タグ別アーカイブ: アトリエm

父?‐2333‐

今日から梅雨入りだなと思っていたら、6月4日に梅雨入りしていたようです。

月初に雨が続いた時期ですが、その後は晴れが多く、気付いていませんでした。

それくらい、過ごしやすかったのですが。

昨日、見覚えのない送付先から届け物がありました。

開けてみるとTシャツでした。「父」とあります。

長男からの、父の日のプレゼントのようです。

折角なので着てみました。

「父」と誰にアピールしているのか、そのあたりは不明ですが、有難く着させて貰います。

ただ、どんなシチュエーションで?
そこは考える必要がありそうです。

父、お父さん、親父……

本田宗一郎はこう言っています。

街中で、ツバメの巣を見かけました。

一緒に暮らしている時は、まがりなりにも父という意識はありました。

しかし、子供達が2人とも東京で暮らす今、特に父と感じることはありません。
やはり記号に過ぎないのでしょう。

ただ、私が父であるのは2人の子供に対してだけで、ミクロの世界だけに通用する記号ということになります。

父やおじさんに何故だか風当りの強い世の中になりましたが、全く問題ありません。

「父強し」

昭和の時代、誰もが信じていた言葉です。

しかし、もしかするとアイロニカルなユーモアだったのかも。
真相は、38年前に闇に葬られ、誰も知ることができないのですが。

強いか弱いかは別にして、いずれにしてもありがとう。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』に「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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建築家・守谷昌紀TV

1998年6月、天王寺のワンルームマンションにて‐2332‐

昨日は早朝から雨でした。

昼前からは一転して晴れ。
夏至の太陽がジリジリと照りつけてきます。

4階の屋上部分に日除けネットを張ってみました。

どのくらい効果があるか、この夏は様子を見てみようと思います。

朝のうちに用事を済ませ、11時からは大谷翔平選手と山本由伸選手が出場するドジャースの試合をダイニングのテレビで観戦。

13時からは、サッカーワールドカップの日本対チュニジア戦を隣にあるリビングのテレビで観戦。
重なっている時間帯は2画面体制でした。

大谷選手は、第2子誕生を自ら祝う16号ホームラン。

サッカー日本代表は過去最多の4得点で快勝。
4点目となった上田綺世選手のヘッドは本当に凄かった。

フワッと柔らかいセンタリングを、遠いサイドのゴール奥隅にループで決めるという……

頭で捉えた後、テレビの前で「何して……」と声がでました。クロスバーの上に外したと思ったのです。

日本人があんな決め方をしているシーンを見たことが無かったからですが、欧州リーグ得点王の実力は伊達ではありませんでした。

先日のことですが、敷地調査へ行った帰りに天王寺を通りました。

ハルカスの並びにある都シティ大阪天王寺の正面あたりに、北へ抜ける陸橋があります。

JRの大和路線、環状線を越えて、阪和線手前のスロープで下るという複雑な陸橋なのです。

阪和線をくぐり、線路沿いに西へ進むと。

JRの施設が見えてきます。

ネットフェンス越しに「リラックスステーション天王寺」の文字が見えています。
以前この建物は、JRの社員食堂でした。

30年前は一般の人も入ることができ、定食が400円くらいだったと思います。

この近くのマンションでアトリエmを創業しました。
当然お金はなく、この食堂を大変重宝したのです。

そのまま、すぐ北の玉造筋に出てきました。

南北に走る玉造筋が西向きに方向を変え、天王寺動物園にぶつかるすぐ手前あたりです。

北側には中規模のバスターミナルがあるのですが、その後ろに3棟のマンションが見えています。

中央の背の低いマンションの5階に、小さな部屋を借りました。

当時、左右のマンションはなく、あたりには「高層マンション反対!」の幟が建っていました。

右手前に見えるホテルは当時のままですが、バルコニーは南向きでとても明るく、全く違った環境でした。

エントランスのある北側に回ってみます。

当時は立ちんぼが立っていたので、お世辞にも良い環境とは言えませんが、駅チカと家賃を優先しこのマンションにしました。

1996年の6月から、3年をここで過ごしたので本当に懐かしい。

1993年の「ドーハの悲劇」あたりから、サッカーの日本代表戦を観るようになりました。
1997年の「ジョホールバルの歓喜」を経て、1998年のフランス大会で初出場を果たします。

アルゼンチン戦、クロアチア戦、ジャマイカ戦と全敗しますが、27歳の私は、4畳しかない部屋に17インチくらいのブラウン管テレビを持ち込み、仕事の合間にかぶりつくように観ていました。

どんな年だったかを思い出す時、作品の年表で振り返ることが大半です。

1998年は「 白馬の山小屋」。

「Spoon cafe」が完成しました。

その時、どんな苦労をしたか、どんな喜びがあったか、それを見れば一瞬で思い出せるからです。

それと同じように、ワールドカップの記憶と共に、自分の人生を振り返ることができます。
だからこそ、世界最大のスポーツの祭典となったのでしょう。

当時、発展途上にある日本代表に自分を重ね、勇気を貰っていたのだと思います。

1997年、中田英寿選手が低い弾道のシュートで時代をこじ開け、1998年、ゴン中山選手がヒザで押し込んだ1点から28年が経ちました。

本物の点取り屋がいる日本の次戦はスウェーデン。
金曜日は楽しみしかありません。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

■■10月1日『建築人 10月号』に「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

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味は本場、値段は町中華 上町界隈の名店⑦「純華楼 上本町店」‐2331‐

屋上から西を望むと、長堀通と上町筋の交差点「上本町1丁目」の信号が見えます。

その南東角に建つ雑居ビルの2階にあるのが「純華楼 上本町店」です。

玉造に本店がありますが、すぐ近くなのでいつか行こうと思っていました。

2階へ続く階段には、餃子の写真が掛かっています。

空芯菜の写真も。

それぞれの金額が、実際には583円と1188円なのはご愛敬です。

17時開店で、17時30分頃着いたのですが、その時点ですでに4組くらいが着席していました。

「早めに来たつもりだったのにな」と思いながら、すぐに3品をオーダー。

一番初めにでてきたのは「ピータンと豆腐の冷菜」。

それをあてに飲み始めました。

ちょっと甘めで、これだけ美味しいピータンは食べたことがない、というくらい美味しかったです。

「空心菜の炒め」も看板が掛かっているだけに看板メニューのお味です。

そして「手作り餃子」がでてきました。

看板に偽りなしで、小籠包かと思うくらい肉汁があふれ出てきます。

それなのに皮はパリッと香ばしく。

2人で6個は少なかったかな……
いやいや、食べすぎは禁物……

心の中で葛藤が続くくらいの絶品でした。

「イカ下足の唐揚げ」と「砂ズリと白ネギの和え物」。

特にイカ下足が美味しい。

他にも色々食べましたが、締めに「五目チャーハン」。
からっと仕上がったうえに、玉子の味が際立っていました。

ビール2本を飲んで、2人で6500円程。

1時間半程で引き上げましたが、大満足の夜でした。

壁には、芸能人の色紙も飾ってありましたが、『ごぶごぶ』のステッカーも。

ハマちゃんがマッチをもてなす場にこの店が選ばれたとは、何とも粋なセレクトです。

店で働く人は、おそらく全員が中国人で、中国語がとびかいます。
本場の雰囲気も味わえるのです。

中国本土は未体験ですが、2019年に訪れた香港を思い出しました。

「町中華」なる言葉を時々耳にしますが、昭和の雰囲気が残る、日本人の好みに合わせた、安価な中華料理店という感じでしょうか。

味は本場、値段は町中華。

こんな申し分のない店が近くにあるのは幸せ以外の何物でもありません。

打ち合わせに見えていたクライアントが、帰り際、お子さんに「〇〇で食べて帰る?」というと、「もっと普通の店でいい」と。

〇〇は高級なタイプのお店で、私なら小躍りしてしまうかもしれません。

「純華楼 上本町店」とアジフライの美味しい「橋の湯食堂」をお勧めしてみました

「橋の湯食堂」を訪れた時は、まだ『上町界隈の名店』というコンセプトができていなかったので、そのタグを付けていません。

いずれ再訪して、またここでUPしたいと思います。

さてお2人は、どちらかの店を訪れたのか、そことは違う店になったのか。

次回打ち合わせ時に聞いてみたいと思います。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

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トータルフットボールの先にある景色‐2330‐

昨日の午後は、バスで大阪駅まで出ていました。

どんどんいかつくなっていく大阪メトロのバス。

何かに変身しそうな勢いです。

曇っていたので、スカイビルあたりまで散歩。

先週はあまり運動できなかったので、その埋め合わせのつもりです。

グランフロントまで戻ってくると、何やら花の香りが。

植え込みのプレートには「沈丁花(じんちょうげ)」とあります。

クライアントの要望で、沈丁花を植えたこともありますが、これほど強い香りを発するとは知りませんでした。

大阪駅の中央改札のすぐ前に、サッカー日本代表公式グッズストアができています。
6月11日(木)に、サッカーのワールドカップ北中米大会が開幕しました。

日本は初戦のオランダと2対2で引き分け、勝ち点1を獲得しました。

朝5時からテレビで観戦していましたが、2度目だったビハインドを試合終了間際に小川航基のヘディングで追いついた時、本当に日本は強くなったんだなと実感しました。

ショップの店員さんが来ていたユニフォームは、上田綺世の18番。
お願いすると、快く写真を撮らせてくれました。

今期のオランダリーグで得点王となり、前回ワールドカップ以降の最多得点者である彼は、次戦も先発するのか、それともオランダ戦のヒーロー小川航基に変わるのか。

こんなことを考えられるのも、日本が強くなった証です。

「NYタイムズ」は、この試合を「非常に価値あるゲームだった」とし、「オランダ代表より『トータルフットボール』に近いことをしている」という記事を掲載しました。

流動的なポジション変更によって、全員で攻撃し、全員で守備をするという考え方は、オランダ代表監督リヌス・ミケルスと、「空とぶオランダ人」ヨハン・クライフが1974年のワールドカップ西ドイツ大会で世に知らしめたものです。

近代サッカーの源流ともいえるこの戦術を、発祥の国であるオランダよりも体現できているとは……

最高の景色を見せて貰えるかもしれません。

2022年に亡くなった元日本代表監督のイビチャ・オシム。

2018年ロシア大会でベルギーに惜敗した際に、彼の以下の言葉を紹介しました。

もの静かな知将は、こんな時代がくることを予感していたのかもしれません。

これは大阪で最高の景色、かどうかは分かりませんが、6月21日(日)のチェニジア戦が、楽しみでなりません。

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あって欲しい姿より、あるべき姿で‐2329‐

1年前に頂いた、胡蝶蘭が花をつけました。

全ての花を落とした後、茎の根元で剪定していました。

葉だけ姿に見慣れていたので意外でしたが、嬉しいものです。

胡蝶蘭が咲いたタイミングで、山形のさくらんぼが届きました。

最も人気がある「佐藤錦」。

まだお会いできていない宮城の社労士さんから、今年も頂いてしまいました。

昨年は「正光錦」という品種を頂きましたが、爽やかな味わいでとても美味しかったです。

「佐藤錦」は、人気品種ということもあり、甘みと酸味のバランスが抜群でした。
赤い宝石を、スタッフと一緒に早速頂いたのです。

果樹園も営んでおられるのですが、ご自身が栽培されたものか、購入頂いたものなのか……
いずれにしても、感謝以外ありません。

大変おいしゅうございました。

先の胡蝶蘭ですが、やってきた当初は鈴なりの花を付けていました。

その姿形が華やかさを演出してくれます。

しかし、現在の姿のほうが自然な感じで私は好きです。

胡蝶蘭は、育てるのが難しいのだと思っていました。

原産地は東南アジアのジャングルで、日の当らない中で、木の幹や岩に根を絡ませて生きています。

それ故、日当たりが悪くても大丈夫で、空気中の水分を吸って生きるタフな植物のようです。
それでオフィスや店舗への贈答品として重宝されたのです。

高価な花=繊細

という勝手なイメージだったことがよく分かりました。

元は蔦のような植物なので、針金の支柱で、世間がイメージする胡蝶蘭らしい形にしているのです。
その姿形に、贈答品としての価値があるのですが、今の姿を見ると押し付けられ感は否めません。

あって欲しい姿より、あるべき姿で生きるのが一番だと思ったのです。

ただ、これを人に置き換えてみると、とても難しいお題です。

自分のありたい姿と、あるべき姿。
例えば、子供のあって欲しい姿と、あるべき姿。

簡単に答えなど出てこない問いで、ちょっとの間悩んでしまいそうです。

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生まれた時から民主主義‐2328‐

週末の雨模様とはうってかわって、日中はよい天気でした。

公園のアベリアが小さな花をつけ始めています。

近隣には緑化をしている建物が多くあります。

庭木も同じく。

よそ様の庭先でアジサイが咲きはじめたので、梅雨入りは間もなくでしょう。

雨の日には、別の味わいがあるのがアジサイです。

街の風情は、住民の地域愛で作られる共同作品といえます。

水道水が安全に飲める国は、日本を含めて、世界で11ヵ国しかないそうです。

雨が豊かな水資源を供給してくれること、国土が狭いことが大きな要因だと思います。
また、河川へのゴミ投棄が少ないことや、下水道の発達もその理由のようですが、それでもその少なさに驚きます。

更に驚いたことがありました。

完全な民主主義は、世界で24カ国しかなく、割合で言えば8%以下。
一方、権威主義は59カ国で39.4%。

民主主義を掲げていますが、実際には機能していないカンボジアやミャンマーなどは実質上、権威主義に分類されての割合です。

権威主義国家より、民主主義国家のほうが、仕事に遣り甲斐がない、などということは絶対にないはずです。
ところが、日本の国力低下が叫ばれて久しいのです。

このままでは、権威主義に飲み込まれてしまう……
民主主義が少数派だということに、背筋が寒くなるのを覚えました。

少子高齢化社会、海外資本の流入と、日本に課題は山積しています。

しかし、世界中の人が街の美しさに感激する国でもあります。
それは、地域愛によってのみ実現できることです。

生れた時から、水道水を飲むことができ、選挙が機能し、自由に発言できました。それが、どれほど恵まれたことなのか、今頃になって痛切に感じます。

これらを守りたければ、民主主義が素晴らしいものだと証明しなければなりません。

そのヒントは美しい街にあると思っています。

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ファンになるのは一瞬、心が離れるのも一瞬‐2327‐

昨日、「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」の【Works 】<Public>をUPしました。

開業2周年を迎えるまでに、検査体験と、インタビューを撮りに行きたいと思っています。

猶予はあと3ヵ月ですが。

大阪城ホールあたりを走っていると、ライブの機材を積んでいるトラックを見かけます。

先月のことですが、写真を撮っている人が居たので近づいてみると。

「B’z」のツアートラックでした。

「ガチャ販売」という表示の後ろには、人が並び始めています。

少し先には「タンブラー販売」の表示もありましたが、こちらにも列ができていました。

時刻は朝の6時を少し回ったところ。

売れ続けるとはどういうことかが、よく分かります。

2018年、蔵王からの帰り道でかなり怖い体験をしてから、すぐにドライブレコーダーを付けました。

車の中という過酷な環境だからか、最近誤作動が多くなってきました。

当時も、物は自分で購入し、取り付け店に持ち込んだので、新たな機種を購入し、その店の問合せフォームから見積りを依頼しました。

1週間経っても連絡がないので電話すると、「連絡が届いていません」と。

自動返信で「お問合せ受付完了」と連絡が来ている旨を伝えると「何か手違いがあったのか、届いていないですね」と言うのです。

改めて要件を伝えると、見積りが上がってきました。

金額は妥当な感じでしたが、取り付けできるのは2カ月先とのこと。

何とも腑に落ちないので、いつも車のメンテナンスをお願いしている「サイトウ自動車サービス」の社長に相談してみました。

「ああ、いけますよ」と。

JUNKY’Sというバスプロショップ、新車・中古車販売、アウトドアブランドも立ち上げている面白い会社です。

バスフィッシングの縁で面識ができたのです。

古いボートを売ってもらったりと、色々とお世話になっています。

場所が八尾なので、引越ししてからはちょっと遠くなりましたが、困った時は頼りになります。

実は先述の取り付け店、2018年の時はとびきり感じの良い若社長が対応してくれました。

お世辞でしょうが「僕も頑張って働いて、こんな車に乗りたいです」と、愛車を褒めてくれたのです。

今回対応してくれたのが同じ人だとしたら「8年でここまで人は変わるのか」という印象です。

当時はそこまでドライブレコーダーが普及しておらず、現在は全く違う状況になっています。
それもあって、2カ月待ちなのでしょう。

問合せの際、フォームのコメント欄に「前回、凄く良い対応をしてもらったので」と書いた、私の気持ちは、完全に踏みにじられた気分です。

ファンになるのは一瞬、心が離れるのも一瞬なのです。

ジワジワと「B’z」のファンになったという人も居るかもしれませんが、少数派でしょう。
何十年にも渡って活躍する「B’z」のツアートラックを見てそんなことを考えていました。

「B’z」のWebサイトを見に行くと、今回のツアートラックのミニチュアまで販売していました。
ガチャ販売と言い、タンブラー販売と言い、商魂逞しいものです。

「謙虚でいる」「生き残るとはこういうこと」

2つを肝に銘じたいと思うのです。

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ひと粒だけ涙を浮かべながら‐2325‐

前々回、『ミラタップ』のカタログに作品が掲載されていることを書きました。

そのカタログを実際に請求すると、リーフレットが挟まれていました。

「SUVACO」は建築関係の専門家紹介サービスですが、2024年にミラタップに事業が譲渡されました。

事例登録約7000件とありますが、その中の3つの事例に選んで貰ったのが……

「阿倍野の長屋」の写真でした。

横長にトリミングされていますが(笑)

ただ、3/7000はなかなかの倍率です。

2015年の竣工なので11年が経ちました。それでも、テレビ、住宅雑誌と本当に色々なところに露出してくれる孝行息子のような作品なのです。

ところが、ミラタップ主催のコンペでは一度も賞を取ったことがありません。
このあたりが、当社の強みであり、弱みであると思っています。

賞レースの選者が選ぶ作品ではない。
しかし、一般の人には訴求力がある。

そう考えるのが妥当かなと思っているのですが、手前味噌でしょうか。

ジョギングのコースで意外に楽しいのが繁華街ルート。

道頓堀は早朝でも活気があるので、お気に入りのコースのひとつです。

金龍ラーメンは24時間営業。

流石に朝方から食べている人はあまりいませんが。

道頓堀店は、隣地にはみだしていた尻尾を撤去すべきという判決がでたことでも話題になりました。

実際に切り取ったのが2024年で、その時に涙が追加されています。

生きていれば色々なことが起こりますが、何でもネタにしてしまうのが大阪商人です。

新世界勢は個性強め。

商売である以上、目だってなんぼです。

目だちながら、お上品な人もいますが。

江戸時代の初期に、道頓堀を開削した安井道頓・安井道卜(どうぼく)を称える碑が堺筋沿いにありました。

豊臣秀吉から命を受け、私費で湿地帯に運河を通したことが、ミナミ繁栄の礎となります。

建築設計の仕事も商売ですが、ただ目立てばよいとも考えていません。

安くないデザイン料、設計料を払って、自分達の夢を実現したいという人達は、もっと慎重に建築家を選ぶと思うからです。

意識の高い人が、多額の広告料を払い、繰り返し露出してくる宣伝に左右されるとも思えないので、真面目に物づくりを続け、その過程、結果を知ってもらうしかありません。
多額の広告料も払えませんし。

それで、自分達以外のメディアが取り上げてくれるのは、とても嬉しいことなのです。

安井道頓のことを調べていると、現在では「平野」の由来ともなった、坂上田村麻呂の子、広野の末裔、成安家出身と考えられているようです。

民間で自治をしていた、平野七名家の出身だったのです。

龍の立体オブジェとは言いませんが、アトリエmの表札は未だに養生テープにペンで書いたもの。

しかし6月中にはようやくシャッター付け替えも終わり、ファサードの完成形を披露できそうです。

平野から移転して間もなく1年3ヵ月。

本当に色々なことが起こりますが、安井道頓が同郷の先輩と知り、ますます張り切って働くのみです。
金龍のように、ひと粒だけ涙を浮かべながら……

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

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ミラタップのカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」掲載‐2323‐

今日は朝から雨。

目が覚めると、車が濡れた路面を走る音で「今日は雨だな」と分かります。

長堀通の通行量が結構あるからとも言えますが、耳で判断できることはかなり多いものです。

設計の参考にと思い、毎日「室温、湿度、天気」をメモしています。

室温25℃が、エアコンが必要になってくるボーダーラインでしょうか。

どんな時も、五感は大事にしたいと思っています。

春先は、各メーカーの新しいカタログが届く時期です。

建材メーカー「ミラタップ」の新しいカタログが届きました。

「Materials」というカタログです。

「Case Study」というページの「Case|10」。

「ドッグランのあるタイル床の家」の洗面と浴室の写真が43ページに掲載されました。

タイトルの通り、ドッグランとタイルがテーマの家です。

屋根付き駐車場の後ろに、小さなドッグラン。

そこに面したLDKも寝室も、そして水回りも全てタイル床です。

Webでも紙媒体でも見ることができるので、よければご覧ください。

もう1冊、水回り等を中心とした「Best Selection」というカタログもあります。

こちらは「シガラキ」という手洗器のページです。

何度か紹介していますが、こちらの写真は当社が設計した「あちこちでお茶できる家」の写真が使われています。

2012年の完成なので、その頃から使われているはずです。

家のあちこちでお茶できるというコンセプトの住宅ですが、広い玄関土間でもお茶できます。

家に帰ってすぐ手洗いできるよう、正面に配置しているのです。

前社名の「サンワカンパニー」時代ですが、2021年に以下のようなメールが届きました。

この時、新しいカタログを作っていく会議に参加しました。

そういう意味では、カタログ自体にもかなり思い入れがあるのです。

その時にも「あちこちでお茶できる家」の話になったのですが、現在の商品紹介写真はCGが多く、当時とはかなり状況が変わったとのことでした。

それでも、十数年に渡って採用されているのですから、誇らしい限りです。

先の「Case Study」には、「設計:株式会社一級建築士事務所アトリエm」とキャプションが入っていました。

「シガラキ」のほうはどうなっているのかなと確かめると……

かなり小さ目ですが「space design atelier-m」とありました。

ちょっと見つけるのは大変かもしれません。

そういえば、7月のNHKのテレビ番組で、1枚だけですが写真が使われることになっています。
また正確に決定すれば、ここでお知らせしたいと思います。

どんな形であれ、作り上げた風景が誰かの目に止まることはとても嬉しいことです。

■■■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■■

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原尞「私が殺した少女」読了‐2317‐

昨日は昭和の日だったので、すでにゴールデンウイークに突入しています。

打合せの花瓶にはヤマブキ。
ヤマブキ色の通り鮮やかな黄色で、社内も春の装いです。

先週末からゴールデンウィークだという話もあり、昭和世代からすると隔世の感は否めませんが、いずれにしても長期休暇は嬉しいものです。

その先週末、長女の東京での住まいがようやく決まり、妻が引越しの手伝いに行っていました。

私は大阪に残っていたので、少し料理でもしようと空堀商店街へ。

「あそこは安い」と聞いていたスーパーへ行くと、閉店間際のよう。

鮮魚コーナーでセールが始まり、若干殺気立っています。

物価高の世の中、普段からこの競争の中で買い物をしているのだなと、僅かながら妻の苦労を知りました。

今回の住まい探しは、長男が一緒に不動産会社に行ってくれたり、引越しも手伝ってくれたりと、本当に助かりました。

住まいが決まるまで、妹を泊めてくれたことが一番で、兄妹が東京にいるありがたさを、身に染みて感じていました。

新しい住まいは、築年数はそれなりですが、リノベーション後なので気に入っているそう。

バブル期の建物らしく、対面、独立キッチンです。

一通りそろえるのには、それなりの金額が掛かりますが、健康のことも考えて、できるだけ自炊して欲しいと思います。

兄妹とも、中学生に入るまではかなりの本好きでした。

そうなって欲しいと思い、面白そうな本を揃え、欲しいと言えば何でも買い与えていました。
それが、スマホを手にしてからは……どこの家庭でもある話なので書くのは止めておきます。

東京から戻った妻が言うには、長男は最近は結構本を読んでいるとのこと。
本を貸してくれる友人が居るらしいのです。

本に関しての主張は一貫していて「面白い本を読む」に限ると思っています。

先日読了した、原尞(はら りょう)の「私が殺した少女」はなかなか良かったです。

日経新聞の「私の履歴書」で、早川書房の社長が原尞に触れていました。
それなら凄い作家なのだろうと思い読んでみたのですが、読んだ後、直木賞受賞作だと知りました。

作者の経歴が特異でした。

フリージャズ・ピアニストでしたが、レイモンド・チャンドラーに傾倒して、小説家に転身。
生涯作品は10作に満たず、寡作の作家ですが、全て10万部以上の売上。

1946年生まれで、2023年に76歳で福岡で逝去されたようです。

「私が殺した少女」1989年(平成元年)発表の長編ハードボイルド小説で2作目。
私立探偵の沢崎が、裕福な家庭で起こった誘拐殺人事件に関わり、その真相を解き明かしていくというストーリーです。

修飾語を何度も重ね、繊細に描写する文体は、英語文学の翻訳書の趣きもありますが、チャンドラーの影響でしょう。

それでも読みづらくないのは、作者の力量だと思います。

面白い本を見つける方法は、「教えてもらう」か「探す」しかありません。
「教えてもらう」を超えて「貸してもらう」とはなかなかのものです。

5月4日からは数年振りの家族旅行の予定です。
5月病という言葉も聞こえてきますが5月健康で行きたいと思います。

■■■10月1日(水)『建築人 10月号』に「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」
が掲載されました■■■

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