タグ別アーカイブ: ゲツモク日記

フワフワのトロッとアツアツ明石焼き‐2016‐

土曜日は「ささき整形外科クリニック デイケアセンター 」の現場へ、撮影に行っていました。

兵庫県太子町までは、車でも2時間くらい掛かります。

妻にも手伝って貰ったお礼に、帰りに明石の「魚の棚」へ。

近くに沢山コインパーキングがあり、すんなり駐車できました。

着いたのは午後2時すぎ。

かなり活気がある商店街です。

明石と言えばやはりタコ。

ひる網は朝水揚げさればかりのものです。

地の魚が並び、つい目移りしてしまいます。

天ぷらも美味しそう。

行列のできているお店がありました。

顔程もある、タコの入ったセンベイが人気のようです。

1枚千円とのことでした。

昼を我慢してここまで来たので、明石焼きの店に入ります。

タコ飯セットが千円。

炭水化物多めですが、かなりリーズナブル。

フワフワのトロッとアツアツを、しっかりした出汁で頂きました。

この美味しさなら、4皿は食べれそうです。

帰る前に、こちらの店でタイを買いました。

このバケツが何とも懐かしいのです。

キスの天ぷらとタイの刺身とあら煮。

非常に満足した週末の夕食。

ただ、皿に盛ってみると意外に少なく……

折角明石まで行ったのなら、もう少し大きなタイを買っておけば良かったと悔いが残ります。こんな時に、大阪人の妙なセコさがでてしまうのです。(私だけ?)

竣工までに、多分もう一度訪れると思います。

今度は大きめのクーラー持参で。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

話芸の達人‐2015‐

梅雨に入り、あちこちで田植えが始まっています。

今朝は田植えには絶好のタイミングだったのかもしれません。

多くは機械化されているのだと思いますが、この田んぼでは1本、1本雑草を抜いているところでした。

腰を曲げて大変だなと思いますが、こんな時は、秋の収穫に思いを馳せるのでしょうか……

建築写真はやはり快晴に限ります。

梅雨時は頭が痛い時期なのですが、写真家が「梅雨の合間の晴れは、良い空になることが多いんでよ」と言っていました。

注意してみていると、確かに空の色が素晴らしいのです。心待ちにしている、こちらの心境も影響があるのかもしれませんが。

先週、上岡龍太郎さんが5月に亡くなられたというニュースがありました。

私の年代なら『パペポTV』、『探偵ナイトスクープ』です。

長寿番組だった『11PM』の後番組、『 EXテレビ』も記憶に残っています。

月・水・金が 東京の日本テレビの制作、火・木が関西の読売テレビが制作。

火・木の司会が上岡さんでしたが、関西色のはっきりした芸人さんでしたが、誰もが認める話芸の達人でした。

息子さんで映画監督の小林聖太郎さんは、1学年上ですがスキー部の合宿などでご一緒したことがあります。

それもあり、勝手ながらより身近に感じていました。

御尊父をお送りする言葉が、各所に掲載されていました。

ウィットに富み、ユーモアを交え、かつお二人の関係を率直に語る文面は、流石は一流の映画監督だなあと感心していたのです。

「テレビで面白いのは、素人が芸をやるか、玄人が私生活を見せるか」

上岡さんは、この持論をよく披露されていました。

ディープなファンが多かったので、それほど番組を拝見していない私が言うのも何ですが、更に印象に残っている言葉があります。

「どんなジャンルにおいても、せめて1つくらいは自分の意見がしっかり話せるようにしておくべき」

会話というものは、まず聞くことが基本だと思いますが、ただニコニコして聞いていれば良い訳でもありません。

芸人さんなら勿論だと思いますが、仕事においても同じだと思います。

ある意見に対して、相手が話してよかったと思える応対ができるかはとても重要です。

どう感じたかを話すためには、何かしら、自分の意見を持っていなければなりません。

どんなジャンルにでも興味をもつこと。そして1つは掘り下げておくこと。

上岡さんの言葉がストンと腹に落ちたので、私なりに実践してきたつもりです。

そういえば、学生時代の聖太郎さんは、スキーでも音楽でも、マニアックな話しをしたりして、いつもゲラゲラ笑っていたことを思い出します。

流石、サラブレッドは違うなと思っていたものです。

血縁はなくても、芸や考え方は引き継げる部分もあるはず。

そう考えれば、勝手に、一方的に思い込み師匠でもあります。

上岡さんのように格好の良い引き際は無理ですが、実りの白秋を迎えられるよう、まだまだ続けて行きたいと思っています。

心からご冥福をお祈りいたします。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

シソ、梅干し多めで豊かにしてくれる魚‐2014‐

昨日はクライアントとショールーム回り。

10時頃に阪神百貨店の前を通ると、すでに行列ができていました。

地下1階の食品売り場の中にも行列が。

地下街から地上に上がり、JR大阪駅の中央改札前を通ると551の蓬莱の前にも行列。

大阪の街に、観光客、買い物客が完全に戻ってきました。

コンコースを抜けてグランフロントへ。

一気に視界が開けるこのエスカレーター。

大阪一景色のよいエスカレーターかもしれません。

グランフロントも南館は混んでいますが、北館までくれば随分静かになります。

まずはサンワカンパニーのショールームへ。

洗面、水栓、キッチンなどを1時間半ほどかけて見てまわりました。

その後は阪急オフィスタワーにあるTOTOのショールームへ。

ユニットバスを採用する予定ですが、床や出入口が更に進化していました。

案内してくれた女性スタッフに、随分前に一度案内して貰ったと伝えると「ここのスタッフは本当に入れ替わりが少ないんです」と。

居心地の良い会社なのだと思います。

こちらでも1時間半ほどかけて、浴室、トイレなどを見て回りました。

その後クライアントを見送って、大丸へ向かいました。

横断歩道も凄い人で、本当に活気が戻ってきたことを感じます。これでこそ梅田です。

今週も頑張ったご褒美に、夏の風物詩 、ハモを買って帰りました。

辛子酢味噌と梅肉が付いていましたが、ちょっと贅沢に南高梅を買い足します。

この歳になって、より梅干しが好きになったのかもしれません。

シソと梅干し多めで食べるハモは最高に美味しいのです。

鱧の文字通り、豊かな気持ちにさせてくれる関西の味です。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

少数派との私外交‐2011‐

一昨日、「ささき整形外科クリニック デイケアセンター 」「ゲンバ日記」をUPしました。

https://youtube.com/watch?v=wBwb_Bp6b2I%3Frel%3D0

動画としては3本目です。

今回は、建方工事後から外壁完成までの工事をまとめました。

建方工事のすぐ後、足場が組まれるのですが外国人の若者が働いています。

聞くと「フィリピンから」と。

冬から春に季節は進み、今度は足場の解体工事。

フィリピン人の彼が、再び現場に来ていました。会えばいつも少し話をするのです。

母国を離れ、働くことは大変だと思いますが、いつもニコニコと気持ちが良い若者です。

彼らも少し登場しているので良ければご覧ください。

先日、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観ました。

1970年に結成された、伝説のロックバンド「クイーン」のヴォーカル、フレディ・マーキュリーの人生を描く物語です。

バンドメンバーとの出会い、結婚、同性愛者であることへの気付き、そして1985年のライブエイドまでが描かれています。

映画なので、どれが本物の映像なのか分かりませんが、最後のライブエイドのシーンはもの凄い迫力でした。

そして、最高に音楽を楽しませてもらいました。

リアルタイム世代なので、CDも持っていますし、スマホの中にも沢山 「クイーン」 の曲が入っています。

しかし、これだけ特別なバンドだとは分かっていませんでした。

ブライアン・メイはじめ、バンドメンバーがあってこそだと思いますが、フレディ・マーキュリーの全方位への能力は圧巻でした。(映画なので本人ではないのですが)

歌唱力、メロディアス、キャッチー、観客との一体感。

こんなステージを生で観れたら……と思わずにはいられませんでした。いつも後の祭りですが。

終盤、フレディ・マーキュリーは、自身がエイズに感染していることをメンバーに告白します。

そして実際には1991年、エイズが原因で45歳で人生を終えるのです。

日本でも遅ればせながら、LGBT法案が可決されそうです。

セクシャリティによる差別を無くそうという話と、マイノリティへの差別を無くそうという話は、全く同じだと思います。

正直、「男らしく」と育てられた世代ですし、子供にも「男らしく」「女らしく」を望んでいるとは思います。
ただ、差別はどんなことがあっても正しいことはありません。

「正義はすぐにひっくり返るが、パンをあげる行いはいつも正しい」

『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんの言葉です。

法律に縛られるのではなく、いつも人として正しい行いをしたいと思うのです。

フィリピン人の彼が「日本人は意外にフレンドリーだったよ」と家族と話している姿をイメージしています。計算高くて嫌になるのですが……

広島サミットとは全く次元が違いますが、これが私のできる外交です。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

『住まいの設計』と「建築家」の関係‐2010‐

『住まいの設計』の最新号が昨日発売されました。

この号をもって、63年の歴史に幕を下ろすことを、元編集長・鈴木さんのfacebookで知りました。

これまでに7軒の住宅を掲載頂き、本当にお世話になりました。

①2007年9月21日発売『新しい住まいの設計11月号』  「光庭の家」 掲載

『住まいの設計』 は扶桑社から膈月で発売される住宅誌ですが、以前は毎月発売でした。

その分、多くのチャンスがあったとは言え、全国から建築家が応募する訳で、初めて取り上げて貰うまで約10年掛かりました。

それだけに、表紙の「行列のできる建築家」のキャッチコピーにワクワクしたものです。

ただ、「光庭の家」はリフォーム特集枠でしたが。

②2010年7月21日『住まいの設計9・10月号』 「サロンのある家」掲載

取材チームは編集者、ライター、カメラマンで構成されています。

この時は編集長の鈴木さんが担当してくれました。

この号のテーマは「家にいるだけで幸せになれる家」。

2010年7月21日発売ですが、取材は5月上旬。

にも拘わらず、ご主人は屋上でシャワーのシーンを撮影。文字通りひと肌脱いで下さったのです。

取材チームの熱意がやはり伝わるのです。

③2011年9月21日『住まいの設計11・12月号』 「イタウバハウス」掲載

「イタウバハウス」 の取材も、鈴木さんが担当してくれました。

「身の丈予算の家」というタイトルをつけて貰いました。

普段から重要視している、予算調整の方法も大きく取り上げられています。

こういった点にもフォーカスして貰えると分かり、本当に読者に寄り添った雑誌だなと思うようになりました。

「イタウバハスウ」はWebサイトでも全金額を公開しているので、今でも大変アクセスが多いのです。

④2016年3月19日『住まいの設計05・06月号』 「滋賀の家」掲載

「滋賀の家」 は「イヌと暮らす家」特集でした。

良い紙面をつくろうと、それぞれが精一杯の仕事をする。

そんな取材の現場が大好きです。

⑤2016年5月21日『住まいの設計07・08月号』 「阿倍野の長家」掲載

この号では「HAPPY RENOVATION」特集でした。

取材を担当してくれた方が、後に『ESSE』に移られ、そちらでも取り上げてもらいました。

子供さんの協力なくして取材の成立はあり得ないのです。

⑥2018年3月20日『住まいの設計5・6月号』 「回遊できる家」掲載

ライターも色々な方がおられました。

女性の方が多かったと思いますが、この取材は男性でした。

奥さんから、どんな話を聞き記事にするのかは、いつも興味をもって聞いていました。

⑦2022年5月13日『住まいの設計6月号』 「おいでよ House」掲載

アトリエmとして最後になったのが「おいでよ House」

ちょうど1年前になります。

「子育て世代の家づくり」特集で、カメラマンさんは八面六臂の活躍でした。

まだコロナ下の社会。

マスクをつけての撮影ですが、誰がいつ撮るかでまったく違う写真になるのです。

テレビでも雑誌でも、取材はオールOKという方も居ますが、多くの方はあまり気乗りしないものです。

しかし「守谷が言うなら仕方ないかな」と引き受けてくれる訳です。

取材後は「いい記念になりました」と言って下さる方も多かったのですが。

「滋賀の家」のご家族は、取材後に夕食まで用意してくれました。

ご主人が焼いてくれたお好み焼きとおでんを肴にポメリーで乾杯しました。

私にとって、最高の1日になることも多々ありました。

カメラマンの本気。

ライターの聞く力。

そして全体の舵を取る編集者。

「こんなところを撮るんだ」という気づきも多かったです。

『住まいの設計』の取材チームは、誰もがプロフェッショナルで、かつ現場の雰囲気が楽しかったと思います。

実は、私が一番嬉しかったのはこの号です。

2011年1月21日『住まいの設計3・4月号』の「地元建築家がガイドする名建築 大阪編」にナビゲーターとして寄稿

作品掲載ではなく、大阪の名建築をガイドさせて貰いました。

40歳になり、手ごたえを感じ始めていましたが、大阪にも多くの建築家が居るなか、私を指名してくれたことはとても嬉しかったのです。

7軒+番外編が多いのか、少ないのかは分かりません。

仕事に答えはないとは言え、メディアに評価して貰ったことは、大変自信になったのは間違いありません。

編集部の皆さん、多くのカメラマンさんとライターさん、そして鈴木さんには特に感謝しています。

すでに『住まいの設計』からは離れておられた鈴木さんとはご縁があり、『ESSE-online』で一緒に仕事をさせて貰っています。

なかなか時間がとれず、新しいコラムを今年はまだ1本も書けていないのですが……

打合せの際に話しておられた言葉が心に残っています。

「『住まいの設計』の編集をしている時は、何とか建築家という職業を知って貰いたいと戦ってきた時間でした」

「Win-Win」という言葉は良く使われますが、本当に実現するのは簡単ではありません。

昨日の鈴木さんの言葉を引用させて貰います。

「自分らしい家、家族を守り幸せを紡いでいく器を実現してほしいと願って編集していた」


『住まいの設計』 と「建築家」の関係は、間違いなく 「Win-Win」 だったと思います。

紙媒体が難しい時代なのは承知していますが、私は紙が大好きです。

本当に寂しくてならないのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

電線にスズメが3羽止まっていた時代‐2009‐

天気が良ければ、週に3、4回は訪れるこの公園。

変わりない風景ですが、甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきました。

見上げるとヒヨドリのようです。

春は恋の季節だからか、良くとおる鳴き声が、朝の公園に響きます。

少し耳をすましていると、スズメの賑やかな鳴き声も聞こえてきました。

子供の頃は、ハトの鳴き声と、スズメの鳴き声に起こされたものですが、最近はそこまで聞こえてきません。

私の家の周辺では、明らかにハトやスズメが減ったと思います。

カラスの増加が理由かなと思っていたら、スズメの減少は、田畑が減ったことと、瓦屋根の家が減ったことが原因だそうです。

天敵を避けるために狭い空間に巣を作るそうで、瓦の隙間や軒下などが適していたのです。

私も、瓦屋根の家は3軒しか設計していないので、若干責任も感じます。

糞害などが問題になることもありますが、居たものが少なくなるのは何とも……

♪電線に スズメが3羽 止まってた

それを猟師が 鉄砲で撃ってさ

煮てさ 焼いてさ 食ってさ♪

1970年代に流行った『デンセンマンの電線音頭』です。

伊東四朗も小松政夫も鬼籍に入ってしまいましたが、3羽と揃わない景色は想像できなかったでしょう。

だからと言って、瓦屋根の家を勧める訳にもいきませんが……

食べたい訳ではないですが「昭和の時代にはスズメっていう鳥がいたらしいよ」はちょっと寂しすぎるかなと思うのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

テレビ出演、その後‐2006‐

5月5日のこどもの日に大阪に戻りました。

奈良市で部活の試合だった娘と、その観戦に訪れていた妻をピックアップするため、早めに池原ダムを発ちます。

奈良と新宮を結ぶ169号線は新緑がまぶしいほどです。

最近は、私たちと同年代のライダーが増えた気がします。

いつも一人で行き来する私からすれば、ツーリングはとても楽しそう。

でも、バイクは怖いのでやめておきます。

30年前に初めて訪れた時は、大阪から3時間以上掛かりました。

しかし現在は道が良くなり、2時間強です。

その一番の要因が、 川上村にある伯母谷ループ橋を含めた周辺トンネルの開通です。


ループ橋を反対側からみると、その高さが伝わるでしょうか。

調べてみると、大手ゼネコン錢高組の施工でした。

ループ橋の完成は2003年で、高さは100m以上あります。日本の技術力の高さに感心するのです。

今回は、ボートトレーラーを車検に持っていったりで、下北山村内をうろうろしていました。

車もボートもかなりガソリンを使うので、いつも給油に訪れるガソリンスタンドがあります。

はじめは女性が応対してくれたのですが、事務所内から店長さんが出てきてくれました。

すると「このあいだテレビに出ておられました?」と。

浅越ゴエさんのコーナー でしたよね。ゴールデンウィークは来られるだろうから、聞こうと思ってたんですよ!」と。

こちらのガソリンスタンドはレンタルボート店も兼業しているので、釣り話もよくします。いつも笑顔の人なので、ここで給油することが多いのです。

大手宅急便の配送に来た35歳くらいの男性も「テレビ、観ましたよ」と。

バーのマスターからメッセージが届いたり、母へ何人か電話があったり。

ちょっとお手伝い程度の出演でしたが、楽しんで貰えたなら何よりです。

テレビに出演させて貰う一番のメリットは、多くの人の目を意識することだと思います。

世界人口は80億人。80億人が私を知ってくれている訳ではありませんが、絶対仕事依頼がないと決まってはいませんから。

ゴールデンウィーク中も、週明けのプレゼンテーションへ向けてプランを練っていました。

人手不足ではありますが、学生が休み返上でアルバイトにきてくれました。

また、本日は入社試験の面接も実施しました。

もっと良い仕事をして、一人でも多くの人にアトリエmの仕事を知って貰いたいのです。

「建築家・守谷昌紀特集」なら皆に告知しました。

そんな機会があるよう、夢をもって、いつも笑顔で頑張ります。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

杖忘れの湯、湯ノ口温泉の効用‐2005‐

ゴールデンウィーク真っ只中です。

昨年の秋以来、池原ダムへバスフィッシングにやってきました。

バスフィッシングの聖地とも呼ばれる池原ダム。

この時期は遠征組も多々おられますが、こちらの車は横浜ナンバー。

毎年来ていた浜松ナンバーの浜松さんは今年は居られませんでした。

いずれにしろ、湖上は賑やかなのです。

ボートを降ろし、さあ行こうと船首のエレキモーターを踏むと、すぐに電源が落ちてしまいます。

いつもお世話になっているスロープの店長さんに聞くと、ブレーカーが故障しているのかもと。

初めての修理、やってみました。

左が古いブレーカー、右が新しいブレーカー。

四苦八苦して、何とか取り付け完了。

修理はいつも店長にお願いしているのですが、さすがにこの繁忙期は不可能です。

自分でやってみて、その有難さが身にしみるのです。

湖でのバスフィッシングの中で、一番大きな道具がボートです。

これがないと始まりません。

仕切りなおして、いざスタートフィッシング。

午前中は風が穏やかなことが多く、特に景色が美しいのです。

しかしこの季節は産卵の時期。

気難しい魚たちの心をなかなか掴み切れず……

まずまずのサイズをばらしてしまい、午前中はこのサイズを数本釣り上げただけでした。

昼に上がると、他の常連さんもボートの手入れ。

手間は掛かりますが。それも含めての釣りなのです。

早めに上がって、昼からは仕事。

昨年に続いて、ワーケーションに挑戦です。

本格的にスタートしたこの地でのプロジェクト。

また、追々報告していきたいと思います。

定宿のバンガローに到着した際、妙なお出迎えがありました。

のそのそとタヌキのような動物がでてきたのです。

お気に入りのバンガローの床下を、彼も気にいっているようです。

クライアントに写真を見てもらうと、ハクビシンだと教えてくれました。

結構狂暴だそうなので、手など出すのは禁物です。

夜は、クライアントが湯ノ口温泉に連れていってくれました。

池原から山道を走ること1時間弱。

南北朝時代から周辺は金山発掘で栄え、当時から地域の人たちの湯治場だったそうです。

塩素のにおいなど全くしない源泉掛け流し。

最近肩こりが酷いのですが、すごく良くなりました。凄いものです。

Webサイトを見るとこうありました。

温 泉に入る前には杖をついていた人が入浴後には杖を忘れて帰るということから『杖忘れの湯』 と言われている。

効用に筋肉痛、関節痛とありましたが、五十肩ともあります。

最近妻が五十肩で困っているので、また連れてこなければ……

湯治は、1週間~2週間位の滞在を年に3回程度が効果的ともありました。今すぐにでも湯治に来たいのですが、残念ながらそうもいきません。

私のコンパクトで濃密なゴールデンウィークは明日の午前中で終了。

不安ばかりだったこの3年を取り返すよう、少し早めにスタートダッシュをかけます。


『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

神戸 Old & New‐2003‐

先週末、竹中大工道具館に「イサム・ノグチ TOOLS」を観に行ってきたことを書きました。

昼をかなり過ぎていたので、「順徳」の焼飯も考えましたが、ひとまず三宮まで戻ることに。

途中、道の先に山を望む景色が、なんとも神戸らしい。

北野坂の先に風見鶏の館が見えています。

歓楽街が広いのも三宮の特徴です。

駅に近づくにしたがって、行列のある店が増えてきました。

JRの高架下の狭い通りに飲食店が密集するこのエリア。

東南アジアのような活気があります。

そして南の阪急側に抜けると、随分景色が変わっていました。

歩行者天国になっていたのです。

大学時代、甲南大学のスキー部にお世話になっていたこともあり、本当によく来たエリアです。

その変わりように驚きましたが、いつからこうなっていたのか……

とてもよいことだと思います。

更に阪急の高架をくぐり、南にある「さんちか」へ。

こちらも観光客がかなり戻っています。

13時半にも関わらずこの行列です。

長田名物のそばめしやぼっかけそばの店のよう。

かなり惹かれましたが、そこまで並ぶのも……

空いていたので「金蘭」の坦々麺にしました。

焼飯がついて880円。

競争が激しい三宮で、長年店を構えているだけはあります。

オーソドックスですが、誰もが好きな間違いのないお味でした。

久し振りの三宮を満喫し、阪神電車の駅に向かったのです。

A14とある地下への入口がありました。

これがかなり小さく、かつ古いのです。

まるで防空壕の入り口のよう。

仕上げや形状を見ていると、戦前、戦中あたりにつくられたのではと思います。

古いものと新しいもの。

Old & New

新旧入り乱れてこそ、街は魅力的なのだと、神戸は教えてくれるのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

イサム・ノグチと道具と技術‐2002‐

土曜日は天気予報通り、とても良い天気に。

三宮まで足を延ばしてきました。

私世代は新神戸オリエンタルホテルのほうがピンときますが、現在はANAクラウンプラザホテル神戸。

ダイエーの総創業者、中内功肝いりのプロジェクトで、竹中工務店の設計施工でした。

1988年の完成当時は関西一高いビルでしたが、規模だけでなくフォルムも素晴らしいのです。

新神戸駅の東まで歩き、竹中大工道具館に行ってきました。

現在「イサム・ノグチ TOOLS」という展覧会が催されています。

竹中工務店の元本社後に建つ軒の深い建物は、新緑にまぶしいばかりです。

イサム・ノグチは、1904年、詩人・野口米次郎と作家・レオニー・ギルモアの間にロスアンゼルスで生まれました。

父は彼の誕生前に日本に戻ってしまい、女手ひとつで育てられますが、2歳の時に父を頼って母子は来日します。

母 レオニー は感受性の強かったイサムの能力に気づき、地元の指物師のもとに見習いに出しています。

そこで、木工用の道具に親しんだことが、ものづくりに目覚めるきっかけとなりました。

その後、母の勧めで13歳の時に再びアメリカに戻ります。

苦学しながらも彫刻家として生きる決意をしたイサムは、22歳の時に彫刻家・ブランクーシに弟子入りします。

そこで石彫を学び、その才能が開花していくのです。

晩年は日本の香川県にもアトリエを構えています。

勿論のことですが、石彫のための道具はひと際多く展示されていました。

イサムはより硬い石、玄武岩の作品を多く作るようになっていきます。

硬い石の彫刻の際は、目を守ることが必須だったと思います。

色々あった道具の中でゴーグルが特に印象に残りました。

岐阜へ立ち寄った際に見た提灯に興味をもち、和紙と竹でつくる照明「あかり」を発表します。

20世紀初頭、アメリカ人にも日本人にもなりきれない自分にイサムは思い悩んでいました。

しかし、それらの経験も全て創作によって作品へと昇華したのだと思います。

柔軟な考え方で様々な素材と向かいあい、どのような道具も使いこなした器用さと技術が、孤高の天才彫刻家を支えていたのです。

この 竹中大工道具館には、子供達は何度か連れてきたのですが妻は初めてでした。

思いのほか面白かったらしく、しっかり見て回っていました。

特別展示と別のフロアには、常設展示もあるのですが、その質も大変高いのです。

大正の名工、千代鶴是秀の残した鑿(のみ)は、吸い込まれそうな美しさでした。

同時に、背筋が寒くなるような妖艶さまで漂わせています。

イチローのバットづくりも担当していた、元ミズノのバット職人、久保田五十一さんは落合博満元監督にこう教えられたそうです。

商品は人が手にして喜ぶもの。道具は人が手にして使うもの。遊びはいっさい不要。

本物の道具を見た時、いつもこの言葉を思い出すのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報