一級建築士事務所アトリエm 守谷 昌紀 のすべての投稿

大阪市平野区、設計事務所。建築家 守谷昌紀

台湾の旅② <高雄から台中、一番美味的「肉圓」15元編>‐2348‐

8月8日(土)から8月11日(祝・火)の4日間で台湾を旅してきました。

今回は2日目の高雄、台中編です。

高雄の中心街をはずれた建物は、こんな感じですが1階の道路に面したところには、回廊のような空間があります。

「騎樓(チーロウ)」と呼ばれるものですが、車やバイクが置いてあったりして、通り抜けられない場合もあります。

そのあたりの曖昧さが、何とも台湾らしいと感じます。

高雄は特に多かったですが、信号の上に待ち時間が表示されているものがほとんどでした。

やはり大阪的、セッカチ気質なのでしょうか。

2日目も早起きしてMRTの美麗島駅へ。

真っ赤にライトアップされた夜景は前回紹介しましたが、地上部は高松伸の設計です。

一駅北の高雄駅から、赤い提灯で知られる三鳳宮のすぐ近くの三民第一公有市場まで歩きます。

うっかりしていると見逃しそうな入口が、雑居ビルの1階にありました。

市民が利用している市場は、一番気になります。

奥に抜けると、通り両脇にもずらっと店舗が並んでいます。

「肉圓」の文字がある屋台を見つけました。

実は台湾エキスパートに、いくつかアドバイスを貰ってきたのですが、その店のようです。

初めに頼んだのは、魚の団子スープ30元だったようで、追加で「肉圓」を1個だけ頼みました。

この「肉圓」はとろっとした触感の皮が独特で、中には餃子の具のような物が入っています。
醤油ベースの餡も合わせて素晴らしく美味しかったです。

合わせて45元ということは「肉圓」は15元。
全部で450円くらいです。

台湾は安くて美味しい国のようです。

高雄の中心部と違って、少し裏路地に入ると、質素な暮らしも垣間見えます。

最後に訪れる台北郊外の高級マンションと比べると、かなりの所得差があるのは間違いないようです。

どの国も、大なり小なり同じ問題を抱えているのですが。

今回からスマホを使えるようにしたのですが、その中で一番価値があったのはやはりGoogleマップ。

海外でバスに乗っている時、今どこに居るのかが分からないのが普通。

それで、運転手のすぐ後ろに居て「このバス停は〇〇か?」としつこく聞くことになります。

それがどこを移動しているのかが分かるので、もう劇的に違います。

しかし台湾のバス事情はややローテクで、乗りたい時は大きく手を挙げないと止まってくれないし、呼び鈴を押していたのに、1駅過ぎて止まったこともありました。

そのお陰で降車することになった中央公園駅付近。

一駅戻るために歩いていると、公園内でリス?に遭遇。

良いこともあるものです。

中央公園駅から、高雄市の東に位置する「衛武営国家芸術文化センター」までやってきました。

2018年の開業でMRTの高雄駅も設計したオランダのメカノーが設計しています。

しかし規模が大きすぎて、裏まで回る気力がなく……

着陸寸前の飛行機から撮った写真です。

初見でしたが、おそらく「衛武営国家芸術文化センター」だろうと分かるくらいの大きさだったのです。

お楽しみの昼食は中心街に戻る途中の「阿霞焼肉飯」で。

11時過ぎに着いたので、まだ混んでいない感じ。

焼肉飯と蛤のスープで100元。

スープ物はどこでもそうでしたが、かなりあっさり目で、生姜が効いているとても優しい味です。

焼肉飯は豚肉を甘辛く味つけて炭火で焼いたもの。

びっくりする味ではありませんが、日本の〇〇屋よりはこちらが好みです。火で炙っているひと手間でこちらに軍配なのです。

昨日、MRTからは見えたのですが、実際には写真を撮れていなかった、「高雄港クルーズターミナル」を再訪しました。

Reiser+Umemotoと、台湾の宗邁建築師事務所による共同設計で2024年に開業しました。

遠目に見ただけですが、そのフォルムに魅了されてしまいました。

MRTは、主に地下を走る路線と地上を走る路線がありますが、地上を走る路線は、電気を供給する架線が基本ありません。

駅の所にだけあり、そこでパンタグラフが上昇し充電しているよう。
最新のシステムなのでしょうか、ちょっと驚きました。

高雄市は西側が海なのですが、巨大建築が目白押しな上に、海岸地域によくある猥雑さを全く感じません。

早めの昼食は取りましたが、近くに小籠包が美味しいという「龍袍湯包」があったので高雄飯の仕上げです。

看板にカタカナが振ってあるくらいなので、日本人を十分意識しています。

台湾はクレジットカードを使えないところが、思いのほか多かったです。

屋台ばかり行っているというのもありますが、ここはカードOK。それどころか、QRコードで注文しました。

150元の価値は間違いなくありましたが、私的には15元の「肉圓」のほうに旅情を誘われるのです。

駅の方に歩いていると、ロータリーにそった形が面白い巨大建築が。

日本に戻って調べてみると、オランダのUNスタジオが設計した「大立デパート」で1997年完成のようです。

で、「MRT中央公園駅」は、プリツカー賞を受賞しているリチャード・ロジャースの設計。

2008年の開業です。

地下に向って、エスカレーターと滝が下っていく景色は、なかなか見れないものです。

台湾版新幹線の台湾高速鉄道は Taiwan High Speed Rai でTHSRと表記されていました。

台湾高速鉄道の左営駅から台中へ向かいます。

1時間弱の快適な移動でした。

台中は特にですが、台湾高速鉄道の駅は中心街から離れていることが多いのです。

バスは鉄道と違って、聞ける人運転手しかいないので、英語が通じる人と、通じない人とでは、得られる情報が全く変わってきます。

台湾は漢字圏なので何とか通じるのかなと思っていたのですが、発音が日本と全く違うので、会話で伝えるのは、ほぼ無理でした。

Googleマップは漢字表記とアルファベット表記が混じっているので、見せても分からないことも多かったです。

ただ、何番のバスに乗るかがでるので、その数字頼みという感じです。

南国のスコールのような激しい雨のなかを1時間くらい掛けて市内までバス移動。

どうやら路線バスだったようで1時間ほど掛かりました。

それでも、無事「台中国家歌劇院」までたどり着きました。

伊東豊雄の設計で2016年の開業です。

音の洞窟をコンセプトに外部と同じく、内部空間も曲面によって構成されています。

壁と柱の境のない構造ですが、緩やかに立ち上がる壁の際に水路を通し、動線を処理している点は秀逸でした。

その足でホテルにチェックインし、「逢甲國際観光夜市」にくりだします。

座って食べれそうな、台湾おでん?らしき屋台があったので、ここで遅めの夕食にしました。

具もひとつ30~40元くらいで、自分で選びます。

筋肉、てんぷら、キャベツの肉巻きのようなものまであります。

良く見る半透明の細い麺を店員が「入れるか?」と聞いてきたので、「入れて」と。
全く伸びる様子もなく、何でできているのでしょうか。

旅にでると不足がちになる野菜もたっぷり補充できました。

暑い中、知らない街の屋台で、雑踏の中で取る夕食が、私にとって一番のご馳走なのです。
お代は占めて250元。

本当に安上がりな人間なのですが、台中の夜は更けていきます。

この日で一番おいしかったのは「肉圓」1個15元でした。
屋台のおばさんは英語での金額も理解してもらえなかったですが、人柄が滲みでていました。

次回は、いよいよ台北へ。


■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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台湾の旅① <高雄はリアル建築博覧会編>‐2347‐

8月8日(土)の午前中に関空を発ちました。

2時間45分程で台湾の高雄国際空港に到着。

久し振りの海外は、4日間の台湾です。

入国してすぐ始めたのが、スマホのeSIMの設定です。

前回の海外旅行は、2019年の香港行きでしたが、その旅も含めて、海外ではスマホを頼らずに旅してきました。
苦労は多いですが、沢木耕太郎の「深夜特急」世代の私としては、旅はそういうものだと思っています。

しかし、4日で2500円くらいで使えると知り、一度試してみることに。

到着してすぐ、説明書通りに何度操作しても繋がらず……

空港のフリーWiFiに接続して、eSIM発行会社とラインでやり取りすること1時間、何とかつながりました。

全く便利になったのか、不便になったのか分かりませんが、3泊4日、台湾の旅のスタートです。

空港を出てすぐ、台湾メトロ(MRT)の駅があります。

そこに向う途中、交差点に止まるバイクの数に驚きます。

近代化された香港といった感じ。

MRTの駅はどこも美しく、かなりの本数が走っています。

EasyCardというICカードを100元で購入し、現金でチャージしていくのですが、これが旅行者にとっては、とても便利でした。

車窓からの景色にいきなり圧倒されます。

まるで万博のパビリオンのようにデザインされた、スケールで言えば何十倍もある建築が、いたるところに建っています。

高雄展覽館はフィリップ・コックスと劉培森共同設計で、2013年の完成。

造形、スケール感とも群を抜いています。

斜め向かいには、高雄85ビル。

1996年の完成で、台北101も設計した台湾人建築家、李祖原の作品です。

現在でも、台湾で2番目に高いビルなのです。

本当に、万博会場にいるような感覚です。

空港で予定より時間を使ってしまったので、遅い昼食は「港園牛肉麵」へ。

かなり混んでいましたが、少し待って「牛肉湯麺」150元にありつけました。

日本円に換算する時は約5倍なので750円くらい。

大きめの牛肉が載った、もっちりした麺は、薄味だけどとても美味しい!

ファーストコンタクトがこれなら、台湾への期待値は上がる一方です。

南部の街、高雄は海運で発展してきた街で、台湾の大阪のようなところです。

物価も安く、関西人にはより親しみ深い感じがします。

海沿いに建つ、高雄ポップミュージックセンターはスペインのマヌエル・A・モンテセリン・ラホスと台湾の翁祖模の共同設計です。

写真では伝わりにくいですが、もの凄い規模の建築でした。

到着して早々、建築的にはお腹一杯の感じですが、一旦チェックインして、瑞豐夜市に繰り出します。

宮古島より更に緯度が低いので、蒸せるような熱気ですが、ミニ遊園地があったりして、ローカル色の強い夜市でした。

MRTの高雄駅はオランダのメカノーの設計で、2024年の完成です。

地上に旧駅舎が残っていたようですが、それは見ずじまいでした。

高雄駅からすぐの三鳳宮。

赤い提灯で知られるお寺です。

この写真を撮りたいがためにここまで足を運びました。

ホテル近くの美麗島駅までMRTで戻ってきました。

この駅のステンドグラスがド派手。

イタリアのステンドグラスアーティスト、ナルシサス・クアグリアータの作品です。

地上部分は高松伸の設計で、2008年の開業です。

昼と夜の表情が全く違いますが、日本人建築家の仕事も多く見ることができました。

最後は、ホテル近くの六合国際観光夜市。

夜市のはしごです。

屋台を回って夕食を済ませました。

夕方に空港を出て、ここまで何カ所回ったのか。

Googleマップの威力を思い知ると共に、疲れすぎて、ベッドに横たわると一瞬で夢の中でした。

3回シリーズになるか、4回シリーズになるか分かりませんが、もう少し私の台湾旅に付きあって貰えると嬉しいのです。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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流政之のホンマデッカ‐2346‐

関西で最も美しいビルはと聞かれたら、大阪ビジネスパーク(OBP)のクリスタルタワーと答えます。

1990年の完成で、竹中工務店の設計施工です。

OBPは寝屋川と第二寝屋川に囲まれる三角州のような地形になっており、その先端に建つのがこの美しいビル。

まるでOBPの番人のようです。

その名前の通り、洗練された透明感は唯一無二と言ってよいでしょう。

残念ながら2023年に休刊となった『新しい住まいの設計』。

多くの作品を掲載して貰いましたが、「地元建築家がガイドする名建築 大阪編」にナビゲーターとして寄稿したこともあります。

その際にもこのクリスタルタワーを取り上げました。

しかし今回は、その前にある、存在感十分のモニュメントの話です。

彫刻家、流政之の『HOMMA DEKKA』。

1923(大正15)年長崎に生まれた流政之の父は立命館大学創設者で、同校に1941(昭和16)年に入学します。
しかし戦時中はゼロ戦のパイロットとして兵役をつとめました。

出撃命令の前に終戦となり、その後大学も中退します。
その後日本を放浪し、1955(昭和35)年頃から彫刻に打ち込むようになります。

海外の芸術家から高く評価され、1960年代に渡米し、世界的に評価されるようになります。

1966(昭和41)年、香川県庵治町にアトリエを構えます。
同じく世界的彫刻家、イサム・ノグチや家具作家、ジョージ・ナカジマを庵治町に連れてきたのは彼のようです。

2018(平成30)年に95年の生涯を閉じます。

OBPは明治時代から砲兵工廠があり軍事兵器を製造していた過去があります。

『HOMMA DEKKA』は、何だか歪んだ、現実感の薄い、錆びた巨大な大砲のようなモニュメントです。

コミカルと言えるほどバランスも欠いています。

戦争、軍事兵器に対しての皮肉のようなものを感じるのです。

自身も、特攻していたかもしれないという気持もあったはずです。

代表作『サキモリ』は、九州で防備にあたった兵士「防人」を思い、内臓を取り去り精神だけを残した像です。

彼の戦争体験が強く影響しているのは間違いないでしょう。

昨日は、長崎に原爆が投下されてから81回目の原爆の日でした。

戦争の無い世の中は絶対来ないのでしょうか。
つまらないエゴは捨てて、ただただ当たり前の平和を望みます。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

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警察24時、現行犯逮捕!‐2345‐

早朝、上町を中心にジョギングにでる時、東西南北と色々な選択肢があります。

自然を感じたい時は、北の大阪城、大川あたりを目指すのですが、繁華街めぐりも結構楽しいのです。

南西のミナミは朝方でも酔客が結構残っています。

また、道頓堀周辺は香ばしい感じのお兄さんもまだ活動中で、ちょっと怖い時もあるのです。

その点、北西のキタはミナミより年齢層がやや高い感じでしょうか。

東からアプローチすると、新御堂筋を越えたあたりからが本格的な歓楽街。

子猫が、朝食を物色中。

人は「大衆タン塩 690」が気になりますが。

新御堂筋の少し東あたりで、パトカーが赤色灯を点滅させ、その前に軽自動車が止まっていました。

交通違反かなと横を通り過ぎると、警官の声がはっきりきこえました。

「〇時〇〇分、現行犯逮捕!」

びっくりして目をやると、中年の女性に手錠を掛けたのです。
横には同じような年齢の男性もいます。

『実録、警察24時』の世界です。

ニュースで手錠が写らなくなってどのくらい経つでしょうか。

手錠を写さなくなったのは、1980年代に話題になった「ロス疑惑」のようです。

被疑者が逮捕された際に手錠を掛けられた姿が報道されました。
それが人権侵害だとした訴訟を起こしたのです。

手錠は銀色だと思っていたら、実物は艶消しの黒でした。
突然起こった予想外のことで、ドキドキしてしまいました。

繁華街コースから戻ってくると、連行されていく最中で、軽自動車はその場に置かれたまま。

そもそも、現行犯逮捕されるというのは、どんな罪だったのか……

飲酒運転は現行犯逮捕?
だとしても、現行犯逮捕=手錠?
逃亡の恐れあり?

何とも言えない、クエスチョンマークだらけの朝でした。

そのまま帰路につくと、南森町あたりで変死体を発見……

勿論嘘ですが。

ちょっと声を掛けると、酔いつぶれているだけのようでした。

安全な国、日本なのか。無防備すぎる国、日本なのか。
どちらでもあるのでしょう。

手錠姿をほぼ見なくなって30年。

確かに手を拘束される姿は、完全なる犯罪者のものでした。
全く無縁の世界だとは思いますが。

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耐えて耐えて、食べて食べて‐2344‐

日曜日の早朝、暑くなる前に現場まで移動していると、親子連れが集まっていました。

夏休み恒例のラジオ体操でしょうか。
気が付けば8月でした。

本当に暑い日が続きますが、先週火曜日で56歳になりました。

前回は熊本地震について書いたので、誕生日のことは触れませんでした。

そこに興味はないと思いますが、発生日が誕生日なので、ずっと記憶に残ると思います。

当日の夕食は、年に1回しか作ってもらえない(下ごしらえが大変だから)大好物のエビフライ。

子ども達が巣立ち、夫婦2人になったので、小さなケーキで祝ってもらいました。

この小さなケーキの金額を聞いてびっくりしましたが、確かに美味しかったです。

土曜日は初期相談が2件ありましたが、休日はスタッフが居ないので、妻にサポートしてもらいました。

それらが終わったあと、慰労のつもりで日の高いうちにアトリエを出ました。

歩いて3分程のSSK本社の近くにある「鶏屋 國型製作所」。

いつも賑わっていたので、のぞいてみたいと思っていました。

18時台に行ったので何とか席を確保できましたが、予約無しのほうが珍しいという感じでした。

古民家を改修した店内は、和の雰囲気です。

かなり混むのと、焼き物は時間が掛かるので、何かスピードメニューを頼んで欲しいと。

うずら卵の醤油漬けを頼みました。ニンニクが効いて、酒の肴にはばっちりです。

胸肉のシーザーサラダもすぐに出てきました。

焼き物は「こころ」から。

備長炭の香りと、粗塩が食欲をそそります。

さっと飲んで、さっと食べて、1時間半くらいで引き上げてきました。
夫婦で8千円くらい。

焼鳥としてはやや高めですが、丁度金額くらいのお味だと思います。

オーダー催促型の接客は、ちょっと勿体ない気がしました。
美味しければ急かされなくてもオーダーするものですから。

つい最近、土用の丑の日も終わったばかり。
正直食べ物の話ばかりです。

大阪城の南に広がる広大な平地には、秀吉が集めたお寺が沢山あります。

門の脇には、掲示板がある所が多く、元気が出たり、耳が痛かったり。

貪るのはNGです。
ただ、この暑さに打ち勝つには、しっかり食べるのは絶対条件かもしれません。

50代も真ん中を越え、還暦が近づいてきました。
30代の頃に比べると、随分怒らなく、少しは嘆かなくなったと思います。

それは当たりまえかもしれません、その倍をもうすぐ生きたことになるのですから。

ただ、娑婆で生きる私たちが、仏になれることはありません。

娑婆の語源は、サンスクリット語のサハーから来ており、漢字に意味はないよう。
意味としては「忍土」、耐え忍ぶ世界の方が合っているそうです。

娑婆=耐え忍ぶ世界

言い得て妙とはこのこと。

56歳も力強く娑婆を生き抜くために、耐えて耐えて、食べて食べて、でいきたいと思います。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

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何度も立ち上がる熊本、後ろ支えする日本‐2343‐

7月28日の夕方4時半頃、熊本で震度7の地震が発生。

熊本での震度7は、2016年の4月以来です。

2016年の際は、復興支援のために7月初めに熊本に入りました。

上空から見ても、まだまだブルーシートが目立っていました。

私が担当したのは熊本市の東隣にある嘉島町。

今回の震源地、宇城市と氷川町は熊本市と南西で接している地域です。

爆発事故が起こったイオンモール熊本は嘉島町にあり、気が気ではありません。

当時の被害も甚大でした。

復興支援と言っても、専門家としてできることは、コツコツと被害の詳細を明らかにしていくだけ。

そんな積み重ねから10年が経ったのですが……

当時の暑さも、美しい風景とは裏腹に、全く容赦のないものでした。

現時点でも、断水、停電している住戸も沢山あると報道されています。トイレ問題とともに、エアコンのことが気になります。

唯一救われるのは、熊本が水の街だということです。

阿蘇山周辺に降った雨が、熊本平野あたりで湧き水や地下水となり、美しい水が豊富にあり、活用されています。

湧き水のプールは水温が低く、クールダウンするには最適です。

また、水辺を活用できるよう、整備されているところも多く見かけました。

酷暑の時期ではありますが、それゆえ沐浴することができるとも言えます。

こういった非常時に、人の手を必要としない自然の恵みは、計り知れないものがあるのです。

昨年の8月に、能登半島へ復興支援に入った際にも「地震、水害と、どこまで続くのか……」という声を沢山聞きました。

困った時に助けられるよう、普段から一所懸命働き、税金を納めているとも言えます。

政治家の皆さんは、こんな時にギアをあげなくて、何のための政治家かとなります。

日本、世界を問わず、〇〇ファースト的なものはひとまず箪笥にしまって、骨身を惜しまず、被災者の役に立つ行動をお願いしたいと思います。

勿論、人に言うだけでなく、要請があればすぐにでも熊本へ飛んでいく準備はできています。

何度も立ち上がる熊本を、日本中で後ろ支えするしかありません。

あるのは復興への一本道だけです。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

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蛇行剣も世界遺産もやっぱり人と食‐2342‐

ホテルライクなコートハウス 「ドッグランのあるタイル床の家」の動画を【Works Video 】UPしました。

チワワ兄妹のための小さなドッグランのある家、よければご覧ください。

「日曜はどこかへ出掛けようかな」とGoogleマップを見ていると、富雄丸山古墳をみつけました。

歴史ニュース等では何度も見ましたが、位置的にもうひとつ把握できていなかったのです。

すぐ東には、道の駅「クロスウェイなかまち」もあり、駐車にも困らなそう。

第二阪奈道の中町インターを降りればすぐ。大阪から30分掛かりませんでした。

駐車場も広く、昼前に着くと十分余裕がありました。

歴史遺産+産直市場は、願ったり叶ったりの組み合わせです。

時の首相も奈良出身。

就任時の「奈良の女でございます」の言葉に恥じないよう、奈良のためにも、よろしくお願いします。

すぐ東に流れる富雄川の対岸にはイオンタウン富雄南もあります。

ダイエー、無印、飲食店等が、テナントとして入居している、郊外型のショッピングモールです。

イオンタウンで食事をしてから、富雄丸山古墳へ向かいました。

交通整理をしていた男性に聞くと、「ここを抜けると、道路に道順が描かれているので間違うことはないと思います」と教えてくれました。

道の駅を抜けて西にある小高い丘を目指します。

富雄丸山古墳は2022(令和4)年に、長さ2.85mの蛇行剣が発見されたことで、一躍注目を浴びるようになりました。

聞いた通り、国内最大の円墳にしっかり案内してくれます。

が、入口は見逃してしまいそうな小さな看板だけ。

墳丘を上ると、閑静な住宅街の端に位置することが分かります。

ネットフェンスで区切られた通路の、山側が発掘エリアのようです。

4世紀後半の古墳で、直径約109mの「造出し付円墳」とあります。

出土した、刃部が蛇のようにくねくねとしている鉄製の剣、蛇行剣は東アジア最大。

反対のなだらかに下っている斜面には、6世紀後半の丸山第2・3号墳の案内もありました。

しかし、ここが古墳と分かるものはその案内板2枚だけ。
雑草も生え放題で、正直拍子抜けしたのです。

今日の新聞で、「飛鳥・藤原の宮都」が世界文化遺産への登録が決まったという記事がでていました。

この辺りはよく通りますが、穏かな景色が好きな場所。
嬉しい一報でした。

2017年のお盆に、世界遺産の石見銀山を訪ねました。
その時に感じたのは、「あまり人が来ていないな」ということでした。

世界遺産登録が地元の悲願なのは、その知名度から来る、訪問者の増加でしょう。

しかし、受け入れる側が施設や人の準備ができていなければ、これだけ娯楽の多い時代なので、すぐに飽きられてしまいます。

道順を尋ねた、交通整理をしていた男性は真っ黒に日焼けして、とても暑そうだったので「どのくらいで交代するんですか?」と聞くと「30分毎なんです」と。

それを聞いてちょっと安心しました。本当に命の危険を感じる暑さだったので、やっぱりそうなんだと納得したのです。

「本当に暑いので気を付けて下さいね」というと、「気を付けていってらっしゃませ」と返してくれました。

道の駅で地元の野菜を買いましたが、昼食はイオンタウンのバーガーキングで食べました。

初めて食べたのですが、意外に美味しくてびっくりします。

世界遺産を目的に訪ねたとしても、心象に大きく影響するのは人と食です。
古都奈良での食の記憶が、バーガーキングなら笑えません。

私が勝手に食べただけですが、2人で1600円くらいで食べれる選択肢を準備しているバーガーキングの努力に、他の選択肢が勝てなかったとも言えます。

明日香村の穏やかな景色を世界の人が見た時にどんな感想を持つのでしょうか。

適度に賑わって欲しいですが、こればかりは需要と供給のバランスです。

楽しみにしながら見守っていきたいと思います。

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国宝・犬山城と街グルメ‐2341‐

前回、ちらと書いたのですが、海の日は愛知県犬山市を訪ねました。

名鉄名古屋駅から特急で犬山庭園駅まで30分程。

15分くらい歩くと犬山城が見えてきます。

小高い丘を登って、天守閣の下までやってきました。

石垣は自然石を積んだ野面積みです。

この日は結構混んでいて、天守閣に入るまで1時間程並びました。

急な階段を3層登ります。

この角度なので、降りる時は後ろ向きの人もいました。

3階には国宝5城の写真が展示されていました。

松江城、姫路城、彦根城、松本城と犬山城ですが、 最も古いのが犬山城です。

室町時代の天文6(1537)年に織田信長の叔父である織田信康によって築かれました。

最上階の4階まで上がってきました。

国宝5城の中でも、最上階の外に出て一周できるのは犬山城だけです。

その手摺の低さも強烈。

髙い所が苦手な私には罰ゲームレベルです。

眼下に木曽川を見下ろす眺めは絶景でした。

建築の専門家として言わせて貰えば、あの手摺のまま、誰もが回廊に出られることが、ずっとは続かない気がします。

行くなら早め、犬山城です。

すぐ東にある、有楽苑にも寄ってきました。

建築家、堀口捨己氏が監修した日本庭園ですが、園内には、こちらも国宝の如庵があります。

織田信長の弟、織田有楽斎(うらくさい)が京都で建てた茶室で、待庵、密庵と共に、茶室として国宝に指定されています。

年に数回ある特別見学会では内部を見ることができます。

そのためだけでも来る価値がありそうです。

その後、城下町を歩いて名鉄犬山駅に向かいました。

城下町に漂う、食欲を刺激する匂いの全てを我慢して、駅前の「角屋」までやってきました。

自家製麺のきしめんは650円。

ボリューム満点の味噌かつ定食は1400円。

きしめんは、関西風の出汁より魚の味がしっかりしています。
何杯でもいけそうな優しいお味でした。

味噌かつは、甘めのタレでご飯が進み過ぎます。

特にきしめんの出汁が素晴らしかったので、店員さんに「この出汁、味がしっかりして、凄く美味しかったです。何で取ってるんですか?」と聞いてみました。

「ありがとうございます。ただ、出汁は企業秘密なので言ってはいけないことになってるんです、すみません」と。

それはそうだなと納得しました。

帰り際に、女将さんがでてきてくれたので、出汁が美味しかったことを伝えると「〇〇と〇〇でしっかりめに取ってるんですよ。創業昭和26年で、微調整はしますが基本的に全く変えてないんです」と。

あれっ、教えてくれるんやと(笑)

やっぱり旅は、食と人です。

大満足の犬山城と犬山街グルメでした。

犬山城を訪れたなら、車の人も駅前の「角屋」を絶賛、お勧めしておきます。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

■■5月8日『ミラタップ』のカタログ「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■■

■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■

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相撲からサッカーへ‐2340‐

今日、7月20日は海の日。

昨日のイングランド対フランスの3位決定戦につづいて、朝4時からサッカーワールドカップの決勝を観戦しました。

連覇を目指すメッシを擁するアルゼンチンと、流れるようなパスサッカーの無敵艦隊スペイン。

延長までもつれる展開でしたが、1カ月半に渡る世界最大のお祭りは、1対0でスペインの優勝で幕を閉じました。

点数以上に差があったと感じたのは私だけではないでしょう。

お国柄、大陸柄があるから面白いのですが、やはりズルはいけません。

今大会の功労者でもあるエンソ・フェルナンデスが、イエローカード2枚で退場となったのがアルゼンチンには痛かった。

ただ、反則すれすれを繰り返していればこうなることは目に見えていた気がします。

世界一の称号にふさわしい、極上の流麗なパスサッカーを堪能させてもらいました。

プレミアムリーグのクリスタルパレス残留が決まった鎌田大地選手は、サッカーが国技になるくらいにならないと世界一は取れない、と発言しました。

相撲からサッカーへ。そんな時代がくるのでしょうか。

できる限り応援したいと思いますが、そのためにはせめて代表戦は相撲並みに必ず地上波放送をするべきだと思います。

イギリス等では、国民的関心の高いスポーツ中継の視聴機会を保障する「ユニバーサル・アクセス権」が法によって担保されています。

これは、誰もが自由に重要な情報にアクセスできるという考えと、スポーツという概念に、スポーツを応援する人も含まれているという考えからきているようです。

他のヨーロッパ諸国や韓国でも認められており、日本でも早急に法整備して欲しいものです。

スペインには可能で、体格的にそれほど変わらない日本には絶対無理ということは無いはずです。
4年とは言いませんが、本当に楽しみにしています。

国を挙げて応援するには、そんなところから始めるということだと思うのです。

決勝戦を観た後、そのまま近鉄特急で名古屋へ。

そして、犬山城を訪ねてきました。

本当に暑い一日でしたが、犬山はかなり面白かったです。

詳しくは木曜日にUPしたいと思います。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』「回遊できる家」が紹介されました■■■

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美は力‐2339‐

阿倍野区を庚申街道(こうしんかいどう)で移動していると、十字架のある塔が見えてきました。

日本基督教団南大阪教会です。

大阪が誇る巨匠・村野藤吾のデビュー作で、塔の部分は1928(昭和3)年に完成した、

当初から塔はRC造でしたが、会堂のある平屋部分は木造でした。

平屋部分が傷んできたので、1981(昭和56)年に改築されています。亡くなる3年前の完成でした。

村野の真骨頂、有機的な造形が冴えわたります。

柔らかい外壁のテクスチャーに、夏の鮮やかな花が良く似合うのです。

敷地の調査もあって最近このあたりをよく通ります。

古い住宅が結構残っているのです。

どちらの住宅も、昭和初期の建物でしょうか。

だとすれば、RC造でなくても約100年持っていることになります。

こちらも阿倍野区にある大阪府立工芸高等学校本館です。

1924(大正13)年の完成で、大阪市指定有形文化財に指定されています。

学校のWebサイトには以下の解説がありました。

1世紀前に遠くドイツの地で起こった芸術運動が、大阪の地に引き継がれていることに感動すら覚えます。

モダニズムの源流がバウハウスにあるなら、村野もその流れを汲んでいることになります。
彼らをお手本として生きてきた私達も、支流の水路くらいの流れを汲んでいると言ってもよいかもしれません。

バウハウスが、芸術学校として機能したのはわずか14年ですが、最後の校長であるミース・ファン・デル・ローエに代表されるように、装飾的ではない、機能的で、合理的な美を追求していきます。

その思想を汲んだ建築の美しさは、世界に衝撃を与えたのです。

「翼をください」等の作曲で知られる村井邦彦さんが、新聞で「美は力」という言葉を紹介していました。

美しい建築はそれ自体が力をもっています。そして、人に力を与えてくれます。

建築設計を生業としているのですが、本当にいい仕事をさせて貰っていると思います。
と同時に、その頂の高さに圧倒されることもしょっちゅう。

それでも前に。倦まず、弛まず、一歩ずつ、です。

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