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好きすぎて『深夜特急』‐2143‐

昨日、「下北山村の古民家〈リノベーション〉」【ゲンバ日記チャンネル】Episode5を公開しました。

竣工が近づいてくると、正直寂しい気持ちもあります。よければご覧ください。

下北山村への現場は車で通いますが、大阪周辺の現場なら、基本電車とバスです。

私の車は結構大きいので、都心部で駐車場を探すのがやや億劫なのです。

バスよりタクシーのほうが早いですが、高いのと、気を遣うので、バスのほうが好みです。

先日、尼崎市役所から阪神バスに乗って、阪急塚口まで移動しました。

このバスは運転席側から乗車、バス中央から降車と、一般的なバスとは逆でした。

地域によって色々違うものです。


塚口駅前に近松門左衛門に関する碑があり、尼崎と関係が深いことを知りました。

思わぬ発見があるのが路線バスの魅力。

また調べてみたいと思います。

バスは目的地までは行かないので、停留所からは徒歩です。

こんな道を見ると、「古い街だから道が曲がっているな」とか。

水路が張り巡らされていたら、「治水のため?灌漑対策?」と考えます。

この水路はおそらく前者だと思います。そんなこんなが楽しいのです。

好きな本についてWebサイトで公開しています。

数多くありますが、1つ挙げるならやはり沢木耕太郎の『深夜特急』です。

私が旅を好きになった原点で、この日記でも何度か触れたことがあります。

もう2100回以上書いているので、初期の頃にしっかり書いていると思っていました。

なのですが、ざっと探しても軽く引用している記事があるだけでした。

今や人気MCとなった有吉弘行が猿岩石だった頃、ユーラシア大陸をヒッチハイクで横断するという人気番組がありました。

そのモチーフが、この『深夜特急』だと言われています。

デリーからロンドンまで、路線バスを乗り継いで旅したら面白いだろうなと、作者・沢木耕太郎が26歳の時に思い立った旅を描いた小説です。

実際は、香港でストップオーバーできるエアチケケットを入手したことから、香港からスタートすることになります。

香港の熱気に、もう出だしから一気に引き込まれました。

尼崎から塚口まで乗っただけで発見があるのですから、デリーからロンドンまで路線バスで行けば面白いに決まっています。

<さて、これからどうしよう……> 
そう思った瞬間、ふっと体が軽くなったような気がした。
今日一日、予定は一切なかった。

旅が始まる冒頭の場面です。

せねばならないことが無いのが旅です。

やがてこの旅にも終わりがくる。その終わりがどのようなものになるのか。果たして、ロンドンで《ワレ到着セリ》と電報を打てば終わるものなのだろうか。

ルポライターとして軌道に乗りはじめていた26歳の沢木は、「面白そうだから」と全てを投げ出してこの旅にでました。

ロンドンの中央郵便局で、知人に到着の電報を打つことを、旅の終わりとしていたのですが、1年におよぶ旅になりました。

沢木に大きく影響を受けた私ですが、旅だけに1年を当てられるチャンスがありました。

鬱で1年間アトリエmを休業した2001年です。全ての仕事を何とか終わらせ、海外に出ると決めていたのです。

しかし、そういった時期は思いきりが悪く、また911のテロが起こったこともあり、東南アジアを数か月掛けて回るだけになってしまいました。

そのあたりは1000回目に書いていますが、私にとっては大きな経験でした。

旅の本質は「自由」ですが、それは「期限付きの自由」です。

無限のお金があれば、期限は外せますが、それは「旅」というより「旅行」という感じがします。

『深夜特急』は理想の旅ですが、もう私がそんな旅をできる機会はないでしょう。しかし、叶わぬ旅があるのもまた、それもよいかなと思っています。

これまで『深夜特急』について書いていなかった理由も、自分なりに分かりました。要は好きすぎて、書きたいことがありすぎて、日記形式には合っていないのです。

それだけ好きなこの本、特に若い人には熱烈推薦します。

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■■9月17日(火)「尼崎園田えぐち内科・内視鏡クリニック」開業■■

■8月30日『homify』の特集記事に「阿倍野の長屋<リノベーション>」掲載

■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

「お客さん」と「消費者」、「お店」と「店舗」‐2012‐

日曜日の朝、空を見上げると少し雰囲気が違いました。

爽やかな春の空から、やや湿り気を帯びたというか……

と思っていたら、やはり今日から梅雨入りのようです。

晴れ間があるうちにと、4月にオープンした門真のアウトレットへ。

鶴見にあったアウトレット、「ブロッサム」は3月に閉館しました。

大阪南部からは、少しだけ遠くなったことになります。

「ららぽーと」が1、3階で、2階が「アウトレットパーク」。

ハイブリッドの大型ショッピングモールとあります。

混雑を覚悟してきましたが、駐車場は問題なく止めることができました。

駐車場はいつも上階派です。

5階から眺めると、丸い大屋根が目立っています。帰って調べると、門真市の環境事業部でした。

これ程大きな敷地には、パナソニックの工場が建っていたようです。

中央には大きな吹き抜けがあり、天井からは自然光がとりこまれています。

2階のアウトレットも、なかなかの人出。

1階には「黒門市場」の提灯が上がっています。

「ブロッサム」には、子供が小さい頃によく行ったので、中央の半屋外の広場は重宝しました。

しかし飲食店は少なかったので、この点は門真のほうが充実しています。

一日掛けて、存分にお金を落とせるようになっている訳です(笑)

私たち夫婦は、不足分の服を購入してすぐに退散。

夜は、娘がクラブで最高の結果を出してくれたので、3人で祝勝会でした。

お好み焼きの「わらい」。

チェーン店でない方が好みですが、喫煙のことだったり、ある程度の距離感が欲しかったりと、家族で行く時はこういった店に頼ってしまいます。

名物の「わらい焼き」と「焼きそば」は本当に美味しいので、金額にも味にも、何の不満もないのですが。

巨大ショッピングモール時代です。

セブンパークス天美がオープンしたのは2021年の秋でした。

オープン当初は、駐車待ちの車列が伸びていましたが、今は落ち着いています。

ここに行く時も、二上山を望む屋上駐車場が好みです。

私が子供の頃、クリスマスなどのプレゼントは近所のおもちゃ屋さんで買って貰いました。

このあたりだったかなと寄ってみると、うっすらと屋号が残っています。

もう無いかなと思っていたので、形があるだけでも嬉しいものです。

作家・沢木耕太郎は、20代の時、香港からイギリスのロンドンまでを乗り合いバスで旅します。

「深夜特急」という小説として発表するのですが、ヨーロッパと、その手前までのユーラシア大陸との違いをこう書いていたはずです。

Make things happen.
⇒自分が行動を起こさないと、何も起こらない。

Something Happens.
⇒勝手に何かが起こる。

個人商店なら何かが起こり、チェーン店なら何も起こらない訳ではないのですが、ニュアンスは近い感じもします。

消費者をマーケティングし、作り上げられたシステムは、最大の売り上げを出し、かつクレームの少ないシステム。その安心感はさすがです。

ただ、買う側は「お客さん」というより「消費者」で、「お店」というより「店舗」といった感じ。

時代はそれを望んでいますし、私も家族を持ち、そういった行動をとることが増えました。

本当に、違いを出せる個人商店を望むのなら、こだわりの親父の店に通い、あのおもちゃ屋さんでプレゼントを買い続けるべきだったのかも、などと思うのです。

私ひとりの消費など、何の足しにもなりませんが、「お店」がなくなっていくのはやはり寂しいものです。

「お」が付いていて欲しいのは、昭和生まれだけなのかもしれませんが……


『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

メディア掲載情報

香港・マカオの旅① <摩天楼、スターフェリー編>‐1630‐

 先程、香港から戻りました。

 会社に戻ると、義妹と偶然会い「台風で、関東、東北地方は大変でした」と聞きました。

 日本を離れていたので、まだ状況を把握できていませんが、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

 今回も多くの河川が決壊したとのことで、是非ライフジャケットを各家庭に常備して貰いたいと思っているのです。

 金曜日の朝4時まで仕事をし、5時に家を出ました。

 子供達とは、2、3日顔を会わせておらずで、バタバタと空港へ向かいました。

 朝まで働くのが良い事だとは思いませんが、仕事があるうちが華です。

 関空を9時に飛び立つと、泥のように眠っていました。

 機内アナウンスで目を覚ますと、眼下に香港が見えてきましたが、いきなり度肝を抜かれました。

 ヨーロッパの市街地に建つマンションは、中庭を囲むような配置になっていますが、その高層マンション版と言えばよいでしょうか。

 しかもそれが林立しているのです。

 ニューヨークのマンハッタンを遥かに凌ぐ規模?

 フライトチケットやホテルの予約は妻任せで、ろくに下調べもせずにやって来たので尚更です。

 香港国際空港に降り立ちました。

 香港という国?中国?それも分からずですが、まずは市街地に向かいます。

 無料シャトルバスがあると聞いており、ホテルのあるモンコックを目指します。

 何処で降りるかがあまり分かっておらずでしたが、モンコックと地名がつけば良いだろうとバスを降りました。

 持ってきたガイドブックの地図を出してさあ調べようと思うと、これが全く読めない。

 視力は今でも1.2あるのですが、思いのほか老眼が進んでおり、文字が小さすぎるのです。

 これは弱ったと思いましたが、一人旅で時間だけは余る程あります。ウロウロと歩き出しました。

 ホテルは中心街だと聞いていましたが、家電を売っていたり、金物を売っていたりで、問屋街のような感じもします。

 あまり治安も良さそうな感じはなく、若干不安になってきます。

 と思っていたら、食品を売る店もでてきました。

 どこの国の人も腹が減れば何か食べる。人はそんなに変わりません。

 昼も過ぎていたので、小汚い店(失礼)で何かしらの麺を頼みました。

 香草と生姜の効いた、優しいお味でした。ホルモン?はなかなかいけましたが。

 日本のラーメンを知っていて、海外でそれより美味しい麺を期待するほうが無理というものです。

 ただ、思ったより暑く、ベトナムあたりと同じような食文化があるのかもしれません。

 再度歩き出すと、やや近代的な街並みが見えてきて、ようやく自分の居場所が分かりました。

 香港は大きく分けて、中国本土とつながる「九龍(カオルーン)」エリアと、南に海峡を挟んである「香港島」エリアに分かれます。

 現在、香港では各地でデモがくり広げられていますが、モンコックもそのひとつになっています。

 モンコックから南の香港島に向かって真っすぐ伸びるメインストリートが「ネイザンロード」です。それが分かり、ようやくホテルにチェックインしました。

 受付の女性に「この地図、無料ですか?」と聞くと、

  Three? 

 と聞き返されてしまいました。

 地図は3部も要りませんが、口が日本語モードで、下唇をかんでの”エフ” の発音ができていなかったようです。

 ここで、コミュニケーションも海外モードに切り替え、早速街へ。

 何も知らないとはいえ、香港にノーマン・フォスター、I・M・ペイシーザー・ペリの建物があることは何となく知っています。

 妻に付箋だけは貼っておいて貰いました。地下鉄で海峡を越えて香港島へ。

 イギリスでは「サー」の称号も持つフォスターに敬意をこめて、まずは「香港上海銀行ビル(1986年)」へ。

 ただ、目はすぐに隣の隣にあるペイの「中國銀行ビル(1990年)」へ行きます。

 こちらも建築書で何度も見ていましたが、写真とは全く違う美しさです。

 極めて単純なフォルムが、圧倒的な存在感を放っていました。

 香港島に居る時、どこにいても目印にしていました。こういった建築が本当のランドマークだと納得したのです。

 このエリアで最も高い、ペリの「国際金融センター(2005年)」もすぐ北にあります。

 香港島の高層ビル群の南には「ビクトリアピーク」という小高い山があります。

「ピークトラム」はその急こう配をかなりのスピードで真っすぐに駆け登って行きます。

 下りは、下手なジェットコースターより余程怖いと、後で知るのですが。

 一番右にペイの「中國銀行ビル」、中央あたりにペリの「国際金融センター」、そして一番左、対岸の九龍エリアにあるのが、KPF設計の「世界貿易センタービル(ICC)」。

 「世界貿易センタービル(ICC)」は485mで香港で最も高いビル。

 「摩天楼」という言葉がぴたりとくるくらい、競って天に迫っていく様は圧巻でした。

 「中國銀行ビル」を設計したI・M・ペイはルーブル美術館のガラスのピラミッドで知られ、1983年にプリツカー賞を受賞しています。

 今年の春に亡くなったのですが、享年をみると102歳。

 フランク・ロイド・ライト、村野藤吾をはじめ、建築家に長寿は多いのですが100歳越えとは恐れ入りました。

 夜景には少し時間があるのと、まだ街の様子も、デモのことも把握出来ていないので、この日は一旦九龍に戻ることにしました。

 沢木耕太郎の「深夜特急」は、バックパッカーのバイブルと言われています。

 その26歳の沢木が何度も乗ったというスターフェリー。

 出港し、香港島を見返します。

 西の空に日が沈んで行く景色を彼も見たのでしょう。

 なかなか行けない海外で、香港を選んだのはやはり「深夜特急」のスタートの地だったからだと思います。

 20代の後半、疲弊しきっていた私を救ってくれたのもまた旅でした。
 
  Breeze is nice. 

 「深夜特急1‐香港・マカオ編‐」ではなかったと思いますが、旅先で若き沢木青年が聞いた言葉です。

 私が深夜特急を読んだのは、20歳くらいの頃だったと思います。

 その言葉が、30年経って思わず口から洩れてしまうくらい、幸せで、心地よかったのです。

 「僕らの深夜特急」香港・マカオ編だけですが、順次アップして行きます。

 良ければまたのぞきにきて下さい。

■■■『suumoリフォーム 実例&会社が見つかる本 関西版』2019年9月30日発売に「回遊できる家」掲載

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『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました

メディア掲載情報

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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記