一級建築士事務所アトリエm 守谷 昌紀 のすべての投稿

大阪市平野区、設計事務所。建築家 守谷昌紀

鳥羽、神島で三島文学に触れる<後編>‐2245‐

先週末、夏季休暇の最後に鳥羽の神島を訪れたことを書きました。その後編です。

ここは、かつて島で唯一、時間を知らせていたという時計台跡。

時計だけは新しいですが、昭和の風情が色濃く残る島でした。

神島は、ノーベル文学賞の候補にもなった、三島由紀夫の代表作「潮騒」の舞台となった島です。

前回は、神島港から30分程歩いた、神島灯台までを書きました。

港は島の北側にあり、時計回りに東へ歩くと神島灯台があります。

ここまでは延々と続く登りですが、ここからは下って上ってに変わります。

15分程歩き「監的哨(かんてきしょう)」までやってきました。

「監的哨」は、昭和4年に旧陸軍が建てた軍事施設です。

2階建ての陸屋根で、屋上にも上がれます。

対岸に見える愛知県の伊良湖から撃った大砲の試射弾の着弾点を確認するために建てられました。

「潮騒」は5回映画化されています。

「クライマックスシーンの舞台であり、嵐の日に主人公・新治と初江がお互いの愛を確かめ合うシーンに登場します」と案内板がありました。

この日は本当に天気がよく、汗だくになりながら更に時計回りに歩きながら、小説の舞台を巡ります。

白い石灰岩が浸食されたカルスト地形が見えているのは「ニワの浜」。

子供たちが石灰岩に隠れて西部劇ごっこをしたとあります。

その西にある「古里(ごり)の浜」。

中央には「八畳岩」と呼ばれる巨岩があります。

小説の中では、確か子供がこの岩の上に登っていたと思いますが、かなり危険そう。

三島がそれを見たのか、聞いたのか、想像なのか……そんなことを考えるのが楽しいのですが。

外周4kmを、ゆっくり2時間半くらいかけて回り、神島港へ戻ります。

岩を掘削したであろう細い道路は、風洞のように風が抜け、とても涼しかったのです。

南国の雰囲気でカラフルな建物が多かった印象です。

お釜がありましたが、現役のようにも見えました。

街並み、自然は素晴らしかったですが、暮らしの上では大変なことも多々あるのではと思います。

尾道が沖縄にあったらこんな感じになるのかもしれません。

港まで戻り、鳥羽へと戻りました。

11時20分の定期船でやってきて、15時40分の便で島を後にしました。

三島は、作品を発表する1年前、昭和28年に神島を2度訪れています。

父、祖父とも東大卒の官僚で、本人も東大法学部卒で財務省に勤めたエリート中のエリート。もっと言えば、 財務省に勤め ながら小説を発表し、20代ですでに小説家として円熟期に入っていきました。

三島文学で言えば「金閣寺」と「潮騒」を読みました。

特に「潮騒」は、とてもよかったという印象だけが残っていました。

中学か高校学時代に読んだはずなので、40年ぶりに再読しました。

冒頭に書いた通り、ノーベル文学賞の候補になった三島の筆は確かです。

表現を除けば、引き込まれるようにページをめくり、あっという間に読み終わりました。

中編小説と言ってよいヴォリュームでしたが、4時間掛からなかったと思います。

調べてみると、古代ギリシアの散文作品『ダフニスとクロエ』に着想を得て書かれた作品とありました。

芥川龍之介もそうですが、元の枠組みがあったほうが、良い文章を書けるタイプの作家なのかもしれません。

本当に長い時間が掛かったアトリエm移転計画「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」ですが、ようやくアトリエの本棚が完成しました。

建築の専門書もそうですが、これまでに読んだ本に囲まれて、仕事をしたり、書き物をしたりするのが夢だったのです。

まだ一部しか搬入できていませんが、「潮騒」は一番左のオレンジの背表紙です。

昭和元年生まれの三島は、まさに昭和の作家です。

耽美派の代表的な作家とされるように、三島は美に最高の価値を置きました。

30代には、その美は自分の肉体へも向き、ボディビルをはじめます。

そして、自衛隊に体験入隊し、国粋主義へと傾いていくのです。

そして昭和45年11月、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に籠城し、自衛隊員にクーデターを促す演説をした後、割腹自殺しました。

「昭和とともに生きた小説家」三島由紀夫。

同じ本を読むよりは「また素晴らしい本に出合うかもしれない」という期待が上回り、再読しない主義でした。

しかしこの機会に「潮騒」を読んだ感想は「良いものは、やっぱり良い」でした。

今度は、倉庫の奥に置いてある本の山から「金閣寺」を救出してこなければなりません。

盛夏の神島で三島文学に触れた今年の夏。何か一歩踏み出そうと思えたのです。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

鳥羽、神島で三島文学に触れる<前編>‐2244‐

近鉄特急の賢島行きは、上本町の地上ホームから出発します。

朝の8時10分に出て、鳥羽には10時8分着。

改札を出るとすぐに海が見え、旅情を搔き立てるのです。

会社は1週間の夏季休暇と告知していましたが、現場監理、打合せ、初期相談と、ほぼ平常運転でした。

週末には夏休みらしいことをと考え、鳥羽の神島を訪れることにしたのです。

駅から歩いて10分弱の鳥羽マリンターミナルから市営の定期船に乗船。

途中、答志島にも寄りましたが、多くの海水浴客はここで下船。

40分で神島に到着しました。

折り返しの便で、島に帰省していた人が鳥羽へ帰るようです。

沢山の人が見送りに来ていました。

神島は、三島由紀夫が29歳の時に発表した小説、「潮騒」の舞台となった島です。

「潮騒」の中では「歌島」と置き換えられていますが、その他はほぼ実名で描かれています。

冒頭は、スケッチのような繊細な風景描写から始まっています。

島内は平地が極めて少なく、ほぼ路地ばかり。

その先は、すぐに階段に変わります。

少し階段を上がると一気に視界が開けるのです。

「潮騒」は、島の青年、新治と島に戻ってきた初江の純愛小説です。

こういった解説が、島のあちらこちらに設置されていました。

美しい花嫁が授かるように祈った八代神社に登ってみます。

急こう配の階段を15分程、汗だくになって登りました。

島の人はことあるごとに、ここに参拝にくるのです。

島は1週4km程で、2時間程で回れます。

次は、小説内では歌島灯台として描かれている神島灯台へ。

さらに20分程歩くと見えてきました。

神島灯台です。

渥美半島の先端、伊良湖岬が見えています。

日本の三難所の一つと言われる伊良湖水道。

その通行のため、明治通行のため、明治43年に完成したのがこの神島灯台です。

潮の流れが速いので、良い漁場でもあるのでしょう。

沢山の船が集まっていました。

「潮騒」は新治と初江の純愛小説と書きました。

それで「恋人の聖地」となっているようです。

ただ、訪れているのは、私達を含めてほぼおじさん、おばさんばかりでしたが。

この小説は、5回映画になっているようですが、クライマックスシーンが描かれた「監的哨」へ向かいます。

今回の神島行きの電車で、「潮騒」をおそらく40年振りに再読しました。

そのあたりも踏まえて、続きは次回の後半で書いてみたいと思います。

■■■9月28日(日)地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」内覧会開催■■■

■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■

家族写真 in 大阪城‐2243‐

今日は朝から、家族で大阪城の天守閣へ。

本丸の正門にあたる桜門まで行くと、天守閣が見えてきます。

長男が東京から帰省していたタイミングで、家族写真を撮りに行ってきました。

昨年は、初めて4人で行った旅行先、白浜で撮りました。

今年は娘が受験ということもあり、塾へ行く前に大阪城で撮ることにしました。

昨日を予定日にしていましたが、生憎の曇天。

長男には一日滞在を伸ばしてもらったので、晴れてくれて助かりました。

日中は観光客でごった返す天守閣前も、朝の7時台はガラガラ。

思ったところで撮影できました。

これだけの蝉時雨が響くのもあと少しでしょう。

撮影した後の画像チェックの図です。

4人で撮った後は、恒例にしている兄妹のカット。

子達が仲が良いのは嬉しい限りです。

初めに書いた、桜門を入ってすぐの所には、蛸石と呼ばれる巨石があります。

大阪城内でも最大で、面積は約36畳、重さは108トンと推定されています。

大阪城は極めて立派な城ですが、間近でみて驚くのは石垣です。

石垣と言う、巨大な基礎があってこその大阪城なのだと分かります。

長男は大学3年生、長女は高校3年生。まさに仕事人への基礎を築く年代です。

石垣は傾斜が急すぎれば倒壊しますし、緩すぎれば、敷地を無駄使いした上に、労力ばかり掛かります。

程よい角度が美しいのは、人生も同じ。

自分が登れる最大角度を目指して欲しいと思います。

段々勾配が緩くなる石垣など全く美しくありません。

長男は、仕事を決めるべき時期にはいりました。

自分が人生を掛けてみたい仕事のなかで、一番厳しいと思うものを選んでほしいと願っています。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

水と戦い、ともに暮らす‐2242‐

昨日、「上町のアトリエ付き住宅 〈リノベーション〉」の【ゲンバ日記チャンネル】Episode5を公開しました。

2階アトリエの移転は完了していますが、本棚だったり、机だったりを取りつけながら完成を目指しています。

3階の仮設キッチンが、ようやく最終形のキッチンに入れ替わりました。

本当に色々ありましたが、ようやくゴールが見えてきました。

今日は山の日で休日でした。

ただ、エレベーターのあるリハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」は、お盆休み中に既存棟の最終工事が残っています。

すぐに応対できるよう、私は大阪で待機しています。

ですが、ちょっと買い物へと、イオンモール大阪ドームシティへ行ってきました。

東側を流れるのは木津川です。

こういった景色も含めて、川沿いらしい雰囲気です。

木津川は、少し南で東から流れてくる道頓堀川と西に流れる尻無川と十字路のようになっているのです。

東側にあるのは道頓堀川水門ですが、かなりモダンなデザインです。

施工は竹中土木だと分かったのですが、設計が誰なのかは分かりませんでした。

大阪市のWebサイトに以下の説明がありました。

平成12年(2000年)完成。東横堀川水門(ひがしよこぼりがわすいもん)とあわせ、高潮防御機能、水質浄化機能、舟運活性化機能などの役割を果たしている。木津川の対岸にある京セラドーム大阪周辺の景観を配慮した設計となっており、近未来的な外観デザインが特徴的である。

高麗橋のすぐ南にある、東横堀川水門とを上げ下げすることで、潮位差を利用して、水を浄化させているそうです。

潮位差が大きい時は、船の航行ができないので、2重水門内で待機し、水位を合わせるともありました。

大雨対策や高潮防御の役割もあり、美しさと機能を備えた水門でした。

八百八橋の大阪ですから、水と戦い、ともに暮らしてきたことは間違いありません。

九州からは、水害のニュースが届いています。

気候変動によって、その猛威はレベルをあげていますが、何とかうまくやっていく方法はないものでしょうか。

あるクライアントの奥さんが佐賀の出身で、水害、台風に対しての備えは、全く違うレベルの意識があるそうです。

最近は、降る時は一気です。

何とか被害が最小となることをお祈りするしかありません。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

チョッコレート‐2241‐

先月の中頃ですが、久し振りに高槻へ行ってきました。

高槻中学・高校へ通っていた時は阪急でしたが、この日はJRの高槻駅へ。

妻の実家が高台にあり、家族3人で泊めて貰いました。

理由は、土間工事のために自宅に居れなかったからです。

昼食は冷やしうどんを出して貰いました。

小麦から拘った麺とのこと。

普段、ほとんど麺は食べないので、滅茶苦茶に美味しかったです。

義父は家庭菜園もしているのですが、今年は暑すぎてブドウの成長も遅いそうです。

高槻は、大阪と京都の中央あたりに位置し、多くの人口を抱える衛星都市です。

その立地の良さから、企業や工場も沢山あります。

国道171号線から見えるのは歯ブラシや歯磨き粉のサンスター本社。

その隣には、板チョコ。

171号線とは反対側の、JR京都線から見た景色です。

明治なるほどファクトリー大阪の南面はこの外壁というかオブジェというか、なかなかのインパクトです。

「♪チョッコレート、 チョッコレート、 チョコレートは明治♪」 

あのCMは耳に残って離れません。流石は明治製菓です。(何が?)

かなりの大きさで、全体が見えるのはこのくらいの角度になります。

この夏、チョコレートも溶ける暑さですが、こちらは全く問題ありませんでした。

一泊させて貰い、翌日は朝から仕事があったので、早朝のバスで自宅に戻りました。

大阪と比べると、2、3℃は涼しいですが、それでもエアコン無しで寝るのは無理だそうです。

この時期、店頭に板チョコを並べるだけでも大変だと思います。

材料の高騰もありますが、物流に掛かるコストも大きいでしょう。

チョコレートの原料、カカオ豆はアステカ帝国を滅ぼした、スペインの征服者、コルテスによってスペインに広められました。

古代メキシコでは、カカオ豆からつくるチョコレート飲料が珍重されました。また、カカオ豆が貨幣となるほど価値のあるものだったのです。

時代が時代なら、王か貴族くらいしか食べられなかったのがチョコレート。

庶民が数百円で食べられると知ったら、アステカ帝国の国王はどんな顔をするでしょうか。

暑くはなりましたが、良い時代でもあるのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

何となく、導かれて長堀通‐2240‐

今日は心斎橋と長堀橋の間で打合せがあったので、まずは長堀橋駅で下りました。

クリスタ長堀の東端にあたります。

長堀通りと堺筋の交差点に駅はあります。

堺筋を3ブロック北に上がると堺筋倶楽部が見えてきます。

2003年の秋に、ここで結婚式を挙げました。

10時頃通ると、行列ができています。

「パンとエスプレッソと」という看板が見えました。

当時は、銀行だった建物がイタリアンレストランにコンバージョンされていました。

結婚式場として借りることもできたのですが、今はどうなのでしょうか。

1時間程の打合せを終え、帰りは心斎橋駅に向かいました。

どの街でもそうですが、変わらぬところと、変わるところあり、です。

商店街の中も少し歩いてみます。

ラーメンは900円から。

チェーン店の焼き肉定食も、1188円から。

そんなものだろうなと思いながらも、昼食で1000円かという気持ちも。

商店街を少し外れると、街歩き好きの鼻が効いてくるのです。

「ONEプレートサービスランチ ¥700」

プレートのスケッチ付きの看板です。

テープ貼りの下には「おかわりOK」の文字がうっすらと。

現在、それを望むのは酷というものでしょう。

先週の日曜日、名古屋の大須商店街へ行ったことを書きました。

心斎橋筋商店街も大きいですが、その規模に圧倒されました。

「そりゃ、名古屋にもお好み焼き屋さんはあるよな」と思いながら、二度見しました。

お好み焼き 330円

これは安い!

日本の店はどこで食べてもほぼ美味しいのです。

なら、安い店が一番です。

今日の昼食は、昼過ぎに結局会社に帰って、妻の作った弁当でした。

食べないので、高いも安いもないのですが、見るのは自由ですから。

堺筋倶楽部で結婚式を挙げたと書きました。

建築家として、どんなところで式を挙げるのかと、身の丈にあった、という2点で選んだと思います。

当日は、少し雨が降っていました。

「もう22年になるのか」という気持ちと「まだ22年か」という気持ちの両方があります。

ただ、何となく導かれて、アトリエを移転してきたような気もするのです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

残念、初天神祭り‐2239‐

上町に移転してきて初めての夏。

周辺をジョギングしていても、7月25日が近付いてくると、いやがうえにも、天神祭りを意識しない訳にはいきません。

天神橋北詰あたりは天神浜というようです。

周辺の企業も、何かしらの協力をしているのでしょう。

今まであまり縁の無かった天神祭りですが、少し歩けば花火が見れそうなので、仕事終わりに出掛けてみました。

夕日を受けたクリスタルタワーは金色に輝いています。

しかし、甘くなかった……

花火がよく見える場所は、すでに人が居るので、歩き続けるしかありません。

そのあたりは、警察や警備の人たちも徹底していました。

確かにそうしなければ、危険なくらいの人、人、人、です。

大川左岸は、意外に木が高くその間から、時々見える感じ。

木が途切れているところは、人も立ち止まってスマホをかざしています。私もそのひとりですが。

ちょっと早めに退散しましたが、それでも人出は増す一方といった感じでした。

初天神祭りは、花火に関しては惨敗といった感じでした。

それでも、花火の音だけ聞きながら、出店めぐりも意外に楽しいものです。

何より、「初」がまだまだあるのは嬉しいことです。

毎年チャンスがあるので、少しずつ開拓していきたいと思います。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

清州城から大須商店街、老舗の味噌煮込みうどんを食す‐2238‐

昨日も暑い一日でしたが、上本町駅発、8時3分の近鉄特急に乗車します。

ひのとりで一路名古屋へ。

そのままJR東海道本線の岐阜行きに乗り換えました。

清洲までやってきました。

那古屋城で生まれた信長は、織田家内の争いにも勝ち、清洲城を天下取りへの足掛かりにします。

清洲城の正確な位置は分かっていないようで、更に信長が清洲に居たころは天守閣は無かったとされています。

なのでこの清洲城は完全に復元ですが、それでもテンションが上がります。

先日、堺屋太一の「鬼と人と」を読み終えたばかりだからです。

武田氏討伐から、本能寺の変までの約3ヵ月が描かれています。

天下統一へとひた走る革命児、織田信長と、格式と伝統を重んじる明智光秀が、同じ場面を交互に独白するというスタイルが貫かれています。

全く同じ現実を見ているにも関わらず、2人の心が離れていく様子が、繊細に描かれているのです。

詳細な調査があっての小説でしょうが、作者の想像であるのは間違いありません。

それでも、大いに納得できる展開でした。

信長の武将としての優秀さや特異さは、色々な本で読みましたが、堺屋太一らしく、経済面での手腕に何度もフォーカスしていました。

金銭で武士を雇う事をいち早く始めたことと、やはり楽市楽座です。

占領地で楽市楽座を布告し、免税、税の公平化、街道通行料の無料化など、国を潤すために、商人を非常に大切にしたのです。

清洲城近くにある清洲公園には、信長とその妻、濃姫の銅像がありました。

この信長がなかなかに格好がよく、炎天下の中、わざわざ写真を撮りに行ってきました。

隣国、美濃国の大名だった斎藤道三の娘が濃姫ですが、義理の姉、お市の方と共に大変美しい女性として描かれることが殆んどです。

このあたりは、司馬遼太郎の「国盗り物語」が滅茶苦茶に面白いので、熱烈推薦しておきます。

名古屋への戻りは、新清洲駅から名鉄にしました。

名鉄の車両を見ると、名古屋、岐阜にきた感じがするのです。

金山で地下鉄に乗り換え、大須商店街へ。

今回の名古屋行きは「大須商店街がおもしろいらしい」と妻が言いだしたことに始まります。

実際に行ってみると、東西南北に何筋も商店街があり、規模が大きく、かなかなの活気です。

屋根が架かっているのと、店から冷気が流れ出しているからか、結構涼しいのです。

食べ歩きできるような店が多いのも人気の秘密でしょうか。

旅先の楽しみは、勿論昼食です。

あまり探さずに入ったのですが、かなり美味しかったです。

妻は親子入味噌煮込みうどん(鶏肉と卵入り)、私はきしめんの味噌鍋にしてみました。

噌煮込みうどんは専用の麺を生から煮るのが、味噌鍋との違いとのこと。 よってコシがかなり残っています。

圧倒的に親子入味噌煮込みうどんに軍配です。

郷に入っては郷に従え、でした。

あとで調べてみると、将棋の藤井名人が勝負飯に食べたという、老舗の名店でした。

あちこちに「頑張れ、武蔵川部屋」と書いた幟が立っていたのですが、店のすぐ横に土俵がありました。

そう言えば、朝、ひのとりに乗った瞬間から、4人で向かい合わせに座り、ビールで乾杯していた家族がいました。

千秋楽を楽しみにしていたのでしょう。朝8時から、隣ではガンガンビールを飲みながら盛り上がっています。

静かに読書という訳には行きませんでしたが、それも旅の味わいです。

帰りはプレミアムシートが取れたので、いたって快適。

妻は2時間ずっと寝ていましたが。

私はかなりの旅好きですが、近い遠いに関わらず、移動すること自体が大好きです。

昨年の冬からこの夏にかけては、 「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」 に時間を取られたので、あまり出掛けられませんでした。

もう少しだけ工事は残っていますが、ようやく終わりが見えてきました。

今日は7月28日。55歳の誕生日です。

よって、ゴーゴーな1年にしたいと思います。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

全てはこの1枚のために、建築確認の検査済証‐2237‐

今日は、最終盤の地域のために、リハビリ棟を増築「ささき整形外科クリニック」の現場へ行っていました。

晴れた日には、白い外壁と、シルバーの庇が良く映えています。

屋上からの景色も素晴らしいものでした。

スタッフエリアのカウンターからも楽しめるようになっています。

この計画が大変だったのは、増築だったからです。

この渡り廊下で、既存クリニックと繋がっているのです。

規模が大きくなったので、既存クリニックに法が訴求し、新たな設備を追加したり、既存建物が現行法規に合致していることを証明する必要がありました。

先週の建築確認の完了検査の際、ベテランの検査員の方が「増築は新築の5倍は大変だったでしょう」と。


この苦労を理解できるのは、審査機関の方だけかもしれません。

福祉のまちづくり条例の検査も同時に実施。

小便器の一番低いところは35cmより低くないといけないと、条令に明記されているのです。

これはほんの一端ですが。

続けて、消防の検査も実施。

感知器等をチェックしていきます。

全て合格し、検査済証を取得できました。

こちらが、建築確認申請の検査済証。

こちらが、消防設備等検査済証。

2023年の9月に「ささき整形外科デイケアセンター」完成後に相談を受け、ようやくこの日を迎えることができました。

普段法規制を意識することはあまりないと思いますが、建築家の仕事は、安全、快適、美しさなどと共に、法規をクリアしなければなりません。

正直、最後の部分は前の3つを実現するために、仕方なしに頑張っているというのが本音でしょうか。

ただ、その分クリアしたときの気分は結構よいのです。

全てはこの1枚のために。

新築の場合はそこまで難易度は高くありませんが、増築につき、そんな気分です。

今夜は、全てはこの1杯のために。ひとりで祝杯をあげるつもりです。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■

施政者に望む、細やかな幸せ‐2236‐

関東甲信越・北陸・東北南部も、先週金曜日にようやく梅雨明け宣言がでました。

大阪は6月中に梅雨明けし、夏本番を迎えていましたが、最近の積乱雲は怖いくらいの大きさまで成長します。

入道雲と言うよりは、竜の巣といったほうが良いくらいでしょうか。

もちろん「天空の城ラピュタ」に登場する「竜の巣」に見立ててです。

昨日は選挙でしたが、投票となると億劫になってしまうのが正直なところです。

政党、候補者、政策などは、新聞の別冊版をさっと目を通しただけ。それで判断するのは、正直気が重い。

それなら普段から、目を配っておけばよいのですが、そこまで時間を割いてまでとは思えず……

ただ、投票会場が 大阪府立中央聴覚支援学校だったので、それは楽しみにしていました。

大阪市立聾学校の表札もありますが、それは過去の名称のようです。

すぐ近所にありますが、広い学校だなと思っていました。

都心部の学校だけに、風景もそれらしいものです。

タワーマンションに囲まれる風景も独特。

少し調べてみると、こちらの校舎の設計は梓設計のようです。

1990年頃の竣工なら、ポストモダン様式のデザインも納得できます。

「手話とともに未来へ」

校舎に横断幕が掛かっていました。

手話ができなければ、 聴覚に障害がある人とコミュニケーションを取ることは困難です。

秋篠宮家の佳子さまが、手話で会話している姿をよく見ますが、本当に立派だなと思っていました。

しかし考えてみれば、英語を勉強するのと同じように、授業として手話があってもよい気がします。

本当に目を配るべきところは、こんなところのような気がします。

昨日は、仕事半日、雑用半日を済ませると、キッチンから枝豆を湯がく、良い匂いが漂ってきました。

旬の枝豆は、値段もリーズナブルな上に、味も最高です。

ヘレカツとで晩酌をすれば、それより幸せなことなどありません。

大阪選挙区には19人が立候補し4人の議員が誕生しました。

変化は大歓迎、まずは御手並み拝見です。

しかし、国民が彼らに望むことは、大それた無理難題ではありません。

真面目に働けば、家族と共にささやかな幸せが得られる。その程度だと思うのです。

なので、俺が俺がというスタンドプレーだけは勘弁してもらいたいと思います。

■■■2月12日(水)大阪市中央区上町1-24-6に移転しました
「上町のアトリエ付き住宅〈リノベーション〉」
電話、faxは変更ありません■■■

■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載■