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名こそ惜しけれ‐1286‐

 7月3日(日)に、「羽曳野の家〈リノベーション〉」のオープンハウスを開催します。

 お時間ある方は、是非遊びに来て下さい。

 前回は、海南市訪問を書きました。帰りに、熊野古道の入り口ものぞいてきました。

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 海南ICすぐそばにある藤白神社。

 熊野古道沿いにあり、元は藤白王子社と呼ばれていました。

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 「王子」とは熊野古道途中にある神社のこと。

 ここは九十九王子の中でも、五体王子の一つとして特に格式が高かったそうです。

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 神社の入り口にある鳥居の横には石碑があり、

 「三熊野一の鳥居」

 「これより熊野路のはじめ」

 と書かれています。

 三熊野(みくまの)とは、熊野本宮大社、熊野那智神社、熊野速玉神社(新宮)を指し、ここが熊野古道の入り口だと示しているのです。

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 鳥居を守るように生える楠は樹齢千年。

 長きに渡って、蟻の熊野詣を見守ってきました。

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 和歌山平野を北から見下ろすと、地理が分かり易いかもしれません。

 紀の川を中心とする和歌山平野が終わり、本格的に山岳地帯が始まるのが海南市あたり。

 和歌山城から熊野街道を南下すると、藤白神社付近で熊野古道と合流するのです。

 また、この神社のすぐ近くに「鈴木屋敷」という建物があります。全国二百万と言われる「鈴木姓」のルーツと言われているそうです。

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 平安末期(1150年頃)、上皇や法皇の熊野参詣が盛んになりました。

 その頃、熊野の鈴木氏がこの地に移り住み、熊野三山への案内役をつとめました。

 そして、熊野信仰の普及につとめたと伝えられているのです。

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 特に鈴木三郎重家と亀井六郎重清の兄弟が有名で、幼少の頃、源義経と遊んだと伝えられます。

 後には義経の家臣となりました。

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 その鈴木の宗家を後世に残そうと、保存活動をしているのです。

 街のスズキのショップにも「全国鈴木姓発祥のまち海南」という大きな看板がかかっていました。

 今回、燃費データ改ざん事件の後でもあり、複雑な気持ちで眺めます。

 司馬遼太郎は、関東一円の坂東武士の「名こそ惜しけれ」という精神が、日本人には受け継がれていると言いました。簡単に言えば、はずかしいことをするな、という意味です。

 その「痛々しいまでの清潔さが」明治の近代化を押し進めたとも言っています。 

 鈴木さんにはなんの恨みも無いのですが、日本のメーカーがそんな不正をするとは……と、憤りを感じます。

 そもそも、メイド・イン・ジャパンはそういったことの無いブランドという安心感が、世界に受け入れられていたはずです。

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 民間企業という言葉がありますが、その集合体が国家を形成しているので、誰もが自国を背負っていると言えるのです。

 開高健は、「名」について、ユーモアたっぷりに書いています。

 金を儲けようとすると逃げていきよる。結果として手にするんならええんヤ。そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。いいか、いい仕事しなくてはいかんゾ。

 法や道徳観には、他者からの視線が常に根底にあります。大切なのは、自らが自らを律する美意識だと思うのです。

熊野古道

 5月3日から5日まで、南紀へ出掛けました。まずは中辺路(なかへち)町へ。

 中辺路は、2004年に世界遺産へ登録された熊野古道のひとつです。

 平安時代に、皇族、貴族が、極楽浄土へ憧れ、熊野三山へ参拝したのが始まりとされます。

 江戸時代には庶民もこぞって訪れ、「蟻の熊野詣」として知られました。

 熊野大社と繋がる参道は、伊勢路、高野山からの小辺路、吉野への大峰奥駆道、海岸線を通る大辺路などがあります。

 京都、大阪、紀伊田辺へ抜け、険しい山間部を抜ける、中辺路は最も好まれたと言います。

 道中が厳しいほど、ご利益が大きいと考えたからで、非常に日本らしいものと感じました。

 道中には王子(おうじ)と呼ばれる、小さな分社が多く点在します。

 近露(ちかつゆ)王子のすぐ手前にあるのが箸折峠。花山法皇が御経を埋めたと伝えられます。

 花山法皇が食事の為、箸に使おうと附近のカヤを折りました。

 軸の赤い部分に露が伝うのを見て「これは血か露か」と言ったのが、地名の由来と言います。

 その地に残る牛馬童子像は、本人の姿とも。

 峠を下りると、近露王子。そこから「なかへち美術館」は100mほどです。

 美術館の案内に小さな宝石箱とありました。

 展示スペースは小さく、回廊で囲まれています。

 一部がパブリックスペースになっていました。

 緩やかな曲線とガラスに囲まれ、洗練された空間でした。

 小さな窓からは、日置川を望む景色が切り取られていました。

 旅行の前半は私の為、後半は子供中心のスケジュールにしました。

 公園、磯遊び、動物園へ。

 1歳くらいの子供を連れて遊ぶ、若い夫婦がいました。

 我が家に置き換えても、つい数年前のことです。しかし随分前のようにも感じます。

 子供の成長は早く、家族で旅行に行く機会など、僅かな期間かもしれません。

 時間が許す限り、一緒に出掛けようと思うのです。