
先週日曜日の朝、難波宮跡公園近くを通るとイベントの設営をしていました。
四天王寺ワッソの準備中でした。

それで11時頃に再訪しました。

四天王寺ワッソの「ワッソ」は韓国語で「来た」という意味です。
Webサイトにはこうあります。
古代、大阪は、”なにわの津”と呼ばれ、日本における東アジア交流の拠点でした。
とりわけ、なにわの宮は、そのころの首都または副都であり、渡来の使節団は、ここから迎賓館的存在であった四天王寺へと導かれ、飛鳥へと文化を伝承していきました。
沢山の屋台もでていました。

奥のステージでは、K-POPのライブなどが開催されます。

屋台の前には机もあり、沢山の人で賑わっています。

トッポギやチャプチェの文字も見えます。

韓国とのつながりも深い鶴橋の名店「風月」も出店していました。
何とお好み焼きは500円。

牛ホルモンは600円。
100円の焼鳥もあり、全体的にかなりリーズナブルです。
来年は必ず昼食時に来ると固く誓ったのです。

気になったのは「即席韓国語教室」。
「ワッソ」は韓国語で「来た」という意味だと書きましたが、過去形です。
「オダ」が「来る」の原型で、「ワッソヨ」は丁寧語で「 来ました」という意味だそうです。
英語ならある程度想像できますが、その活用が全く分かりません。
隣国であるにも関わらず、私にとっては近くて遠い国なんだなと感じたのです。
Webサイトにはこうもありました。
百済からは漢字と論語を伝えた王仁博士や仏教を伝えた聖名王、新羅からは製鉄技術を伝えた天日槍など、日本文化や技術の発展に多大な貢献を果たしました。
現在、東住吉区に百済という地名は残っていませんが、私が小さい頃は貨物線に百済駅があったと思います。
今のように宅急便の無い時代、祖父が送ってくれた桃を、父と受け取りに行った記憶があります。
また、私の生まれた平野区の喜連は、中国の呉や朝鮮半島の百済などから、様々な技術を持った人々が移住してきました。
彼らを伎人(くれひと)と呼んだことから、喜連の漢字があてられたとも言います。

玄界灘の荒海を「赤船」と呼ばれる木造船で渡って来たのです。
来てくれたと書く方が正しいかもしれません。
次の海外は、いよいよ近くて遠い国かなと。
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