カテゴリー別アーカイブ: 06 スポーツ

すきすき大スキー‐1354‐

 すきすき大スキー

 わたしはスキーがすきだ

 だから今年もお父さんに行きたいとたのんだ

 だけどお父さんは

 今年はお兄ちゃんのべんきょうがあるからむりや

 わたしはがっかりした

 娘が書いた4連からなる詩のでだしです。

 先生から褒められたとノートをみせれくれました。

 それほどスキーが好きだとは私が分かっておらず……

 久し振りに行ってきました。

 昨年の正月、御岳山のふもとにある開田高原へ行って以来です。

 高鷲スノーパークはトリコロールカラーのゴンドラがトレードマーク。

 良い天気に恵まれました。

 向かいには昨年は滑っていた、霊峰・御嶽山が見えます。

 中級コースまでなら、家族4人で滑れるようになりました。

 娘がこけたのは、2回くらいか。

 だいぶ安定感がでてきました。

 長男は2014年の3月からずっとスノーボードでしたが、この日は久し振りにスキーをしたいと。

 急斜面を滑っているとき、パラレルターンのきっかけをつかんだようです。

 急斜面ではハの字に開くボーゲンでは滑りにくく、スキー板を平行にしてターンするきっかけを掴みやすいのです。

 「それっ!」みたいな感じで伝えました。

 スキーは私が教えられる数少ないものなので、何とかここまで滑れるようにしてやりたいと思っていました。

 この日が「楽しい」の分水嶺になれば良いのですが。

 「白馬の山小屋」のクライアントの長男さん(ややこしい表現ですが)は私の6つ先輩です。

 クライアントが亡くなられてからは、白馬まで頻繁に足を運び、山小屋を守って下さっています。

 関西で競技スキーをしていて、この方を知らない人は居ないのですが、今年はお子さん2人が大阪府代表の国体選手に選ばれました。

 長男さんは国立大学へ通い、中学3年生の娘さんも希望の高校に合格したようです。

 親子3人での国体行きを目指してしたのですが、お父さんは100分の3秒だったか届かずだったそうです。

 2005年に、四天王寺にあった「欧風カレー工房 チロル」のファサード改修計画を手伝いました。

 店主は、若い頃から一緒にスキーをしてきた仲間でした。

 その後、そのお店は飛騨高山へ移転したのですが、メディア等でも取り上げられる人気店です。

 飛騨高山の自然に惚れて、越していきましたが、もうひとつの理由がスキーです。冬の間は店を閉め、競技スキーに打ち込むのです。

 昨年だったか、全国クラスの大会で、優勝していたと思います。

 高校野球の指導者に、「どんな選手が伸びますか」と聞くと、多くは「野球が好きな子」と答えるそうです。

 30歳近くまで、私も本気でスキーに取り組んできたつもりですが、この2人を見ていると、その「好き」には及ばないなとはっきり分かります。

 特に、6つ上の先輩の長男さんは、関西の国立大に通っています。まさに文武両道。

 お子さん2人がこの結果を出す程、お父さんの好きが凄いのだと想像するのです。

 娘がもし、本気でスキーをしたいと言ったら、はたして応えてやれるだろうか……

 自然の中でのスポーツは本当にいいものです。

 すきすき大スキー。

 なかなかいい題です。

セルヒオ・ラモスにみる格‐1336‐

 梅田阪急のコンコースに、イルミネーションをみると年末を感じます。

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 1980年代、中学、高校とここは私の通学路でした。

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 阪急百貨店側に、このようなディスプレイで飾られるようになったのは、いつからでしょうか。

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 このコンコースが、初代阪急梅田駅だった話は何度か書きました。

 また、マイケル・ダグラス、高倉健主演の映画、「ブラック・レイン」の舞台にもなりました。

 ヤクザ役で出演していた、「大阪名物パチパチパンチ」の島木譲二が亡くなったという記事を読みました。

 「大阪名物逝く」とまで書かれたら、芸人冥利につきるのではないでしょうか。

 これほどくだらなく(失礼)、わかりやすい芸は、これからの芸人にはできないのではと思います。

 ポコポコヘッドよ永遠に……

 この日曜日、クラブワールドカップの決勝戦をみました。

 ヨーロッパ・チャンピオンのレアル・マドリードと開催国枠で出場の鹿島アントラーズの対戦でした。

 世界最優秀選手に送られるパロンドールを、今年も含め4回受賞しているクリスティアーノ・ロナウド。

 いわずとしれた世界最高のポルトガル人フォワードです。

 そのロナウド率いるレアル・マドリードには、さほど詳しくない私でも知っている名前が並びます。

 メッシの所属するバルセロナとともに、世界で最も有名なクラブチームでしょう。

 先のワールドカップで、日本が散々に痛めつけられた、コロンビア代表のハメス・ロドリゲスが控えに回るほどの選手層の厚さです。

 そのスター軍団を敵にまわし、延長戦までもつれこむ熱戦でした。

 90分では2対2の同点。PKを与えるまで、アントラーズはリードしている時間帯がありました。

 その後半、守備の要、セルヒオ・ラモスはすでにイエローカードを貰っていました。退場になってもおかしくない場面があり、翌日も話題になっていました。

 解説者は「名前に遠慮したか」と言いましたが、私もそう思います。

 主審の判定には、「格」が存在していた気がします。

 にわかアントラーズファンに「もしかすると」という夢を見せてくれただけでも有り難いことですが、世の中にはこの「格」が確実に存在します。

 それは、実況中継をしていた解説者の中にもありました。

 「あのレアルがまさかこのままで終わるはずがない」という雰囲気が漂っていました。

 そう考えると、格を最も感じていなかった、または感じないようにしていたのは、鹿島の選手なのかもしれません。

 その根拠となったのは、自分達の組織力を信じる力だったのか。テレビを通してみていても、とても勇敢に見えました。

 格とは、現時点までの既成概念と言って良いかもしれません。

 本当に勝つには、まず試合に勝ち、世の中の認識を変えるまで、勝ち続けなければならないのです。

 もちろん、これはサッカーにおいてだけではありません。私の会社においても全く同じです。

 あなたは あなたがなろうとする人間になる -ジェームス・アレン-

 勇敢であること。勝ち続けなければならないこと。

 いいものを見せてもらいました。

男の中の男‐1318‐

 10月18日8(火)、広島東洋カープの黒田博樹投手が引退を表明しました。

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 1975年生まれの41歳。住之江区出身、上宮高卒となっていたので、生粋の関西人だったと初めて知りました。

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 特に広島ファンという訳ではなかったので、広島との接点は2011年の広島旅行と、2012年の講演に行った時くらいしかありません。

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 黒田投手の今年の成績が10勝8敗で防御率が3.09。

 昨年に至っては、防御率が2.55。あの小さな広島市民球場での成績です。

 また、メジャー最終年2014年の成績は11勝8敗。ヤンキースとの大型契約を蹴っての広島復帰に「男気」の文字が踊りました。

 日米通算で203勝し、引退前の3年がこの数字ですから、ただただ称賛の声しか聞こえてきません。

 スポーツ選手の引き際について、ボロボロになるまでするのか、惜しまれながら辞めるのか、という話があります。

 スポーツ選手ではない私が言うのも何ですが、スポーツ選手が、スポーツ以外で、スポーツ以上の遣り甲斐、充実を感じることはないのではと思います。

 余計なおせっかいを承知で言うなら、是非ボロボロになるまでやって欲しいと思うのです。

 例えばサッカーの中田英寿選手の引退は、とても残念に思っていました。

 能力があり、努力をし、成功し、しかも言葉を持っている。そんなアスリートはなかなか居ません。

 ビッグマッチが終わったあと、web上で直接発せられる彼の言葉に、とても興味がありました。

 しかし、今はそのブログも会員制となり、目にすることはなくなりました。

 引退後のビジネスで成功したアスリートも居ると思いますが、小さい頃から周りより優れ、打ち込んできたスポーツ以上に、自分を表現するのは簡単でないと思います。

 反対の言い方をすれば、その間、懸命に働いてきた人が、そう簡単にアスリートに負けてもいけないとも思います。

 黒田選手にもっと頑張って欲しかったと言いたいのではありません。

 ボロボロになってもおかしくない時期まで現役を続け、しかもこの成績を残した、プロ中のプロだと思っているのです。

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 上宮高校時代の監督は、コントロールが悪く控えに甘んじており目立つ選手ではなかったが、野球に取り組む真摯さは群を抜いており、誰もが一目置いていたとコメントしていました。

 プロに行くとは思っていなかった、という言葉の通り、努力によってここまで登り詰めたのです。

 スポーツ選手は早熟です。能力さえあれば、18歳でも億単位のお金を稼ぎます。

 しかし、衰えない体を持つ人間は居ません。その中で、群を抜く安定感と、見事なまでの引き際を見せて貰いました。

 引退会見等も見ていませんが、新聞に載る彼の顔をみて何とも清々しい気持ちになりました。

 まさに男の中の男。

 日本シリーズの第2戦。彼の雄姿をみたくなってきました。

準備がすべて‐1282‐

 2週間程前、富田林へ行く機会がありました。

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 久し振りにPLの塔を真近でみましたが、その迫力に圧倒されます。

 高さ180m、設計は日建設計。1970年8月1日の完成です。

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 野球部の消滅問題や、清原の事件で良い話を聞きませんが、私達の世代で言えばPL高校は名門中の名門。

 その母体となるパーフェクトリバティー教団ですが、「人生は芸術である」という教えだそうです。

 人差し指がモチーフだと聞いたことがありますが、このPLの塔こそまさに芸術です。

 イチローの日米通算安打が、ピート・ローズの4256本を超えました。

 イチローにしろ、王さんにしろ、日本の偉大なプレーヤーはクールな人格者が多く、それゆえ頂点にまで登りつめたのだと思っていました。

 ピート・ローズの「高校の安打も含めてくれ」とはまるで駄々っ子のようにも見えます。

 また、張本さんは、イチローがこの記録を達成したら「アメリカにざまあみろと、言ってやりたい」と発言していたので、やはりパーソナリティーによるようです。

 彼らは、闘争心で結果を出してきたタイプなのだと想像できるのですが。

 最近、家族でハリー・ポッターの映画を観ています。

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 原作は、J・K・ローリングの初作品にして、言わずと知れた世界的ベストセラーです。

 主人公のハリーは、自分が魔法使いであることを知り、両親を殺したヴォルデモートと対決するというストーリー。

 ハリーは生まれながらにして、特殊な力を持っており、その成長が描かれる壮大な物語です。

 映画は初めて観ましたが、大人も十分楽しめました。

 スーパーマンを劇場で観たのは小学校の時。「自分にも何か特別な力があればいいのに」と思ったものです。

 あれから40年が経ち、分かったことは「特別な力など無い」と言う事です。

 日々の積み重ねだけが、僅かに自分の長所を伸ばしてくれると言う事だけを学びました。

 ハリー・ポッターを観終わって、子供にそんな話をしてしまいました。

 全く夢のない話とも言えるし、夢だらけの話でもあるのですが、子供達はどう感じたのでしょうか

 イチローの4256本目のヒットは、捕手前の内野安打だったようです。これも全力疾走の賜物ですが、2009年に彼の内野安打に対しての考えを書きました。

 その中で、私はこう書きました。

 5年程前に、MLB経験のある現、楽天の中村紀洋選手がイチローに「セーフティーバントみたいな、せこい事をするな」とメッセージを送っていました。彼の意見も分からなくはありません。しかし、どちらが目的に純粋かは明らかです。

 中村紀洋選手は、一流の長距離打者でしたが、やはり視点の違いが、そのまま結果に出ていると思います。どうみられるかではないのです。

 芸術の定義を、北大路魯山人の言う「心を動かしえるもの」とすれば、スポーツは芸術です。勿論、人生も芸術たりえるでしょう。

 ダーウィンは「137億年の進化は緩やかに連続している」と言っています。

 イチローの「準備がすべて」という言葉がより厚みを増して聞こえてくるのです。

「楽しい」と「楽しくない」の分水嶺‐1249‐

 今年の正月は、御岳山・開田高原で過ごしました。

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 長男と私がスノーボード。他の親族は皆スキーです。

 2014年の3月、「滋賀の家」のクライアントに、スノーボードを教えて貰って以来、雪上での苦悩が始まりました。

 開田高原では、嫌という程こけました。低温につき、全面アイスバーンで、あちこちにアザが出来る始末。

 得意なはずの雪上で、無様な姿をさらし続け、同じ日に始めた長男との差は開く一方なのです。

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 出来れば滑りたい長男。

 昨日は現場打合せの後、そのまま奥伊吹スキー場へ。道中に見えるのは伊吹山です。

 子供の頃、仕事終わりの2tonトラックで、ここに滑りに来た事があります。どこか近くの現場があったのでしょう。

 それでもトラックでスキーとは。父は、確実に私よりスキーが好きだったと思います。

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 奥伊吹スキー場は更に北。関西のスキー場も捨てたものではありません。

 気温が低かった事もあり、適度に雪面も締りグッドコンディションでした。

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 長男は、安定感が増してきました。

 子供は本当に呑み込みが早い。

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 やるからには、私も真剣です。ようやく、何とかターンしながら下りてこれるようになってきました。

 長男に、写真を撮ってみてと頼むと「こけても撮るで」と。

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 その通りに。

 意外に写真が上手いのかもしれません。

 相変わらず派手にこけていますが、また行こうと思えるようにはなりました。

 今回、ターンとターンのつなぎ目の体重移動を思い切ってするようにしました。自信なく、恐る恐るの体重移動が、逆エッジを引っかける原因ではないかと考えたのです。

 長男に言うと「そうやで」と。知ってたなら教えてくれですが、やはり、不安が上達を妨げていたと分かります。

 スノーボードを始めて延べ4日。「面白い」と「面白くない」の分水嶺が4日目にやってきました。

 現在、インターンシップに20歳の若者が来ています。元・高校球児で、動きもきびきびとして、好感が持てるのです。

 出来れば、仕事の楽しみ、仕事の苦しみ、そしてのその先にある充実を伝えることが出来ればと思います。

 「安楽は充実を生まない」   

 「恐れとは、信頼の欠如」  

 スポーツでも仕事でも、原理原則に違いは全くありません。

 しかし、仕事においての分水嶺が4日や4カ月でやってくることが無い事も伝えておかねばと思うのです。

アスリート vs 経営者‐1245‐

 立春が過ぎ、僅かに寒さも和らいだでしょうか。

 現場にとって、厳しい時期には変わりはありませんが。

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 「KISHIWADA HOUSE」は基礎工事が終わったところ。

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 まだ吹きさらしの状態での水仕事は大変です。

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 暑いから、寒いからと、金額が変わる訳ではありません。

 勤勉な職人の手によって、日本の建築現場は支えられているのです。

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 現在は、基礎のベースコンクリートを打設したところ。

 「羽曳野の家」はリノベーション。 吹きさらしよりは、少しはましです。

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 それでも、暖を取る為の電気ストーブがおいてあります。

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 「長田の家」は外壁まで出来上りました。

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 随分ましになったと、監督も言っていました。

 三軒三様。過程を見て、現場の苦労と、家の有り難さがよく分かります。

 この一週間、清原の名前が記事に上がらない日はありません。

 野球選手とタニマチの関係は、野村克也の著書「野村ノート」にもありました。ここでは、阪神の選手ですが、彼ほどの知名度があれば、状況は同じでしょう。

 名経営者、京セラ名誉会長・稲盛和夫さんは、こんな話をしてくれたことがあります。京セラ所属の選手が、女子マラソンでオリンピックへ出場した時のことです。

 稲盛さんは「必ず前半からトップグループについて行くように」と彼女にアドバイスしていたそうです。

 コーチから「会長はマラソンの事はご存じないので」と、口を挟まぬよう言われました。しかし「マラソンのことは分からなくても、仕事の事は分かる。初めから全力疾走していなければ、今の京セラはなかった」と言いました。

 その選手は、確か目標通り5位前後に入賞したのですが、稲盛さんは、「可能性があったのだから、一番、せめてメダルを目指すべきだった。死にもの狂いで、トップ集団に付いていくべきだった」と言ったのです。

 経営(仕事)は、毎日毎日が真剣勝負。社員の生活を預かって、一日一日を命懸けで働いている。たった4年くらい、全力で努力が出来なくてどうする。私達は、オリンピックのメダリストより、大変な事をしていると言っても言い過ぎではないと。

 人の体は年老いて行きます。その自然の摂理を受け入れた人だけが、アスリートとして生きて行けます。その分儚く、それ故、放つ光が美しいのです。

 48歳の大人なので、全て自分の責任です。裸の王様に聞く耳はなかったのしょうか……

 寒空の中「KISHIWADA HOUSE」で、モルタル詰めをする職人が、はつらつと働く様を見て、これが仕事じゃないかと思います。

 主役以外の仕事に敬意を払えない世の中になって行っているのでは。そんな事を危惧するのです。

人の鑑・アニキ‐1213‐

 秋深き 隣は何を する人ぞ

 絶句となった「旅に病んで 夢は枯野を 駆けまわる」を除けば、芭蕉、最後の句だそうです。

 亡くなる2週間前、晩秋の大阪で詠んだものでした。

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 秋であろうが、なかろうがという気もしますが、病床に伏した芭蕉を思うとより情感が伝わってきます。

 阪神タイガースの監督に、金本知憲氏が就任しました。

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 阪神は、言わずと知れた関西の人気球団。トラキチではないのですが、金本氏は気になる監督です。

 失礼ながら、キャリアを簡単にまとめてみます。

 1991年、ドラフト4位で広島に入団。非力な選手だったが、ウェートトレーニングによってそれを克服。広島で主軸を務める。2003年、FA権を行使し阪神に移籍。リーグ優勝に貢献。腕が骨折したままヒットを打つなど、連続フルイニング出場を続け、世界記録を樹立。ファンからも絶大な支持を受けたが、2012年惜しまれながら引退。

 阪神は1985年の優勝から、長い低迷期を迎えました。

 弱小チームだったヤクルトを、3度の日本一に導いた野村克也監督。1999年、球団に請われ阪神の監督に就任します。

 野村は、チームに入りその雰囲気に驚いたと書いています。

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 最下位に落ちても、そこそこ観客の入る甲子園球場。また、2軍選手であってもタニマチが付き、遊ばせて貰える。また、そのタニマチが、チーム、監督の批判をすると言います。

「おまえを使わないのは、あの監督が悪い」と。

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 選手こそが主役ですが、チームが無ければ働く場さえありません。

 チームの為、組織の為に戦うのでなく、給料(個人成績)を上げるために野球をやりだす。野村が説いても、その雰囲気は簡単に変わるものでないと感じ、1年での退任を申し出ました。留意するオーナーにこう言いました。

「4番とエースは育てられないというのが持論です。掛布だけは阪神が育てたと言ってもいい。それならあと70年待ちますか」

 また野村は、4番とエースは鑑でなければならないと言います。中心選手が人としても立派なら「あいつがやっているなら」と、集団は良いほうへ向かうのです。

 その彼が、阪神の雰囲気を変えたのが、金本だと言います。

 野村は3年間監督を務めますが、全て最下位。その後を継いだ星野監督は、広島から金本をくどき落としてきました。

 その2003年、阪神は1985年以来、18年振りにリーグ優勝するのです。

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 2007年5月20日。友人に誘われて甲子園へ行きました。この日も金本を4番を張っていました。

 金本は、ちょっとや、そっとの事では痛いと言わない。ましてや試合は休まない。そして、チームへの忠誠心が高い。ファンもその姿勢を知り、アニキと慕うのでしょう。

 これらは、あくまで野村克也の意見です。しかし、プロ野球という日本最高レベルの組織で、こんな事が起っているなら、一般の組織なら、より顕著にその影響はでるでしょう。

 「1人のホンモノに触れれば、100人のニセモノを忘れさせてくれる。それが人間社会の有難さである」

 社会派小説で知られる城山三郎の言葉です。

 私も小さくはありますが、組織のリーダーで4番です。まずは自分がホンモノと鑑を目指す他ありません。

 しかし気になる監督ですが、それも秋が深まってきたからなのか。

ぼやきの言う一流の条件‐1211‐

 最近、長男が野球に興味を持ち出したと書きました。

 朝、出来るだけ一緒に練習しています。

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 しかし、2人でのバッティング練習はなかなか大変で、父にも玉拾いをして貰っています。

 私は小学校4年で本格的に少年野球を始め、中学3年まで野球部に所属していました。ショートかサードでレギュラーを外れたことはありませんでした。

 他の野球少年と同じく、プロ野球選手になりたいと思ったものですが、それは叶いませんでした。

 最近、ようやく「野村ノート」を読みました。

 プロ野球界において、知将といえば野村克也。弱小をチームを何度も優勝に導いた手腕は、だれもが評価するところです。

 ただ、テレビで見るぼやきが好きでなく、憧れの現役選手をバカにしているようで、なかなか手に取れなかったのです。

 野球論は置いておきますが、冒頭から、いきなりハッとされられます。

 われわれの時代はそれが当然だったが、親に楽をさせたいという思いが一流と呼ばれる人達の原動力だった。逆に言えば、一流とよばれる人間で親を大切にしない者はいなかった。親孝行とはすなわち感謝の心である。この感謝こそが人間が成長していくうえで最も大切なものである、というのが私の持論である。そして、そうした成長の集大成がチームとしての発展につながっていく。

 全く苦労をしていないとは言いませんが、何不自由なく大人になり、自分の好きな仕事をさせて貰っています。

 両親とも元気で、今も仕事をしてくれています。

 野村克也は、現在の京丹後市の出身で、今は亡き「白馬の山小屋」のクライアントは同級生でした。

 当時の話を聞くと、間違いなく生活は楽でなかったばずです。

 親を楽にさせてやりたい。そんな思想は、微塵も持ったことの無い私からすれば、想像がつかないほどの大変さだったのだと思います。

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 空き地が沢山あった70年代と違い、野球をするのも一苦労です。

 旅先の佐賀県で、広い芝生公園を見つけて。

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 近所のバッティングセンターで。

 以前、スポーツの語源について書きました。「de」は否定で「仕事をではない」。つまり「遊び」という意味です。

 野村の教えと共に、楽しみながら苦労をしてくれたらと思います。

 一流の条件。

 これは親に限ったことでは無いと思いますが、自分に足りないものは数限りなくあれど、一番足りていないのは……

 秋の夜長が、そんなことを考えさせるのか。 

素晴らしきシャバの世界‐1207‐

 急遽、母校の文化祭に参加することになりました。

■10月3日(土)13:00-15:00高槻高校文化祭の相談コーナーに参加します■
3日(土)、4日(日)『大改造!!劇的ビフォーアフター』
 映像が紹介されます

 今日から10月ですが、生憎の雨。

 秋晴れが続いていましたが、雨がなければ食物も育ちません。

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 金色に染まりだす田を見て、実りの秋を実感します。

 「あちこちでお茶できる家」のご主人の家系には、代々の田が有りました。

 本業は別なのですが、この時期、刈り入れで打ち合わせが難しかった事を思い出します。

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 先週末、事務所に15kgの米袋が届きました。

「宝塚 RC打放しの家」の奥さんのお父様から、送って頂いたのです。

 仕事をリタイアした後、自分達が食べる、娘家族が食べる分を作っているとのことでした。

 申し訳なく思いましたが、先日刈り入れたばかりの、本物の新米です。スタッフの皆で分け、有り難く頂きました。

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 イタリア人のマルコは「今までこんな新しい米を食べたことがないので、とても甘かった」と言っていました。

 私の弁当も、当分の間は新米です。

 銀シャリと対をなす、くさい飯とは刑務所の食事を指します。

 刑務所の食事も、随分良くなったそうですが、勿論食べたことがないので分りません。

 しかし、銀シャリがシャバの象徴だった時代が長くあったのは事実です。

 先日、こんな話を聞かせてもらいました。

 プロ野球の世界、バッターの話です。

 100回の打席で、ヒットが20回以下 → 年棒 0円

 100回の打席で、ヒットが25回   → 年棒 2千万円

 100回の打席で、ヒットが30回   → 年棒 1億円

 100回の打席で、ヒットが35回   → 年棒 5億円

 何れもプロの選手ですから、野球は上手いのです。しかし、100回の打席で、5回、6回の差で、年棒は0円になってしまいます。

 10回違うと、0円と1億円の差。

 「これこそが、私達の生きるシャバの世界ですよね」と。

 この話を聞いてハッとしました。

 プロ野球の世界を特別なものと見ていましたが、全く同じ世界に、自分達も生きているのだということに。

 「くさい飯」も「シャバ」も俗語で、好ましい言葉ではありません。

 しかし、長男がこよなく愛する銀シャリくらいは、腹一杯食べさせられるよう頑張らなければなりません。
 
 世の中は常に競争です。

 素晴らしくも厳しい。それがこのシャバの世界だったのです。

極意とは‐1185‐

 7月も中旬に入りました。

 今晩、台風が四国に上陸するようですが、これが過ぎれば梅雨明けでしょうか。

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 梅田を通りましたが、阪神百貨店の解体が、ほぼ終ったようです。

 空が大きくなり、なんとも気分がいい。地価の高い梅田で、そのような事は適わないでしょうが。

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 間もなくの夏休みなで、学校で飼うザリガニを引き取って来たようです。

 長男かと思ったら、下の娘とのこと。相談なしに持って帰ってくるところが、下の子らしいと感じます。

 近くを通るだけで威嚇してくるのは、学校でいじられ過ぎたのでしょう。

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 最近、兄妹で良くバトミントンをしています。

 長男は瞬発力があるので、将来テニスはどうだろうと思っていました。バトミントンもいいかなと、ラケットを与えました。

 もしスポーツを難易度順に並べるなら、1番がテニス、次がアルペンスキーと聞きました。かなり前で、出所の裏づけはありませんが、真実味のある話です。

 錦織圭がトップ5に入り、初めて本格的にテニスの試合を見たのですが、テニス程、肉体的、精神的、技術的に難しいスポーツはないかもしれません。

 先日のウィンブルドンを制したのはノバク・ジョコビッチ。1年以上世界一をキープする王者です。

 少し前のNHKで、錦織圭を特集していました。その中で、ジョコビッチは彼をライバルと認めた上で、こう言いました。

 世界のトップでの戦いは、別次元のものだ。

 番組の切り口は、以下のようなものでした。

 新コーチにマイケル・チャンを向かえ、ベースラインでのラリーに活路を見出した錦織は、昨年の全米OPの準決勝、ジョコビッチを退けた。

 決勝で敗れたもの四大大会で初の準優勝。ジョコビッチから、ライバルと認められる。

 その後、プレースタイルを研究したジョコビッチは、錦織が前にでて来た際に打ち難いよう、高い打点から大きく弾むボールを打ち、錦織のミスを誘う。

 また、一般的には俊敏な錦織を、ラリーで振り回したいところだが、できるだけセンターにボールを集め、錦織のやりやすいように誘導。
 
 振り回すと、錦織も角度のあるショットを打てる為だが、油断が出た瞬間にドロップショット。天を仰ぐ錦織。勝利はジョコビッチに。

 まとめるとこの様な内容でした。

 ジョコビッチの身長188cm、錦織178cmと公表されています。並んだ映像を見ると、もう少し差があるかもしれません。縦に回転を与え、弾むボールははやり錦織には不利です。

 しかしそれより、戦術、布石、落とし穴と、まるでチェスか将棋を打っているような試合運びに、幾分ぞっとしたのです。

 極意とは、平常時における非常心。非常時おける平常心。

 武道家、堀辺正史の言葉です。

 「負けるが価値」と書きましたが、大切なのはその後です。どれ程の危機感を持ち、研究、トレーニングに打ち込んだのか。

 極意とまで言わずとも、多少こつのようなものが分ったつもりでいました。

 しかし、目指すならやはり世界のトップです。日常をもっと大切にしなければ。