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清州城から大須商店街、老舗の味噌煮込みうどんを食す‐2238‐

昨日も暑い一日でしたが、上本町駅発、8時3分の近鉄特急に乗車します。

ひのとりで一路名古屋へ。

そのままJR東海道本線の岐阜行きに乗り換えました。

清洲までやってきました。

那古屋城で生まれた信長は、織田家内の争いにも勝ち、清洲城を天下取りへの足掛かりにします。

清洲城の正確な位置は分かっていないようで、更に信長が清洲に居たころは天守閣は無かったとされています。

なのでこの清洲城は完全に復元ですが、それでもテンションが上がります。

先日、堺屋太一の「鬼と人と」を読み終えたばかりだからです。

武田氏討伐から、本能寺の変までの約3ヵ月が描かれています。

天下統一へとひた走る革命児、織田信長と、格式と伝統を重んじる明智光秀が、同じ場面を交互に独白するというスタイルが貫かれています。

全く同じ現実を見ているにも関わらず、2人の心が離れていく様子が、繊細に描かれているのです。

詳細な調査があっての小説でしょうが、作者の想像であるのは間違いありません。

それでも、大いに納得できる展開でした。

信長の武将としての優秀さや特異さは、色々な本で読みましたが、堺屋太一らしく、経済面での手腕に何度もフォーカスしていました。

金銭で武士を雇う事をいち早く始めたことと、やはり楽市楽座です。

占領地で楽市楽座を布告し、免税、税の公平化、街道通行料の無料化など、国を潤すために、商人を非常に大切にしたのです。

清洲城近くにある清洲公園には、信長とその妻、濃姫の銅像がありました。

この信長がなかなかに格好がよく、炎天下の中、わざわざ写真を撮りに行ってきました。

隣国、美濃国の大名だった斎藤道三の娘が濃姫ですが、義理の姉、お市の方と共に大変美しい女性として描かれることが殆んどです。

このあたりは、司馬遼太郎の「国盗り物語」が滅茶苦茶に面白いので、熱烈推薦しておきます。

名古屋への戻りは、新清洲駅から名鉄にしました。

名鉄の車両を見ると、名古屋、岐阜にきた感じがするのです。

金山で地下鉄に乗り換え、大須商店街へ。

今回の名古屋行きは「大須商店街がおもしろいらしい」と妻が言いだしたことに始まります。

実際に行ってみると、東西南北に何筋も商店街があり、規模が大きく、かなかなの活気です。

屋根が架かっているのと、店から冷気が流れ出しているからか、結構涼しいのです。

食べ歩きできるような店が多いのも人気の秘密でしょうか。

旅先の楽しみは、勿論昼食です。

あまり探さずに入ったのですが、かなり美味しかったです。

妻は親子入味噌煮込みうどん(鶏肉と卵入り)、私はきしめんの味噌鍋にしてみました。

噌煮込みうどんは専用の麺を生から煮るのが、味噌鍋との違いとのこと。 よってコシがかなり残っています。

圧倒的に親子入味噌煮込みうどんに軍配です。

郷に入っては郷に従え、でした。

あとで調べてみると、将棋の藤井名人が勝負飯に食べたという、老舗の名店でした。

あちこちに「頑張れ、武蔵川部屋」と書いた幟が立っていたのですが、店のすぐ横に土俵がありました。

そう言えば、朝、ひのとりに乗った瞬間から、4人で向かい合わせに座り、ビールで乾杯していた家族がいました。

千秋楽を楽しみにしていたのでしょう。朝8時から、隣ではガンガンビールを飲みながら盛り上がっています。

静かに読書という訳には行きませんでしたが、それも旅の味わいです。

帰りはプレミアムシートが取れたので、いたって快適。

妻は2時間ずっと寝ていましたが。

私はかなりの旅好きですが、近い遠いに関わらず、移動すること自体が大好きです。

昨年の冬からこの夏にかけては、 「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」 に時間を取られたので、あまり出掛けられませんでした。

もう少しだけ工事は残っていますが、ようやく終わりが見えてきました。

今日は7月28日。55歳の誕生日です。

よって、ゴーゴーな1年にしたいと思います。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

大名古屋と小名古屋‐1491‐

 先週の日曜日、CSでビフォーアフターの再放送をしていると、中高の大先輩が教えてくれました。

この建物を、6年の間に何度紹介して貰ったかと考えると、多くの時間とエネルギーを投入して良かったと思えます。

 梅雨入り後ですが、今日も気持ちの良い朝でした。

 縁側の掃き出し窓をあけると、「チリーン、チリーン」と涼しげな音色。

 休みの日に、娘が風鈴を作ってきました。

 学校も元気に行っています。担任の先生がとても熱心で、週に何回かは放課後にまで勉強を見てくれるそう。

 こんな話を聞くと、まだまだ日本も捨てたものじゃないと思うのです。

 先週末は名古屋へ出張でした。

 大阪で進めている住宅のフルリノベーション計画ですが、クライアントは名古屋在住です。

 その打合せに、今回は私が伺うことにしました。

 名古屋駅周辺の建築は3月に回りました。スパイラルタワーズをはじめ、個性的なものが沢山あります。

 JRセントラルタワーズは名古屋駅の上に建つ高層ビルで1999年の完成。

 一時は、世界一規模の大きな駅ビルとしてギネスブックに載っていたそうです。

 JR名古屋駅の改札前に、沢山の人が待ち合わせをしていました。

 大阪で言えばBIG MAN前といった所でしょうか。

 少しは早めに着いて、味噌煮込みうどんの山本屋本店エスカ店へ。

 注文すると、先に漬物がでてきてこちらはお代わり自由。

 隣のおじさんは、まずは焼き鳥と漬物で一杯やっていました。

 仕事でなければ、あやうくビールを頼んでしまうところでした。

 グツグツと煮立って出てきました。

 エビ天を入れて1600円程。大阪の人間からすると、うどんがちょっと粉っぽいのですが、地域の食べ方なら納得できます。

 味、店員さんの応対も含めて十分満足できました。

 名古屋名物で言えば残すは、手羽先、エビフライ、モーニングでしょうか。

 いずれも楽しみです。

 その後、名古屋駅の向かいにある大名古屋ビルヂングへ。

 2015年の完成です。

 旧ビルも同じだったようですが、なかなか思い切った名前です。

 ここにショールムームが集まっており、TOTO、YKK、タカラスタンダードと回りました。

 高層階からは名古屋城を見下ろします。しかし、濃尾平野はとにかく広い。

 トイレ等のTOTOは福岡のイメージでしたが、前身の会社は名古屋で創業されたと知りました。

 1876年、森村市左衛門が東京の銀座で貿易商社を起こしました。

 その後、海外で人気の高い陶磁器を早く調達するため、瀬戸、美濃の近い名古屋に、「日本陶器合名会社」を設立。

 1904年のことです。

 ここから「東洋陶器株式会社」が生まれ、後に「TOTO」となります。

 ノリタケカンパニー、日本碍子なども同じ源流をもつ企業のようです。

 便器に関しては、やはりTOTOのクオリティは高いものがあります。

 「世界最大級のセラミックス集団」という言葉に、迫力と納得を感じます。

 詳しくは書きませんが、あるショールームでアテンドしてくれた女性の言葉が少し気になりました。

 そういったことは、はっきり言わせて貰うので、何も腹に残っているものはありませんが、やはりビッグエンタープライズにこういった傾向は強いと思います。

 現在の成功は、これまでの偉大な先人、先輩の努力の賜物です。

 そういった会社に入るには、多くの競争があるのでしょうが、それは仕事のスタートに過ぎません。

 そこに居る人が偉いと勘違いしてしまう人を時々見かけるのです。

 その中心にあるのは「あなただけがお客さんじゃない」という思想だと思います。

 多くのシェアがあるので、ある意味そうとも言えます。しかし、それを公言しても求めてくれる人はどのくらい居るのかなとも思うのです。

 現実は大名古屋。心構えは小名古屋。そんな姿勢が、繁栄を生み、持続を生むのだと思うのですが……

 名古屋はあくまで例えですので、誤解なきよう。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

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【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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