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進化⇔退化、言葉という魔法‐2353‐

暑かった8月が終わり、新学期がスタートしました。

今日から月曜日までは雨マークが続きます。

天気図には、常に複数の台風があるような気さえしてきます。

近所にカトリック玉造教会があるからか、周辺にはミッションスクールが2つあります。

教会のすぐ南にあるのはプロテスタント系の大阪女学院。

何故かその前の歩道がとびきり広いのです。

この広い道を北に上がり、更に教会を行き過ぎると、細川越中守忠興(ただおき)の屋敷内にあったとされる越中井があります。

妻の細川ガラシャは信仰を守り、この屋敷で非業の死を遂げたことから、この地に教会が建てられました。

教会には細川ガラシャの像もあります。

教会のすぐ東には、カトリック系の城星学園小学校もあり、この広い歩道を、多くの学生が毎日行き来します。

夏休み明けの通学。

思い出すだけで気が重くなりそうですが、楽しそうにしている子供の方が多いようにも見えます。

と、思っていたら「そのパス、天才的!」という掛け声が聞こえてきました。

通学前に、朝から公園でサッカーをする子供達でした。
制服を見ると、地元の小学生のよう。

その元気さはノンリミットです。

「疲れた」とか「しんどい」とか言い出すのは幾つくらいなのでしょうか。

人は1歳前後から何となく言葉を使い始めますが、「ママ」「マンマ」の次が「ツカレタ」ということは無いはずです。

それが、小学生、中学生になると「だるい」とか「うざい」まで使い始めるのです。

「言葉は自分の脳が聞いているから、間違ってもネガティブな言葉は使ってはいけません。それは、天に向かって唾をはくようなものです」と、京セラ創業者の稲盛和夫さんは言っていました。

その稲盛さんや松下幸之助さんが、強く影響を受けたのが、思想家の中村天風さんです。
その著書『運命を拓く』にはこんな行があります。

笑ってしまうような方法ですが、効果は十分だと歴史が証明しているのです。

人は言葉という道具を手にし、生まれた後にも劇的に成長できるようになりました。

生物学的なDNAの進化に対して、生まれた後の進化を「文化的進化」と呼びますが、天風哲学においては、ネガティブな言葉によって、退化もすると言っているのです。

映画、ハリーポッターの最終回で、アルバス・ダンブルドアはこう言いました。

自分で自分に魔法をかけるなら、進化の魔法にしたいものです。

わかっちゃいるけど……

こんな都心部でも、夜には虫の音が聞こえてきました。

もう少し涼しくなったら、屋上で月見酒でもと、夜長を心待ちにしています。


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信仰の自由‐2222‐

6月に入りましたが、梅雨はもう少し先でしょうか。

気持ちのよい日が続きます。

先月のはじめ、ローマ・カトリック教会の新教皇が誕生したというニュースがありました。

ロバート・フランシス・プレボスト枢機卿が、第267代ローマ教皇に選ばれましたが、アメリカ出身は初めてということも話題になりました。

約14億人の信者がいるとされるローマ・カトリックの教会がすぐ近所にあります。

大阪カテドラル聖マリア大聖堂は、「ローマ教皇が直接任命し教区を統治する司教が、公式に座る椅子がある聖堂」と説明がありました。

大聖堂に隣接した高い鐘楼は、阪神淡路大震災のときに被災し、撤去されたともありました。

鐘楼も一度は見てみたかったです。

日曜日になると、色々な人種の方が教会に入っていくのを見て、Webサイトで調べてみると、日曜日は5度のミサがあり、日本語に加えて、英語、ベトナム語、韓国語のミサも開かれていました。

信者でなくても自由に参加下さいとあります。

立派な空間で、後日参加してみようとこの日は一旦帰ったのです。

入口の左には、キリシタン大名で知られる、高山右近の像があります。

高槻城の城主となった右近は、織田信長、豊臣秀吉に仕えますが、1587年突如、秀吉が伴天連(ばてれん)追放令で大名の地位を失いました。

金沢の前田利家に客将として迎えられるも、家康の禁教令でマニラへ追放。

その地で1614年に病死しました。

細川ガラシャは、明智光秀の三女、玉子として生を受けました。

1582年に信長の媒酌で細川忠興と結婚します。

しかし、1582年、光秀の本能寺の変により、細川家は玉子を離縁、丹後国に幽閉します。

同じく、1587年の伴天連追放令で、忠興から外出を禁じられますが、自宅で洗礼を受け、キリスト教徒となります。

ガラシャ(恩恵の意)はその洗礼名でした。

1600年、忠興が家康の東北の上杉氏討伐に加わった際、石田三成は忠興を味方につけるため、妻ガラシャを人質として大坂城へ連れていこうとします。

それに応じなかったため、ガラシャの屋敷に三成側が火をかけます。

キリシタンの教えでは自害が禁じられているため、家臣に胸を突かせて37歳の人生を終えたのです。

教会を少し西にいったあたりに、「越中井」が残っています。

忠興の邸内にあったものといわれ、ガラシャ最期の地とされているのです。

平日は、朝の7時からミサが行われていると知り、ジョギング帰りに初めて参加してみました。

洗礼を受けていない人は聖体拝領は受けられません。

しかし、聖書も持っていない私が参加するのは、少し場違いかなと感じました。

ただ、早朝の大聖堂の空気は清らかで、時々立ち寄らせてもらっています。

命を掛けて信仰を貫いた人が居たことは知っていましたが、より身近に感じるようになったのは事実です。

高山右近は、伝来間もない時にキリスト教に改宗、ユスト(儀の人の意)洗礼名を受けました。

全く予備知識の無い中で、改宗したその行動力にも驚かされます。

信仰の自由とは……

最近、ちょっと考えているのです。

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