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決してひとりじゃない‐2001‐

日本には四季があり、どの季節にも旬の食べ物があります。

それは日本人として、最高の幸せかもしれません。

最近お気に入りのホタルイカとブロッコリーのアヒージョ。

これにバケットと白ワインがあれば、もう何も要りません。

妻がママ友とランチへいった際に出てきたそう。こんなレパートリーが増えるなら、より気持ちよく送り出せるというものです。

私は仕事をしていましたが(笑)

そしてこちらはスイカ。

旬には早いのですが、ふるさと納税の返礼品だそうです。

私の知るスイカの甘味とは、レベルが違いすぎました。これはもうメロンです。

食べたのは一切れだけで、その他は娘と妻の胃袋へ消えていきました。

2人が喜んでくれれば十分です。決して嘆いている訳ではありませんので。

前回の日記は2000回目で、30歳の時に2ヵ月程、精神科病棟に入院したことを書きました。

その翌日、中高の同級生であるK君からメッセージが届きました。要約してみます。

精神科病棟への入院を初めてブログで知った。

当時、私がうつ病に羅漢していると、中学野球部時代のチームメイト、T君から相談があった。(私は中学野球部出身で、T君も医師で大学で基礎研究をしています)

K君の父が勤める病院を紹介した方がいいかなと、2人で相談していた。

風の噂で、インドへ放浪の旅にでて回復したと聞いたけど、これはガセかな……

K君は精神科医でしたが、20年前にアメリカの大学へ留学しました。

今回のやり取りで、その大学の精神医学部門で研究室運営を任されていることと、本年度1月から終身教授になることが分かりました。

研究資金獲得競争は激烈だけど、定年を気にせず研究できるのはとても有難いとあったのです。

立派な同級生2人が、これ程心配してくれていたことを知り、心から感謝しました。

最後はこう結ばれていました。

うつ症状が遷延する人々が多くいるなかで、今の守谷の見事なお仕事やご家族も含めた社会生活のご様子、精神科医(もはや元精神科医というべきか)としては、感慨深いものがあります。

きっと、入院を経験されたことも、人としての優しさとか器とかに大きく影響したのかなと、勝手ながら思いました。

当方は、うつ病の生物学的研究をしていますが、正直なところ、なかなか道のりは遠いです。

とはいえ、現役の間に、本当の意味で患者さんの役に立つところまで辿り着くべく頑張ってまいりたいと、守谷のブログを見て、気持ちを新たにしました。


「現役の間に、本当の意味で患者さんの役に立つところまで辿り着くべく頑張っていきたい」という言葉に仕事人としての矜持を感じます。

そして、彼が東海岸にある名門大学の終身教授まで上り詰めた理由を垣間見た気がしたのです。

2012年、『大改造!!劇的ビフォーアフター』に出演させて貰ったおかげで、母校の第1回のホームカミングデーで講演をさせて貰いました。

迷惑しか掛けたことのない母校に初めて恩返しできると、家族も連れて24年振りに訪れたのです。

変わった所もありましたが、中庭はほぼ当時のまま。

懐かしい駅前通り。

思い出深い食堂。

当時のままのおばちゃんが作ってくれた、最高に美味しいラーメンです。

そういえば、姫路名物の黄そばを書いたとき、「母校のラーメンも黄そばだったね」とコメントをくれたのも同級生I君でした。

2019コロナ直前の文化祭にも参加させてもらいましたが、ついにここまで変わってしまいました。

同じ時期に、同じ場所で学び、さぼり、悪さをしていただけで、なぜこんなに心の結びつきができるのだろうかと考えます。

学生時代は、学校に何の愛着もなかったのに、です。

成人という文字は、人に成ると書きます。

人以前であるその期間が与える影響はとてつもなく大きいのかもしれません。

子供達に、自分の母校を目指して欲しいと思い、連れていったのですが、兄妹とも見事に違う学校へ行きました。

そんなことは構いません。行きたい学校を見つけてくれたことが一番嬉しいことです。

長い人生の間には、本当に色々なことが起こります。

「もうどうしようもない」と思ったとしても、決して諦めてはなりません。

どこかで誰かが見ていて、必ず応援してくれているのです。

私のように付き合いの悪い、友達の少ない人間にでも、こんなことが起こるのですから。

K君のようなプロ中のプロに褒めて貰えたことは、本当に嬉しく、本当に自信になりました。

そして、誰も決してひとりじゃない。そう思えるのです。

こんな日は、ゆっくりお酒でも飲みながら考え事をしたいものです。

美味しい旬のアテがあれば最高ですが。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■■5月13日『住まいの設計6月号』「おいでよ House」掲載
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

感謝、感謝、感謝、すぐに忘れる感謝‐1622‐

 日曜日の朝は、阪神高速も空いています。

 環状線から守口線へ。

 そのまま淀川沿いを走り、母校へ向かいました。

 高槻高校の文化祭に参加するのは、もう6回目くらいでしょうか。

 OB組織の槻友会が出展する「頼れる卒業生」による無料相談会。

 今年も参加してきました。

 医師、弁護士、公認会計士、税理士が並ぶ中、私が担当した「劇的ビフォーアフター」の映像が流れ続けるという、恥ずかしい状況は今年も同じで……

 それでも、建て替え、リノベーション、リフォームと3名の方の相談にのらせて頂きました。

 更に、同級生が2人、同級生の奥さんも少し顔を出してくれ、担当の9時から12時はあっという間に終わってしまいました。

 本当に有り難いことです。

 軽音楽部のOBでもあるので、ライブも少しのぞき見。

 中庭での弾き語り君への声援は、やや少な目でした。

 しかしそんなことは関係ありません。今、君は輝いているのだから。

 母校を後にして、高速、山道を走ること3時間。

 この休みを逃したら、いつ来れるか分からないと思い、1ヵ月振りにやってきました。

この場所があるだけで、どれだけ救われることか。

 言ってみれば大人の遊び場です。

 夕方、皆が帰り出す頃にボートを降ろして貰いました。

 早速、湖上にでたのです。

 幸先よく1本目。

 もう1本追加してこの日は終了。

 急遽やってきたので、この日は車中泊。

 中秋の名月の翌日、美しいお月さまが湖面を照らすなか、爆睡でしたが。

 その分今朝は早起きで、備後川の最上流部へ向かいました。

 1ヵ月前、長男と来たときは2番着で、この少し下流で釣ったのです。

 この日は先行者も居らず、大きなルアーで攻めますが、どうも魚と波長が合っていない感じ。

 極端に小さなルアーに変えた途端きました。

 この大口君です。

 かなり痩せてはいますが、口開き尾閉じで56cm。

 「17年振りの60cmアップか、いや無いなあ~」とひとりで盛り上がっていたのです。

 最上流部はかなり魚が濃かったのですが、ほぼ誰も上がってこずで、6、7本釣ったでしょうか。

 坂本筋へ移動して3本追加。会心のゲームでした。

 三連休ということで家族連れが多く、和やかな景色です。

 早めに昼食をとって、昼寝も済ませ、3時頃には大阪に戻ったのです。

 今年の50cmオーバーは、4月に釣った1匹目以来だと思います。

 それもこれも、家族3人で縫ってくれたというこの「爆釣お守り」のお陰です。

 感謝は不平不満の対極にある、成長と成功への片道切符のようなものです。

 よって、常に感謝を心掛けなければなりません。

 仕事への感謝も、大自然への感謝も忘れることはありませんが、すぐに忘れてしまうのが家族への感謝です。

 分かっているだけましだと思って貰うしかないのですが。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

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【News】
『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

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