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頭で勝負するしかない‐1291‐

 今日は海の日。

 ですが湖に来ています。

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 昨年に続き、夏の釣り合宿は奈良県の池原ダム。

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 昨年は4人で来ましたが、娘がピアノの発表会で、長男と2人旅です。

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 宿は湖の見えるバンガローと、もう釣り漬けの2日間です。

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 しかし、残念なことに釣りは私の趣味。

 特に長男は、小さくても一匹釣れれば満足というタイプなのです。

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 自然を体感してくれれば十分だとは思っています。

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 しかし、何が楽しいのかオールで遊んでみたり。

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 船の上げ下ろしに、凄く興味を持っていたり。

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 昼休憩に沢木幸太郎の「深夜特急」を渡したら、釣りに行かずにここで本を読んでいると。

 本好きは嬉しいのですが、折角だからと誘い出すのです。

 沢木幸太郎は2年前からのリベンジなので「面白い」と言ってくれたのは嬉しいのですが。

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 今回、私は前回つかんだ感触からのテーマを持っていました。

 その甲斐もあって、釣った魚は全て40cm以上。

 分かったことは、目先の結果にとらわれず、正しいと思ったことはやりきるべきということ。

 やりきらないと、正しいのか正しくないのかが分からないのは、仕事も趣味も全く同じでした。
 
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 今日は長男にも37cmがでて、任務終了。

 夕方には塾があるので、昼前に現地を出ました。

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 今朝、ボートの上で朝ごはんを食べようと、バナナをだしました。

 すると目の前を疾風が吹抜け、顔を麦藁帽子でバッシと叩かれたような感覚。

 手のバナナが無くなっていました。トンビが奪い去ったのです。

 あの鋭い爪でバナナだけを捕らえ、木の上で悠々と朝食をとっていました。

 一瞬何が起こったか解らず呆然としましたが、まず横でバナナを食べていた子供でなくて良かったと思いました。

 大きな羽が私の目をかすり、今も結構痛いのです。

 取られて瞬間は「ブンッ」とすごい音でした。手には一切触れませんでしたが、あの鋭い爪に手が一緒に捕まれたらと、ゾッとします。

 カラスを見て怖いなと思ったことはありますが、トンビに恐怖を感じたのは初めてでした。

 近頃、クマが人をエサとして認識しているという物騒なニュースもあります。

 今月だったか、池原ダムのすぐそばで登山者がクマに襲われたという記事も見ました。野生の動物から見れば人は何と無力なことか……

 人が人である理由はこの大きな頭があること。

 頭の良し悪しなど全く関係なしに、頭で勝負するしかないのだと改めて思わされました。トンビにさえ何の対抗手段も持っていないのです。

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 頑張れ長男。そして祝日も勉強する受験生。君たちはきっと報われるから。 

自分事と他人事‐1290‐

 昨日から横浜に来ています。

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 ずっと雨模様でしたが、今日は晴れそうです。

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 水の美しさは望めませんが、潮が香り、やはり海はいいものです。

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 クイーンズスクエアーには、横山剣の大きなポスターが掲げられていました。

 彼の出身地、横須賀はまだ訪れたことがなく、一度行ってみたい街なのです。

 先週から、隣家が建て替えのため、解体工事が始まりました。

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 境界を越えて足場を建てるとか、足場をこちらの敷地の中に張り出させて欲しいとか、説明がなく工事がスタートしました。

 隣の住人も良く知っていますし、お互い様なので構いません。しかし、他人敷地に入るのだから、説明くらいはするべきだと、施工会社に伝えました。

 こんな話を聞いている時の態度が、信用か、不信感かの分水嶺になるのが良くわかります。

 早く立ち去りたいと思っている、ただ相手の話が終わるのを待っている。そう感じた時、不信感へメーターの針は振れるのです。

 立場が変われば、感じ方が全く違うこともよく分かりました。普段は工事を監理する側の立場にいます。

 監督から近隣の話しを聞くと「お互い様ですよね」と感じることが殆どでした。

 ところが立場が変わると、子供に危険はないか。知らない職人に連れ去られはしないか……疑いの目でみれば、際限なく不安は広がるのです。

 当事者にとっては、工事をするのが大前提になっています。しかし、隣地の工事によって、全くメリットがあるわけではない、もしくはデメリットしかない、立場で考えたことがなかったことになります。

 人の気持ちになって考えると言いますが、どこまで出来たのだろうかと、考えてしまいました。

 完全に人の気持ちになる等、所詮無理なことなのかもしれません。しかし、だからこそ大事なことなのだとも言えます。

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 横浜に来た理由は、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんの話を聞くためです。

 今年も、世界5カ国から4千7百名の人達が集まりました。

 また、6名の経営者の経営とその人生を聞かせてもらいました。職種が違うから、年齢が違うから、国が違うから……違う理由を探せばいくらでもあります。

 46億年の地球の歴史の中で同じ数十年を生き、70億人の人類の中の5千人として同じ時間をすごし。重なるところを探せば、いくらでもあります。

 他人事を、どれだけ自分事として考えられるか。それが、退屈な人生を送らない要諦なのではと思うのです。

 横山剣の代名詞といえば「い~ね」。

 齢四十五にして、常に前向きで、かつ素直でありたいと思うのです。

積年の澱‐1289‐ 

前回は、熊本に到着したところまで書きました。

私が担当したのは熊本市の東隣、嘉島町です。災害時の支援活動は以下の流れです。

① 応急危険度判定

② 被害状況調査(1次調査)-外部からの簡易なもの

③ 被害状況調査(2次調査)-内部、外部とも測定等が伴うもの

災害対策本部のある、町民会館。宿泊もここでさせて貰いました。

立派な建物で、山下設計の仕事とのこと。

各班は7名ずつくらいで、嘉島町役場の人をリーダーに、熊本県庁、広島や静岡の町役場の人も参加していました。

市町村はこういった時、互いに助け合うシステムが構築されているようです。

熊本県庁から来ている女性が「普段はデスクワークなので、毎日足がパンパンです」と言っていました。

一日で、大きな会社を2つと住宅の調査をしましたが、暑い中、なかなかの重労働です。

それぞれの班に、日本建築家協会(以下JIA)から参加している私達2人が入ります。

そして、基礎、外壁、屋根、柱などの被害の程度をチームで判定していくのです。

嘉島町から東に益城町や橋が落ちた南阿蘇村があります。

やはり断層が直下に通っている線上に、大きな被害は集中しているとのことでした。

同じ町内でも、被害の集中度が全く違います。

これらの判定で、半壊、全壊と判断された場合、助成金が出るという側面もあり、当然のことながら、責任のある仕事です。

この判断を、役場の方がしているケースが多いのです。

役場の中にも建築士の資格を持っている人がいるのかもしれませんが、やはり専門家が判断するほうが、精度が高いのは間違いありません。

JIAや建築士事務所協会などから、組織的にスピーディーに調査員を派遣するシステムが間違いなく必要だと感じました。

これはJIA九州の人から聞いたのですが、JIAとしては仮に費用が一切でなくても、判定員を派遣すると、早々に結論を出したそうです。

非常時に無報酬でも支援活動をするというのは賛成です。

しかし、それらの詰めがされていないという事実は問題です。

嘉島町に限らないのですが、本当にこのあたりは水が豊かです。

水田の水でさえ、澄み切っています。

川の中でもいたるところから湧き水があります。

そこで泳ぐ人も沢山見かけました。

帰りは、JIA九州の方が、福岡まで帰るので車で送りますよと言ってくれました。

JR博多駅前にあるのは、西日本シティー銀行で1971年、磯崎新の設計です。

博多は2年前の夏に来ましたが、本当に雰囲気のある街です。

まもなく山笠祭りが始まるとのことで、街中に山笠を見かけました。

博多駅前にはかなり大きなものも。

夜の8時過ぎに博多を新幹線で出発しました。

すると8時半頃に熊本で震度3の余震が。またその翌日にも震度4の地震がありました。

私が一人で出来ること等たかがしれています。また、仕事がなければ、ボランティアも不可能です。

その関係に正しい比率などありません。

地震国日本において、建築の専門家でありながら、公には何の貢献も出来ていないという、積年の澱は少しだけ流すことが出来ました。

しかし、地震に終わりなどありません。

豊かな水田、祭りに活気づく若者、そして震度7の地震。いずれもこの日本です。自分に出来る貢献とは……そんな事を考えながら大阪まで帰ってきました。

要請があればすぐに駆けつけられるよう、日々の仕事を頑張るだけだと思っています。

熊本へ‐1288‐ 

昨晩、熊本入りしました。

夕方の便で伊丹を発ち、熊本空港からバスを乗り継いで2時間。夜の8時頃に災害対策本部のある嘉島町民会館に到着しました。

熊本市街を上空から見ると、キラキラと輝き、「水の国」熊本が視覚的に理解できます。

市内にある水前寺江津湖公園 は、阿蘇山系に降った雨水が、豊富な湧水となって出来たものだそう。

市の水道の多くが地下水で供給されているというから驚きます。

地震から3カ月経ちましたが、ブルーシートで屋根を覆っている家が、まだまだ残っています。

目的のバス停に着きましたが場所が分からず、通りがかりの人にたずねました。

上品な感じの女性で「遠いから乗せていってあげる」と。キャリーバックを引いているから、支援活動の人かなと思ったと仰っていました。これまでに沢山の人がボランティアに来ていたのです。

今日は朝8時半から、建物の被害認定調査をします。

今年のゴールデンウィーク前、大阪府建築士協会からの要請で、危険度判定活動に参加する予定でした。

しかし、直前になって「受け入れ態勢が整わず」とのことで中止に。

今回は日本建築家協会(以下JIA)からの要請でした。

色々なプロジェクトが進行するなか、かなりの時間を使い、また、それ相応の出費も必要で、大阪を離れて良いものか迷いましたが、参加することにしました。

この日本に、幸せな建築を求める人が居り、仕事をさせて貰うことで、私は育てて貰いました。もし授業料を払っての勉強なら、これだけの長い期間、一つのことを続けることは不可能です。

1995年24歳の時の阪神淡路大震災から、2011年41歳の東日本大震災まで、実際に行動に移せたことはありませんでした。社員が成長した今なら何とかなるかもと思ったのです。

建築を生業にするなら、日本の風土を受け入れるところから全てが始まります。

まずは調査活動に汗を流します。そして受け入れ、向き合いたいと思うのです。

名こそ惜しけれ‐1286‐

 7月3日(日)に、「羽曳野の家〈リノベーション〉」のオープンハウスを開催します。

 お時間ある方は、是非遊びに来て下さい。

 前回は、海南市訪問を書きました。帰りに、熊野古道の入り口ものぞいてきました。

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 海南ICすぐそばにある藤白神社。

 熊野古道沿いにあり、元は藤白王子社と呼ばれていました。

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 「王子」とは熊野古道途中にある神社のこと。

 ここは九十九王子の中でも、五体王子の一つとして特に格式が高かったそうです。

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 神社の入り口にある鳥居の横には石碑があり、

 「三熊野一の鳥居」

 「これより熊野路のはじめ」

 と書かれています。

 三熊野(みくまの)とは、熊野本宮大社、熊野那智神社、熊野速玉神社(新宮)を指し、ここが熊野古道の入り口だと示しているのです。

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 鳥居を守るように生える楠は樹齢千年。

 長きに渡って、蟻の熊野詣を見守ってきました。

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 和歌山平野を北から見下ろすと、地理が分かり易いかもしれません。

 紀の川を中心とする和歌山平野が終わり、本格的に山岳地帯が始まるのが海南市あたり。

 和歌山城から熊野街道を南下すると、藤白神社付近で熊野古道と合流するのです。

 また、この神社のすぐ近くに「鈴木屋敷」という建物があります。全国二百万と言われる「鈴木姓」のルーツと言われているそうです。

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 平安末期(1150年頃)、上皇や法皇の熊野参詣が盛んになりました。

 その頃、熊野の鈴木氏がこの地に移り住み、熊野三山への案内役をつとめました。

 そして、熊野信仰の普及につとめたと伝えられているのです。

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 特に鈴木三郎重家と亀井六郎重清の兄弟が有名で、幼少の頃、源義経と遊んだと伝えられます。

 後には義経の家臣となりました。

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 その鈴木の宗家を後世に残そうと、保存活動をしているのです。

 街のスズキのショップにも「全国鈴木姓発祥のまち海南」という大きな看板がかかっていました。

 今回、燃費データ改ざん事件の後でもあり、複雑な気持ちで眺めます。

 司馬遼太郎は、関東一円の坂東武士の「名こそ惜しけれ」という精神が、日本人には受け継がれていると言いました。簡単に言えば、はずかしいことをするな、という意味です。

 その「痛々しいまでの清潔さが」明治の近代化を押し進めたとも言っています。 

 鈴木さんにはなんの恨みも無いのですが、日本のメーカーがそんな不正をするとは……と、憤りを感じます。

 そもそも、メイド・イン・ジャパンはそういったことの無いブランドという安心感が、世界に受け入れられていたはずです。

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 民間企業という言葉がありますが、その集合体が国家を形成しているので、誰もが自国を背負っていると言えるのです。

 開高健は、「名」について、ユーモアたっぷりに書いています。

 金を儲けようとすると逃げていきよる。結果として手にするんならええんヤ。そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。いいか、いい仕事しなくてはいかんゾ。

 法や道徳観には、他者からの視線が常に根底にあります。大切なのは、自らが自らを律する美意識だと思うのです。

前にお会いしたことが……‐1285‐ 

 先週は水族館に行ったつもりが、魚を見れず。

 昨日も魚を求めて、今度は和歌山県海南市へ。

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 和歌山県立自然博物館も、琵琶湖博物館と同じく、水族館と博物館を合わせたような施設でした。

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 すぐそばには天然の港があり、海沿いの景色の良い所。

 しかし、駐車場に向かう景色をみながら気づきました。

 「ん?ここ、来たことがある……」

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 男に聞くと「僕は初めてだと思うよ」と。

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 入館料は大人のみで470円。

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 なかなかの充実振りでかなり安いと思います。

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 特に、触れる標本が沢山あり、2人とも十分満足した感じでした。

 しかし展示を見ても、記憶は蘇ってこず。

 休館か何かで中には入らなかったのかな等と思いながら。

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 自然博物館のとおり、和歌山の自然に特化した館でした。

 碁石に使われる那智黒石ですが、金が本物かを見極める試金石に使われていたそうです。

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 ツキノワグマのはく製です。

 「人間をエサとして認識している可能性も……」などという、物騒な報道があったばかり。

 紀伊半島では180頭程が生息しているそうです。互いのエリアには入って行かないに限ります。

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 和歌山は四大漆器の街なのだそうです。

 その名残を残す黒江という街が近くにありました。

 散策してみると、ここも来たことが有るような、無いような。もう全てに自信がなくなって来ました。

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 帰りに偶然見つけた海南市役所。ひときわ目を引く建物で、これは間違いなく初訪問。

 和歌山県建築士会のサイトに解説が載っていました。

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 設計は 三紀建築事務所。1965年(昭和40年)の完成です。

 丹下健三の代々木体育館、坂倉準三の芦屋市民会館(現:ルナホール)と同時期で、コルビュジエの影響を強く受けているとあります。

 海南市役所が初訪問かは迷いません。存在感が圧倒的だからです。

 誰かと会い「前にお会いしたことがありましたっけ……」と言われるのが一番辛い。

 見た目に特徴がある訳ではありませんが、どんな人でも、一度会話を交わしたら、覚えて貰える人で有りたいと思っています。

 厚かましいかもしれませんが、人生は一期一会、初めにあった時に全て勝負は決まっていると思うからです。

 そう考えると、和歌山県立自然博物館が悪いのか、私の記憶力が低下しているのか……

 最近、DVDを借りてくると、妻に「これ、前に観たよ」と言われる回数が増えてきました。

 と言うことは、はやり後者なのか。

ヘルシンキの夏‐1284‐

 今年の夏至は、6月21日(火)でした。

 大阪の日の出が4:45で、日没は19:14。14時間半太陽がでていたことになります。

 これがフィンランドのヘルシンキなら、日の出が3:52で日没は22:51。19時間太陽が出ています。

 今年の夏季休暇は、フィンランドへアルヴァ・アアルトの建築を訪ねる予定です。

 近代建築の三大巨匠と呼ばれるのはル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ。

 まずは、この3人を見てみたいと、24歳から建築行脚を始めました。

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 1995年4月、まずはフランスへ。

 先日世界遺産に指定された、コルビュジエのロンシャンの教会を訪ねました。

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 独立してからは、なかなか日本を出られず。

 2011年の11月、アメリカのペンシルバニアにある、ライトの落水荘へ。

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 そしてイリノイにあるミースのファンズワース邸。

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 2012年の8月、イタリアでは、建築の詩人、カルロ・スカルパ設計のブリオン・ベガを訪れました。

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 そして、スペインのバルセロナに渡りガウディに触れたのです。

 三大巨匠に加え、ガウディ、スカルパそしてアアルトが私にとって最も興味のある建築家でした。

 アアルトは、プロフィールの中に名前を挙げているくらい好きな建築家でしたが、なかなか訪れる機会がありませんでした。

 どの位好きだったかと言えば、私にとっての3作目、1998年に完成した、spoon cafeはアルヴァ・アアルトへのオマージュです。

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 外部の木の使い方。

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 木とレンガの相性など、全てアアルトを手本にしました。

 そのアアルトとようやく会う事が出来ます。1976年に亡くなっているので、勿論彼の作品にですが。

 548万人という北欧の小さな農業国において、世界に影響を与えるような建築を創り続けたアルヴァ・アアルト。

 真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。

 彼の言葉を体感し、休み明けには、その気持ちを綴ってみたいと思います。

 アルヴァ・アアルト。その音を聞くだけだけでも心躍る存在なのです。

無邪気なもんだ‐1283‐

 昨日は、朝からある現場の敷地調査へ行っていました。

 ファーストコンタクトはとても大切にしています。

 直観は、自分の全人生が導き出したたった一つの答え。どんなことを感じたかは、その建物が無事建った際に。

 調査を終え、娘と2人で滋賀県の琵琶湖博物館へ向かいました。

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 希望は水族館でした。しかし、海遊館をはじめ、近畿の水族館は概ね複数回行っています。

 探してみると、博物館と水族館を合わせたようなこの館を見つけました。淡水の水族館も面白いだろうと。

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 到着すると、水族館エリアは7月14日にリニューアルオープンとのこと。

 大変残念な結果になりました。

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 しかし、それはそれで楽しんでしましたが。

 昼ごはんをと、車で探したのですが辺りになかなか店が無く……

 仕方なく「すき屋」に入ることにしました。(別に言い訳することはないのですが……)

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 で、好きなものを頼んでいいよと言うと「これ」と。

 上うな丼だったか、すき屋で1000円以上の物など、私は頼んだことがありません。

 そこはたまにの娘との食事。にっこりOKしたのです。

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 長男は塾終わりが夜の7時と言うので、大阪に戻り、ミナミで待ち合わせました。

 ナンバヒップスは高松伸の設計で2007年の完成です。

 中央のフリーフォールは現在休止され、クライミングウォールになっています。

 この日は誰も登っていませんでしたが、実際に登れるのでしょうか。

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 戎橋商店街はさすがの活気。

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 りくろーおじさんもこの行列でした。

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 皆の意見を聞いた結果、高島屋にある小籠包の鼎泰豐(ディンタイフォン)に決まりました。

 娘と先に行き30分程並び、妻と長男を迎えたのです。何と出来た父親。

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 こちらは勿論外れなし。

 小6になり、かなりの量を食べるようになりました。

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 娘がアイスを食べたいと言うので、帰りに北極のミルク味を買うと、娘は「これじゃない」と。

 私には十分美味しかったのですが、最近のアイスクリームは、確かにもっと濃厚です。結局コンビニで別のものを買うはめに。

 高島屋で「父の日」という広告を見て、初めて気づきました。結局今年は何もせず。

 自分がしていない以上、子供達からのプレゼントを期待するのは諦めます。健康で、笑顔であってくれればそれで十分ですから。

 前回、「ハリー・ポッターのような魔法は現実にはないよね」と伝えたと書きました。

 娘に「好きなことに、ひたむきに打ち込んでいたら、必ず誰かの役に立てるから」と言うと、「それって魔法なんじゃない」と。

 J・K・ローリングの描く魔法ってそういう意味だったのかも、と一瞬立ち止まってしまいました。

 無邪気であること。それは何よりの強みです。

 未来を背負う子供達が、無邪気で居れるような世の中であれるよう、一つでも行動を起こさなければと思ったのです。

準備がすべて‐1282‐

 2週間程前、富田林へ行く機会がありました。

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 久し振りにPLの塔を真近でみましたが、その迫力に圧倒されます。

 高さ180m、設計は日建設計。1970年8月1日の完成です。

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 野球部の消滅問題や、清原の事件で良い話を聞きませんが、私達の世代で言えばPL高校は名門中の名門。

 その母体となるパーフェクトリバティー教団ですが、「人生は芸術である」という教えだそうです。

 人差し指がモチーフだと聞いたことがありますが、このPLの塔こそまさに芸術です。

 イチローの日米通算安打が、ピート・ローズの4256本を超えました。

 イチローにしろ、王さんにしろ、日本の偉大なプレーヤーはクールな人格者が多く、それゆえ頂点にまで登りつめたのだと思っていました。

 ピート・ローズの「高校の安打も含めてくれ」とはまるで駄々っ子のようにも見えます。

 また、張本さんは、イチローがこの記録を達成したら「アメリカにざまあみろと、言ってやりたい」と発言していたので、やはりパーソナリティーによるようです。

 彼らは、闘争心で結果を出してきたタイプなのだと想像できるのですが。

 最近、家族でハリー・ポッターの映画を観ています。

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 原作は、J・K・ローリングの初作品にして、言わずと知れた世界的ベストセラーです。

 主人公のハリーは、自分が魔法使いであることを知り、両親を殺したヴォルデモートと対決するというストーリー。

 ハリーは生まれながらにして、特殊な力を持っており、その成長が描かれる壮大な物語です。

 映画は初めて観ましたが、大人も十分楽しめました。

 スーパーマンを劇場で観たのは小学校の時。「自分にも何か特別な力があればいいのに」と思ったものです。

 あれから40年が経ち、分かったことは「特別な力など無い」と言う事です。

 日々の積み重ねだけが、僅かに自分の長所を伸ばしてくれると言う事だけを学びました。

 ハリー・ポッターを観終わって、子供にそんな話をしてしまいました。

 全く夢のない話とも言えるし、夢だらけの話でもあるのですが、子供達はどう感じたのでしょうか

 イチローの4256本目のヒットは、捕手前の内野安打だったようです。これも全力疾走の賜物ですが、2009年に彼の内野安打に対しての考えを書きました。

 その中で、私はこう書きました。

 5年程前に、MLB経験のある現、楽天の中村紀洋選手がイチローに「セーフティーバントみたいな、せこい事をするな」とメッセージを送っていました。彼の意見も分からなくはありません。しかし、どちらが目的に純粋かは明らかです。

 中村紀洋選手は、一流の長距離打者でしたが、やはり視点の違いが、そのまま結果に出ていると思います。どうみられるかではないのです。

 芸術の定義を、北大路魯山人の言う「心を動かしえるもの」とすれば、スポーツは芸術です。勿論、人生も芸術たりえるでしょう。

 ダーウィンは「137億年の進化は緩やかに連続している」と言っています。

 イチローの「準備がすべて」という言葉がより厚みを増して聞こえてくるのです。

10年待てば必ず実がつく‐1281‐

 6月も中旬に入りました。

 今日は降ったり止んだりでしたが、今年の梅雨は雨が少な目なのでしょうか。

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 7月中頃までみるアジサイ。

 この時期、街にこれ程アジサイが植えられているのかと驚きます。

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 前回UPした写真の中に、濃いオレンジの花を付けた木がありました。

 ある現場でも見かけ、美しい花だなと思いよく見るとザクロの実がなっていました。

 小さい頃はあちこちで見たのに、すっかり忘れていたのです。

 先日、長男に「全く知らない人から、家を建てて欲しいと言われたのはいつ?」と質問されました。

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「吉松歯科医院」の院長は、直接の面識はありませんでしたが、高校の同級生を介しての相談でした。

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「城陽の家」も同じ構図で、後輩の司法書士を通してのオファーでした。

 全く関係性が無いと考えれば「加美の家」、「サロンのある家」あたりまで、待たなければなりません。

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 「加美の家」のクライアントが相談に見えたのが2005年の5月で、創業して10年目でした。

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 いずれのクライアントも、理解のあるキャパシティの大きな人で、この頃から色々なことが動き出した気がします。

 2007年頃だったか、NHKの「プロフェッショナル」で、サラ金問題にいち早く取り組み、社会派弁護士として活躍した宇都宮健児さんが紹介されていました。

 昔は人付き合いが苦手で、顧問契約が取れず、弁護士事務所をクビになったそうです。

 その彼が心に支えにしていたのが、大分で荒れ地を開拓した父の口癖だったそうです。

 1年2年じゃ花も咲かなきゃ芽もでない

 でも10年待てば必ず実がつく

 日本という国は、このような真面目で、勤勉な人達に支えられていたに違いありません。

 アトリエmはこの6月で、21年目に入ります。ただただ懸命に働いた10年。色々な経験をさせて貰った次の10年。

 そしてここからの10年は、成長の10年にしたいと思っています。

 しかし人数は4名から一向に増えません。

 10年、腹をくくって私達と働きたいという人はどこかに居ないのだろうかと思います。

 必ず実が付くのですが。