カテゴリー別アーカイブ: 11 日常

長所と短所は併せて活かす‐1220‐

 昨日は、宝塚の現場へ行っていました。

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 ススキが穂を出し、秋の気配も深まります。

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 この現場も、年内竣工の予定で、嫌が上でも年末を意識せざる得ません。

 現場監理へ行く際は、スタッフの誰かが同行します。

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 電車、車に関わらず、帰り道では、その日の打合せを元に、良かった点、反省点を話し合うことになります。

 この復習は勿論大事で、全ての経験を次に活かさなければ、チームとしての成長は望めません。

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 この秋の旅行では、菊竹の建築を中心に回りました。

 小倉にある、北九州メディアドーム

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 吉野ヶ里歴史公園センターと、圧倒的存在感をもつ作品でした。

 菊竹は、完成した作品を担当スタッフと見に行った際、決まって「また駄目でしたね」と言うといいます。

 目指すものが高く、天才肌の菊竹なら、さもありなんと想像出来ます。多くの建築家を輩出し、これだけの実績を残すには、その位、厳しい姿勢が必要なのだと思います。

 厳しい=高い質の仕事

 こういう構図を、私も常に描いてきましたし、事実厳しいほうだと思います。

 しかし、これだけでは事務所が発展することはないのではと、最近思うようになりました。

 高度成長時代、誰もが夢を持ち易かった時代から、低成長時代に入り、夢を持続けることは簡単ではありません。

 入れ替わり立ち代り、スタッフが入社し、高校野球で言えば、松坂大輔のような怪物だけが、そのハードワークに耐え、生き残る。

 このような構図は、前時代のものとなってしまったのかもしれません。

 現在、一番響いたのは、長所も短所も併せて活かしてしまえという考えです。

 例えば、いつも不平不満を言っている社員がいるなら、品質管理部で、そのマイナスポイントを探す目を発揮してもらう。

 私達のように小さな組織なら、それだけの仕事はないのですが、個人の中でも同じことが言えます。

 気が短い≒情熱がある
 
 私の事ですが、強引なようで、短所とて、何か理由があって存在すると考えるようにしました。

  「念ずれば花開く」

 これは自然派と言われた詩人、坂村真民の「タンポポの本」にある詩です。

 良い念であれ、悪い念であれ、その花は必ず開く。それなら、何が何でも、良い念に変えるしかありません。

まっぴらごめん‐1192‐

 南大阪方面の新築相談があり、訪問してきました。

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 南海電鉄の始発駅は難波。
 
 高島屋のすぐ裏手です。

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 斜め向かいにあったのが、旧新歌舞伎座。

 解体が進んでいましたが、棟の鬼瓦が残っています。何か意図があるのでしょうか。

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 キタよりミナミの方が確実に気温が高い気がします。

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 難波駅のホームに、ラピートのピーチバージョンが停まっていました。

 青なら鉄人28号ですが、白ならガンダムに見えます。

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 未だ、ピーチは未体験ですが、関空の利用増加に最も貢献しているとのこと。南海電鉄にとっても、大事なお得意様でしょう。

 なかなか好感が持てる企画です。 
 
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 駅名をみるだけで更に暑く感じるのは、完全に思い過ごしでしょう。

 問い合わせが増えたのは有り難いことですが、逆に減ったのが、オープンデスクと就職希望です。

 オープンデスク(インターンシップ)は、学生が実務レベルの仕事を経験するシステムの総称です。

 以前、なぜ多かったかと言えば、Yahoo!で「オープンデスク」と検索すると、1番に表示されていのです。よって、オープンデスク日本一。

 多くの学生が感想を残してくれました。長期休暇は時間をずらしながら受け入れていた程で、常時2、3人の学生が居ました。

 しかし、時代と共に「学生も仕事を経験し、将来を決めるべき」という風潮になって行きます。

 数年前、建築家協会や、建築士事務所協会が、公にオープンデスク受け入れ可能な事務所を募り始めました。私も「受け入れOK」と返事をしました。

 しかし、この制度がスタートしてから、やってくる学生のテンションが変わりました。現在は、オープンデスクがカリキュラムの中にあるのでしょうか。

 それまでも面接をし、不遜な態度の学生は落としてきました。研修が始まってからも、学ぶ姿勢が足りないと判断すれば、途中で打ち切ります。

 事務所内の雰囲気を乱されてまで、受け入れる理由はないからです。その旨をまず初めに説明します。

 ところが、受け入れ表明をしてから「教えてくれるんですよね」に変わったと感じるのです。

 仮に単位が関係するなら、途中で打ち切られると困るはずです。また、送り込んでくる大学の先生も打ち切りは困る事が分り、受け入れをしないことに方針転換しました。

 人は自由です。その中で、自分で考え、選択をすることが、生きること、働くことです。制度は、その機会を無くし、若者のバイタリティーを奪うのです。

 登録していなくても、来たい人は来るだろうと思っていたら、ここ2年、オープンデスクの応募はありません。スタッフもイタリアからやってきたマルコ1年前に入ったのみ。

 まだまだ、当事務所の知名度が足りないからでしょう。

 しかし、手をこまねいていているだけでは能がありません。初任給を上げることにしました。

 以前は144,200円でしたが、160,000円としました。スタッフの給与も上げて(貰えるように頑張って貰って)、更に上げていくつもりです。まだ、胸を張って言える程の金額ではありませんが。

 厚生労働省のwebサイトによると、平成24年大卒の平均が199.6千円。まずはこあたりが目標です。

 私の初任給は12万円でした。それでも多いと思っていましたし、仕事を始めた時くらいは、清貧でよいのではと思っています。

 報酬は感謝の対価と考えています。求められ、感謝されるようになれば、それに見合う報酬を得ることが出来るのですから。

 「この世界は丁稚から」などは遠い昔になりました。それでも、アトリエmで働きたい、という若者で溢れ返る事務所を目指します。

 ただ、ボランティア、社会貢献を隠れ蓑にして、勝手なルールを押し付けられるのは、まっぴらごめんなのです。

世界と繋がる窓‐1191‐

 朝は騒がしいヒヨドリと、セミの音で目が覚めます。

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 小さな庭に、よくこれだけのセミが居るなと。

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 彼らが一週間の夏を謳歌するように、後悔の無い夏にしたいものです。

 縁側から、抜け殻のある景色も夏の間だけ。窓は採光、通風、そして景色を見る為にあります。

 逆の立場から言えば、建物の雰囲気を伝える役割もあるのです。

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 加美の家は、和室が大きくせり出しています。

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 この部屋は、日本舞踊の練習場でもあり、窓を光の舞台に見立てました。

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 柏の家は、2階にあるダイニングが北側に面しています。

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 北側は大開口に向いています。よって、内部が見え難いガラスを使いました。

 ちょっとシャイな家なのです。

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 Ohanaは写真スタジオなので、撮影の楽しさを街に伝えたいと考えました。

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 生き物に例えるなら、目が大きな建物です。建物は、窓によって街と繋がっているのです。

 会社にとっての窓は、やはり電話でしょうか。

 電話の発明者はグラハム・ベル。1876年にアメリカでの特許を取得しました。

 fax、携帯電話、スマートフォンと進化、多様化して行きますが、電話とそれ以前を比べると、小さな変化かもしれません。

 コミュニケーションを取るには、その場に行くか、誰かに何かを届けて貰う必要があったところから、一気に電子のスピードになったのですから。

 2002年に再スタートを切ってから、全く面識の無い人から、ポツポツとオファーを貰うようになりました。

 一番初めのオファーはよく覚えています。久宝寺近く、築50年くらいの平屋で、20坪くらいだったでしょうか。

 若いご夫妻で、予算は1000万円前後。リノベーションを選択しました。

 綿密に測量し、屋根裏を最大限に使うプランを考え、気合を入れてプレゼンテーションしました。気に入って貰ったと感じたのですが、結果的に実現しませんでした。

 しかし、こんな経験の繰り返しが、私を個人的に知らない人でも、web、書籍をみてオファーをくれるという自信に繋がったのです。

 バタバタしている時、困難な課題があるとき、つい電話に出る声のトーンが……

 そんな時、スタッフに自分に言い聞かせます。

 「この電話が、世界と繋がる窓なんだ。70億人と繋がれる可能性がある」

 電話の音は、希望の鐘の音。間違っても「またか~」なんて言って駄目なんのです。

クールでドライでクリーン‐1142‐ 

 先週、キッチンを見に南港へ行っていました。

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 閉鎖された、なにわの海の時空館も寂しげです。それでも、一気に視界が開ける、海沿いの景色は、爽快そのもの。

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 平日だったこともあり、ATCは思った以上に人が少ない。

 商業施設ですが、行政機関が入居していたりと、かなり違和感もあります。そこで働く人たちが一番感じているでしょうが。

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 しかし、カップルにとっては、なかなかのデートスポットと言えます。

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 「ゴールデンウィークは船に乗って、九州へでもいこうか」などと言っているのか……歳はとりなくないものです。

 新聞には、女性に興味がない男性が増えているとよく書かれています。草食系男子などという言葉も、定着しました。

 クールでドライな今の男の子は、面倒な事があるくらいなら、クリーンな独り身のほうがいい、といった論調でしょうか。

 文明社会に入り、狩猟や農耕による重労働が減って行きます。産業革命によって、男が肉体的に強い価値は、更に薄れて行きます。

 いざと言う時、体を張ってでも近しい人を守るのは、いつの時代でも男の役目です。

 世界で一番安全な国は、世界一、男性の価値が分かり難い国とも言えるのです。

 敬意をもたれず、かつ仕事をさせると、女性と比べて繊細さを欠く。今の男の子に、自信を持てと言っても、持てるはずがないと思います。

 また、その傾向は益々加速すると思います。

 宮崎駿は「大事なことはたいてい面倒くさい」と言いました。

 面倒なことから逃げて、更に面倒な仕事に生きがいをもてるはずなどありません。

 今日、事務所で面接をしました。これから春にかけては就職の季節です。 頑張れ若者。特に男の子。

セールスマンがペシミストだった場合、オプティミストだった場合‐1136‐ 

■■■相談会■■■
2月1日(日)12:00pm~3:00pm グランフロント大阪北館・5F
「サンワカンパニー」にて

 昨年末、関西スポーツサイクルセンターへ行きました。

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 いつ以来か。河内長野の山中にあり、眺めもなかなかです。

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 今年が35周年とありましたが、サイクルパラシュートは、昔に訪れた時のまま。

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 上まで30mあります。兄妹で必至でこぐ姿は、普段の喧嘩が想像できません。

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 健康によいテーマパークという売りです。変わり種自転車で、子供はヘトヘトになるまで遊んでいました。

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 このアトラクションは昔からあったのか。サイクルリュージュは、正直危険すぎます。

 リュージュのタイヤ版ですが、ブレーキを掛けなければ、命の危険を感じる位スピードがでます。

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 これだけ、こちらの判断能力を問われるアトラクションは、そうはないのでは。今時これがOKなのかと、心配するくらいです。

 そのうち無くなりそうな気がするので、気になる人は早目にどうぞ。

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 長男はサッカークラブを辞めたのですが、嫌いな訳ではありません。子供会主催の大会に出場しました。

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 娘の方は、ほぼ初めてでしたが、サッカーが楽しかったらしく、やるき満々です。

 こんな話があります。

 ペシミスト(悲観主義者)のセールスマンがある国に靴を売りに行きます。まったく売れず、仲間のオプティミスト(楽観主義者)に電話をかけました。

 「全然駄目だ。この国の人たちは靴を履かない。見込みがない」と言います。オプティミストの仲間はこう答えました。

 「見込みは十分だ。この国の人達はまだ靴を履いていない」

 出来ないということをどう捉えるかで、全ての景色は変わるという良く出来た話です。

 現実は、そこまで単純ではないのか、この程度のものなのか。

絶対に混まない抜け道‐1135‐

前回の記事で、錦織圭選手のことを書きました。

コーチとなったマイケル・チャンのとった作戦が、いかにシンプルで勇気があったかを書きたかったのです。

その作戦は、コートの後ろに下がらないというもの。

リーチは短いが、俊敏な彼の特徴を活かす、このシンプルな作戦が全米オープンの躍進を生みました。

そして開幕した全豪オープン。

錦織選手は初戦に勝利。その作戦は、ベースラインより後ろで、打ち合うというもの。ようするに、書いたこととの反対です。

ずっこけたくなりますが、現実とはそういうものです。

書く側は、単純化し、より劇的に書きたのですが、現実はもう少し複雑です。それでも物事をカテゴライスし、評価することは大切だと思っているので、懲りずに色々と書いて行くのですが。

知った風な話ついでに、今日は絶対に混まない抜け道をUPします。

【信州から大阪に帰る】

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<中央道>から<名神>に乗り換えるのルートが一般的。しかし<名神>竜王あたりは渋滞が頻発します。

<名神>に乗り換えた後、小牧ICでの<名古屋高速>に乗り換えます。そのまま南に下り、「名二環」という名古屋の環状線に乗り換え。

名古屋の北側を反時計回り。<東名阪>に乗り換えます。

その先は、亀山JCTで<新名神>に乗り換えるもよし。それも混んでいたら<名阪国道>へいくという選択肢もあります。

小牧JCTが混んでいれば、一旦<東名>を春日井ICまで戻り、<名古屋高速>の勝川ICまで戻る、のルートもあります。

【中国地方から大阪に帰る】

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<中国道>は宝塚トンネルで混み、もっと手前の<山陽道>と交わる、神戸JCTでも混むことがあります。

<山陽道>の三木JCTで明石大橋方向へ南下。布施畑JCTで<阪神高速>の北神戸線へ乗り換えます。東の蓑谷方面へ。

少し行くと白川JCTがあるので、〈阪神高速〉山手線へ乗り換え。白川南ICで降ります。ここまでがのルート。

の一般道を2km程東へ走って、の<山麓バイパス>へ。

新神戸からの一般道を南下。三宮を越え、の<ハーバーウェイ>へ。

最後は<阪神高速>湾岸線へ。

後者は一度UPしました。どちらのルートも、観光シーズンのピーク時にも混んだ事はありません。

遊びつかれた帰りの渋滞が、好きな人は居ません。渋滞につかまらないよう、出来るだけ早く帰れるよう、頭を捻るのですが、ゲーム感覚で楽しんでいます。

しかし、家族は大概夢の中。早く帰れたとしても、褒めてくれる人など居らず……

乗り換えは結構ありますが、退屈もしません。山麓バイパスからの眺めもなかなかです。

「西宮北ICから35kmの渋滞」などと言うときは、是非試してください。

暮れは元気にご挨拶 2014年‐1128‐

 ♪ 暮れは元気にご挨拶~

 メロディー付きのイメージです。この日記も今年最後になり、2014年を振り返ってみます。

1月 子を育て、孫を育て、ひ孫を育て‐1026‐

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 1月5日、祖母が90年の人生を終えました。

 「財を残して下、事業を残して中、人を残して上」は、元東京市長、後藤新平の言葉です。

 私が「人」だったかの判断は、未来の孫に委ねるとして、祖母は、子に孫に尽くした人生でした。

2月 お金では買えない、家‐1034‐

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 2月は冬季オリンピックがソチで開催されました。

 「遠里小野の家」が完成し、クライアントのお母様から有り難い言葉を貰いました。

3月 すべてはドリームショトのために‐1047‐

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 seven dreamersの芝公園ラボ、銀座ギャラリーがオープン。

コンパスを見誤らなければ、必ず夢の島にたどり着けると信じます。

4月 人の世は評判の市‐1057‐

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 4月26日(土)、27日(日)とグランフロントのサンワカンパニーでセミナーの講師をしました。人前で話すことを少し楽しめるようになったかもしれません。

5月 最後の清流に見る‐1059‐

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 ゴールデンウィークは高知、愛媛を回りました。

 最後の清流、四万十川。豊かな自然と、私達も、次の世代も、さらに次の世代も、共に生きて欲しいと願います。

6月 2人旅‐1069‐

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 なかなかのハードスケジュールを送っている長男と、2人で釣りへ。

7月 成功への情熱‐1078‐

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 イタリアから来たマルコが、スタッフに加わりました。

 あれから半年。異国の地で本当によく頑張ってくれたと思います。

 『ハウジング 9月号』「あちこちでお茶できる家」が掲載されました。

8月 フェリーで行く福岡‐1088‐

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 盆休みはフェリーで福岡へ。博多という街はとてもエネルギッシュで魅力的でした。

 フェリーで行く九州の旅は3回目だったか。常に私の旅情を掻き立ててくれるのです。

9月 『大改造!!劇的ビフォーアフター』再放送‐1099‐

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 本編、ビフォーアフター大賞、そして9月20日の再放送と「住之江の元長屋」は3回放送されました。

 そのおかげでスタートした計画もいくつかあります。また、何人かの方から「良かった」と声を掛けてもらいました。

 とても有り難いことですが、テレビはお祭りです。

 今、手元にあるプロジェクトに全力投球することが一番大切なのは間違いありません。

10月 幸せ配達人‐1105‐

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 恒例の家族写真。娘が七五三で、Ohanaへ撮影に行ってきました。カメラマンの石井さんを、勝手に「幸せ配達人」と呼ぶことにしました。

 『ハウジング12月号』「柏の家」が掲載されたのも10月でした。

11月  雪国長野‐1119‐

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 今年は9月27日御嶽山噴火、11月22日の長野北部地震と天災がありました。

 「白馬の山小屋」はリノベーションして16年。食器などの被害はあったようですが、建物は大丈夫だったとのこと。

 バランスの良い建物なので、大丈夫だと思っていましたが、安心しました。日本という国での、建築の役割、期待を改めて感じます。

12月 鬼の筆‐1120‐

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 新神戸にある「竹中大工道具博物館」で、鬼・西岡常一が、弟子入り前の小川三夫へ宛てた手紙がありました。

 堂塔建築の基盤は此の心の問題です。自らが仏者となり、衆生済度の大願をもって事に当たらねばなりません。

 技術の優秀さは此の心の上に花開くものです。

 どんな世界かに関わらず、常に心なのだと鬼は教えてくれます。

 「THE MANZAI」という番組で、今最も面白い漫才師に選ばれた、博多 華丸・大吉。

 並み居る若手をを跳ね除けての優勝でした。彼らはこんな事を言っていました。

 誰も傷つけない、漫才界の寅さんを目指している

 随分前のことですが、ドキュメンタリー番組でこんな場面を見ました。

 若者達があるテーマで議論をしています。熱くなってきたその場に、先生が割って入ります。

 「それは議論じゃない。相手を傷つけようとしているだけだ」

 競争原理の働く、自由経済社会の中で、色々な場面にでくわします。心にギスギスとした違和感を感じるときもあります。

 しかし、誰も傷つけず、誰も損をしない。そんな生き方を垣間見た気がします。年末に、いいものを見せて貰いました。

 今年もこの日記にお付き合い頂き有難うございました。来年も素晴らしい一年となることをお祈りしています。

2014年 12月29日 守谷 昌紀

リラックス‐1125‐

 快晴の青空とは裏腹に、昨日は物凄い風でした。

 爆弾低気圧という言葉は、以前からあったものなのか。

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 OBPの顔、クリスタルタワーは、竹中工務店の設計施工。1990年の完成です。

 関西で、最も美しいオフィスビルだと思いますが、鮮やかに雲を写しこみ、文字通りどこ吹く風といった佇まい。

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寒風の中、堀沿いを歩きホテルニューオータニへ。

 京セラ、JALの名誉会長、稲盛和夫さんが経営を指南するのが盛和塾。私は塾生ですが、忘年勉強会があったのです。

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 参加者は 1000人以上。私達は地元ということで、河内音頭を余興で、披露することになりました。

 私が踊りの進行を取り仕切ることになりましたが、地元塾生100名で踊るパートがあります。その全体練習は、当日の1時間のみ。

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 どんな順番で説明すれば分かりやすいか、前の晩からイメージをつくっておきました。

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 本番は、稲盛塾長も立ち上がり、会場の全員が踊ってくれる程盛り上がりました。

 大成功でほっとしたのですが、練習の進行がとても良かったと、10人位の人に褒めてもらいました。

 分かりやすかった、臨機応変だった、頭の回転が早い、と普段無いくらいに褒めてもらい、かなり喜んでいました。責任も感じましたが、楽しくやれたとも思っていました。

 何度か講演をし、人前で話す難しさを経験しました。

 どのような人の話が聞きやすいのか。注意していると、大きくは2つのパターンがあるように思います。

1. 話し手がリラックスしている。

2. 内容、人としての魅力が圧倒的。

 グイグイ引込まれていく 2. が理想ですが、簡単ではありません。多くは 1. でよさそうです。

 リラックスは状態なので、意図的につくるのは難しいと思います。よって何か行動に置き換えなければなりません。

 アスリートは良く「楽しむ」という言葉を使います。色々頭をうち「なるほど、そういう意味だったのか」と、ようやく納得できたのです。

 40を過ぎ、楽しむ、笑うの意味を知る。もう少し早くに実践していれば……素直な人でありたいものです。

遅刻厳禁‐1092‐

 夏休み中、何度か子供が事務所にやってきました。

 宿題の自由工作をするためです。

 娘は迷路。

 長男は、私がボートを降ろす模型。かなりピンポイントです。彼らの夏休みも、残すところ3日になりました。

 新聞の1面で、片田珠美という精神科医のコラムを取り上げていました。要旨は以下のようなものでした。

 日本社会の幼稚化が指摘されて久しい。クレーマー、モンスターペアレンツのように他人のせいにしたり、すぐ「キレ」たりする大人が増えた。

 子供時代は「登校拒否」、大人になってからは「出社拒否」と、「打たれ弱さ」も目立つ。

 これらの問題の根源は「自分は何でもできる」という幼児的万能感をいつまでも引きずる「成熟拒否」の蔓延がある。

 成熟した大人になるには、若い頃から転んでは起き上がる体験を繰り返すしかない。

 今週初め、ある建材メーカーから「前任の引継ぎで」と電話がありました。新任の22、3歳の女の子は、自らとったアポイントに15分遅刻。そして

「遅くなりました~」と言ったあと、すぐ営業を始めました。

「15分も遅れたら、まずは謝らないと」と言うと、間髪いれずに「済みませんでした」と。もう言わないで、というスピード感です。

 まず、自分が転んだと認識しなければ、立ち上がることは出来ないのですが。

 映画「ベスト・キッド」がリメイクされたようです。主人公の少年は、日々の雑事全てが、成長へのトレーニングだったと、後で知ります。

 そう考えれば、日常に張り合いもがでるというもの。概ね、極意というのは、誰でも知っているが、続けるのが難しいのです。

何度も言うから覚えない‐1040‐

 人の記憶は、そこから消えそうになると、脳に焼き付けられるそうです。

 先週、木曽福島へ向かう際の義妹との話しです。

 木曽福島の少し手前、中山道沿いに「寝覚めの床」という所があります。

 彼女は、小さい頃から何度も電車で、木曽の山荘へ通っています。電車がこの地に近づくと、その度に車内放送で説明が流れます。

 何十回聞いたか分からないのに、今聞かれて説明できないと、笑っていました。

 奇岩の中を木曽川が流れる景勝地。その景色に誘われ、竜宮城から帰った浦島太郎がやってきて昼寝をした。目覚めたあと、ここで玉手箱を開け、現実に戻った。夢から覚めたので「寝覚めの床」と呼ばれている。

 これがいわれです。本人の名誉のために言うと、彼女は守谷家で唯一国立大を卒業。生物の研究で、修士課程を修了しています。

 何かを記憶するには、以下のことが重要だそうです。

1. 書いたり、声に出したりして体で覚える。
2. 書く際はテキストを伏せ、思い出しながら書く。

 覚えようとして覚えるのではなく、記憶から消えようよする時、忘れたくないという脳の働きで、よる強く記憶として焼き付けられるのです。

 「学生時代に、論理的に教えて貰ったら、間違いなくやったのに」という気持ちと、「聞いたことがあるけど、やらなかったなあ」という後悔。

 いつでも言ってくれるなら、覚える必要はありません。「何度言えば分るんだ!」ではなく、何度も言うから分からないというこのパラドックス。

 人の記憶の関係は、人と人の関係そのものでした。