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味は本場、値段は町中華 上町界隈の名店⑦「純華楼 上本町店」‐2331‐

屋上から西を望むと、長堀通と上町筋の交差点「上本町1丁目」の信号が見えます。

その南東角に建つ雑居ビルの2階にあるのが「純華楼 上本町店」です。

玉造に本店がありますが、すぐ近くなのでいつか行こうと思っていました。

2階へ続く階段には、餃子の写真が掛かっています。

空芯菜の写真も。

それぞれの金額が、実際には583円と1188円なのはご愛敬です。

17時開店で、17時30分頃着いたのですが、その時点ですでに4組くらいが着席していました。

「早めに来たつもりだったのにな」と思いながら、すぐに3品をオーダー。

一番初めにでてきたのは「ピータンと豆腐の冷菜」。

それをあてに飲み始めました。

ちょっと甘めで、これだけ美味しいピータンは食べたことがない、というくらい美味しかったです。

「空心菜の炒め」も看板が掛かっているだけに看板メニューのお味です。

そして「手作り餃子」がでてきました。

看板に偽りなしで、小籠包かと思うくらい肉汁があふれ出てきます。

それなのに皮はパリッと香ばしく。

2人で6個は少なかったかな……
いやいや、食べすぎは禁物……

心の中で葛藤が続くくらいの絶品でした。

「イカ下足の唐揚げ」と「砂ズリと白ネギの和え物」。

特にイカ下足が美味しい。

他にも色々食べましたが、締めに「五目チャーハン」。
からっと仕上がったうえに、玉子の味が際立っていました。

ビール2本を飲んで、2人で6500円程。

1時間半程で引き上げましたが、大満足の夜でした。

壁には、芸能人の色紙も飾ってありましたが、『ごぶごぶ』のステッカーも。

ハマちゃんがマッチをもてなす場にこの店が選ばれたとは、何とも粋なセレクトです。

店で働く人は、おそらく全員が中国人で、中国語がとびかいます。
本場の雰囲気も味わえるのです。

中国本土は未体験ですが、2019年に訪れた香港を思い出しました。

「町中華」なる言葉を時々耳にしますが、昭和の雰囲気が残る、日本人の好みに合わせた、安価な中華料理店という感じでしょうか。

味は本場、値段は町中華。

こんな申し分のない店が近くにあるのは幸せ以外の何物でもありません。

打ち合わせに見えていたクライアントが、帰り際、お子さんに「〇〇で食べて帰る?」というと、「もっと普通の店でいい」と。

〇〇は高級なタイプのお店で、私なら小躍りしてしまうかもしれません。

「純華楼 上本町店」とアジフライの美味しい「橋の湯食堂」をお勧めしてみました

「橋の湯食堂」を訪れた時は、まだ『上町界隈の名店』というコンセプトができていなかったので、そのタグを付けていません。

いずれ再訪して、またここでUPしたいと思います。

さてお2人は、どちらかの店を訪れたのか、そことは違う店になったのか。

次回打ち合わせ時に聞いてみたいと思います。

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■■10月1日『建築人 10月号』「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」が掲載されました■■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV

人生を変えた?東三国‐2198‐

この自由の女神を見てどこの駅か分かる人は、御堂筋線で北摂から通勤している人か、本当の大阪通だと思います。

答えは東三国でした。

新大阪の一駅手前、キタにも近く便利なところですが、降りたのはおそらく20年振りだと思います。

この和菓子屋さんは当時からありました。

結婚する前に、妻が駅の東側にあるマンションに住んでいました。

特に2002年は、1年間アトリエmを閉めていたのでよく遊びに来ていたのです。

今回は駅の西側に所用があり、周辺を歩いてみました。

御堂筋沿いにはうどん屋さんが。

ミニ丼セットが680円。

このくらいで食べれる店が本当に少なくなりました。

東西の道を西へ向かって歩くと、特に商店街となっている訳でもないのに凄い活気です。

こちらの「若水(わかみず)」は、あまり食べ歩かない私でも知っている街中華の人気店。

思わず並ぼうかと思いましたが、昼食は少な目にしているのでそこは我慢です。

相乗効果なのか、他にも行列ができている店が3つ、4つありました。

そのまま歩き続けると、今度は商店街が見えてきました。

こちらは「サンティフルみくに」の看板が上がっています。

ところどころシャッターは下りていますが、健闘している感じ。

中学高校の同級生がこの商店街に住んでいたので、40年前にこちらも訪れたことがあるのです。

西端まで歩くと、阪急の三国駅に着きました。

40年経っているので記憶はあいまいですが、随分と景色は変わったのでしょう。

1999年の2月頃から2002年3月までの約3年、酷い鬱に苦しんでいました。

28歳から31歳にかけてのことですが、最終的に仕事に復帰できたのは、2002年を完全に休んだことが大きいと思います。

そして、2002年の終盤から2003年に掛けては、バックパックだけを背負って海外へでました。

はじめて訪れた国の、知らない街を歩いていると、緊張感とワクワク感で、自分が鬱だった事さえ忘れていったのです。

本当に思い悩んでいる人には、思い切って休むこと、そして環境を大きく変えることをお勧めします。

海外への貧乏旅行は大きなターニングポイントになったと思います。「貧乏」がポイントですので、そこは間違いのないようお願いします。

ただ、その旅にでるまで、半年以上大阪でぐずぐずしていました。

東三国に遊びに来た時は、時間だけはあるので、よく神崎川沿いを走っていました。

焦燥感に駆られながら、真夏に汗だくで走っていたことを思い出します。

その後の楽しみと言えば、時々カラオケに行ったり、レンタルDVDを観ることくらい。

多分、この建物の2階にツタヤがあったと思います。

2階のツタヤに入って行く、31歳の私の後ろ姿が見えた気がしました。

人生は何度でもやり直しがききます。ただ生きていればこそです。

もしかすると、東三国は人生を変えた街だったのかもしれません。

生まれが平野だからか、何とも下町にご縁があるようなのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■