カテゴリー別アーカイブ: 11 日常

人気の記事と誤字脱字‐1312‐

 今週の土曜日、昨年に続いて母校の文化祭に参加します。

■■10月1日(土) 1:00pm~3:00pm 高槻中学・高校文化祭
「プロフェッショナル相談コーナー」に参加■■

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 昨年は、税理士、会計士、弁護士、医師、建築士が常に8人くらいは居たでしょうか。槻友会というOB会の活動を知って貰う活動の一環です。

 この時は、隣の教室にブースを出している保護者会の方が訪ねてきてくれました。日記が面白かったと言ってもらい、結構話し込んでいたのです。

 この日記をワードプレスという形式に移行して2年が建ちました。

 以前のエクサイトブログの方が書きやすかった面もあり、一長一短ですが、現サイトはどの記事が良く読まれているか分かります。

 この2年で最も読んで貰った1位、2位は以下の通りです。

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絶対に混まない抜け道‐1135‐ 2015年1月22日

02
ハイラックスサーフ 2011年5月9日

 1位は実用、2位は趣味といったところでしょうか。

05
阪急梅田駅の歴史 2005年10月31日

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たかがスナックパーク、されどスナックパーク‐1139‐ 2015年2月5日

 このあたりの「大阪もの」も結構読んで貰っています。

 これらの記事に、かなり誤字脱字があると分かったのが、今年の春のこと。

 ある後輩と食事をしていた時「間違いに気づいた時、メールで送ってもいいですか」と言ってくれたので、是非とお願いしました。

 するとあるわ、あるわ。

 2回に1回くらいは、助詞の間違い、漢字の変換違い、送り仮名が重なっていたり。

 あまりに多いので「申し訳ないからもういいよ」と連絡したのですが「楽しく読ませて貰ってるんで、気になさらずに」と。

 更に甘えて、先週脱稿した原稿も送ったのですが、「まえがき」から、謝りたくなるくらいあるのです。

 全5章のうち3章までチェックしてくれました。まるで赤ペン先生なので、月謝を支払わなければなりません。

 自分では、言葉を大切にしているつもりでしたが、全くでした。これでは大学入試は駄目だなと、改めて納得したのです。

 彼の、それらをチェックする能力は半端ではありません。言葉を大切にしているからか、もって生まれたものなのか。

 「ここ間違ってます」と送って貰った文章を、3回読んでも気づけない時があるのです。

 人の能力には本当に違いがあります。更に言えば、その長所や短所を自分が分かっていないケースがかなりある気がします。

 今回の一件で分かったこと。

 新たに創ることに対しては積極的だが、見直し、校正をなおざりにしてきた。

 人は不完全です。それゆえ、チームで仕事をすることに意味があるとも言えます。

 ぼつぼつと応募の連絡が届きだしました。準備を整え、次のステージに行くんだという気分なのです。

 今回くらいは、誤字脱字がなければ良いのですが。

日本全国、津々浦々‐1306‐

 家の近くには、いくつか田んぼが残ります。

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 ついこの間まではカエルの合唱だったのが、いつの間にか虫の音に。

 夏の終わりに、台風が集中するのも温暖化の影響でしょうか。

 釣りが好きで、時々奈良の山奥まで出掛けて行きます。

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 長らく行っていないのでそろそろ湖面が恋しいところ。

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 2011年の統計で、奈良県下北山村の人口は1039名。

 下北山がどのくらい田舎かは(失礼!)判断が難しいのですが、当たり前のように宅急便は届きます。

 NHKの「プロジェクトX」で、ヤマト運輸の回を観たのは10年以上前だったか。

 私が小さい頃、例えば岡山の祖父から桃が送られてきたら、近くの貨物の駅まで、取りに行っていました。

 「コストがかかる個人相手の輸送はリスクが高く不可能」が流通の常識でした。

 しかし深刻な経営難に陥っていたヤマト運輸は、1976年(昭和51年)この宅急便に社運を賭けました。

 日本全国、津々浦々に荷物を届けるという理念が、「戦後最大のサービス革命」の言葉通り、信じられないサービスを生んだのです。

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 民間企業なので、利益が出なければ会社は存続しません。

 過疎の村で、都心部と同じような利益がでることはないでしょう。しかし、全国津々浦々という理念が、社員を鼓舞し、信用を集め、物を集め、他を圧倒してきました。

 日本郵便も現在は民間会社ですが、メール便論争は記憶に新しいところ。親書は、日本郵便が独占していることを考えると、やはりアドバンテージがあるのです。

 国という障壁さえも越え、完結させたこの宅急便というサービス。

 普段は全く感謝が足りていませんが、下北山でクロネコのトラックを見て、改めて凄みを感じました。

 過疎の村、または離島など、宅急便はどこまで届くのだろうかと考えます。民でありながら、よほど公の風格を感じるのです。

 人類史上の進歩のほとんどは、不可能を受け入れなかった人々によって、達成された。

 -ビル・ゲイツ-

 困難こそが宝の山なのは誰が考えても明らか。

 手本はいたるところで目にすることが出来ますし、手本しか残り続けないとも言えるのです。

自分事と他人事‐1290‐

 昨日から横浜に来ています。

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 ずっと雨模様でしたが、今日は晴れそうです。

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 水の美しさは望めませんが、潮が香り、やはり海はいいものです。

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 クイーンズスクエアーには、横山剣の大きなポスターが掲げられていました。

 彼の出身地、横須賀はまだ訪れたことがなく、一度行ってみたい街なのです。

 先週から、隣家が建て替えのため、解体工事が始まりました。

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 境界を越えて足場を建てるとか、足場をこちらの敷地の中に張り出させて欲しいとか、説明がなく工事がスタートしました。

 隣の住人も良く知っていますし、お互い様なので構いません。しかし、他人敷地に入るのだから、説明くらいはするべきだと、施工会社に伝えました。

 こんな話を聞いている時の態度が、信用か、不信感かの分水嶺になるのが良くわかります。

 早く立ち去りたいと思っている、ただ相手の話が終わるのを待っている。そう感じた時、不信感へメーターの針は振れるのです。

 立場が変われば、感じ方が全く違うこともよく分かりました。普段は工事を監理する側の立場にいます。

 監督から近隣の話しを聞くと「お互い様ですよね」と感じることが殆どでした。

 ところが立場が変わると、子供に危険はないか。知らない職人に連れ去られはしないか……疑いの目でみれば、際限なく不安は広がるのです。

 当事者にとっては、工事をするのが大前提になっています。しかし、隣地の工事によって、全くメリットがあるわけではない、もしくはデメリットしかない、立場で考えたことがなかったことになります。

 人の気持ちになって考えると言いますが、どこまで出来たのだろうかと、考えてしまいました。

 完全に人の気持ちになる等、所詮無理なことなのかもしれません。しかし、だからこそ大事なことなのだとも言えます。

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 横浜に来た理由は、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんの話を聞くためです。

 今年も、世界5カ国から4千7百名の人達が集まりました。

 また、6名の経営者の経営とその人生を聞かせてもらいました。職種が違うから、年齢が違うから、国が違うから……違う理由を探せばいくらでもあります。

 46億年の地球の歴史の中で同じ数十年を生き、70億人の人類の中の5千人として同じ時間をすごし。重なるところを探せば、いくらでもあります。

 他人事を、どれだけ自分事として考えられるか。それが、退屈な人生を送らない要諦なのではと思うのです。

 横山剣の代名詞といえば「い~ね」。

 齢四十五にして、常に前向きで、かつ素直でありたいと思うのです。

行動の出だしは自分で決められない‐1268‐

 月曜日、建築士会から熊本での「応急危険度判定活動に参加出来るか」という連絡がありました。

 国からの要請があったようです。午後2時に連絡あり、午後5時までに返事が必要との事。

 すぐに「参加出来る」と連絡しました。この短さの中で、46名の申し出があったそうです。

 応急危険度判定とは、こういった大震災時に「応急危険度判定士」の資格を持った建築士が、現地へ調査へ赴きます。

 そして、目視でそれらの建物の危険度を判定し、以下のようなステッカーを貼るという活動です。

「危険(赤紙)」 「要注意(黄紙)」 「調査済(緑紙)」

 できれば、職能で貢献したいとの思いで、この資格を取りました。

 しかし昨日、現地の受け入れ体制がまだ整っていないので、延期されるという連絡あったのです。

 少しでも役に立てると思っていたので、肩透かしに会った気分ですが、いたしかたありません。

 現地の人の状況を考えると、そんなことは全く大したことではありませんが。

 熊本大震災の後に、2011年の5月に熊本を訪れた際の写真を載せました。

 阿蘇を巡った日は、素晴らしい天気でした。

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 その際に、南阿蘇村の洋食屋さんが美味しかったと書きました。

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 写真を探してみると見つかりました。

 ハンバーグと思っていたら、ハンバーガーでしたが。

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 更に私は、熊本牛を食べたようです。

 日本のどこに出掛けても、街に特色があり、それぞれの豊かさがあると感じます。

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 翌日、熊本市を訪れた日は雨でした。

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 稀に見る余震と多さで、その不安はいかばかりかと思います。

 誰だったか「死ぬこと以外、大した問題ではない」と書きました。生きていれば、必ず何とかなるはずです。

 強い気持ちを持って貰うしかありません。

 2007年頃、こんな事を教えて貰いました。

 行動の出だしは、潜在意識が決めているそうです。

 潜在意識とは自分でコントロール出来ない意識で、無意識と置き換えても良いでしょう。

 例えば、朝起きてまず何を始めるか、仕事場に着き、初めに何に手をつけるか。ウンウンうなって決める人は居ないはずです。

 習慣と言い換えても良いかもしれません。

 この話も、裏を取れている訳ではありません。しかし、そうなのだろうと思っています。

 海に浮かぶ氷山に例えると、水面上が顕在意識(自分でコントロール出来る意識)で、水面下が潜在意識。

 その比率は1:9と言われています。よって、潜在意識の力が圧倒的に大きいのです。

 いつも前向きな人は、それが習慣になり、いつも不平不満を言っている人は、それが潜在意識化される。

 この話を聞いた時、ゾッとしました。

 自分はどちらの時間が長かったのか……

 更に、潜在意識は疲れないという特徴を持っています。

 車の免許を取る時は、あれほど疲れた運転が、2時間くらいなら全く疲れません。むしろ、気分転換になることさえあります。これも潜在意識化の結果です。

 今回は叶わなかったのですが、また要請があれば「参加」と即答したいと思います。

 行動の出だしは決められないとするなら、普段の暮らし、態度がそのままでるだけ。常に前向きで居たいと思います。

 というか、そうでない事を想像するのが恐ろしいというのが本音です。

鳥井も松下も早川も草葉の陰から見ているぞ‐1246‐ 

 昨日は、住吉区へ現地調査へ行っていました。
 
 阿倍野区、住吉区は帝塚山で知られる通り、閑静な住宅街。このエリアで、5件程仕事をしました。

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 中央部にある万代池は、都心部は憩いの場。住所は「バンダイ」ですが、地元の人は「マンダイイケ」と呼ぶそうです。

 調査に行った先で、この辺りは空襲を逃れたのだと教えて貰いました。

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 よって、築70年以上と思われる長屋が沢山残っています。

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 ヨーロッパの街並みのように、日本の街にも秩序があった時代です。

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 阿倍野区にあるシャープ本社は1912年創業。平野から住吉に向かう途中にあります。

 経営悪化から、台湾企業「鴻海(ほんはい)」傘下に入る可能性が濃厚なよう。

 パナソニックは大阪を代表する企業ですが、シャープは阿倍野に本社がある通り、南大阪に沢山の工場があります。

 近所にも社宅が沢山あったり、同級生の親が社員だったりと、私にとっては身近な企業でした。

 関西を代表する企業、サントリー(寿屋)は1899年、鳥井信治朗によって創業されました。戦後、GHQにウィスキーを売るなどして、逞しく会社を成長させて行きました。

 一方1916年の創業している松下電機は、戦時中、飛行機などの部品を作っていた為、GHQに睨まれます。戦後すぐに大変な苦境に立たされるのです。

 そんな時、松下幸之助は旧知の鳥井に「鳥井はん、あつかましい話やけど2、3万円貸してくれへんやろか」と言いました。

 鳥井は「なに水くさいこというてはんねん」と10万円渡したそうです。今の額に置き換えると7000万円相当。それがなければ、現在の大松下は無かったかもしれません。

 7000万円と7000億は正に桁違いの額です。産業革新機構が日本だから良いのかも分かりません。しかし、他国から日本の企業はどう見えるのか。

 「やってみなはれ」 鳥井信治朗

 「この世に起こることは全て必然、必要、そしてベストのタイミングで起こる」 松下幸之助

 「人に真似される商品をつくれ」 早川徳次

 シャープペンシルを発明、国産第一号のテレビ、そしてアクオス、ヘルシオと、正に革新的な商品を生み出し、また真似されています。

 いずれも、戦火をかいくぐり発展してきた偉大な企業です。

 4年ほど前だったか、シャープに勤めるご家族から、フルリノベーション依頼がありました。

 企画も気に入って貰い、さあ計画スタートと行った時、会社の経営不振が顕著になってきます。

 転勤の可能性も高くなり、依願退職も募りだし、不安を感じた家族は、その計画はストップすることにしました。

 大企業は、多くの真面目な、愛社精神を持った家族の生活を背負っているのです。

 大手建材メーカーにの問い合わせをした時、明らかに「御社だけがお客様ではありませんので」という、応対をされたことが何度かあります。

 私たちが設計する建物は、年に10件ほど。大手ハウスメーカーに比べれば、ほんの僅かなものです。それ故、知名度を上げるためやっきになってやってきたのですが。

 すべての電話、全ての応対がこれで良かったのか。大企業病に陥ってはいないのか。僅かなところに差がでるのです。

 シャープ再建の鍵が、何かは全く知りません。

 しかし、鳥居も、松下も、早川もいつも、草葉の陰で睨みをきかせているはずです。

役と厄が鍛えてくれる‐1236‐

 今朝は、ポートアイランドへ行く用事がありました。

 JRなら「三ノ宮」、阪急、阪神なら「神戸三宮」。

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 Yahoo!路線は本当に便利ですが、駅名がヒットしない時は「融通が効かないな」と文句を言ってしまいます。

 無料にも関わらず。

 マルコは「何故こんな狭いエリアに3つも路線があるのか、外国人には分かり難い」と言っていました。
 
 ポートライナーは「三宮」から乗車ですが、ついでに神戸空港ものぞいて来ました。

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 西を見れば、右手に和田岬、先には明石大橋。

 中学・高校の頃、和田防波堤まで渡してもらい、よくチヌを釣りに来たものです。その頃は明石大橋も、神戸空港もありませんでした。

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 滑走路を見ると、なぜかカンボジアの空港を思い出しました。

 前回海外に出たのは、2012年のイタリア・スペイン行き。長らく海外に出ていないなと、旅情を駆り立てられます。

 年末、今週と、そのイタリアからセイコ一家が泊まりに来ていました。

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 ミラノでは、妻と子供が1週間世話になりました。

 セイコは、妻の昔からの友人で、3人の子供も、小さい頃から知っています。皆、本当に大きくなりました。

 セイコは、11月の日記にコメントを寄せてくれました。

 誰かに理想の結婚相手とは?と、聞かれたら、伴侶の友人を大切にできる人と答えるようにしているのは、守谷さんを見ているからです。

 勿論、私が理想の結婚相手という事はありませんが、妻の友人は大切にしているつもりです。

 妻が友人と一緒になって、私の悪口を言い出したら、際限ないだろうからです。

 半分は冗談ですが、パートナー、友人は自分で選べます。しかし、その友人、知人は自分で選べるものではありません。

 自然と、和を探します。

 人は自由です。にも関わらず、ある程度の制限があった方が、幸せを見つけ易いものです。

 無人島で、たった一人。一生遊んで暮らせると分かって、心から幸せを感じる人はいないだろうからです。

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 元旦に、大学時代の後輩から「甥っ子に話をしてやって貰えませんか」と連絡がありました。

 建築関係に進みたいそうで、早速、3日に会うことにしました。

 おそらく「為になるから」と言ったはずで、私にとって、多少ハードルの高い会食です。それ故、遣り甲斐のある役回りでもあります。

 彼は23歳。まっすぐな青年でした。少しでも、響く言葉があれば良かったのですが。

 その席で後輩は「今年で後厄が終わるので、門戸厄神にお札を返してきました」と言いました。

 「安心するのはまだ早い。節分が終わるまでが厄だから」と意地の悪いことを言っておきました。

 厄≒役

 41、2歳というのは、社会での役割が変わる頃です。用心するに越したことはありません。

 夫、父、叔父、課長、先輩……

 多少不自由そうに見える役割が増えるごとに、自分は鍛えられ、人生はより豊かなものになって行きます。

 そうでなくても、そう思い込む。

 節分まで、あと僅か。後輩よ慎重にな。

2015年 暮れは元気にご挨拶‐1234‐

 今年のテーマを年始にこう掲げました。

 「スピードは説得力」

 階段を登るように成長出来れば良いのですが、やはり簡単ではありませんでした。来年も、2ndテーマとなりそうです。

 今日は大晦日。私の2015年をまとめてみます。

0111

 1月、元旦は草津温泉日光東照宮、富士山の旅からスタートしました。

 以来、長男は温泉卵のとりこに。

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 2月、阪神百貨店の建て替えで、愛おしの「スナックパーク」が閉鎖

 この記事へのアクセスはとても多く、関西人の愛情を肌で知ることになります。
 
0311 

 3月、セブンドリーマーズ梅田オープン

 セブンドリーマーズは、その後、全自動洗濯物折り畳み機、ランドロイドを発表。社長の阪根が、パナソニック、ダイワハウスを従えた記者会見は圧巻でした。

0411

 4月、昨年の夏に完成した「滋賀の家」の撮影に行きました。

 年始には住宅誌の撮影が決まり、更にもう一誌にも写真が掲載されそうです。

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 5月、ゴールデンウィークは北海道へ。日本の端を見るがテーマです。

 小樽、札幌、稚内、旭川を車で回ってのですが、札幌郊外のモエレ沼公園が記憶に残ります。
 
 何もない小山が、子供にとって、最高の遊び場だという事を、社会が認識する必要があると思います。

0611

 6月、敬愛する作家、開高健の回顧展が開かれていました。

 「人間なんだからナ」のコピーは、その後のコピーライティングに大きな影響を与えました。

 なぜなら、安易なカタカナの使いかたが、逆に、開高の力量を認識させることになるのです。

0711

 7月、長男と2人で関西電力が主催する「黒部ルート」の見学会に参加しました。

 中島みゆきが、「プロジェクトx」の主題歌を紅白で歌う姿を、インクラインの中で見ました。 
 
  街中で頑張っている人を誰も見ず、誰も応援せず、空ばかり見上げている。名の知られたものに、華やかなものばかり追い、氷ばかりつかんでいる。空を飛ぶつばめなら、分っているだろうに。

 初めて、歌詞の真意を知ったのです。

0813

 8月、盆休みは長野栃木、福島、山形を回りました。

 「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、芭蕉が立石寺で詠んだ句。

 大雨で、あやうく蝉の声が聞けないところでした。

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 9月、シルバーウィークはフェリーで九州へ。佐賀では、菊竹清訓の建築をまわりました。

 今年は、新国立競技場のコンペの一件もあり、改めて、菊竹の偉大さを知ることになります。

1011

 10月、長男が野球をしたいと言い出してから、時間を見つけては練習しています。

 智将・野村克也の「野村ノート」

 一流とよばれる人間で親を大切にしない者はいなかった。親孝行とはすなわち感謝の心である。

 自分に足りないものは何なのか。改めて考えさせられました。

1111

 11月、そう言えば結婚12年目だったなと思い、結婚感について書きました。

 facebookも含め、最もコメントを貰いました。この日記は、私の知人より、妻の友人の方が多く読んでくれているのです。

201LDK西から

 12月、天六の住まい情報センターで、1時間半のセミナーをしました。

 「滋賀の家」「住之江の元長屋」「阿倍野の長屋」をテーマに話をしましたが、楽しいセミナーになったのではと、思っています。

 合わせて、執筆の依頼があったことも、ここで書きました。

 未来の幸せのかたちを「描く」ことが私の仕事ですが、来年はプロの端くれとして、ものを「書く」ことになりました。
 
 これも、この日記を続けてこれたからに他なりません。誰かが読んでくれると思えなければ、10年以上続けることは出来なかったと思います。

 「現場日記」と合わせ、今年もこの日記を訪れて頂き、本当に有難うございました。心から感謝しています。

 皆さんにとって、私にとって、この地球にとって、来年も素晴らしい一年となることを確信しています。

                         2015年12月31日 守谷昌紀

幸せはサークルになっている‐1227‐

 今日は朝から、岸和田にて地鎮祭でした。

 12月の寒さを感じさせない雲一つない青空。

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 その後、場所を移してな直会の場を設けて貰いました。

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 岸和田城すぐ南にある、がんこ岸和田五風荘。

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 紅葉がまさに盛りで、2時間があっという間でした。

 早速、現場日記を始めなけれなりません。

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 また「長田の家」は、今日が棟上げ。快晴の大安でした。

 昨日は、芦屋の奥池にある、小篠弘子・芦屋ギャラリーへ行っていました。

 1981年、安藤忠雄の設計した小篠邸は、住吉の長屋と共に、初期の名作です。

 増改築を経て、現在はギャラリーとなっているのです。

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 学生時代から写真でしか見たことがなく、正直、近づくだけで胸が高鳴ります。

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 アプローチの手法は、TOTOシーウィンドウと似ています。 

 元は個室棟だったのが大空間に変わり、メインギャラリーとなっていました。

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 斜面に向けての開口が、見事に紅葉を切り取っています。

 館のスタッフによると、小篠弘子はもともとは画家になりたかったそう。まるで色彩が呼応しているよう。

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 いくからか手が加わったとは言え、その手法は変わっていません。

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 反対に、メインギャラリーと向かい合う棟は、あまり手が加わっていません。


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 最初に増築された元寝室も、展示室になっていました。

 国立競技場のコンペで、色々言われている安藤ですが、やはり只者ではありません。腕は確かです。

 糊口を凌ぐ為に仕事をしているつもりはありませんが、日常は忙しなく、つい目的を見失ってしまいがちです。

 そんな時、自分にとっての頂きを見ることは、いつも目的を明確にしてくれるのです。

 宮沢賢治は「あらゆることを、自分を勘定に入れずに」と言いました。

 そこまで出来れば良いのですが、この恵まれた社会で生きてきた私達にとって、簡単なことではありません。

 クライアントを幸せにし、社員を幸せにし、それによって自分の幸せも叶えさせて貰う。

 自分は、最後に付け加えさせて貰えば良いのではないかと思っています。

 このサークルの良いところは、無理がないので、長続きするのです。

フィニッシュのイメージを持つ‐1225‐

 一度告知したのですが、12月12日(土)、住まいの情報センターでテーマでセミナーを開催します。

 「○○と一緒に暮らす」

 ペット、両親、姉妹など、様々な暮らし方をどのように実現したかという切り口で、話をしてみたいと思います。

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 現在、予約は10名程のよう。良ければ遊びに来てください。

 併せて、12月2日~12月28日まで「滋賀の家」、「黒壁の家」、「住之江の元長屋」のパネルを展示しています。

 こちらも先程、設置をすませました。

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 都心部でも、季節感のある木々があるのは、有り難い限りです。

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 庭木のモミジも、ここに来てようやく色づき始めました。

 11月も今日が最終日。
 
 今月が何日までだったか思い出すのに、未だに「ニシムクサムライ」と唱えます。

 平安京遷都は「ナクヨうぐいす」、5の平方根は「フジサンロクオウムナク」。

 私は暗記が苦手で、数限りなくゴロに助けられてきました。ゴロとは風景、イメージと言えそうです。

 円周率は3.141592……ですが、記憶世界一の人は、数字列をストーリーに置き換えていると聞いたことがあります。

 これを連続する風景と考えれば、情報量を異次元のレベルにまで引き上げられる証拠だと言えそうです。

 一時、サッカーの試合を見ていた頃「フィニッシュのイメージが出来ていない」という解説を良く聞きました。

 にわかサッカーフアンとして、勝っては欲しいのですが、90分のゲームを楽しませて貰うことが重要で、その真意が分りませんでした。

 当たり前ですがが、サッカーは1点でも相手より多くゴールし、勝つことが目的なのです。

 仕事も勝ちたいという気持ちがなければ、何より、結果を出すと決めなければ、パス回しには意味がないのです。

 この事が腑に落ちてから、スタッフへの指導方法も変えました。

 「フィニッシュのイメージを持つ」

 文字の起源が数千年前なら、人としてのイメージの起源は数百万年前。

 こちらの方が得意なのは当たり前なのかもしれません。

博愛‐1221‐

初めての海外は1995年、24歳の時でした。

新卒で就職した設計事務所をクビになってすぐ。4月だったと思います。

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「建築に対する愛が足りない」と言われてたのですが、クビになったり鬱になったりと人生には色々な事が起こります。

失業保険を使って、すぐにフランスのパリを訪れました。

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ルーブル美術館は計3日程訪れました。

その頃は、建築と言うよりアート全体に興味があったように思います。

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ピカソ、シャガール、岡本太郎にとってそうだったように、私にとってもパリは「芸術の都」でした。

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一番行きたかったのは、ル・コルビュジエ設計のロンシャン礼拝堂。あの不思議な建物を、是非自分の目で見たかったのです。

パリ北駅から急行で一時間。駅からタクシー15分程。1時間程、佇んでいました。ここから、仕事人生の2回戦がスタートしました。

パリでのテロを知ったのは、土曜日の朝、ミーティングが終ってすぐです。マルコから聞きました。

彼はイタリア人なので、隣国の事件には、より危機感を感じると思います。

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パリを訪れたのは20年前。モーリス・ユトリロの愛した、モンマルトルの丘から見た街並みも、おぼろげになってきました。

しかし、あの美しい街に、悲鳴がこだまする光景は想像出来ません。

断固として許せない。勿論そうですが、人を殺し、自爆死し、巻き添えにし、世の中の何が変わるというのか。

私は人として最もしてはいけないことは、自殺だと思っています。折角与えて貰った命を、自分で絶つ権利を人は持っていません。

自分の命、時間を大切に出来ない人が、誰かの役にたったり、愛情を注いだりは出来ないのではと思うのです。

信仰の違いがあっても、人種の違いがあっても、人は幸せを求め、子孫の繁栄を願うことに、代わりはないはず。

死ぬために生まれてくる人等、誰一人居ません。本当に対話は不可能なのでしょうか。

自由、平等、博愛。

愛するのは簡単でないとしても、博(ひろ)く知ることから始めるしかないのではと思います。

会ったことも無い人を憎みあっているなど、この高度情報化社会が生んだ負の産物です。

お化け屋敷のお化けは、暗がりで見るから怖いのであって、太陽の下で向かい合えば、怖い人等居ないはず。

政治家は、今こそ行動を起こして欲しいと思います。どんな手を使っても、会うしかないのだと思うのです。