カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

ワイリー・コヨーテも取材仕様‐1253‐

 虫も這いだす啓蟄も過ぎ。大阪は20℃を超えました。

 昨日は 、朝から「住まいの設計」の取材でした。

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 1月にも取材して貰った、同じチームが東京から来阪してくれました。

 「阿倍野の長屋」と「滋賀の家」は、環境で言えば、対極にあるような家です。まずは、外観から撮影スタート。

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 四軒長屋の中央二軒をフルリノベーションしたこの住宅。

 延べ面積は約113㎡(34坪)。決して小さな家ではありません。

 しかし、ご家族5名、取材チーム3名、当社から3名となると、なかなかの人口密度です。

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 ロフトで、弟に紙芝居をする7歳のお兄ちゃん。

 少し見ない間に、随分大きくなっていました。

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 4歳の次男君。まだまだ甘えたい盛りです。

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 2人とも、一日協力してくれました。

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 家の歴史を、最も知っているのはご主人のお母さんです。

 ライターからのインタビュー中。

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 撮影が終わり、写真をチェックする様子を見ていると、上手くいったのだと想像できます。

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 リビングの飾り棚にあるワイリーコヨーテは、ご主人お気に入りのフィギアです。

 設計段階から寸法をとり、ここに収まると決まっていました。この日は、ハンマーを持つ取材バージョンです。

 奥さんに内緒で購入し、撮影が始まる前、こっそり右手に持たせたそうです。

 撮影が終わってから、それを明かすご主人。結構な値段と聞き、怒り、笑う奥さん。

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 帰り際、自転車の練習を始めた次男君。

 この日、初めて補助なしで、町内を一周出来ました。

 取材や撮影が、家族の時別な一コマになってくれたら、尚嬉しいと思っています。
 
 明石家さんまも、ワイリーコヨーテの収集家だそうです。

 内弟子時代、師の笑福亭松之助から「どや、さんま。掃除はオモロイか」と問われ「面白くないです」と答えました。

 すると「そやろ。それをどうやったらオモロク出来るか、考えるのがお前の仕事や」と言われたそうです。

 明石家さんまは、この事を18歳の時に教えて貰えて良かったと語っていました。

 ありふれた日常を、特別なものにするのは、やはり楽しむ姿勢以外にありません。

1970年のこんにちは‐1252‐

梅が終わり、桃が咲き始めたら春の足音は更に大きく。

3月3日、今日は桃の節句です。

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日曜日は、万博公園にも寄りました。

過去、現在、未来を貫き、吹き上げるエネルギーを表現したのが太陽の塔。上部の顔が「未来」、中央が「現代」を表します。

この「現代」の顔は、セブンドリーマーズのグループ会社、スーパーレジン工業が、岡本太郎と共同で制作したものです。

岡本太郎はコンクリートで作ることを希望しましたが、技術的に難しいことが分かりました。

スーパーレジン工業が協力し、樹脂で作られることになったのです。レジンとは樹脂という意味。

太陽の塔は、アートと技術の結晶でした。

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開催時、丹下健三設計の大屋根の中に塔はありました。

しかし、その記憶の無い私には今の姿がしっくりきます。

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公園内に唯一現存するパビリオンは「鉄鋼館」。「EXPO’70パビリオン」として2010年にリニューアルオープンしています。

設計は、京都文化会館などで知られる前川國男。

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エントランス前には、エキスポタワーのパーツが展示されていました。

こちらは、メタボリズムの体現者、菊竹清訓の設計です。

1990年まで、登ることが出来たようで、行っていないことに悔いが残ります。

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「EXPO’70パビリオン」のホワイエは、前川らしい広い階段と、レンガで構成されています。

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当時、館内のスペースシアターでは、音楽と照明によるスペクタクルショーが繰り広げられていたそう。

この日は、小澤征爾の楽曲が流れていました。

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1970年頃と言えば、サイケ(サイケデリック)ブーム。

これが当時の最先端ファッションでした。

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館内のデザインも、当時の気分を反映するようリニューアルしたのでしょうか。

これは前川のデザインではないのは明らかですが。

万博は、芸術家、技術者、建築家、音楽家、そして来場者にとっても、華やかな表現の場だったのです。

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初めての著書を年末に出版するため、執筆も進めています。

自らの生い立ちに触れる際、1970年に生まれた事は、自分の人生に様々な影響を与えていると感じます。

70年代の高度経済成長期に幼少時代を過ごし、80年代後半のバブル経済とその破たんを体感。そして90年代に創業と、様々な時代の気分を見てきました。

1970年と言えば、戦後25年。この歳になり、ようやくその時間軸が理解できるようになりました。

敗戦後、1964年東京オリンピック、1970年万博と、先人の頑張りのお陰で、豊かな時代を過ごさせて貰っていたのです。

自分の意思や能力を片輪とするなら、もう片輪は環境、言い換えれば時代の気分です。この両輪がかみ合った時、初めて前に進めます。

いくらカーレーサーになりたくても、車がなければなれないからです。

万博のテーマ曲にある「1970年のこんにちは」という歌詞。作詞は島田陽子さんでした。

自分の為に時代があるはずもなく、「こんにちは」と私達がお邪魔している。人も時代の産物なのだと思います。

時代の気分を凍らせたものが建築なら、更に、遣り甲斐と責任を感じるのです。

メディアにのる‐1250‐

 昨秋、全自動洗濯物折り畳み機を発表したセブンドリーマーズ。

 先週土曜日には、ジャンボこと尾崎将司選手との契約を発表。 社長、阪根との2ショットもYahooニュースに掲載されました。

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 芝公園ラボで試打させて貰いましたが、久し振りの私で270ヤード。尾崎選手なら370ヤードは飛ぶはずです。

 「宇宙工学だよ。飛ばないわけがない」のコメントが全て。

 69歳にして、レギュラーツアーを目標にしている、ジャンボ尾崎選手に注目せざる得ません。

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 23日(火)の夕方、テレビ大阪のニュースでは、梅田ラボも紹介されていたよう。

 すでに、メディアが放っておかない存在になっていると言う事です。

 負けていられないと、同じく23日(火)、フジテレビ『みんなのニュース』で「阿倍野の長屋」が紹介されました。

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 「リノベーションの特集があるので」と、ディレクターから連絡を貰ったのが22日の月曜日。

 翌23日に「阿倍野の長屋」で行きたいと再度連絡がありました。金額の露出もあるので、クライアントに相談すると快くOK。

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 本家・ビフォーアフターのテーマに乗せて、3枚の画像を紹介して貰いました。

 コメンテーターが、「この作品を手掛けた、守谷(もりや)さんによると、リノベーションは新築の8割程の価格」と私のコメントも紹介して貰いました。

 名前の読み違いはご愛敬ですが、ディレクターも「ばっちりでした」と喜んでくれました。

 資料を送ってから放送までは3時間。テレビはいつも時間がタイトなのです。

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 また、2月20日発売の『月刊ハウジング4月号』には「滋賀の家」が掲載されました。

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 「好きな間取り」という特集記事の、第1位が「対面式キッチン」。その実例として紹介です。

 このコーナーの中では、一番大きな扱いでした。

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 私が撮った、奥さんが料理をするカットとパントリーのカットも一緒に掲載。

 家を建てたいと思っている人が、どんな風景を見たいのか。それはいつも考えています。

 クライアントで、メディアに載ることが好きな人は極僅かです。

 それでも、出てくれるのは、アトリエmの役に立つのならという気持ち以外にないはず。

 そう考えると、私が最も誇れる商品は、クライアントとの関係なのです。

 「滋賀の家」に続いて「阿倍野の長屋」の取材も決まりました。

 お世辞を言う訳でもない私と、長い時間を掛けて建築を創り上げる。そして、最後はメディアにまで出て貰う。

 本当に有り難いことだと、つくづく思います。

 多く選択肢から選ばれるには、常に全力の総力戦です。その中に、クライアントが入っているのが味噌なのです。

とどめの一撃‐1247‐

 土曜の晩はかなり雨が降りました。

 一雨ごとにの言葉通り、昨日は一気に春の装いでした。

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 庭先の梅も一気に咲き始めています。

 日本人の心を、春へ案内し続けてきた花。まさに希望の花と言えます。

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 朝、高台から見下ろす大阪キタのビル群は、なかなかに幻想的です。

 先週の木曜日、再度「高台の家」の撮影に行っていました。

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 一度自分で撮ったのですが、やはりプロに撮って貰うべきと、写真家にお願いしました。

 この日はずっと快晴で、絶好の撮影日和でした。

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 雲の無い状態が、これだけ長時間続いたのは、何十年か振りかだそう。

写 真家も、いつも以上に(いつも通りに?)気合十分で撮ってくれました。

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 建築の写真は、晴れと曇りとで、全くできが違います。

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 「釣りの日が、全部雨になってもいいから、撮影の日は晴れにして下さい」と勝手な神頼みをするのです。

 昨年の11月、NHKの「プロフェッショナル」が10周年を迎えました。

 その特番で、主題歌「progress」を歌う、スガシカオの創作の現場に密着という回がありましたが、ようやく録画を観たのです。

 彼はシンガーソングライターですが、どちらかと言えば、詞のほうにフォーカスしていました。

 Mr.Childrenの桜井和寿が「自分の醜いものや隠したいものがどうしても出てしまうのか、出しているのか」そこが凄いと語っていました。

 「川の流れのように」を書いた秋元康や、ノーベル賞候補に上がる村上春樹までが絶賛する詩人なのです。

 SMAPに提供した「夜空ノムコウ」も彼の作詞です。こう言っていました。

  現在を『あの頃の未来』と表現したことで、この曲はできた。

 後年、芥川賞の選考委員をしていた作家・開高健は受賞作を選ぶ基準をこう表現しました。

 その作品に『鮮烈な一言半句』はあるか?

 「クー・ド・グラース(とどめの一撃)」とも表現しています。

 坂の街に住むと決意したクライアントがこの土地を選び、この家は出来上がりました。

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 擁壁を超えてはならないという市条例、擁壁に荷重を掛けたくないという設計意図、階段状敷地が故の高さ制限。

 それらの条件をクリアする為に考えたのが僅かに宙に浮く片持ち構造の階段です。ミリ単位で擁壁際を狙っています。

 『鮮烈な一言半句』 『とどめの一撃』はあるのか……

 賞レースで問うてみたいと思います。

アスリート vs 経営者‐1245‐

 立春が過ぎ、僅かに寒さも和らいだでしょうか。

 現場にとって、厳しい時期には変わりはありませんが。

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 「KISHIWADA HOUSE」は基礎工事が終わったところ。

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 まだ吹きさらしの状態での水仕事は大変です。

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 暑いから、寒いからと、金額が変わる訳ではありません。

 勤勉な職人の手によって、日本の建築現場は支えられているのです。

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 現在は、基礎のベースコンクリートを打設したところ。

 「羽曳野の家」はリノベーション。 吹きさらしよりは、少しはましです。

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 それでも、暖を取る為の電気ストーブがおいてあります。

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 「長田の家」は外壁まで出来上りました。

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 随分ましになったと、監督も言っていました。

 三軒三様。過程を見て、現場の苦労と、家の有り難さがよく分かります。

 この一週間、清原の名前が記事に上がらない日はありません。

 野球選手とタニマチの関係は、野村克也の著書「野村ノート」にもありました。ここでは、阪神の選手ですが、彼ほどの知名度があれば、状況は同じでしょう。

 名経営者、京セラ名誉会長・稲盛和夫さんは、こんな話をしてくれたことがあります。京セラ所属の選手が、女子マラソンでオリンピックへ出場した時のことです。

 稲盛さんは「必ず前半からトップグループについて行くように」と彼女にアドバイスしていたそうです。

 コーチから「会長はマラソンの事はご存じないので」と、口を挟まぬよう言われました。しかし「マラソンのことは分からなくても、仕事の事は分かる。初めから全力疾走していなければ、今の京セラはなかった」と言いました。

 その選手は、確か目標通り5位前後に入賞したのですが、稲盛さんは、「可能性があったのだから、一番、せめてメダルを目指すべきだった。死にもの狂いで、トップ集団に付いていくべきだった」と言ったのです。

 経営(仕事)は、毎日毎日が真剣勝負。社員の生活を預かって、一日一日を命懸けで働いている。たった4年くらい、全力で努力が出来なくてどうする。私達は、オリンピックのメダリストより、大変な事をしていると言っても言い過ぎではないと。

 人の体は年老いて行きます。その自然の摂理を受け入れた人だけが、アスリートとして生きて行けます。その分儚く、それ故、放つ光が美しいのです。

 48歳の大人なので、全て自分の責任です。裸の王様に聞く耳はなかったのしょうか……

 寒空の中「KISHIWADA HOUSE」で、モルタル詰めをする職人が、はつらつと働く様を見て、これが仕事じゃないかと思います。

 主役以外の仕事に敬意を払えない世の中になって行っているのでは。そんな事を危惧するのです。

「美」の構造‐1243‐ 

 「行く・逃げる・去る」の通り、1月はあっと言う間に行きました。

 今日から2月。逃げられないよう、しっかり捕まえておかなければ。

 先月のことですが、豊中へ行っていました。

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 千里中央駅まで移動し、電車に乗ったのですが、駅向こうに見える景色に驚きました。

 阪急・千里中央店の外観がとてもダイナミック。

 力の流れを、そのままデザインに持ちこんでいるのだと想像しますが、最外のフレームは耐震補強の為か。

 いずれにしてもかなりの迫力。「連続の美」と言えそうです。

 先週、この阪急で働いていたという人と話す機会がありました。

 「凄い百貨店ですね」と熱っぽく語ると、「本店の次に出店したはずですが、内部のほうは……」といった感じ。

 70年代に完成したようですが、設計者を調べてみましたが分からずじまい。もしかすると天井高が低いのかもしれません。今度は中ものぞいてみます。

 「美」はそれぞれが感じるものなので、様々な答えがあります。

 しかし、カテゴリー分けすることは可能でしょうか。

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 朝靄の立つ湖。

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 凪の海。

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 水平線に沈む夕日。

 人も自然ですから、自然の美しさは無条件に受け入れられます。

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 強さに裏付けされた肉体なども、美の一つでしょうか。

 美というよりは、本能に近いのかもしれません。異性に求める美もこの一種か。

 「モナ・リザ」の美しさは、ダ・ヴィンチという人が表現したものですが、描いている対象は人。これも自然界の美が基本にあります。

 一方、ミロやモンドリアン等の抽象画、建築等は、「人が作った美」。自ずと、好き嫌いが分かれます。

 「空間なんて好みじゃない」と時々言われます。

 しかし全体のストーリーを整理し、その人らしい秩序を成立させるのが、私の仕事なのだと考えています。

 着物の上に、有名ブランドのジャケットを羽織り、革のブーツを履いている紳士が居たとします。それぞれの物は高級品。

 しかし、それを素敵だと言う人は居ません。服なら誰もが分かるのですが、空間は、このあたりが分かり難いのです。

 川の水がヘドロのように真っ黒で、無臭・無害だとします。機能的に問題が無くとも、気分が良い人はいません。

 「機能を満足する」の先にある「美しい」。それは、人にとって大切なものだという信念があります。

 建築を例にしましたが、物創りをする者にとって「美しい」を追求するのは、義務と言って良いと思います。

 次の機会には、なぜ私が「美しい」を求めるかを書いてみます。 

建築の敵‐1238‐

 今年の冬は暖かいと思っていたら、急に寒くなってきました。

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 それでも、関西のスキー場には厳しい状況が続きますが、標高のあるびわ湖バレイだけが健闘中のようです。

「滋賀の家」へ向かう東岸から、頂上付近、わずかに雪が見えていました。

 先週の取材の際、撮り忘れていたアングルを何枚か撮りました。主には吹抜けに面したセカンドリビングからのカットです。

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 吹抜けのハイサイドから、丁度、土塁上のヒノキが目に入ります。ここからの景色がとても良いと、クライアント、監督から感想を貰っていました。

 敷地が大きいので、建物の奥行きが薄く、どこからでも自然が目に入ってくるのです。

 建築の役割は、人間に自然のよい影響を全て与える装置として働くことであり、またそれは、人間を自然と建物が作り出す環境に現れる全ての悪い影響から保護することである。

 1898年、フィランド生まれの建築家、 アルヴァー・アアルトの言葉です。

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 1953年に完成した「夏の家」は彼の別荘。

 実験住宅「コエタロ」とも呼ばれるように、色々な実験がなされた面白い住宅です。

 今も好きですが、若い頃は、今以上に影響を受けていました。

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 1998年に完成した私とっての3作目。「Spoon Cafe」は、アアルトの空間を意識してデザインしました。

 特別な仕掛けがある訳ではないが、来訪者が主役だという気持ちは、強くもっていました。

 アアルトのエッセイ集はなかなか面白いのです。

 『不動産投資家』は建築の敵No.1だと言います。更に、手ごわい敵は、『建築経済性の理論』であり、普通「どんな形の家が最も経済的か?」と語れていると言っています。

 もし5階あるいは8階建の家を建てたとすると、その質問は「建物の奥行はどのくらい?長さは?持家を持ちたいと望んでいる人々に一番安く建ててやる方法は何か?」というようなものだ。

 もちろん、これを科学と呼ぶことができるかもしれない。しかしそうではないのだ。

 答えは全く簡単だ。一番奥行の深い建物ほど安い。それは明らかなことだ。さらにいえば、非人間的な家ほど安い。

 つまり、われわれのもっている一番高価な光は日光で、それを全部捨て去ればずっと安い家ができるというこいとである。

 すべての中で一番高価ものは新鮮な空気である。なぜなら、それは空調だけでなく都市計画の問題だからである。人間のための新鮮な空気は何ヘクタールもの土地、良い庭、森や草原や道路に値する。

 光と風=新鮮な空気と位置づけ、最重要視して設計をしてきましたが、新鮮な空気こそが最も価値があるとは、アアルトの視点は、かなり高いところにあります。

 しかし、建築の敵とは思い切った表現ですが、これに賛同したことで、私に投資家かからの仕事はこないかもしれません。

 真意が分かって貰えればそれで良いのですが「誰のため」「何のため」がぼやけてしまう原因に、経済性という言葉がちらつくケースは本当に多いと思います。

 勿論、経済性を無視するという意味では全くないのですが。

 真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。

 何とも表現しにくいが、なぜか良い。私にとってアルヴァー・アアルトはそんな建築家ですし、目指すところでもあります。

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主役は君だ‐1237‐

 今日、成人の日は良い天気に恵まれました。

 例年、紙面を賑わす式典ですが、今年は穏やかに行われたのでしょうか。

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 昨日は「滋賀の家」の取材に立ち会っていました。

 「住まいの設計」は老舗住宅誌。3月21日発売号は「ペットと暮らす家」という特集があり、その中で取り上げて貰います。

 この日も、絶好の取材日和。

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 撮影には、ご家族も4人で参加して貰いました。

 お兄ちゃんは就職が決まり、弟さんは大学に合格。何とも縁起のよい新春です。

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 しかし、今回の主役は4歳のトイプードル。女の子です。

 これだけ本気で撮って貰えたら、出来上がりが本当に楽しみ。

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 誌面を構成する編集、記事を書くライター、写真を撮るカメラマンと3名で東京から来て貰いました。

 写真を撮ると言っても、本当に色々なアイデアがあるものです。

 約4時間の撮影が終わり、取材チームはそのまま西宮へ移動。翌日も撮影とのことでした。

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 私とスタッフの田辺はそのまま残りました。

 「新年会しましょうと」行って貰っていたのです。

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 今回は、おでんとネギ焼きを用意して貰いました。

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 美味しい料理とお酒、楽しい(苦労した)思い出話があれば、6時間等あっと言う間。

 夕方4時頃スタートし、気が付けば10時前でした。

考えてみれば、何度最終の新快速で大阪に戻ったのか。
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 この取材の為に、テラス用のイスは新調して貰ったとのこと。本当に嬉しいことです。

 しかし、今回はもしペットがいなければ成立しない取材でした。故に、主役は完全に彼女でした。

 インターネット全盛の時代、紙媒体の縮小は顕著です。実際、廃刊になった住宅誌もあります。

 編集、ライター、カメラマンと、それぞれのプロが関わり、そのを商品として売るというスタイルが私は好きですし、重要な発表の場だと思っています。

 人の知識と技が無料なら、人自体の価値がない事になると思うのです。

 買って貰えるかは別ですが、 3月下旬にまた告知したいと思います。

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従来、先人、慣習‐1228‐

 月曜日に着工した「KISHIWADA House」。

 直会(なおらい)の場を設けて貰ったと書きました。

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 広辞苑によると「ナオリアイの約。斎(いみ)が直って平常にかえる意」とあります。

 現実的には、神事が終わり、神酒などをおろして頂く酒宴のことを指します。

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 親の時代などは、結構現場でお酒を飲んだと聞きます。

 しかし、現場の人たちは車で来ることが多く、直会の機会は減ってきました。昔は飲酒運転が良かった訳ではありませんが。

 この日、わざわざ予約して貰ったがんこ岸和田五風荘。

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 元城内に建つ、素晴らしい建物でした。

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 本格的回廊式日本庭園を持ち、連続ドラマ「カーネーション」のロケにも使われたとあります。

 「カーネーション」といえば小篠三姉妹の母の話。前日、元小篠弘子邸を訪れたばかりでした。

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 現代建築と、従来からの日本建築が混在しているのが、今の日本の姿です。

 クリエイティブな人というのは、先人たちが残してくれたものに感謝したいと思っているはずだ。

 僕が使っている言葉も数学も僕が発明したわけではない。同じ人類の先人たちが作ってくれたものなんだ。

 スティーブ・ジョブズの言葉です。

また、本田宗一郎はこう言っています。

 過去に積み重ねられた多くのものをもとにして、その上に自ら作り出した新しい世界を開いていくところに進歩があり、これがパイオニア精神だと思う。

 建築設計図という慣習も、実によくできたしくみです。

 まずは、基本設計で全体の構成を練ります。

 そして実施設計に入り、平面詳細図、 断面詳細図(矩計図)で構成をチェック。

 展開図では、内部からみた全ての面を表現します。

 仕上表、天井伏図、建具表、電気設備図……と、建物に必要な要素を、漏れなく表現できるようになっているのです。

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 これらに感謝することなく「大変、細かい、辛い」と嘆いているなど言語道断。20年前の自分に、一喝入れたいところです。

 実施図面をスタッフが描くようになってから、よけいに図面への愛情が増しのかもしれません。

 進歩し続ける人は、常に謙虚。加えて、感謝を口にします。

 どうせ感謝するなら、いますぐするべき。時間軸のことも意識したいと思うのです。

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潰さずに解く‐1222‐

 晩秋と言うにはそぐわない暖かさです。

 先週の金曜日は秋の奈良を訪れました。

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 猿沢池の東にある荒池。

 灌漑用に作られたそうですが、池越しに興福寺の五重塔を望みます。

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 天気は生憎でしたが、奈良公園も色づき始めといったところでしょうか

 年々紅葉が遅くなり、季節感も変化していかざる得ません。

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 シカも冬支度か。盛んに葉を食んでいました。

 葉を食べるだけで、何故あれだけの体を維持できるのか。好き嫌いなく、何でも食べなさいと言っていますが、果たして本当なのでしょうか。

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 奈良に来たのは、日本建築家協会の支部大会に参加するため。

 メイン会場となったのは、荒池に面して建つ奈良ホテルです。皇室の常宿でもあるのです。

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 完成は1909年、明治末で、東京駅でも知られる辰野金吾の設計。

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 その格式を求め、多くの著名人も宿泊しています。

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 奈良市街にある奈良基督教会も、今回会場の一つでした。礼拝堂は、1930年に完成しています。

 欧米から見ればおかしいかもしれませんが、この入母屋造りの教会で、信心を深めたのです。

 「古都奈良の文化財」は1998年に界遺産に登録されました。これは多くの寺社建築が主役です。

 建築の粋を集めた五重の塔も、巨大な奈良の大仏も、より不安定な世の中で、心の平静を求めてそれらは建造されました。

 現代に、更に大きな大仏をという話にはなりません。そのくらい安定した世の中という証でもあるのです。

 しかし、テロ関係の報道がない日は、未だありません。「戦争状態にある」というフランス大統領の発言を聞くと、やはり心穏やかなりません。

 仕事の場で、もし互いが望めなければ、関係を「解く」という方法があります。これが契約解消です。もし、会社を潰しにかかるとなると、また別次元の問題になります。

 関係を持ちたくないなら、憎みあう前に、せめて解くことは出来ないのか。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ 

 鉄血宰相と言われたビスマルクの言葉ですが、現代という歴史に学べないものかと思うのです。