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緑男爵‐1294‐

 大阪を南北に貫くメインストリートは御堂筋です。

 大きな筋で言えば、東に堺筋、松屋町筋そして谷町筋と並びます。

 「タニマチ」は力士の後援者という意味ですが、この「谷町」に住んでいたからという説が一般的です。

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 谷町九丁目の交差点を少し北に行くと、パリ生まれのデザイナー、フィリップ・スタルクがデザインしたビルがあります。

 1992年完成の「バロン・ベール」。

 関西唯一の作品のはずです。

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 東京なら、1989年完成、浅草のスーパードライホールが有名です。

 左のビルは泡をたたえたジョッキをモチーフとしています。モチーフと言っても、かなり直喩的な表現ですが。

 2008年9月、この時点で「バロン・ベール」には7~8年、テナントが付いていないと書いていました。

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 テナント募集の広告がとれ、現在は埋まっているよう。

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 スタルクは建築家でもありますが、どちらかと言えばデザイナーのほうに軸足を置いているでしょうか。

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「White eaves」でも、スタルクがデザインしたシャワーを採用しました。

 何年か前、セブンイレブンでも、スタルクデザインの文房具が販売されていました。

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 しかし、その執着心は凄いの一言に付きます。

 薄目を開けたような開口部に、赤い▽マークが僅かに見えます。

 下にある四角い扉は、非常時に消防隊が侵入する為のもので、その位置を示すもの。

 限界まで、目立たないようにしているのでしょう。

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 1階は不動産会社が入っていました。

 横のエレベーターホールをのぞくと、各テナントのプレートがあり、一様に「18歳以下禁止」となっています。

 ビル全体が、風俗店を誘致しているよう。

 これは望ましいことか、望ましくないことか。スタルクに聞けばどう答えるでしょうか。

 近隣住民の風紀を考えると嬉しいことではないような気がします。しかし、ずっと空室のままなら何れ取り壊されるでしょう。

 「バロン・ベール」はフランス語で、イタリア人のマルコに聞くと「緑の男爵」という意味だと。

 どことなく、行く末を案じたくなるような……

 スタルクが、優れたデザイナーであることは疑うべくもありません。

 未来を完全に予測することは不可能です。しかし「バロン・ベール」がそう簡単にテナントが埋まらないのは想像できます。

 自分が表現したいことと、社会、クライアントが求めていることにずれがあると、無理や不幸が生じます。

 建築は、使われていなければ、地球最大の粗大ごみ。壊すよりは使われる方が良いは、消極的肯定と言えるでしょう。

 芸術と暮らしの中間にあるのが建築だという真理を、分かっている者が建築家だと思いたいのです。

 そして、積極的肯定を求めなければなりません。

RIOで考える、興味と体験‐1293‐

 今日は天神祭り。

 7月25日を過ぎれば、大阪の夏もいよいよ本番です。

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 日曜日は、朝からみさき公園のプールに行っていました。

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 岬町は大阪府の南端。海沿いに有り、西には関空も見えています。

 関空はイタリア人建築家、レンゾ・ピアノの設計で、グライダーの翼をイメージしたデザインです。

 しかし、遠く沖にあるのでなかなかその形を把握するのが難しいのですが。

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 みさき公園内にあるプールゾーンは「RIO」。

 まもなくオリンピックが始まる、リオデジャネイロから取ったのでしょうか。

 朝一番から、高速ウォータースラーダーに子供達は歓喜していました。

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 しかしこの日の目的は、イルカとのふれあい体験。

 妻が電車の広告で見かけ、申し込んでいました。

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 イルカが賢い動物だというのは分かりますが、本当によく躾けられています。

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 握手したり、キスをしてきたり、決まりのポーズをすると、それに反応してくれるのです。

 魚のようなヌルッとした感じは全くなく、冷たくない飛行機のボディのような感じが意外でした。

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 背びれに手をかけて一緒に泳がせて貰えます。

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 戻るときは、お腹の上に乗せて貰って。

 娘の顔もちょっとひきつっていますが。

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 最後は自由時間で、時間が許す限り、一緒に泳がせてくれました。

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 「もし足をくわえて引きずり込まれたら」と疑っていたのが全くの杞憂に終わりました。

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 正直、私はプールが苦手です。

 海なら、釣りをしたり、獲物を探したりと、いくらでも楽しめるのですが、何をしてよいのか分からない、というのが本音です。

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 しかし子供達は違います。

 延々と逆立ちの練習をしていたり、只々でんぐり返りを繰り返していたり。

 何時間でも遊んでいられるのです。

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 人生や仕事において、どこに行きたいかという目的が一番大切だと思っています。

 その行く先さえ決まれば、航海を計画することが出来ます。後は出港という実行に移すだけ。

 しかし、その目的がまだ明確ではない、または必要としない子供に、学ぶ意味を伝えるのはとても難しいことです。

 「良い学校へ行けば、人生の可能性が広がるから」

 「良い友人ができれば、互いに切磋琢磨できるから」

 どちらも正しい理由です。

 しかし正しければ、納得できるかと言えばそうでもありません。自分もそうでしたから。

 カタカナ英語で「モチベーション」と言う言葉があります。一般的には「動機」と訳されます。

 当社のイタリア人スタッフ、マルコと話していたら「興味」と訳しました。

 動機と言えば客観的な感じがありますが、興味と言えば完全に自分のことです。

 なかなか的確な意訳だと思いました。

 どうすれば積極的に興味を持ち続けることが出来るのか。それは分かりませんが、何かしらの体験を通してのことだと思います。

 ファンの人には申し訳ないのですが、それが、スマホの中で見つける動物ではないのは確かなはずです。

サイレント・マジョリティ‐1292‐

 梅雨が明け、本格的な夏の日差しになってきました。

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 昨日は、郊外の敷地を見に行っていました。

 少し緑が広がるだけで、目が涼しいものです。

 今週火曜日、大阪府内の高校生が来社しました。

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 何年かに一度、高校生からのインタビューを受ける機会があります。

 興味のある仕事別の班に分かれ、学生達がアポイントを取ります。そして、実際に足を運び、色々質問をするというカリキュラム。

 どうやら、この高校独自の取り組みのようです。

 建築家の仕事に興味のある生徒が、男女2人ずつ。質問は、前半がフォーマット、後半は自分達で考えたものだそうです。

 質問 「仕事をする上で、大切にしていることは何ですか」

 答え 「自分達の都合ではなく、人としての善悪で判断する」

 質問 「どんな時が一番うれしいですか」

 答え 「クライアントが喜び、そして私達も喜べ、喜びの輪がつながった時」

 彼らが未来に希望を持てるよう、45分くらいかけて、真剣に答えました。

 いや、私が未来に希望を持っているのかを問われた時間なのかもしれません。

 また、先週の横浜行きの帰り、セブンドリーマーズの本社へ寄ってきました。

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 セブンドリーマーズと言えば、現段階での商品は3つ。(のはず)

①完全オートクチュールの「カーボンゴルフシャフト」

②睡眠中の気道を確保するデバイス「ナステント」

③自動洗濯物折り畳み機「ランドロイド」

 ①のカーボンゴルフシャフトは、ジャンボ尾崎選手との契約でも話題になりました。

 社長の阪根とは中高からの友人で、昨秋に発表した③の「ランドロイド」について、色々聞きたいというオファーがありました。

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 行くと、大手広告代理店のスマートな社員さんが2人。

 建築家の観点から色々インタビューさせて欲しいというのが趣旨でした。

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 ランドロイドは2017年11月から出荷が始まります。

 古くからの友人ですし、何より画期的な商品です。最高の結果を出して欲しいと思っています。

 それで、質問については一切の気遣い無しで答えました。

 仕事において、「一切の気遣いなく」はなかなか無い場面です。

 アメリカ大統領候補となったトランプ氏。その妻が、スピーチを盗用したというニュースがありました。

 大統領ともなると、相当に優秀なスピーチライターが付いていると言います。彼女の原稿はなおざりになっていたのでしょうか。

 ウォーターゲート事件で知られるニクソン大統領ですが、「サイレント・マジョリティ」は彼のスピーチの中にあった言葉だそうです。

 文字の通り「静かな多数派」。対義語は「ノイジー・マイノリティ」です。

 褒め言葉、賛同の言葉より、クレーム、批判の方が先に聞こえてくるのはどの国でも同じです。

 これを仕事に置き換えると、人の意見を聞くことだけでは、プロの仕事をしているとは言えないと分かります。

 どこをすくい上げ、どう解釈するかは、聞いた本人に委ねられます。

 賛同の声が少ない。そんな時にこそ、判断力が問われると思うのです。

頭で勝負するしかない‐1291‐

 今日は海の日。

 ですが湖に来ています。

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 昨年に続き、夏の釣り合宿は奈良県の池原ダム。

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 昨年は4人で来ましたが、娘がピアノの発表会で、長男と2人旅です。

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 宿は湖の見えるバンガローと、もう釣り漬けの2日間です。

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 しかし、残念なことに釣りは私の趣味。

 特に長男は、小さくても一匹釣れれば満足というタイプなのです。

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 自然を体感してくれれば十分だとは思っています。

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 しかし、何が楽しいのかオールで遊んでみたり。

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 船の上げ下ろしに、凄く興味を持っていたり。

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 昼休憩に沢木幸太郎の「深夜特急」を渡したら、釣りに行かずにここで本を読んでいると。

 本好きは嬉しいのですが、折角だからと誘い出すのです。

 沢木幸太郎は2年前からのリベンジなので「面白い」と言ってくれたのは嬉しいのですが。

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 今回、私は前回つかんだ感触からのテーマを持っていました。

 その甲斐もあって、釣った魚は全て40cm以上。

 分かったことは、目先の結果にとらわれず、正しいと思ったことはやりきるべきということ。

 やりきらないと、正しいのか正しくないのかが分からないのは、仕事も趣味も全く同じでした。
 
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 今日は長男にも37cmがでて、任務終了。

 夕方には塾があるので、昼前に現地を出ました。

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 今朝、ボートの上で朝ごはんを食べようと、バナナをだしました。

 すると目の前を疾風が吹抜け、顔を麦藁帽子でバッシと叩かれたような感覚。

 手のバナナが無くなっていました。トンビが奪い去ったのです。

 あの鋭い爪でバナナだけを捕らえ、木の上で悠々と朝食をとっていました。

 一瞬何が起こったか解らず呆然としましたが、まず横でバナナを食べていた子供でなくて良かったと思いました。

 大きな羽が私の目をかすり、今も結構痛いのです。

 取られて瞬間は「ブンッ」とすごい音でした。手には一切触れませんでしたが、あの鋭い爪に手が一緒に捕まれたらと、ゾッとします。

 カラスを見て怖いなと思ったことはありますが、トンビに恐怖を感じたのは初めてでした。

 近頃、クマが人をエサとして認識しているという物騒なニュースもあります。

 今月だったか、池原ダムのすぐそばで登山者がクマに襲われたという記事も見ました。野生の動物から見れば人は何と無力なことか……

 人が人である理由はこの大きな頭があること。

 頭の良し悪しなど全く関係なしに、頭で勝負するしかないのだと改めて思わされました。トンビにさえ何の対抗手段も持っていないのです。

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 頑張れ長男。そして祝日も勉強する受験生。君たちはきっと報われるから。 

自分事と他人事‐1290‐

 昨日から横浜に来ています。

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 ずっと雨模様でしたが、今日は晴れそうです。

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 水の美しさは望めませんが、潮が香り、やはり海はいいものです。

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 クイーンズスクエアーには、横山剣の大きなポスターが掲げられていました。

 彼の出身地、横須賀はまだ訪れたことがなく、一度行ってみたい街なのです。

 先週から、隣家が建て替えのため、解体工事が始まりました。

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 境界を越えて足場を建てるとか、足場をこちらの敷地の中に張り出させて欲しいとか、説明がなく工事がスタートしました。

 隣の住人も良く知っていますし、お互い様なので構いません。しかし、他人敷地に入るのだから、説明くらいはするべきだと、施工会社に伝えました。

 こんな話を聞いている時の態度が、信用か、不信感かの分水嶺になるのが良くわかります。

 早く立ち去りたいと思っている、ただ相手の話が終わるのを待っている。そう感じた時、不信感へメーターの針は振れるのです。

 立場が変われば、感じ方が全く違うこともよく分かりました。普段は工事を監理する側の立場にいます。

 監督から近隣の話しを聞くと「お互い様ですよね」と感じることが殆どでした。

 ところが立場が変わると、子供に危険はないか。知らない職人に連れ去られはしないか……疑いの目でみれば、際限なく不安は広がるのです。

 当事者にとっては、工事をするのが大前提になっています。しかし、隣地の工事によって、全くメリットがあるわけではない、もしくはデメリットしかない、立場で考えたことがなかったことになります。

 人の気持ちになって考えると言いますが、どこまで出来たのだろうかと、考えてしまいました。

 完全に人の気持ちになる等、所詮無理なことなのかもしれません。しかし、だからこそ大事なことなのだとも言えます。

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 横浜に来た理由は、京セラ名誉会長の稲盛和夫さんの話を聞くためです。

 今年も、世界5カ国から4千7百名の人達が集まりました。

 また、6名の経営者の経営とその人生を聞かせてもらいました。職種が違うから、年齢が違うから、国が違うから……違う理由を探せばいくらでもあります。

 46億年の地球の歴史の中で同じ数十年を生き、70億人の人類の中の5千人として同じ時間をすごし。重なるところを探せば、いくらでもあります。

 他人事を、どれだけ自分事として考えられるか。それが、退屈な人生を送らない要諦なのではと思うのです。

 横山剣の代名詞といえば「い~ね」。

 齢四十五にして、常に前向きで、かつ素直でありたいと思うのです。

積年の澱‐1289‐ 

前回は、熊本に到着したところまで書きました。

私が担当したのは熊本市の東隣、嘉島町です。災害時の支援活動は以下の流れです。

① 応急危険度判定

② 被害状況調査(1次調査)-外部からの簡易なもの

③ 被害状況調査(2次調査)-内部、外部とも測定等が伴うもの

災害対策本部のある、町民会館。宿泊もここでさせて貰いました。

立派な建物で、山下設計の仕事とのこと。

各班は7名ずつくらいで、嘉島町役場の人をリーダーに、熊本県庁、広島や静岡の町役場の人も参加していました。

市町村はこういった時、互いに助け合うシステムが構築されているようです。

熊本県庁から来ている女性が「普段はデスクワークなので、毎日足がパンパンです」と言っていました。

一日で、大きな会社を2つと住宅の調査をしましたが、暑い中、なかなかの重労働です。

それぞれの班に、日本建築家協会(以下JIA)から参加している私達2人が入ります。

そして、基礎、外壁、屋根、柱などの被害の程度をチームで判定していくのです。

嘉島町から東に益城町や橋が落ちた南阿蘇村があります。

やはり断層が直下に通っている線上に、大きな被害は集中しているとのことでした。

同じ町内でも、被害の集中度が全く違います。

これらの判定で、半壊、全壊と判断された場合、助成金が出るという側面もあり、当然のことながら、責任のある仕事です。

この判断を、役場の方がしているケースが多いのです。

役場の中にも建築士の資格を持っている人がいるのかもしれませんが、やはり専門家が判断するほうが、精度が高いのは間違いありません。

JIAや建築士事務所協会などから、組織的にスピーディーに調査員を派遣するシステムが間違いなく必要だと感じました。

これはJIA九州の人から聞いたのですが、JIAとしては仮に費用が一切でなくても、判定員を派遣すると、早々に結論を出したそうです。

非常時に無報酬でも支援活動をするというのは賛成です。

しかし、それらの詰めがされていないという事実は問題です。

嘉島町に限らないのですが、本当にこのあたりは水が豊かです。

水田の水でさえ、澄み切っています。

川の中でもいたるところから湧き水があります。

そこで泳ぐ人も沢山見かけました。

帰りは、JIA九州の方が、福岡まで帰るので車で送りますよと言ってくれました。

JR博多駅前にあるのは、西日本シティー銀行で1971年、磯崎新の設計です。

博多は2年前の夏に来ましたが、本当に雰囲気のある街です。

まもなく山笠祭りが始まるとのことで、街中に山笠を見かけました。

博多駅前にはかなり大きなものも。

夜の8時過ぎに博多を新幹線で出発しました。

すると8時半頃に熊本で震度3の余震が。またその翌日にも震度4の地震がありました。

私が一人で出来ること等たかがしれています。また、仕事がなければ、ボランティアも不可能です。

その関係に正しい比率などありません。

地震国日本において、建築の専門家でありながら、公には何の貢献も出来ていないという、積年の澱は少しだけ流すことが出来ました。

しかし、地震に終わりなどありません。

豊かな水田、祭りに活気づく若者、そして震度7の地震。いずれもこの日本です。自分に出来る貢献とは……そんな事を考えながら大阪まで帰ってきました。

要請があればすぐに駆けつけられるよう、日々の仕事を頑張るだけだと思っています。

熊本へ‐1288‐ 

昨晩、熊本入りしました。

夕方の便で伊丹を発ち、熊本空港からバスを乗り継いで2時間。夜の8時頃に災害対策本部のある嘉島町民会館に到着しました。

熊本市街を上空から見ると、キラキラと輝き、「水の国」熊本が視覚的に理解できます。

市内にある水前寺江津湖公園 は、阿蘇山系に降った雨水が、豊富な湧水となって出来たものだそう。

市の水道の多くが地下水で供給されているというから驚きます。

地震から3カ月経ちましたが、ブルーシートで屋根を覆っている家が、まだまだ残っています。

目的のバス停に着きましたが場所が分からず、通りがかりの人にたずねました。

上品な感じの女性で「遠いから乗せていってあげる」と。キャリーバックを引いているから、支援活動の人かなと思ったと仰っていました。これまでに沢山の人がボランティアに来ていたのです。

今日は朝8時半から、建物の被害認定調査をします。

今年のゴールデンウィーク前、大阪府建築士協会からの要請で、危険度判定活動に参加する予定でした。

しかし、直前になって「受け入れ態勢が整わず」とのことで中止に。

今回は日本建築家協会(以下JIA)からの要請でした。

色々なプロジェクトが進行するなか、かなりの時間を使い、また、それ相応の出費も必要で、大阪を離れて良いものか迷いましたが、参加することにしました。

この日本に、幸せな建築を求める人が居り、仕事をさせて貰うことで、私は育てて貰いました。もし授業料を払っての勉強なら、これだけの長い期間、一つのことを続けることは不可能です。

1995年24歳の時の阪神淡路大震災から、2011年41歳の東日本大震災まで、実際に行動に移せたことはありませんでした。社員が成長した今なら何とかなるかもと思ったのです。

建築を生業にするなら、日本の風土を受け入れるところから全てが始まります。

まずは調査活動に汗を流します。そして受け入れ、向き合いたいと思うのです。

名こそ惜しけれ‐1286‐

 7月3日(日)に、「羽曳野の家〈リノベーション〉」のオープンハウスを開催します。

 お時間ある方は、是非遊びに来て下さい。

 前回は、海南市訪問を書きました。帰りに、熊野古道の入り口ものぞいてきました。

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 海南ICすぐそばにある藤白神社。

 熊野古道沿いにあり、元は藤白王子社と呼ばれていました。

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 「王子」とは熊野古道途中にある神社のこと。

 ここは九十九王子の中でも、五体王子の一つとして特に格式が高かったそうです。

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 神社の入り口にある鳥居の横には石碑があり、

 「三熊野一の鳥居」

 「これより熊野路のはじめ」

 と書かれています。

 三熊野(みくまの)とは、熊野本宮大社、熊野那智神社、熊野速玉神社(新宮)を指し、ここが熊野古道の入り口だと示しているのです。

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 鳥居を守るように生える楠は樹齢千年。

 長きに渡って、蟻の熊野詣を見守ってきました。

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 和歌山平野を北から見下ろすと、地理が分かり易いかもしれません。

 紀の川を中心とする和歌山平野が終わり、本格的に山岳地帯が始まるのが海南市あたり。

 和歌山城から熊野街道を南下すると、藤白神社付近で熊野古道と合流するのです。

 また、この神社のすぐ近くに「鈴木屋敷」という建物があります。全国二百万と言われる「鈴木姓」のルーツと言われているそうです。

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 平安末期(1150年頃)、上皇や法皇の熊野参詣が盛んになりました。

 その頃、熊野の鈴木氏がこの地に移り住み、熊野三山への案内役をつとめました。

 そして、熊野信仰の普及につとめたと伝えられているのです。

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 特に鈴木三郎重家と亀井六郎重清の兄弟が有名で、幼少の頃、源義経と遊んだと伝えられます。

 後には義経の家臣となりました。

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 その鈴木の宗家を後世に残そうと、保存活動をしているのです。

 街のスズキのショップにも「全国鈴木姓発祥のまち海南」という大きな看板がかかっていました。

 今回、燃費データ改ざん事件の後でもあり、複雑な気持ちで眺めます。

 司馬遼太郎は、関東一円の坂東武士の「名こそ惜しけれ」という精神が、日本人には受け継がれていると言いました。簡単に言えば、はずかしいことをするな、という意味です。

 その「痛々しいまでの清潔さが」明治の近代化を押し進めたとも言っています。 

 鈴木さんにはなんの恨みも無いのですが、日本のメーカーがそんな不正をするとは……と、憤りを感じます。

 そもそも、メイド・イン・ジャパンはそういったことの無いブランドという安心感が、世界に受け入れられていたはずです。

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 民間企業という言葉がありますが、その集合体が国家を形成しているので、誰もが自国を背負っていると言えるのです。

 開高健は、「名」について、ユーモアたっぷりに書いています。

 金を儲けようとすると逃げていきよる。結果として手にするんならええんヤ。そんなもんより名だ、名を惜しむんヤ。いいか、いい仕事しなくてはいかんゾ。

 法や道徳観には、他者からの視線が常に根底にあります。大切なのは、自らが自らを律する美意識だと思うのです。

前にお会いしたことが……‐1285‐ 

 先週は水族館に行ったつもりが、魚を見れず。

 昨日も魚を求めて、今度は和歌山県海南市へ。

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 和歌山県立自然博物館も、琵琶湖博物館と同じく、水族館と博物館を合わせたような施設でした。

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 すぐそばには天然の港があり、海沿いの景色の良い所。

 しかし、駐車場に向かう景色をみながら気づきました。

 「ん?ここ、来たことがある……」

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 男に聞くと「僕は初めてだと思うよ」と。

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 入館料は大人のみで470円。

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 なかなかの充実振りでかなり安いと思います。

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 特に、触れる標本が沢山あり、2人とも十分満足した感じでした。

 しかし展示を見ても、記憶は蘇ってこず。

 休館か何かで中には入らなかったのかな等と思いながら。

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 自然博物館のとおり、和歌山の自然に特化した館でした。

 碁石に使われる那智黒石ですが、金が本物かを見極める試金石に使われていたそうです。

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 ツキノワグマのはく製です。

 「人間をエサとして認識している可能性も……」などという、物騒な報道があったばかり。

 紀伊半島では180頭程が生息しているそうです。互いのエリアには入って行かないに限ります。

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 和歌山は四大漆器の街なのだそうです。

 その名残を残す黒江という街が近くにありました。

 散策してみると、ここも来たことが有るような、無いような。もう全てに自信がなくなって来ました。

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 帰りに偶然見つけた海南市役所。ひときわ目を引く建物で、これは間違いなく初訪問。

 和歌山県建築士会のサイトに解説が載っていました。

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 設計は 三紀建築事務所。1965年(昭和40年)の完成です。

 丹下健三の代々木体育館、坂倉準三の芦屋市民会館(現:ルナホール)と同時期で、コルビュジエの影響を強く受けているとあります。

 海南市役所が初訪問かは迷いません。存在感が圧倒的だからです。

 誰かと会い「前にお会いしたことがありましたっけ……」と言われるのが一番辛い。

 見た目に特徴がある訳ではありませんが、どんな人でも、一度会話を交わしたら、覚えて貰える人で有りたいと思っています。

 厚かましいかもしれませんが、人生は一期一会、初めにあった時に全て勝負は決まっていると思うからです。

 そう考えると、和歌山県立自然博物館が悪いのか、私の記憶力が低下しているのか……

 最近、DVDを借りてくると、妻に「これ、前に観たよ」と言われる回数が増えてきました。

 と言うことは、はやり後者なのか。

ヘルシンキの夏‐1284‐

 今年の夏至は、6月21日(火)でした。

 大阪の日の出が4:45で、日没は19:14。14時間半太陽がでていたことになります。

 これがフィンランドのヘルシンキなら、日の出が3:52で日没は22:51。19時間太陽が出ています。

 今年の夏季休暇は、フィンランドへアルヴァ・アアルトの建築を訪ねる予定です。

 近代建築の三大巨匠と呼ばれるのはル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエ。

 まずは、この3人を見てみたいと、24歳から建築行脚を始めました。

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 1995年4月、まずはフランスへ。

 先日世界遺産に指定された、コルビュジエのロンシャンの教会を訪ねました。

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 独立してからは、なかなか日本を出られず。

 2011年の11月、アメリカのペンシルバニアにある、ライトの落水荘へ。

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 そしてイリノイにあるミースのファンズワース邸

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 2012年の8月、イタリアでは、建築の詩人、カルロ・スカルパ設計のブリオン・ベガを訪れました。

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 そして、スペインのバルセロナに渡りガウディに触れたのです。

 三大巨匠に加え、ガウディ、スカルパそしてアアルトが私にとって最も興味のある建築家でした。

 アアルトは、プロフィールの中に名前を挙げているくらい好きな建築家でしたが、なかなか訪れる機会がありませんでした。

 どの位好きだったかと言えば、私にとっての3作目、1998年に完成した、spoon cafeはアルヴァ・アアルトへのオマージュです。

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 外部の木の使い方。

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 木とレンガの相性など、全てアアルトを手本にしました。

 そのアアルトとようやく会う事が出来ます。1976年に亡くなっているので、勿論彼の作品にですが。

 548万人という北欧の小さな農業国において、世界に影響を与えるような建築を創り続けたアルヴァ・アアルト。

 真の建築は、その小さな人間が中心に立った所にだけ存在する。

 彼の言葉を体感し、休み明けには、その気持ちを綴ってみたいと思います。

 アルヴァ・アアルト。その音を聞くだけだけでも心躍る存在なのです。