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『住まいの設計』と「建築家」の関係‐2010‐

『住まいの設計』の最新号が昨日発売されました。

この号をもって、63年の歴史に幕を下ろすことを、元編集長・鈴木さんのfacebookで知りました。

これまでに7軒の住宅を掲載頂き、本当にお世話になりました。

①2007年9月21日発売『新しい住まいの設計11月号』  「光庭の家」 掲載

『住まいの設計』 は扶桑社から膈月で発売される住宅誌ですが、以前は毎月発売でした。

その分、多くのチャンスがあったとは言え、全国から建築家が応募する訳で、初めて取り上げて貰うまで約10年掛かりました。

それだけに、表紙の「行列のできる建築家」のキャッチコピーにワクワクしたものです。

ただ、「光庭の家」はリフォーム特集枠でしたが。

②2010年7月21日『住まいの設計9・10月号』 「サロンのある家」掲載

取材チームは編集者、ライター、カメラマンで構成されています。

この時は編集長の鈴木さんが担当してくれました。

この号のテーマは「家にいるだけで幸せになれる家」。

2010年7月21日発売ですが、取材は5月上旬。

にも拘わらず、ご主人は屋上でシャワーのシーンを撮影。文字通りひと肌脱いで下さったのです。

取材チームの熱意がやはり伝わるのです。

③2011年9月21日『住まいの設計11・12月号』 「イタウバハウス」掲載

「イタウバハウス」 の取材も、鈴木さんが担当してくれました。

「身の丈予算の家」というタイトルをつけて貰いました。

普段から重要視している、予算調整の方法も大きく取り上げられています。

こういった点にもフォーカスして貰えると分かり、本当に読者に寄り添った雑誌だなと思うようになりました。

「イタウバハスウ」はWebサイトでも全金額を公開しているので、今でも大変アクセスが多いのです。

④2016年3月19日『住まいの設計05・06月号』 「滋賀の家」掲載

「滋賀の家」 は「イヌと暮らす家」特集でした。

良い紙面をつくろうと、それぞれが精一杯の仕事をする。

そんな取材の現場が大好きです。

⑤2016年5月21日『住まいの設計07・08月号』 「阿倍野の長家」掲載

この号では「HAPPY RENOVATION」特集でした。

取材を担当してくれた方が、後に『ESSE』に移られ、そちらでも取り上げてもらいました。

子供さんの協力なくして取材の成立はあり得ないのです。

⑥2018年3月20日『住まいの設計5・6月号』 「回遊できる家」掲載

ライターも色々な方がおられました。

女性の方が多かったと思いますが、この取材は男性でした。

奥さんから、どんな話を聞き記事にするのかは、いつも興味をもって聞いていました。

⑦2022年5月13日『住まいの設計6月号』 「おいでよ House」掲載

アトリエmとして最後になったのが「おいでよ House」

ちょうど1年前になります。

「子育て世代の家づくり」特集で、カメラマンさんは八面六臂の活躍でした。

まだコロナ下の社会。

マスクをつけての撮影ですが、誰がいつ撮るかでまったく違う写真になるのです。

テレビでも雑誌でも、取材はオールOKという方も居ますが、多くの方はあまり気乗りしないものです。

しかし「守谷が言うなら仕方ないかな」と引き受けてくれる訳です。

取材後は「いい記念になりました」と言って下さる方も多かったのですが。

「滋賀の家」のご家族は、取材後に夕食まで用意してくれました。

ご主人が焼いてくれたお好み焼きとおでんを肴にポメリーで乾杯しました。

私にとって、最高の1日になることも多々ありました。

カメラマンの本気。

ライターの聞く力。

そして全体の舵を取る編集者。

「こんなところを撮るんだ」という気づきも多かったです。

『住まいの設計』の取材チームは、誰もがプロフェッショナルで、かつ現場の雰囲気が楽しかったと思います。

実は、私が一番嬉しかったのはこの号です。

2011年1月21日『住まいの設計3・4月号』の「地元建築家がガイドする名建築 大阪編」にナビゲーターとして寄稿

作品掲載ではなく、大阪の名建築をガイドさせて貰いました。

40歳になり、手ごたえを感じ始めていましたが、大阪にも多くの建築家が居るなか、私を指名してくれたことはとても嬉しかったのです。

7軒+番外編が多いのか、少ないのかは分かりません。

仕事に答えはないとは言え、メディアに評価して貰ったことは、大変自信になったのは間違いありません。

編集部の皆さん、多くのカメラマンさんとライターさん、そして鈴木さんには特に感謝しています。

すでに『住まいの設計』からは離れておられた鈴木さんとはご縁があり、『ESSE-online』で一緒に仕事をさせて貰っています。

なかなか時間がとれず、新しいコラムを今年はまだ1本も書けていないのですが……

打合せの際に話しておられた言葉が心に残っています。

「『住まいの設計』の編集をしている時は、何とか建築家という職業を知って貰いたいと戦ってきた時間でした」

「Win-Win」という言葉は良く使われますが、本当に実現するのは簡単ではありません。

昨日の鈴木さんの言葉を引用させて貰います。

「自分らしい家、家族を守り幸せを紡いでいく器を実現してほしいと願って編集していた」


『住まいの設計』 と「建築家」の関係は、間違いなく 「Win-Win」 だったと思います。

紙媒体が難しい時代なのは承知していますが、私は紙が大好きです。

本当に寂しくてならないのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

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