「東京が……」などとは言っていられてない状況になってきました。
感染症というものは、なかなか一筋縄では行かないものだと思い知らされます。
真夏に濃桃色の花をつけるサルスベリ。
クローバーからは、蒸せかえるような夏草の匂い。
小学生の頃、草っぱらのようなグランドで、はいつくばって練習していた頃を思い出します。
当時の少年野球の練習は、信じられないくらい厳しかったのです。バットでゴツンは当り前でした。
新型肺炎が暑さや湿気に弱いのではという幻想は、夏の扉を開くと、脆くも崩れ去って行きました。
それでも夏が大好きです。
昨日、あるメディアの取材がありました。
公開されるタイミングで告知しようと思いますが、写真撮影もありました。
撮影が好きかと聞かれれば、口ごもってしまいますが、仕事はいつも「人気の市」です。
知って貰わなければ、市にも出られません。オファーがあれば出来る限り引き受けてきたのです。
7月28日。
ナニワ生れのナニワ育ちと言うことで、50歳になりました。
0歳。
10歳。
練習はスパルタでしたが、その分、少年野球のチームは結構強かったのです。
20歳。
予備校のソフトボール大会で優勝しました。何をしてるんだという話もありますが(笑)
小学校の時、区大会で準優勝したので得意なほうです。20歳の写真が1枚もなく、正確に言うと19歳ですが。
30歳。
鬱で1年仕事を休んでいた頃です。人生で一番太っていたはず。
40歳。
娘が3歳の七五三です。Ohanaの石井さんに撮って貰いました。
50歳。
今年の年賀状なので、こちらも正確に言えば49歳。
40歳になった時「男は40歳になったら、自分の顔に責任を持て」という、16代アメリカ大統領リンカーンの言葉を引きました。
不惑から更に10年が経ち、ついに天命を知る歳となりました。
「 英語で書かれた20世紀の小説ベスト100 」に選ばれた『1984』の作者ジョージ・オーウェル。
彼の言葉として、以下の言葉を紹介しているサイトがありました。
50歳で人は自分にふさわしい顔になる
リンカーンの言葉を知った時、覚悟は決めたつもりです。ジョージ・オーウェルの言葉を聞いた時、逃げも隠れも出来ないとはっきり分かりました。
50歳になると、見た目と内面は等しいのです。
35歳の頃「思ったことをそのまま口に出せる人になろう」と決めました。
その頃出会ったクライアントに大きく影響を受けたのですが、仕事用の口と、それ以外の口を持っているから駄目なのだと思ったのです。
そもそも、腹で思っていることと、口からでてくる言葉が違っているか、違っていないかは、誰でもすぐに分かります。
例えに上げて悪いのですが、1日に何百本もの営業電話をしている人の声は、誰が聞いてもすぐに分かります。そして、その声の人と話し続けたい人は一人もいません。
なら、その反対を目指せばよいだけです。
50歳となり、書いた通りの人に成れているとは思っていません。しかし、天命を知った気もするのです。
装ったり、繕ったりできない年齢に入りました。なら、心を高め、魂を磨き、ありのままの自分を成長させるしかありません。
もう50、まだまだ50。勝負はここからです。
ひとまず、耳順の60歳までフルスロットルで10年を生きます。
■■■4月8日『Sumikata』東急リバブル発行に
巻頭インタビューが掲載されました
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【News】
■5月16日『homify』(英語)の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載
■5月10日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■2月13日 『Best of Houzz』を「中庭のある無垢な珪藻土の家」が受賞
■2月3日『Houzz』の特集記事に「阿倍野の長屋」掲載
■12月3日 『Houzzユーザーが選んだ人気写真:キッチン編』で「中庭のある無垢な珪藻土の家」が5位に選出
■9月30日発売『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』に「回遊できる家」掲載
■7月21日BS朝日『大改造!!劇的ビフォーアフター』で「住之江の元長屋」再放送
■「トレジャーキッズたかどの保育園」が
地域情報サイトに掲載
■2017年11月27日ギャラクシーブックスから出版『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀がamazon <民家・住宅論>で1位になりました
◆メディア掲載情報
◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記