カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

企業ってなんだ‐1316‐

 フォードが2016年末で、日本から撤退すると発表があったのは、年の初めでした。

 我が町、平野には何故かと言っては失礼ですが(誰に)、フォードのディーラーがありました。

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 私が出社する際、一番乗りの社員が周辺の掃除に出てきていました。

 50代前半でしょうか。ノータイでいかにも外車のディーラーという感じの男性でした。

 みな、次の仕事探しで大変だろうなと思っていたのです。

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 また、朝のジョギングコースには「業務スーパー」があります。

 朝の6時頃から60代後半の男性が、店前に野菜などを並べたりと、開店の準備を始めています。

 9時のオープンに備えてですが、大概1人で作業をしています。それが適正な人数なのか、経費を抑えるためにそうしているのか、私には分かりません。

 店舗は東向きで、朝の6時とはいえ夏は日が差し始めます。青果類がとても重そうで、年配だというのもあり、本当に大変そうに見えるのです。

 「業務スーパー」が2.8億の所得隠しを指摘されたのは今年の3月でした。

 企業とはなんなのかと思います。

 朝の6時から、汗水たらして働いている社員が居ると思えば、所得を隠そうとする幹部がいる。

 勿論、社員には辞める権利も保障されていますが。

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 近所のフォードでは、10月初めには全ての車がなくなり、あの大きな広告塔がガスバーナーで焼き切られていました。

 2、3日前には数人の社員が談笑していたので、引きの速さは見事な程。張り紙等も、見かけなかったような気がします。

 破たんする前に勇気ある撤退をするのは、会社を守る為に必要な場面もあるでしょう。

 しかし、フォードを気に入って何百万もの新車を買った人はどう思っているのでしょうか。

 また、思い入れを持って入社した社員は納得できるのだろうかと思います。

 「もしかすると、当社は日本から撤退するかもしれません」と言って販売したり、雇用するメーカーは無いと思います。

 仕事とはただのマネーゲームではないはずです。

 世界初の量産車、T型フォードを開発したヘンリー・フォードは、雇用に対しても、非常にフェアな目を持っていたようです。

 給料を払っているのは雇用主ではない。雇用主はお金を取り扱っているだけだ。給料を払っているのは顧客である。

 -ヘンリー・フォード-

 また、お金以外に何も生み出さないビジネスは、貧しいビジネスであるとも言いました。

 経営者として、両の目を持ちたいと思うのです。

 昨日、入社試験の面接をし、明日から実務試験を始めます。

 ここで書いたことがただの理想論にならないよう、まずは自らが懸命に働き、仕事とは何かを伝えなければなりません。

 広辞苑で「企業」を引くとこうあります。

 生産・営利の目的で、生産要素を統合し、継続的に事業を継続すること。また、その経営の主体。

 「継続」が2回も出てきます。継続、発展こそが最も難しいのです。
 
 社員数が2万人であれ、4人であれ、リーダーはそれぞれの人生背を負っているのです。

恰好をつけてやれることはひとつもない‐1315‐

 今日は体育の日。

 10月10日が体育の日なのはいつ以来でしょうか。

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 その名にふさわしく、秋晴れの朝になりました。

 隣の倉庫の解体工事も今日は休み。

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 現在は屋根の解体が終わったところですが、建物の中に光が指す様は、いつも鮮烈です。

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 アルミテープが貼ってあるところは、父がゴルフの練習をしていて穴をあけた所。

 解体が始まり、バラックから廃墟の趣きとなってきました。

 最近、廃墟マニアという言葉を聞くようになりました。確かに廃墟にはダイナミズムがあります。

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 昨年訪れた、長崎の軍艦島などもこの類でしょう。

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 雨露を凌ぐため、建築に屋根は必須ですが、それらがない状態にある種の刺激を感じるのでしょう。

 影があるから、光をより感じるのです。

 この連休はなりふり構わず、図面を描いています。設計図面は、大きく分けると基本図面と実施図面に分かれます。

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 基本図面の縮尺は1/100程度で、チラシに入っている間取り図程度と言えば伝わるでしょうか。

 一方、実施図面は、構造体、仕上材などの構成が、全て分かるように描かれている図面です。

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 現在の私の仕事は、全てのプロジェクトを統括することで、2007年以来実施図面は描いていませんでした。

 しかし、年末にマルコが辞めることになり、また、新しい社員がまだ決まっていないなか、9年振りに実施図面を描いています。

 この職人仕事を楽しみ、苦しむのも、建築設計の醍醐味です。

 また、これらに多くの時間を費やしてくれる社員に対して、改めて感謝の気持ちも沸いてくるものです。

 この仕事をしていたなら、夜明けに急かされ、変な汗をかきながら、半べそで図面を焼いた経験が何度もあるはずなのです。

本当に大切なことで、恰好をつけてやれることはひとつもない

- ノーマン・メイラー -アメリカの小説家

 仕事時間が長いのは「悪」のような時代です。

 よって無理強いはしませんし、もうそんな時代ではないと思います。

 社員が遅くまで働いていたら、「出来るだけ早く帰りなさい」とは言います。しかし、それ以上は言いません。

 互いの人生が良くなる方向だけを見れば良いと思っているので、ブレーキを掛けることはしたくないのです。

 それが、経営者のエゴがどうかは、私も正直分かりません。

 いずれにしても、私が結果を出さなければ誰もついてきてくれません。半べそをかかなくてよいよう、今日も一日なりふり構わずで。

優秀さとは、行為ではなく習慣‐1313‐

 最近の日照は、例年の1/4だそう。今年は雨の多い秋になりました。

 北海道への台風被害も重なり、野菜が高いと妻がぼやいていました。

 しかしデフレの世の中、食べ物を大切にするには良い機会かもしれません。

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 昨日は何とか降らずで、無事運動会が開催されました。

 長男にとっては小学校最後の運動会です。

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 まずは娘の徒競走から。

 スタートは少し出遅れたか。

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 保育園の最後はアンカーで、私達に夢を見させてくれました。

 しかし今回は男の子の次で2番。

 男女別なら……と思いますが、きまりはきまり。仕方ありません。また来年です。

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 長男はリレーの一番手。

 彼も短距離走は得意にしています。

 大外からのスタートも苦にせず、第一コーナーで先頭に立ちました。

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 第4コーナーまで危なげなくトップ。

 最近は運動量が少ないせいもあり、やや疲れた感もありましたが、1番でバトンを繋ぎました。

 どんなことでも、結果がでて周りが喜んでくれるのは素晴らしいことです。

 しかし、この結果は小学校まで。ここからは、最も打ち込み続けた人が結果を出して行きます。

 好きなスポーツを見つけて、心身ともに鍛えて貰いたいと思うのです。

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 この運動会ですが、紅組、白組に分かれて勝敗を競うのが目的です。

 NHKの紅白歌合戦なら、紅白の意味があると言えばあります。

 しかし、小学校の紅白は、理由なく分けられたもの。それでも、子供達、周囲は一喜一憂します。

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 棒引きというのか、勝負が長引いたこともあり、結構な声援が沸き起こっていました。

 人には本能として闘争心があり、競うことが好きなのだと分かります。

 最も大切なのは、本能をむき出しに戦っていいよ、という場の雰囲気でしょうか。真剣勝負の勝利にこそ喜びがあるのです。

 成功とは、ある程度の苦しみが伴うものと置き換えて良いと思います。そうでないものは、誰もが喜んで出来るので、他者と差がつきません。

 では、何故苦しくても出来るかと言うと、その先に「喜び」があると知っているから。

 大人の視野で見れば、小学校、中学、高校、大学と、エリアが広くなって行くので、小さい時のほうが間違いなく一番になりやすいと分かります。

 小さい時のほうが成功体験を得やすいのです。

 では、小学生の時に成功体験がなければもう駄目かと言えば、そうでもないようです。

 人は繰り返し行うことの集大成である。

 だから優秀さとは、行為ではなく習慣なのだ。

 - アリストテレスー

 歳を重ねるにつれ、一番は遠くなって行きますが、打ち込み続けていれば、また世界が小さくなってくる。

 仕事、人生が面白いのは、勝負が一回きりではないからなのでしょう。

 「喜び」とは感情なので、教えることは不可能。自分で体感するしかありません。

 ただ、同じ結果でも喜びを大きくすることは出来ます。家に帰って一緒に思い出し、一緒に喜ぶ。追体験で2倍にも3倍にもなる気がします。

 親、周囲が、子供に出来ることはその程度のことなのかもしれません。

 あとは、早起きしてちょっといい観覧席を確保するくらい。父親稼業も、そこそこに大変なのです。

星が降る街‐1308‐

 建築設計の仕事は、土地に関わる仕事でもあります。

 現在の私達の職場は、北は京都、東は枚方、南は岸和田、西は豊中。それらを結んだ四角形の中にあります。

 今日は、京阪電車の交野線に乗って打合せに行きました。交野線は初めて乗ったのかもしれません。

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 交野市のwebサイトを見ると「星」にまつわる地名、伝説が載っていました。

 稲作が始まった頃、この地をあまの(甘野)といい、川水を甘野川と呼んだ。

 平安時代、宮廷人が歌合せの際に、「天の川」になぞらえたため天野川と呼ぶようになった。

 天野川にかかる橋は「逢合橋」(あいあいばし)と呼ばれ、織姫をまつる機物(はたもの)神社、彦星をまつる中山観音寺跡(なかやまかんのんじあと・枚方市)の中間点にあり、七夕の夜に二人が出会っていたという伝説の場所。

 また、星田という地名も、水不足で水田にできず、牧場にされたことから「乾し田」と呼ばれた。八丁三所の降星の伝説から、「星の田」と改称されたといわれている。

 「八丁三所の降星の伝説」とは、弘法大使が念仏を唱えると3か所に星降り、それらが八丁(約900m)の三角形で結ばれることから、そう呼ばれたといいます。

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 市の中央を流れる天野川。

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 同じ田んぼでも「乾し田」より「星田」のほうが、雰囲気があります。
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 サン・テグジュペリの「星の王子さま」は、飛行機乗りでもある彼が、砂漠に不時着した体験をモチーフにした小説です。

 小説の中では、星の王子さまが現れ、「僕」との心の交流が描かれています。

 おとなは数字が好きだから。新しい友だちのことを話しても、おとなは、いちばんたいせつなことはなにも聞かない。

 「どんな声をしてる?」とか「どんな遊びが好き?」「蝶のコレクションをしてる?」とかいったことはけっして聞かず、「何歳?」「何人きょうだい?」「お父さんの収入は?」など聞くのだ。

 テストの点がどうだった、偏差値がどうだった。聞いてしまいます。

 家に帰って、毎日「お父さん、今日の稼ぎはいくらだった?」と聞かれて、楽しい人は居ません。(いるかもしれませんが)

 カレンダーを見れば、今日は中秋の名月。

 今週はよく降りましたが、今晩は晴れそうです。

 仕事帰りには、空を見上げてみよう。そして、ウサギを探してみよう。

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絵コンテ‐1307‐

 週末、夕食後は出来るだけ映画を観るようにしています。

 一番人気の「名探偵コナン」は、全て観終わりました。「ドラえもん」の映画シリーズもほぼ完走。

 いよいよ宮崎アニメに入りました。

 満を持してと言えば良いのか 「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」を2周続けて観ました。

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 ナウシカを解説する必要はありませんが、1984年に劇場公開された宮崎駿監督のアニメ映画です。

 特典として絵コンテがついていました。

 ここに載せてよいものか迷いましたが、載せてしまいます。

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 絵コンテは、映画の設計図なのでストーリー、キャラクターが皆に分かるよう描かれたものです。

 初めて見たのですが、絵コンテの状態でここまでイメージが出来上がっているものかと、驚嘆しました。

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 世界最高峰のアニメーターで、ストーリーメーカーである宮崎が描くものなので、素晴らしいに違いないはずですが、ここまでのものとは。

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 ラピュタは1986年、スタジオジブリの初作品。

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 私の最も好きな映画のひとつです。

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 冒険、ドタバタ、使命感、友情と愛情。

 ありとあらゆるものが、最高の物語として描かれていると思っています。

 アニメは全て人の手によって創られるものなので、答えは絵コンテしかありません。

 考えてみれば当たり前ですが「ここまで絵コンテ通りに創られているのか」と驚いたのです。

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 子供達も、圧倒的に楽しんでいました。

 しかし残念なことが一つ。長男は、なぜか「ムスカ」や「バルス」を知っていました。

 今時、YouTubeで公開されていると言います。彼はスマホを持っていないのですが、友人から聞いたと。

 小学6年になり、当然色々なことを知って行きます。無菌培養などあり得ないので、こんなことはいくらでも起こるでしょう。

 しかし、下の娘も楽しめて、初めて観るタイミングを計っていたのは事実です。当たり前ですが、初めては1回しかないのです。

 楽しみにしている映画があったなら、予告編は目をそらします。近ごろは、感動、感激を少なくすることばかり起こると言えば、言い過ぎでしょうか。

 知ることは可能性を広げます。

 しかし、建築家、ミース・ファン・デル・ローエの50年以上前の言葉が更に迫力を増して聞こえてきます。

 Less is more. (少なきことは豊かなこと)

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 動画ではない、宮崎の絵コンテのほうが美しいと言っても、間違いではない気がします。

 改めて、その力量に感服するのです。

日本全国、津々浦々‐1306‐

 家の近くには、いくつか田んぼが残ります。

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 ついこの間まではカエルの合唱だったのが、いつの間にか虫の音に。

 夏の終わりに、台風が集中するのも温暖化の影響でしょうか。

 釣りが好きで、時々奈良の山奥まで出掛けて行きます。

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 長らく行っていないのでそろそろ湖面が恋しいところ。

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 2011年の統計で、奈良県下北山村の人口は1039名。

 下北山がどのくらい田舎かは(失礼!)判断が難しいのですが、当たり前のように宅急便は届きます。

 NHKの「プロジェクトX」で、ヤマト運輸の回を観たのは10年以上前だったか。

 私が小さい頃、例えば岡山の祖父から桃が送られてきたら、近くの貨物の駅まで、取りに行っていました。

 「コストがかかる個人相手の輸送はリスクが高く不可能」が流通の常識でした。

 しかし深刻な経営難に陥っていたヤマト運輸は、1976年(昭和51年)この宅急便に社運を賭けました。

 日本全国、津々浦々に荷物を届けるという理念が、「戦後最大のサービス革命」の言葉通り、信じられないサービスを生んだのです。

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 民間企業なので、利益が出なければ会社は存続しません。

 過疎の村で、都心部と同じような利益がでることはないでしょう。しかし、全国津々浦々という理念が、社員を鼓舞し、信用を集め、物を集め、他を圧倒してきました。

 日本郵便も現在は民間会社ですが、メール便論争は記憶に新しいところ。親書は、日本郵便が独占していることを考えると、やはりアドバンテージがあるのです。

 国という障壁さえも越え、完結させたこの宅急便というサービス。

 普段は全く感謝が足りていませんが、下北山でクロネコのトラックを見て、改めて凄みを感じました。

 過疎の村、または離島など、宅急便はどこまで届くのだろうかと考えます。民でありながら、よほど公の風格を感じるのです。

 人類史上の進歩のほとんどは、不可能を受け入れなかった人々によって、達成された。

 -ビル・ゲイツ-

 困難こそが宝の山なのは誰が考えても明らか。

 手本はいたるところで目にすることが出来ますし、手本しか残り続けないとも言えるのです。

ただ弓を引き矢が離れるのを待て‐1305‐ 

 娘と「スポッチャ」なるところへ行ってきました。

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 ボーリングのラウンドワンが経営する、スポーツアミューズメント施設。

 何でもあると言っても言い過ぎではありません。

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 娘の一番の希望はテニスでしたが、やはり錦織圭の銅メダルの影響が大きいようです。

 高校時代、僅かの期間テニス部に属していましたが、テニスはなかなか難しいスポーツだと思います。

 ちょっと苦戦していました。

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 ローラースケート、卓球、バトミントン、バレーにミニサッカーと本当に何でもあります。

 出来れば、どれか一つをじっくりしたい所ですが、何が好きかを探すのには申し分の無い施設。

 革新的な発想だと思います。子供は1,500円程度だったか。これだけの投資をしてビジネスとして成立するんだろうかと気になります。

 勿論成立しているから、店舗が増えるのですが。

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 意外に喜んでいたのがビリヤード。

 娘はキューの後ろ半分を外してみました。

 私も高校以来かなと思います。トム・クルーズ、ポール・ニューマンに皆が憧れたものでした。

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 私が一番面白かったのはアーチェリー。

 本格的な道具ではないのでしょうが、先日、養老猛が勧めていたオイゲン・ヘリゲルの「日本の弓術」を読んだこともあります。

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 大正13年(1924年)、オイゲン・ヘリゲルは哲学を教えるために、ドイツから帝国東北大に招かれました。そして、より日本文化を理解するために、弓術を学び始めました。

 阿波研造師範に弟子入りし、5年に渡り弓術を学びました。師はこう言いました。

 「的にあてることを考えるな、ただ弓を引き矢が離れるのを待って射あてるのだ」

 この言葉がなかなか理解できなかったのです。

 そんなヘリゲルを、阿波師範は夜の道場に呼び出し、真っ暗な中で阿波師範は的の中央を射抜きます。続けて放った第二の矢は、第一の矢を真っ二つに割いていたのです。

 「これは私から出たものでもなければ、私が中てたものでもない。

  そこで、こんな暗さで一体狙うことができるものか、よく考えてごらんなさい。

  それでもまだあなたは、狙わずには中てられないと言い張られるか。

  まあ、私たちは、的の前では仏陀の前に頭を下げる時と同じ気持ちになろうではありませんか」

 これを機にヘリゲルは、疑うことをきっぱりと諦めました。

 日本を離れる際に5段を与えられ、その後はヨーロッパへ、日本の文化を伝える役割を果たしたのです。

 ヘリゲルは、ヨーロッパの合理的、論理的な考え方は、仏教のみならず神秘的なことについて、理解されにくい側面があると書いています。

 論理的に解明されるということは、始まり、過程、結果が明確になると言うことです。現代人はそうでないことに臆病すぎるような気もします。

 ただ心静かに、自然に矢が離れるのを待ってみました。

 30本程放って、2本だけ中央付近に中りました。

 初めてのことなので、これが良いのか、悪いのかさえ分かりません。しかし、そんなことはどうでも良いことです。

 的の前に立ったとき、神仏を前に頭を下げる時と同じ気持ちになる。スポッチャで頭を下げているのは、ただの変わり者かもしれませんが。

 例えば高校球児がグランドに頭を下げるように、会社に入る時はその場に挨拶をします。

 論理的ではないかもしれませんが、日本人にはそういった気持ちがどこかにある気がします。

言葉とは、尽きることのない魔法の源‐1296‐

 日曜日は大和郡山と天王寺へ行ったと書きました。

 丁度その間は、春日大社あたりを散策していました。

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 春日大社は20年に一度の、式年造替(しきねんぞうたい)が行われている真っ最中でした。

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 檜皮葺きの屋根は、1300年に渡ってのこの儀式が続けられてきた賜物です。

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 その式年造替だからか、奥の社でお参り出来るとのことでした。

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 日本の様式美は、連続によって成り立っているものが多々あります。

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 社の下にある空間は、真っ暗な中釣り灯篭に明かりが灯り、幻想的な空間になっていました。

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 「下の禰宜道(ねぎみち)」は、かつての禰宜(神官)の通勤路です。

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 この小路を春日大社から南へ下ること5分。

 高畑(たかばたけ)という社家町に出ます。古くは神官の居住地でした。

 その高畑は、大正から昭和にかけて、自然豊かで文化人あこがれの街でした。

 現在も、白樺派の志賀直哉邸が残っています。「暗夜行路」はここで書き上げた作品です。

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 志賀直哉本人が設計し、京都の大工に建てさせたというこの住宅。

 20年振りくらいに訪れましたが、本当に良い家です。

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 2階にある客間は庭を見下ろし、窓は北と東に向いています。

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 茶室は南に開口がありますが、深い軒が庭の景色をくっきりと切り取ります。

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 ディティールも、小説家の設計と言われると、本業としては困ってしまうのです。

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 特に、北側に面した書斎が素晴らしい。

 彼は、「書斎は北に限る」と言っていたそうです。

 開口の取り方が的確なのです。

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 基本は数寄屋建築ですが、食堂横には洋風のサロンがあります。

 ここに多くの文人、画家などが集ったのです。

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 この時代にこれだけの天窓は、あまり見たことがありません。

 自邸だからこそ出来たのかもしれませんが、娘はその下で熱心にアンケートを書いていました。

 この日は、一日娘と行動しました。金魚もゴッホも志賀直哉も、全て私の興味です。

 娘の主張は一貫しており、大体いつも「枚方パーク」か「USJ」。

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 娘をあれやこれやと誘っていると「鹿」でヒットしました。

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 「鹿にせんべいをあげれるなら行く」という話しになったのです。

 動機も大体こんな感じで、どこに連れていくのも詐欺みたいなものです。

 ハリーポッターの最終回で、アルバス・タンブルドアがこう言いました。

 ことばとは、言わせて貰うなら、尽きることのない魔法の源じゃ 

 魔法を駆使して、あちらこちらへと連れ出すのです。

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サイレント・マジョリティ‐1292‐

 梅雨が明け、本格的な夏の日差しになってきました。

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 昨日は、郊外の敷地を見に行っていました。

 少し緑が広がるだけで、目が涼しいものです。

 今週火曜日、大阪府内の高校生が来社しました。

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 何年かに一度、高校生からのインタビューを受ける機会があります。

 興味のある仕事別の班に分かれ、学生達がアポイントを取ります。そして、実際に足を運び、色々質問をするというカリキュラム。

 どうやら、この高校独自の取り組みのようです。

 建築家の仕事に興味のある生徒が、男女2人ずつ。質問は、前半がフォーマット、後半は自分達で考えたものだそうです。

 質問 「仕事をする上で、大切にしていることは何ですか」

 答え 「自分達の都合ではなく、人としての善悪で判断する」

 質問 「どんな時が一番うれしいですか」

 答え 「クライアントが喜び、そして私達も喜べ、喜びの輪がつながった時」

 彼らが未来に希望を持てるよう、45分くらいかけて、真剣に答えました。

 いや、私が未来に希望を持っているのかを問われた時間なのかもしれません。

 また、先週の横浜行きの帰り、セブンドリーマーズの本社へ寄ってきました。

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 セブンドリーマーズと言えば、現段階での商品は3つ。(のはず)

①完全オートクチュールの「カーボンゴルフシャフト」

②睡眠中の気道を確保するデバイス「ナステント」

③自動洗濯物折り畳み機「ランドロイド」

 ①のカーボンゴルフシャフトは、ジャンボ尾崎選手との契約でも話題になりました。

 社長の阪根とは中高からの友人で、昨秋に発表した③の「ランドロイド」について、色々聞きたいというオファーがありました。

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 行くと、大手広告代理店のスマートな社員さんが2人。

 建築家の観点から色々インタビューさせて欲しいというのが趣旨でした。

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 ランドロイドは2017年11月から出荷が始まります。

 古くからの友人ですし、何より画期的な商品です。最高の結果を出して欲しいと思っています。

 それで、質問については一切の気遣い無しで答えました。

 仕事において、「一切の気遣いなく」はなかなか無い場面です。

 アメリカ大統領候補となったトランプ氏。その妻が、スピーチを盗用したというニュースがありました。

 大統領ともなると、相当に優秀なスピーチライターが付いていると言います。彼女の原稿はなおざりになっていたのでしょうか。

 ウォーターゲート事件で知られるニクソン大統領ですが、「サイレント・マジョリティ」は彼のスピーチの中にあった言葉だそうです。

 文字の通り「静かな多数派」。対義語は「ノイジー・マイノリティ」です。

 褒め言葉、賛同の言葉より、クレーム、批判の方が先に聞こえてくるのはどの国でも同じです。

 これを仕事に置き換えると、人の意見を聞くことだけでは、プロの仕事をしているとは言えないと分かります。

 どこをすくい上げ、どう解釈するかは、聞いた本人に委ねられます。

 賛同の声が少ない。そんな時にこそ、判断力が問われると思うのです。

名こそ惜しけれ‐1286‐

 7月3日(日)に、「羽曳野の家〈リノベーション〉」のオープンハウスを開催します。

 お時間ある方は、是非遊びに来て下さい。

 前回は、海南市訪問を書きました。帰りに、熊野古道の入り口ものぞいてきました。

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 海南ICすぐそばにある藤白神社。

 熊野古道沿いにあり、元は藤白王子社と呼ばれていました。

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 「王子」とは熊野古道途中にある神社のこと。

 ここは九十九王子の中でも、五体王子の一つとして特に格式が高かったそうです。

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 神社の入り口にある鳥居の横には石碑があり、

 「三熊野一の鳥居」

 「これより熊野路のはじめ」

 と書かれています。

 三熊野(みくまの)とは、熊野本宮大社、熊野那智神社、熊野速玉神社(新宮)を指し、ここが熊野古道の入り口だと示しているのです。

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 鳥居を守るように生える楠は樹齢千年。

 長きに渡って、蟻の熊野詣を見守ってきました。

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 和歌山平野を北から見下ろすと、地理が分かり易いかもしれません。

 紀の川を中心とする和歌山平野が終わり、本格的に山岳地帯が始まるのが海南市あたり。

 和歌山城から熊野街道を南下すると、藤白神社付近で熊野古道と合流するのです。

 また、この神社のすぐ近くに「鈴木屋敷」という建物があります。全国二百万と言われる「鈴木姓」のルーツと言われているそうです。

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 平安末期(1150年頃)、上皇や法皇の熊野参詣が盛んになりました。

 その頃、熊野の鈴木氏がこの地に移り住み、熊野三山への案内役をつとめました。

 そして、熊野信仰の普及につとめたと伝えられているのです。

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 特に鈴木三郎重家と亀井六郎重清の兄弟が有名で、幼少の頃、源義経と遊んだと伝えられます。

 後には義経の家臣となりました。

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 その鈴木の宗家を後世に残そうと、保存活動をしているのです。

 街のスズキのショップにも「全国鈴木姓発祥のまち海南」という大きな看板がかかっていました。

 今回、燃費データ改ざん事件の後でもあり、複雑な気持ちで眺めます。

 司馬遼太郎は、関東一円の坂東武士の「名こそ惜しけれ」という精神が、日本人には受け継がれていると言いました。簡単に言えば、はずかしいことをするな、という意味です。

 その「痛々しいまでの清潔さが」明治の近代化を押し進めたとも言っています。 

 鈴木さんにはなんの恨みも無いのですが、日本のメーカーがそんな不正をするとは……と、憤りを感じます。

 そもそも、メイド・イン・ジャパンはそういったことの無いブランドという安心感が、世界に受け入れられていたはずです。

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 民間企業という言葉がありますが、その集合体が国家を形成しているので、誰もが自国を背負っていると言えるのです。

 開高健は、「名」について、ユーモアたっぷりに書いています。

 金を儲けようとすると逃げていきよる。結果として手にするんならええんヤ。そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。いいか、いい仕事しなくてはいかんゾ。

 法や道徳観には、他者からの視線が常に根底にあります。大切なのは、自らが自らを律する美意識だと思うのです。