 
 2013年の年末、2年程登録していた建築家プロデュース会社から脱退しました。

 「建築家との家づくりは、こんなに楽しい」ということを、色々な会場で説明するのが私達の役割です。

 家を建てたいという人と出会い、お互いが求め合えば計画は進んで行きます。

 しかし、その会場は準備して貰ったもの。この世にただはないので、その対価を支払う必要があります。それは、互いが納得すれば問題ありません。

 所属していた期間は、オファーがあれば何とか都合をつけて出来る限り参加し、全力を尽くしたつもりです。

 色々な地域で、そのような催しに参加させて貰い、また、他の建築家と話す機会もあり、とても勉強になりました。

 しかし、中には「仕事を与えてやっている」感が前面に出ている人もいて、違和感を感じ始めていた頃でした。
 
 そんな中、どうしても納得できないことがあり、辞めることにしたのですが、その経緯はここでは書きません。

 後日、その会社の営業が当社にやってきました。

 あまりにも上からものを言うので「ここは神聖な仕事場だ。これ以上好き勝手な事を言うなら、出て行って貰う」と言いました。

 すると「人を汚い物みたいに。一個人事業主に、そんな事は言われたくない」と彼は私に言いました。

 2週間くらい頭に来ていました。この時ほど、早く法人化しておくべきだったと悔やんだことはありません。

 未だに、そんな扱いをされるステージに居る自分が悪いと言い聞かせ、その怒りをねじふせたのです。

 それまでも、直接のオファーを貰っ仕事だけでやって来ました。いくらかでも、敬意を持ってくれる人とのみ仕事をしてきた私からすれば、あり得ない扱いでした。

 私達の仕事は、安定感の無い仕事です。1年くらい先までの仕事は決まっていますが、ずっとオファーがある保証はありません。それ故、少しでも間口を広げるべきという考えも正です。

 しかし、毎回の仕事を、一期一会の精神で取り組み、そのストーリーを世に伝えることこそが、私の生きる道だと確信しました。

 今、心の中で思っている事を、そのまま発言できないような生き方は辞めようと思ったのです。

 この高度情報化社会では、機会(情報)を多く持っている人が勝ちという側面があります。更に、額に汗して働いている人より、マージン商売をしている人のほうが、優秀という風潮さえあります。

 しかし、そんな世の中で、誰が真面目に努力を続けられるでしょうか。

 自由に生き、正しいと思う道を進みたい。それには、誰にも頼らない生き方をしなければなりません。

 納得できなきことは絶対やりたくない。曲がったことが大嫌いなのです。

テラスにワン友が集まる、帰りたくなる家‐1257‐

 3月19日(土)発売、「住まいの設計05・06月号」に「滋賀の家」が掲載されました。

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 左下にある「イヌと暮らす家&ネコと暮らす家」の特集内です。

 撮影については一度UPしましたが、ここへの掲載を控えていた写真が結構あります。

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 掲載写真と被るのは勿論NG。誌面を構成する為に東京から3人も来るのですから。

 カメラマンも、何度もアングルをチェックします。

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 誌面には、愛犬チロルが地窓から外を見る写真があります。

 目線の先は写っていませんが、種を明かせば、寒い中をご主人が呼んでくれていました。

 良い写真を撮るには、色々苦労があるのです。

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 2階のセカンドバルコニーから見る土塁の景色こそが、この家ならでは写真。

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 そこから見下ろす写真は、誌面にありませんでした。

 よって、ここに掲載します。

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 「テラスにワン友が集まる、ドッグカフェのような家」がこの家のタイトル。初めは「イヌ友」となっていました。

 しかし、奥さんから愛犬家はペットを家族だと思っているので「イヌ友」とは呼ばず「ワン友」というと教えてもらい、こうなったのです。

 その奥さんから「守谷さんって、ペットに興味ないですよね」と言われました。理由を聞くと「チロちゃんが、足元に来てかまって欲しいと言っても、気付いてないもの」と。

 なるほど。

 嫌いでも、興味がない訳でもなく、クライアントの方意識が行っていただけなのですが。言い訳か……

 愛犬家の人ほど、ペットの気持ちが分かることはありません。しかし、どんな暮らしを求めているかを教えて貰えば、答えを見つけることは出来ると思っています。

 建築設計とは、人間学だと思っていましたが、生物学だったのです。

 春には、もう一人のワンちゃんがやってくるよう。

 ペットを飼っている人も、そうでない人も良ければ手にとってみて下さい。

 いくらワン友が集っても、帰りたくない家では意味がありません。仕事において、最も大切なことが、意外に繰り返されないことは良くあることです。

例えるなら‐1256‐

 昨日、生駒山から太陽が頭を出したのは6時22分。

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 歳と共に早起きになると言いますが、今のところ私は6時で目一杯です。

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 生駒つながりで、北浜にある生駒ビルヂングです。

 火曜日、SEIUNDOの現場へ行った際、前を通りました。

 昭和5年、1930年の完成で、北浜界隈に残る、近代建築の一つ。詳しくは生駒時計店のwebサイトを。

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 スクラッチタイルで覆われた鉄筋コンクリート造の建物ですが「生」の字が、遊び心を感じさせます。

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 丸窓や、鷲の彫刻が施されており、多くの手、お金が掛かった建築なのです。

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 南よりにある縦長の開口部は、振り子をイメージしたものだそう。直喩の表現です。

 2月中旬、写真家に撮りなおして貰った「宝塚の家」の写真が上がってきました。

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 生駒ビルヂングを絵画に例えると、王宮絵画の流れを引く、古典主義といった所でしょうか。

 一方、宝塚の家は抽象画。

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 料理で言うなら、日本料理の刺身のイメージ。最小の手数で、素材を引き出したいと思っているのです。

 対して、生駒ビルヂングはフレンチのフルコースか。

 例えとは、互いが理解できる共通項を見つけ出し、そのジャンルに置き換えることです。食べない人は居ないので「料理」はとても重宝するのです。

 先日、レンタルDVD店へ行くと、キャッシャーでいきなり「磨きますか?」と尋ねられました。あまりに唐突だったので「何故磨くの?」と聞いてみました。

 25歳くらい若者は、慌てる風もなく、「キズが付いているのが嫌な人も居るので」と言います。私は、「キズが付いていても、観れれば嫌じゃないよ」と答えたのです。

 アルバイト(社員?)の若者に問う必要があったのかは分かりませんが、この応対に何の指導もなく、彼は報酬を得ます。

 日本の未来に、多少の杞憂を感じのは、ある程度の歳になったからでしょうか。

 「何故?」がなければ、全ては暗記するだけになります。そして間違います。ましてや、伝えたいといく気持ちが無ければ、比喩など全く不要です。

 トーマス・エジソンは小さい頃「何故?」を連発し、大人を大変困らせたそうです。立派なプロになるのに、難しいロジックなど要らないと思っているのです。