タグ別アーカイブ: 水平社

この地の闘いの歴史‐2365‐

20日程、大阪に駐艇していた愛艇ですが、先の連休中に池原ダムに戻してきました。

大阪を発つ前にもう一度UPします。
何度もすみません。

ちなみに船名は『Char』。
そう、赤い彗星の『シャー』から取ったのですが、その由来が気になる奇特な方は以下をご覧ください。

スケジュールの関係で、この日は行って帰るだけ。

純粋な山道ドライブです。

行きは吉野川を左手に169号線、熊野街道をひたすら南下。

帰りは吉野川を右手にひたすら北上します。

紅葉とはいかないまでも、広葉樹は葉が色づき始め、風も爽快です。

何百回と往復した、通勤路のような道程ですが、快晴時に走るのはやはり格別。

大阪に近づくと、徐々に建造物が増えてきます。

ここは何度か紹介したことがありますが、2013年の大滝ダム完成後に地すべりが発生し、村ごとの移転を強いられたのが白屋地区。

住民の生活道路となる予定だった立派な斜張橋が、より哀愁を漂わせています。

連休中だったので、渋滞につかまるのを避けたく、とんぼ返りで明日香村あたりまで戻ってきました。

それでも169号線が少し混みだしたので、県道にそれて、遅めの昼食を取りました。

その時の周辺風景の美しかったこと……

再出発して、車窓を楽しんでいると「水平社博物館」という看板が見えました。

抜け道も、ありとあらゆるルートを通っているので、その存在は知っていましたが立ち寄ったことはありません。

「水平社」については、教科書にも出てきたと思います。

早めに戻る予定でしたが、この機会を逃したら一生訪れないかもと思い立ち寄ってみました。

水平社博物館のWebサイトの説明は、この文章から始まっています。

その際に発せられたのが「水平社宣言」です。

「人間は生まれながらにして平等な存在である」という理念から「水平社」と名付けられ、宣言の最後はWebサイト冒頭の言葉で結ばれます。

これらは、日本で最初の人権宣言といわれます。

創設者のひとりだった西光万吉(さいこうまんきち)の実家である西光寺は、水平社博物館の真向かいにあります。

被差別部落の問題は、繊細な話なのでなかなか議論しにくいものがあります。

浅はかな知識で書くべきではないかもしれませんが、人が住む地域や、職業によって差別される理由は微塵もありません。

ましてや、人が嫌がる仕事を引き受けていた人に対して、差別をするなど言語道断なのは、子供でも分かる話です。

Webサイトには、1985年「水平社博物館(当時は「水平社歴史館」)」の設立の経緯も記されていました。

見れば見るほど美しい農村風景。まさに日本の原風景と言ってよいものだと思います。

この地にそんな理不尽な過去があったとは信じがたいですが、史実であることを目の当たりにしてきました。

人を見下したい人がゼロになることは無いでしょう。また、自分の中にそういった心がゼロだと、胸を張って言える自信もありません。

ただ、それが格好悪いと思っていることは間違いありません。

名を名乗り、素性を明かし、差別を受けている人たちのために戦った「この地の闘いの歴史」をみることは、何事にも少し勇気を与えてくれる気がします。

素晴らしい景色とともに、是非一度訪問ください。

■■■7月5日 NHK『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』で「回遊できる家」が紹介されました■■■

■5月8日『ミラタップ』のカタログに「ドッグランのあるタイル床の家」の写真が掲載されました■

株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m
建築家・守谷昌紀TV
アトリエmのゲンバ日記