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人類は進歩などしていない‐1325‐

 11月も中旬に入り、山間部では紅葉が見頃でしょうか。

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 昨日は万博公園に寄りました。

 盛りの一歩手前というところでした。

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 それでも、日当たりの良い樹は見事な朱に染まっていました。

 現在太陽の塔を管理する大阪府から、内部公開を可能にする為、改修工事に入いるとアナウンスがありました。

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 最後の内部公開の様子が新聞に載っていましたが、出来ればオリジナルの内部をみておきたかったというのが本音です。

 後悔先に立たず、です。

 すでに、足下には柵ができていました。

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 太陽の塔には3つの顔があります。

 頭頂部の顔は「未来」を表現しています。

 特殊な金色のフィルムが貼られており、上に伸びるのは避雷針です。

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 万博開催時には、レーザー光線が目から出ていたそうです。

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 正面の顔は「現在」を表します。

 この顔は、先日も紹介した全自動洗濯物折り畳み機を発表したセブンドリーマーズのグループ会社、スーパーレジン工業が製作したものです。

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 赤のライントはイタリアのガラスモザイク。

 一体これが何を表しているのか分かりませんが、躍動感を与えています。

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 そして、背面の顔は「過去」を表します。

 こちらは信楽焼きのタイルで表現されています。

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 切れ長の目で、薄く微笑んでいるようにも、怒っているようにも見えます。

 過去の顔は、初めてまじまじと見てきました。

 控えめに盛り上がる鼻筋など、見入ってしまう程の美しさ。太陽の塔は大きいので、なかなか裏まで回る機会がなかったのですが。

 1970年、大坂万博のテーマは「人類の進歩と調和」でした。

 しかし、岡本太郎はこれを真っ向から否定しました。

 「人類は進歩なんてしていない」

 「縄文土器より、土偶より美しいものを現代人はつくっていない」

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 お祭り広場を設計した丹下健三は、すでに世界的な名声を手にしていました。

 巾150m、長さ350mの世界でも類をみない大屋根を設計し、その下にパビリオンを収める計画でした。

 現在もお祭り広場の位置に、その一部が保管されています。

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 しかし、岡本太郎はその屋根を突き破る、高さ70mの巨大な塔を提案しました。

 岡本太郎は「本当の調和とは、フェアにぶつかりあうことだ」と考えていたのです。

 お祭り広場にある地下トイレは、おそらく当時のままだと思います。

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 46年の年輪を感じさせます。

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 壁に、当時の写真が飾られていました。

 現在、万博公園に残るのは太陽の塔だけです。

 建築設計に係るものとしては一抹の寂しさはありますが、丹下はそれも理解の上、岡本案を受け入れたのかもしれません。

 人の能力は石器時代より衰えているとも言います。

 毎日が生きるか死ぬかの戦いをしていた彼らより、現代人の能力が落ちるのは、至極当然かもしれません。

 当時より、生きることは容易くなったかもしれませんが、幸せや充実は増しているのか。

 岡本太郎が言いたかったのはそんなことなのかもしれません。

 情熱を爆発させるのに、条件も時代も場所も関係ないのだと彼の声が聞こえるようです。

 知った風なことを言うなと怒鳴られそうですが。

押し、押し、押しの一手だ‐1324‐  

 ドナルド・トランプ、アメリカ合衆国大統領が誕生しました。

 「第二次・安倍内閣誕生」と一面にあっても驚きませんが、今朝の新聞は二度見してしまいました。

 新聞コメントの揚げ足をとるのが趣味ではありませんが、アメリカ人タレントが「アメリカの経済をリセットして欲しい」とコメントしていました。

 実行力のある、強いリーダーは必要です。しかし人類とは誕生した時から綿々と受け継がれてきた命ですし、経済活動もまた同じ。

 ゲームではないので、リセットなど勿論できません。

 良い所は活かしながら、負の遺産があるなら、現在生きる私達が補うしかありません。誰かが解決してくれる訳ではないのですから。

 トランプ氏の話はまた最後に。

 先週の日曜日は、年内2日しかない長男の休日でした。

 どこに連れていこうかと考えた末、四日市まで出掛けることに。

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 三重県四日市市は、県庁所在地である津市を凌ぐ人口をかかえます。

 名古屋からも近く、室町時代にはすでに「四」の付く日に、市が立っていたとあるとおり、交通の要所でもありました。

 私達の目的は、鈴鹿山脈の麓に広がる、四日市スポーツランド。

 「東海アスレチック部門、第2位」の文字に惹かれました。

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 身軽な小学生2人。

 段々、ついていくのがやっと、という感じに。嬉しい反面、情けなくもあり……

 1周50分。歯ごたえ十分のアスレチックでした。

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 昼食は炉を借りてバーベキュー。

 園の人に「四日市って、どんな町ですか」と聞くと、「お茶が有名かなあ」と。

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 伊勢茶で知られる通り、あたりの水沢(すいざわ)地区は、「被せ茶」が有名なようです。

 「被せ茶」とはその名の通り、収穫前に日光を遮り、渋みを減らす生産技術。

 抹茶や玉露なども、この方法で作られるそうです。

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 もうひとつは、「やはり、四日市ぜんそくなんだろうね」とも。

 四大公害は、熊本の「水俣病」、新潟の「第二水俣病」、富山の「イタイイタイ病」、そして「四日市ぜんそく」です。

 1960年代、四日市市には日本で初めて本格的な石油コンビナートがつくられました。

 石油精製にあたり発生する有害物質が、深刻な喘息を引き起こし、犠牲者は1000人にのぼりました。

 福島原発の問題も、四日市ぜんそくも、私の住む大阪に、直接の被害があったとは言えません。

 しかし、同じ地球で暮らす以上、空も海も繋がっています。実数値は別にして、やはや影響はあります。経済活動で言えば、確実にあったと言えます。

 アメリカ国民が決めた結論を日本人の私がとやかく言う権利はありません。

 近所の住民と家族のどちらが大事かと言えば勿論家族ですが、ご近所さんも、親類も二の次でという考え方が、輸入輸出で成り立っている現代社会ではたして成立するのか。

 2012年発売の「人生はワンチャンス!」という本にトランプ氏の言葉が載っていました。

 経験と実績がない場合、エネルギーと情熱を売り込むべきだ。

 求めるものを手に入れるためには押し、押し、押しの一手だ。

 -ドナルド・トランプ-  アメリカの不動産投資家 

 本の中では不動産投資家だった肩書が、「アメリカ合衆国第45代大統領」に変わりました。

 松下幸之助翁も「この世に起こることは全て必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる」言っています。

 自らの言葉を地で行き、アメリカンドリームを手にした70歳の富豪を称賛すべきなのでしょうか。

 批判が目的ではありません。醜い舌戦はここまでにして、そのバイタリティを(多少お下品でも)アメリカの、世界の明るい未来に活かして欲しいのです。

施政者、太閤・秀吉を見習うべき‐1323‐

 ブラブラ、タモリが歩くからブラタモリ。

 なんとも安易なタイトルですが、楽しみにしている番組です。

 先週土曜日は大阪でした。

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 NHKによる圧倒的なリサーチと、専門家によるアテンドで、面白いに決まっているのですが、私が理想とする街の歩き方でもあります。

 地形、歴史から街を解き明かしていく過程が、最高に面白いのです。

 大阪のスタートはあべのハルカスからでした。

 60階の展望台から、上町台地を望みます。

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 縄文時代の地形と合わせ、上町台地の両岸が海だったという説明がありました。

 大坂城は上町台地の先端に建っています。

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 この地形が分かると、大阪の街歩きは更に面白いのです。

 これらのことは何度が触れたことがありますが、ここからの展開が流石でした。

 秀吉が整備した城下町は、天満橋、北浜へと西へ広がっていきます。

 これらの町は、通りを挟んだ南北が同じ町名になっています。町の境界は建物の背中側になっているのです。

 通りとの反対、背の部分に町の境界があるので「背割」。

 そこに通っていた下水が「背割下水」または「太閤下水」というのです。

 言葉は知っていましたが、理由を聞きいて、「流石は太閤・秀吉」と膝を打ちたくなりました。

 向かい同士で同じ町名のほうが一体感がでるだろうし、見せたくないものを裏手に回す、都市計画だったのです。

 現在工事中で、このような条件の現場があります。

 元々通りの反対側に、下水があったそうです。

 その道の専門家ではありませんが、地域的にみても太閤下水だった可能性もあるのではと思っています。

 この建物、現在の法の下では新築もままならない中、何とか躯体を残しフルリノベーションをしている最中でした。

 しかし、市から「敷地境界を越境しているのではないか」とストップがかかりました。

 確かに公図を調べると、裏路地は市の所有となっています。

 しかしクライアントに聞くと、官民の境界など元々なく、慣習で路地を残しているとのこと。

 元の通り建てるだけなので勿論越境などありませんが、境界が明確でないのに越境とはどういうことなのか。

 最終的には、現状を説明し、問題なく工事を再開したのですが、行政とはいったい何なのかと思います。

 倒壊の危険がある建物を何とかしたいというクライアトを助ける為、現場は懸命に動いています。

 しかし、簡単にクライアントや現場を呼び出し、ストップをかけます。

 そもそも、税金を払っているのはこちら側で、足を運ぶのはそちらではないかと思うのです。

 豊洲市場の問題は、新聞以上のことは知りませんが、石原慎太郎が「東京は伏魔殿だ」と言ったとありました。

 また、田中真紀子元議員も「外務省は伏魔殿」と言いました。

 誰が正しいのかは分かりませんが、伏魔殿とは、広辞苑にこうあります。

 悪魔の隠れている殿堂。悪事・陰謀などが陰で絶えずたくらまれているところ。

 本当にそうではないと、市民、都民、国民が思えるとよう、本気で考えて貰いたいのです。

 繰り返しますが、その給料は一般市民が払っている税金からでているのです。

 信長も秀吉も、楽市楽座の通り、少しも多くの商人を、城下町に集める為、知恵を絞ったはずです。

 施政者、太閤・秀吉を見習うべきだと思うのです。

美濃に燃ゆ、信長の野望‐1322‐ 

 11月に入り、今年も残すところ2ヵ月となりました。

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 今日、文化の日は朝一番の新幹線で岐阜羽島へ。

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 車では通過するものの、本格的に岐阜に来たのは学生時代以来でしょうか。

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 赤い車両の名鉄に乗り、岐阜の中心へ向かいます。

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 まずはアクア・トト ぎふへ。

 世界最大級の淡水水族館です。

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 淡水ゆえ、派手さはありません。

 しかし、それはそれでのんびりした雰囲気も悪くありませんでした。

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見せ場はやはり世界最大の淡水魚ピラルクー。

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 その深いシワは老人のようでもあり、なかなかの迫力。

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 エサやりタイムは更に迫力がありました。

 魚の切り身を食べる姿は、まさに獰猛なワニそのもの。

 肉食魚で、作家・開高健はルアーで釣り上げていましたが、これは引くでしょう。

 アクア・トト ぎふは、かなり良い評判を聞いていたので、正直言えばもっと期待していました。

もうひと押しを期待したいところです。
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 ここからは私の趣味に娘に付き合ってもらいます。

 長良川沿いに建つ、長良川国際会議場。 安藤忠雄の設計で、1995年の完成です。

 安藤の提案していたアーバンエッグは鹿児島大学だけで実現したのだと思っていました。

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 外観はモザイクタイルが貼られていましたが、これは竣工当時のままなのか。

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 鹿児島大学の稲盛会館のように卵型の空間があるのかは確認出来ませんでした。

 それはやや残念でしたが、存在感は圧倒的でした。

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 そこから長良川を挟んで見上げる金華山。

 その頂上に見えるのが岐阜城です。

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 ロープウェイで登れるのですが、標高329mにまさにそびえたっています。

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 山頂駅を降りてからも険しい階段が続き、こんなところを、攻め落とせる訳がない気がしてきます。

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 1567年、信長はこの城を攻め落とし、美濃を制定しました。

 そして「天下布武(てんかふぶ)」の印を使い始めます。

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 地名も「岐阜」と変え、武力で天下統一を果たすという意思を世に示したのです。

 長良川と濃尾平野を見下ろす景色は、まさに天下統一を目の前に、信長が見た景色でした。

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 司馬遼太郎の「国盗り物語」は、一介の油売りから身を起こした斎藤道三が、美濃の国を盗み取るのが前半。

 後半は、娘婿となった信長が、天下統一への道をひた走るという歴史小説です。

 司馬遼太郎作品の中でもベスト3に入る面白さだと思っていますが、岐阜は間違いなく日本の中心だったのです。

 一日岐阜を回り、本当に美しい、豊かな町だと感じました。

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 見渡す限りの広大な平野に、突然緑深い山が現れます。

 その間を縫うように、長良川が流れる景色は、由緒正しき日本と言えます。

 広く、美しく、水が美しい。

 海運だけがウィークポイントでしょうか。

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 金華山はもとは青葉山と呼ばれていました。

 燃えるような夕日を浴びた姿をみて、金華山と改めたそうです。

 私なりに、美濃に燃え立つ、信長の野望を感じた旅でした。

 名古屋にしろ、岐阜にしろ、なんとも魅力的な街でした。東海地方もなかなか面白い。

女人高野‐1320‐

■『住人十色』毎日放送(MBS)10月29日(土)午後5:00~5:30「松虫の長屋」放映予定■

 今日は気持ちの良い秋晴れでした。

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 しっかりとした日差しを受けた花は本当に美しいもの。花より光が美しいのかもしれません。

 日曜日は生憎曇りでしたが、近鉄電車で室生寺へ。

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 名張行きの急行で1時間。室生口大野に着くと、バスは50分待ちでした。

 1台タクシーが見えたのですが、目の前の2人連れに先を越されてしまいました。

 自然歩道を歩けば1時間くらいと聞き、歩いて行くことにしたのです。

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 歩くのはかなり早いほうで、40分位あれば着くだろうと思っていましたが、なんのなんの。

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 かなり険しい山道を7km。みっちり1時間半は掛かりました。

 山深く、他に人は全く居らずで、クマでもでるんじゃないかと心細くなり……

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 変な汗をかきながら道を急ぎ、山村の景色が開けた時はほっとしたのです。

 紅葉にはまだ早く、人も少な目。

 室生寺の建立は奈良時代末期で、国宝に指定された建物がいくつかあります。

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 鎌倉時代に建てられた本堂もその一つ。

 山深いところにあるがゆえ、山林修行の道場としての意味合いも強かったようです。

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 奥の院までの石段の長いこと。

 しかも段差がまちまちだったりして、かなり歩きにくいのです。

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 よく見ると寄進されたものなのか、ところどころに文字が刻まれています。

 バチが当たらないよう、これも修行と黙々と歩かなければなりません。

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 昨年の夏休みに山形を訪れた際、酒田市の土門拳美術館に立ち寄りました。

 写真家・土門拳は室生寺の五重塔をこよなく愛したそうです。

 創建は平安初期で国宝。是非見たいと思っていたのです。

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 高さは16.1mで、屋外にある五重塔では日本最小です。

 屋根は檜皮で葺かれ、一層目と、五層目の大きさがあまり変わらないのも珍しいプロポーションです。

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 屋根の勾配が極めて浅く、軒の深さがより強調されています。

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 また漆喰の壁と、軒を持ち出すための組物の朱色が、森の緑にとても映えていました。

 弘法大使が開いた高野山は、厳しく女人を禁制しました。

 そんな中、女性の済度をはかる道場として参詣を許したのが室生寺で、「女人高野」と呼ばれるようになりました。

 高野山が女人禁制を解除したのは明治期のこと。この男女平等の社会からは考えられないことです。

 室生寺の五重塔は、そのプロポーションといい、その色使いといい、その小ぶりさといい、極めて美しい建築です。

 私が見た五重塔の中でも、群を抜く美しさだと感じますが、これを「女性的な美しさ」以外の言葉で表現するのは難しいと思います。

 これを男女差別と言う人は居ないでしょう。

 差別など無い世の中になれば良いと思いますが、違いとは、特徴とも言えます。違いを活かし、伸ばすような生き方をしたいと思うのです。

 室生寺の五重塔は、雪景色がさらに美しいそうです。土門拳はその雪を待ち、雪景色をみて泣いたと言います。

 女の中の女。次は雪の室生を見てみたいと思うのです。

P.S.  明後日の『住人十色』ですが、以下の地域でも放送があるようなので以下にUPしておきます。

SBS(静岡放送) 毎週日曜日 午前6:15~6:45
BSS(島根・鳥取地区) 毎週土曜日 午前5:00~5:30
TUY(山形・秋田) 毎週日曜日 午前6:15~6:45
ITV(愛媛・徳島) 毎週日曜日 午前12:54~13:54
MRO(石川・福井) 毎週日曜日 午前9:55~10:30
NBC(長崎・佐賀) 毎週日曜日 午後4:30~5:00
MRT(宮崎) 毎週日曜日 午後4:30~5:00

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『住人十色』放送後のたくらみ‐1319‐

 10月21日(金)14時7分に、鳥取で震度6弱の地震が発生。

 熊本地震から半年が過ぎたというニュースがあったばかりでした。

 現在、全壊2棟、半壊3棟は、家屋の強度、地盤の良さが影響しているのではというコメントがありました。

 しかし、5つの家族にとっては大変なことです。支援活動の要請があれば出来るだけ参加したいと思っています。

 鳥取は、3年前の夏休みにゆっくり回りました。

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 境港の水木しげるロード。

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 草原に浮かぶ大山。

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 皆生(かいけ)温泉で食べた魚は本当に美味しかった。

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 東伯郡三朝町にある投げ入れ堂。

 長男と険しい参道を登ったのですが、白壁が落ちたという報道があった倉吉町のすぐ南です。

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 そして鳥取砂丘。アリジゴクを探す旅でもありました。

 地震国日本。その厳しさと私達日本人は付き合って生きてきました。宿命は背負う他ありません。

 家族で出掛けた旅を考える時、何故かこの旅を思い出すことが多いのです。

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 山陰の、美しさ、寂しさ、切なさが心に残ったと言えば、地域の人に失礼でしょうか。

 この危機に負けず頑張って欲しいと思います。

 話は変わって告知です。今週土曜、「阿倍野の長屋」の放送があります。

 すでに『住人十色』のwebサイトで、紹介されていました。

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■『住人十色』毎日放送(MBS)10月29日(土)17:00~「阿倍野の長屋」放映予定■

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 工事中からストーリー満載で、ご家族がOKしてくれたなら、取材はあるだろうなと思っていました。

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 メディアに関して「雑誌はいいけど、テレビはちょっと……」と言う方がほとんどです。

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 こちらのご家族は、もしテレビのオファーがあれば考えてみる、という感じでした。

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 実際にオファーがあってからも迷っておられたのですが「守谷さんのためなら」と一肌脱いでくれたのです。

 女性陣2人を含めて、まさに男気。

 これだけのリノベーションをさせて貰ったのですから、ご家族は勿論懸命に働いておられます。

 ご主人は整骨院を経営されており、とても繁盛しています。いつも遅くまで仕事をされているのです。

 治療に来られる患者さんの一人に、いつも前週の『住人十色』の話しをする方が居られるそうです。番組の大ファンのよう。

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 計画の途中から、ご主人と「テレビの放送が決まっても、その方には黙っておきましょうね」と、密かに企んでいたのです。

 来週あたりでも、その患者さんが治療に来られた時のことを、是非聞いてみたいと思っているのです。

 撮影現場は見に行けなかったのですが、ナビゲーターの春香クリスティーンさんも、なかなかに活躍されているタレントさんとのこと。

 その端正なルックスとは対照的な汚部屋タレントと、奥さんのやりとりが楽しみです。

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 ストーリー満載の「阿倍野の長屋」。時間のある方は是非ご覧ください。

男の中の男‐1318‐

 10月18日8(火)、広島東洋カープの黒田博樹投手が引退を表明しました。

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 1975年生まれの41歳。住之江区出身、上宮高卒となっていたので、生粋の関西人だったと初めて知りました。

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 特に広島ファンという訳ではなかったので、広島との接点は2011年の広島旅行と、2012年の講演に行った時くらいしかありません。

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 黒田投手の今年の成績が10勝8敗で防御率が3.09。

 昨年に至っては、防御率が2.55。あの小さな広島市民球場での成績です。

 また、メジャー最終年2014年の成績は11勝8敗。ヤンキースとの大型契約を蹴っての広島復帰に「男気」の文字が踊りました。

 日米通算で203勝し、引退前の3年がこの数字ですから、ただただ称賛の声しか聞こえてきません。

 スポーツ選手の引き際について、ボロボロになるまでするのか、惜しまれながら辞めるのか、という話があります。

 スポーツ選手ではない私が言うのも何ですが、スポーツ選手が、スポーツ以外で、スポーツ以上の遣り甲斐、充実を感じることはないのではと思います。

 余計なおせっかいを承知で言うなら、是非ボロボロになるまでやって欲しいと思うのです。

 例えばサッカーの中田英寿選手の引退は、とても残念に思っていました。

 能力があり、努力をし、成功し、しかも言葉を持っている。そんなアスリートはなかなか居ません。

 ビッグマッチが終わったあと、web上で直接発せられる彼の言葉に、とても興味がありました。

 しかし、今はそのブログも会員制となり、目にすることはなくなりました。

 引退後のビジネスで成功したアスリートも居ると思いますが、小さい頃から周りより優れ、打ち込んできたスポーツ以上に、自分を表現するのは簡単でないと思います。

 反対の言い方をすれば、その間、懸命に働いてきた人が、そう簡単にアスリートに負けてもいけないとも思います。

 黒田選手にもっと頑張って欲しかったと言いたいのではありません。

 ボロボロになってもおかしくない時期まで現役を続け、しかもこの成績を残した、プロ中のプロだと思っているのです。

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 上宮高校時代の監督は、コントロールが悪く控えに甘んじており目立つ選手ではなかったが、野球に取り組む真摯さは群を抜いており、誰もが一目置いていたとコメントしていました。

 プロに行くとは思っていなかった、という言葉の通り、努力によってここまで登り詰めたのです。

 スポーツ選手は早熟です。能力さえあれば、18歳でも億単位のお金を稼ぎます。

 しかし、衰えない体を持つ人間は居ません。その中で、群を抜く安定感と、見事なまでの引き際を見せて貰いました。

 引退会見等も見ていませんが、新聞に載る彼の顔をみて何とも清々しい気持ちになりました。

 まさに男の中の男。

 日本シリーズの第2戦。彼の雄姿をみたくなってきました。

日本一の兵‐1317‐ 

 昨日、電車で室生寺へ行こうと思い、近鉄上本町に向かいました。

 着くと、人身事故でいつ復旧するか分からないと。今朝の新聞に、全盲の男性がホームから転落したという記事が載っていました。

 日本の鉄道は、世界で最も安全対策が進んでいると思います。しかし、全ホームに安全柵となるとかなりの時間と、費用が掛かるでしょう。

 鉄道会社、そして利用者も、本当に難しい判断を迫られるのだと思います。

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 目的地を和歌山の九度山に変更し、難波まで移動しました。

 南海高野線の特急こうやで、橋本までは40分程。

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 ここのところ寝不足だったので電車にしたのですが、金剛山地を抜けるあたりから、車窓の景色は飽きません。

 結局昼寝はできず。

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 橋本からは、高野山行きの単線に乗り換えて20分。

 駅に着いたのがすでに16:00でした。

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 大河ドラマでも九度山が登場しているそうで、それなりの人出を覚悟していましたが、さすがにこの時間は人もまばら。

 ミュージアムも16:30に閉まるとのことでした。

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 真田の抜け穴伝説はここにもあり。

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 関ケ原の合戦では豊臣方に参加。少数で徳川方を苦しめた真田家はその名を全国に轟かせます。
 
 にも拘わらず、敗戦後は九度山への配流ですんだのは、幸村の兄、信之が徳川方についていたからです。

 兄弟で袂をわかってまで、真田家の存続を願っての策でした。

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 父・昌幸と幸村が隠遁生活を送っていた真田庵。

 ここでの生活は非常に苦しかったようで、兄・信之にお金だけでなく、酒の無心までしているのです。

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 真田紐という甲冑などを結ぶ紐を制作、販売するなどして、生活の助けにしていました。

 戦の天才、昌幸は無念にも、ここで65年の生涯を終えます。

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 ドラマ放映が決まってから出来上がった真田ミュージアム。閉館ぎりぎり、滑り込みセーフでした。

 幸村はその生涯の中で、この地で暮らした時間が最も長かったとありました。

 1614年、大坂冬の陣で秀吉の子、秀頼に請われ豊臣方として参戦。続く1615年の大坂夏の陣でも、無類の強さを発揮します。

 しかし最後は、天王寺の安居神社あたりで討ち取られます。、相手方に「わしの首級をあげ、手柄にされよ」と自らの首を差し出したとも言います。

 その時の戦いぶりを、「薩摩藩旧記雑録」で島津家久(忠恒)は以下のよう記してします。

 5月7日に家康公の本陣へ真田左衛門佐(幸村)が攻撃を仕掛け、旗本衆を追い散らし、討ち取ってしまった。

 旗本衆の中で三里もの距離を逃げた兵だけは、みな生き残ることができた。三度目の攻防で真田(幸村)も討死した。

 真田(幸村)は日本一の兵であり、古今の物語にもこれほどの武将はいない。概ね言いたいことはこれだけである。

 34歳から48歳という壮年期。戦国の世、戦上手の真田として知られ、ただ隠遁生活を求められた彼の気持ちはいかばかりだったのか……

 事後とはいえ「日本一の兵(つわもの)」と言われる程の能力があったのですから。

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 当時の九度山は、高野山への入り口としての役割はあったものの、本当に辺鄙なところだったそうです。

 ここで過ごした13年の不遇の時期があったからこそ、彼は日本一の兵へと醸成したのではないか。

 帰りの電車でそんなことを考えていました。

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 故秀吉への義を貫いたこと、世の絶対的権力者をもう一歩のところまで追い詰めたこと等が、幸村人気の基礎となっていると思います。

 あの島津家の当主に、歴史上も含めて日本一と言わせたその兵。

 冬が来れば春がくる。

 止まない雨はない。

 明けない夜もない。

 どんな時も腐らず、諦めず。そして男なら日本一を目指す。そんな気持ちにさせてくれます。

企業ってなんだ‐1316‐

 フォードが2016年末で、日本から撤退すると発表があったのは、年の初めでした。

 我が町、平野には何故かと言っては失礼ですが(誰に)、フォードのディーラーがありました。

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 私が出社する際、一番乗りの社員が周辺の掃除に出てきていました。

 50代前半でしょうか。ノータイでいかにも外車のディーラーという感じの男性でした。

 みな、次の仕事探しで大変だろうなと思っていたのです。

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 また、朝のジョギングコースには「業務スーパー」があります。

 朝の6時頃から60代後半の男性が、店前に野菜などを並べたりと、開店の準備を始めています。

 9時のオープンに備えてですが、大概1人で作業をしています。それが適正な人数なのか、経費を抑えるためにそうしているのか、私には分かりません。

 店舗は東向きで、朝の6時とはいえ夏は日が差し始めます。青果類がとても重そうで、年配だというのもあり、本当に大変そうに見えるのです。

 「業務スーパー」が2.8億の所得隠しを指摘されたのは今年の3月でした。

 企業とはなんなのかと思います。

 朝の6時から、汗水たらして働いている社員が居ると思えば、所得を隠そうとする幹部がいる。

 勿論、社員には辞める権利も保障されていますが。

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 近所のフォードでは、10月初めには全ての車がなくなり、あの大きな広告塔がガスバーナーで焼き切られていました。

 2、3日前には数人の社員が談笑していたので、引きの速さは見事な程。張り紙等も、見かけなかったような気がします。

 破たんする前に勇気ある撤退をするのは、会社を守る為に必要な場面もあるでしょう。

 しかし、フォードを気に入って何百万もの新車を買った人はどう思っているのでしょうか。

 また、思い入れを持って入社した社員は納得できるのだろうかと思います。

 「もしかすると、当社は日本から撤退するかもしれません」と言って販売したり、雇用するメーカーは無いと思います。

 仕事とはただのマネーゲームではないはずです。

 世界初の量産車、T型フォードを開発したヘンリー・フォードは、雇用に対しても、非常にフェアな目を持っていたようです。

 給料を払っているのは雇用主ではない。雇用主はお金を取り扱っているだけだ。給料を払っているのは顧客である。

 -ヘンリー・フォード-

 また、お金以外に何も生み出さないビジネスは、貧しいビジネスであるとも言いました。

 経営者として、両の目を持ちたいと思うのです。

 昨日、入社試験の面接をし、明日から実務試験を始めます。

 ここで書いたことがただの理想論にならないよう、まずは自らが懸命に働き、仕事とは何かを伝えなければなりません。

 広辞苑で「企業」を引くとこうあります。

 生産・営利の目的で、生産要素を統合し、継続的に事業を継続すること。また、その経営の主体。

 「継続」が2回も出てきます。継続、発展こそが最も難しいのです。
 
 社員数が2万人であれ、4人であれ、リーダーはそれぞれの人生背を負っているのです。

恰好をつけてやれることはひとつもない‐1315‐

 今日は体育の日。

 10月10日が体育の日なのはいつ以来でしょうか。

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 その名にふさわしく、秋晴れの朝になりました。

 隣の倉庫の解体工事も今日は休み。

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 現在は屋根の解体が終わったところですが、建物の中に光が指す様は、いつも鮮烈です。

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 アルミテープが貼ってあるところは、父がゴルフの練習をしていて穴をあけた所。

 解体が始まり、バラックから廃墟の趣きとなってきました。

 最近、廃墟マニアという言葉を聞くようになりました。確かに廃墟にはダイナミズムがあります。

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 昨年訪れた、長崎の軍艦島などもこの類でしょう。

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 雨露を凌ぐため、建築に屋根は必須ですが、それらがない状態にある種の刺激を感じるのでしょう。

 影があるから、光をより感じるのです。

 この連休はなりふり構わず、図面を描いています。設計図面は、大きく分けると基本図面と実施図面に分かれます。

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 基本図面の縮尺は1/100程度で、チラシに入っている間取り図程度と言えば伝わるでしょうか。

 一方、実施図面は、構造体、仕上材などの構成が、全て分かるように描かれている図面です。

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 現在の私の仕事は、全てのプロジェクトを統括することで、2007年以来実施図面は描いていませんでした。

 しかし、年末にマルコが辞めることになり、また、新しい社員がまだ決まっていないなか、9年振りに実施図面を描いています。

 この職人仕事を楽しみ、苦しむのも、建築設計の醍醐味です。

 また、これらに多くの時間を費やしてくれる社員に対して、改めて感謝の気持ちも沸いてくるものです。

 この仕事をしていたなら、夜明けに急かされ、変な汗をかきながら、半べそで図面を焼いた経験が何度もあるはずなのです。

本当に大切なことで、恰好をつけてやれることはひとつもない

- ノーマン・メイラー -アメリカの小説家

 仕事時間が長いのは「悪」のような時代です。

 よって無理強いはしませんし、もうそんな時代ではないと思います。

 社員が遅くまで働いていたら、「出来るだけ早く帰りなさい」とは言います。しかし、それ以上は言いません。

 互いの人生が良くなる方向だけを見れば良いと思っているので、ブレーキを掛けることはしたくないのです。

 それが、経営者のエゴがどうかは、私も正直分かりません。

 いずれにしても、私が結果を出さなければ誰もついてきてくれません。半べそをかかなくてよいよう、今日も一日なりふり構わずで。